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能楽鑑賞日記

2005年8月27日 (土) 第21回狂言やるまい会東京公演@宝生能楽堂
12世野村又三郎さん、芸歴80年記念の野村家三代披露の公演。
「大名さまざま」という副題がついて、大名狂言4曲が演じられました。

「鼻取相撲」大名:野村萬斎、太郎冠者:石田幸雄、坂東方の者:野村小三郎

「昆布売」昆布売:奥津健太郎、大名:松田?義

「墨塗」大名:茂山千五郎、太郎冠者:茂山茂、都の女:茂山正邦

「靱猿」大名:野村小三郎、猿曳:野村又三郎、太郎冠者:野口隆行、猿:野村信朗

『鼻取相撲』は「蚊相撲」や「文相撲」と同じように、大名が新しい使用人を召抱えようと太郎冠者に探しに行かせ、連れてきた新参者が相撲が得意と聞いて、相手がいないので大名自ら相手になって相撲をとる話。
ところが、今回の新参者の得意技は「鼻取相撲」といって、鼻をもぎ取ってしまうという荒業(笑)
鼻を打たれて、ひゅう〜とノビてしまう大名。強い鼻で、もぎ取られることはなかったものの、今度は鼻を守るために「かわらけ」を付けて対戦。
この「かわらけ」鼻に付けて防御するわけだけれど、丸くてピエロの鼻みたい(爆)
2回目は勝ったものの3度目は負けて、こんなもの役に立たんと「かわらけ」を床に叩きつけて割ってしまい、腹いせに太郎冠者を引き倒して「勝ったぞ、勝ったぞ」と言って行ってしまう。なんとも子供っぽい負けず嫌いの大名さんでした。
ユルユルおとぼけ萬斎さんには、こういう役似合うよね(大笑)

『昆布売』は供を連れず自ら太刀を持って出かけた大名が、通りかかった昆布売に無理に太刀を持たせて同道を強いるが、従者扱いに我慢できなくなった昆布売に太刀で脅され小刀も取り上げられて、いろいろな売り声で昆布を売ることを強いられるという話。
「二人大名」と似た展開です、着物までは取られませんが(笑)
売り声が小歌節、平家節、浄瑠璃節、踊り節といろいろやらされたあげく、太刀も小刀も返してもらえず奪われちゃうわけですが、やっている大名もだんだん興に乗ってきちゃうところが狂言らしくて楽しい。

『墨塗』は3回目かな?大蔵流ではたぶん初めてかもしれない。
元々面白い曲だけれど、茂山流でしょうか、こってり笑わせてくれます(大笑)
女が怨み深い人だから挨拶に行ったほうが良いとか、大名が女の家の座敷で床机に座って話をするところ等、和泉流との違いがやっぱりいくつもあり、最後に怒った女が墨を塗りつけるところもたっぷりやってくれました。

『靱猿』信朗君、初演の時のように泣いちゃうことはありませんが、しっかり形になってる裕君と違い、やんちゃぶりは相変わらず。
今日は顔が痒かったのか、面の顎のあたりを触って気にしていて取りたそうでした。
でも、それも子供らしい無邪気さで可愛い、可愛い!
途中、足に紐が巻き付いたりしてましたが、でんぐり返しは何回もやってました(^^)
やっぱり小三郎さんの大名、又三郎さんの猿曳という配役は雰囲気的に合っていると思いました。

休憩の前には又三郎さんの謡いと3人の挨拶がありましたが、又三郎さんの話には戦争から帰った時、父親も死に家も焼けて装束も無くした中で、自分にはこれしかないと狂言を続けたこと等があり、その苦労にはジ〜ンときました。
又三郎さん、まだ、お迎えが来ないなんて言ってましたが、まだまだお元気でがんばって欲しいものです。
2005年8月26日 (金) 神遊 ろうそく能 @観世能楽堂
解説 観世喜正

狂言「蝸牛」山伏:野村萬斎、主:深田博治、太郎冠者:高野和憲

能『望月』小澤刑部友房:観世喜正
 (古式)安田友治の妻:武田宗典
     友治の子花若:小早川康充
     望月秋長:村瀬純
     秋長の供人:石田幸雄
     大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌隆之 
 
「神遊」30回公演。原点に戻ろうということで、第1回目にやった「望月」を再演するとのこと。
「望月」は見どころも多く、仇討ちという分かりやすくドラマティックな展開で面白い曲です。
劇中でシテ、ツレ、子方が敵の前で芸能者になりすまして敵に酒を飲ませ、芸を披露して油断させ、眠ったところを討つわけですが、シテは「獅子」の舞を舞い、能では重い習い物になるそうです。
今回は「獅子」の舞ではいつもの赤頭ではなく、金の扇二枚の上に白頭の獅子。
子方の小早川康充君の羯鼓も決まっていてなかなか良かったし、囃子の気持いい盛り上がりと喜正さんの「獅子」の舞は豪快でカッコイイ!
討たれる望月は寝てるまま討たれるのではなく、起きて押し問答して討たれるものでした。
傘を置いて死んだ望月に見立てて切り戸から去っていくのは以前観たのと同じです。

「蝸牛」萬斎山伏が太郎冠者をからかって、囃子にのって浮かれてる「でんでんむしむし」は本当にたのしそう。
今日の席は太郎冠者の高野さんの表情がよく見える位置だったので、主に注意されても山伏に催促されて山伏の方を見た時のぱっと明るくなったような浮かれ出す前の表情が非常にいい!
最後には、面白そうだと言って、一緒に浮かれてしまう深田主人共々皆楽しそうに浮かれながらの幕入りでした。
2005年8月9日 (火) 能楽観世座サマースクール『芭蕉』
能『芭蕉』場所:宝生能楽堂

シテ 里の女/芭蕉の精 野村四郎
ワキ 山居の僧     殿田謙吉
アイ 里の男      野村 萬

 金春善竹の生誕600年ということで、能楽観世座サマースクールで行なった善竹シンポジウム2日目の能『芭蕉』の公演を観てきた。
 1日目のシンポジウムには平日昼間で行けなかったから、善竹の世界を理解するのは難しい。
 その前に、プロデューサー殿の能の講座で『芭蕉』のことを聞いていたので、どういう話なのかは少しは判ったが・・・
 芭蕉というのはバナナの葉に似た植物なのだそうだが、舞台は中国、楚の国の湘水の山に住む僧のところに、毎夜読経を聴きに来る女が実は芭蕉の精であるという。
 この僧と前シテは人間の女の姿、後シテは芭蕉の精として現れ、僧と法華経の法門の問答をして舞いを舞うが、やがて、秋の山おろしの風に花も草も女の姿も消えてしまうという話。
 有情の人間も非情の草木も無相こそ真実の姿、塵のような微細な世界では皆同じ、雨露霜雪にあって形を現すという。講座では『芭蕉』の詞章の一部の解釈をそんなふうに言っていたと思うが、正確には覚えていないので少し違っているかもしれない。
 でも、金春善竹という人は、難しい宗教、観念や宇宙実相を能に取り入れたことで能を洗練させたと言われる。こういう下地があるから新作能『一石仙人』のように、アインシュタイン(一石仙人)が相対性原理を語るのも能にできちゃうんだ。
 講座の時は友枝昭世さんの『芭蕉』のビデオを少し見せてくれた。女でもあり、芭蕉でもあるシテをどちらにも傾くことなく表して見事だったというが、なにせ一部だけしか見る時間もなかったので、今回の野村四郎さんとどう違うかまで読み取るのは、私にはまだ無理だ。
 今回は仕事帰りで、疲れから能が始まる前から睡魔が襲ってきた(^^;
時々意識が飛んでたけど、それでもシテの出てる時はわりと起きてたと思う。ただ、アイの語りのところは大分意識が飛んでたらしく話の内容がよく分からなかった(汗)
 また、別の人での『芭蕉』も機会があったら観てみよう。
 今回の公演も詞章が配られて有り難かった。
2005年8月7日 (日) ≪能≫≪狂言≫≪平曲≫による平家物語の世界
会場:横浜能楽堂

狂言「首引」
 鎮西八郎為朝役の万之介さんは、どう見ても力自慢の若者には見えない(笑)。
 最近の萬斎さんは鬼役が多いけど、鬼さん物は結構好き。はまり役かもしれない。面を掛けていることで動きの型がはっきり見え、仕草や声で面に表情が出てくる。
 「首引」では娘に人間の食い初めをさせようとする親鬼の親ばかぶりには大笑い。ほんとに、面の目がでれでれと下がっているように見えてくるから面白い。
 高野さんの姫鬼の可愛いこと、見るからに可愛い女が板についてきた感じだけど、大柄な人が思いっきり可愛い子ぶるのも笑える。石田さんの姫鬼も可愛いかったし、以前観た善竹富太郎さんの姫鬼は為朝よりずっと大きいのにコロっと負けて、大泣きする姿が面白かった。

能『小督』
 高倉帝が、失踪した小督の局の探索を源仲国に依頼したが、仲国は名月の日に嵯峨野で「想夫恋」の琴を弾く小督の局を発見し、帝の文を渡して返事を預かる。帰ろうとする仲国は引き止められ酒宴で男舞を舞って、やがて迎えの車を約して勇んで帰るという話。
 小督の局の帝に対する想いなど語られるが、シテは源仲国。仲国役の直面の桜間右陣さんはキリっとして男舞も中々かっこ良かった。

平曲「小督」
 琵琶語りということで、寝不足の身では眠くなるかと思いきや、以外と面白かった。
 1回プロンプが入ったものの、琵琶の音と独特の節付けのうたいも内容がわかって、気持ち良く聴き入ってしまった。
 今回は能の詞章も平曲も内容がプログラムに全部載っていたのが有り難かった。
2005年8月6日 (土) さてさて、始めるにあたって
 能楽鑑賞日記と言っても、謡いも舞いも習っているわけでもなく、むしろ、これからも普通の観客として観ていきたい。
 謡いを習っているわけじゃないから、りっぱな謡本はいらないけど、やっぱり、能の場合は詞章が全部載ってるものが欲しいなあ。
 聞いてるだけじゃ分からなくても、漢字を見ると意味のわかる言葉があるから。まあ、とりあえず観たもの全部レポしようというのでは無く、書きたい時に感想程度を無理せずにのんびりやっていこうと思ってま〜す。
 といっても、素人ですから的外れな感想や思い込みもあるかもなので、今は興味を持って勉強中というところです。