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能楽鑑賞日記

2014年4月27日 (日) 第2回喜多流特別公演
会場:14世喜多六平太記念能楽堂 正午開演

『松風』見留
 シテ(松風の霊):友枝昭世
 ツレ(村雨の霊):狩野了一
 ワキ(旅僧):宝生欣也
 アイ(須磨の浦人):山本則孝
    大鼓:國川純、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:松田弘之
       後見:内田安信、中村邦生
          地謡:佐藤陽、内田成信、友枝雄人、大島輝久
              大村定、粟谷能夫、香川靖嗣、長島茂

仕舞
「田村」 佐藤章雄
「花筐」 香川靖嗣
「鞍馬天狗」 谷大作
  地謡:佐藤寛泰、大島輝久、長島茂、塩津圭介

「清水」 太郎冠者:山本則重、主:山本則秀

『土蜘蛛』
 シテ(僧・土蜘蛛の精):塩津哲生
 シテツレ(源頼光):金子敬一郎
 シテツレ(胡蝶):佐々木多門
 シテツレ(太刀持):友枝真也
 ワキ(独武者):森常好
 ワキツレ(頼光の郎党):舘田善博
 ワキツレ(頼光の郎党):森常太郎
 アイ(独武者の下人):山本凛太郎
    大鼓:佃良太郎、小鼓:大藏源次郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田貴寛
       後見:粟谷辰三、友枝雄人
          地謡:佐藤陽、塩津圭介、粟谷浩之、佐藤寛泰
              粟谷充雄、粟谷明生、出雲康雅、内田成信

附祝言

『松風』見留
 西国行脚の僧が須磨の浦で何やら由ありげな松の木を見とめ、土地の人に尋ねると、松風、村雨姉妹の海女の旧跡だと言います。あわれに思った僧は二人の菩提を弔い、日暮れたので、傍の塩屋に一夜の宿を乞おうと主を待つことにします。そこに、二人の海女が汐汲みをして帰ってをきます。僧が一夜の宿を乞うと、いったんは断られるものの、出家の人ならばと宿を許されます。僧が行平の歌を口ずさみ、松風・村雨の旧跡を弔ったことを話すと、二人はさめざめと嘆き悲しみ、自分たちこそその幽霊と打ち明けます。その昔、行平の中納言と契りを結んだ思い出を語り、今は亡き中納言の形見の烏帽子・狩衣を見るたび思慕の情は募るばかりで、今も執心が消えないことを訴えます。やがて、姉の松風は形見の烏帽子・狩衣を身につけ浜辺の松を行平と見て狂乱の舞を舞い、姉妹の亡霊は妄執の苦しみを述べて回向を乞います。夜が白々と明け、僧が目覚めると、聞こえてくるのは、高波の音、鳥の声、松吹く風の音ばかりでした。
 小書の「見留」は破之舞の留めに橋掛りに行き、扇をカザシ松を見る型のことだそうです。
 正先に松の作り物が置かれ、汐汲車と桶が一対、目付柱寄りに置かれます。汐汲みの海女の霊は二人ともオレンジ系の小袖を腰に巻き白い水衣姿。シテの松風が友枝さん、ツレの村雨が狩野さんと、さすがに美しい姉妹です。松風が行平の形見の烏帽子・狩衣をかき抱き狩衣に顔をうずめる姿、行平への恋慕の情をつのらせる松風の切なさ。物着の後、浜辺の松を行平と思って、近寄ろうとする松風を村雨が「あさましや」と制止しますが、松風は物狂いとなって舞い始めます。自らも執心に囚われながらも姉をたしなめる理性を持つ村雨のけなげさ、それをも撥ね退ける姉の一途な情熱。卑しい身でありながら貴公子に愛された姉妹の複雑な心情は、むしろ理性的に振る舞う妹の村雨の方にあらわれているのかもしれません。行平への執心が抑えがたい姉松風が松の周りを回ったり、松を見とめたり、そして、夜が明けるとスーっと揚幕に走りこんで消えて行きます。夢のように掻き消える。余韻の残る舞台でした。

「清水」
 茶の湯の会を催そうと企画した主人は、名水で有名な野中の清水の水を汲んでくるよう太郎冠者に命じます。夕刻の野中の清水には鬼が出ると言うから許してくれと太郎冠者が言っても、主人は許さず、秘蔵の桶を持って汲んで来いと追い立てられます。太郎冠者は一計を案じ、野中の清水に出かけずに、鬼に食われそうになったので、逃げてきたと嘘を言って駆け込んできます。主人は大事な桶をどうしたと尋ねると、追ってくる鬼に投げつけ、後でバリバリという音がしたから鬼が噛み砕いたに違いないと答えます。すると、お前より桶が大事という主人は、桶を取りに行こうと自ら清水に出かけます。困った太郎冠者は鬼の面を被り、野中の清水に先回りして主人を脅し、命を助けてもらいたければ、もっと使用人の太郎冠者の待遇を良くしてやれと、鬼の威を借りて強要します。命が惜しい主人は要求を呑んで帰って来ますが、鬼が太郎冠者を贔屓するのが不思議、その声が太郎冠者によく似ているのが不審で、それに大事な桶が惜しいので、もう一度野中の清水に出かけます。再び先回りして鬼の真似をして脅す太郎冠者ですが、主人に面を取られ、正体がバレて主人に追われ逃げて行きます。
 久しぶりに見る山本家ですが、大真面目に表情も変えずに演じるのが、何か妙に面白い。特に、鬼に脅されて野中の清水から帰って来た主人に、もう一度、鬼が出てきた時に何と言ったか再現するよう言われた時、声がバレ無いように、まるで本を読むように答えたり、早口で言ってみたりするところが、思わず吹きそうになるくらい可笑しかった。表情一つ変えず大真面目に、それ故か、クスクスではなく、吹き出しそうなくらいの面白さでした。う〜ん、山本家クセになりそう、妙な面白さがあります。

『土蜘蛛』
 酒呑童子を退治したことで有名な源頼光が、重い病に伏しているところに、胡蝶という侍女が典薬の頭から受け取った薬を届けに見舞いに訪れます。すると、そこに一人の怪しい僧が現れ、化生の者と見た頼光が、枕元の刀を抜いて切りつけると、化生の者は姿をくらまします。僧形の化生の者は、蜘蛛にまつわる古歌を詠み、千筋の糸を掛けてきたので、頼光は抜いた名刀「膝丸」を「蜘蛛切」という銘にすることにしようと家来の独武者に伝えると、独武者は切りつけた際に流した血を追って、即座に退治しましょうと約束します。
 血を追った独武者と郎党は、蜘蛛塚に着いて、塚を崩すと土蜘蛛が現れます。独武者と土蜘蛛は壮絶な戦いとなり、蜘蛛は千筋の糸を投げかけ、郎党は糸に纏われますが、蜘蛛も首を落とされて、独武者は晴れて都に帰って行きます。
 日本書紀によると、古く葛城には土蜘蛛一族が住んでおり、神武東征神話の中で剣根と言う人物が中心となって、神武天皇は葛で作った網で覆って殺したと言う。だから、この地を「かづらき」と言うのだという地名起源説話が語られ、土蜘蛛には、ただの妖怪ではなく、かつて滅ぼされた少数民族の悲哀が込められているようです。
 シテの塩津哲生さんは久しぶりに観るのですが、かなり頭が上下に振れて、手も震え、以前よりかなり痩せられた印象。知りませんでしたが、病気されたんでしょうか。でも、後半の土蜘蛛の精となっての戦いでは、一族を滅ぼされ傷ついた老蜘蛛の執念と悲哀を感じさせられました。蜘蛛の糸も派手に投げられ、見所や地謡まで糸だらけになってました。
2014年4月26日 (土) 第15回よこはま「万作・萬斎の会」
会場:横浜能楽堂 15:00開演

「武悪」
 主:野村万作、武悪:深田博治、太郎冠者:高野和憲    後見:月崎晴夫

狂言芸話(十五) 野村万作

「鈍太郎」
 鈍太郎:野村萬斎、下京の女:中村修一、上京の女:内藤連   後見:岡聡史

「武悪」
 主人は召し使う武悪の不奉公を怒り、太郎冠者に武悪を成敗するよう命じます。太郎冠者は何とか思い留まらせようとするものの、主人の怒りは収まらず、仕方なく主人の太刀を借りて武悪の私宅を訪ねます。太郎冠者は、武芸に秀でた武悪に、主人の機嫌をとるために、来客用の川魚を届けるよう勧め、生簀の中で魚をとるところを、後からだまし討ちにしようとします。最初は驚く武悪ですが、事情を聞いて覚悟を固め、その潔さに太郎冠者は殺すことを諦め、遠国に逃れるように促すのでした。主人の元に戻った太郎冠者は、武悪の首を討ったと嘘の報告をします。最期の様子を聞いた主人は、菩提を弔うため東山まで出かけると、お礼参りに清水の観世音へ参ろうとしていた武悪と鳥部野あたりで顔を合わせてしまいます。武悪は慌てて逃げ、太郎冠者は疑う主人を納得させるため、武悪に幽霊姿になるよう入れ知恵します。そして、武悪は幽霊姿で出直して主人と対面し、冥途で主人の父親に会ったと言います。そして、その注文だと言って太刀・小刀・扇などを受け取り、さらに冥途に広い屋敷があるからお供しようと、主人を脅して追っていきます。
 武悪の不奉公を主人が成敗しようとするほど怒ったのは、武悪が「新開」といって、新しい土地を開墾し、独立しようとしていたためと言われているそうです。だから前半は深刻で緊迫感に満ちています。しかし、武悪が幽霊として出て来る後半は打って変わって明るく笑に満ちた展開になります。万作さんも前半の怖い主人から、後半は武悪の幽霊に怯えたり、冥途の父親からの言伝に泣いたり、騙される姿が何とも可愛らしい。
 深田さんの武悪、高野さんの太郎冠者とのやりとりも高野太郎冠者が深田武悪を後ろから討とうとする緊張感が出てて、よいコンビでした。

狂言芸話(十五)
 最初の演目「武悪」にちなんで、異流共演の思い出話について。現在東京新聞に連載しているコラムで「異流競演」と書かれたとか、本来は「異流競演」とは、同じ舞台で一つの演目をそれぞれの流儀で別々に演じること、「異流共演」は、違う流儀の者が一つの演目の中でそれぞれの役で一緒に演じることなのですが、万作さんは、常に競いたい気持ちがあるので、「異流競演」と書いてしまうそうです。
 「武悪」については、昭和28年に異流共演をされ、その時の配役が6世万蔵さんの主人、先代の山本東次郎さんが武悪、当時20歳の万作さんが太郎冠者だったそうです。太郎冠者は、伯父さんの9世三宅藤九郎さんに頼んだところ断られたので、万作さんがやることになったそうです。山本家特有の気合、洋式、リズム感など、異流共演は大変勉強になったと仰っていました。
 異流共演ではないけれど、先代又三郎さんとの共演について、先代又三郎さんが戦争から帰って来た時、相手役がいないのでよく相手をさせられたという話もしていました。そのたびに又三郎家の台本を覚えなければならなくて大変だったそうです。時には大蔵流よりも大きく違う曲があったりしたそうで、また「千鳥」などは、又三郎家の台本でやる方が先だったとか。
 「武悪」の異流共演は、千五郎家とも千作さんや千之丞さんとの共演でよくやったそうで、お互いの台本を交換してすり合わせるそうですが、「武悪」では千作さんが、主人が東山で成敗されたはずの武悪の姿を見た時、爪先立って探すところが面白いからそれをやりたがったそうです。異流の特質をぶつけ合うというところがあり、どうしても合わせなければならない時は、どちらかに合わせるそうですが、相手が千作さんだったら、こちらがあちらの台本を覚えた方が安全、なんて、万作さん又しても言っちゃいましたね(笑)。曲によっては、相手の流儀の方がいいなあと思う事もあるそうです。
 武悪は大蔵流の方が、和泉流のように女々しく泣いたりせず、その無骨さ強さは大蔵流の方が良くて、そういうところが先代の東次郎さんは一番合ってたそうです。また、武悪を討ったと聞いたときのお父さんの万蔵さんの笑いには味わいがあって、ただ嬉しいだけでなく、段々寂しくなって、弔いに行こうということになる。評論家の人にも高く評価されたそうです。
 大勢ものでは、人が足りなくて、異流の人に頼むことも多かったそうですが、今はもうほとんど無いそうです。でも先日、千五郎家と異流共演で「鐘の音」をやったことも話してました。千五郎家の「春狂言2014」での共演ですね。あまり競わなくてもよいものを選んだそうで(笑)、こちらの台本を送って合わせてもらったそうです。また今度、大阪で善竹忠重さんと異流共演で「武悪」をやるそうです。善竹弥五郎さんという名人がいて、弥五郎さん、先代の千作さん、忠三郎さんの「武悪」も素晴らしかったと仰ってました。

「鈍太郎」
 3年も西国(九州)に下っていた鈍太郎が都に戻り下京の妻のもとに行くと、突然の帰宅を信じられない妻は戸も開けず、棒遣いを男に持ったと言って追い払います。そこで鈍太郎は上京にいる愛人を訪ねますが、今度は長刀遣いを男に持ったと言われ、門前払いをされてしまいます。この仕打ちに落胆した鈍太郎は髪を切り仏道修行に出ることとします。翌日、鈍太郎が本当に帰京していたと知った妻と愛人は、出家したという噂を確かめ合うと、鈍太郎が通るのを待つことにします。念仏を唱えながら歩いて来た鈍太郎に二人が出家をとどまらせようとすると、鈍太郎は、二人が自分を大事にしてくれるなら思い止まろうと言い、1か月の半分ずつをそれぞれの家で過ごすことに決めて、二人の手車に乗って意気揚々と引き揚げて行きます。
 3年も妻と愛人をほったらかして帰ってきたら、二人とも男を持ったと言われて帰る所が無くなっちゃったという情けない男。世をはかなんで出家しようとすると、女たちが自分たちの思い違いだったと、とどまらせようとするから、今度はいい気になっちゃうしょうもないヤツ。萬斎鈍太郎、まあサイテーなヤツです(笑)。女たちの手車に乗ってかしずかれて悦に入る鈍太郎。名前に「鈍」とつくのは、そんな男を揶揄しているそうですが、妻には邪険に愛人には優しくするのがあからさま過ぎて笑える。手車に乗って愛人の頭をなでなでしていたのが、幕入り間際に反対になっちゃって妻の頭をなでなでしてたのは、わざとかな。「宗論」みたい(笑)。
 今回は若手二人が妻と愛人役。「武悪」も「鈍太郎」も今までと違う配役で世代交代。若手が増えたから育てていこうということなんでしょうね、どんどん若手にも頑張ってもらいたいです。成長がたのしみですね。
2014年4月17日 (木) 第66回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

解説:野村萬斎

小舞「海老救川(えびすくいがわ)」 内藤連
小舞「田村」 中村修一
             地謡:竹山悠樹、高野和憲、野村萬斎、深田博治、飯田豪

「蟹山伏」 山伏:月崎晴夫、強力:岡聡史、蟹の精:金澤桂舟   後見:飯田豪

「花盗人」 男:野村万作、何某:野村萬斎        後見:内藤連

「六人僧」
 参詣人:石田幸雄、参詣人:深田博治、参詣人:高野和憲
 女:竹山悠樹、女:飯田豪、尼:月崎晴夫
                            後見:中村修一、岡聡史

 久しぶりの萬斎解説でした。
 初めの小舞「海老救川」の解説で、萬斎さん、子供の頃にこの謡の最後の方で吹き出したって言ってましたが、毛が出て来るとか、海老の毛ってなんでしょうね、ホントは触覚ですが、とか言ってました。(謡の最後の方に出て来るんですが、ハイ、そう言われて気を付けて聴いてたら分かりました。まあ、子供なら笑うよね)「海老救川」は上級編の舞だそうです。謡本の終わりの方に出て来るから上級編なんだとか。内容は各地の川の名と、そこで獲れる海老の名を連ねた海老尽くしの舞だそうです。
 小舞「田村」は坂上田村麿の霊が千手観音の助けで鈴鹿山の鬼を討ち取った様を物語る能『田村』の舞を狂言の小舞にしたもの。
 「蟹山伏」「花盗人」「六人僧」についても一通り解説。「蟹山伏」では、一番小さい月崎さんと一番大きい岡さんの凸凹コンビを狙ったとか(笑)。「花盗人」は渋〜い曲ですが、大藏流では全然違って大人数で面白い曲だとか、両方見比べてみるといいですよ。と言ってました。「六人僧」は狂言には珍しく場面転換が多く、劇に近い曲とのこと。

小舞「海老救川」は、萬斎さんが言った最後の海老の毛が気に掛かっちゃいました(笑)。「鼻毛に雪降り積もる(だったかな?)」なるほど子供はこういうの好きだよね(笑)。たぶん「鼻毛」じゃなくて触覚のことを「花毛」と言ってるんじゃないかと思うんですが。

「蟹山伏」
 修行を終えた羽黒山の山伏が強力を従えて帰る途中、奥深い山の中で得体のしれない化け物に出会います。山伏は、化け物の掛けたなぞを解いて、その正体が蟹の精だと察しますが、杖で蟹の精に打ち掛かった強力は逆に耳を挟まれてしまいます。山伏は祈りの力で放させようとしますが、蟹の精はますます強く耳を挟み付け、ついには山伏も耳を挟まれ、強力とともに投げ倒されてしまいます。
 蟹の精の子方は、狂言を習っている子だそうで、このまま狂言師になってくれれば、しめたもの。なんて萬斎さんが言ってました(笑)。発声もしっかりしていて堂々と、でも可愛らしくて良かったです。萬斎さんじゃないけれど、狂言の道に入ってくれると楽しみですね。
 月崎さんと岡さんの凸凹コンビ(笑)、月崎さんのちょっと貫禄もあって偉そうな山伏と岡さんのまだまだ若造って感じの強力が良いコンビでした。蟹の精に耳を挟まれた強力を放させようと、月崎山伏がいつもの怪しげな祈りで数珠を揉むと、余計に挟み付けるので、「アイタ、アイタ」と情けない声で痛がる岡強力。子供の蟹の精に振り回される一見強そうな大人2人の様子が可笑しくて笑っちゃいます。

「花盗人」
 見事に咲いた桜の花が折り取られているのを見つけた花の持ち主は、再び盗人が現れたら捕まえようと、隠れて待ち構えます。そこへ、前日花を盗んだ男が現れ、さる方へ枝を進上したところ、もう一枝ほしいと言われたので、また折り取りに来たと言い、ちょうど枝を折り取ったところを持ち主に捕まり、木に縛られてしまいます。男は涙を流して後悔しますが、唐土の祚国(さこく)が花を折ろうとして谷に落ちて亡くなったという故事もあり、自分がこのような目に遭うのも花ゆえなので嘆くことはないと、古詩を吟じてつぶやきます。それを耳に留めた花主が、男に興味を引かれて話しかけると、男は和歌を引用して花を盗んでも罪にならないと語り、今の様子を上手に詠むので許されて酒宴となります。花主は土産に花を一枝渡し、男は喜んで舞を舞って帰って行きます。
 万作さん、息遣いは多少気になりますが、謡い舞いはさすがで、親子での謡い舞いは、目福、耳福で、春らしく風雅で趣のある曲でした。

「六人僧」
 二人の仲間とともに諸国仏詣の旅に出かけた男は、今後決して腹を立てないことにしようと提案し、三人は誓いを立てます。途中、辻堂で休んだ三人でしたが、男は寝ている間に、同行の二人に髪を剃られてしまいます。誓いを立てた手前怒れない男は高野詣でに赴く二人と別れ、先に故郷へ帰ると、二人の男の妻のもとを訪れ、二人は紀ノ川を渡る時に溺死し、その最期の様子を伝えるために自分は出家姿となって戻って来たのだと語ります。そして、菩提を弔うよう勧め、女たちを尼にすると、再び仲間のもとへ引き返し、帰る途中の二人にも、妻たちが死んだと言って、切った髪を見せて信用させ、二人も出家させてしまいます。出家姿で帰った二人は尼姿の妻に出会って騙されたと気付きますが、男に怒らない誓いを立てたはずと言われて怒るに怒れません。そこに、男の妻が、尼になるのが日頃からの望みだったと尼姿で現れ、六人の男女は、これも縁と、今後はそれぞれ仏道修行に励むことにします。
 二人の連れがぐっすり寝てる男を坊主にしちゃうのもちょっとした悪戯心だったのかもしれませんが、ちょっと酷い。怒らない誓いのために怒れないから仕返しを考える男も怖いです。でも、騙して、してやったりと喜ぶ石田参詣人の様子には思わず笑っちゃいます。最後は皆出家しちゃって、これも縁と仏道修行に励むとは、他の狂言にもありますが、中世の人たちの信心深さがうかがえます。
2014年4月13日 (日) 春狂言2014東京公演
会場:国立能楽堂 14:00開演

お話:茂山あきら

「蝸牛」
 山伏:茂山千三郎、主:茂山宗彦、太郎冠者:茂山正邦      後見:茂山あきら

「鐘の音」
 太郎冠者:野村万作、主:茂山七五三              後見:内藤連

新作狂言「さくらんぼ」作:小佐田定雄、演出:茂山あきら
 男:茂山あきら
 女房:茂山逸平
 友達:丸石やすし、増田浩紀、鈴木実、茂山童司         後見:山下守之

 最初にあきらさんが切戸口から登場。黒縁のメガネをかけて、自分でエコール・ド・パリの藤田嗣治みたいと言う通り、エコール・ド・パリで活躍したころの画家藤田嗣治にそっくりでした(笑)。実際、絵を描こうかと思ってるらしいです。
 今日の演目についての解説もあり、茂山家の他の人たちより、ちゃんと解説してた感じ(笑)。今日は、「鐘の音」で万作さんとの異流共演があり、「人間国宝には手が出せません、刺身のつまで七五三が出ます」なんてことを言ってました。大蔵流では、「鐘の音」には仲裁人が出て来るので3人ですが、和泉流では2人。大蔵流では主人が機嫌を直して終わるけれど、和泉流では最後まで怒ったままです。と、それぞれの違いについて話され、大蔵流の方がいい加減ですね、面白ければいいみたいな(笑)、和泉流の方が筋が通ってる。特に関西はいい加減、山本東次郎家はまた違います。と、山本家と茂山家の違いをちょっと真似てみたり(笑)。茂山家らしい楽しいお話でした。

「蝸牛」
 早朝に旅立って眠くなった山伏は手ごろな藪の中に入って寝てしまいます。そこに主人から祖父に長寿の薬といわれるカタツムリを取ってくるよう言われた太郎冠者が現れます。カタツムリを知らない太郎冠者は、藪の中にいて、頭が黒く、歳を経たものは人ほどの大きさがあるという、主人に言われた特徴に合うので、山伏をカタツムリだと思い、もしや蝸牛殿ではないかと尋ねます。びっくりした山伏も面白がって話を合わせ、腰につけた貝を見せたり、角を出すというので房を角に見立てて立てたりしてからかいます。喜んだ太郎冠者は一緒に来てほしいと頼みますが、山伏は囃子物がないと動かないと言って、太郎冠者に囃子物を謡わせます。二人が囃子物に浮かれていると、太郎冠者の帰りが遅いので迎えに来た主人がそれを見つけ、太郎冠者を叱ります。しかし、囃子物に夢中になっている太郎冠者はその声が耳にはいりません。いったんは事情を理解しても、すぐ囃子物に我を忘れてしまい、ついには主人も巻き込まれ、三人とも浮かれ出してしまいます。
 正邦さんが、ちょっとぬけてる太郎冠者。千三郎さんの山伏がちょっとからかってやろうという感じですが、最後に主人までものせてしまうところなど、なかなか法力は確かなんじゃないかと思えました。
 和泉流だと主人が面白そうだと自分からノッテくる感じなのですが、大蔵流は主人が山伏の法力で催眠術にかかったように一緒に浮かれ出してしまう感じが強いんですよね。それも何か面白い。

「鐘の音」
 主人は子どもの成人(元服)に金で装飾した刀をこしらえようと思い、太郎冠者に鎌倉へ行って金の値(付け金の値段)を聞いてくるよう命じます。さっそく出かけた太郎冠者ですが、「金の値」と「鐘の音」を勘違いした太郎冠者は寺々の鐘の音を聴き比べて回ります。帰って来た太郎冠者が主人に各寺の鐘の音の特徴を得々と報告すると、主人は怒りだし、太郎冠者を追い出してしまいます。主人の機嫌を直そうと太郎冠者は鐘の音を聴きに行った様子を謡い舞いますが、結局主人に叱られてしまいます。
 シテが万作さんなので、見慣れた和泉流の「鐘の音」での上演でした。万作さんが鐘の音を擬音で表し感想を言うたびに笑いが起こります。鎌倉に来て寺々を回って鐘の音を聴くのも半分物見遊山だから嬉しくて自分の勘違いにも気づかないほど舞い上がってる。思い込みってあるもんですが、せっかく子どもの成人祝いにと思っていた主人が怒るのも無理はない。反省した太郎冠者がご機嫌を取ろうとした謡い舞いも結局叱られて終わり。大蔵流では機嫌を直すのに、ちょっと可愛そうですね。
 和泉流の万作さんと大蔵流の七五三さんの共演も違和感無し。万作さんの太郎冠者が鐘の音を聴きまわって嬉々としている様子がなんとも言えない。万作さんの太郎冠者いいなあ。

「さくらんぼ」
 さくらんぼの種を食べた男の頭のてっぺんから、にょきにょきと大きな桜の木が生え、春になって見事な桜の花が満開になったと聞いた友達が、その桜の周りで賑やかに花見をしようと集まります。男を囲んで酒盛りを始めますが、あまりの騒がしさに腹を立てた男は、頭上の桜の木を引き抜いてしまいます。すると、引き抜いた跡の穴に雨水が溜まって大きな池ができました。今度は、池で魚釣りをしようと集まった友達が頭の池で釣りをすると、釣針が男の鼻に引っかかってしまいます。友達皆で力任せに無理やり釣針を抜きますが、つくづく嫌になった男は自分の頭の池に身を投げてしまいます。
 落語の「あたま山」をもとに、落語作家の小佐田定雄さん作、茂山あきらさん演出の新作狂言ですが、何ともシュールな話。
 まず、頭のてっぺんに桜の木の作り物を乗せたあきらさんが登場するだけで笑ってしまいます。頭の桜のことを八重桜と言っていたのは、時期的に八重桜が満開の時期になってたせいでしょう。その桜の木で花見をしようとする友達も友達ですが、逸平女房も一緒になって夫の頭の花見を楽しんで飲めや謡への大騒ぎ、夫はただ座っているだけで一緒に飲んだり謡ったりもできないので面白くもなんともない。まあ、その中でも、逸平女房が飲むわ飲むわ、ついには一人で手酌でベロベロに酔っぱらってたのには大笑い。
 怒った夫が桜の木を抜いてしまい、夕立で水が溜まると、今度は魚釣りをしようと言いだす友達。ついには童司さんが祖父が鯨を釣った釣針だと言って特大の釣針で釣ろうとする始末。その時一人が祖父が鯨を釣ったと聞いて「あの千之丞がや」と言ったのが笑った。そんな小ネタも入ってるのが茂山家の新作らしい。
 大釣針は男の鼻に引っかかってしまい、力づくで皆で引っ張って抜こうとするからたまらない。魚が釣れないとなるとさっさと帰ってしまった友達や「頭に池のある男など嫌です」と実家に帰ってしまう薄情な女房。つくづく嫌になって自分の頭の池に身投げしてしまうのですが、どうやって頭の池に身投げできるの?だけど、何ともシュールです。こういうシュールな役はあきらさんが合ってるというのはナルホドという感じ。
 しかし、皆が謡い舞いで盛り上がっている時に手酌で残りのお酒をみんな飲んじゃってベロベロの酒好き逸平女房が面白かった。
2014年4月12日 (土) 渋谷の夜の狂言会(五)
会場:セルリアンタワー能楽堂 18:30開演

はじめに:善竹富太郎

「鴈礫」
 大名:善竹大二郎、道通り:前田侑太郎、仲裁人:川野誠一

「鎌腹」
 男:大藏千太郎、女:大藏教義、仲裁人:野島伸仁

おはなし:善竹富太郎

「茶壺」
 すっぱ:善竹富太郎、中国の者:善竹大二郎、仲裁人:善竹十郎

 今回のテーマは、「仲裁人はつらいよ」ということで、仲裁人が出て来る狂言3番。仲裁人といってもいろいろ。富太郎さんが今日は珍しく切戸口ではなく、揚幕から出てきて、にこやかにお話、はじめは初心者向けに狂言の見方と演目「鴈礫」と「鎌腹」の解説。「鎌腹」では大蔵流に2つの終わり方があって、ハッピーエンドとバッドエンド。今日は千太郎さんがハッピーエンドをやるので、後でもう一つのバッドエンドについても話しますということで、「鎌腹」が終わった後にまた登場。バッドエンドの話と休憩の後の「茶壺」の解説がありました。そして、「茶壺」の後で装束のまま登場して、最後のご挨拶と、3度も登場しての大サービスでした。

「鴈礫」
 天気が良いので野へ狩りに出た大名はちょうど良い鴈がいたので、弓矢で狙っていると、そこへ通りかかった男が石礫を投げて鴈に命中させてしまいます。鴈を拾って立ち去ろうとする男を大名は引き止め、自分が狙い殺した鴈だから置いていけと弓矢で脅します。驚いた男が助けを呼ぶと、仲裁人が現れ、間に入ります。仲裁人は大名が弓が下手だと見抜いて死んだ鴈を元の場所に置いて、大名にもう一度射させることことにします。大名は、やはり動かない鴈も射はずして失敗したので、男は鴈を持ち去りますが、大名は、羽箒にするからせめて翼だけでもくれと言いながら追いかけて行きます。
 大蔵流では、洞烏帽子を鴈の代わりにワキ柱側に置きます。大二郎さんが態度が大きくて威張った大名。でも、その弓矢の下手さ加減が面白い。さんざん狙った挙句、弓を放つと足元にポトン(笑)。
 道通りの者の前田さんは、ちょっと棒読みな感じでした。

「鎌腹」
 日頃から外泊がちで怠け者の夫に怒った妻が、夫を殺して自分も死のうと鎌を括りつけた棒を振りかざして追い回しているところへ仲裁人が止めに入ります。仲裁人の説得でとりあえず夫は山仕事に行き、妻は家へ戻りますが、夫は道すがら、妻に殺されるよりいっそ自分で死のうと考え、鎌で腹を切ろうとしますが、なかなか死に切れません。諦めて山へ行くことにしたところへ、夫が自殺しようとしていると聞いた妻が駆けつけてきます。夫は慌てて鎌を振り上げて自殺する振りをし、泣いて止める妻と共に仲良く家へ帰って行きます。
 まあ、教義さんの妻がわわしいこと、わわしいこと、鎌を括りつけた棒で夫を追い回すのもなかなか迫力ありました。仲裁人に説得されて、夫は山仕事に妻は家に戻ることとなっても、何度も振り返っては夫に「早く行け」と急かす妻、やっぱり怖いよね(笑)。
 男として妻に殺されるのではプライドが許さないと、自分で鎌で腹を切って死のうとするものの、腹にちょっと当たるとイタタタと大騒ぎ。次には鎌で首を切ろうと「鎌首じゃ」と触れ回り、鎌を首にかけて落とせば、首が前にコロコロコロ・・・と、「簡単じゃ」などと言って「一つよ」「二つよ」と数えて切ろうとするものの、やっぱりできず、今度は手が臆病だからだと、鎌の刃を立てて置いて駆けて倒れこもうとしても「危ない」と飛び越えてしまう。見えるからダメだと目を塞いで走るものの、やっぱり手前で止まってしまう。死んでやるなどと言ってみせてもいざとなると痛いとか怖いとかで出来ない男の様子が滑稽で面白い。千太郎さんがちょっと気の弱い夫の雰囲気で面白かったです。最後は、妻が折れて仲良く帰るハッピーエンドでしたが、バッドエンドの場合は、妻が淵川へ身を投げて死ぬと言うと、自分は臆病が出て死ねないから代わりに死んでくれと言いだし、妻がまた怒って追い込む終わり方です。大蔵流でもバッドエンドの終わり方の方が一般的ですね。
 和泉流の場合は最後に妻は出てこず、自殺をやめた夫が、通りがかりの知り合いに妻への伝言を頼んで、山仕事に出かけるところで終わります。

「茶壺」
 内容は、先日観た「ござる乃座」と同じです。最後でやっと富太郎さんのシテで親子共演です。
 最初に酔っぱらって出て来る大二郎さんの中国の者(最初の解説で、中国人じゃなくて、中国地方の人ですよ、と説明がありました。)、気持ちよさそうに酔っぱらっていて、本当にご機嫌と言う感じです。それで道端で寝ちゃうんだからしょうがないね(笑)。そこに現れたすっぱの富太郎さん、何やら大事そうに背負っている茶壺を取ろうとするものの、肩紐が抜けないから自分も片方の腕に通して寝たふりして、起きた所で自分の物だと、取ってしまおうというのは、ちょっと虫が良すぎる。奪い合ってるところに貫禄ある十郎さんの目代が登場。仲裁に入るものの、こっそり盗み聞きするすっぱが中国の者の真似をして答えるから判断がつかず、最後は相舞で茶の由来を謡い舞い、微妙にずらしながらの相舞も兄弟息が合って、ズレ具合も面白い。様子を窺いながら愛嬌のある富太郎さんのすっぱ、最後に茶壺を取って持ち去ってしまう目代の十郎さんの如何にも貫禄ありそうでトボけた雰囲気が相まって、これは貫禄勝ち(大笑)。
2014年4月5日 (土) よみうり大手町ホール開館記念能
会場:よみうり大手町ホール 14:00開演

御奏者番:林望    御使番:浅見重好、上田公威
小謡「四海波」 観世清河寿
居囃子
「老松」 観世清河寿  福王茂十郎    地謡:関根知孝、武田宗和、岡久広
「東北」 金春安明               地謡:辻井八郎、本田光洋、金春憲和
「高砂」 金剛永謹    福王茂十郎    地謡:金剛龍謹、豊島三千春、種田道一
舞囃子
「弓矢立合」 観世清河寿、金春安明、金剛永謹
  地謡:関根知孝、武田宗和、岡久広
      辻井八郎、本田光洋、金春憲和
      金剛龍謹、豊島三千春、種田道一
       大鼓:佃良勝、小鼓:観世新九郎、太鼓:小寺佐七、笛:一噌庸二

「棒縛」 太郎冠者:野村萬、次郎冠者:野村万作、主:野村万蔵   後見:野村万禄

半能『石橋』大獅子
 シテ(白獅子):観世銕之丞
 ツレ(赤獅子):観世喜正
 ワキ(寂昭法師):森常好
    後見:上田公威、武田宗和
       大鼓:亀井広忠、小鼓:幸清次郎、太鼓:金春國和、笛:松田弘之
          地謡:岡庭祥大、梅若泰志、遠藤喜久、中所宜夫
              中森貫太、関根知孝、岡久広、浅見重好
    台後見:桑田貴志、谷本健吾、坂井音晴、青木健一

 豪華なメンバーによる珍しい舞台が観られました。
 小謡「四海波」から三宗家の舞囃子「弓矢立合」までは、江戸時代の正月三日の謡初(うたいぞめ)の公式行事の儀式を現代的再現したものだそうです。
 ワキ方福王流宗家福王茂十郎さんを先頭に観世、金春、金剛の三宗家、それぞれの地謡が続いて登場し、正面奥に登場順に四宗家、その後ろにそれぞれの地謡が並び、正面に深々とお辞儀。そこに御奏者番が揚幕から登場して目付柱近くに座して観世宗家に何やら言うと、観世宗家がお辞儀したまま「四海波」を謡います。謡い終わって正面を向くと、切戸口から囃子方が現れ、横の地謡座に並び、御奏者番は引き揚げます。皆、素襖に御奏者番以外は侍烏帽子をつけています。
 続いて「老松」を福王宗家がワキ方の謡を謡い、観世宗家がシテの謡を謡います。「東北」になると、ワキの福王宗家と太鼓方は一旦切戸口から引き揚げ、金春宗家の謡。「高砂」では、再び福王宗家と太鼓方が出てきて、お馴染みのワキ方の「高砂や〜・・・」の謡から、金剛宗家は後場のシテ住吉明神の謡です。神舞になると、お囃子もテンポよく迫力があります。
 舞囃子「弓矢立合」の前に福王宗家と囃子方が引き揚げて、御奏者番が白い装束(裏が緋色)と葛桶を持った御使番を連れて切戸口から登場。御奏者番が白い装束を三宗家に渡し、それを素襖の上に着付けて三太夫の相舞。舞の前に御奏者と御使番は切戸口から引き揚げ、入れ替わりに囃子方登場。装束は観世宗家だけ丈が長く襟が緋色でした。流儀の違いによるのか、初めはそれぞれ型が違う舞を同時に舞っていて、後半は同じになりました。これがなかなか面白かったですね〜。舞い終わると、再び御奏者番と御使番が囃子方と入れ替えに登場。裃姿で持ってきた肩衣と自分たちの着ている肩衣も脱いで舞台上に投げ、能楽師がそれを受け取って礼をします。最後に御奏者番が滞りなく終わったことを告げて、終了になります。
 この儀式は今まで観たことが無く、とても興味深くて面白かったです。

「棒縛」
 主人が次郎冠者に、懲らしめのため太郎冠者を縛りつけるのを手伝うよう言い、次郎冠者は太郎冠者が棒術を稽古しているので、その棒術の型を利用して棒に縛り付けようと知恵を出します。呼び出された太郎冠者が棒術の型を見せていると、示し合わせた二人が太郎冠者の両手を棒に縛り付けてしまいます。ところが太郎冠者の案山子のような姿を笑っていた次郎冠者も主人に後ろ手に縛られてしまい、主人は、二人がいつも自分の留守に酒を盗み飲むので縛っておいたと理由を明かして、外出してしまいます。
 ところが、どうしても酒が飲みたい二人は、棒に縛られた太郎冠者が、棒を傾けて酒蔵の鍵を手先を使って開け、酒壺も開けて酒を飲もうとします。お互いの縛られた手を上手く使って協力しあって互いに大盃に注いだ酒を飲ませ合い、不自由な姿で面白く謡い舞って大いに盛り上がっていると、そこへ主人が帰ってきます。驚いた主人はこっそり二人の間の盃を覗くと、二人は主人の執心が盃に映っていると言って主人の悪口を言い合います。とうとう怒った主人は二人を打ちつけますが、太郎冠者は縛られた棒で応戦して逃げて行きます。
 1、2年に1回くらいは、特別の会で共演が観られるようになった萬さん、万作さんの国宝兄弟共演ですが、思わずクスっと笑ってしまう台詞、所作、味のある表現力はさすがです。今回は、なかなか観られない万蔵さんと万作さんの絡みも新鮮でした。兄弟だけでなく、お二人が元気なうちにまた両家の共演が観られる日が来るといいなあ。

半能『石橋』大獅子
 中国の清涼山にやってきた寂昭法師は、向こうに文殊菩薩の浄土があるという石橋を渡ろうとして休んでいると、文殊菩薩の使獣の獅子が石橋に現れ、咲き乱れる牡丹の花と遊び戯れて舞い、御代の千秋万歳を寿いで舞い納めます。
 半能なので、童子が現れて、石橋の下は物凄い深谷で、橋は細く苔で滑りやすいため、渡るのをやめるよう言い、その代り奇瑞が現れるから待っているように言う前半の部分が省かれて、すぐ後半の獅子の舞になります。これが見どころなので、華やかで迫力のある獅子の舞と力強いお囃子は飽きることがありません。
 観世銕之丞さんの親獅子と喜正さんの子獅子だったので、さらに力強さ、キレの良さ、それに相舞も合っていて、観てて気持ちが良かったです。