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能楽鑑賞日記

2014年7月21日 (月・祝) 座・SQUARE第17回公演〜そして因果は廻る〜
会場:国立能楽堂 13:00開演

解説:辻井八郎

仕舞「岩舟」 井上貴覚    地謡:金春穂高、高橋汎、高橋忍、辻井八郎

仕舞「阿漕」 高橋忍     地謡:辻井八郎、高橋汎、金春穂高、井上貴覚

『野宮』
 シテ(里女・六条御息所の霊):山井綱雄
 ワキ(旅僧):森常好
 アイ(里人):高野和憲
    大鼓:安福光雄、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:杉信太朗
       後見:本田光洋、横山紳一
          地謡:荻野将盛、大塚龍一郎、渡辺慎一、後藤和也
              辻井八郎、高橋忍、金春穂高、井上貴覚

「磁石」
 すっぱ:野村萬斎、田舎者:中村修一、宿屋:月崎晴夫  後見:飯田豪

『黒塚』雷鳴ノ出
 シテ(老婆・鬼女):辻井八郎
 ワキ(祐慶):福王和幸
 ワキツレ(山伏)?
 アイ(能力):竹山悠樹
    大鼓:柿原光博、小鼓:観世新九郎、太鼓:吉谷潔、笛:一噌隆之
       後見:?橋忍、井上貴覚
          地謡:中村一路、本田布由樹、中村昌弘、後藤和也
              本田芳樹、金春安明、山井綱雄、金春憲和

附祝言

 最初に、辻井さんが切戸口から出てきて、今日の演目についての解説をされました。
 最初の仕舞2番『岩舟』は、帝の命で新たに開かれた住吉浦の浜の市に、この代を寿ぎ極楽の宝物を降らすために宝を積んだ岩舟が竜神に守られ漕ぎ寄せるという祝言の能。『阿漕』は、禁漁の海で密漁したことが露見し、生きながら海に沈められた阿漕という漁師の亡霊が、地獄の苦しみを見せ救いを求める執心の能。「あいつは、あこぎな奴だ」と言う「あこぎ」はこの能から出た言葉だそうです。
 『野宮』では、この能の背景について、六条御息所という人は皇太子妃だったのですが、20歳で未亡人になり、その後、光源氏と出会い恋に堕ちるわけです。しかし、車争いで屈辱を受け、『葵上』では恨みの生霊となって出てきますが、『野宮』では、斎宮となった娘と共に伊勢へ下ることを決心し、光源氏のことを忘れる決心がついたところへ、源氏が訪れて再会し、心乱れる御息所の心情。御息所の寂しさと哀しさを描き出しています。
 『黒塚』は安達ケ原の鬼の話。今回は小書「雷鳴ノ出」がついて、シテの型や装束が変わり、後シテが常の赤頭ではなく白頭に替わる他、いろいろな違いがあるとのことでした。

『野宮』
 諸国一見の旅僧が、嵯峨野の野宮神社の旧跡を訪れると、そこへ一人の女が現れます。女は僧に、私は昔を思い出して御神事をしているところなので、そこへ訪れるのは差し障りがあるので帰るよう進言します。不思議に思った僧がその謂れを尋ねると、女は、それに答えて語り始めます。光源氏との愛に破れた六条御息所は、伊勢神宮の斎宮になる娘と共に野宮に籠っていたところ、九月七日の今日、光源氏が訪ねてきて、持っていた榊の枝を井垣に差してこられたので、六条御息所は恋に破れた気持ちを和歌に詠みました。女は更に、野宮の寂しい風情と、六条御息所の心情を重ねるようにして、語り舞い、傷心の心で伊勢へ下った御息所の心情を切々と語ります。語り終えた女は、自分が六条御息所の幽霊であることを告げて消え失せます。
 僧が嵯峨野の住人から詳しい様子を聞いて、読経していると、御息所の亡霊が現れ、加茂の祭で葵上から受けた屈辱的な車争いの出来事、光源氏の愛を失った哀しみを語り舞い、光源氏が訪ねてきたことなどを懐かしんで、「火宅の門」を出て行きます。

 六条御息所というと、中年の女性という感じがするので、普通は増の面あたりじゃないかと思うのですが、山井さんのお祖父様が大切になさっていたという「天下一河内」作の「小面」を掛けての上演ということで、普通より若い感じの御息所でしたが、可愛いだけじゃなくて、愁いがあるというか、しっとりと艶めいた不思議な面でした。車争いの再現ではカッと激情を現したり、光源氏への妄執に永遠に彷徨う御息所の美しくも哀しい霊の姿でした。

「磁石」
 遠江国の見附に住む田舎者が都に上る途中の大津松本で市を見物していると、都のすっぱが目を付け、言葉巧みに田舎者に近づくと、人買いの宿に連れ込んで、宿の主人に田舎者を売りつけます。ところが、宿の主人とすっぱの相談を耳にした田舎者は先回りしてお金を受け取ると逃げてしまいます。逃げられたと気付いたすっぱは、主人から太刀を借りて田舎者を追いかけ、追いついて田舎者に太刀を振り上げますが、田舎者は突然、磁石の精だと名乗って大口を開けて太刀を飲み込もうとします。驚いたすっぱが太刀を鞘に納めれば、田舎者は力を失って死んでしまい、すっぱは、太刀を供えて呪文を唱え、生き返らせようとしますが、死んだふりをしていた田舎者は起きだして太刀を奪って逃げてしまいます。
 中村田舎者、とっさの判断とはいえ、突飛なことを考える。それに騙すことに慣れてるはずのすっぱが騙されちゃうんだから、おマヌケですね〜。端正な中村君が大口を開けて迫る様子が滑稽で可笑しい。萬斎すっぱも横たわる田舎者の上をぴょんぴょん跳んだり、なんか前半のずる賢さとは打って変わって何か、オチャメで可愛らしい(笑)。

『黒塚』雷鳴ノ出
 紀州熊野の修験者、阿闍梨祐慶は同行の山伏を伴い、回国行脚中に人里離れた安達ケ原で日が暮れてしまいます。一夜の宿を探していると、遠くに灯りの灯る一軒の庵を見つけます。その庵には女が一人で住んでいて、一夜の宿を乞う祐慶一行に、一度は断るものの重ねての懇願に宿を貸すことにします。庵の中に通された祐慶は見慣れない糸繰り車を見つけて女主人に頼むと、女はそれを回して糸を繰って見せます。月の光の中、糸車を廻しながら女は自らの境涯を嘆き、生きながらえる命の辛さを思い涙します。やがて、女は夜の寒さをしのぐために、山へ薪を取りに行くと言い、出かけている間、決して寝室の中を見ないようにと念を押します。
 ところが、見るなと言われると見たくなるのが人間の心情。同行の能力が皆が寝静まった隙に主の寝室を覗いてしまいます。そこにはたくさんの死骸が山のように積み重なっていて、驚いた能力は慌てて祐慶に伝え、祐慶たちは安達ケ原の鬼であったかと気付いて一目散に逃げ出します。
 山から帰った女主人は祐慶たちが寝室を覗き、逃げ出したことに気付いて、約束を破られた怒りから鬼の姿となって、雷鳴の轟く中、一行に襲いかかります。しかし、祐慶たちの法力の前に祈り伏せられて、夜嵐とともに消え失せるのでした。

 ワキツレの方は、プログラムには書かれていなかったので、宝生流ワキ方ならだいたい分かりますが、福王流ワキ方は関東ではあまり観ないので、福王茂十郎さんと和幸さんぐらいしか名前を存知ないので、すいません。
 前シテは柴の庵の作り物の中に入って登場し、シテが作り物の中にいる間は、作り物が家全体で、シテが作り物から出ると、舞台上が庵の中の一つの部屋となって、作り物は奥の女の寝室という設定になります。シテが作り物から出ると、糸繰り車が目付柱横に置かれます。
 庵から出てきた老婆は糸車を廻しながら自らの境遇を嘆いて、自暴自棄になったように糸車をグルグル回して泣き崩れ、老婆はどんな辛い人生を送って来たのか痛々しい。山へ薪を取りに出かける時、一の松付近で立ち止まって振り返り寝屋を覗くなと念を押して去って行く老婆に怪しげな雰囲気が漂っていました。
 竹山能力は、見るなと言われれば見たくなるのが人の常。皆が寝静まったところで抜け出そうとするものの、祐慶に気付かれてなかなか出られない。そんなことを繰り返しているうちに、やっとコッソリ抜け出して寝屋を覗いてビックリ仰天(笑)。祐慶たちに伝えると、自分は先に宿を探しに行くと言って去っていきます。
 祐慶たちが逃げて行くと、揚幕から白頭に白い般若面の鬼女が現れ薪を幕の前でバサッと落とします。これも「雷鳴ノ出」の小書独特の演出らしいです。
 祐慶との法力バトルで祈り伏せられそうになりながらジワ〜っと見つめ返して反撃に転じる、それを繰り返す鬼女。本当は、人喰いなどしたくない、覗くなと言ったのに覗かれて約束を破られたことに怒りに我を忘れて襲いかかる鬼女。きっといつも裏切られ続けてきたのだろうという鬼の哀しみが感じられました。
2014年7月5日 (土) 新宿文化センター開館35周年記念公演 野村万作・萬斎狂言の会
会場:新宿文化センター大ホール 18:00開演

レクチャートーク:野村萬斎

「蚊相撲」
 大名:石田幸雄、太郎冠者:破石晋照、蚊の精:中村修一   後見:飯田豪

素囃子「神楽」
 大鼓:亀井広忠、小鼓:幸正昭、太鼓:金春國和、笛:栗林祐輔

「歌仙」
 柿本人丸:野村万作
 僧正遍昭:野村萬斎
 参詣人:竹山悠樹
 在原業平:深田博治
 小野小町:高野和憲
 猿丸太夫:月崎晴夫
 清原元輔:内藤連
     地謡:中村修一、石田幸雄、破石晋照、飯田豪
        後見:岡聡史、破石澄元

 茂山家と競演の「新春名作狂言の会」は毎年1月に開催されますが、周年行事で5年ごとに万作家が大曲をやっているとのこと、「あれ、そうだったかな」と、すっかり忘れております。
 まずはレクチャートークで萬斎さんが登場。今日は劇場版東京初演の「歌仙」がメインということで、「歌仙」の話からでした。和泉流しかない演目で、百人一首の名高い歌仙達が豪華な装束で登場します。
 絵馬から抜け出した平安貴族の歌仙達が月の下で歌合せの宴を催すのですが、紅一点の小野小町の取り合いになり、小町・遍昭とその他に分かれてバトルになってしまいます。
 中で詠われる歌も意味深な内容で、下ネタ話になると意味ありげにニヤニヤ、相変わらず好きですね〜(笑)。

「蚊相撲」
 大名に命じられ、新しい召使いを探しに出かけた太郎冠者は、蚊の精が人間の姿になって人の血を吸いに現れたのを知らずに連れて帰って来てしまいます。新参者の腕前を見ようと、自ら相撲の相手をした大名は、いきなり刺されて目を回し、正体を悟った大名は、大団扇であおいで動きを封じて一旦は勝ちますが、二度目は隙をみた蚊の精に足を取られて倒され、大名は腹立ちまぎれに太郎冠者を打ち倒して、蚊の精の真似をしながら去っていきます。
 石田さんの大らかでゆる〜い雰囲気の大名は鉄板。新しい召使いを何人雇うかと太郎冠者とのお約束のオトボケ全開のやり取りも大いに笑わせます。久しぶりの破石さんの太郎冠者もドスのきいた声にガッチリした体躯で安定感あり、それだけで何となく頼もしく思ってしまいます。ホントは蚊の精を連れてきちゃって頼もしくないんですけどね(笑)。
 初めての中村さんの蚊の精、うそ吹きの面を掛け、口にストローを挿した姿には会場にもドっと笑いが起こります。大団扇に扇がれてふわりふわりと漂うところは、もう少し柔らかさが出ると良いですが、最初だからしかたないかな。しかし、この蚊の精が大団扇で扇がれる時のフワフワ感は萬斎さんにかなう人はあまり観たことがありません。まあ、そのうちにそれぞれの個性が出てきてそれなりの良さが出てくるんですけどね。

「歌仙」
 和歌をたしなむ都の者が和歌の神である玉津島明神に参詣し、歌仙を描いた絵馬を奉納して通夜をしていると、絵馬から六人の歌仙たちが抜け出して月見の宴を張ります。歌を案じ、盃を回すうちに、人丸に小町との仲をからかわれた遍昭は腹を立て、遍昭・小町VS人丸・業平・猿丸・清原が長道具を持っての争いとなりますが、やがて夜明けとともに、歌仙たちは元の絵馬に戻っていきます。

 以前、能楽堂で観たことがありますが、萬斎さんが長い白髪に白鬚の人丸役で万作さんが遍昭僧正役を観た気がします。その時もなかなかインパクトがあって面白かったですが、劇場版では初めてになります。
 まず参詣人の竹山さんが下手から現れて、祈願が終わり上手に引き上げると、お囃子とともに舞台後ろの幕が開き、華やかな装束の六人の歌仙が大きな絵馬の形をした板の前に一列に並んで現れます。これは、なかなか壮観で、思わず「おお〜!」と声があがってしまう劇場ならではの演出です。絵馬の周囲にひし形を組み合わせた装飾が雲のようにかかって、雅な雰囲気。謡が終わると下手に引き上げて、橋掛かりから登場し、三人ずつに分かれてそれぞれ決めポーズをとって座ります。
 万作人丸は長い白髪に白鬚、白い狩衣に白指貫と白づくめ、萬斎遍昭は白い僧頭巾に紫の僧衣、錦の袈裟を掛け、高野小町は鮮やかな唐織に白大口、深田業平は初冠、狩衣に弓矢を携えてます。月崎猿丸は烏帽子に緑系の狩衣に指貫、内藤元輔は烏帽子に水色っぽい掛素襖に大口とそれぞれに違う扮装で平安貴族らしい華やかさです。
 さて、歌詠みでは、「蛤」とか「石臼」とかハッキリとは言わずに“隠語”めいた歌のやり取りがあり、月見の宴で最初にお酒を飲まされるのが小町でその後を飲みたい男たちのつばぜり合いがあったり、遍昭は坊さんだからお酒が飲めなくて悔しがったり、歌合せで小町が遍昭を何かと贔屓するので、二人の仲をからかうような歌が出たりで、とうとう怒った遍昭が小町と一緒に長道具を持って反撃に現れると、他の連中も竹棒を持って応戦。2対4のバトルに発展するも長棒を振り回す遍昭がやたら強くて、貴族連中は情けなくあっさりやられっぱなし、そのドサクサに人丸が小町のお尻を撫でたり(笑)。ついには、2対4の押し相撲になりますが・・・。
 夜明けとともに、絵馬の中に戻る歌仙たち、舞台上で3人ずつに分かれて初めの決めポーズを取って終わります。
 優雅な歌詠みから紅一点の小町をめぐるドタバタのバトルに変わり、最後は何事も無かったかのように絵馬に戻る、如何にも狂言らしい展開で、大笑い。また、ぜひ観たいですね。