戻る 

能楽鑑賞日記

2014年8月31日 (日) 第二十回能楽座自主公演
会場:国立能楽堂 14:00開演

舞囃子「高砂」八段之舞   観世銕之丞
    笛:松田弘之、小鼓:飯田清一、大鼓:山本哲也、太鼓:観世元伯
      地謡:観世淳夫、山崎正道、片山九郎右衛門、分林道治

小舞「金岡」クルイ     野村万作
      地謡:高野和憲、石田幸雄、深田博治、中村修一

独吟「野宮」クセ      近藤乾之助

一調「張良」        福王茂十郎   太鼓:三島元太郎

独吟「平家」        野村萬

新作舞囃子「智恵子抄」   光太郎:梅若玄祥、智恵子:大槻文藏
              笛:松田弘之、小鼓:飯田清一、大鼓:山本哲也
              地謡:長山桂三、梅若紀彰

狂言「抜殻」
 太郎冠者:茂山千五郎、主人:茂山正邦      後見:山下守之

能『半蔀』
 シテ(里の女・夕顔の女の霊):梅若玄祥
 ワキ(雲林院の僧):宝生閑
 アイ(所の者):茂山正邦
    笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:安福光雄
      後見:片山九郎右衛門、大槻文藏
        地謡:大槻文藏、観世淳夫、長山桂三、分林道治
            馬野正基、梅若紀彰、観世銕之丞、山崎正道

 まずは舞囃子、小舞、独吟、一調とそれぞれ名人の芸を堪能という趣向。
 舞囃子は銕之丞さんらしい迫力のある八段之舞、万作さんの小舞のキレの良さに萬さんの独吟もお歳を感じさせない息の長さと力強い謡。乾之助さんの独吟は金井雄資さんの助吟がついて、ほとんど一緒に謡っていましたが、金井さんが控えめに謡ってらしたせいか、乾之助さんのお声も良く聞こえてすばらしかったです。
 新作舞囃子「智恵子抄」は、チラシに書いてあって時とは配役が逆になってました。智恵子が大槻文藏さんで、光太郎が玄祥さんの方がやはり役としては合っています。「智恵子抄」を謡の詞章としているので、聞いていても分かりやすく、文藏さんと玄祥さんも静かに狂う智恵子とそれを静かに見守る光太郎という情景が観えて、能の詞章としても違和感がありませんでした。

「抜殻」
 主人から使いを言いつけられた太郎冠者は、出がけにいつも飲ませてくれるはずの振る舞い酒を主人が忘れているので、何度も戻ってなんとか主人に思い出させます。しかし、大盃で何杯も飲んですっかり酔っ払って出かけた太郎冠者は途中で眠り込んでしまいます。心配して様子を見に来た主人は眠っている太郎冠者を見つけ、懲らしめの為に鬼の面を被せて帰り、目を覚ました太郎冠者は、水を飲みに行った清水に映る鬼の姿に驚きますが、自分の姿だと分かり、嘆きながら主人の元に戻ります。主人に中へ入れてもらえず前途を悲嘆した太郎冠者は、清水へ身を投げようとして飛び込んだ拍子に面が外れ、急いで主人を呼びに戻り、面を鬼の抜殻だと言って差し出し、叱られてしまいます。
 千五郎さん、だみ声も間の取り方もふっと千作さんを彷彿とさせることがあって、血は争えないというか、すごく味が出てきたなあと思うこの頃です。のん兵衛太郎冠者のいじましさ、鬼になったと思い込んで嘆き悲しみ、面が外れたのを抜殻というオトボケ、面白かった〜。

『半蔀』
 喜多流の『半蔀』を観たばかりなので、あらすじは省略します。
 シテは片山幽雪さんの予定でしたが、病気療養中のため梅若玄祥さんに代わりました。半蔀の作り物や置き場所の違いは、喜多流では2本柱で戸の部分だけでしたが、観世流では4本柱の作り物で前面は喜多と同じ、置き場所は橋掛かりではなく、シテ柱近くの常座(名ノリ座)でした。4本柱の作り物だとさすがに橋掛かりでは通るのに邪魔になります。
 玄祥さんの夕顔の霊は、正直言って、体躯が大きすぎるせいか、ちょっと儚げな雰囲気は感じにくかったかな。それにハコビが気になる。袴姿の舞囃子では気にならなかったのに身体が重いので膝に負担がかかるんでしょうか、なんとなくぎこちない動きに感じてしまいました。ワキの閑さんは、さすがにビシっと決まって身じろぎもしない美しさでした。
2014年8月10日 (日) 納涼茂山狂言祭2014
会場:国立能楽堂 14:00開演

お話:茂山童司

「文相撲(ふずもう)」
 大名:茂山あきら、太郎冠者:茂山茂、新参者:茂山千三郎   後見:茂山正邦

「伯母ヶ酒」  甥:茂山童司、伯母:丸石やすし            後見:増田浩紀

「六地蔵」
 すっぱ:茂山千五郎、田舎者:茂山正邦、すっぱ仲間:島田洋海、鈴木実
                                   後見:茂山あきら、増田浩紀

 東京公演の2日目、今回は童司さんが最初のお話。茂山家は誰が出てきてもお話が面白いので、楽しみです。茂山家のエピソードなど、演目解説に関係のない話が多い時もありますが、童司さんは演目解説をちゃんとやってました。でも、茂山家ですから、それも面白い。納涼狂言はリクエストで決めるのですが、リクエストの多い演目ばかりやると同じような演目に偏ってしまうため、前は千之丞さんが決めていたそうですが、今はあきらさんが決めているそうです。最初の「文相撲」の解説では、大名が新参者を雇う解説で「蚊相撲」と間違ってたことに途中で気が付いてやり直したり(笑)、なんてこともありましたが、それも返って笑いを誘ってたり。「伯母ヶ酒」では、伯母さんのことをケチだというけれど、商売だから当たり前、鬼のふりをして脅して飲むなんて犯罪ですよって、ごもっとも。「六地蔵」では、冬に足を骨折した千五郎さんがすっぱで出演。仲間の島田さんと鈴木さんはフットサルをやりすぎて足が痛いとか、あっちこっちに走り回る役なのに大丈夫でしょうか。

「文相撲」
 太郎冠者の連れてきた新しい使用人は相撲が特委と聞き、大名は自分が相手になってその腕前を見ることにします。一度目は、大名は目の前で手を打たれて負けてしまいます。今の手は何かと尋ねると「目隠し(まがくし)」だと言うので、大名は相撲の書を持って来させ、二度目に臨み、見事勝ちますが、三度目にまた負けた大名は腹いせに太郎冠者を引き倒します。
 秘伝書を読んで相手の相撲の手に感心したり、取り組みの最中に秘伝書を取り出して読んだり、あげくに負けて不機嫌になったりと、無邪気な大名のあきらさんが可笑しい。とんだとばっちりで引き倒される茂太郎冠者が自分にとばっちりが来るとは知らずにすました顔で座っている姿もなんか可笑しい。

「伯母ヶ酒」
 甥が酒屋を営む伯母を訪ねます。ケチな伯母は未だ一度も酒を振る舞ってくれたことが無く、今日こそはと思い甥は口実を重ねて酒を出させようとしますが、伯母はなかなかその手にのりません。そこで甥は近くに鬼が出るとの噂話で伯母を脅かし、帰ると見せかけて、鬼の面をつけて改めて伯母を訪ねます。鬼怖さについに平伏した伯母に甥はあれこれと命じ、酒蔵に入って存分に酒を飲みますが、酔いが回って寝込んでしまい、正体がバレてしまいます。
 童司さんのちゃっかりした甥が、愛嬌があって可愛らしい。最後には起きてられなくて膝に面をつけて寝っころがってしまうところは何回観ても面白い。

「六地蔵」
 辻堂に安置する六地蔵を作ってもらおうと、田舎者が都にやってきますが、肝心の仏師の居所がわからず、大声で聞きまわっていると、一人のすっぱが通りかかります。親切そうにするすっぱに田舎者が事情を話すとすっぱは自分こそ仏師だと言い、翌日までに地蔵を作ると約束します。すっぱは仲間二人をかたらい、地蔵に化けて田舎者を騙すことにします。翌日、田舎者が地蔵を受け取りに行くと、因幡堂の脇堂と裏堂に3体ずつ置いてあるというのですが、どこか印相がおかしく、仏師に手直しを頼んでもなかなか思い通りの印相にならず、何度もやり直して脇堂と裏堂を行き来しているうちに、偽地蔵であることがバレてしまいます。
 和泉流では、すっぱの他に3人仲間が出てきますが、大蔵流ではすっぱを含めて3人が地蔵に化けて行ったり来たりするので、すっぱがなおさら忙しい。さすがの千五郎さんも冬に足を折ったのが直ったとはいえ歳も歳だし、面をつけるのが間に合わなくて、後ろ向きに座ってごまかしたり、そんな様子も可笑しくて、他の印相も茂山家らしい斬新さ、橋掛かりの欄干に足を掛けて槍投げのように道具をふりかざしたり(笑)。やっぱり六地蔵は面白い。
2014年8月2日 (土) セルリアンタワー能楽堂定期能8月―喜多流―
会場:セルリアンタワー能楽堂 17:00開演

おはなし:青柳恵介

ろうそく・袴能
『半蔀』
 シテ(里女・夕顔の女の霊):友枝昭世
 ワキ(雲林院の僧):宝生欣也
 アイ(所の者):高澤祐介
    大鼓:亀井広忠、小鼓:曽和正博、笛:一噌仙幸
       後見:中村邦生、佐々木多門
          地謡:友枝真也、内田成信、友枝雄人、佐藤陽
              長島茂、大村定、香川靖嗣、粟谷明生

 「袴能」というと、面装束を付けずに直面紋付袴姿での能。夏場に装束休めに行っていたとか。厚い装束を着けていないので普段は装束で見えにくい身体の動きも良く見えます。
 シテは「源氏物語」に出て来る夕顔という女性で、青柳先生が夕顔の巻について、夕顔という女性についてのお話をされました。
 夕顔の花の儚さと、夕顔の君の短い生涯を掛けていて、このシテも夕顔の花の精とも夕顔の女ともとれる茫洋とした存在。

「半蔀」
 雲林院の僧が夏安居(夏の修行)の終わりに、立花供養(その期間に仏に供えた花々の供養)を行っていると、一人の女が現れて夕顔の花を手向けます。僧が女に名を尋ねるとただ夕顔の花とだけ答え、更に問うと五条辺りの者と言って、花の陰に消え失せます。僧が不思議に思っていると、所の者がやって来て光源氏と夕顔の物語を聞かせ、その女は夕顔の亡霊であろうと述べて弔いをすすめます。僧が五条あたりを訪ねてみると、荒れ果てた一軒の家に夕顔が咲いており、寂しい秋の景色を眺め「源氏物語」の昔を偲んでいると、蔀戸を上げて一人の女が現れます。女は光源氏の思い出を語り、舞を舞いますが、夜明けを告げる鐘と共に僧に別れを告げ、また半蔀の中へ消えて行きます。それは僧の夢の中の出来事でした。

 ろうそく能なので、舞台の回りに立てられた燭台の蝋燭に火が灯され舞台が始まります。蝋燭だけでは暗すぎるので舞台上は薄明りが点けられますが、薄暗いといっても見えにくいほどではなく、夏の夜らしい雰囲気。
 ワキの宝生欣也さんも数珠を持っているだけで、灰色っぽい紋付袴姿。脇正面の橋掛かりに近い方だと、橋掛かりを出て来る足元が良く見えてハコビの美しさに感心。装束を着けてなくても欣也さんが僧に見える。
 シテの友枝さんは、キナリかベージュっぽい紋付にグレーっぽい袴姿。素顔の友枝さんはごつい感じの老人なのですが、そのハコビは水の上を滑るよう、重力を感じない、上体はまったく揺るがない。女性らしい姿態をするわけでもないのに、ワキ僧の欣也さんが見つめる先にいるのは、儚げな女性に見えてくるから何とも不思議。
 アイの高澤さんも紋付袴姿、きちっとした着付けで、背が高く顔も良いので見栄えがするし、語りも良かった。
 半蔀の作り物は上半分の斜め格子に瓢箪と花のついた夕顔の蔓が絡みついていて、橋掛かりの一の松あたりに斜めに置かれます。橋掛かりに置くのは珍しいのでは、以前観たのでは、シテ柱近くの常座(名ノリ座)に置かれていたような気がします。喜多流ではそうなのでしょうか。
 後シテは、紋付も袴もベージュっぽい同系色に見えました。後見の一人が切戸口から先が二股になった長い棒を持って後見座に座り、揚幕から出てきて橋掛かりの作り物の脇についたもう一人の後見に棒を渡すと二股に格子を引っかけて引き上げ、シテが半蔀から舞台に出てきます。
 光源氏の思い出を語って舞を舞う姿はゆったりとした静かな舞なのですが、まったく眠気を催すことなく、ずっと見つめていました。シテを見つめるワキの欣也さんも微動だにせず、シテの友枝さんもゆっくりとした舞と足拍子、上げた腕の位置、手の位置、スッとした背中、頭の位置、すべて揺るぎなく、ふらつくことがない、筋肉が緊張するだろうなと思うけれど、それでいて、硬さはなくて、柔らかな動き、最後に半蔀に戻って退場するまで、儚げな夕顔の姿がそこにありました。
 笛の仙幸さんをはじめ、お囃子も素晴らしく、見応え、聴き応えのある舞台でした。