| 2006年6月29日 (木) |
現代狂言 旗揚げ公演 |
会場:国立能楽堂 19:00開演
ご挨拶:南原清隆
「萩大名」大名:野村万蔵、太郎冠者:野村扇丞、茶屋:小笠原匡 後見:野村太一郎
「萩代議」代議士:ルー大柴、秘書:平子悟(エネルギー)、通人:森一弥(エネルギー) 後見:ドロンズ石本
「連句」 東方朔:南原清隆 オタク:天野ひろゆき(キャイーン) 詐欺師:ウド鈴木(キャイーン) 建築業者:ドロンズ石本 施工主の妻:森一弥 代議士:ルー大柴 秘書:平子悟 大神:野村万蔵 童子:野村太一郎 楽士:(弦楽器)田中悠美子、(管楽器)稲葉明徳、(打楽器)和田啓
テレビの「ウリナリ狂言部」を故野村万之丞さんが指導したのがきっかけで話が持ち上がった狂言とコントのコラボ。万之丞さんの他界で立消えになりそうだった企画が今回、万蔵さんの狂言の監修・指導と壤晴彦さんの演出で萬狂言一門とウリナリメンバーによる現代狂言の旗揚げとなりました。 はたしてどんなものになるか、期待と不安が半々でしたが、正直言って面白かったです。 最初に挨拶に出てきた黒紋付に袴姿のナンチャンは実にかっこ良かったですね〜。さすがに場を和らげる話のうまさと座長としての貫禄も感じられました。 古典狂言の「萩大名」とそれを元に大名を現代の代議士に変え、現代風にアレンジした現代狂言の「萩代議」、新作現代狂言の「連句」 客層も、古典狂言のファンばかりでなく、老若男女、狂言は初めてと思われる人たちやお笑いや業界人と思われる人たち、子供連れなど、いつもと違う雰囲気の人たちがたくさん来ていました。 古典の「萩大名」では、最初は科白の言葉が古い言葉でわかりにくいのと、まったりしたテンポのせいか、うとうと居眠りしている人もいましたが、後半の茶屋の庭に行ってからは、かなり笑いが起こって、子供も実に楽しそうに笑っていました。万蔵さんのほんわかとして、いかにも田舎者の人の良さそうな大名。最後には「面目ない」としょんぼりするのがまた、笑いをさそっていました。
「萩代議」は選挙を控えた代議士が資金援助を頼みに金満家の元を秘書と訪ねますが、文化の通人と言われる財界人から果たしてうまく援助が得られるか・・・という話です。 エネルギーの若い二人が狂言の様式にのっとった型でちゃんと演じていたのが、練習時間もそんなに無かっただろうによくできてると感心しました。ルーさんは、それに対して普通に近い演技。対照的なようでいて、あまり違和感なく溶け込んでる感じでしたが、もっと狂言の型を使った演技でメリハリをつけたほうが、キャラがかえって生きたような気がしました。 装束は長袴ではなく、3人とも半袴。やっぱり、はき慣れない人に長袴は無理でしょう。代議士らしくちょっとテカった生地の裃にバッジを付けて、装束も工夫されていました。 代議士の学歴詐称の話なんかも取り入れて、テキサス大学卒業という代議士に金満家の通人が英語で句を詠んで欲しいという要望に四苦八苦、あやしげな英語とパフォーマンスで煙に巻こうとするも、結局資金援助を得るのは失敗してしまうわけです。しかし、ルーさん、実際にみると、かなり存在感のある人でしたね。 休憩を挟んで現代狂言「連句」 下級役人の神様、東方朔(とうほうさく)が、大神の命令で天上の花や木を元気にさせる美しい言葉を捜しに現代日本にやってきます。出逢ったオタクと一緒に美しい言葉を捜しにあちこち訪ねてみますが、聞くのは元気の萎える言葉ばかり。しまいにはクラブで踊って憂さ晴らしをはじめてしまいます。そこへ、待ちきれずに様子をみに童子と下界に下りてきた大神が現れ、東方朔はしかたなく聞いた言葉を並べてみますが、大神が童子に歌わせてみると、それは思いがけず美しい歌となり、喜んだ大神は東方朔を褒めて任を解きます。東方朔は地上で知り合った人間たちと別れを惜しみつつ喜んで天上へ帰っていくのでした。
舞台は現代日本で、人間役は現代の服装で現代語。全体的には現代劇(コント)という感じでしたが、神様を狂言の型や言葉、装束も狩衣風にすることで、天上の神様の存在感を人間と違うものとして浮き上がらせるには効果的でした。 東方朔が最初に出会う天野っちは、つなぎの服にキャップとデイパックという、いかにも秋葉系オタク。美しい言葉を捜しているという東方朔に最初に教えるのが「萌え〜」(笑)。連れて行く場所は、フィギアのショップにメイド喫茶。フィギアショップではナンチャンの東方朔「おびただしい人型でござる」と、見渡すところも科白も狂言の型に則っていて、人間のオタクとの対照が面白い。 そんなところに、現れる詐欺師のウドちゃん。鮮やかな黄色のスーツで、ちょっと間が抜けていて、人を騙そうとしても騙せない詐欺師はいつものウドちゃんそのもの(笑)。結局、東方朔とオタクに愚痴を聞いてもらうハメに・・・。詐欺師の家では妻が建築技師にかけあっていますが、新築の家の傷や、タイルがボコボコになってると文句を言っても「今時、平らに貼れる職人なんていない」と開き直る建築技師に相手にしてもらえません。この妻役のエネルギーの森さん。なかなか着物の女役が似合います。 「萩代議」のルー大柴代議士や平子秘書(エネルギー)も出てきますが、捜し求める美しい言葉は見つからず、気力を萎えさせる汚い言葉ばかり。ふらふらと倒れるナンチャン東方朔は、ついに憂さ晴らしに人間たちとクラブへ行き、そこでやけ酒を飲んでいた秘書も一緒にダンスをはじめます。平子秘書を女役にしてタンゴを踊りだすナンチャンはウリナリダンス部でならした腕前を披露して、見所も思わぬおいしい舞台に大きな拍手が沸き起こりました。 そこへ、待ちきれず下界へ降りてきた大神の登場。ナンチャンと同じような赤い狩衣に撞木杖を持ち、童子を供に大きく舞いながら出てくる姿は、まわりの空気も変える存在感。うなだれる東方朔に、美しい言葉は見つかったかと尋ねるのですが、しかたなく、今まで聞いた言葉を並べてみる東方朔。それを聞いて「う〜ん」と首を傾げていた大神が、“うん”と気がついたように童子に、その言葉を連句にして歌わせてみると思いがけず美しいつながりの歌になったのです。喜んで東方朔の人を解き、童子と天上に帰っていく大神。美しい歌に心が和み、明日の元気をもらった人間たちも、それぞれの居場所に帰っていきます。最後に残ったオタクと東方朔が友情の印に互いの帽子を交換し合い、オタクが去って、舞台に残された狩衣にキャップを被ったナンチャン東方朔。音楽に乗って足を上げ、楽しそうに舞いながら去っていきました。 楽器は、打楽器に笛(笙や篳篥もあり)、三味線などで、どこかエスニック調の音楽がとても合っていて、猿楽や田楽などの楽にこだわった万之丞さんらしい雰囲気が漂っていました。ナンチャンが出てくる時と帰る時に足を上げて楽にのって歩く姿は「唐人相撲」の出と同じです。
狂言とコントの結婚というには、まだまだ練っていかなければという舞台ではありましたが、とにかくやってみようというチャレンジ精神とエネルギーに満ち、役者も観客も一緒になって楽しめた舞台でした。 大きな拍手でカーテンコールもありましたが、一日目だったこの日は2度目のカーテンコールは予定外だったのか、鳴り止まぬ拍手に一人出てきたナンチャンは着替え途中と思われる白のつなぎ姿。赤の狩衣の下はつなぎの服だったんですね(笑)。挨拶して踊りながら去っていきました。 これからも継続してやっていくらしいこの試み、これからがまた楽しみです。 もっと、狂言の型を使ってやってもいいんじゃないかな。私的には女型も、是非、狂言の女でやってみてくれないかなと思いました。 |
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| 2006年6月25日 (日) |
喜多流職分会6月自主公演能 |
会場:14世喜多六平太記念能楽堂 11時45分開演
仕舞 「兼平」 松井俊介 「杜若」キリ 内田成信 「天鼓」 佐々木多門
『頼政』 シテ(老人・頼政の霊):友枝昭世 ワキ(旅僧):宝生閑 アイ(宇治の里人):山本則重 大鼓:柿原崇志、小鼓:北村治、笛:藤田大五郎 後見:内田安信、佐々木宗生 地謡:粟谷充雄、狩野了一、長島茂、金子敬一郎 粟谷明生、粟谷能夫、粟谷菊生、出雲康雅
「蝸牛」 山伏:山本則俊、主人:遠藤博義、太郎冠者:山本則重
仕舞 「山姥」キリ 大村定 地謡:松井彬、笠井陸、粟谷幸雄、梅津忠弘
『誓願寺』 シテ(女・和泉式部の霊):大島政允 ワキ(一遍上人):工藤和哉 ワキツレ(従僧):大日方寛、梅村昌功 アイ(小川表の者):遠藤博義 大鼓:亀井広忠、小鼓:亀井俊一、太鼓:金春惣右衛門、笛:一噌仙幸 後見:長田驍、金子匡一 地謡:内田成信、佐藤章雄、谷大作、友枝雄人 中村邦生、塩津哲生、香川靖嗣、大村定
パソコンが壊れたりして、時間も無く、書けないうちに日にちが経ってしまい、かなり記憶が抜けてしまったところもあるので、印象に残っているところだけ書いておきます。
『頼政』 あらすじは5月4日の横浜能楽堂開館10周年記念公演に書いたとおりです。 文武両道に優れていたといわれる老武者、すでに入道となった源三位頼政の霊が、宇治橋の戦いに敗れ、平等院で自害するまでを仕方語りする後場が見どころですが、狂言『通円』のパロディーの元の能でもあります。 友枝昭世さんというと美しく繊細な女性や貴人が似合うような気がしますが、どうしてどうして、この『頼政』語りも力強く、戦いの様を表す型が具体的で面白いうえ、まさに老武者らしく重厚かつ勇壮。そして、最後は扇を置いて自害して果てるまでを語り、辞世の歌を残して僧に回向を頼み、草陰に静かに消えていきます。 押し寄せる三百余騎を迎えうつ時の驚きと勇壮さ、そして無念さまでが一つ一つしっかり伝わってきました。 今一つピンとこなかった5月の『頼政』のリベンジは果たしたという気がしました。
「蝸牛」 何回か観たことのある「蝸牛」ですが、細い則俊さんが、力強い山伏に見えました。山本家の「蝸牛」は太郎冠者と主人がついつい面白くて乗ってしまうというのではなくて、山伏の法力で体が動いてしまうような感じなのです。でも、それが面白くて大笑い。これも山本家独特の雰囲気です。
『誓願寺』 一遍上人が三熊野に参籠し、60万人決定往生の札をひろめよとの霊夢を蒙り、まず、京都の誓願寺で札をひろめた。そこに女が現れ、60万人の意味を尋ね、御夢想の4句の文の上の字をとったので60万人だけに限るわけではないと聞いて喜んだ。 夜になり、上人が夜念仏をすると、女は誓願寺の額を除いて南無阿弥陀仏の六字の名号にしてほしいと頼み、これはご本尊のお告げといい、自分はこの寺に墓のある和泉式部であると言って姿を消した。 上人が額を除き六字の名号を書きつけて仏前に奉ると、和泉式部の霊が姿を現し、喜んで今極楽の歌舞の菩薩になっていると語って、舞を舞う。 と、いう話です。 正直言って、どこが面白いのかよく分かりませんでした。典拠は『一遍上人譜略』『洛陽誓願寺縁起』で、念仏礼賛の曲ということなので、供養を頼む幽霊の執心とかがあるわけではなく、また、神々が出てきて賑やかに寿ぐのでもないので、和泉式部の舞がうっとりするほど美しいというのでなければちょっと退屈してしまうかなと思う曲でありました。 申し訳ないと思いつつ、ちょっと睡魔が襲ってくる時間でもあったせいでしょうか。 |
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| 2006年6月18日 (日) |
茂山忠三郎・良暢狂言会 ?部 |
会場:東急セルリアンタワー能楽堂 13:30開演
「蚊相撲」大名:茂山良暢、太郎冠者:大蔵基誠、蚊の精:大蔵教義
「月見座頭」座頭:茂山忠三郎、上京の男:茂山良暢
?部は11時から、茂山忠三郎社中「東京猿楽会」の『二人大名』と『鐘の音』が入場無料であったのですが、?部だけ行ってきました。「東京猿楽会」って素人弟子さんたちの会でしょうか?
「蚊相撲」 大名が、相撲があちこちで盛んに行われているので、自分も相撲取りを召抱えようと太郎冠者に適当な者を探してくるよう言いつけます。太郎冠者が上下の海道へ出て待っていると、相撲取りになって人間の血を吸いたいと考えている蚊の精が通りかかり、その正体を知らない太郎冠者は、さっそく声をかけて連れ帰ってきてしまいます。喜んだ大名は、相撲が見たいといいますが、相手がいないので自ら相手になって相撲を取ることにします。ところが、蚊の精に刺されて大名はフ〜ラフラ。大名は新参者が蚊の精だと気付き、今度は太郎冠者に扇であおがせて、隙を見て蚊のくちばしを引き抜き、投げ飛ばしてしまいます。
大蔵流だと、使用人を雇うのではなく、初めから相撲取りを雇おうという話になるわけですね。大名が初めは何千人雇おうといって、太郎冠者にたしなめられて、200人と言い、また、たしなめられて結局1人に減らすところや、新参者に聞こえるように太郎冠者と大げさな話をしてみせるところなど、大名ものによくあるパターンです。 和泉流だと、大名が大団扇で扇ぎ、いったんは勝つものの、隙を見た蚊の精に足を取られて倒され、大名が腹立ちまぎれに太郎冠者を打ち倒して、蚊の精の真似をしながら退場するわけですが、大蔵流では、太郎冠者に扇であおがせ、蚊の精を投げ飛ばして意気揚々と引き揚げていきます。
良暢さんが、人前では虚勢を張ってみたいが、大らかで無邪気な大名の雰囲気をよく出していました。フラフラフラと目を回して倒れるところもなんか可愛らしかったです。夫君も良暢さんのことを「笑顔が可愛くて愛嬌があるね」と言っていました。
「月見座頭」 「狂言劇場」や「あかり夢幻能」で万作さん、萬斎さんによる「月見座頭」は観ましたが、もともとは大蔵流だけにあった演目で、和泉流のものより時間も短くシンプルな原型をみる感じがしました。 座頭が河原で月見をしている人にちょっかいを出して追い払われるところや、最後に川の流れで帰る方向を確かめるとこるなどは、台本演出の検討をするなかで後で付け加えられたものだというのが解ります。
万作家では、座頭が杖をついて出てくる時も左右に杖をコンコンと一定のリズムを刻んで、顔をあげ美しく出てきますが、忠三郎さんはうつむき加減に杖で探るようについて出てきました。忠三郎さんには全体に非常に素朴な自然さが感じられます。舞を舞う時も美しく舞うのではなく、高貴な人に突き当たってよろける様子なんかを謡って見せるわけです。 酒宴では楽しそうだったのが、一転、男の心変わりで別人のふりをして座頭に突き当たり、倒していった後、杖を探して立ち上がった座頭が「今の奴は最前の人とひっちがえ情もない奴」とつぶやいて、盲目の身の哀れさと人の世の切なさを嘆き、クシャミをして、とぼとぼと帰っていく姿に哀愁がただよっていました。席の隣りの女性が、その時涙を流していたのが印象的でした。私は、涙までは流さなかったのですが、しみじみとしたペーソスを感じます。「月見座頭」は後味が悪いという人もいますが、私は嫌いではありません。夫君は「これは、座頭を応援しているんだ」と言います。人間の心に潜む2面性に我が身も振り返る、やっぱり名作ではないでしょうか。 |
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| 2006年6月17日 (土) |
横浜能楽堂10周年記念≪特別公演≫第3日 |
会場:横浜能楽堂 14:00開演
「文蔵」主:野村萬、太郎冠者:野村万蔵 後見:山下浩一郎
『井筒』 シテ(里女・紀有常の娘の霊):友枝昭世 ワキ(旅僧):宝生閑 アイ(里人):野村扇丞 大鼓:柿原崇志、小鼓:成田達志、笛:一噌仙幸 後見:香川靖嗣、友枝雄人 地謡:粟谷浩之、金子敬一郎、長島茂、内田成信 中村邦生、出雲康雅、粟谷菊生、粟谷明生
「文蔵」 無断で旅に出て帰ってきた太郎冠者を主人が叱りに行くと、太郎冠者は京都見物に行き主人の伯父を見舞ってきたというので、主人は許し、京都の様子や伯父の家で何をご馳走になったか尋ねる。ところが、食べた物の名前が思い出せない太郎冠者は、主人の好きな『源平盛衰記』石橋山合戦の話に出てくるものだと言うので、主人は石橋山合戦の語りをすることに。「文蔵」という言葉が出たところで、太郎冠者がその文蔵を食べたと言うので、主人はそれが、釈迦ゆかりの「温糟粥」だとわかり、「うんぞう」と「ぶんぞう」を間違えて、主人に余計な骨を折らせたと太郎冠者を叱る。 合戦の有様の仕方語りが見どころ、聞かせどころで、語りの緊張が高まったところで、主人が太郎冠者に「食べ物の名がでてきたか」と、聞く時のギャップや最後に「ぶんぞう」と「うんぞう」を間違えて、粥だったというオチも面白い。 これ、私は、ビデオで見たことがあるけれど、舞台で見るのは初めてかもしれない。萬さんの語りは、段々のってきて迫力満点。それをすました顔で聞いている万蔵さん。万之介さんの太郎冠者だと、もっと、すっとぼけた感じになるんでしょうけど(笑) 萬さんの語りはやっぱり素晴らしかったですね。太郎冠者に聞くときの軽さのギャップがもっと大きいと面白さが増すと思うんですが。
『井筒』 旅の僧が大和国初瀬の在原寺を尋ね、この寺に縁の在原業平を偲んで跡を弔っていると、一人の里女が現れる。女は井戸の水を汲み、花を古塚に手向ける。僧が不思議に思い問い掛けると、女は業平とその妻、紀有常の娘のことを語り始める。 業平が河内国高安の里の女のもとに通うようになった時も、夜道を通う夫を案じて歌を詠んで帰りを待ついじらしい妻を思い業平が妻の元に戻ったことや、幼い頃から井戸の周りで戯れ遊んだ二人が結ばれたことから、妻は「井筒の女」と呼ばれていたことなどを語り、実は自分は井筒の女だと名のって井筒の陰に消えてしまう。 その夜、僧の前に業平の衣を身に纏った女があらわれ、秋の月光に照らされつつ舞を舞い、井戸の水面に映る冠直垂姿の自分に業平の面影を重ねて、幸せだった日々を懐かしく狂おしく思い見つめる。やがて、夜明けとともに女の霊が消え去ると、僧も夢から覚める。
世阿弥の夢幻能の代表作ですが、とにかく友枝昭世さんの「井筒」が見たかった。 橋掛かりを出てくる時にはなぜかドキドキしてしまいました。 喜多流では、『井筒』の女の面は小面と決められているそうで、一番若くて可愛らしい女の面が小面ですが、今回の面は小面だったのでしょうか?気のせいかもしれませんが、少し落ち着いて憂いもあるような気がしました。 やはり、序の舞の美しさは友枝さんならでは、そして、井戸を覗く時、傍らのススキには手をかけず、深く覗き込んでから月を仰ぎ、扇を抱いて座り込む。一連の動きの中に業平に対する想いの深さが凝縮されているようで心打たれました。面は顔と一体化して陶酔の表情を浮かべているようで、井戸を深く覗き込んで月を仰いだ時は、なんかゾクっとしてしまいました。 静かに橋掛かりを戻っていく幕入り、長い余韻を残して静まり返った客席。拍手は最後の囃子方が幕入りする時までおこりませんでした。 |
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