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能楽鑑賞日記

2015年10月18日 (日) 九世万蔵襲名十周年記念 萬狂言 特別公演 〜大曲二題〜
会場:国立能楽堂 15:00開演

解説:小笠原匡

仕舞「班女」 鵜澤光    地謡:長山桂三、浅井文義、野村昌司

「花子」
 夫:野村万蔵、妻:野村又三郎、太郎冠者:井上松次郎  後見:野村万禄、小笠原匡

舞囃子「恋重荷」 亡霊:野村四郎、女御:鵜澤光
         地謡:長山桂三、岡田麗史、浅井文義、野村昌司
         大鼓:亀井広忠、小鼓:大藏源次郎、太鼓:小寺佐七、笛:一噌隆之

「枕物狂」
 祖父:野村萬、孫:野村虎之介、孫:野村拳之介、乙御前:野村又三郎
    地謡:能村晶人、野村万禄、小笠原匡、炭光太郎
       後見:野村万蔵、山下浩一郎

 万蔵さんの襲名10周年ということで、普段はなかなかやらない大曲二題。
 観世流シテ方の女流能楽師鵜澤光さんの仕舞と、同じく観世流シテ方で萬さん、万作さんの弟である野村四郎さんの舞囃子も上演されました。
 「班女」は「花子」の元となった能の作品ですが、「恋重荷」は老人が若い女御に恋をする話で「枕物狂」に謡が引用されてます。それぞれ関係のある能の舞を持ってくるあたりも考えられてますね。

「花子」
 京都洛外に住む男は、以前、美濃国野上の宿でなじみになった花子が男を追いかけて上京し、何度も会いたいと手紙をよこし、会えなければ身投げをすると言うので、妻の目を盗んで会いに行くことにします。妻には最近夢見が悪いので、諸国の寺々に参詣したいと言いますが、妻は夫と長く離れるのは嫌だと言い張り、やっと持仏堂に一晩だけ籠って座禅をすることを承知させます。そして、修行の妨げになるので、決して覗きにくるなと念を押します。男は念のため、嫌がる太郎冠者に座禅衾を被せて身替りにすると、花子の元に飛んでいきます。
 夫の様子を見にきた妻は、あまりに窮屈そうなので、座禅衾を無理にとってしまいます。あらわれた太郎冠者を見て事の真相を知った妻は激怒し、今度は自分が太郎冠者の代わりに座禅衾を被って、夫の帰りを待ち受けることにします。
 そうとは知らない男は、花子との再会に夢うつつで帰ってくると、その夜の一部始終を太郎冠者だと思いこんで語って聞かせます。ところが、座禅衾を取り除けてみると、妻が現れたので驚き、怒り狂う妻に追いかけられて逃げて行きます。

 今回は、名古屋の野村又三郎さんと井上松次郎さんを迎えての共演。恰幅のいい太郎冠者とインパクトのある妻です(笑)。
 夫とひと時も離れたくない妻をなんとか騙して女の元に行こうとする男。上手くいったと思ったもののツメが甘かった。そんな簡単に妻は騙せない。
 花子との逢瀬に酔いしれて男が夢うつつ状態で帰ってきます。中の小袖は派手めですが、上の素襖裃は年齢に合わせてか地味めです。花子との逢瀬の一部始終を小歌を交えて語るので、生々しくならず、その語りで舞台には出てこない花子という女の色気や艶っぽさを感じます。長い一人芝居のような謡と語りが続きますが、飽きることは無く、黙って座っている太郎冠者(実は妻)に時々嫉妬に震えるような動作があって面白いです。
 夜が明けて帰らなければならない時になると、それまでのウキウキした感じから寂しい調子に変わって、切ない別れ、ここでぐっと余韻に浸っていたかと思うと、話が終わった途端にあっさり素に戻る切り替えの早さ(笑)。もう十分語ったから満足したのか。
 は〜い、いよいよ妻の出番。なかなか座禅衾を取らない太郎冠者(実は妻)の座禅衾を男が無理やりはがして見れば、そこには鬼の形相の妻が・・・。それを見た夫のギョッとした表情(笑)。萬斎さんのようにフリーズはしません。抜き足差し足で逃げ出そうとしますが、怒り狂う妻、又三郎さんがドスのきいた声で衣を振り回して怖い怖い(大笑)

 この男、妻にもひと時も離れたくないほど愛され、花子にも会えなければ死んでしまうというほど愛されてるわけですが、妻は怖いが、おそらく若くて美しいであろう花子には会いたい。贅沢な男の性です。

 美しい色男も良いが、歳を重ねることでまた違った趣の「花子」になるんだろうなと、色々な人の色々な年代の「花子」が見て観たいですね。

「枕物狂」
 百歳を越えた祖父(おおじ)が恋に悩んでいるという噂を聞いた二人の孫は、本当なら叶えてあげたいと思い、話を聞きに行きます。初めは隠していた祖父ですが、孫たちに志賀寺の上人や柿本の紀僧正の恋の恐ろしい昔物語を聞かせているうちに、謡がかりで自分の恋の思いを口に出してしまいます。相手は地蔵講で見かけた刑部三郎の娘の乙御前でした。それを聞いた孫が乙御前を連れて来ると、祖父は、早く来てくれれば老いの恥じをさらすこともなかったと言いながらも、乙御前を連れて嬉しそうに去って行きます。

 孫を演じたのが萬さんの本当の孫、虎之介くんと拳之介くんの二人。二人ともすっかり若者らしくなって、大きくなったなぁと、感慨深いです。千作さんがやったのを観た時は直面で(面をかけなくても百歳の祖父に見える)、本当の孫二人もすっかり大人でしたからw
 萬さんは祖父の面をかけ、小さい俵型の枕をぶら下げた笹の小枝(狂い笹)を持って、物狂いの態で現れ、橋掛かりを時々よろめきながら出てきます。それが「ひょいひょい」といった感じでちょっと可愛い。
 床几に腰かけて謡がかりで孫に語って聞かせるのが聞かせどころで、それが格の高い品の良さを出しています。さすが萬さんです。
 最後に現れた乙御前は又三郎さんで、被きを取ると乙の面をかけてますから、おへちゃですけど、祖父は会えて嬉し恥ずかし。さて、乙御前の方は、こんな爺さんと本気で付き合う気があるのかどうか、と思うんですが・・・、まんざらでもなさそう(笑)。ほのぼのとした終わり方です。
 老いらくの恋がいやらしくなく、味わい深さや品のよさ、そしてちょっと色っぽさや可愛らしさがあって、それも芸の力に裏打ちされて出てくるものだと思います。
2015年10月8日 (木) 東京茂山狂言会第21回 茂山千作三回忌追善 ―千作が愛した太郎冠者たち―
会場:国立能楽堂 19:00開演

「棒縛」
 次郎冠者:茂山七五三、主人:茂山逸平、太郎冠者:茂山宗彦    後見:山下守之

「太刀奪」
 太郎冠者:茂山千三郎、主人:茂山あきら、道通りの者:茂山童司  後見:鈴木実

「素襖落」
 太郎冠者:茂山千五郎、主人:茂山茂、伯父:茂山正邦       後見:松本薫

追加

 千作さんの三回忌ということで、ロビーに千作さんの写真とお花が飾られていました。それで、今回は―千作が愛した太郎冠者たち―という副題がついた三作品。どれも、千作さんが得意だった愛すべき太郎冠者。千作さんの三人の息子たちにしっかり受け継がれていると感じた会でした。

「棒縛」
 主人が太郎冠者に、次郎冠者を縛りつけるので手伝えと言います。理由も分からず太郎冠者は、彼はこのごろ棒術を稽古しているので、棒を使わせ、そのすきに縛ろうと知恵をだします。呼び出された次郎冠者が棒を使うと、示し合わせた二人は次郎冠者の両手首を棒に縛り付けてしまいます。ところが、その案山子のような姿を笑っていた太郎冠者も、主人に後ろ手に縛られてしまいます。主人は、二人がいつも自分の留守に酒を盗み飲むので、今日は縛っておいた、と理由を明かして外出します。残された二人は、やはり酒が飲みたいので、協力してなんとか酒を飲むと、縛られたまま謡い舞いの酒盛りになります。そこへ帰って来た主人は驚き、二人を打ちつけようとしますが、太郎冠者は棒を使って応戦し、逃げていきます。

 まず、和泉流とは太郎冠者と次郎冠者が反対です。飲めや歌えの酒宴中に主人が帰ってきた後も主人に気付かずに謡ったりする場面、主人が大盃を覗くのも2回あって、和泉流より長い感じです。太郎冠者が逃げた後に次郎冠者が棒に縛られた状態でまだお酒を飲もうとしてるなども違うところかな。でも、そういうところも面白くて大笑いでした。七五三さんのトボケタ感じの太郎冠者良いですね(^^)

「太刀奪」
 北野神社に出かけた主人と太郎冠者は、よい太刀を持った男を見つけ、その太刀を奪うことにします。太郎冠者が男に近づいて、そっと太刀に手をかけますが、逆に脅されて主人の太刀を奪われてしまいます。主人と太郎冠者は太刀を取り戻すために男を待ち伏せして捕えますが、主人が縄をかけろと言えば、太郎冠者は悠々と縄を綯いはじめるし、縄がやっと綯えると、縄で輪を作って、そこに首を入れろとか足を入れろと男に命じたりします。あきれた主人が後ろから縄をかけろと言うと、言われたとおり主人の後に回りますが、間違って主人を縛ってしまい、男に逃げられてしまいます。

 これはもう、縄をかけろと言われてから縄を綯いはじめる、太郎冠者の徹底したボケぶりが面白いです。縄を綯っていると後ろから男が持っている太刀で太郎冠者をコロコロ転がしたり、それでも縄を綯っている太郎冠者。縛れと言われれば輪を作って自分から入れさせようなんておバカっぷりには大笑いです。役に立たないボケ太郎冠者ですが、それでも雇っている主人もいいコンビなのかな(笑)。千三郎太郎冠者のおっとりボケぶり最高でした。

「素襖落」
 急に伊勢参りに行くことにした主人は、前から約束があったので、一応伯父を誘っていこうと太郎冠者を使いにやることにします。そして、餞別をもらうと土産物がたいへんだから、伯父にきかれてもまだ供は決まっていないというようにと命じます。しかし、太郎冠者は伯父の家で酒を振る舞われ、餞別にと素襖までもらい、上機嫌で帰路につきます。迎えに出ていた主人の前で、酔った太郎冠者は調子に乗って謡を謡い、動き回るうちに隠していた素襖を落としてしまいます。それを拾った主人はあたりを探し回る太郎冠者をからかって、目の前に素襖を突き付けます。慌てて主人から素襖を取り戻した太郎冠者は、叱られて逃げて行きます。

 以前に千作さんの太郎冠者で観たことがありますが、千作さんのお得意の太郎冠者、本当に憎めなくて可愛くてたまりません。
 千作さんが亡くなってから、千五郎さんが千作さんに似てきたと感じることが多くなりましたが、それまで全然似ていると思わなかった千五郎さんが本当に間の取り方や雰囲気が千作さんに似てきました。2代続けて人間国宝を排出しているお家なので、千五郎さんもプレッシャーがあったと思いますが、しっかり受け継いで自分の芸にしていくのだなぁと思いました。