戻る 

能楽鑑賞日記

2016年3月23日 (水) 狂言ござる乃座53rd
会場:国立能楽堂 19:00開演

「梟山伏」
 山伏:野村裕基、兄:深田博治、弟:内藤連       後見:竹山悠樹

「見物左衛門」花見
 見物左衛門:野村萬斎                 後見:飯田豪

素囃子「早舞」
 大鼓:亀井洋佑、小鼓:森澤勇司、太鼓:大川典良、笛:小野寺竜一

「鬮罪人」
 太郎冠者:野村萬斎
 主:野村万作
 立衆:石田幸雄、高野和憲、中村修一、飯田豪、野村裕基、岡聡史
 後見:深田博治

「梟山伏」
 山から戻ってきた弟の太郎に物の怪が憑いたようで様子がおかしいのを心配した兄は山伏を訪ね祈祷を頼みます。兄の家につき太郎の頭で脈を取った山伏は、さっそく祈祷を始めると、太郎は突然奇声を発します。太郎が山で梟の巣を降ろしたと聞いた山伏は、梟がとり憑いたのだと確信して、さらに祈祷を重ねますが、太郎は鳴きつづけ、そればかりか今度は兄にも梟がとり憑いて鳴き出し、最後には山伏にもとり憑いてしまいます。

 裕基くんが、シテ初役。高校生になって、背も高くなり大人びた感じ、すっかり声も落ち着き、よく通る太い声になりました。
 山伏が祈るほどに「ホー、ホー」という梟の鳴き声が伝染していくのが、祈るほどに不気味なキノコが増える「茸」の山伏にも似てますが、滑稽でもあり、確かに不気味でもあります。
 でも、自信たっぷりで威張った山伏が、法力が効かないばかりか、ますます悪くなることに焦ってオタオタする様はやっぱり可笑しい(笑)。
 いつも、きっちり真面目に演じてる感じの裕くんが堂々とした山伏っぷりだったのが、成長がうかがえて良かった(^^)。

「見物左衛門」花見
 地主の桜が花盛りであることを聞いた見物左衛門は、花見にぐずろ左衛門を誘いに行きますが、すでに出かけた後だったので、しかたなく一人で清水寺に行きます。地主の桜を眺め酒を飲み、小謡や小歌を謡い、福右衛門の舞を見ると、西山の桜も満開であると聞いて、太秦の太子の社を通り嵐山へ行ってみます。そこでも桜を愛でて酒を飲み、小謡や小舞を謡い舞い、船遊びから聞こえてくる雅楽の楽器をまねて楽しみます。すると、柿本の渋四郎左衛門から御室・北野・平野の桜見物に誘われますが、疲れたことを理由に断り、名残を惜しみながら帰っていきます。

 「花見」と「深草祭」の小書がありますが、「深草祭」の小書のほうが演じられることが多いような気がします。内容的にも「深草祭」のほうが面白いし(^^;)。でも、この季節は「花見」が演じられることも多いですね。
 一人芝居で、謡い舞いなどの見せ所もあり、もっと年配のベテランが演じることが多いので、萬斎さんの「見物左衛門」は初めて観ました。
 語り、謡い、舞とも力量が必要で、その点は十分楽しませてもらいました。味わいのある年配者とはまた違う、まだ若さがあり、演じる人によって、その人の持ち味で見物左衛門の印象も違ってきますね。
 和泉流だけの曲ということですが、これまでも萬さん、万作さん、万之介さんと、それぞれの持ち味がありましたが、萬斎さんもまた違う雰囲気。お得意のちょっと悪戯っ子のような表情も見受けられましたww

「鬮罪人」
 祇園会を控え、当番にあたった主人は仲間を集めて山鉾の趣向の相談をしようと思い立ち、太郎冠者を呼び出して、出しゃばる性格をたしなめてから誘いの使いに出します。やがて一同が主人の家に集まって山の提案を出し合い決まりそうになりますが、そのたびに太郎冠者が口を挟んできます。そこで、太郎冠者の考えを聞くと、山を二つ築き、鬼が罪人を責め立てるところを囃すというものでした。主人は反対しますが、一同が賛成するので、渋々承知し、くじ引きで役を決めることなります。クジで太郎冠者が鬼、主人が罪人の役に当たり、さっそく稽古を始めますが、太郎冠者が罪人役の主人を杖で強く打ったので怒った主人に追いかけられます。仲間になだめられて稽古を続けることになりますが、太郎冠者は主人に睨まれるのが恐いので、鬼の面をつけてやることにします。再び太郎冠者が主人を責めますが、また杖で打ち、怒った主人に追いかけられて逃げていきます。

 怖い主人が出てくる「三主物」といわれ、「止動方角」「武悪」と、この「鬮罪人」。萬斎さんは何回もこの太郎冠者役をやってますが、万作さんの主人の怖いこと。出しゃばりの太郎冠者が何かと口を出してくるのに、段々我慢しきれなくなって、堪忍袋の緒が切れる状態の万作主人の視線が怖い。
 それに対して萬斎太郎冠者は口出ししても他の一同を納得させちゃうことを言っているので、主人も他の連中が納得したことに逆らうわけにもいかず、ますます面白くない。
 そこへきて、主人が罪人で太郎冠者が鬼の役、陰で大喜びの萬斎太郎冠者、ここぞとばかり、日ごろのうっぷん晴らしか、怖い主人の目を気にしながらも、段々調子にのってきちゃいます。まあ、悪戯っ子の目がここでも(笑)。

 今回のプログラム、4月公開の映画「スキャナー」の宣伝もちゃんと書いてます。初めての現代人役ということで、どんなんでしょうね?まあ、ちょっと興味があるので、見に行く予定(^^;)。

 そして、プログラムの最後には、萬斎さんと羽生結弦選手の対談について、日本テレビ「news every.」のディレクター海老澤明子さんの文章が載っていました。
 羽生選手たっての希望で実現した2人の対談は、テレビで放映されましたが、目をキラキラさせて聞いていた羽生くん。内容の濃い対談でした。
 羽生くんは、子供の頃から「にほんごであそぼ」に親しみ、萬斎さんの大ファンだったとか、そんな子がもう立派な大人になっちゃってるんだと、ちょっとビックリ。
 対談の後にも、萬斎さんが羽生選手の練習に立ち会って「序破急」を実際のプログラムでどう使うかを教えたり、羽生選手が萬斎さんの狂言を観劇したりして、羽生選手は萬斎さんから学んだことは、全てのプログラムにいかすことができると言っていたそうです。

 生で見るオーラにかなうものはないと、たしかにそうですね。
2016年3月17日 (木) 千五郎狂言会第十八回
会場:国立能楽堂 19:00開演

「鼻取相撲」
 大名:茂山千五郎、太郎冠者:茂山茂、新参の者:茂山正邦     後見:島田洋海

「清水」
 太郎冠者:茂山宗彦、主人:茂山七五三      後見:井口竜也

「重喜」
 住持:茂山千五郎、重喜:茂山虎真、斎呼び:茂山逸平      後見:茂山正邦
    地謡:井口竜也、茂山茂、島田洋海、山下守之

「鼻取相撲」
 相撲好きの大名は新しく雇った使用人の相撲の腕前をみようと自分が相手をしますが、いきなり鼻をつねられて負けてしまいます。鼻取相撲という手だと聞いた大名は、鼻にカワラケ(土器)をあてて、防御し、2度目は勝ちます。気を良くした大名は3度目に挑みますが、今度も負けてしまい、腹立ちまぎれにカワラケを取って床に叩きつけ、ひかえていた太郎冠者を引き倒していきます。

 秋に襲名を控えた千五郎家本家親子の共演です。
 相撲好きな大名が新しい使用人を雇って相撲をとる話は他にもありますが、鼻をつねる手があるなんて、何でもありな感じ(笑)。それに対抗して鼻に素焼きの小さい器をつけて防御する姿に思わず笑っちゃいます。
 カワラケを割って、帰ろうとする主人が素知らぬ顔で座っている太郎冠者をいきなり引き倒してしまう時の太郎冠者茂さんの“えっ?なんで”っていう顔(笑)。親子3人の息の合った演技に大笑いでした。

「清水」
 野中の清水へ行って茶の湯の水を汲んで来いと命じられた太郎冠者は、行くのが嫌で、鬼に襲われたと言って帰ってきます。主人は太郎冠者が置いて来た秘蔵の手桶が惜しいから取りに行くと言うので、太郎冠者は清水に先回りして、鬼の面をかぶって主人を脅します。慌てて逃げ出した主人でしたが、鬼が妙に太郎冠者を贔屓したのと太郎冠者が鬼を再現した声にそっくりだったので、合点がいかず、もう一度清水に引き返します。そこでまた太郎冠者は鬼に扮して脅しますが、今度は正体を暴かれ、主人に追われて逃げて行きます。

 七五三さんと宗彦さん親子の共演。親しみやすい感じのする千五郎家一門の中でも、当主である千五郎親子はやっぱり正統派な感じがありますが、七五三親子は一番親しみやすく、とっつきやすい雰囲気がありますね。特に大げさというわけでもないし、基本はちゃんとしてるけど、表情とか間のとりかたなのかな?
 いくら主人が鬼にビビってるからといって、鬼が太郎冠者の部屋に蚊帳を吊ってやれとか酒を飲ませてやれとか言ったら不審に思うでしょ(笑)。
 ちょっと飄々としてトボケた雰囲気がありながら一枚上の七五三さんの主人と、策を弄してうまくしてやったりと思っていても間が抜けている宗彦さんの太郎冠者。やっぱり面白かったです。

「重喜」
 明日は、とある者の忌日のために、住持に勤めに来てもらおうと檀家が誘いに来ます。僧は久しく頭を剃っていないので、剃って行こうとしますが、あいにく剃る者がいなかったため、やむなく新発意(出家にて間のない者)の重喜にまかせます。慣れない仕事で危なげな重喜に「七尺去って、師の影を踏まず」と戒めると、重喜は教えを守ろうと長い棒の先にカミソリをつけ、長刀のように扱って剃りはじめます。ところが、ついに住持の鼻を剃り落としてしまいます。

 「居杭」と同じように、子供がシテの重喜をやることが多い演目で、千五郎さんの孫の虎真くんがしっかりと、そして子供らしい無邪気な可愛さで演じてました(^^)
 子供がシテの演目を年寄りがやることもありますが、以前、重喜を千之丞さんがやったのを観たことがあります。
 重喜も千之丞さんがやると、トボケたふりして曲者感といたずら者の茶目っ気があって、千作さんとのコンビが最高に面白かったです。

 秋のダブル襲名を前に「千五郎狂言会」も次回が最終回らしいです。今後はまた違った会名でやっていくらしいですけど。
 先代の千作さんに間の取り方とか雰囲気が似てきた千五郎さん、やっぱり親子だなあと感じます。三兄弟の中でも、似てないと思っていたのに、一番似てきたと感じるこのごろです。そして新しく当主千五郎を引き継ぐ正邦さん、二人が今後、どう進化(深化)していくのかも楽しみです。可愛いお孫さんたちも舞台に出るようになって、千五郎家も安泰ですね。
2016年3月5日 (土) 現代狂言?
会場:国立能楽堂 13:00開演

ご挨拶:セイン・カミユ

古典狂言「千切木」
 太郎:南原清隆
 連歌の当屋:野村万蔵
 太郎冠者:佐藤弘道
 連歌の仲間:平子悟、岩井ジョニ男、森一弥、石井康太、大野泰広、三浦祐介
 太郎の妻:ドロンズ石本

新作現代狂言「不思議なフシギな鳥獣茶会」
作:南原清隆、補助:野村万蔵/演出:野村万蔵、補助:南原清隆
 現太郎(うつつたろう):南原清隆
 太郎冠者:野村万蔵
  和ウサギ:佐藤弘道
  時計ウサギ:森一弥
  Kハートの王様:セイン・カミユ
  Qハートの女王:岩井ジョニ男
  主人・コンプライアンス部長:平子悟
  次郎冠者・カエル:大野泰広
  Jトランプ・カエル:ドロンズ石本
  6トランプ・カエル:石井康太
  ウサギ:河野佑紀
  フクロウの精:三浦祐介
演奏 管楽器:稲葉明徳、打楽器:和田啓

 万蔵さんとナンチャンの現代狂言ももう10年目です。
 最初の挨拶はセイン・カミユさんでした。たしか、最初のころの現代狂言に出てましたが、プログラムの最後のページに「現代狂言10年のあゆみ」の写真が載っていて、?で出ていましたね。他に岩井ジョニ男さんも久しぶりで、?に出てました。
 英語で挨拶しながら出てきて「日本語少しできます」なんて言っておいて、流暢な日本語で狂言の説明をしてました(笑)。外国人が日本の伝統芸能の解説をするというのも面白いですね。

「千切木」
 連歌の初心講の当番になった男が、太郎冠者に講の仲間たちを呼んでくるように言いますが、嫌われ者の太郎には声をかけないようにと言いつけます。皆が集まり連歌の発句を考えていると、そこに仲間はずれに腹を立てた太郎が乗り込んできて散々悪態をつきますが、怒った人たちに打ちつけられて放り出されてしまいます。そのことを聞きつけた太郎の妻は慌てて駆けつけ、しぶる太郎にむりやり棒を持たせて仕返しに行かせます。ところが、どの家も「留守」の返事、すると太郎は急に元気になって棒を振り回して気勢をあげます。最後は妻も強がる太郎に惚れ惚れして、一緒に帰って行きます。

 古典狂言は、これまでは少人数でナンチャンや平子さんが出るくらいでしたが、今回は大人数物で、本職は万蔵さんだけ。ナンチャンや平子さんは上手なので安心して見られますが、他の芸人さんたちも、これまでも練習してきたうえに、さらに練習を重ねたとみえて、声の出し方も型もまったく違和感無しの古典狂言でした。
 妻役のドロンズ石本さんの猛妻ぶりとヘタレのナンチャンの空威張りが面白かったww

「不思議なフシギな鳥獣茶会」
 時は中世:酒好きで、その日暮らしの太郎冠者を見かねた主人は、山の洞窟にいるという大フクロウの言い伝えを利用して太郎冠者に身を固め家庭を持ち真面目にさせようと考え、次郎冠者を言い含めて大フクロウの役をさせ、太郎冠者を洞窟に連れて行きます。
 時は現代:中間管理職の日常に疲れた現太郎はストレス解消の為、洞窟の中で行われるハロウィンパーティーに参加するというツアーに来たものの、一人はぐれてしまいます。
 実は、この洞窟は、時空を超えた空間で、その洞窟の中で太郎冠者と現太郎は出会います。

 フシギな鳥獣茶会ということで、不思議の国のアリスを下地にしたような展開です。ハロウィンパーティーはアニマルパーティー(鳥獣茶会)ということで、ナンチャンはウサギの着ぐるみ姿でしたww
  中世の「鳥獣戯画」の世界と「不思議の国のアリス」、中世と現代の時空を超えた接点がフクロウの精が住む洞窟ということですね。
 「東洋と西洋の融合とぶつかり合いという横軸と、過去、現在、未来という縦軸の中で不思議なストーリーが展開します」(プログラムの万蔵さんのご挨拶より)
 いつものように、ナンチャンお得意のダンスもありな賑やかな展開。
 最後に太郎冠者は現太郎のご先祖で、それも前の演目「千切木」の太郎と繋がっているようで(笑)、二人が出会ったことで、太郎冠者は将来のことを考えるようになり、現太郎は今を大切に生きることを考えるようになる。忙しさに追われるばかりでなく、心に余裕を持つことの大切さみたいなことも語られてましたね。
 でも、その日暮らしで気楽に生きる太郎冠者も現太郎のご先祖だったということは、結局主人の目論見通り、その後に結婚したということですねww

 最後は、いつもの現代狂言のカーテンコールで、みんな舞台から降りてきて、お客さんと握手やハイタッチ。今回は通路脇の席だったので、ナンチャンや万蔵さんとも握手できました(^^)v

 10回を迎えた現代狂言、初めに10年は続けようという事だったそうですが、プログラムに万蔵さんのご挨拶として、「今後の展開はまだ何も決まっておりません」とのこと、ただ「一休みの後、また再びお目にかかりたいと心より思っております。」と書かれていました。
 また再開があることを楽しみにしています。この会には、常に初めての人たちもかなり来ているようなので、親しみやすい会として楽しめるんじゃないでしょうか。
 いつも現代狂言に出ている時の万蔵さんが一番楽しそうですww
2016年3月4日 (金) 新宿狂言2016〜Starting Over in 申〜
会場:全労災ホール/スペース・ゼロ 19:00開演

解説:野村萬斎

「附子」 太郎冠者:深田博治、主:破石晋照、次郎冠者:岡聡史    後見:飯田豪

素囃子「神楽」
 大鼓:柿原光博、小鼓:森貴史、太鼓:梶谷英樹、笛:藤田貴寛

「猿聟」
 猿聟:野村萬斎
 舅猿:石田幸雄
 太郎冠者猿:月崎晴夫
 姫猿:高野和憲
 供猿:中村修一
 供猿:内藤連
 供猿:岡聡史
 供猿:飯田豪
    地謡:破石晋照、深田博治、竹山悠樹
       後見:破石澄元

 ずいぶん久しぶりの新宿狂言だなぁと思ったら、もう5年ぶりだったんですね。狂言はそのままで、音響や照明、映像をつかったり、能舞台とは違って舞台セットがあったりと、劇場ならではの工夫がまた新鮮で面白い。
 最初に萬斎さんの解説。能楽堂やホールと違って、ここではライブハウスのような雰囲気ということで、こじんまりとしたスペース・ゼロは、確かにライブハウスのような感じです。
 「附子」は小学校の教科書にも載っている分かりやすい狂言。「附子」とはトリカブトから取れる毒のことですが、主人が出かける際に太郎冠者と次郎冠者に、この桶に入っているのは毒だから、桶の方から吹いてくる風に当たっても滅する(害がある)と脅すんですが、「見るな」と言われると見たくなるのが人間。狂言に出て来る人間たちは欲望に素直w
 主人が毒だと言っていたのは本当は砂糖ですが、水飴のようなトロっとしたもので、ニューヨーク公演でやった時は、字幕を「ハニー」にしたそうです。なるほど、それなら桶から水飴をからめとる様子も違和感なくイメージしやすいですね。
 「猿聟」は、普段はほとんどやらない稀曲ですが、今年は申年にちなんで結構やっているそうです。登場人物が多いので、一門だけで出来るのも三家くらいしかないとのこと。
 今回、2001 versionと銘打ってあるのは、最初2000年に大阪フェスティバルホールで2公演行い、2001年には札幌スピカホールでやったもの。札幌テレビさんにCGを作ってもらい、『猿の惑星』や『2001年宇宙の旅』をイメージして、当時としては巨額なお金がかかったそうです。
 「猿聟」は元々能『嵐山』の間狂言で、お猿さんの婿入りもので、昔の婿入りというのは戸籍上のことではなく、今は両家が一同に顔合わせしますが、結婚して初めて相手の実家に挨拶に行く風習のことを言い、おめでたい行事です。
 聟猿は吉野から嵐山のお嫁さんの実家に行きますが、桜の名所、吉野から嵐山に桜の木の株を移す、交配させるという意味を含んでいるとのことです。

「附子」
 主人が外出する前に附子(ぶす)という猛毒が入った桶を番するよう言いつけられた太郎冠者と次郎冠者は、初めはおびえながら番をしていましたが、見るなといわれれば見たい、ついには食べてみたいと、扇をあおぎながら附子に近づきます。味見をしてみれば、砂糖とわかり、結局、みんな食べてしまいます。
 太郎冠者は次郎冠者に言い訳になると言って、主人の秘蔵の掛け軸を破らせ、天目茶碗も粉々にしてしまいます。
 やがて主人が帰ってくると、二人は泣き出し、主人は訳を聞くと、寝ないように二人で相撲をとっているうちに誤って掛け軸と天目茶碗を壊してしまったので、附子を食べて死のうと思ったが死ねないと言い訳し、ついに怒った主人に追われて逃げて行きます。

 中央に張り出した舞台と左右に短い橋掛かりがある変則的な舞台とはいえ、正面の壁に松の木が描かれたオーソドックスな能舞台。
 萬斎さんの解説の中にもあったのですが、太郎冠者と次郎冠者の関係が一人の人間の心の中にある天使と悪魔みたいな、欲望に素直な太郎冠者と理性的な次郎冠者のせめぎあいが、やがて欲望が理性に勝ってしまう構図。
 そう考えると、いつも生真面目そうな深田さんが太郎冠者というのも珍しいですねw
とはいえ、定番演目の強みというのか、これはやっぱり面白い。二人で水飴状の砂糖の取り合いになってしまうところなんか、何度見ても笑っちゃいますww
 主人に言い訳しつつ最後は謡いになって「一つ食べても死ねず〜、二つ食べてもまだ死ねず〜・・・」と、最後には「死ねぬ嬉しさよ」と大笑いして逃げて行く太郎冠者と次郎冠者。懲りない面々です(笑)。

「猿聟」2001version
 嵐山の舅猿のところへ、吉野山の聟猿が妻と供猿を大勢連れて婿入りにやってきます。初対面の挨拶に土産の酒肴を納めて、儀礼の盃事の後、謡や舞も賑やかに杯事となり、最後に聟と舅がともに舞ってめでたく終わります。

 今度は「附子」とは違って、いよいよ正面奥のスクリーンを使い映像を駆使した2001version。
 最初に舅猿の石田さんと太郎冠者猿の月崎さんが登場して、婿入りの準備について話をするところは普通の進行です。正面スクリーンには宇宙船のコックピットのような画像が映し出されて、メーターの表示になぜかバナナが並んでる(笑)。
 猿聟御一行様が宇宙船に乗って宇宙のかなたからやってくるCG映像。途中小惑星群に入ってしまい追突を避けたり撃ち壊したりしながら進み(BGMがスターウォーズ)、かと思うとバナナの形をした惑星に寄ってバナナをたべちゃったり(惑星が皮だけになるww)。
 宇宙船が地球に向かっていくと、正面の壁の隙間からいくつもの光が漏れ出し、壁が開くと満開の桜が咲き誇る奥の舞台。その奥に一行の乗った縮小版の宇宙船が着陸すると、あちこちから猿聟御一行様が現れ、岩の上に上ったり顔を出したりして、正面舞台にやってきます。
 挨拶には、人間の言葉をしゃべるものの、時々「きゃーきゃーきゃー」と猿語が入るのが、なんともユーモラスww
 お猿の面もみんな違うし、お酒を振る舞われる時のリアクションもそれぞれ個性的。
 全員が一斉に舞台上や橋掛かりで、それぞれお尻をかいたり走り回ったり、回転したりと賑やかにお猿の仕草になるところなんか最高に面白い。その後に、いきなり人間ぽくなったり(笑)
 最後は舅と聟の連れ舞の後、帰って行くのですが、一行が橋掛かりから去ると、桜の舞台奥から宇宙船が離陸して壁が閉じられ、宇宙船が宇宙のかなたに消えて行く映像が流されます。ラストは「スターウォーズ」のように文字が手前から奥に流れていくようなエンドロールでした。
 BGMが「2001年宇宙の旅」と「スターウォーズ」で、それを意識して作ったと思われ。それに「猿の惑星」も掛け合わせたとかww
 最後に能舞台では普通は無いカーテンコールもありました。
 吉野から嵐山に婿入りするのに何で宇宙からやってくるのとか、ツッコミどころ満載ではありましたが、2001年バージョンの映像が見られたことなど、新宿狂言らしい楽しい舞台でした。
 また、新しい試みで、新宿狂言復活して欲しいです。