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能楽鑑賞日記

2016年4月22日 (金) 国立能楽堂 狂言の会
会場:国立能楽堂 18:30開演

「二人大名」
 通りの者:野村万作、大名:三宅右矩、大名:三宅近成

「鱸包丁」
 伯父:山本東次郎、甥:茂山良暢

「武悪」
 主:野村萬、武悪:野村又三郎、太郎冠者:井上松次郎

 3人の人間国宝が、それぞれ他家の若手と共演するという珍しい舞台でした。

「二人大名」
 供も連れずに出かけた大名二人が、通りがかりの男を脅して無理やり従者に仕立てます、下人のように扱うのに腹を立てた男は、太刀を持たされたのを幸いに、隙を見て太刀を振り上げて脅し、二人から小刀を取り上げて、鶏の蹴あいを真似させたり、着物を奪って犬の噛みあいの真似をさせたり、起き上がり小法師に似ていると言って、小歌を謡いながら真似をするよう命じます。二人が繰り返し真似をしているうちに、男は奪ったものを抱えて立ち去り、二人の大名は慌てて後を追いかけます。

 通りがかりの男が太刀で脅しながら大名に仕返しをする、大名二人が言う通りにするしかなく、しぶしぶながらも必死にやっているうちに、起き上がり小法師では調子に乗って段々楽しそうになっていく(笑)。
 当時の庶民の風刺が効いているところですが、万作さんの軽妙な演技と元気で若い三宅兄弟との共演で楽しい舞台でした。

「鱸包丁」
 淀に住む男は、都に住む伯父が士官した祝宴用に鯉を求めてくるよう頼まれますが、すっかり忘れてしまい、言い訳を取り繕うおうと考えます。そして、生け鯉にしようと淀川の橋杭につないでおいた所、片身をカワウソに食べられ傷物になってしまったので、持参できなかったと言い訳をします。しかし、甥の嘘を見抜いた伯父は、他家から祝儀にもらった鱸を料理しようと言って、打ち身(刺身)の謂れを語り、包丁さばきを見せ、炒りもの、和え物、酒や茶を振る舞う話をした後、鯉をカワウソが食べたように、鱸はホウジョウ(嘘の意)という虫が食べてしまった。今の料理を食べたと思って、とっとと帰れと叱ります。

 忘れたことを誤魔化そうとする甥に対して、すぐ嘘を見抜いた伯父がとった皮肉をこめた戒め。
 特に面白くて笑える話ではないけれど、東次郎さんの仕方語りの名人芸が見どころです。昔から客の前で魚を捌く包丁芸というのが武士の心得として重んじられていたそうですが、それを再現する、包丁さばきと語りが迫力とウィット、格調があって、引き込まれる見事な舞台でした。

「武悪」
 主人は召し使う武悪の不奉公にとうとう腹を立て、太郎冠者に成敗してくるよう命じます。なんとか取り持とうとする太郎冠者ですが、討たねば太郎冠者を手打ちにすると言われ、やむなく主人の太刀を借り受けて、武悪を討ちに家まで出向きます。
 武悪は武芸に秀でているので、主人に魚を献上するように薦め、生け簀で魚を取る隙をみて斬りかかろうとします。しかし、武悪が驚き嘆きながらも、覚悟を決めて討たれようとする姿を見て、太郎冠者はどうしても討つことができず、遠国へ出奔することを条件に見逃し、主人には討ったと報告します。
 成敗の報告を受けた主人は、潔い最期と聞いて同情し、追悼の為に東山に出かけますが、出奔する前に清水の観世音にお礼参りに行こうとする武悪と鳥辺野のあたりで顔をあわせてしまいます。武悪は慌てて逃げますが、不審に思う主人に太郎冠者は本当にいるかどうか見て来ると言い、武悪に幽霊に化けて現れるように入れ知恵します。
 やがて主人の前に幽霊に化けて現れた武悪に、主人は怯えますが、武悪が冥途で主人の父親に会ったと言うと、父親の冥途での様子を不憫に思い、言われるままに太刀・小刀・扇を渡します。武悪は最後に冥途に広い屋敷があるので、お供せよと言われたと言って主人を脅し、驚いて逃げる主人を追って行きます。

 怖い3主人の一人が武悪の主人ですが、前場の萬さんの主人は緊張感と迫力があって怖いです。武悪の又三郎さんは豪放な感じで、松次郎さんの太郎冠者は真面目で誠実そう。三者がうまくマッチして、後場では幽霊に化けた武悪の又さんと前場と違って一転、親思いで情にほだされたり、幽霊に怯えたりする弱さを見せる主人の萬さんとのやり取りが滑稽で笑わせられます。
2016年4月3日 (日) 万作を観る会 特別公演
会場:宝生能楽堂 11:00開演

『翁』
 翁:観世銕之丞
 三番叟:野村万作
 千歳:観世淳夫
 面箱:野村裕基
  大鼓:亀井広忠、小鼓頭取:鵜澤洋太郎、脇鼓:古賀裕己、田邊恭資、笛:藤田次郎
      後見:浅見真州、清水寛二
      狂言後見:野村萬斎、野村遼太
        地謡:谷本健吾、長山桂三、野村昌司、浅見慈一
            馬野正基、西村高夫、観世喜正、柴田稔

舞囃子「高砂」八段之舞
 観世清和
  大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田六郎兵衛
    地謡:坂口貴信、武田友志、野村昌司、野村四郎、藤波重彦

「三本柱」
 果報者:三宅右近、太郎冠者:三宅右矩、次郎冠者:三宅近成、三郎冠者:高澤祐介
   大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:桜井均、笛:藤田六郎兵衛
      後見:深田博治、高野和憲

仕舞「菊慈童」 浅見真州
  「笠之段」 野村四郎      地謡:坂口貴信、武田友志、藤波重彦、谷本健吾

一調「勧進帳」 梅若玄祥      大鼓:柿原崇志

仕舞「西行桜」 梅若万三郎
  「放下僧」小歌 観世喜之    地謡:長山桂三、西村高夫、清水寛二、馬野正基

「髭櫓」翔入
 夫:野村萬斎
 妻:石田幸雄
 立衆:月崎晴夫、高野和憲、竹山悠樹、深田博治、飯田豪、岡聡史
 注進の者:野村遼太
   地謡:野村裕基、内藤連、破石晋照、中村修一、加藤聡
     大鼓:柿原崇志、小鼓:大倉源次郎、太鼓:桜井均、笛:藤田六郎兵衛
       後見:野村万作、破石澄元

 万作さんの文化功労者顕彰記念ということで、なんという豪華な面々、観世流宗家をはじめ、観世流の主要メンバーが揃って出演してます。やはり若い時に、万作さんが観世3兄弟と一緒に数々の演劇に挑戦したことなどで観世銕之丞家との繋がりが一番強いのでしょうか、『翁』も観世銕之丞さんです。弟の四郎さんが観世流のシテ方になったこともありますね。

 『翁』
 能であって、能ではない。天下泰平・国土安穏・千秋万歳・五穀豊穣を祈る神事としての『翁』です。
 最初に裕基くんの面箱が緊張の面持ちでそろりそろりと登場。
 ご子息淳夫さんの千歳は、さっそうとして、観世銕之丞さんの翁はどっしりとした貫禄で包み込むような翁でした。
 万作さんの三番叟は、力強さと透明感があり、「揉ノ段」の後、「鈴ノ段」の黒式尉の面をつける時には荒い息遣いが聞こえていましたが、80歳を超えてのこの舞台、まさに持てる技術と力、精神力を尽くした命がけの舞台であったと思われ、お祝いの会に、これだけ豪華な面々が揃ったことにも感銘を受けました。

「三本柱」
 果報者の主人が家を新築するための柱を3人の冠者にとりに行かせますが、三本の柱を3人で2本ずつ持ってくるよう命じられます。山についた3人は1本ずつ担いでみたものの言いつけには合わず、一旦下に下すと、偶然三角形になり、各自が2本の端を持てば良いと気が付いて、賑やかに囃子物を謡いながら帰ってきます。家で待つ主人は、3人の冠者が謡う囃子物を聞いて、彼らが謎を解いたことを知り、喜んで家に招き入れます。

 大らかな主人の右近さん、3人の冠者も元気いっぱいで、主人の言いつけの謎解きを楽しんでいるよう。囃子物で浮かれながら賑やかに新築のめでたさ一杯でした。

「髭櫓」翔入
 大髭自慢の夫が、その髭を見込まれて大嘗会(天皇即位にまつわる儀式)で犀の鉾(さいのほこ)を持つ役を仰せつけられます。夫は妻に衣装をあつらえてくれるよう言いますが、妻は貧乏だから、そんなお金は無いと言い、以前から疎ましく思っていた夫の髭を剃ってしまえと言い出します。怒った夫は妻をさんざんに打ち、妻は「思い知らせてやる」と捨て台詞を残して走り去ります。その後、妻は近所の女房達とともに槍・長刀・熊手などを持って押しかけてくると、夫は肩から櫓を掛けて髭を守って防戦します。ところが、ついに櫓を落とされ、妻に大毛抜きで髭を抜かれてしまいます。

 これは小道具が反則物で笑っちゃいます。ながーい髭を蓄えた萬斎夫が自慢の髭で大役を仰せつかったと自慢げに妻に衣装をあつらえろと言うと、貧乏生活に疲れた石田妻が生活が苦しいのに、むさくるしい大髭をはやしているせいだ、剃ってしまえと、日ごろの不満をぶちまける。
 怒った夫に暴力を振るわれて、妻も黙っちゃいない。大勢で攻めてくると言われた夫は髭を首に掛けた櫓で囲うわけですが、この櫓、囲いに何本も旗が立っていて、戦闘になると、前面の城門を開けてから切って出る(大笑)。ミニチュア櫓に対して、妻の背中には背中一杯に括りつけられた巨大毛抜き(大笑)。もうこれだけでも笑っちゃいます。
 後半の夫と女たちの戦いでは、「翔入」の演出で、囃子が入り、謡がかりで戦闘のパントマイム入り。女たちは一人二人でかかっていくと、ことごとく負けてしまいますが、最後には皆で一緒に立ち向かい、櫓を落として妻が夫の髭を大毛抜きで引き抜いて鬨の声を上げて意気揚々と女たちは去っていきます。髭を抜かれた夫は顔が寒くなったのか、「くっさめ」と大きなくしゃみをして、とぼとぼと去っていきます。
 名誉と肩書が大事な夫と現実の生活が大事な妻の戦いは妻の勝ち!中世も女房は強かった(笑)。

 万作さんのお祝いの会、厳粛に、そして賑やかに、最後は大笑いで終わりました。