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能楽鑑賞日記

2016年5月7日 (土) 第十七回よこはま「万作・萬斎の会」
会場:横浜能楽堂 14:00開演

解説:深田博治

「栗焼」
 太郎冠者:野村万作、主:石田幸雄    後見:飯田豪

狂言芸話(十七) 野村万作

素囃子「盤渉楽」
 大鼓:柿原光博、小鼓:鳥山直也、太鼓:小寺真佐人、笛:小野寺竜一

「煎物」
 煎物売:野村萬斎
 何某:深田博治
 太郎冠者:月崎晴夫
 立衆:竹山悠樹
 立衆:内藤連
 立衆:中村修一
 立衆:飯田豪
    後見:石田幸雄

「栗焼」
 丹波の伯父から見事な栗40個を贈られた主人は、数に込められた伯父の真意を太郎冠者に尋ねます。始終末代まで仰せ合わす(親しく語らう)仲でありたいという願いを託したものであろうと、太郎冠者が解くと、一族に栗をふるまうことにした主人は、さらに栗の出し方を相談し、焼き栗にすることに決めます。太郎冠者は主人の命で栗を焼くうち、めをかく(切れ目を入れる)のを忘れてはねさせたり、焦がしそうになったりしながらも、なんとか全部焼き終わり皮をむきますが、あまりに見事な栗なので、つい手が出てしまい、とうとう全部食べてしまいます。困った太郎冠者は、36人の竈の神親子に栗を進上してしまったと言い訳し、残りの4つを出せと詰め寄られると、一つは虫食い、あとの3つは栗を焼く時の言葉に「逃げ栗、追い栗、灰紛れ」というとおり、どこかに行ってしまったと誤魔化すので、主人に叱られてしまいます。

 栗を焼く時の万作さんの一人芸が見事です。本当に、そこに火鉢や栗が見えてきます。焼き栗がはねたり、手に取った時の熱さまでも感じられます。なんとも美味しそうに食べる太郎冠者、そうそう止まらなくなっちゃうのよね、わかるなぁ(笑)。
 主人に栗を40個送った伯父さんの真意を解き明かすほど教養のある太郎冠者が食欲には勝てず、主人をうまく誤魔化せると思って、竈の神の話を持ち出したりするものの結局ボロが出てバレてしまう。後半の話芸も見せ所。いくら教養があっても嘘はバレる。人って愚かですねぇ。言い訳が現代とは違いますが、なんか、あるあるでクスっと笑ってしまいます。

 休憩を挟んで、お楽しみの「万作芸話(十七)」
 今回は「狂言の言葉について」、今回の出演演目「栗焼」では、太郎冠者が主人に言い訳を考えている時、主人のことを「心優しい人だから」という台詞について、野村家の台本では「愚鈍な人だから」となっているそうですが、主人は決して愚鈍な人ではなく、納得がいかないということで、他家や他流儀の台本を調べたそうです。そして、和泉流の古本に「心優しい」という台詞を見つけて、やっと腑に落ちて、この台詞を使ったようです。万作さん80代にして、芸に対する探究心は少しも衰えることなく、やっぱり、芸に秀でる人というのは、違うんだなあと感心しました。

 また、万作さんは40代の時に新劇や現代劇の人たちと共に出演した「子午線の祀り」の舞台で義経役を100回以上なさったそうですが、古典狂言をやるものとして、はっきりした言葉にこだわったことも話されましたが、演出の宇野重吉さんが「思えば出る、思わないことはするな」という事を仰っていたことについて、「思わないことをする」のが狂言だと、感情より、形から入る、言われたとおりに覚えること、それが年齢を経るうちに「思わぬこと」をぶち抜いて「思うこと」が出て来ると仰ってました。型から入り、子供の時から型を徹底的に教え込まれる古典芸能の世界。「型無し」や「型破り」という言葉も古典芸能からきていると聞いていますが、やはり、古典芸能と現代劇との大きな違いですね。
 最近の人の言葉についても、アクセントが昔とは違ったり、語尾が消えたり、省いたりされていることが多く、やはりそれが気になるそうです。古典芸能の人は滑舌がいいと言いますが、やはり言葉を最後まではっきりと、大切にするというのが身についているのでしょう。
 いつもユーモアを交えながら興味深い話をされる万作さんのお話は外せないです。

「煎物」
 神事を控えた当屋(当番の者)が、祭りの衆を集めて山鉾の準備を進めます。そこで一同が囃子物の稽古を始めると、煎じ物売りが現れて煎じ物を差し出すので、一同にとっては迷惑千万。稽古の邪魔にならぬように売れと当屋に言われ、煎じ物売りは拍子にかかって煎物の口上を唱えます。やがて、当屋が羯鼓を打ちながら舞い始めると、それを見た煎じ物売りは商売道具の焙烙を腹に括りつけ、松葉の撥で打ちながら真似をして舞います。最後に当屋が、水車のように体を回転させながら退場すると、煎じ物売りも真似をしようとして失敗し、焙烙を割ってしまいます。

 お邪魔虫な煎じ物売りは、やっぱり萬斎さんにピッタリな役です(笑)。皆が祭の囃子物の稽古をしているところに、お呼びでない煎じ物売りが現れて商売を始めるわけですが、この煎じ物売りは「こりゃまた失礼しました」とは、引き下がらない(笑)。それなら一緒に拍子にかかって売りましょうと。漢方薬の名前や効能を列挙しながら「煎じ物、煎じ物、お煎じ物召せ」と、町衆の謡と交錯しながら賑やかに謡い舞いとなります。
 最後に羯鼓の代わりにお腹に付けた焙烙を割って「数が多なってめでたい」と終わるのは、「鍋八撥」と同じです。今回は深田さんが水車(側転)で幕入りしましたが、深田さんの水車を見るのは初めてかな?

 最後に、後見のお手伝いとして野村太一郎さんが出ていたのにはビックリ。萬さんと万作さんの共演も大きな会では時々観られるようになり、昨年は関西で茂山千三郎さんの会で万蔵さんと萬斎さんの共演が実現、両家の雪解けと、共演も近いのでしょうか。