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能楽鑑賞日記

2016年7月28日 (木) 第75回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

解説:石田幸雄  18:30〜18:45

小舞「景清」後  岡聡史    地謡:中村修一、内藤連、飯田豪

「蝸牛」
 山伏:野村裕基、太郎冠者:野村萬斎、主:深田博治      後見:中村修一

「名取川」
 僧:野村万作、名取の何某:石田幸雄
 地謡:飯田豪、中村修一、野村萬斎、野村裕基、内藤連
      後見:月崎晴夫

「弓矢太郎」
 太郎:高野和憲
 当屋:竹山悠樹
 太郎冠者:月崎晴夫
 立衆:内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史
    後見:深田博治

 いつもながら、簡潔で分かりやすい石田さんの解説。
 「蝸牛」では、いつもと違う留めで、これが家の本来の留めだそうです。

 最初の小舞「景清」、屋島の合戦での錏(しころ)引きの武勇伝を仕方で舞う、岡さんの勇壮な舞がなかなかカッコイイ。

「蝸牛」
 大峰・葛城での修行を終えて帰る途中の出羽の羽黒山の山伏が、長旅の疲れから、藪の中で一休みしていると、そこへ、長寿の薬として祖父に贈るため、蝸牛を捕ってくる主人から命じられた太郎冠者がやってきます。蝸牛を見たことが無い太郎冠者は、主人から「頭が黒く、腰に貝殻をつけ、ときどき角を出し、大きいものは人間ほどもある」と教えられ、蝸牛がいるという藪へ来たところ、寝ている山伏を蝸牛だと思い、起こして連れて帰ろうとします。山伏も面白がって蝸牛になしすまし、囃子物に乗ってなら同道してやろうと言うので、二人で浮かれながら歩いて行くと、太郎冠者の帰りが遅いので迎えに来た主人と出会います。主人は山伏と戯れる太郎冠者を叱りますが、囃子物に浮かれる太郎冠者は、いったんは事情を理解しても、すぐ囃子物に浮かれてしまいます。再度の主人の叱責に正気に戻った太郎冠者と主人に、一旦姿を消した山伏が二人を脅かし、逃げる山伏を二人が追って行きます。

 裕基くんがすっかり声変わりして野太い声になり、背も高くなりましたね。まだ少々硬さはありましたが、囃子物に浮かれる萬斎太郎冠者のノリに引かれて、すっかり浮かれた雰囲気になりました。
 最近は、主人も巻き込まれて3人で浮かれて幕入りする浮かれ留めが主流ですが、和泉流では、主人は浮かれず山伏を二人で追って行くのが本来の型です。山伏が一旦姿を消して脅かして逃げて行くのですが、その部分がハッキリしてなかったような、それは無しもあるのかな?

「名取川」
 遠国の僧が、比叡山で受戒して帰る途中、さる寺で「希代坊(きたいぼう)」という名と、予備として「不正坊(ふしょうぼう)」という名をつけてもらい、物覚えが悪いからと、袖に名前を書きつけてもらいます。僧は忘れないよう、いろいろな節を付けながら自分の名前を唱えて歩きますが、大きな川を渡ろうとして深みにはまった拍子に、せっかく覚えた名前を忘れ、袖に書かれた名前も消えてしまったことに気付いた僧は、流れた名前をすくおうと再び川へ入ります。そこに通りかかった在所の者に川の名は名取川、相手が名取の何某と聞き、僧は名を返せと迫ります。しかし、何某が当惑してつぶやいた言葉から名を思い出し、喜びの謡を謡います。

 初めの方は万作さんの一人芝居ですが、一つ一つの型やトボケタ雰囲気が見事で笑えます。後半の石田さんとの掛け合いも絶品で大笑いでした。お歳なので息遣いが荒くなったりして、結構キツイんではないかと思いましたが、さすが、万作さん上手いです。これからも頑張ってほしい。
 後ろの地謡には、萬斎さんと裕基くん親子が並んで入ってました(^^)

「弓矢太郎」
 天神講の夜、当屋に集まった仲間は、いつも弓矢を携え、自分は強いと豪語している太郎がまだ来ないので、実は太郎は臆病なのではないかと噂し、怖い話をして太郎を試してみようという話になります。そうとは知らず勇ましい姿で現れた太郎は、今日も山で猪を射たと自慢しますが、狐の執心の話や天神の森に出た鬼の話を聞かされると、目を回してしまいます。起こされた太郎がなおも強がりを言い続けるので、天神の森の松の枝に扇を掛けてこられるかどうか、賭けをすることになり、太郎が出かけた後、当屋の男は鬼の面をつけて、太郎を脅しに行きます。すると、太郎も怖がって鬼の面をつけてきたので、互いに出くわして目を回してしまいます。しかし、先に事情を察した太郎が、様子を見に来た連中を脅して追って行きます。

 大きな声で、強がる高野さんの太郎はなかなか雰囲気出てました。ビビリっぷりも最高(笑)。竹山さんの当屋、「玉藻の前」の怪談は低くてドスのきいた声で、なかなか怖い。
 真っ暗闇の天神の森で手探りで出会う太郎と当屋のビクビクした動き、鏡合わせになるところがピッタリ合うともっと良かった。
2016年7月23日 (土) 萬狂言特別公演〜八世野村万蔵十三回忌追善〜
会場:国立能楽堂 14:30開演

ご挨拶:野村万蔵

舞囃子「天鼓」盤渉
 観世銕之丞
  大鼓:佃良勝、小鼓:大倉源次郎、太鼓:小寺佐七、笛:松田弘之
     地謡:谷本健吾、西村高夫、清水寛二、馬野正基

「宗論」
 浄土僧:野村萬、法華僧:野村万蔵、宿屋:能村晶人

「附子」
 太郎冠者:野村虎之介、主人:野村万禄、次郎冠者:野村拳之介

「大田楽」
 構成:八世野村万蔵、演出:九世野村万蔵、作曲:一噌幸弘、稲葉明徳
 演出補:小笠原匡、演出助手:菅原香織

 田主:野村萬
 三番叟:野村万蔵
 王舞:野村万禄
 獅子:片山九郎右衛門、宝生欣哉
 稚児:野村眞之介、小笠原弘晃
 大傘持:野村虎之介
 白丁:西村高夫、能村晶人
 笛:一噌幸弘、松田弘之
 小鼓:大倉源次郎
 脇鼓:清水寛二
 大鼓:佃良勝
 タム:和田啓
 篳篥・笙:稲葉明徳
 大太鼓・番楽:小笠原匡
 番楽・腰鼓:渡辺郁、渡辺俊(新潟わざおぎ)
 番楽・編木:東本拓実(東京わざおぎ)、武井宏介(高崎わざおぎ)
 番楽・胴拍子:高木紗代子(京都わざおぎ)、道原育子、道端育子(山代わざおぎ)
 番楽・鋲打:山森美保(伊東わざおぎ)、戸丸幸子(高崎わざおぎ)
 番楽・編木:安島彩海(伊東わざおぎ)、須藤亮子(新潟わざおぎ)
    番楽:江口千代美(伊東わざおぎ)、掛下寿美(京都わざおぎ)
 タム・シンバル:齋藤美智子(伊東わざおぎ)
    軽業:中村淳生、増子造(日本体育大学)
    変面:劉妍

 万之丞(八世万蔵)さんが亡くなって、もう十三回忌なんですね。万蔵は亡くなってから襲名した名なので、万之丞さんと言った方が分かりやすいんですが。
 最初に今の万蔵さんがご挨拶に出てきて、追善公演ということで、お兄さんの思い出なども語られました。子供の時には優しいお兄さんだったそうですが、思春期には、やんちゃされてたという話も聞いていましたから、その頃は怖かったそうです。
 お兄さんが、海外を飛び回って華やかに活動していた頃は、お父様と二人で日本で地味に狂言をしていたことなどもww
 でも、追善になにをやるか考えた時、お兄さんにとって「大田楽」がやはり一番大きな事業だったこと。そして、「大田楽」にかかわった各地の人たちがそれを残していこうということで伝承しているとのことでした。
 今回は、外でやっていた「大田楽」を能楽堂で出来るように、万蔵さんが演出をされたそうです。

 最初は銕之丞さんの『天鼓』盤渉の舞囃子。天鼓の霊が弔いによって苦しみから解放され、供えられていた鼓で楽を奏し、喜びの舞を舞います。銕之丞さんが舞われると結構迫力あります。

「宗論」
 参詣から帰る途中の法華僧が連れが欲しいと待っていると、そこへ同じく参詣帰りの浄土僧が通りかかり、道連れになります。しかし、互いに犬猿の仲の宗派と知って、法華僧は口実を設けて別れようとしますが、浄土僧は離れず、互いに宗祖伝来と自称する数珠をいただかせあって争いはじめます。法華僧が宿に逃げ込むと、浄土僧も後を追い、宗論を始めますが、法華僧が「五十展伝随喜の功徳」を芋茎(ずいき)にかけて説くと、浄土僧は「一念弥陀物即滅無量罪」を無量(たくさん)の菜と珍解釈して説き、互いにけなしあいますが、勝負がつかず寝てしまいます。翌朝、浄土僧が経を読み始めると、法華僧も勤行をはじめ、互いにだんだんと声が大きくなり、拍子に乗って踊り念仏、踊り題目の張り合いになります。ついには、念仏と題目を取り違えてしまい、釈迦の教えに隔てがないことを悟って和解します。

 萬さんと万蔵さん親子の息の合った演技です。曲者の浄土僧とお堅い法華僧とのやりとりの滑稽さ、それに肝心な宗論もお互い意味を取り違えた珍解釈の応酬。随喜が芋茎で、無量罪が無量の菜なんて、二人ともどこまで食いしん坊なんだか(笑)
 最後には、踊り念仏に踊り題目がいつの間にか反対になっちゃうんだから苦笑ものです。

「附子」
 主人が太郎冠者と次郎冠者に留守番を言いつけ、二人の前に黒い桶を置いて、中にはその桶の方から吹く風にあたるだけで死んでしまう猛毒の附子(トリカブト)が入っているので、決して近づかぬよう念を押して出かけて行きます。はじめは怯えていた二人ですが、気になって仕方がない太郎冠者は、次郎冠者に協力させて桶の中を確かめることにします。扇で扇ぎながら近づき、旨そうだと、味見をしてみれば砂糖だと分かり、結局みんな食べてしまいます。その上、主人秘蔵の掛け軸を破り、天目茶碗を粉々にすると、やがて帰って来た主人の前で泣き出します。主人が訳を尋ねると、寝ないように二人で相撲をとっているうちに、誤って掛け軸と天目茶碗を壊してしまったので、附子を食べて死のうと思ったけれど、まだ死ねないと言い訳して主人に叱られ、逃げ出します。

 一休さんのトンチ話にもある有名な話で、分かりやすく面白いです。万禄さんの主人に虎之介くんと拳之介くん兄弟による太郎冠者と次郎冠者。二人とも随分成長して頼もしいかぎりです。型通り美しく、そしてなんとも愉快(笑)。

「大田楽」
?行進 大太鼓の響きとゆるやかな音楽に乗って、意匠をこらした五色の装束を身にまとい、色とりどりの花を飾った笠を被った田楽法師が登場します。

?物着 田楽法師はそれぞれの座に付き身支度を整えます。

?番楽 山伏神楽に想を得て作られた躍動感あふれる踊り。初演時にはなく、先払いの芸能の意味で組み込まれました。

?王舞 緋の装束に鼻高面(天狗面)、鉾をかざした王舞が現れ、鬼門を鎮め浄める舞が一管の笛の音と大太鼓の響きと共に静かに力強く舞われます。

?獅子舞 色鮮やかな二頭の獅子が現れ、跳ね走り、絡み合いながら舞います。

?奏上 田楽法師一行の長である田主が白装束に翁烏帽子姿で現れ、神に向かって一座の来訪を報告、裂ぱくの気合いと共に朗々と奏上をよみあげます。

?段あがり 再び楽器を囃しながら踊り手たちが現れ、更なる佳境へ入っていきます。初演は赤坂日枝神社の大鳥居から石段を上って行く構成だったため名付けられました。

?稚児舞 二人の稚児による舞。追善の公演のために復曲されました。

?三番叟 呪師が演じたであろうことを想定して作られた、足拍子を多用するダイナミックな舞です。

?総田楽 腰鼓(くれつづみ)、編木(ささら)、銅拍子(どうびょうし)を囃しながら賑やかに踊りが繰り広げられ、曲芸や散楽の後、群舞で盛り上がりは頂点に達します。

?行進 田楽法師は隊列を組んで音楽を奏しながら退場し大田楽は終了します。
 ?〜???〜?の曲を一噌幸弘さんが作曲。?と変面の曲を稲葉明徳さんが作曲。

 正面に一畳台が出され、登場は揚幕からではなく、脇正後ろの見所のドアからの登場。脇正と橋掛かりの間を通って、脇正最前列の前から正面と中正面の間を通り、正面後方から舞台正面の階段を上がって位置につきました。装束と大行列が「唐相撲」を思わせますが、もっと派手で賑やか、囃子方が色とりどりの花笠を被っていたり、王舞の万禄さんは大きな鼻の面、獅子舞の片山九郎右衛門さんと宝生欣也さんは大きな獅子頭を抱え、萬さんは翁烏帽子に白の装束で威厳たっぷりに横を通って行かれました。

 正面一畳台の上の床几に萬さんが腰かけ、台の後方両脇に獅子舞、前方に稚児二人。
 大きな鈴、神社につり下げられている綱のついた鈴のようなものです。それを「道成寺」の鐘のように天井の滑車に通してつり下げました。

 王舞の万禄さん、鼻高面に鳥兜、上に布を編んだ鎧のような装束をつけ、鉾を持って勇壮な舞。

 獅子舞のお二人は6kg近くある大きな獅子頭を被り、見所に下りて、大きな口を開けたり閉めたりしながら通路を練り歩き、力強く舞う。

 萬さんの気迫のこもった奏上。プログラムの裏表紙に奏上の言葉が書かれていました。
「それ敬って申す
 古 数多の白鳩飛び交ひし鳩森の傍らに
 いま 能楽の大場出で来たりて栄えたり

 八世万蔵 数多の俳優・学匠らと語らひ
 古きを尋ね新しきを求め 大田楽を生みしより四半世紀
 諸々の国々に種を播き 弥栄の祭りとなせり
 これを創りし楽士たち 承け育てし俳優ども
 皆この舞台に参り会ひ 新たなる歩みを進めんとす

 田楽は千年の愉楽
 遠き世の太鼓打ち鳴らし
 今ここに舞ひ遊ばん いざここに 踊り狂はんと
 天も響けと読み上げたり」

 稚児舞は、眞之介くんと小笠原さんの息子の弘晃くん。それぞれ赤と緑の鮮やかな装束で見事な相舞。

 三番叟の万蔵さん、黒い装束で黒い翁面、常の三番叟の翁面とは違うような気がしました。鈴を手に持つのではなく、大きめの鈴を手首に、足には紐につるした鈴をつけて三番叟を踏む。
 天井の滑車から吊るした鈴の綱を激しく振ったり、装束も楽も舞も、いつもの三番叟とは大分違う印象でした。

 総田楽では、幸弘さんのコンサートで、聴きなれた「総田楽の舞」の音楽に合わせ、各地で伝承するわざおぎの方々が代わる代わる舞台上で様々な太鼓や楽器を奏したり、両手を広げたくらいの大きな花笠を被って、華麗に舞ったり、軽業では日本体育大学の方二人が次々と側転やバック転、肩の上に立ったり、身軽に橋掛かりと本舞台を行き来して技を披露。欄干越えをした時は、見所から「おー!」と声が上がって拍手喝さい。

 欄干越え・・・萬斎さんもやりますよ、側転をやりながら幕入りする演目もあるし、なんてね、狂言師って運動神経も必要なのよ。

 最後に脇正後ろのドアから黒いマントで見所に現れた変面の人。扇を顔の前で動かす一瞬でまったく違う面に変わるのでびっくり、それも見所の間の通路でやっていて、横から面が見えるのに仕掛けがまったくわからない。面は顔にピッタリの布製みたいでした。最後に見せたご本人のお顔がまた美しい。拍手喝さい!

 楽を奏しながら退場する一行になりやまない拍手。能楽ではありえないカーテンコールを求めるような拍手に、しばらくして万蔵さんが出てこられ、「現代狂言でもないのに」と戸惑いながらも嬉しそう。またしばらくして萬さんも登場。二人で八世万蔵もきっと喜んでいるでしょうと、お礼をされました。

 初めて見た「大田楽」ですが、「田楽」の再現を目指して万之丞(八世万蔵)さんが学者や音楽家、舞踊家、俳優たちと協働して創り上げた「大田楽」が、演じた地方の地元の方々も巻き込んで、新しい伝統として継承していこうとするグループが出来、伝承されていることなど、知らなかったことも多く、そして、実にエネルギッシュで楽しかったです。
2016年7月2日 (土) セルリアンタワー能楽堂定期能7月―喜多流―
会場:セルリアンタワー能楽堂 14:00開演

おはなし:馬場あき子

『藤戸』
 シテ(漁師の母・漁師の霊):友枝昭世
 ワキ(佐々木盛綱):森常好
 ワキツレ(従者):森常太郎、野口琢弘
 アイ(盛綱の家人):?澤祐介
    大鼓:亀井広忠、小鼓:曽和正博、太鼓:林雄一郎、笛:一噌隆之
      後見:塩津哲生、中村邦生
        後見:友枝真也、金子敬一郎、友枝雄人、佐々木多門
            狩野了一、大村定、香川靖嗣、長島茂

『藤戸』
 源平の合戦で、源氏の武将佐々木盛綱は、藤戸(現在の岡山県倉敷市)の先陣の功によって賜った備前の児島に新たな領主として入島し、訴え事のある者は遠慮なく申し出るよう触れを出します。すると年配の女がやって来て、盛綱に我が子を殺された恨みを述べます。はじめは否定していた盛綱も隠しきれなくなり、浅瀬を教えてくれた若い漁師を殺して海に沈めたと告白します。真相を知った母親は慟哭し、盛綱に激しく詰め寄りますが、盛綱は弔いを約束し母親を私宅へ帰します。
 盛綱が早速追善の法要を行っていると、蒼ざめ痩せ衰えた漁師の亡霊が現れ、氷のような刃で胸を刺し通された苦痛を訴え、恨みを晴らそうと襲いかかりますが、やがて弔いを受けて成仏します。

 ワキの森さんは殺された漁師の母親の訴えに最初は視線をそらして、しらばっくれるのがそれらしく、前シテの友枝さんが肩を震わせるようにして立ち上がって詰め寄る姿が印象的でした。
 盛綱は、死んだ漁師の弔いと残された家族の生活の保障を約束して、母親を家人に家に送らせ、早速供養を始めるわけですが、そこに殺された漁師の亡霊が現れます。
 黒頭に痩せ男の面、紺の着流しに白の水衣、腰蓑姿の亡霊が、殺された時の苦しみを再現し、襲いかかろうとしますが、思いもかけない弔いに成仏して去って行きます。

 馬場あき子さんが最初にこの曲についてのお話をされましたが、「平家物語」では、盛綱の武勇伝として伝わっている話を、能では、手柄の為に殺された漁師とその家族の悲しみに重点を置いていて、戦の犠牲になった一般の人々や家族のぬぐいきれない悲しみという、現代にも通じる普遍的な問題を表しています。当時は、領主に批判など出来なかったでしょうが、能の台詞で残された者の思いを語らせる。弔って成仏しても死んだ人間が帰ることは無く、家族の悲しみは消えることは無い。後場で、すぐ成仏しないで欲しいと思っちゃうなんてことも仰ってました。