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能楽鑑賞日記

2006年7月30日 (日) 萬狂言 八世野村万蔵三回忌追善 夏公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

「白鷺」太郎冠者:小笠原匡、主:野村萬  笛:松田弘之

「釣狐」
 白蔵主・狐:野村扇丞(披き)、猟師:野村祐丞
       大鼓:佃良勝、小鼓:大倉源次郎、笛:一噌幸弘
                         後見:野村万禄、野村万蔵

『輪蔵』
 シテ(傅大士):野村四郎
 ツレ(尉・火天):観世銕之丞
 子方(普建童子):小早川康光
 子方(普成童子):観世喜顕
 ワキ(旅僧):森常好
 ワキツレ(従僧):舘田善博、森常太郎

 替間「鉢叩」踊念佛
   鉢叩:野村万蔵、野村万禄、小笠原匡、中本義幸、野村祐丞、炭哲男
       吉住講、山下浩一郎
  瓢の神:野村萬

       大鼓:佃良勝、小鼓:大倉源次郎、太鼓:小寺佐七、笛:一噌幸弘
                       後見:観世恭秀、岡田麗史、清水寛二
       地謡:野村昌司、浅見慈一、馬野正基、小早川修
           柴田稔、浅井文義、浅見真州、西村高夫

「白鷺」
 主人は、太郎冠者が無断で休み、旅に行ったのを厳しく叱ろうと太郎冠者の家へやってきます。しかし、旅先が京都と聞き、都が懐かしくなった主人は、太郎冠者を許して都の様子を聞きます。太郎冠者は神泉苑の池を見物したと言い、帝が鷺に五位を与えた故事を語ります。平安京華やかなりし延喜年間、神泉苑の州崎にいた鷺が捕らえられそうになり、驚いて逃げたものの、勅諚=帝の仰せと聞いて羽を垂れ地に伏したので、帝は感心し、鷺に五位の位を授けました。太郎冠者はこう語り、さらに鷺の真似をして見せます。居語りと物真似がすきな主人のことを知っていて、しっかり覚えてきた太郎冠者に、主人もすっかりご機嫌になります。

 狂言「鷺」は、鷺流の流名伝説になった曲で江戸時代に復曲され、近代の鷺流廃絶後、1987年に法政大学能楽研究所の企画で野村萬(当時万之丞)さんの演出・シテ、茂山千作(当時千五郎)さんのアドでふたたび復曲されたとのこと。
 八世万蔵さんが、それを演出し直して「白鷺」とし、今回上演にあたって、萬さんがさらに科白等に検討を加えたものだそうです。

 無断欠勤で旅行に行った太郎冠者に腹を立てた主人が、帰ってきた太郎冠者の家へ行き、成敗するかと思いきや、都のことが聞きたくて許すというのは、他の狂言にもありますが、神泉苑の語りは能『鷺』の語りのようです。そのあと、鷺の真似をして見せるのに、白い小袖を被り、扇の黒い柄をクチバシのように出して鷺の動きを真似て、笛の音で舞を舞います。鳥の足つきを真似た動きなど、見ている主人も一緒に楽しそうに真似し始めます。その様子が「靱猿」の大名のようです。小笠原さんの見せ場の鷺の真似の舞も見事ですが、舞の準備をしている時から、にんまりと穏やかな表情のまま待つ萬さんの主人。怒った表情の時はかなり厳しいのに、こういう時は眉毛も下がっていかにも嬉しそう、楽しそうにみえる萬さんの表情がいいです。

「釣狐」
 扇丞さんの披き(初演)です。
 猟師に一族を奪われた老狐が、猟師の伯父の白蔵主に化けて家へ行き、妖狐玉藻の前の故事を物語り、狐の執心は恐ろしいので猟をやめるよう説いて、罠を捨てさせます。小歌を歌いながら塚に戻る途中、猟師の捨てた罠を見て誘惑に駆られますが、変装を脱いで身軽になってからと思い直し、帰ります。猟師は伯父の意見を承諾したものの納得のいかないところがあり、捨てた罠をいじった跡を見て不審に思ったので、罠を張って待っていると、狐が正体をあらわして、やってきます。そして、いったん罠にかかりますが、猟師との引き合いの末、振り切って逃げて行きます。

 着ぐるみの上に衣を着、面をかけた白蔵主の姿で、出は、揚げ幕が上がっておもむろに出てくるのではなく、いきなり揚げ幕の前にあらわれる感じの出で、不気味さがあります。白蔵主姿でも人がいないところでは、狐的な仕草が出て、飛び跳ねたり、犬に驚いて駆け出したり、罠の餌の匂いに惹かれて何度も「クシュー、クシュー」と首を振って振り返ったり、戻ったり、「食いたいなあ、食いたいなあ」と罠の周りを回ったり、罠の危険と食の誘惑との葛藤に、獣の本性をあらわす姿が可笑しくもあり、時々笑いも起こります。前場の終わり頃には、衣の背中に汗が滲むほど汗だくになっていました。
 後場では幕の下から狐の姿であらわれ、橋掛かりを四つん這いで走り出てきます。狐本来の姿に戻り、辺りを窺って鳴いたり、罠の餌を前に仰向けにころがったり、餌をつつこうかと手を出そうとして引っ込めたり、獣的に活発に動き回り鳴きます。隠れている猟師が狐が顔を向けると反対側へ顔を向ける仕草が面白く、狐の鳴き声や細かい仕草に緊張感だけでなく可笑しさもあります。狐が罠にかかった時の猟師との引き合いは迫力があり、祐丞さんの猟師は老練な感じがしました。
 かなりハードで長丁場な舞台を持続させた扇丞さんの熱演に、会場からも大きな拍手が起こりました。

『輪蔵』「鉢叩」踊念佛
 太宰府の僧が京都の北野天神を訪ね、経を納めた回転式の書棚=輪蔵を拝んでいると、老人が現れ、経蔵守護を説いて、仏法守護の神、火天であることを明かします。僧は火天に対し大蔵経を一夜で拝みたいと願い出ます。後に本来の姿で現れることを約束して火天が去った後、鉢叩きの一団が登場して北野天神の末社・瓢の神に参詣し、念仏して踊ると瓢の神が現れ、祝福して謡い舞います。
 やがて厨子が開き、傅大士が普建・普成の二人の童子を従えて現れ、僧に経を授けて舞うと、火天が天降り、僧とともに輪蔵を回すのでした。

 大蔵経は、漢文に訳された仏教聖典の総称で、一切経とも言い、それを納めた輪蔵を一回転させれば、読経したのと同じ功徳があると言われています。傅大士は、この輪蔵を考案したと言われる人物です。

 正面お囃子の前に一畳台が置かれ、その台一杯の屋根付きの作り物が置かれます。中には傅大士と普建・普成の二人の童子が入っています。目付柱の側に輪蔵の作り物も置かれ、私の席からは、囃子方は右端の一噌幸弘さんだけが見える状態でした。
 「鉢叩」踊念佛では、全員が黒い衣に白い袈裟をかけた僧形で、最初の二人が瓢箪を持ち、後ろの4人が茶筅を刺した竹棒を持ち「衣を着て、俗人でもなく、茶筅を売るので出家でもなし。」と自分たちのことを言いながら登場します。中の二人が鉦鼓を首に下げ、やがて全員が持ち物を叩きながら賑やかな踊念佛が始まります。二列に向かい合って整然と叩いて謡ったり、一斉に入り乱れて足を上げ賑やかに謡い踊ったり、輪蔵の周りを回ったりと変化に富んだ念仏踊りです。八世万蔵さんの演出による小書で、普通の「鉢叩」とは、だいぶ違うようでした。瓢の神で現れた萬さんが橋掛かりで床机に座り、念仏踊りの一団が瓢の神にお酒を振る舞う場面もありました。
 後ろの作り物から傅大士と二人の童子が現れ、舞いを舞いますが、少し大きい子が小早川康充君でしょうか、子方でも何回か出ているしっかりした子方です。野村四郎さんの傅大士のゆっくりした重厚な舞いに対し、火天が現れる時はお囃子もすごく勢いよくなります。良く響く声で、迫力のある銕之丞さんの舞いはとても格好良いものでした。 
2006年7月27日 (木) 第35回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

「狐塚」太郎冠者:深田博治、主:野村万之介、次郎冠者:高野和憲

素囃子「黄鐘早舞」大鼓:原岡一之、小鼓:住駒充彦、笛:八反田智子

「蝉」蝉の亡霊:石田幸雄、旅僧:竹山悠樹、所の者:野村遼太
             地謡:破石晋照、野村萬斎、高野和憲、時田光洋

「牛盗人」
 藤吾三郎:野村万作、奉行:野村萬斎、子:野村裕基
 太郎冠者:月崎晴夫、次郎冠者:深田博治
      地謡:破石晋照、野村万之介、高野和憲、時田光洋

「狐塚」
 和泉流の「狐塚」は初めてかもしれません。出てきた時から主人と太郎冠者だけ、太郎冠者一人が田に鳥追いに行かされるので、次郎冠者はいつ出てくるのだろうと、あれ?っと思いました。昼間は鳴子をふって鳥を追う太郎冠者ですが、夜になって狐に化かされるのではないかとビクビクしている所へ、見舞いに来た次郎冠者を狐が化けていると思い込んで縛り上げ、さらに、寂しかろうと見舞いに来た主人も縛り上げてしまいます。二人を松葉で燻して「尾を出せ」と言ったり、ついには、皮を剥いでやろうと鎌をとりに行ってしまいます。その隙に縄をほどいた二人は、戻ってきた太郎冠者を主人が羽交い締めにし、次郎冠者が鎌を取り上げて、投げ飛ばして去っていきます。
 大蔵流だと、太郎冠者と次郎冠者が二人で狐塚の田に鳥追いに行かされ、二人で鳴子をふって鳥を追う様をみせます。やがて、夜になって小屋で休んでいるところへ酒を持って見舞いにやってきた主人を狐だと思った二人は主人を縛り上げ、松葉で燻すものの、咳き込むばかりです。どうやら本物らしいと気付いて逃げていく二人を主人が追いかけるというものです。二人で鳴子で鳥追いをする姿は「鳴子」という狂言にもあり、情緒があり、主人を狐と思って縛り上げて燻したり、本物だと気づいて逃げていく姿が滑稽で面白い曲です。和泉流では、それを一人でやるわけで、終わり方も違います。好みもあるでしょうが、二人の会話のやりとりなどがある大蔵流のほうが面白いような気がしました。

 しかし、深田さん、先日の「蝸牛」でも「狐塚」でもシテとしての存在感が出てきたなあと思います。ただ、喉を痛めているようで、だいぶ前から声がかれて声を出すのが苦しそうなのが気にかかります。早く良くなると良いのですが・・・。

舞囃子「黄鐘早舞」
 笛は一噌流の女性の笛方です。なんの会だったか?以前、一度聴いた事があります。最初は少しゆっくりした感じから、だんだんのってくる感じが気持ちの良いお囃子でした。

「蝉」
 善光寺への参詣途中の僧が、あげ松の里にやってきます。立派な松の木のそばで休もうとすると、いわくありげな短冊がかかっているのが目に留まります。その短冊には「蝉の羽に書き置く露のこがくれて忍び忍びに濡るる袖かな」という、『源氏物語』で空蝉が詠んだ歌が書かれていました。僧が土地の者に尋ねると、男は、この松の枝に留まっていた大きな蝉が鳥にとられてしまったのを不憫に思った人が掛けた短冊であると教えます。
 僧が蝉を弔っていると、蝉の霊が現れ、鳥に殺された最期の様や地獄の苦しみの有り様を謡い舞い、僧の弔いで、つくつく法師なることができたと感謝するのでした。

 正先に松の作り物が置かれ、夢幻能の様式を完全にパロディーにした舞狂言です。旅僧の装束は狂言の頭巾に水衣、括袴ですが、次第、名乗りと、能のワキ僧とそっくり同じようにやります。竹山さんの旅僧も、遼太くんのアイもそれらしくしっかりとした謡い、語りで雰囲気があります。
 そして橋掛かりを出てきた黒頭に白装束、杖を持った石田さんも幽霊の雰囲気の漂う出です。しかし、面が口のとがった空吹の面です(笑)。鳥につつかれたり、蜘蛛の巣に絡め捕られてくるくる廻る様を美しく「蝉」の舞いで見せるのですが、最後に黒頭を取って捨て、坊主頭を表す白頭巾に!鬘取っちゃった(えっ)「つくつく法師となりにけり」でオチが付きました(笑)。後は、静々と引き上げて、最後まで大真面目な能掛かりです。
 茂山家で観た『蛸』も大蛸の霊が出てくる夢幻能のパロディーで面白かったですが、この『蝉』もなかなか面白い曲でした。

「牛盗人」
 鳥羽離宮の牛が盗まれたので、牛奉行が、犯人を訴え出た者には褒美を与えるという高札を打つと、一人の子供が、犯人は籐吾三郎であると訴え出てきます。さっそく捕らえて来ると三郎は自分には身に覚えの無いことと主張しますが、子供と対面させると、二人はなんと実の親子でした。
 親の供養もできず、貧しさゆえに牛を盗んだことを認めた三郎は、子が親を訴えるなんてと、嘆きます。そこで、子供が奉行に褒美を要求すると、奉行はなんなりと取らそうと言いますが、なんと子供は父親の命を助けることを要求します。困った奉行。 
 しかし、子供は自分が訴え出たのは、他人が訴え出たら父が処刑されてしまうと思ってやったこと。なんとしても父親の命を助けてくださいと、懇願します。それを聞いた三郎は感激し、二人が泣くと、奉行ももらい泣きをして、三郎を許し、三郎は喜びの舞を舞って、親子で帰って行きます。

 比較的、近世の作品とのことで、歌舞伎の人情物のような作品です。親子の情と子供のけなげさ、親役の万作さんの愁嘆ぶりと子の想いを知って誤解した自分を恥じ、感激のあまり涙する様子。三郎の心の変化を自然に劇的に見せる万作さんの表現力はさすがです。
 そして、裕基くんの成長ぶりにはびっくり!長いたくさんの科白もりっかり語り、じっとしている場面では、きちんと正座して身じろぎもしません。最後に奉行にお辞儀をして頼む時も、姿勢の美しいこと!しっかりと狂言師として舞台に立つ自覚を持っているよう。とにかく、驚きでした。
 笑いの少ない内容の人情物のような話の中で、長い髭をはやした萬斎さんの牛奉行が、その言い方、間の可笑しさで笑いを誘っていて、それが、大げさでないのがいい。そんな、ほっこり感が本当に似合う狂言師になってきました。
 作品としての好き嫌いはありますが、(私個人としては、こういう人情物風はあまり好みではありません)裕基くんの成長ぶりや、演者の力の充実ぶりが嬉しいかぎりでした。

 万作家のそれぞれの演者が、しっかりと芸を継承し、一座として充実してきているのを感じた狂言座でした。
2006年7月26日 (水) 能楽観世座第10回公演『鵜飼』
会場:観世能楽堂 18:30開演

舞囃子「野宮」観世清和
       笛:一噌仙幸、小鼓:曽和博朗、大鼓:亀井忠雄
       地謡:岡久廣、観世芳伸、上田公威、藤波重彦、角幸二郎

『鵜飼』
 シテ(鵜使・地獄の鬼):友枝昭世
 ワキ(清澄山の僧):宝生欣哉
 ワキツレ(従僧):則久英志
 アイ(所の者):野村万蔵
       笛:藤田大五郎、小鼓:曽和博朗、大鼓:亀井忠雄、太鼓:助川治
       地謡:粟谷菊生、粟谷能夫、出雲康雅、粟谷明生、
           長島茂、狩野了一、内田成信、金子敬一郎

舞囃子「野宮」
 六条御息所の霊が賀茂の祭りで葵の上と車争いに敗れたことを語り、光源氏との昔を思い出して舞を舞う。動きの少ない静かな舞ですが、観世宗家は、じっとしている時も揺らぎがなく、舞の一つ一つの動きも品があって美しい。最初に車争いの様子を表す動きも静かに後に下がって俯く姿に、プライドを傷つけられた恥ずかしさと悲しさが感じられました。

『鵜飼』
 甲斐の国に一見の行脚に出た安房の国清澄の僧が従僧とともに、石和川のほとりに至り、在所の人に宿を乞います。しかし、旅人を泊めるのは禁制だからと断られ、代わりに川岸の御堂を教えられます。毎夜光るものが出るという御堂に僧は泊まりますが、夜半になって、鵜使の老人が鵜を休めようと御堂に上がって来ます。僧は老人に殺生はやめて他の仕事につくことを諭しますが、老人は若年からの仕事で、今さらやめることは無理だと答えます。そのとき、従僧が、2、3年前に川下の岩落という所で似たような鵜使に逢い、殺生を戒めてその家でもてなしを受けたというと、老人はその鵜使は亡くなったと言います。
 そのときのことを話すから後生を弔ってやって欲しいと、殺生禁断の場所で密漁のために捕らえられ、簀巻き(すまき)にされて川に沈められた次第を語ります。そして、自分はその鵜使の亡霊だと告げると、僧の求めに応じて罪障懺悔のために、松明を振りたてて鵜を使う有様を見せ、冥途へ去っていきます。
 僧たちが石に法華経を一字ずつ書き付けて沈め、鵜使を供養していると、閻魔大王が現れて、あの鵜使は殺生の罪業により無間地獄に堕ちるところであったが、僧に宿を貸した功力により罪を赦して極楽へ送ると語り、地獄の罪人を成仏せしめる法華経の利益を讃え仏事供養の功力を説いていきます。
 
 プログラムにこの『鵜飼』の背景について、日本史の教授の解説が書いてあります。石和川は上下三里が殺生禁断の所と言っているが、これは、ここがもともと伊勢神宮の御厨(荘園)だったためではないかとのこと。伊勢神宮の御厨では魚介類が年貢の中心で、石和御厨も鵜を使って魚を獲り、年貢を献上するため、この特権を持っていた住人たちが、それ以外の鵜使いに対して殺生禁断の名のもとに厳重に禁止していたのだそうです。そのため、シテの鵜使いが、御厨の住人の特権を犯す者として殺されたのではないかとのことです。
 
 前場の鵜使が鵜を使って漁をする有様をみせるのですが、松明をふり、鵜を使って魚を獲ることに殺生の罪の報いも後生も忘れて夢中になって行く様子に漁師の性と悲しさがにじんでくるようでした。
 後場では、鵜使を地獄から極楽へ送る閻魔大王に、その力強さと豪快さ、まったく違う面白さでした。
 この後場で、もう一つ気づいたのが、藤田大五郎さんの笛の音です。もう90歳を越えるという人間国宝の笛方ですが、最近はヒシギの音が出なかったりすることもあり、今日はどうかと心配でしたが、前場では大丈夫そうだと思っていました。そして、後場の舞になったとき、その太くて力強く、そして暖かさ、まろやかさと言ってもいい笛の音を聞いたとき、こんな笛の音は他に聴いた事が無いと思いました。最高の時を知っている人たちが、藤田大五郎の笛は違うのだといっていたのを聞くにつけ、もう聞けないのかと思っていましたが、もしかして、往年の笛の音に近いのではと、なんか感動してしまいました。
2006年7月23日 (日) 横浜能楽堂10周年記念《特別公演》第5日
会場:横浜能楽堂 14:00開演

「塗師」
 平六:山本則俊、師匠:山本東次郎、妻:山本則重        後見:遠藤博義
    大鼓:亀井忠雄、小鼓:北村治、笛:杉市和
            地謡:山本則孝、山本則直、山本泰太郎、山本則秀

『石橋』狻猊之式
 シテ(樵夫・獅子):金剛永謹
 前ツレ(男):種田道一
 後ツレ(狻):廣田幸稔
 後ツレ(猊):金剛龍謹
 ワキ(寂昭法師):福王茂十郎
 アイ(仙人):山本則孝
    大鼓:亀井忠雄、小鼓:北村治、太鼓:金春惣右衛門、笛:杉市和
    後見:豊嶋訓三、松野恭憲、山田純夫
            地謡:工藤寛、元吉正巳、片山峯秀、見越文夫
               坂本立津朗、宇高通成、今井清隆、廣田泰能

「塗師」
 仕事が無く生活に困った都の塗師(漆塗り職人)が、越前に住む弟子の平六を訪ねます。平六の妻は商売敵が増えては夫の仕事が減ると危惧し、平六は死んだといって師匠を都へ返そうとします。そこへ何も知らない平六が帰ってきて慌てた妻は事情を話しますが、平六は恩ある師匠に一目でも会いたいというので、幽霊の姿で対面することになります。妻と師匠は鉦鼓を打ち鳴らしながら弔うと、幽霊に扮した平六があらわれ、塗物の手順になぞらえて餓鬼道の責め苦の有様を謡い舞います。

 前半は普通の狂言で、後半は夢幻能の様式を模した舞狂言になります。
 師匠役の東次郎さんが出てきて、「今は都に塗師も上手が増えて、何でも当世様といって、自分のような昔細工がはやらなくなった。」と嘆き、弟子の平六が、困ったら自分の所へ来て一緒にやりましょうと言った言葉を頼りに、都から越前へ下っていきます。
 越前へ来て訪ねると、思いのほか、すぐに家が知れて訪ねていくと、平六の妻が出てきます。師匠は訪ねて来た事情を話すと、平六の妻は遠いところをご苦労様ですと師匠を中に通します。ここで妻は陰でこれは困ったことになったと考えます。師匠ならば、さぞ上手だろうから夫の仕事が減ってしまうと危惧した妻は一計を案じ、師匠の前で泣きながら夫は3年前に亡くなりましたと嘘をつきます。東次郎さんの師匠、大変驚いた様子で、心から嘆いているのが、実に気持ちの入った表現です。
 妻はもっともらしく、「夫が生きている時には、もう一度師匠に会いたいといつも申しておりました。」などと、はらはらと泣く振りをしますが、そこへ、そうとも知らず帰ってきた夫の声。「女ども、女ども」と呼ぶからびっくりした妻。慌てて外へ出て夫を引き止めます。平六は師匠が来ていると聞いて会おうとしますが、「あなたは死んだことになっているんです!」「あなたのことを思ってやったこと、今出て行かれたら私の立つ瀬がないじゃないの」と引き止める妻。それでも何としても会わねばという平六に、「それなら、私と別れてください。淵川へ身を投げて死にます!」と言われてはさすがの平六も困ってしまいます。しかし、せっかく訪ねてくれた師匠には会いたい。「それなら、幽霊になって会えばよい」と妻。「今だ幽霊になったことがない」(笑)と平六。「それらしく、作ってきてください」と言って、師匠の元に戻った妻は、「夫の声がしたと思ったのに誰の人影もなかった」と不思議そうに言い。「きっと、生前、師匠に会いたいと言っていたから、夫の霊が現れたのかもしれない」と言って、一緒に弔ってくださいと勧めます。もちろん、そうしましょうと、師匠は鉦鼓を受け取って、早速鳴らして弔いはじめますが・・・。
 囃子ものが入って、地謡も登場。黒頭に目の落ち窪んだ面をかけた幽霊に扮した平六が現れます。そこからは、夢幻能を見るような感じです。平六は餓鬼道に落ちた様を塗物に関連した言葉を使い、塗師の手順になぞらえた洒落で謡い舞いますが、最後の謡いの「塗籠他行(ぬりごめたぎょう)」というのは塗籠(納戸)に隠れて他行(外出)のふりをする、つまり、居留守を使うという意味だそうです(笑)。結局最後にはバラしてしまうわけですが、平六が舞い終わって幕入りすると、続いて師匠も妻も静々と幕入りして後半は最後まで能掛りでした。

『石橋』狻猊之式
 寂昭法師が唐・天竺へ渡り、社寺、仏跡を巡礼して、文殊菩薩が住む浄土といわれる清涼山へ続く石橋に着きます。橋を渡ろうとすると、樵夫が現れ、名高い高僧でさえ捨身の難行を積んだ末に渡った橋で、たやすく渡れるものではないと、寂昭法師を引きとめます。見れば石橋は、幅は1尺もなく、苔むして滑りやすく、長さは3丈余り、下をみれば底も見えないほど深い谷にかかっていて、とても人の渡れそうなものではありません。樵夫は石橋の由来などを語った後、寂昭法師にしばらくここで待つよう伝えて姿を消します。
 やがて、文殊菩薩に仕える獅子が現れ、山に咲き乱れる牡丹の花のあいだを勇壮に戯れて舞い遊び、最後に言祝ぎ舞い納めて、元の獅子の座に戻って行きます。

 今回は金剛流のみに伝わる「狻猊之式(さんげいのしき)」の小書つきで、23世宗家・金剛右京の作といわれるものだそうです。前シテは童子ではなく、きこりの老人。杖を持ち、唐帽子白垂に水衣の着流し姿で、薪を背負ったツレの男が随行します。後場では、白獅子と二人の赤獅子が登場し、相舞をします。解説には「親獅子に蹴落とされる『谷落し』の型では、子獅子が一畳台から後方に宙返りすることがある。」と書いてあったので、期待していましたが、今回は後方宙返りではなく、前にでんぐり返しでした。
 アイの仙人が石橋の謂れを語ったあと、一畳台が運ばれて来ますが、何も付いていない一畳台が正先に横向きに置かれ、赤い牡丹の木が一方に付いた台が木の付いた側を前に先の台の右に縦に置かれます。そして、両端に白とピンクの牡丹の木が付いた台が白の花を前に左側に縦に置かれ、計三台の一畳台が並びます。
 赤獅子二頭が一頭づつ先に登場し、二頭目が一旦引っ込んで、親獅子を伴って再び登場します。一畳台の後で舞い、一畳台に上がって舞い、三頭が牡丹のあいだで戯れる。賑やかで華やかです。獅子が出てくる時のお囃子の掛け声も音も大変力強いものでした。
 親獅子を本舞台に残して、子獅子二頭が橋掛かりで舞って戯れたり、親獅子だけ橋掛かりで舞ったりと変化に富んだ舞いでしたが、子獅子、特に二番目に出てきた赤獅子が首を振る時のキレがイマイチで、力強さと活きの良さが物足りなかったことと、牡丹の木がかなり大きくて、二本さした台の上ではちょっと窮屈そうに見えてしまいました。
 華やかさ、賑やかさと変化に富んだ工夫は、さすが、舞金剛といわれるだけはあり、面白いものでしたが。
2006年7月21日 (金) 第29回納涼能(神代の話) 第一部
会場:国立能楽堂 14:30開演

ミニ講座 蓮元早苗

仕舞「三輪」友枝昭世   地謡:友枝雄人、中村邦生、香川靖嗣、長島茂

仕舞「草薙」佐野萌    地謡:金森秀祥、朝倉俊樹、金井雄資、宝生和英

「禰宜山伏」
 山伏:山本泰太郎
 禰宜:山本則直
 茶屋:山本則孝
 大黒天:山本凛太郎                     後見:平田悦生

『淡路』急々之舞
 シテ(老人・伊弉諾尊):金剛永謹
 ツレ(姥):工藤寛
 ワキ(臣人):工藤和哉
 ワキツレ(従者):大日方寛、御厨誠吾
 間(里人):遠藤博義
       大鼓:國川純、小鼓:森澤勇司、太皷:小寺佐七、笛:一噌幸弘
                               後見:豊嶋訓三、廣田幸稔
         地謡:遠藤勝實、見越文夫、元吉正巳、田村修
             片山峯秀、宇?通成、松野恭憲、山田純夫

 蓮元早苗さんは金剛流の女性のシテ方です。主に能についての解説で、金剛流では能は203曲、そのうち小書のあるものは100曲だそうです。急々之舞の小書は金剛流だけの小書で、その名のとおり急之舞よりさらに速い舞。途中で足拍子を踏んだり笛がゆっくり吹いたりするところが無いとのことでした。
 この会のテーマは『神代の話』ということで、神様にちなんだ番組になっています。

仕舞は「三輪」と「草薙」でしたが、「三輪」は後シテの三輪明神(能では女神)の舞です。やはり生身の女性とは違う、気高さや気品と美しさを感じる舞でした。「草薙」は宝生流だけの曲とのことでしたが、寝不足の睡魔にとうとう勝てず、沈没してしまいました。(^^;

「禰宜山伏」
 和泉流と大蔵流の両方で見たことがあります。
 今まで見たのは、威張っていて横柄な山伏に難癖を付けられる気弱な禰宜(神官)という取り合わせでしたが、泰太郎さんの山伏は威張った山伏という感じがしますが、則直さんは山伏に言いがかりを付けられて困っている禰宜という感じはしても、この人の持ち味でしょうか、あまり気弱な感じには見えません。威張り腐って無理難題をいう山伏に、困りながらも落ち着いた対応のように見えるのは今までに無い印象で、これも面白かったです。
 茶屋の妙案で出てきた大黒さんの凛太郎くん。禰宜の祈りには浮かれて動き出し、山伏の祈りには怒って槌を振るう姿は、やはり子供らしく可愛いと同時に賢そうに見えました。

『淡路』
 帝臣の一行が、住吉の玉津島参詣の帰途、淡路の古跡を訪ねると、そこへ老夫婦が現れ、田を耕して水口に御幣を立てています。臣下が尋ねると、この田は当社二の宮に供える米を作っていることを教え、二の宮というのは、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉册(いざなみ)の二神を祀っているから付いた名であることを話し、国土創成の神話を物語って山を天の浮橋と見立てて渡って姿を消します。臣下は所の者にも二の宮について聞きます。
 やがて、伊弉諾尊が現れて、神代から当今に続く皇位を寿ぎ、舞を舞い、国土の永遠の平和を祝福します。

 金剛永謹さんは前シテの老人で出てきた時は、普通に見えましたが、後シテの伊弉諾尊で現れると非常に大きい人のように見えました。舞台の上での神としての存在感のせいでしょうか。ダイナミックな舞で、急々之舞になると速い速い!お囃子が速い!すごい勢いと迫力!そして舞も勢いがいい!舞金剛と言われる見せ場です。そして、最後にドンと足拍子を踏んで急々之舞が終わります。
 間は山本家独特のイントネーションで結構長い語りだったのでちょっと沈没ぎみでしたが、後シテが出てきてからは引き付けられて見てしまいました。
2006年7月17日 (日) 第9回 座・SQUARE公演 〜旅路〜
会場:国立能楽堂 13:00開演

解説:山中玲子(法政大学能楽研究所教授)

『忠度』
 シテ(老人・忠度の霊):井上貴覚
 ワキ(旅僧):殿田謙吉
 ワキツレ(従僧):大日方寛
 ワキツレ(従僧):御厨誠吾
 間(所の者):榎本元
  笛:一噌隆之、小鼓:観世新九郎、大鼓:亀井広忠
                                 後見:高橋汎、高橋忍
     地謡:岩田幸雄、金春憲和、芝野善次、大塚龍一郎
         金春穂高、金春安明、吉場広明、辻井八郎

「六地蔵」
 シテ(すっぱ):大藏吉次郎
 アド(田舎者):宮本昇
 アド(すっぱ):大藏千太郎
 アド(すっぱ):大藏基誠
                                 後見:大藏彌太郎

『山姥』
 シテ(女・山姥):山井綱雄
 ツレ(百魔山姥):中村昌弘
 ワキ(従者):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博
 ワキツレ(従者):森常太郎
 間(所の者):大藏教義
  笛:一噌幸弘、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:安福光雄、太鼓:吉谷潔
                                 後見:横山紳一、大塚龍一郎
     地謡:柴?眞理、岩田幸雄、高田富夫、後藤和也
         辻井八郎、高橋忍、金春穂高、井上貴覚

 まず「座・SQUARE」の一人、辻井八郎さんが登場して挨拶されました。その中で、金春流の宗家を金春安明氏が正式に継承されたという報告がありました。七十九世金春信高氏が高齢のため長男安明氏に宗家を継承することが承認されたようです。

『忠度』
 かつて藤原俊成に仕え、俊成亡き後出家した僧が、西国行脚の旅に出て、須磨の浦で潮汲みの老人に出会います。ある人の亡き後の手向けと、桜の木に手を合わせる老人。僧は立ち去ろうとする老人を呼び止めて、須磨の浦の塩木(塩を焼く薪)のことなどを聞きます。やがて日も暮れて、僧が宿を頼むと、老人は「この桜の陰ほど宿のふさわしいところがあるでしょうか」とといい、平忠度の歌「行き暮れて木の下陰を宿とせば、花や今宵の主ならまし」を詠み、この歌を詠んだ人の所縁の木なので、詠み人を弔うことを勧めるのでした。かつて俊成に師事していた薩摩守忠度が詠み人と気づいた僧が、自分とも縁のある人と、早速弔うと、老人は喜んで、自分こそ忠度であるとほのめかして、花の陰に消えます。
 僧は通りかかった所の者に仔細を聞き、花の下で仮寝をしていると、僧の前に若い公達姿の忠度の霊が現れます。霊は、俊成が編纂した『千載集』に入れられながら朝敵のため「詠み人知らず」とされたことを嘆き、名前を入れてくれるよう後継者の藤原定家に頼んで欲しいと訴えます。
 忠度は、都落ちの途中引き返し、俊成に歌集を渡して、入集を頼んだこと、西海道に落ちた後、須磨の浦まで戻り、一ノ谷の合戦で岡部六弥太と組合い討ち死にしたことを物語り、僧に重ねて回向を頼んで花陰に消えていったのでした。

 シテの井上さんはとても良い声でした。忠度は文武両道に秀でた人として強さと優雅さを持ち合わせた魅力的な人物だったと思われます。
 後シテの若い公達姿の忠度の霊は、一ノ谷の合戦で岡部六弥太を馬上で組討ち、落馬のすえ組み伏せますが、六弥太の手下に右腕を切り落とされます。左手一つで六弥太をなげすてた忠度は、これまでと西方浄土を拝み念仏を唱えて、首を切り落とされます。
 その後、シテは敵の六弥太になって、忠度の亡骸から箙(矢を入れて腰につける道具)につけられた短冊に気づき、和歌と共に記された忠度の名前に相手が高名な武将であったことを知り、その死を惜しむのです。
 激しい戦いの舞のあと、覚悟を決めて討ち死にした忠度から、相手の六弥太に変わる、静かに戦の空しさが漂い、それまでと空気が変わります。
 そこはかとない寂しさを残して、難しい役どころをよく演じていたと思います。

「六地蔵」
 何回か見ている狂言ですが、大蔵流では初めてかもしれません。田舎者が辻堂の安置する地蔵を作ってもらおうと都に仏師を探しにやってきて、すっぱ(詐欺師)に騙される。いつもの話ですが、「仏師」と違うところは6体の地蔵なので仲間を呼んで3人で6体の地蔵に成りすますところです。
 和泉流だと仲間が仏師の他に3人出てくるのですが、今回は、仏師も含めて3人。つまり仏師も地蔵に成りすまして、行ったり来たり、仏師にもならなければならないという忙しさです。
 和泉流では定番の、仏師が自分のことを「真仏師(まぶっし)」と言って、田舎者が「まむし」と聞き違えて驚く科白はありませんでした。茂山家の「仏師」ではあったんですが、家によっても違うんでしょう。そのかわり、6地蔵の謂れについて、それぞれ「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」の六道の苦をはらう姿を現しているという話がありました。なるほど。
 3体づつ因幡堂の後堂と脇堂に置いてあると騙して、印相が気に入らないという田舎者の希望で直してやろうと言っては行ったり来たり。この時、茂山家の「仏師」の時のように「仏師、仏師、仏師」とリズム感のある動きにだんだんなっていきます。最後はとうとう仏師が化けているのがバレて「許してくれ」「やるまいぞ」となるわけです。
 たしか、和泉流では、「六地蔵」の場合は、印相が気に入らないから直すのではなく、田舎者がこっちの3体、あっちの3体を交互に祈りにいくので、行ったり来たりするたびに印相が変わって、不審に思っているうちにとうとう鉢合わせてばれてしまうという話になっていました。
 印相の変化をもう少し工夫するともっと面白いかなとは思いましたが、脇正面の最前列に座っていた高校生風の若者たちには大いに受けていたようです。(大爆笑)

『山姥』
 都に百魔山姥(ひゃくまやまんば)という山姥の山廻りする有様を曲舞に作って、舞い聞かせる遊女がいました。そも遊女が従者を伴い、信濃の国・善光寺参詣へ旅立ち、越後・越中の境である境川へ到着します。
 所の者に善光寺への道を尋ねると、上道(かみみち)、下道(しもみち)、上路越(あげろごえ)の三つの道があり、上路越は阿弥陀如来が善光寺へ入られる時に通られた道だと語り、一行はその道を行くこととします。しかし、この道は一番険しい道で、乗り物に乗っては行けない為、乗り物を置いて歩いて行くことにします。
 ところが、急に日が暮れて暗くなり、一行が途方にくれていると、一人の女が現れ宿を貸そうと言います。女の家につくと、女は「山姥の曲舞」を見せるよう所望し、自分が本物の山姥であることを明かし、夜になったら本当の姿を見せようと告げ、姿を消してしまいます。すると、あたりはぱっと明るくなります。従者が所の者に山姥のことを聞き、やがて、夜になります。
 月明かりの元、山姥が真の姿で現れ、約束どおり山姥の曲舞を舞い、辺りの凄まじい深谷の様子や深山の景色、山姥の境遇、山姥が人間を助ける有様等を謡い舞い、その超越した哲学的な存在を語り、山廻りする有様を見せて姿を消していきます。

 山井さんは、ちょっと注目の若手だと思います。
 前シテの出の時、幕の内から「のうのう、お宿参らしょうのう」と言い、やがて橋掛かりを出てくる。その声、姿に、なにか異様な雰囲気が漂っていました。辺りが急に暗くなってどこからともなく一人の女が現れる。空気が変わったのを感じました。
 後シテの山姥の舞いは重厚な感じでゆっくりめの舞いが続きます。これは流儀によって舞いも違うのでしょう、以前見た「山姥」(何流だったか忘れました。たぶん、観世流)とは違う印象でした。最後の山廻りで早くなってすぐ終わります。でも、全体に気合、力強さをビンビン感じました。

 この能は間の語りが面白いです。山姥は何が変じてなったかの謂れを言うのですが、それが「山にあるどんぐりが熟して谷に転がり、葉が付き、性根が付き、どんぐりが目となって山姥となった。よって、人の大きな目をどんぐり目という」などど言う説。「4,5月ごろ、雨が降り続き、山の崩れた間にチリ、アクタが付き、目鼻が付き、白髪となって山姥となる」説。「山に立てた木戸が腐れ果て、蔦カズラが絡みついて性根ができ、山姥となる」説。そこで、ワキの従者に「木戸がなるものではない、山に住む鬼女のことだ」と言われ、間の曰く「木戸、鬼女?」(大爆)これ、笑いそうになりました。

 お囃子の笛は好みですが、やっぱり、隆之さんより幸弘さんのほうが好きですね。それから今回は、観世新九郎さんの小鼓の音がイマイチのような感じがして、鵜澤洋太郎さんの小鼓の音のほうが良かったように思いました。
2006年7月11日 (火) 千五郎狂言会
会場:国立能楽堂 19:00開演

「那須語」茂山千五郎

「仏師」すっぱ:茂山七五三、田舎者:茂山千三郎            後見:茂山逸平

「悪太郎」悪太郎:茂山千五郎、伯父:茂山千作、僧:茂山正邦    後見:茂山茂


「那須語」
 大蔵流の「那須語」は2回目ですが、前回忠三郎さんの「那須語」とはまた違う印象でした。迫力の中にも時々笑みも浮かべる忠三郎さんの「那須語」に対し、千五郎さんは終始厳しい表情で、大きく通る声での気迫を込めた語りでした。
 和泉流では「17、8なる遊君が・・・」というのを「17、8なる傾城(けいせい)」と言っていましたが(前回はメモしてなかったんでなんと言ってたか忘れてしまったんですが)、意味は同じのようです。
 様式性の強い語りの中にも写実味を感じる、やはり、人それぞれの個性が出るものです。

「仏師」
 和泉流では何回か(万作家以外も含め)見ていますが。大蔵流では初めてかもしれません。話の展開に変わりはありませんが、田舎者を騙すすっぱが仏像と仏師に入れ替わる場面の行ったり来たりが、ただ慌てて行ったり来たりするのではなく、田舎者が「仏師、仏師、仏師」「仏、仏、仏」と言いながら、すっぱと田舎者がそれぞれ対象に半円を描くような動きでリズミカルに音楽的に移動するところがとても面白かったです。
 千三郎さんの無骨そうな田舎者に、七五三さんの小ずるそうでヌケてるすっぱもぴったりでした。

「悪太郎」
 酒癖の悪い悪太郎が、酒を飲んで飲み足らないところに再三伯父に呼ばれているので、酒をねだろうと伯父の家へやってきます。予想通り酒をやめるよう意見する伯父にきっぱりやめると宣言。ところが、今宵限りの最後の酒だと言ってまんまと伯父に酒を出させることに成功します。飲み始めればいつものとおり、一杯では味が解らぬと、二杯、三杯と飲むうちにすっかり酔っぱらってしまいます。千五郎さんの酔い方、初めは酔って足下が少しふらついていても、まだそれほどでない。それが、大盃に二杯三杯と進むうちに声も様子もどんどん変わってくる。その変化が見事でした。
 すっかり酔っぱらって道ばたで寝てしまった悪太郎に、心配した伯父がついてきて道ばたで寝ているのを見つけ、長刀と小刀を取り上げ、派手な小袖のかわりに数珠と薄い小袖を置いて「今日から、お前を南無阿弥陀仏と名付くる」と言って帰っていきます。この時、和泉流のように髭を剃って、頭巾も変えるということはしませんでした。だから、悪太郎は髭のまんまです。伯父役の千作さんは、足の調子が良くないらしく、立ち上がる時に後見の茂さんの手を借りたり、盃をすすめる時も立たずに膝で向きを変えるなど、ちょっと大変そうでした。また、具合が良くなると良いのですが。
 さて、目が覚めた悪太郎は自分の家にいるつもりですが、道の真ん中に寝ているのに気づいてびっくり。さらに、長刀、小刀が無くなって数珠とペラペラの小袖が置いてあるのを見つけ、不思議に思いながら身につける悪太郎。そういえば、夢の中で「南無阿弥陀仏と名付ける」とお告げがあったような・・・。そこへ、念仏を唱えながら僧が登場します。名前を呼ばれたら答えねばなるまい。返事をして寄っていっても不審に思って無視する僧に、耳が遠いらしいと、そばに寄って大声で返事をする悪太郎(笑)。やがて、いつものように拍子にのっての念仏踊りに(大笑)。
 どうも変だと、理由を聞く僧に、子細を話す悪太郎。僧は納得して、悪太郎に南無阿弥陀仏の意味を聞かせます。これもお告げのおかげと仏道修行を決心する悪太郎に僧は「悪に強い者は善にも強い」と言って大いに喜び、悪太郎は僧の弟子になって諸国行脚の旅に出ます。
 正邦さんの僧もなかなかそれらしい貫禄があり、不審そうな表情も面白かったです。最後は和泉流と違い、はっきり僧の弟子になると言って二人で去っていく終わりかたでした。
2006年7月8日 (土) 第七回よこはま「万作・萬斎の会」
会場:横浜能楽堂 14:00開演

「連歌盗人」 男:野村万作、男:石田幸雄、何某:野村万之介  後見:深田博治

狂言芸話(七)野村万作

「賽の目」 聟:野村萬斎、舅:野村万之介、太郎冠者:月崎晴夫
       聟:深田博治、聟:高野和憲、娘:竹山悠樹
                                  後見:時田光洋

「連歌盗人」
 連歌の初心講の当番にあたった男は貧乏で準備ができず、やはり貧乏な同じ当番の男と相談して、金持ちの連歌仲間の家へ盗みに入ることにします。のこぎりで垣を引き切り座敷に忍び込むと、床の間の懐紙に「水に見て月の上なる木の葉かな」とあるのを見つけ、連歌好きの習いで、つい添え発句に脇句まで付けて楽しんでいるところを亭主に見つかってしまいます。しかし、連歌好きの亭主は、自分の第三句にみごと四句をつけたら命を助けようと言い、上手に付けたので二人を許します。盗人たちが顔見知りとわかった亭主は事情を聞き、二人に酒をすすめて、太刀と小刀を渡し、それをお金にかえて初心講の準備を整えるよう話して帰すのでした。

 三人の御大の共演により、貧乏で盗みに入ると言うのに、なんとものんきでまったりとした雰囲気が漂っています(笑)。初めから盗む気満々で、こんなこともあろうかと鋸まで用意万端で持ってきながら、大声で笑ってしまって慌てたり、垣を引き倒した音が大きくてびっくりしたり、座敷に入れば懐紙の句を見つけて、盗みも忘れて連歌に興じてしまう。根っからの悪人ではないからやること為すことヌケまくる(大笑)。
 万之介何某が刀を抜いて脅すのに怯えてビビリまくる二人ですが、粋な計らいに上手く句をつけ、命が助かったうえ、顔見知りと気づかれバツが悪そうにしながらも、気のいい万之介亭主にお酒まで振まわれてご機嫌になります。事情を聞けば、言ってくれれば助けたものをと、気前の良い亭主。お互い連歌を愛する風流人らしく、ほのぼのとあったかい気持ちになる終わり方です。3人のまったり、のんびり、まさに癒しの芸でした。

狂言芸話(七)
 詳細なレポは他サイトに載っていますし、メモをしてないので、詳しくは覚えていません。(^^;
 『翁』『三番叟』についての話でしたが、「ここに来るとつい口が滑ってしまって・・・」と言う万作さん。前日よりも控えて話すとのことでしたが、やはり少し言っちゃたかな?というところはありました。
 狂言方が『三番叟』を単独で演ずるようになった時、能のシテ方でもそれなら『翁』だけやろうと言うことでやったことがあったそうです。でも、すぐ、なくなったとか。「『翁』の前半だけじゃ面白くありませんから」(確かに)。「半能でも前半だけやるのはありません。」「序破急」でいうと急にあたるんでしょうか。確かに前半だけの『翁』じゃ面白くないかも・・・。『翁』も古い形から省略されて今の形になったわけですが、『翁』も『半能』も手軽に面白い見どころだけというのもいいですが、前半があるから生きる、全体の意味がわかるというのはあるわけで、一回は通しで見た方がいいですよね。まあ、それは、話とは離れますが・・・。
 シテ方が千歳をやる時は、最初は『翁』のシテ方のところに泊まって一緒に来るのだそうですが、何回か千歳をやってる人はそういうことは無いそうです。遠藤六郎さんという人が千歳をやった時に(何回かやった人だったので)なかなか到着しないので、気を揉んでいるとやっと到着した遠藤さんに故6世万蔵さんが「遠藤(遠路)六郎(ごくろう)さん」と言ったという話がありましたが、6世万蔵さんは結構ダジャレをよく言っていたという話を何かで読んだことがあります。以前カルチャーで6世万蔵さんのインタビュービデオを見たことがありましたが、万作さんや萬さんとはまた全然違った印象で、大きな声ではっきりシャキシャキとした話し方でした。小林責さんの話では、べらんめいの江戸っ子調ではなく、典型的な明治の東京人の話し方だったとおっしゃっていたのを思い出しました。

「賽の目」
 これは、『山本会』で山本家の「賽の目」を見ています。当然、今回の「賽の目」とは、また違った印象でしたが、今回は最後を工夫したということで楽しみにしていました。
 話の筋は和泉流、大蔵流とも同じです。
 有徳人が、計算に秀れた者を聟にすると高札を出し、聟候補が次々とやってくるわけですが、有徳人が出した500具(1具=2個)1000個のサイコロの目の合計はという問題に一人目も二人目も答えられず、三人目の男が見事に解いて聟になります。有徳人は娘を聟に会わせて退出しますが、聟が被いた布を取ってみると、あまりに醜女だったため逃げ出すという話です。
 最初に出てきた深田聟候補は、計算が得意と言いながら、手の指、足の指で数えようとして追い返され、そりゃ、どこが得意じゃ!と言いたくなります。(笑)大真面目にとぼけているようなキャラが面白い。
 二番手の高野聟候補は、そろばんがあれば出来るのにと言って、暗算で出来なきゃ駄目と追い返されます。
 三番手の萬斎聟候補、みごとに暗算で解いてみせるから舅は大喜び。これこそ聟にふさわしい!と、さっそく娘を連れてきて、これで家も安泰と聟に家督を譲ると宣言して退出してしまいます。
 さあ、美人の娘の顔が見たい聟さん。布を取って顔を見せておくれといっても、娘はいやいやをして顔をみせようとしません。萬斎聟さん、よいではないかと、無理やり被いた布をとってしまいます。どうもこの聟さんの表情がイヤラシイ代官っぽいんですよね(爆)
 ところが、娘の顔を見てフリーズ!!(爆)娘は580年萬万年も連れ添おうぞと迫ってくるわけですが、すっかり逃げ腰の聟さん。ところが、逃げようとする聟さんを引っ張って、そのままスーっと背中に負ぶって行ってしまいます。(爆・爆)その負ぶさる時のタイミングが見事!吸い寄せられるように背中に乗ってしまう。自分から乗っかるというふうにはまったく見えません。橋掛かりを「降ろしてくれい、降ろしてくれい」と叫ぶ聟さんを負ぶって堂々と退出していく竹山嫁も見事で、あっと驚く大笑いの楽しい演出でした。でも、これは、古態の演出なのだそうです。昔はこういう面白い留めもあったんですね。
2006年7月5日 (水) 第18回市川狂言の夕べ
会場:市川市文化会館小ホール 18:30開演

解説:深田博治

「内沙汰」 右近:野村萬斎、妻:石田幸雄      後見:時田光洋

「蝸牛」 太郎冠者:野村万之介、主:月崎晴夫、山伏:深田博治   後見:野村良乍

 RO−ONさんの会ですが、千葉県人には帰りが近いのがメリットで、番組が分からないうちから、ついつい予約してしまいます。それにホール公演にしては結構珍しい曲もやるようです。
 解説は深田さん、以前は石田さんが解説をしていましたが、最近は深田さんと高野さんが交代で解説をしているのでしょうか、若手も解説の練習ということでしょう。まだまだ、ぎこちなさと硬さが取れない解説ではありますが、きっちりと演目の解説をしているという感じです。

 「内沙汰」はホールでやることの少ない演目とのこと、私は国立能楽堂で観たことがありますが、だれにでも分かる一般向けの演目ではないかもしれませんが、面白い曲だと思います。「沙汰」というのは訴訟のことで、うちの中で訴訟の練習をするから「内沙汰」。大蔵流ではシテの右近と訴える相手の左近の名をとって「右近左近(おこさこ)」と言います。しかし、左近は出てきません。訴訟の練習でも大蔵流では自分の役だけやるのに、和泉流では、はじめに左近の役を右近がやってみせます。

 お百姓の右近が、伊勢参りに妻を誘いますが、妻は金持ちの左近が一緒だと言うので、馬に乗っていく左近の後を歩いていくのは家来のようで嫌だと言います。ところが、右近は左近の牛は自分のものだから牛に乗っていけばいいと言い出します。聞けば、左近の牛が自分の田の作物を食べたので、訴ったえれば、自分の牛になると言います。もともと口下手で気の小さい右近にそんな上手くいくわけがないと思った妻は家で訴訟の稽古をすることとします。地頭役の妻を相手にさっそく稽古を始めますが・・・。
 まず、左近の役になってはじめると、門を入るところからあちこちと如才なく挨拶してまわり、地頭の元に行ってもきちんと自分の主張をして帰ってきます。これなら上々と、今度は自分の役をやってみると、途端に現実に戻るのか、さっきの落ち着いた如才なさはどこへやら、地頭のところへも行ったことがない右近は門を入るところからビビリまくり(笑)門番にとがめられて平身低頭、地頭の前に行けば「わわわわ・・・」と結局、地頭役の妻に次々とまくし立てられて目を回して倒れてしまいます。
 妻に起こされて我に返った右近に妻はそんなことでは勝ち目はない、やめなさいと言いますが、すると右近、なんと、お前と左近が浮気をしているところを見たといいます。お前の恥だから黙っていたといわれ怒った妻、「それは、あなたの恥でしょう!」「腹立ちや、腹立ちや」で右近をなげとばして去っていきます。
 さんざんな目にあって起き上がった右近は去っていく妻に、おれとお前は夫婦じゃわいやい!と言って寂しく立ち上がりとぼとぼと去っていきます。
 以前見た時、この「夫婦じゃわいやい」が「左近とお前は」に聞こえ不思議に思っていましたが、「右近とお前」だったのかもしれません。それなら納得がいきます。
 萬斎右近の腰抜けぶりが可笑しくて、石田妻はそんな夫に奮起してもらいたいしっかり者の姉さん女房という雰囲気です。また、他の人が演じると、きっとずいぶん違う感じになるんでしょうね。

「蝸牛」
 オーソドックスでよく演じられる楽しい演目なので、何度か見ていますが、今回は深田さんの山伏です。この日の深田さんは解説の時から声がかれていて謡いの多いこの役はちょっと気の毒でした。それでも、役に入ると、しっかり謡いとおしていました。山伏にのせられるとついつい囃子にのってしまう万之介さんのおとぼけぶりがぴったりで、実直そうな月崎主人まで、ついには「面白そうだ」とのってしまうのも分かる気がします。この曲、最近は皆で浮かれて入る浮かれ入りが多いようですが、やはりそれが一番この曲らしい楽しさがあります。山本家だと、自分の意思に関係なく山伏の拍子に体が動いてしまうという感じが独特の面白さをかもし出していますが、和泉流では主人自ら「面白そうだ」と言って加わるかたちになっています。
2006年7月5日 (水) 国立能楽堂7月定例公演
会場:国立能楽堂 13:00開演

復曲狂言「独り松茸」 シテ(何某):茂山千之丞

能『錦木』
 シテ(男・男の霊):渡邊荀之助
 ツレ(女・女の霊):渡邊茂人
 ワキ(旅僧):安田登
 ワキツレ(従僧)高橋正光、野見山光政
 アイ(所の者):茂山正邦
     笛:一噌幸弘、小鼓:清水晧祐、大鼓:亀井広忠、太鼓:三島卓
     後見:今井泰行、佐野登
     地謡:和久壮太郎、小林晋也、野月聡、山内崇生
         金井雄資、小倉敏克、武田孝史、辰巳満次郎

「独り松茸」
 一人狂言では、和泉流の「見物左衛門」を万作さんで拝見し、大蔵流山本家で復曲された一人狂言の「とちはくれ」も東次郎さんで拝見しました。「独り松茸」は、大蔵八衛門派の古い台本にあった江戸末期頃の創作らしいのですが、廃曲になっていたものを、千之丞さんが復曲上演され、再演をされてきたものだそうです。

 あらすじは、一人で松茸狩りに出かけた男が、蛇に驚いたり石に滑ったりしながら山にたどり着き、猪を撃つ鉄砲の音に気味悪い思いをしたりしながらも松茸を見つけて次々に採っていきます。夢中で採っていると猪が出てきて驚きますが、石を見間違えたと知って谷へ落とし、景色も良いので持って来た酒を飲み、松茸を焼いて一人で酒宴を始めます。ところが今度は本物の猪があらわれたので驚いて逃げていくという話です。

 寝不足なところに、食後の睡魔が襲ってくる時間だったので所々記憶が途切れてしまったのが、なんとも残念で、またあったらもう一度見てみたいと思います。やはり、一人で演ずるというのは、演者の力量がないとつまらない舞台になりかねませんが、さすがに千之丞さん、ちょっととぼけた雰囲気としっかりとした様式性を持ちながら写実的な表現が、その場の風景や様子を生き生きと見せてくれます。猪に驚いたら石だと気づき、なんだ脅かしやがってという感じで石を谷底に落としたり、最後はご機嫌で謡い舞いしているところへ本物の猪があらわれ、慌てふためいた男が「助けてくれい、助けてくれい」と言って、時々振り返りながら小走りに逃げて幕入りする様はなんとも可笑しく、すごく臆病者というわけではないけれど、ちょっと小心な、でも普通の男の有様をリアルに面白く描き出していました。

 万作さんの「見物左衛門」千之丞さんの「独り松茸」そして心理描写に力をいれた東次郎さんの「とちはくれ」と、三人三様の個性のある舞台で、また違う人がやったらどんな舞台になるのか興味をひかれる一人狂言でした。

『錦木』
 旅の僧が修行の途中、陸奥の狭布の里へ着き、そこで、錦木を持つ男と細布を持つ女に出会います。どちらもこの土地の名物だというので、僧が謂れを尋ねると男は、思う女の家の門のところへ毎日錦木を立てる風習について語り、さらに、女がその錦木を取り入れないために三年間も立て続けた男もいたと述べます。そして、その男の跡である錦塚に僧を案内したあと、男と女はその塚の中に入ってしまいます。
 僧たちが読経していると、男と女の亡霊が塚から現れ、二人は昔の有様を再現してみせます。男は錦木を運び、門を叩きますが答えはなく、家の中から聞こえるのは細布を織る機の音ばかり、夜も明けてすごすごと帰っていく男。1年、2年経ち、ついに錦木も千度になっても女はつれないままで、生前男の思いが報われることはありませんでした。しかし、男と女は死後に夫婦となり、男はその喜びに舞を舞うのでした。
 やがて、夜がしらじらと明けはじめると、錦木も細布の夫婦の姿も消え、野中の塚だけが残っているのでした。

 恋する男が、いくら想いを伝えても、女がそれに応えてくれない。想いを遂げることのできなかった男の恨みをこめた能というのは、いくつかありますが、この能では、恋の恨みや妄執を見せながらも、最後に死後に結ばれた喜びを強く出すことによって、美しさと暖かさを感じる後味の良い能になっています。
 「錦木は立てながらこそ朽ちにけれ、けふの細布胸合はじとや」の和歌を引用して、錦木と細布の謂れが語られ、後場では作り物の塚が人家となり、女が細布を織る家の中となります。黒頭の男が三年千度まで錦木を立て続けても、つれない女への恨みをぶつけますが、「錦木は、千束になりぬ、今こそは、人に知られぬ、閨(ねや)の内見め。」の歌の後、死後に結ばれた喜びの舞となっていきます。早舞は晴れ晴れとして美しく、二人で去っていく後姿にも暖かさを感じました。