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能楽鑑賞日記

2016年10月30日 (日) 茂山狂言会特別公演 五世茂山千作十四世茂山千五郎襲名披露公演
会場:国立能楽堂 11:00開演

『翁』烏帽子祝言
 翁:友枝昭世
 三番三:茂山千五郎
 千歳:茂山虎真
  大鼓:亀井広忠
  小鼓頭取:曽和正博、脇鼓:住駒匡彦、曽和伊喜夫
  笛:藤田六郎兵衛
   後見:内田安信、狩野了一
      地謡:金子敬一郎、粟谷浩之、友枝雄人、粟谷充雄
          粟谷明生、粟谷能夫、香川靖嗣、中村邦生
      狂言後見:茂山茂、島田洋海

「三本柱」
 果報者:大藏彌右衛門
 太郎冠者:大藏吉次郎
 次郎冠者:大藏彌太郎
 三郎冠者:大藏基誠
   大鼓:亀井広忠、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田次郎

狂言語「語那須」
 山本東次郎     後見:山本則秀

「庵梅」
 老尼:茂山千作
 女たち:茂山逸平、茂山童司、井口竜也、島田洋海、山下守之、茂山宗彦
    後見:茂山千五郎、丸山やすし
      地謡:松本薫、茂山七五三、茂山茂、増田浩紀
        大鼓:亀井広忠、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田次郎

脇語「船中ノ語」 宝生欣也
独吟「業平餅」 野村萬

「二人袴」
 兄:善竹富太郎
 聟:善竹大二郎
 舅:善竹十郎
 太郎冠者:大藏教義
   後見:大藏基誠

小舞
「盃」 茂山連
「土車」 茂山鳳仁
「吉の葉」 茂山竜正
    地謡:島田洋海、茂山茂、茂山宗彦、井口竜也

「蝸牛」
 山伏:茂山七五三、太郎冠者:茂山あきら、主:松本薫     後見:網本正美

小舞
「住吉」 野村万作
「鮒」 野村萬斎
     地謡:中村修一、深田博治、高野和憲、内藤連

「花子」
 男:茂山千五郎、妻:茂山茂、太郎冠者:茂山童司
     後見:茂山宗彦、茂山逸平

附祝言

 当主の襲名披露公演だけあって、人間国宝揃い踏みの超豪華メンバーで会場も満席。公演も地元の京都をはじめ大阪、名古屋、東京とそれぞれ別の演目と各地の大蔵流と和泉流の狂言師、能のシテ方等の助演も受けて、さすが茂山千五郎家です。

『翁』烏帽子祝言
 天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈祷する祝言舞です。
 面箱と千歳は、14世千五郎さんの双子ちゃんの次男虎真くん。大きくなったなぁ。
 面箱の扱いもしっかりと、露払いの千歳の舞も元気いっぱいでした。
 友枝さんの翁は久しぶりに観ますが、出て来る時から運びが美しくて、床に吸い付くようにスー、スーと進んで、全く身体がブレない。翁舞も荘厳な雰囲気です。
 正邦改め千五郎の三番三、洗練された万作家の三番叟とは違い、土の臭いと力強さ、そしてカッコよさもありました。
 「烏帽子祝言」というのは、鈴ノ段の前に黒尉をつけた三番三が翁や千歳にそれぞれの着けている烏帽子の名について問答を交わすというものでした。

「三本柱(さんぼんのはしら)」
 果報者が太郎冠者、次郎冠者、三郎冠者に家を新築するための柱を山に取りに行かせますが、そのさい、三本の柱を三人が2本ずつ持って来るよう、謎かけのようなことを言います。山に着いた三人は思案しますが、柱をたまたま三角形に並べてその端を2本ずつ持てば良いことに気づき、謎を解いて三人で2本ずつ持ち、賑やかに囃子物をしながら帰って来ます。それを聞いた主人は謎を解いたことを知り、急ぎ家に招き入れて、一緒に囃子物にのって終わります。
 これも祝言もののおめでたい曲です。
 大藏宗家の彌右衛門さんはじめ、大藏家の主だった面々でめでたく演じられました。彌右衛門さんの声はちょっと聞き取りにくいところがあるのが、少々難ですが(^^;)

「語那須(なすのかたり)」
 能『屋島』の中で狂言師が、屋島の戦いの時に那須与一(和泉流では奈須与市)が平家が舟に掲げた扇の的を射落とした話を仕方語りで語るものです。
 山本東次郎さんは、動きの激しい仕方語を御年79歳とは思えないキレの良い動きで、発声もハッキリと鮮やか。さすがでした。

「庵梅(いおりのうめ)」
 梅の花が盛りと咲いている老尼の庵に、大勢の女たちが梅見にやって来ます。持参した和歌の短冊を詠んで梅の枝にかけたり、用意したお酒で酒宴となり、順に舞い謡い、老尼も勧められて、昔を思い出しながらひとさし舞います。やがて、女たちは帰り、老尼はそれを見送って庵に入ります。
 老女物のおめでたい曲です。目付柱の辺りに梅の作り物が置かれ、正面後ろの大小前に老尼のいる庵の作り物が置かれます。
 女たちが囃子物にのって登場し、庵の作り物の引き回しが下ろされ老尼が小歌を歌っています。5世千作さんも小さいお婆さんという感じになって可愛らしく、女たちと明るく楽しそうに舞い謡うところが良いです。でも、庵の出入りでちょっと引っかかりそうになり、やっぱり骨折いらい足元にはちょっとハラハラします。

 この後、20分休憩

脇語「船中ノ語(せんちゅうのかたり)」
 能『船弁慶』の後半で、西国に落ちのびる船の中で、ワキの弁慶が語る一ノ谷の戦語りです。
 宝生欣也さんの語りは、声も良く所作も美しいです。

独吟「業平餅(なりひらもち)」
 狂言「業平餅」で、お金を持たない業平が餅屋の主人の前で謡う餅づくしの謡です。
 お腹が空いた業平が何とかお餅を食べたいと思って謡うので、餅づくしのめでたさと、ユーモラスな面もある謡ですが、独吟で萬さんが謡われるとちょっと緊張して聴いてしまいます。86歳とは思えないしっかりした良いお声でした。

「二人袴」
 分かりやすくて面白い婿入り物の狂言です。
 結婚して初めて舅に挨拶に行く聟さんは、恥ずかしいからと兄について行ってもらいます。兄に門前で待っていてくれるように頼んで、舅と対面する聟ですが、太郎冠者が門前にお兄さんが来ているというと舅は兄も呼んでくるよう太郎冠者に命じます。
 聟は太郎冠者を制して自分が呼んでくると言い、ことの次第を兄に話しますが、袴が一枚しか無いため、兄は弟の袴をはいて中に入ります。また舅に聟がいないと言われ、あわてて取って返し袴をはかせますが、それを繰り返すうち、二人揃って来て欲しいと言われ、袴を取り合ううちに袴が裂けてしまいます。
 そこで、おのおの裂けた袴を前にあててごまかし、後を見られないよう注意して入ります。酒宴となり舞いを所望された聟は、舅と太郎冠者の目をなんとか逸らして舞うものの、舅とともに3人で舞うこととなって、太郎冠者に後ろを見られてしまい、2人は恥ずかしさのあまり逃げ出し、舅と太郎冠者は慌てて追って行きます。

 和泉流で観る時はいつも配役が親子ですが、茂山家で観る時は兄弟が多いです。その時の配役によって親子になったり兄弟になったりする演目です。
 善竹十郎家の親子三人に大藏教義さんが太郎冠者を演じましたが、大二郎さんが初々しい聟さんで、富太郎さんはしっかり者だけど弟に甘くてちょっとトボケタ雰囲気のお兄さん、十郎さんのおおらかな舅と教義さんの機転の利きすぎる太郎冠者がそれぞれいい味を出してて、いつみても面白い曲です。

小舞「盃」「土車」「吉の葉」
 茂山家の子供たちの小舞。茂さんの長男蓮くん、14世千五郎さんの3男の鳳仁くんと双子ちゃんの長男竜正くんの3人。子供って大きくなるのが早い、一生懸命舞う3人を観てると可愛くて、思わず顔がほころんじゃいます。

「蝸牛(かぎゅう)」
 山伏は早朝に旅立ったため眠くなり、てごろな竹藪に入って休むことにします。
 一方、長命な祖父にますます長生きしてもらうには蝸牛(かたつむり)を食べさせるのがよいと聞いた主人は、太郎冠者に蝸牛をとりに行くよう命じます。
 蝸牛がどんなものか知らない太郎冠者は、主人から「竹藪には必ずいるもので、頭が黒く、腰に貝をつけて、時々角を出す。歳を経たものは人ほどの大きさになる」と教えられ、竹藪に行くと、そこで寝ている山伏を見つけます。
 もしや蝸牛ではないかと問われ、からかってやろうと思った山伏は太郎冠者の言う特徴にいちいち合わせて見せるので、喜んだ太郎冠者は、一緒に来て欲しいと頼みます。
 山伏は、それならば囃子物がないと動かないと言って、太郎冠者に囃子物を謡わせて、二人で浮かれていると、太郎冠者の帰りが遅いのを心配した主人が迎えに来ます。見ると二人が囃子物で戯れているので、主人は太郎冠者を叱りますが、熱中している太郎冠者の耳には入らず、一旦は承知しても、すぐ囃子物に我を忘れてしまいます。ついには主人まで巻き込まれて、3人で浮かれてしまいます。

 カタツムリと山伏を間違えるという、狂言らしいぶっ飛んだ話ですが、「デンデン、ムーシムシ」と、テンポのいい囃子物の楽しさに観てる方もノッちゃいますね。珍しいベテラン3人での「蝸牛」でしたが、七五三さんの山伏がなんかトボケててイイ(^^)

 ここで2度目の休憩

小舞「住吉」「鮒」
 「住吉」は能『高砂』の謡曲をもとにした狂言小舞のようです。おめでたい曲です。
 万作さんの「住吉」と萬斎さんの「鮒」で、円熟と壮年、静と動を対比したような選曲になっていました。

「花子(はなご)」
 洛外に住む男が、以前、美濃国の野上でなじみになった遊女花子から都に上ってきたので、会いたいと手紙が来たので、なんとかして会いに行きたいと思いますが、妻がうるさいのでなかなか出られません。
 そこで、男は一計を案じ、最近夢見が悪いので、諸国の寺々にお参りに出かけたいと言いますが、妻は長い間離れるのは嫌だと言い張って、どうしても承知しません。
 それでも、何とかしたい男は、持仏堂にこもって一晩座禅をすることを何とか承知させ、修行の妨げになるので、決して覗きに来るなと念を押します。そして、太郎冠者に座禅衾を被せて身替りにし、いそいそと花子のところへ出かけていきます。
 妻は夫の様子が気になって、持仏堂を覗き、あまりに窮屈そうなので、座禅衾を無理にとってしまいます。
 現れた太郎冠者を見て真相を知り、激怒した妻は自分が座禅衾を被って、夫の帰りを待ち受けます。
 そうとは知らない男は、花子との再会に夢うつつで帰ってくると、その夜の一部始終を太郎冠者だと思って語って聞かせますが、座禅衾を取り除くと、妻が現れたので驚き、怒り狂う妻に追いかけられて逃げ惑います。

 後半の花子との逢瀬を語る場面が生っぽくならないよう、長い舞い謡いで語るのが見せ所の「釣狐」と並ぶ重い習いの曲です。
 ほとんど一人芝居になる謡い舞いが、そうとう体力のいるものだと思います。華やかで美しい萬斎さんの「花子」とまた違った感じで、普通の男が思わぬ楽しい一夜を過ごしたのを誰かに話したいという雰囲気が伝わってきます。話してるのは奥さんなのにね。座禅衾を被りながら中では怒りにわなわな震えている妻。いや〜仕返しが怖い。
 14世千五郎さん、見応え聴き応えのある襲名にふさわしい曲で、本当にお疲れ様でした。
2016年10月28日 (金) 茂山良暢舞台三十周年記念 忠三郎狂言会
会場:国立能楽堂 18:45開演

「萩大名」
 大名:善竹十郎、太郎冠者:大藏教義、庭の亭主:大藏吉次郎   後見:石倉昭二

「鳴子遣子」
 茶屋:大藏彌右衛門、野遊山人(甲):善竹大二郎、野遊山人(乙):善竹富太郎
                   後見:安藤愼平

「狸腹鼓」
 尼・狸:茂山良暢、狩人:大藏彌太郎
  笛:寺井宏明
                   後見:大藏基誠

「萩大名」
 先日の「ござる乃座」に続いて、こちらは大蔵流の「萩大名」です。あらすじは、和泉流も大蔵流もほぼ変わりませんので、省略します。

 善竹十郎さんの大名は、いかにも大らかな田舎大名。萬斎さんは憎めない可愛らしさはあるけれど、田舎大名という感じはあまりしませんが、やっぱり持ち味とか、年を重ねた味わいの違いということもあるので、それを感じるのもまた面白いです。

「鳴子遣子(なるこやるこ)」
 二人の男が一緒に野遊山に出かけ、田を見て、鳥脅しの道具を見つけ、一人が「山田に掛けし鳴子までが、またひとしほの眺め」だと言うと、もう一人が,引いて放して向こうへ遣る時に鳴るから遣子だ、と言って言い争いになります。どちらも引かず、ついにそれぞれの脇差しを賭けて、街道の茶屋の主人に判定を頼むことにします。二人はそれぞれ、「薪はいらぬか」「炭はいらぬか」と、そっとファウル・プレイを試みますが、いよいよ判定の段になると、主人は西行出家の故事や歌を語り聞かせ、論争を戒めたかと思うと、「奪合う物は中からとる」と言うものだと、賭け物を持ち去ってしまいます。

 最後は、先日観た「萬狂言」の「茶壺」と同じ趣向で、判定に賄賂を使おうとするところは「佐渡狐」に似てたりします。
 富太郎さん大二郎さんの兄弟の息の合ったやり取りと、コッソリ賄賂を使って有利にしようとする可笑しさ(笑)、ところが落ち着いた貫禄の彌右衛門宗家がまさかの持ち逃げ(笑)

「狸腹鼓」
 山一つ向うの宇多野に、夜な夜な大きな狸が餌を求めて出没し、ある時には、月に浮かれて腹鼓を打つと聞きます。一人の狩人が、それを射て獲ろうと言います。
 一方、さきごろ子狸をもうけた女狸が、子狸をねぐらに置いて餌捜しに出かけます。尼に化けた狸が、おりからの月に興じ、小歌を歌いながら餌を探していると、狩人と出くわしますが、狩人は尼と話すうち狸が巧みに姿を変えたものと見破り、一矢に射殺そうとします。狸はねぐらに待つ子狸のことを言い、しきりに命乞いをすると、狩人は「もののあはれを知らぬは木石に異ならず、というによって、命を助けてやろうが・・・いまここで腹鼓を打て」と言います。そこで狸は本来の姿にかえって、腹鼓を打って猟師と共に興じます。

 「釣狐」と同じ、重い習いの曲ですが、狐のような緊張感より、どことなく愛嬌があります。
 また、流派や家によってもいろいろな形があるそうです。
 和泉流だとお腹に子供のいる狸なので、腹鼓もお腹を庇いながらですが、大蔵流では、子狸を置いて餌捜しに来た親狸です。良暢さんの女狸は腹鼓を打つ仕草にも何とも愛嬌があって、見所からも思わず温かい笑い声が起こります。
 プログラムに「狸」の狂言面を作られた見市泰男さんのお話が載っていましたが、良暢さんの狂言師としての面へのこだわり、伝統を踏まえつつ柔軟な工夫で新しい表現を模索する姿勢など、興味深い話でした。
2016年10月23日 (日) 狂言ござる乃座54th
会場:国立能楽堂 14:00開演

「萩大名」
 大名:野村萬斎、太郎冠者:内藤連、亭主:深田博治   後見:中村修一

「連歌盗人」
 男:野村萬斎、男:石田幸雄、何某:野村万作     後見:月崎晴夫

「首引」
 親鬼:高野和憲
 鎮西八郎為朝:岡聡史
 姫鬼:中村修一
 眷属:月崎晴夫、金澤桂舟、内藤連、飯田豪
    後見:深田博治

「萩大名」
 訴訟のため長らく都に滞在していた田舎の大名が、所領を安堵されるなどして、めでたく帰国することになり、出立前に気晴らしをしようと思い太郎冠者に相談すると、清水寺近くの茶屋の庭に咲く萩の花を見物することを勧められます。そこでは当座(即座)に萩の和歌を詠むことになっているとので、和歌に馴染みのない大名に、太郎冠者は聞き覚えた和歌「七重八重九重とこそ思いしに十重咲き出づる萩の花かな」を教えますが、大名はなかなか覚えられません。そこで、太郎冠者は物によそえて語句を思い出す工夫をします。茶屋に着いた大名は庭に案内され梅の古木や庭石を見て、失言を重ね、さて、歌を詠むことになりますが、太郎冠者のせっかくの合図もなかなか通じません。とうとう太郎冠者はあきれて途中で姿を隠してしまいます。あわてた大名に、亭主が末句を催促しますが、どうしても出てこず「太郎冠者の向う脛」と付けて、亭主に叱られ、面目を失ってしまいます。

 「萩大名」の大名も年齢を重ねるともっと柔らかく、洒脱なものになってきますが、パンフレットに「相手を勤める若手に基本を見せる意味では様式にのとった剛直さを意識したい」と書いてありました。
 そう思って観てみると、真面目そうな内藤太郎冠者と深田亭主に、硬さはあれどもやっぱり萬斎大名は憎めない可愛らしさを発揮してます。最後の「太郎冠者の向う脛」はちょっと見得を切ったよう(笑)

「連歌盗人」
 連歌の初心講の当(当番)あたった男が、金の工面が付かず合当(共に当番をする相棒)と相談して、知人の有徳人の家に盗みに入ることにします。有徳人の家の裏から葦垣を破って座敷に忍び込むと、床の間に茶道具が無造作に置かれ、そこに「水に見て月の上なる木の葉かな」と書かれた懐紙を見つけます。連歌好きの二人は、つい添え発句に脇句まで付けて楽しんでいるところを亭主に見つかってしまいます。やはり連歌好きの亭主は、自分の第三句にみごと四句めを付けたら命を助けると言って詠みかけると、上手に付けるので、亭主は二人を許し、顔見知りの者だと知ると、事情を聞き、酒をすすめて、太刀と小刀を与えます。

 当時は連歌が庶民の娯楽として流行り、金持ちも貧乏人も連歌を楽しんでいたようですが、それにしても貧乏人には当にあたるのは、荷が重かったようですね。だからと言って知り合いの金持ちの家に盗みに入るとは、なんと短絡的な。それでも亭主も連歌好きだから事情を聞いて、太刀と小刀まで渡してめでたしめでたし。はじめから借りればよかったのにと思っちゃいますけど(笑)。
 でも、何ともおマヌケな二人の泥棒さんと、皆連歌好き同士の風雅さ、情の温かさで、最後はほっこりします。やっぱりベテランコンビは磐石で、安定感と説得力ありますね。

「首引」
 力自慢の豪勇で有名な鎮西八郎為朝が、夕方に播磨国印南野(いなみの)を通りかかると、鬼が現れて威嚇し、娘の姫鬼と自分とどちらに食べられたいかを尋ねます。為朝が姫鬼を選ぶと、親鬼は姫鬼を呼び出して人間の食い初めをせよと言います。姫鬼は恥ずかしがりながら、親鬼に促されて為朝に近づくと、扇で叩かれ、泣いて親鬼のところに戻ってきます。為朝は、姫鬼と勝負して負けたら食べられようと言い、腕押し、すね押しの勝負をしますが、どちらも為朝が勝ち、今度は首引きをすることになります。また姫鬼が劣勢になると、親鬼は一族の鬼たちに加勢させますが、それでも鬼たちは引かれて行き、急に為朝が綱を外して逃げたので、将棋倒しになってしまいます。

 いつも姫鬼役が定番の高野さんが親鬼役で、中村さんが姫鬼役。岡さんの為朝はキリリとした武将の感じ。中村さんの姫鬼は親鬼の高野さんより大分背が高いけれど、何とも可愛らしいです。キュートっていう感じですかね。高野親鬼も大きな声で親鬼の迫力と娘に甘々な親ばかぶりのギャップが出ていて、なかなか適役かも。
 世代交代の若手陣もこれから楽しみです。
2016年10月10日 (月・祝) 萬狂言 秋公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:野村万蔵

「樋の酒」
 太郎冠者:野村萬、主人:野村拳之介、次郎冠者:能村晶人

「茶壺」
 すっぱ:野村万蔵、中国の者:大藏彌太郎、目代:山本泰太郎

「奈須与市語」  河野佑紀

「釣針」
 太郎冠者:野村万禄
 主人:野村虎之介
 奥様:野村眞之介
 腰元:能村晶人、吉住講、山下浩一郎、泉愼也、炭光太郎
 妻:小笠原匡

「樋の酒」
 主人が用事を済ませるため、太郎冠者には米蔵、次郎冠者には酒蔵の番を任せて出かけて行きました。二人揃っての留守番は珍しいため、それぞれ任された蔵の小窓を通して会話をしていましたが、しばらくたって太郎冠者が小窓から覗いてみると、次郎冠者は蔵の中の酒を飲んでいました。主人に蔵を離れるよう言われたため、太郎冠者は米蔵から出ることができません。羨ましがる太郎冠者に何とか酒を飲ませたいと思った次郎冠者は蔵の間に樋を通して酒を流して飲めるようにします。とうとう二人は酒蔵で一緒に舞い、謡い、賑やかな酒盛りとなります。戻った主人は酒盛りをする二人を見つけて叱りつけ追いかけます。

 米蔵の番をしている太郎冠者が蔵から出られないというので、酒蔵から樋を通してお酒を流すなんて、何としてもお酒が飲みたい執念(笑)。縛られてもお酒が飲みたい「棒縛」でも酒飲みの執念スゴイですけど(^^;)
 でも、後で結局、あっさり酒蔵に行って酒宴を始めちゃうならどっちでも同じじゃないと思っちゃいます(笑)。大蔵流だと、それぞれ別の蔵の中で謡い舞うそうですが、大蔵流の「樋の酒」って、まだ観てないかもしれない。

 萬さんと晶人さんの太郎冠者と次郎冠者は、酒宴もどこか品よく、万蔵さんが解説の時に仰ってたとおりです。拳之介くんの主人は、まだ若々しくて、萬さんの老練な太郎冠者にはやっぱりしてやられちゃうという感じ。最後に太郎冠者が主人が扇子で打とうとするのを止めて何をするかと思いきや、もう一杯と酒を飲む(大笑)。その間(ま)が最高。

「茶壺」
 お茶の葉をつめた茶壺を背負った男が、酒に酔って道中で寝込んでいると、そこへすっぱ(詐欺師)が通りかかります。すっぱは男の茶壺を取ろうとしますが、肩紐の一方が男の腕にしっかりとかかっているため簡単には奪えません。そこで一計を案じ、片方の紐に腕を通して横になり、目覚めた男と取り合いになりますが、どちらも一歩もひきません。そこに通りかかった目代(役人)が止めに入り、どちらの物か判定してもらうことになります。
 しかし、男が目代に事情を説明すると、すっぱは盗み聞きをして同じ説明を繰り返し、困った目代は、茶を詰めた記録を二人同時に舞い語らせます。それでも、判断がつけられないとなると、突然、目代は「昔から奪い合う物は中から取るという」と言って、茶壺を持ち去ってしまい、驚いた二人は慌てて追いかけます。

 異流狂言ということで、流儀の違う大藏流の大藏彌太郎さん、山本泰太郎さんとの共演。同じ大蔵流でも山本家は台詞の抑揚も独特なものがあり、三人三様で、初めは万蔵さんが大蔵家の舞いに合わせようと思ったらしいのですが、それぞれの家の型でやろうということになったそうで、舞い謡いの違いをそのまま見せるのが、また面白かったです。
 萬斎さんが茂山千五郎家と一緒に小舞を舞う「新春名作狂言会」のような趣向で、それぞれ随分と舞いの型が違うのですが、彌太郎さんが時々舞いを留め「・・・をー」と言って万蔵さんと顔を見合わせると、万蔵さんも「をー」と合わせる。そういう場面が何回かあって、それがなんとも可笑しくて、その度に笑いが起こりました。
 最後は泰太郎さんが、大真面目な顔でちゃっかり茶壺を持って行ってしまうのですが、ずっと表情をほとんど変えないのが山本家の特徴。一瞬、ポカンとしたような二人が慌てて追いかけて行き幕入り。
 それぞれの家の特徴が出ていて、それでいて上手くまとまってて違和感なく面白い。いいものを見せてもらいました。

「奈須与市語」
 『平家物語』に出て来る奈須与市が船上の扇の的を射落とす場面の語り物ですが、能『八島』の特殊演出の間(アイ)狂言で、判官義経と実基、与市の三人を演じ分ける重い習物として扱われます。今回は万蔵さんのお弟子さんの河野佑紀さんが入門5年目の披きです。
 なかなかキリッとしたお顔のイケメンで、声も良く、仕方の動きも迫力あって良かったのですが、やはり緊張してたのか、台詞が出てこないところがあり、後見の万蔵さんから3回プロンプが入りました。

「釣針」
 主人が妻を授けてもらおうと、ご利益があると評判の西の宮へ太郎冠者を連れて参詣に向かいます。参拝を済ませ、その晩、神社で通夜をしていると、主人は西の門に置かれた釣針で妻を釣るようにと霊夢を賜ります。早速太郎冠者と西の門へ行くと、たしかに釣針があり、家に戻って太郎冠者が拍子にかかって奥様を釣り上げ、続いて腰元も釣り上げます。最後に太郎冠者も自分の妻を釣り上げます。主人と奥様、腰元たちが奥の部屋に引き上げると、太郎冠者は、妻と対面しようとしますが、妻は恥ずかしがってなかなか被きを取ろうとしません。無理やり取るとあまりの醜女に驚き、逃げようとしますが、妻が抱き付いてくるので、振り払って逃げ、妻は後を追いかけて行きます。

 万禄さんの太郎冠者がトボけた感じで面白いです。初めて対面する妻の顔を見て、あまりの醜女の腰を抜かしたり、フリーズしたりする演目は他にもありますが、妻を釣り上げたり、醜女だと分かると逃げ出すなんて、今だったら随分な差別で問題になりそうですが、まあ、そこは昔の軽い冗談と、あまり目くじら立てずに男っておバカだなあと笑っちゃいましょう。
 萬斎さんだと、主人の奥様を奥に促す時、ちょっと覗いて「あれ?」見目の良いのをお願いしたはずなのに・・・。という感じに見えてたけれど、今回、万禄さんの演じた感じでは、すぐに立たない奥様を促した感じに見え、顔を覗きみて、戸惑ったのではないように感じました。もしかしてこっちの方が見方として正しいのかな。