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能楽鑑賞日記

2017年4月27日(木) 第78回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

解説:石田幸雄

「墨塗(すみぬり)」
 大名:竹山悠樹、太郎冠者:月崎晴夫、女:高野和憲      後見:飯田豪

「文荷(ふみにない)」
 太郎冠者:石田幸雄、主:野村太一郎、次郎冠者:深田博治   後見:中村修一

「鶯(うぐいす)」
 何某:野村萬斎、飼い主:野村万作              後見:高野和憲

素囃子「楽」
 大鼓:大倉慶乃助、小鼓:飯冨孔明、太鼓:梶谷英樹、笛:小野寺竜一

「貝尽し(かいづくし)」
 栄螺の精:深田博治
 貝の精:内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史          後見:野村太一郎

「墨塗」
 訴訟のため都に滞在していた大名が、めでたく帰京する運びとなり、在京中に親しく通っていた女のもとへ、太郎冠者を連れて別れの挨拶に出かけます。女は大名の突然の帰京に涙を流して哀しみますが、太郎冠者は、女が水入れの水を顔につけて泣き真似をしていることに気づき、大名に忠告しますが、大名が信じようとしないので、水と墨をこっそり取り替えます。知らずに顔に墨を塗って黒くなった顔を見た大名は、女の本心を知り、恥をかかせてやろうと、形見だと言って鏡を渡します。大名たちは大笑いしますが、墨のついた自分の顔を見て怒った女は、大名や太郎冠者にも墨を塗りつけます。

 竹山さんの大名は、いかにももっさりとした田舎大名と言う感じ。目端の利く月崎太郎冠者の機転で、女の本性に気付いて仕返しするけれど、女役なら高野さん、したたかな都の女にやり返されて大騒ぎでした(笑)

「文荷」
 千満殿(せんみつどの)という稚児から誘いの手紙が来たので、主人は返事をしたため、太郎冠者と次郎冠者に届けに行くよう命じます。嫌々ながら使いに出かけた二人は、互いに手紙を押し付け合った挙句に、手紙を竹の棒に結いつけて担ぎ、謡を謡いながら運ぶことにします。二人は、手紙にしては重すぎるのが不思議だと言って、封を開けて中身を読んでしまいます。「恋しく恋しく」などと綿々と綴られた恋の言葉に、こう小石だくさんでは重いはずだなどと笑い、奪い合って読むうちに、文を引き裂いてしまいます。困った二人は、風の便りということもあろうと扇で文を扇いでいると、そこへ心配してやってきた主人に見つかり、文で戯れる二人を叱って追いかけます。

 主人の稚児狂いを嘲笑する太郎冠者と次郎冠者の石田、深田コンビは磐石。最後に破れた文を楽しそうに扇で扇いで遊んでいるところを主人に見つかって、慌てて破れた文を畳んで「お返事です」とおずおず差し出す様子は何度見ても笑っちゃいます。能の『恋重荷(こいのおもに)』にかけて、その一節を謡いながら運ぶなど、しゃれたところもあるのが狂言らしいです。
 主人役の太一郎さんがまだ若いので、あまりいやらしさを感じないのがかえって良かったかも。

「鶯」
 小鳥好きの男が、飼っている鶯を野でさえずらせていると、梅若殿という稚児に仕えている男が、主人に進上する鶯を捕まえるため、とりもちの付いた竿を持ってやって来ます。籠の中の鶯を見つけた男は持ち去ろうとしますが、持ち主に咎められ、今度は譲ってくれと頼みこみます。もちろんただで譲ってもらえるわけはなく、籠の鶯を竿で刺せたら鶯をもらい、できなかったら刀を与えるという賭けを提案しますが失敗し、最後は、死んで鶯となった稚児の故事を語り、歌を詠んで竿を打ち捨てて帰って行きます。

 当時流行した鶯を飼うことを主題に、稚児の家来という設定で、笠や長袴に羽織を着け、太刀を持った珍しい扮装です。竿で刺すというのは、とりもちの付いた竿で鳥をくっつけて捕まえたそうです。
 石田さんの解説でも、あまり出ない曲ということですが、観たことないか、1度くらいどこかで観たことあるような気がするけれど、たしかにあまりやらない曲ですね。おもしろくない曲だからだって(笑)
 何某が仕える梅若殿という稚児さんはことのほか鶯が好きで、方々から鶯を献上されるので、自分も差し上げたいが、鶯を買えるほどのお金が無いということで、野辺に行って自分で捕ってこようということでやって来たわけですが、鳥かごに入った鶯をこれ幸いと持ち去ろうとして咎められると、「籠に入ったまま放れてきた鳥かと思った」なんて戯言でもよく言う(笑)。事情を話して、譲ってくれないかと言うと、飼い主にお金がないなら腰の物でも置いて行けば、考えても良いようなことを言われて、それなら勝負しようと・・・。
 でもねえ、籠の中の鳥を竿で刺すなんて簡単なことも失敗しちゃって、最後は太刀も刀も取られて、しみじみと故事を語り、自分に置き換えた歌を詠んで竿を捨てて帰る姿は、滑稽で情けなくもちょっと可哀相でした。

「貝尽し」
 能『玉井(たまのい)』の替間で、『玉井』は、兄の釣り針を魚に取られた彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が、釣り針を取り返すために海中に入り、海神(わたつみ)の都にたどり着いくという『古事記』『日本書紀』にある海幸山幸の神話を題材とした能で、「貝尽し」は、釣り針を取り戻して帰ることになった尊を見送るために、栄螺をはじめとする大勢の貝の精たちが現れ、にぎやかに酒宴を催すというものです。

 登場人物が、みんな貝の精ということで、頭に貝を載せてる(笑)。男性役が栄螺、法螺貝、帆立、鮑で、女性役が蛤で、貝が載ってるのが面白いですが、特に筋は無くて、みんなで賑やかに謡い舞いの酒宴を催すという楽しくお目出度い曲で、能の替間には、こういうのよくあります。
 貝の名を連ねた貝尽しの謡と舞は、小舞や独吟なんかで単独で観たこともあったような。
2017年4月9日(日) 萬狂言春公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:野村万蔵

「舟渡聟(ふなわたしむこ)」
 船頭:野村萬、聟:野村万之丞、船頭の妻:小笠原匡

「鱸包丁(すずきぼうちょう)」
 伯母:野村万蔵、甥:野村拳之介

「千切木(ちぎりき)」
 太郎:野村万禄
 当屋:小笠原匡
 太郎冠者:野村眞之介
 連歌の仲間:野村万之丞、吉住講、河野佑紀、上杉啓太、泉愼也、炭光太郎
 太郎の妻:能村晶人

「舟渡聟」
 矢橋(やばせ)に住む舅の家へ聟入り(結婚後初めて妻の家へ挨拶にいくこと)に向かう都の聟が、大津松本に着くと、渡し舟の船頭に声をかけて船に乗ります。聟が京酒の酒樽を持参していると知った酒好きの船頭は、酒を振る舞うよう聟に迫りますが、断られます。すると、船頭は船を揺らしたり流したりするので、聟はしかたなく船を振る舞い、さんざんな目にあいながら、なんとか舅の家へ向かいます。一方、京酒を飲んで上機嫌の船頭ですが、妻に呼ばれて家へ戻ると、さっきの船客が来ていて聟だと知り驚いて逃げ出します。船頭は妻に説得されて髭をそり、顔を隠して聟と対面することとなりますが、聟にむりやり顔を見られ、先ほどの船頭だと分かってしまいます。しかし、聟は舅を責めず、互いに名残を惜しみながら別れます。

 先日、万之丞を襲名したばかりの20歳の虎之介さんの聟さん役がとても初々しくって、真面目そうな聟さんが困ってるって感じ。舅役の萬さん、酒好きで聟とは知らず、さんざん困らせて無理やりお酒を振る舞わせたのが、聟と知ったバツの悪さ。最後は、ホッコリする終わり方が祝言ものらしいです。

「鱸包丁」
 伏見に住む伯父から、仕官の祝宴のために客に振舞う鯉を頼まれていた甥ですが、すっかり忘れていたため、求めた鯉を淀の橋杭につないでおいたら、獺(かわうそ)に食べられてしまったとごまかそうとします。甥の話が嘘だと見抜いた伯父は、同じように仕返しをしてやろうと考えます。
 もらった鱸を料理してやろうと甥に聞くと、打身(刺身)が良いと答えるので、打身の謂れを語って聞かせ、包丁さばきを見せ、炒り物、掻き合えにつくり、酒や茶を振る舞う話をしたあと、鯉を獺が食ったように鱸はホウジョウ(嘘の意)という虫が食ってしまってないので、今の料理を食べたと思って帰れと叱ります。

 ここで、伯父が甥に見せるのは、神事として行われる包丁儀式なのだそうで、包丁と魚箸(まなばし)を使って、魚に直接手を振れずにさばく様子を重々しく見せているのですね。
 万蔵さんの仕方語りが見せ場で、「すっぱと切っては、しっとと打ち付け」と緩急、強弱、硬軟のある動きで見せるなど、さすがです。包丁の技と料理について美味しそ〜なご馳走の様子を語ったところでホウジョウに食べられたから無いと追い返してしちゃいます。ホウジョウは嘘の意の「謀生」と包丁にも掛けているそうです。
 威厳のある伯父さんに対して、甥役の拳之介くんは、全然悪気は無くて、うっかり忘れてしまったのをなんとか誤魔化そうと苦しい言い訳を考えたという感じ、とても伯父さんには太刀打ちできないですけど、ホントは素直そうで可愛かったです。

「千切木」
 連歌の会の当屋(当番)に当たった男が、太郎冠者に仲間を呼びに行かせ、連歌の会を催します。そこへ、誘われなかった嫌われ者の太郎が押しかけて来て、いつものように花の生け方や掛け物に難癖をつけはじめます。そんな太郎を当屋たちは穏便に帰そうとしますが、なおさら悪態をつく太郎に、ついには全員で踏みつけてしまいます。気を失った夫のもとへやってきた太郎の妻は、しぶる太郎に千切木を持たせ仕返しに行かせますが、どの家も「留守」との返事。すると、急に元気になった太郎は棒を振り回して気勢をあげ、妻はその姿を惚れ惚れとみて一緒に帰っていきます。

 万禄さんの太郎、嫌がられているのに気づかないのか、ズカズカと押しかけて、最初は偉そうに言いたい放題。これじゃ嫌がられるよねと思ったところで、今度は皆に叩きのめされ、あえなく気絶。そこに現れた“わわしい妻”の晶人さんに仕返しに行けとせっつかれてしぶしぶ行くも、先ほどまでの強気はどこへやらでビビリまくり。留守で、胸をなで下ろし、いきなり元気になるところなんか笑っちゃいますが、それを見て惚れ惚れとする妻も可笑しい。これで、上手くいってるんだと、ちょっと笑っちゃいながらほのぼのします。晶人さんの妻も丸顔でポッチャリ、口うるさいけれど、可愛い妻という感じで合ってますね。