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能楽鑑賞日記

2018年7月21日(土) 納涼茂山狂言祭2018
会場:国立能楽堂 14:00開演

お話:茂山逸平

「右近左近(おこさこ)」
 夫:茂山茂、女房:茂山千五郎         後見:島田洋海

「千鳥(ちどり)」
 太郎冠者:茂山七五三、主人:丸石やすし、酒屋:茂山あきら
                        後見:増田浩紀

「彦市ばなし(ひこいちばなし)」作:木下順二、演出:武智鉄二
 彦市:茂山逸平、天狗の子:茂山童司、殿様:茂山宗彦
    笛:栗林祐輔
    後見:茂山千五郎、茂山茂、島田洋海、増田浩紀

 最初のお話。あらすじはプログラムに書いてあるので、あまり関係ない話をすることが多い茂山家ですが、今日の逸平さんは、それぞれの曲に関係のある話をしました。でも、亡くなった先代の千作さんや千之丞さんの話が出て面白かったです。
 「右近左近」は、先代の千作ともうすぐ先代になる千之丞(笑)が好んでやった曲とのことですが、狂言には珍しい妻の浮気話。それも千作さんと千之丞さんではタイプが違い、千之丞さんがやる時は、浮気を確信してやってたけれど、千作さんは匂わすようにやってたそうです。私は先代の千作さんと千之丞さんの「右近左近」は観たことないけれど、なんとなくそうだろうなと思えました。
 「千鳥」では、ツケのきく店が、今は東京ではほとんど無いでしょうがと、通いのおもてと言って通い帳の帳面のおもてが塗りつぶされていないと支払いが終わってないこと。
 ツケで物が買えたのは古き良き時代の話。先代の千作さんが「最近の祇園町は毎月請求書を送ってきよる」と言ってたそうです。「世知辛い世の中になりました。」と
 「彦市ばなし」は、熊本の民話を元に劇作家の木下順二さんが書いたもので、当初は新劇で上演され、後に武智鉄二さんが演出して狂言にしたものですが、台詞は狂言の言葉ではなく、熊本弁の台詞をそのまま使っています。
 武智鉄二さんとの活動のことで、先代の千作・千之丞さんが、能楽界を除名になりそうになった公演についての話に広がって、先代の千作さんがまだ七五三だった頃で、中村富十郎さんがまだ鶴之助だった頃、歌舞伎の「勧進帳」に千作・千之丞さんが出演したとのこと。一か月くらい歌舞伎公演に出演していたので、当時は問題になったらしいです。
 「彦市ばなし」では、千作・千之丞さんが毎回同じ役なので、飽きてきたので入れ替えようとしてやってみたら、台詞がおかしくなったとか、「ばってん、そやさかい」ですって(笑)。

「右近左近」
 左近の牛が自分の田を荒らされたので訴えようと、女房を地頭に見立てて訴訟の練習を始める右近。しかし気の弱い右近は本当の白洲にいるような気分になり、女房から厳しく責め立てられるうちに気を失ってしまいます。意識を取り戻した右近は女房と左近の仲が怪しいとなじり、棒でうちかかりますが、逆に棒を奪われ、打ち倒されてしまいます。女房が去って行くと、右近は一人、笑い泣きします。

 訴訟の練習をする時に、右近が支度をしている間、女房が見所に向かって「訳あって、左近の贔屓をしなければなりません」と、言うのですが、浮気してるからなのか、他に理由があるのかは、わかりませんね。
 茂さんの右近は痩せてるし、いかにも気弱そう。それに対して千五郎さんの女房は体格も良くて、怖そうだから、夫も勝てそうにないなと思ってしまいました(笑)。そんな右近の最後の笑い泣きが物悲しい。

「千鳥」
 主人からツケで酒を買ってくるよう言われた太郎冠者ですが、支払いが滞っているため酒屋は簡単には酒を渡してくれません。そこで太郎冠者は、尾張の津島祭に行く途中で見た子供が千鳥を捕る様子を、酒樽を千鳥に見立てて調子よく囃子ながら酒樽に近づき、持ち去ろうとしますが、酒屋にみとがめられます。今度は山鉾を引くさまを見せることにし、酒樽を山鉾に見立てて引く真似をしながら持ち去ろうとしますが、これも制止されます。次に流鏑馬を再現することにし、馬に乗る真似をしながら走り回り、隙を見て酒樽を持ち上げるとそのまま逃げ去ります。

 七五三さんとあきらさんの組み合わせが、何ともいい。七五三さんの太郎冠者のとぼけた感じ、あきらさんの酒屋も結構楽しんで、最後はあまり怒ってないみたいで愉快です。

「彦市ばなし」
 嘘つきの名人・彦市は天狗の子から隠れ蓑を、殿様からは「河童を釣る」と言って鯨肉と天狗の面を騙し取ります。せしめたもので天狗の親子の仕返しを逃れようと画策しますが、騙されたと気付いた天狗の子に面と鯨肉を取られ、隠れ蓑は何も知らない妻に燃やされてしまいます。しかし灰に神通力が残っていたため、体に塗って酒を盗み飲んで河辺で寝ていると、そこへ天狗の子がやって来ます。驚いて川に飛び込んだ彦市は灰が流れて姿が見えてしまい、天狗の子と川の中でとっくみあいになります。そこに現れた殿さまは彦市が河童と格闘していると思い込んで応援します。

 万作家の劇場版「彦市ばなし」と違い、千五郎家は能楽堂版。千五郎家の「彦市ばなし」も以前に一度観た記憶があります。
 初演の時は、武智鉄二さんの演出で、もうすぐ先代になる千之丞さんが彦市、先代の千作さんが殿様で、野村万作さんが天狗の子だったそうです。なので、千五郎家と万作家に残っているんですね。
 能舞台でのシンプルな演出で、後見が4人になっているのも、一畳台や山の作り物が出され、天狗の子が作り物の山の陰から出てきます。童司さんの天狗の子は子供っぽい甲高い声で、万作家の月崎さんの天狗の子とも似た感じ。やっぱり可愛らしい感じが天狗の子のイメージですね。逸平さんの彦市も嘘つきで調子よい感じが出ててピッタリ。宗彦さんの殿様も彦市と天狗の子の水中の追いかけっこを見ながら応援する様子など、おおらかな殿様の雰囲気が出ていて意外とはまり役。
 クジラ肉は、万作家では小さいクジラの形をしてて、それを見ただけで笑えますが、千五郎家は赤い生地でクジラの切り身の雰囲気です。能楽堂版の千五郎家の方が、たぶん初演に近いんでしょうね。これも面白かったです。
2018年7月16日(月・祝) 萬狂言 夏公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:野村万蔵

「通円(つうえん)」
 通円の霊:野村萬、僧:野村万之丞、所の者:野村眞之介
   地謡:野村拳之介、野村万禄、野村万蔵、小笠原匡、上杉啓太
      大鼓:佃良勝、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之

新作狂言「信長閻魔(のぶながえんま)」作:磯田道史、演出・台本:野村万蔵
 織田信長:野村万蔵
 閻魔:能村晶人
 脱衣婆:野村万禄
 明智光秀:河野佑紀
   音楽:稲葉明徳

「業平餅(なりひらもち)」
 在原業平:小笠原匡
 餅屋:野村万禄
 太夫:野村万之丞
 稚児:小峯綜真
 侍:野村拳之介
 随身:野村眞之介
 随身:小笠原弘晃
 沓持:泉愼也
 傘持:山本豪一
 女:吉住講
    大鼓:佃良勝、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之

「通円」
 旅の僧が奈良へ向かう途中、京都の宇治橋のたもとを通りかかると、一軒の茶屋に茶と花が手向けられています。不思議に思った僧が所の者に事情を尋ねたところ、「昔、通円という茶人が宇治橋供養の際、茶を点てすぎて亡くなってしまった。今日はその命日なので茶湯を供えている」と教えられます。僧にも供養してくれるよう頼まれたので、茶屋の前で弔っていると、そこに通円の霊が現れ、最期の有様を舞ってみせ、供養を頼んで消え失せます。

 今回の番組は、どれも名のある人物が出て来る曲。
 「通円」は、能『頼政』のパロディーで、『頼政』では、源頼政の霊が宇治橋で平家と闘い自害する故事を題材にしていますが、「通円」では、現在も宇治橋のたもとにある「通円茶屋」の元祖で、頼政の家臣である通円を主人公にして、茶の点て死にをするという話になっています。
 「通円」の最期の謡も『頼政』の詞章を下地にしていて、プログラムにも両方の詞章の比較が載っていて、分かりやすく楽しめます。
 通円が、実際に頼政の家臣であったというのは、初めて知ったので、より納得しました。

 萬さんと二人のお孫さんの共演になりました。能がかりなので、万之丞さんの僧も落ち着いた感じ。通円の霊の萬さんが現れ、葛桶に座って、茶を点て、差し出す仕方と謡いは独壇場で、滑稽でもありますが、最期の舞はやっぱりキレ良く美しい。

新作狂言「信長閻魔」
 「信長閻魔」は、チラシの段階では、題名も明らかになっていなかったので、当日プログラムを見て初めて題名は分かりましたが、あらすじは書いてありません。万蔵さんは、前回の「信長占い」の続編と仰ってました。前回と同じ歴史学者の磯田道史氏の作で、ぎりぎりまで、稽古を重ねて直したりしてらしたそうです。新作なので、お囃子も通常のものではなく、現代狂言で音楽を担当している稲葉さんが一人で様々な楽器を使います。
 磯田氏は、大河ドラマ「西郷どん」の歴史考証をされているそうですが、「西郷どん」に万蔵さんと万之丞さんも出演するらしいです。

 「信長占い」の続編で、あの世で信長と光秀が出会います。
 最初に信長が人間50年を謡いながら登場し、切腹して「あいた、あいた、あいた」と(笑)。すると、閻魔大王と脱衣婆(だつえば)(三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼)がやって来て、信長が隠れます。閻魔の面は六世万蔵さん作の閻魔武悪の面だそうです。脱衣婆は、目が飛び出て口を開けた痩せた顔の面。
 閻魔が「物を盗んではぞろり、人を殺してはゾロリ、地獄が繁盛この上ない」と、いつもの狂言の閻魔の台詞とは反対のことを言います。脱衣婆と「信長は日の本一の大悪人、吟味が面倒でござる」と信長をどの地獄へ行かそうか話し合っているので、二人に見つかった信長は脱衣婆に聞かれて蘭丸だと嘘を言います。
 信長の衣を脱がせ、罪の重さを量る段になると、信長はこっそり賽の河原の石を袖に入れ、枝で重さを量ると枝がポッキリ折れてしまいます。脱衣婆が衣の石を捨ててもう一度、衣を量るとやはり折れて、極悪人の信長とバレてしまいます。信長が石を入れたのは、枝を折って量り直しできないようにするのが目的だったんでしょうか?ところがどっこい、脱衣婆は代わりの枝を持ってたんですねえ。
 浄玻璃の鏡で罪を映し出すと、閻魔は天下の極悪人ゆえ咎めなしと、天下泰平では、地獄がはやらないが、信長のお陰で地獄がはやるので、地獄の客人として地獄めぐりをしてくれという話に。鏡で光秀と秀吉の戦の様子を見て、閻魔と信長はどちらが勝つか賭けをしますが、見ているうちに興奮した信長が鏡を割ってしまいます。
 やがて、光秀が猿の面をかけて現れますが、面をとると光秀だと分かり、閻魔はおまえのせいで賭けに負けたと怒って、光秀のはらわたを虫に食わせる地獄に送ろうと言います。
 閻魔コオロギ、信長コオロギが食われたくないと逃げる光秀を「食ろうぞ、食ろうぞ」と追いかけて行って幕入り。

 前作では信長が本能寺へ向かう所までだったので、続編というと本能寺の変かと思いきや切腹から始まってました。いろいろと、洒落やひねりを効かせて笑いどころがあり、晶人さんの閻魔と万禄さんの脱衣婆コンビもなかなか面白いですが、信長が地獄の閻魔をやりこめるのじゃなくて最後のオチが閻魔コオロギかと。地獄での光秀との因縁の出会いも最後だけだったしね。なんで衣に石を入れたのか、光秀がなんで猿の面を掛けて来たのか(秀吉に化けてきたつもりなのか?)、意味が良く分からないところもありました。というより、必要があるのかなと、初演なので、さらにブラッシュアップを期待します。
 稲葉さんの演奏は現代狂言の時とは違い、狂言のお囃子としてもあまり違和感のないものでした。

「業平餅」
 在原業平が和歌の神である玉津島神社に参詣しようと大勢の供を連れて出発します。途中の餅屋で休息することにした業平が餅を所望したところ、主人におあし(代金)さえ出せば誰でも食べられると言われます。お金を持たない業平は、代わりに和歌を詠もうと提案しますが餅屋に断られます。餅尽くしの謡を謡い、ため息をつく業平の様子を見て、餅屋は名を尋ね、有名な在原業平だと分かると、自分の娘を京で宮仕えさせたいと申し出ます。承知した業平は亭主が娘を連れに行っている間にがつがつと餅を食べ、喉につまらせて、戻ってきた亭主に背中を叩かれて助けられます。
 亭主が娘を業平にあずけて立ち去った後、娘の被衣を取るとあまりの醜女なのでびっくり。供の者に押し付けようと、周りを探すと傘持が寝ていたので、起こして妻を世話してやろうと言いますが、やはり娘の顔を見てびっくりした傘持に逃げられてしまいます。業平も慕い寄る娘を倒して逃げ、娘は後を追いかけていきます。

 「業平餅」は、平安初期の代表的な歌人であり、色男としても有名な在原業平が主人公ですが、狂言らしく、色男じゃない人が演じるのも面白いところですが、「おあし」と言われて自分の足を出したり、平安貴族の業平だから自分でお金を持ち歩くことは無く、供の者は皆それぞれに休憩して傍にいない。そんな下々の生活に疎い様子がまず可笑しい。代金代わりに和歌を詠もうとする理由に、小野小町が干ばつの時に和歌を詠んだところ雨が降ったので、その褒美に餅をもらい、それから餅を「かちん(歌賃)」と言うのだと言いますが、餅屋の亭主にはそんな話は通じません。空腹には勝てない業平が、なんとか食べたいと餅尽くしの謡を謡ったり、亭主のいぬ間にガツガツ食べて喉につまらせたりと、笑いどころ一杯。
 食い意地が張っている上に、持ち前の女好きで、最後に大失敗。天下の色男をここまでコケにするのも狂言だからできることですねぇ(笑)。
 傘持ちの山本さんという方は年配の方でしたが、初めて見る方でした。傘持ちはやはり、少し年取ってる人が似あうんでしょうか。
 やっぱり「業平餅」は、何度観ても面白い。
2018年7月15日(日) 第十九回よこはま「万作・萬斎の会」
会場:横浜能楽堂 14:00開演

「蟹山伏(かにやまぶし)」
 山伏:野村萬斎、強力:野村太一郎、蟹の精:野村裕基   後見:中村修一

「月見座頭(つきみざとう)」
 座頭:野村万作、洛中の者:高野和憲     後見:深田博治

狂言芸話(十九) 野村万作

「吹取(ふきとり)」
 何某:野村萬斎、男:深田博治、女:飯田豪    後見:内藤連

「蟹山伏」
 大峰山・葛城山での修行を終えた山伏が、供の強力とともに出羽国(岩手県)羽黒山へ帰る道中、突然に不気味な物音が鳴り響き、怪異な者が現れます。正体を尋ねると、「両眼天にあり。一甲地につかず。大足二足。小足八足。右行左行して世を渡る物の精」と答えます。山伏は蟹の精と判断し、それを聞いた強力が金剛杖で退治しようとすると、鋏で耳を挟まれてしまいます。山伏が祈りの力で放させようとしますが、蟹はますます強く強力の耳を挟みつけ、ついには山伏も耳を挟まれ、強力ともども投げ倒されてしまいます。

 蟹の精は、子供がやることが多く、可愛い子供に振り回される大人の図というのも面白いところですが、先日の「禰宜山伏」の大黒が大人がやるとリアリティーがあって面白かったように、大きな蟹の精は、異形の物の不気味さ、ウルトラマンのバルタン星人みたいな、もっと硬質な感じですけどww。
 腕力ありそうな太一郎さんの強力と法力には自信満々の萬斎さんの山伏が蟹の精に翻弄される図はやっぱり面白いです。ところが、蟹の精が二人を突き倒した後、横歩きで逃げてく時に思いがけないアクシデント。
 位置を測り違えたのか、横歩きのままシテ柱の前から転落!いきなり私の席からは姿が見えなくなりました。後見の中村さんがすぐに駆けつけましたが、こちらからは様子が見えず。一ノ松の枝が2,3本折れていました。
 その間、舞台は、何事もなかったように続けられ、山伏と強力が蟹の精が逃げて行くはずだった橋掛かりを追って幕入り。下では、見所の後のドアから深田さんも助けに来て、やっと、起き上がった様子の裕基くん。なんと、その場から舞台に上がって最後に橋掛かりを蟹の横歩きで幕入りまでしていきました。
 帰りに打撲だけで、たいしたことはなかったと聞きホッとしましたが、こんなアクシデントは初めて見ました。

「月見座頭」
 座頭が中秋の名月に誘われるように、独り野辺に出て虫の音を楽しんでいると、そこに洛中の男が現れ、座頭の様子に興味を持って声をかけます。互いに月を愛でる和歌を詠みますが、二人とも有名な古歌を引いていたので、すぐバレて笑い合い、意気投合した二人は、酒を酌み交わし、謡い舞って酒宴を楽しみます。心地よく酔って二人は別れますが、洛中の男はふと気が変わり立ち戻って座頭に行き当たり、声を荒げて喧嘩をしかけ突き倒して去って行きます。座頭は「今の奴は最前の人とひっちがえ情けもない奴でござる」とつぶやき、盲目の身の哀れさ、人の世のせつなさを嘆き、大きなクシャミをして帰っていきます。

 虫の音を楽しむ座頭の万作さんの上に本当に中秋の名月の青白い光が照らしているように思えました。静まり返った中に虫の声だけが響く。
 二人で楽しそうに盛り上がる酒宴と、心地よく別れた後の高野さんの洛中の男の豹変ぶりが、不気味で残酷な人間性を感じさせて怖い。
 万作さんの座頭を見ていると、本当はさっきまで一緒に酒を酌み交わしていた相手だと気付いていたけれど、認めたくなくて、わざとさっきの人とは大違いと言っているように思えます。落とした杖を探り、川の流れで方向を確認する細やかな仕草、くしゃみを一つして帰っていく後ろ姿は、寂しげというより、今までも非道な目に遭ってきたであろう座頭の毅然とした逞しさのようなものを感じました。

狂言芸話(十九)
 今回の万作さんは「月見座頭」について話されました。
 万作さんが、初めて「月見座頭」を観たのは先々々代の千作さん(二世千作)のだそうです。
 座頭物では大蔵流に「月見座頭」、和泉流に「川上」「清水座頭」があり、「月見座頭は」幕末にできた作品とのこと。和泉流の「月見座頭」は、六世万蔵さんが鷺流の台本を元に新台本を作ったのが初めだそうです。
 鷺流の「月見座頭」は、最後に座頭が人喰い犬に追いかけられて「悲しや、悲しや」と逃げるものだったそうですが、六世万蔵さんが新台本を作って試演して以来、万作さんが再演を繰り返しながら新たな工夫を加えて変えているそうで、「父(六世万蔵)がやったのと最後の謡が違う」ということも仰ってました。大蔵流でも東京(山本家)では「世には非道な者があるものじゃさ」という台詞があるが、関西には無いことや、東京では座頭より上の勾当の出で立ちで、関西は座頭だそうです。
 また、今回は上京の者、下京の者という、上京が上、下京が下という地域による差別をなるべく排したいと思ったそうです。「父は一回しかやっていないが、私は30回以上やっているので、練り上げて良くしていきたい。」と仰っていました。
 最後に「狂言の笑いを支えるものは舞歌の美しさ、言葉の美しさ、所作の美しさであると思っているわけです。」と締めくくられました。

「吹取」
 妻を得ようと思った男が清水寺の観世音に参詣すると、霊夢をこうむり、名月の晩に五条の橋で笛を吹けば妻が現れると告げられます。笛のたしなみの無い男は、笛が得意な知人の何某に吹いてもらおうと思い、頼みに行き、しぶる何某を説得して五条の橋に出かけます。月に浮かれる何某をせかして笛を吹かせると、お告げの女が現れますが、知人に慕い寄るので、男は慌てて自分が相手だと、対面をはたします。ところが、あまりに醜女だったため、男二人は互いに女を押し付け合いながら逃げて行きます。

 五条の橋で笛を吹くというのが、牛若丸を想起させますが、申し妻をした男(深田さん)が、自分が笛を吹けないので、吹ける何某(萬斎さん)に代わりに吹いてもらって自分の妻となる人を呼び出してもらおうという話。何某には、妻がいる設定のようで、代理に笛を吹くことも迷惑そうで、渋っていますが、結局代わりに吹くことに。
 演者には笛を吹ける人と吹けない人がいるので、実際に演者が笛を吹く場合と、笛方が勤める場合があるそうですが、萬斎さんは、実際に笛を吹かれていて、その姿も様になっています。他には、又三郎さんが実際にこの演目で吹いておられたのを観たことがあります。二人とも芸大邦楽科卒なので、邦楽器のほうも出来るんでしょう。
 最後は、やっぱり衣を被いて顔を隠していた妻が醜女だったので、フリーズ(笑)。押し付け合って逃げて行くという結末。
 飯田さんの妻もなかなかホラーでしたよ(笑)。