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能楽鑑賞日記

2018年8月25日(土) 第十回広忠の会 亀井俊雄五十回忌追善 葛野流十五世家元継承披露
会場:観世能楽堂 12:00開演

(観世流)
『翁(おきな)』弓矢立合
 翁:梅若実、大槻文藏、観世銕之丞
 三番叟:野村萬斎
 千歳:片山九郎右衛門
 面箱:野村裕基
  大鼓:亀井広忠、小鼓頭取:幸正佳、脇鼓:成田達志、飯田清一、笛:竹市学
     後見:山階彌右衛門、木月孚行
     狂言後見:中村修一、内藤連
       地謡:川口晃平、囃子宗一郎、坂口貴信、谷本健吾
           観世淳夫、梅若紀彰、観世喜正、山崎正道

(金春流)
舞囃子「高砂(たかさご)」舞序破急之伝
  金春憲和
    大鼓:亀井洋佑、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:小寺真佐人、笛:一噌隆之
      地謡:長谷猪一郎、伊藤眞也、山井綱雄、櫻間右陣、高橋忍

(宝生流)
一調「屋島(やしま)」
  辰巳満次郎            大鼓:飯嶋六之佐

(金春流)
一調「東北(とうぼく)」
  櫻間右陣             大鼓:内田輝幸

(宝生流)
舞囃子「安宅(あたか)」延年之舞
  宝生和英
    大鼓:原岡一之、小鼓:大倉源次郎、笛:一噌幸弘
      地謡:亀井雄二、和久壮太郎、朝倉俊樹、亀井保雄、辰巳満次郎

(金剛流)
一調「芭蕉(ばしょう)」
  金剛永謹             大鼓:亀井広忠

(観世流)
一調「鐘之段(かねのだん)」
  梅若実              小鼓:亀井俊一

(喜多流)
舞囃子「融(とおる)」
  友枝昭世
    大鼓:亀井実、小鼓:幸清次郎、太鼓:小寺真佐人、笛:松田弘之
      地謡:大島輝久、佐々木多門、金子敬一郎、粟谷能夫、粟谷明生

(観世流)
一調「江口(えぐち)」
  梅若万三郎            大鼓:亀井忠雄

(観世流)
『道成寺(どうじょうじ)』
 シテ(白拍子・蛇体の女):観世清和
 ワキ(住僧):宝生欣也
 ワキツレ(従僧):則久英志、御厨誠吾
 間(能力):野村太一郎、野村僚太
   大鼓:亀井広忠、小鼓:観世新九郎、太鼓:金春国直、笛:杉信太朗
     後見:大槻文藏、山階彌右衛門、谷本健吾
       地謡:大槻裕一、関根祥丸、川口晃平、観世淳夫
           観世喜正、片山九郎右衛門、観世銕之丞、梅若紀彰
     鐘後見:坂口貴信、角幸二郎、木月宣行、観世三郎太、林宗一郎
     狂言鐘後見:中村修一、内藤連、飯田豪、野村裕基

 今回は、亀井俊雄五十回忌追善と広忠さんの家元襲名披露ということで、各流儀の宗家や代表が揃った何とも豪華な顔ぶれ

 『翁』弓矢立合
 面箱を掲げ緊張した面持ちの裕基くんを先頭に、梅若実(玄祥改め)さん、大槻文藏さん、観世銕之丞さんと観世流の重鎮三人が翁太夫で登場。中央に梅若実さん、両脇に大槻文藏さんと観世銕之丞さんが、正先で深々と一礼。この時中央の梅若実さんは立ったまま、たたんだ扇を縦に両手を合わせるように持って腰を屈めるように一礼しました。三人の翁が梅若さんを真ん中に翁の定位置の笛柱前あたりに斜めに並んで座り(梅若さんだけ、葛桶に腰かけ)、裕基くんが、真ん中の梅若さんの前に面箱を掲げ持って行って置きます。続いて来ていた全員も、それぞれの定位置に座り、「とうとうたらり・・・」の翁の謡を三人の翁が順番に続けて謡いだします。
 九郎右衛門さんが露払いの千歳の舞。千歳は、子方や十代、二十代の若手が舞うことが多いですが、九郎右衛門さんのような中堅が舞うこともあります。若々しくキレの良い力強い舞でした。
 翁の三人は翁面は掛けず、直面(面を掛けない)で並び、相舞になります。弓矢立合では、常の「翁」とは謡も舞も違っていました。詞章の中に弓矢がよく出てきて武家の色合いが濃い感じ。詞章が気になったので調べてみたら、見つかったので、載せておきます。

翁「桑の弓、蓬の矢の功は」
地「實にめでたかりける、あらありがたや、ありがたや」
翁「いざや我等も大来目の命に祈りてな、弓張月のやさしくも」
地「雲の上まで名をあぐる。弓矢の家を守らん、弓矢の家を守らん」
翁「武士の八十氏川の流れまで」 地「水上清しや弓張の月」
翁「あはれめでたかりける」
地「治まる御代の、時とかや」
「三人舞 翔」
翁「釈尊は、釈尊は」
地「大悲の弓に、智慧の矢をつまよって、三毒の眠を驚かし、愛染明王は弓矢を持って、陰陽の姿を現せり、されば五大明王の文殊は、養由と現じて、れいを取って弓を作り、安全をあらわして矢となせり。また我が朝の神功皇后は西土の逆臣を退け、民尭舜と栄えたり。応神天皇八幡大菩薩水上清き石清水、流れの末こそ久しけれ。」

 たしか金春流の銀座金春祭りでの路上能で一度、弓矢立合があったのを観たことがありますが、昔は流儀の違う太夫3人が相舞したらしいです。

 最後は、萬斎さんの三番叟。力強い広忠さんの大鼓と掛け声が始まると、いよいよと、こちらも気持が高まってきます。やっぱり、この組み合わせ最高!キレのいい揉ノ段。烏跳びは5回でした。常は3回ですが、披きとか特別な会なんかでは5回跳ぶことがあるようです。以前にも何の会だったかな?一回観たことがあるような気がします。
 鈴ノ段では、先にシテ方の後見が面箱から黒式尉の面と鈴を出し、面は狂言後見に、鈴は面箱の裕基くんに渡します。揉ノ段が終わると、狂言後見の所で面を掛け、面箱との問答の始まり。面箱の裕基くんが、元の場所に戻ると鈴ノ段の舞が始まります。萬斎さんの「鈴ノ段」は、段々神懸ってくるような感じで圧倒されます。そして、全てが終わって全員が舞台から去っていった後も、誰一人拍手もできず、ただ余韻に浸っていました。こんな事は初めて。


 休憩の後、各流儀の宗家や重鎮による舞囃子と一調。昨年金春流八十一世宗家を継いだ金春憲和さんは36歳、20代で宝生流二十世宗家を継いだ宝生和英さんはまだ32歳、広忠さんは3年前に41歳で大鼓葛野流十五世家元を継いだわけで、能楽の宗家もここのところ随分と若返りました。

 友枝昭世さんの舞囃子「融」がやはり圧巻。中秋の名月に今は荒れ果てた六条河原院に現れ舞を舞う融の大臣の幽霊。直面、袴姿でありながら、そこには、月の青白い光の中、平安の貴公子の霊が舞を舞う、この世の者でない美しさ、儚さがありました。


 2度目の休憩の後は、観世宗家のシテによる能『道成寺』

『道成寺』
 道成寺の住僧が鐘を再興したことを述べて、能力に女人禁制のことを触れるように命じます。そこへ一人の白拍子が現れ、参詣を強く望みます。能力は一度は断りますが、白拍子のたっての頼みに一存で境内に入ることを許してしまいます。能力は白拍子に舞を所望し、白拍子は烏帽子を借りて舞を舞い始めますが、人々がうたた寝をした隙に鐘の中に飛び入り鐘を引き落としてしまいます。地響きに驚いた能力たちは地震か雷かと思いますが、熱く煮えたぎって落ちている鐘を見つけて、慌てて住僧に知らせに行きます。事の次第を聞いた住僧は、一同にこの鐘にまつわる昔話を語ります。
 それは、昔、真砂の荘司(まなごのしょうじ)という者の館にたびたび泊まる山伏がいて、荘司は自分の娘に、「彼がお前の将来の夫だ」と冗談を言っていたが、幼い娘はその言葉を信じたまま、成長していった。ある年、娘は山伏の寝所へ忍び込み、結婚を迫るが、びっくりした山伏は逃げ出して、この道成寺へと逃げ込んだ。そこで、鐘を下ろし、その中に隠してやったのだ。一方、折からの増水で日高川を渡りかねた娘は、執心のあまり毒蛇となって、川を泳ぎ渡って寺に至ると、下ろされた鐘を目ざとく見つけ、鐘もろとも、彼を焼き殺してしまったというものでした。
 僧たちが鐘に祈りはじめると、やがて、鐘が上がり、その下に蛇体の女がうずくまっていました。蛇体の女と僧たちは一進一退の攻防を繰り広げますが、とうとう蛇体の女は倒れ伏し、鐘の方を恨めし気に振り返って、ついには日高川に身を投げてしまいます。

 まず狂言鐘後見の4人が太い棒に百キロ近い鐘を下げて登場して、舞台天井の滑車に鐘を吊るす作業を始めます。時々なかなか鐘についた綱を上手く滑車に通すことができずハラハラすることがありますが、この日は、若手の中村さんと内藤さんがその役。綱の先端の輪っかを滑車に通すのが内藤さんでそれを引っかけて引き下ろすのが中村さん。先に中村さんが先端に釣針状になった物がついた長い棹を上げたので、何をするのかと思ったら、綱を通しやすくするために滑車の向きを変えていました。その後は、お見事というくらいスムーズに綱通しが終わり、ホッとしました。後は鐘後見にバトンタッチ。5人の鐘後見が綱を引いて鐘を引き上げ、綱を笛柱に取り付けられている輪っかに結びつけます。能楽堂の舞台天井の滑車と笛柱の輪っかは『道成寺』の演目のためだけに取り付けられています。

 観世宗家のシテ、前場の白拍子の時から妖気を放つように怖かったですねえ。小鼓方との緊張感ある乱拍子も見どころなんですが、小鼓方の新九郎さんは、シテの方を向いてなかったような気がします。小鼓方がシテの方を向いて一騎打ちのような緊張感をビンビン感じるのですが、それがイマイチ。乱拍子の時間も短かったように感じました。小書で、短いバージョンが演じられることも最近は多いですが、今回は小書もないし、私の気のせいでしょうか。

 鐘が落ちると、アイの能力が転がって「くわばら、くわばら」「ゆりなおせ、ゆりなおせ」と、雷か地震かと、騒ぎますが、鐘の落ちたのを見て、どちらが住僧に知らせに行くかで、押し付け合う二人のやりとりが面白いです。白拍子を入れた方が悪いので、やっぱり太一郎能力が行かなきゃならん。太一郎さんの憎めないキャラが良かったです。

 シテは真っ暗な鐘の中で一人で衣装替えし、僧たちが祈りで鐘を上げると般若面で蛇体の女と化したシテ登場。僧たちとの攻防の末、祈り伏せられ、鐘に執心を残しながら川に飛び込む蛇体の女。恐ろしさと悲しみを湛えた観世宗家のシテ、凄みがあって素晴らしかったです。
2018年8月23日(木) 第83回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30解説開始、18:45開演

解説:高野和憲

「雷(かみなり)」
 雷:野村裕基、藪医者:石田幸雄
   地謡:中村修一、深田博治、高野和憲、内藤連
      後見:野村萬斎

「呂蓮(ろれん)」
 僧:野村万作、宿主:野村太一郎、妻:飯田豪     後見:内藤連

「菊の花(きくのはな)」
 太郎冠者:野村萬斎、主:高野和憲          後見:飯田豪

「賽の目(さいのめ)」
 聟:中村修一
 舅:深田博治
 太郎冠者:月崎晴夫
 聟:内藤連 聟:岡聡史
 娘:竹山悠樹
   後見:野村太一郎

「雷」
 都に住む藪医者が、都では競争相手が多いので、医者の少ない東国へ下って一稼ぎしようと旅に出ます。武蔵野にさしかかると、突然雷鳴がとどろき、目の前に雷が落ちてきます。雷は、落ちた時に腰を打って痛むので、治療をしてくれと頼みますが、医者は、雷の治療などしたことがないと尻込みします。雷に脅しつけられ、恐る恐る針治療を始めますが、雷は痛がって大騒ぎ。しかし、その甲斐あって腰の痛みは治り。喜んだ雷は薬代も払わず帰ろうとするので、医者はあわてて治療費を要求しますが、雷にはお金のもちあわせがありません。そこで、医者は、かわりに800年の間、日照りも水害もないようにすることを約束してもらいます。雷は、医者を祝福する謡を謡い、舞を舞いながら空へと帰って行きます。
 名乗りの時、石田さんの医者が自ら「藪医者でござる」と言ってしまうところがまず笑っちゃいます。でも、藪医者というわりには、雷の腰痛はちゃんと治しちゃうんですね。最後には雷に「御身は薬師の化現かや」とまで褒められる。
 裕基くんの雷さまが、赤頭に武悪面、腰に付けた羯鼓を撥で叩きながら「ピッカリ、ガラガラガラ」と言って橋掛かりから登場して、舞台上を飛び跳ねたうえに落ちてしたたか腰を打つ。
 大きな針を打たれて、痛がってもだえるところが可笑しくて、怖い雷がなんか可愛らしい。針というより、あれは杭ですよ(笑)
 最後は美しく舞い納め、また「ガラガラガラ」と打ち鳴らしながら天に戻って行きます。

「呂蓮」
 諸国修行の僧が、東国を巡る旅の途中で一夜の宿を請います。宿の主人は、人の儚さや、地獄極楽の有り様などを僧から教わると、すっかりその気になり、ぜひ弟子にしてほしいと頼みます。僧は男の熱心さに負け、頭を剃り衣を着せてやります。男から名を付けてくれと言われた僧は、代々名前に「蓮」の字が付くと聞き、「いろは」からとった字を付け「呂蓮坊」と名付けます。そこへ何も知らない男の妻が現れ、出家姿になった夫を見て激怒して、「元のように毛を生やせ」と詰め寄ります。男は僧に責任を転嫁し、妻は僧を責め、ついには夫婦で僧を引き倒してしまいます。

 万作さんの僧が穏やかで、まっとうな僧と言う感じ。太一郎さんの宿主が弟子になりたいと言う時も家族は承知しているのかと確認しますが、宿主は妻ともすでに話し合って決めていると、嘘を言ってまでやる気満々。ところが、いざ名前を決める段になると、「いろは」の本から適当に付けようとするから笑っちゃいます。
 まあ、宿主も妻が出てきて「元のように毛を生やせ」(笑)と怒り出すと、コロっと態度を変えて、僧のせいにしちゃう。ついには、二人で僧を引き倒して、「のう愛しい人、こちへござれ」と仲良く退場。残された万作僧は何も悪くないのに、お気の毒。

「菊の花」
 太郎冠者が無断で旅に出ていたと言うので、主人が太郎冠者を叱りにやって来ます。しかし、太郎冠者が都見物をしてきたと聞いて、都の話を聞きたい主人は太郎冠者を許して、都の様子を尋ねます。北野天神からの帰り道、菊見物に立ち寄った家で見事な菊の花を一本もらい、髻(たぶさ)に挿して歩いていると、通りかかった美しい上臈(宮中に仕える上級女官)から「都には所はなきか菊の花茫々頭に咲きぞ乱るる」と詠みかけられたので、「都には所はあれど菊の花思う頭に咲きぞ乱るる」と返歌をしたところ、感心した上臈に誘われ、祇園の酒宴へ同行することになります。祇園に着いたものの、誰も相手にされないので、勝手に幕の内に入ると、靴脱ぎ近くに座らされ、御膳も御酒も目の前をすり抜けていくばかりで、いくら待ってももてなしてくれない。怒って帰ろうとしたところ、おはした(下女)が追って来て争いとなり、懐に入れて盗んできた緒太の金剛草履を取り返された、と語ります。途中まで感心していた主人は一部始終を聞いてあきれ、太郎冠者を叱りつけます。

 この演目は観たことないかな?と思っていたけれど、始まったら確かに以前観た記憶がありました。「狂言ハンドブック」に曲名がないと思ったら大蔵流では「茫々頭」という曲名でありました。
 まず萬斎太郎冠者が、「スズメが『チチ、チチ』と鳴きますると隣のカラスが『コカー、コカー』と鳴きまする。紛れもなくスズメとカラスは親子でござる」って大真面目に言っちゃうのが、可笑しい。
 ほとんどが太郎冠者の一人語りだけれど、格調高く語るわけじゃなくて、話し言葉で語られ、何度も主人が口を挟むし、くだけた雰囲気。落語の語りに近いかな。最後にはちゃっかり盗んだ草履を取り返されたってしょうもない話で主人に叱られる。終始トボケタ太郎冠者に大笑いです。

「賽の目」
 裕福な男が、計算に長けた者を聟にとると高札を打ちます。聟候補に与えられた課題は「五百具(千個)のサイコロの目の合計は?」というもの。最初の二人は答えられずに追い返されますが、三人目は「二万一千」と見事に答えて合格します。男は娘を聟に会わせ、隠居を宣言して退出します。しかし、被きをとってみるとあまりの醜女なので、聟は逃げ出そうとしますが、娘は聟をつかまえて背負っていきます。

 最初に聟候補に現れた内藤聟は問題に手足の指の数で数え切れなくて適当に答えるし、次に現れた岡聟は、「そろばんを貸してくだされ」と言い、それには及ばないと言われると適当に答える。どこが算術に長けているのやら。それに引き換え、最後に出てきた中村聟は「隠れもない算者でござる」と自信満々で、拍子にかかって答える。見事に答えられますが、美人と噂の娘が実は醜女だったといういつものパターン。でも、分かってても笑えるんだよねぇ。それに今回は、なんと嫁が聟を逃がすまいと負ぶって行っちゃうとは(大笑)