戻る 

能楽鑑賞日記

2019年3月20日(水) 狂言ござる乃座59th
会場:国立能楽堂 19:00開演

「鏡男(かがみおとこ)」
 夫:石田幸雄、鏡売り:内藤連、妻:高野和憲     後見:中村修一

「文荷(ふみにない)」
 太郎冠者:野村萬斎、主:野村太一郎、次郎冠者:深田博治
                           後見:月崎晴夫

「靭猿(うつぼざる)」
 大名:野村萬斎、猿曳:野村万作、太郎冠者:野村裕基、子:三藤なつ葉
         地謡:石田淡朗、中村修一、飯田豪
                         後見:深田博治、石田幸雄

「鏡男」
 訴訟のため都に滞在していた越後国・松の山家の男が帰国することになり、妻への土産を買うため店を訪れ、鏡を目にして売主から使い方を教わり、買い求めます。帰宅した男が出迎えた妻に鏡を差し出すと、初めて鏡を見た妻は、鏡の中に見知らぬ女がいると騒ぎ、夫が都の女を連れてきたと怒り出します。夫が説明しようと妻に近づくと女に近寄るのかとますます嫉妬して怒ります。ついに夫が、他の者にやろうと鏡をとりあげると、妻は、女をどこへ連れて行くのだと怒りながら追って行きます。

 能の『松山鏡』では、鏡を知らない松の山家の娘が、母親の形見の鏡に映る自分の姿を母だと思い懐かしんでいると、母の霊が現れて、娘の孝養の功力によって成仏するという話ですが、狂言では、鏡を見たことが無い夫婦のドタバタになっています。
 この曲は、上演機会の少ない演目とのことですが、生前の万之介さんがしばしばやっていた曲でもあるとのことで、万之介さんのシテで観たことがあります。やはり万之介さんの後をやれるのは石田さんしかないかな。石田夫に高野妻、鏡の中の自分の顔を見て、夫が別の女を連れてきたと怒りまくるテンションの高さは、やっぱり高野さんならでは(笑)。

「文荷」
 千満(せんみち)という小人(少年)から誘いを受けた主人は、返事の手紙を太郎冠者と次郎冠者に届けるよう言いつけます。二人は主人の妻に叱られると言って渋りますが、主人に脅かされて仕方なく届けることにします。道々、二人は代わる代わる手紙を持つうちに、竹竿の真ん中に結びつけてその両端を担うことにしますが、なぜか文が重い。二人は能『恋重荷(こいのおもに)』のことを思い出し、その謡の一節を謡いながら運んでいきますが、文はますます重くなり、ついには二人は文に何が書いてあるかが気になって読んでしまいます。文には「恋しく、恋しく」などと綿々と恋の言葉が綴ってあり、こう小石だくさんでは重いはずだなどと笑い、奪い合って読むうちに、文を引き裂いてしまいます。困った二人は、風の便り、ということもあろうと、扇で扇ぎだします。そこに心配になった主人がやってきて、文で戯れる二人を見つけて追いかけます。

 妻がありながら小人(稚児)にうつつを抜かす主人に呆れながら、いやいや使いに行く太郎冠者と次郎冠者。萬斎さんがプログラムに書いているように、「ジャンケンで負けた人が次の電柱まで全員のランドセルを運ぶ、小学生の遊びを思い出す」というとおり。二人のやることが、手紙を持つのを擦り付け合うところから、好奇心に勝てずに手紙を読んで、さんざん悪口言いたい放題、取り合って破いてしまい、あ〜あやっちゃった、みたいな。ついにはその手紙をパタパタ扇いで「風の便り」などと言って遊んでるところまで、まるで小学生(笑)。最後に破れた手紙を畳んで「お返事です」と渡すところは、お決まりのことなのに何度観ても笑っちゃいます。それでも能の『恋重荷』の謡が出て来る洒落たところなど、ただのドタバタじゃないのが狂言らしいです。

「靭猿」
 大名が太郎冠者を伴い野辺まで狩りに出かけると猿曳に出会います。連れている猿の美しい毛並みを気に入って、靭(矢を入れる道具)にかけるため猿の毛皮が欲しいと言います。猿曳が断ると、大名が猿ともども矢で射ようとするので、その勢いに負けた猿曳は猿の毛皮を差し出すことにします。一打ちで落命する急所があると言って、猿に因果を含め杖を振り上げると、無邪気な猿はその杖を取って舟の艪を押す芸をします。そのいじらしさに、猿曳が殺しかねて泣き伏すと、大名も哀れに思い命を助けます。猿曳が喜んで、猿歌を謡い猿に舞わせると、大名は褒美に扇や小刀・衣服を与え、みずから猿のしぐさを真似て興じます。

 万作家では、「靭猿」は裕基くんの初舞台以来ですが、女の子の子猿役は彩也子さん以来ですね。その彩也子さんがもう大学3年生だから、ずいぶん前になるんだなあ。なつ葉ちゃんは、萬斎さんの姪ということで、妹の葉子さんのお子さんのようです。
 万作さん、萬斎さん、裕基さんと親子三代揃った贅沢な舞台ですが、やはり子猿に気を取られてしまいます。なつ葉ちゃんの子猿は物怖じしない堂々としたもの。紐が足に絡まることが何度かありましたが、一度後見が外しに来たものの、後は自分で外してました。でも、とても無邪気な可愛らしさもあり、思わず顔が緩んでしまいます。それと同時に子猿をやっていた裕基くんが、この太郎冠者をやるようになったのかと思うと、感慨深いです。
 万作猿曳が子猿を引き寄せるやさしさ、萬斎大名も自分の子供相手の時より余裕が感じられました。
 最後に万作猿曳がなつ葉子猿を負ぶった時点で拍手が起こり、全員が退場するまで鳴りやまず、みんなニコニコほっこりした気分で帰途につきました。
2019年3月2日(木) 千作千五郎の会第五回【最終回】
会場:国立能楽堂 19:00開演

「花子(はなご)」
 男:茂山千作、妻:茂山七五三、太郎冠者:茂山宗彦
                         後見:茂山茂、島田洋海

「木六駄(きろくだ)」
 太郎冠者:茂山千五郎、主人:茂山逸平、茶屋:茂山茂、伯父:茂山あきら
                         後見:松本薫、井口竜也

 「千作千五郎の会」は今回で最終回です。同時に昭和63年に故12世茂山千五郎(4世千作)さんによる「千五郎狂言会」の発足以来、千五郎3代にわたって継続してきた森崎事務所主催のシリーズの最終回という事です。ただ、来年からは、茂山千五郎さん主催で「千五郎の会」が発足するそうです。
 最終回ということでか、今回は大作が2番並びました。

「花子」
 洛外に住む男が、以前に美濃国の野上の宿でなじみになった花子が都の上ってきており、自分に会いたいと手紙をくれるので、なんとかして会いに行きたいと考えます。嫉妬深い妻に男は一計を案じ、最近夢見が悪いので、諸国の寺々にお参りに出かけたいと妻に申し出ます。妻は夫と長い間離れているのは嫌だと言い張り、承知しません。それでも
 持仏堂に籠って一晩座禅をすることをなんとか承知させ、修行に妨げになるので決して覗きに来るなと念を押します。男は嫌がる太郎冠者に座禅衾をかぶせ、身代わりにすると、花子のもとに飛んでいきます。夜中に夫の様子を見に来た妻は、あまりに窮屈そうなので、座禅衾を無理に取ってしまいます。あらわれた太郎冠者みて真相を知った妻は激怒して自分が代わりに衾を被いて夫の帰りを待ち受けます。そうとは知らない男は、花子との再会に夢うつつで帰って来ると、その夜の一部始終を、太郎冠者だと思い込んで語って聞かせます。ところが座禅衾を取り除けてみると、現れた妻に驚き怒り狂う妻に追いかけられ、逃げ惑います。

 70代の兄弟でやる夫婦者はなかなか渋い。千作さんは若い愛人に会いたくてしょうがない浮気夫。嫉妬深くて怖い妻の七五三さん。いくつになっても男の浮気性は治らないという感じに見えます。花子に会いに行けるとなると、急に嬉しそうな顔になる千作夫(笑)。
 妻は、座禅をしているのが身代わりの太郎冠者だと分かって、夫が花子のところに行ったと知ると「花子の方へ行こうと言うなら一夜の暇を与えたのに、謀って行ったと思えば身が燃ゆるように悔しい」と言いますが、それを聞いた宗彦太郎冠者が、不審そうに、「そんなわけ無いだろう」という感じで見ていたのが面白かった。
 夜が明けて、戻って来た夫が妻とは知らずに太郎冠者だと思って延々と花子との情事を謡い舞って語る様は、狂言らしい格調の高さと茂山家らしい可笑しみもあり。やはり骨折以来急に足が弱った感じの千作さん、声はよく出ていますが、舞は動きが少なかったような気がします。それでも30分余り体力的にもキツイ役をやりきって見事でした。最後の妻に怒られて倒れる場面では、さすがに後見の手を借りてやっと立ち上がる場面もありましたが。
 妻に追われて橋掛かりを逃げて幕入りする場面では「ゆるいてくれ(許してくれ)、ゆるいてくれ」だけでなく、「こわや(怖い)、こわや」と言ってました(笑)。

「木六駄」
 6頭の牛に薪、6頭の牛に炭を積み、酒樽を添えて都の伯父に届けるよう命じられた太郎冠者は、大雪の中、思うように動かない12頭の牛を追いながら山道を急ぎ、ようやく峠の茶屋に辿り着きます。ところが、お目当ての酒を茶屋が切らしていたので、つい届けるはずの酒樽に手をつけ茶屋にも振る舞って酒盛りになり、上機嫌で謡い舞ううちに一樽を飲み干してしまいます。すっかり酔っ払ったあげくに、薪を積んだ6頭を茶屋に残し、炭を積んだ6頭の牛だけ引いて主人の伯父の家へ行きます。主人からの「木六駄に炭六駄もたせ進じ候」とある手紙を読んだ伯父に、木六駄はどうしたのかと尋ねられた太郎冠者は、木六駄とは自分の名前だと言い訳します。しかし、酒樽を飲み干したこともバレて伯父に追われ逃げて行きます。

 主人は太郎冠者に使いを頼むと、出かける前に酒を飲ませてやろうと言って二人で揚幕に戻って行きます。結構優しい主人なのかな。茶屋が出てきて店を開けると、雪の降る中、太郎冠者が「ちょーちょーちょーちょー」と、牛を追いながら出てきます。かじかんだ手に息を吹きかけて温めたり、牛を追って少し進んでは戻りしながら、徐々に本舞台に入ってきます。牛を追う様も見どころで、雪道を歩く牛の履物が切れたのを直したり、話しかけたり、牛に対する愛情が感じられますが、けっこう長かった。こんな長かったかなと思ったりして。
 茶屋と酒盛りになる場面からの千五郎さん、大柄なので酔いっぷりも豪快で(笑)お見事。
2019年3月2日(土) 古今狂言会
会場:宝生能楽堂 14:00開演

ご挨拶
 野村万蔵、南原清隆、大野泰広

古典狂言「蚊相撲(かずもう)」
 大名:野村万蔵、太郎冠者:能村晶人、蚊の精:河野佑紀

古典狂言「舟ふな(ふねふな)」
 主人:石井康太、太郎冠者:野村万之丞

新作狂言「クローン人間」作:南原清隆、演出:野村万蔵
 主人:南原清隆、太郎冠者:ドロンズ石、客:野村万蔵

 番組表には、最初の挨拶はナンチャンと大野さんになっていましたが、最初に万蔵さんとナンチャンが登場。ナンチャンは病み上がりだそうで、急性扁桃炎でレギュラー番組の「ヒルナンデス!」も休んでいるとのこと。平熱が35.5度なのに39.8度と過去最高の熱が出たそうで、「蚊相撲」の蚊の精は休んで、新作の「クローン人間」だけ出るとのお話。「蚊の精はできませんが、蚊の鳴くような声になりました」と(笑)。
 万蔵さんが、新作は54歳と53歳のおじさんがくだらないことを一生懸命やりますので、気楽に観てください。とのことでした。
 二人と入れ替わりに大野さんが出てこられ、演目の解説をわかりやすく話されました。マイクの調子が悪く、入ったり、急に入らなくなったりしていましたが、それも笑いに変えて、慣れたもんです(笑)。

「蚊相撲」
 大名が新たな使用人を雇うことにし太郎冠者に探しに行かせます。太郎冠者は一人の男を連れて帰りますが、この男の正体は蚊の精で、人間の血を吸おうと考えていました。大名は男の得意なことが、相撲だと聞き、自ら相手になって相撲をとりますが、始まるやいなや、蚊の精が大名を刺したので、大名は目を回して太郎冠者に支えられ、二人は男の正体を悟ります。そこで二度目は大名が大団扇を背中に隠して、近づく蚊の精をあおいでいったんは勝ちますが、隙を見た蚊の精に足を取られて倒され、大名は腹立ちまぎれに太郎冠者を打ち倒して、蚊の精の真似をしながら退場します。

 ナンチャンの代わりに河野佑紀さんが蚊の精で出演したので、狂言師だけのいつもの古典狂言になりました。
 蚊の精は、空吹き(うそふき)の面をかけ、ひょっとこのように突き出した口に相撲の時は血を吸うために長いこよりを挿し込んで手をパタパタして突進してきますが、大団扇に扇がれてふわりふわりと漂います。このふわりふわりが見どころ。最後には蚊の精に負けちゃう万蔵主人が素知らぬ顔で座っている太郎冠者に八つ当たりして打ち倒し、蚊の精の真似をしながら退場する様子、八つ当たりされた晶人太郎冠者はいい迷惑な話だけれど、なんかお茶目で憎めない大名です。

「舟ふな」
 主人は太郎冠者を連れて西ノ宮神社へ出かけますが、途中で神崎の渡しという大きな川へ出ます。向こう岸に見える舟を太郎冠者に呼ばせると、太郎冠者は「ふなやーい」と呼ぶので、主人は「ふね」と呼ぶようにたしなめます。すると太郎冠者は「ふな競う堀江の川の水際に・・・」という古歌を引いて「ふな」が正しいとくいさがり、主人も「・・・島がくれ行くふねをしぞ思ふ」では「ふね」だとやり返します。しかし、太郎冠者が別の古歌を次々引いても、主人は同じ歌を繰り返すだけで分が悪い。そこで謡の一節を思いつき「山田矢橋の渡しぶねの夜は通ふ人なくとも、月の誘はばおのづからふねもこがれいづらん」と謡いますが、次の「ふ」でつまってしまいます。太郎冠者が続きを「ふな人もこがれいづらん」と謡って、主人に「時には主に負けておけ」と叱られてしまいます。

 本当は主人の方が正しいのに、小賢しい太郎冠者にやり込められて悔しい主人。二度目は同じ歌を分かりにくく詠い、三度目は早口で詠って、作者が違うと苦しいいいわけ(笑)。
 万蔵さんが、「プロの狂言師のつもりの石井ちゃん」とか「狂言師もどきの石井ちゃん」とか言ってましたが(笑)、知らない人が見たら本当に万蔵家のお弟子さんの狂言師と言っても分からないくらいお上手でビックリ、かなり練習したんでしょうね。

新作狂言「クローン人間」
 発明家が作ったクローン人間を見に客がやってきます。客は大金持ちのスポンサーで、もし出来が良ければ、高級なシャンパンを振る舞おうと言います。

 本当はクローン人間なんて出来ていないので、発明家(ナンチャン)は太郎冠者(ドロンズ石本)に客の真似をしてクローン人間のふりをするように命じます。困惑する太郎冠者ですが・・・、やってきた客の名は万ゾゾさん(笑)。空飛ぶ籠で参ったとか、空飛ぶ筒型籠で月に行くとか、明らかにZOZOTOWNの前澤社長がモデル(笑)。
 全然似てない偽クローンの太郎冠者を5年後の姿だと言ってごまかす発明家。5年後はこんなに太ってしまうのかと嘆く万ゾゾさん。必死に万ゾゾさんの真似をして二人で「ランチパック」を歌って踊ったり(笑)、機敏な動きについて行けず息切れ状態になる偽クローンですが、なんとか取り繕いつつ、おいしいシャンパンにありつけることに。お酒を酌み交わす時にシャンパンだから「シュワシュワシュワ」。シャンパンタワーを作る仕草もあったり。
 お金目当てで近づいてくる人ばかりで本当の友達がいないと言う万ゾゾさん。友達よりもクローン人間と、ラストは、この万ゾゾさんが実はクローン人間。白い顔の面をかけると、同じ面に白い服を着たクローン人間がゾロゾロ現れる。ちょっと怖さを感じる終わり方で、科学の進歩に対する風刺も込められていました。

 時事ネタで、ツッコミや笑いどころ満載。でも、大人数でコント寄りだった「現代狂言」の新作より狂言らしい雰囲気に出来上がっていました。

 最後に出演者全員が舞台に出てきて舞台挨拶。ここで、ナンチャンが古典狂言に出られなかったお詫びとして、特別に写真OKということになり、みんなスマホでパシャパシャ。普通ではあり得ないサービスに得した感じ。それに、蚊の精が大団扇に扇がれる場面をナンチャンが披露してくれました。型も綺麗に決まっていましたが、面をかけてないので、表情が可笑しくて笑っちゃいます。万蔵さんが面をしてても中では表情を作っているなんて話もされてましたが、和気あいあいで、息の合った掛け合い、出演者同士もとっても楽しそうでした。

 前回は見に行けなかったけれど、また次回からも是非観に行きたいと思います。それにしてもお笑いの人たちもどんどん上手くなってるのに驚きです。