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能楽鑑賞日記

2019年8月25日(日) 第二十回よこはま「万作・萬斎の会」
会場:横浜能楽堂 14:00開演

解説:高野和憲

小舞「鮒(ふな)」 野村裕基   地謡:飯田豪、高野和憲、岡聡史、石田淡朗

「鎌腹(かまばら)」
 太郎:野村万作、妻:内藤連、仲裁人:深田博治   後見:岡聡史

狂言芸話(二十) 野村万作

素囃子「早舞」
 大鼓:柿原弘和、小鼓:飯冨孔明、笛:栗林祐輔

「金岡(かなおか)」替之型
 金岡:野村萬斎、妻:野村太一郎
    地謡:野村裕基、内藤連、高野和憲、飯田豪、石田淡朗
       後見:深田博治

 この会で楽しみなのは、万作さんの狂言芸話。今回の「鎌腹」に関して、狂言の地位向上のため、笑だけでなく中身のある狂言をしたい、海外で評価を高めたいと思っていたこと。「鎌腹」や「川上」のような演劇的な狂言を20代でやったこと。「鎌腹」は離婚率世界一の当時のソビエトで大人気を博したことなど話されました。でも、若い時、染井能楽堂の時に「鎌腹」をやった写真が残っているが、今見るとギスギスした感じがするとのことでした。「鎌腹」では腹を切る時の繰り返しの中に変化を持たせて盛り上げるという工夫をしたことなどの話もされました。万作さんはチャップリンのようになりたいとお話されていて、ドタバタの喜劇から風刺、悲劇まで、素晴らしい演劇人だと話されました。

 親子三代で、最初は裕基くんの小舞「鮒」、萬斎さんの小舞「鮒」は何回か観たことがありますが、裕基くんも良く通る声で、キレの良い舞が益々萬斎さんに似てきました。

「鎌腹」
 鎌の付いた棒を持って追いかける妻から逃げ回る夫の仲裁に入った男は、喧嘩の理由をそれぞれに尋ねます。妻は夫の太郎が怠けて山に薪を取りに行かないと不満を言い、太郎は妻こそ怠け者だと訴え、そのような妻にい責められる口惜しさから腹を切ると言いだします。男が妻をなだめて連れ帰ると、独り取り残された太郎は引っ込みがつかなくなり、本当に自殺しようと色々試みますが、いざとなるとその覚悟がなく、通りがかりの知り合いに洗足のために湯を沸かしておくように妻への伝言を頼んで、薪を取りに山へ向かいます。

 鎌の付いた棒を持って妻に追いかけられて夫が走り出てくる形で、出が普通の狂言とは違います。仲裁人は深田さんで、腹立ちやの妻はまだ若手の内藤さんなので、勢いがあります。
 二人が引き揚げると、万作さんの一人舞台。一つ一つの細やかな所作や表情、鎌で腹を切るぞと言いながら、刃が当たると痛いと除け、行きがかり上、死んでやると言ったものの本気で死ぬ覚悟などない夫が色々試す様子は滑稽で可笑しくもちょっと哀れ。万作さんの独壇場で、どこか可愛げがあって憎めません。

「金岡」替之型
 金岡の妻は、十日ほど帰宅しない夫が洛外を狂い歩いているという噂を聞きつけ、清水寺で待つことにします。すると夫が現れ、恋に心乱れる様子を謡い舞います。妻が驚いて狂気の理由を尋ねると、夫は絵を描くために参上した御殿で出逢った若く美しい女性に恋したことを語ります。その女が綺麗に見えるのは化粧のため、自分も同様に絵取ってみよと妻が言うので、金岡はさっそく絵筆をとりますが、似るはずもなく、とうとう金岡は諦めて絵筆を放り出し、妻を突き倒して、怒った妻に追いかけられます。

 小書の「替之型」は、金岡が登場する時に「いかにあれなる童どもは」と能『蝉丸』を踏まえた謡と舞を演じて、物狂いのさまを強調する演出とのことです。「釣狐」や「花子」に次ぐ重い曲ということ。内容は夫の浮気話というより、御殿の若く美しい女に片思いの恋狂い。それに対して妻は意外と冷静に、それは化粧のせいだから、絵師のあなたが私も同じように化粧させてみればいいじゃないというわけ、ところが、いくら描いても同じようにはならないことに、夫は元が悪いと妻を突き倒して逃げていくという話。それを下品にならず、謡い舞い、語りで格調高い演技で見せる。
 萬斎さん、やっぱり謡い舞いは、重厚で美しく、たっぷりと堪能させながら、妻の顔に描く時は2本の筆に赤と白の絵の具を付け、頬に白丸を描いて中に赤丸って、それはちょっと(笑)。見直しては首を傾げ、首を振る、いくら何でもそれは無いでしょと思うけれど、そこが狂言(笑)。
 妻役は太一郎さん。このごろはずいぶん色々な役に出演するようになり、すっかり万作家の一員として活躍されています。

 金岡と言うのは、平安初期に宮廷で活躍していた巨勢金岡(こせのかなおか)という巨勢派の祖の絵師だそうで、大家の絵師の筆をもってしても妻の化粧に失敗するという皮肉らしいです(笑)。
2019年8月24日(土) 銀座余情 能と狂言 東西狂言
会場:観世能楽堂 17:00開演

お話:茂山あきら

「痩松(やせまつ)」
 山賊:野村太一郎、女:高野和憲     後見:飯田豪

「蝸牛(かぎゅう)」
 山伏:茂山七五三、主:松本薫、太郎冠者:茂山あきら   後見:井口竜也

「舟渡聟(ふなわたしむこ)」
 船頭・舅:野村萬斎、姑:石田幸雄、聟:野村裕基   後見:高野和憲

 最初に茂山あきらさんが出てきてお話。東西狂言ということで、演目の解説も東西の違いと言うか、和泉流と大蔵流の違いみたいなことが中心でした。納涼茂山狂言祭でも、あきらさんのお話は聞いたことがなかったような気がします。千五郎家の人たちの話は面白いという印象がありましたが、自分の家の狂言会とは違うせいもあってか、内容もわりと真面目。それにマイクのせいなのか?時々言葉が聞き取りにくい感じでした。

「痩松」和泉流
 山賊が最近稼ぎが悪いので、今日こそ獲物を得たいと谷間に隠れていると、女が通りかかります。山賊は長刀を振り上げて女を脅し、持ち物を奪い取って獲物を物色していると、その隙に女に長刀を奪われてしまいます。長刀を向けられた山賊は女の持ち物だけでなく、自分の身につけているものまで剥ぎ取られてしまい、女が去った後、命拾いしたと述懐します。

 「痩松」と言うのは、山賊言葉で獲物のないことを言い、反対に大収穫を「肥松」という設定。大蔵流では、同じような曲で「金藤左衛門(きんとうざえもん)」と言うのがあり、こちらは、山賊の名前が題名になっています。どちらも観たことがあるような気がしますが、ずいぶん久しぶりに観ました。
 太一郎さんと高野さんのコンビ、相手が女だと思って気を抜きすぎで、長刀を取られてしまうおマヌケな山賊の太一郎さんに気丈でしたたかな女の高野さん。最後には立場逆転で、女に着ているものまで取られてしまう。どちらが追剥ぎなんだか(笑)。一見弱そうでいてしたたかな女の役は、やっぱり高野さんがピッタリです。

「蝸牛」大蔵流
 主人は祖父に益々長生きしてもらおうと、太郎冠者に長寿の薬と言われるカタツムリを取ってくるよう言いつけます。蝸牛がどんなものか知らない太郎冠者に主人は竹藪には必ずいるもので、頭が黒く、腰に貝をつけ、時々角を出す、歳を経たものは人ほどの大きさのものもあると教えます。竹藪に入った太郎冠者は、寝ている山伏を見つけて、もしや蝸牛ではないかと尋ねます。驚いた山伏は、からかってやろうと、太郎冠者の言う特徴に合わせて蝸牛だと思い込ませます。喜んだ太郎冠者が一緒に来て欲しいと頼むと、蝸牛は囃子物がないと動かないと言って、太郎冠者に囃子物を謡わせます。二人が囃子物で浮かれていると、太郎冠者の帰りが遅いので主人が迎えに来ますが、山伏と二人で囃子物で戯れているのを見た主人は太郎冠者を叱ります。太郎冠者は一旦は事情を理解するもののすぐに囃子物に我を忘れてしまい、ついには主人まで巻き込まれて三人とも浮かれ続けてしまいます。

 プログラムでは、千作さんが山伏の予定でしたが、代役で太郎冠者役だった七五三さんが山伏に、太郎冠者を主人役だったあきらさんが、主人役を松本薫さんがやることになりました。
 和泉流では、主人は浮かれず、姿を隠した山伏が急に現れて二人を脅かして立ち去る演出だそうですが、最近は和泉流も三人で浮かれながら退場する方が多く見られます。
 七五三さんが「山伏で〜す」と名乗ると笑いが起こります。大蔵流では名乗りの時「大名です」とか「山伏です」とか、「です」を着けるので、和泉流を見慣れている人には、現代風みたいで何か可笑しくて笑っちゃうことが多いですが、大藏流では、千五郎家だけでなく、他の家でも「です」をつけます。他にも和泉流と大蔵流では言い方が違うものがいくつもあります。和泉流で「べち(別)のことでない」と言うのを大蔵流では「べつ(別)なることでもない」と言うし、定番の言葉でも違うので、そんなところも聞いてると面白いです。

 いつも飄々とした感じの七五三さんが、太郎冠者をからかう山伏で、騙されて囃子物に浮かれ出しちゃう太郎冠者がトボケタ感じのあきらさん。山伏は萬斎さんのように動きが激しくないのは年齢的のもの?まあ、無理ない程度でも浮かれ気分は充分で楽しいです。やっぱり、最後は三人で浮かれ入りが楽しいですね。

「舟渡聟」和泉流
 京都から琵琶湖畔の矢橋(やばせ)へ、妻の実家に初めて挨拶に向かう聟が、大津松本から渡し舟に乗ります。聟の持つ手土産の酒樽に目を付けた酒好きの船頭は、是非一献と所望します。聟が断ると舟を激しく揺らしたり漕ぐのをやめたりして強要するので、聟は仕方なく飲ませ、軽くなった酒樽を持って舅宅に出向きます。やがて舅が帰宅しますが、物陰から聟の顔を見てびっくり、実は舅は先ほど舟で酒を無理やり振る舞わせた船頭でした。舅は聟との対面を逃れようとしますが、姑の勧めで髭を剃り、顔を隠して対面することにします。しかし、聟にむりやり顔を見られ、最前の船頭だとバレてしまいます。聟は酒は舅に振舞うために持ってきた物だからと舅を責めず、互いに名残を惜しみながら別れます。

 大藏流だと船頭と舅は別人で、聟は船頭と一緒に船の中で酒樽を飲み干してしまい、どうせ樽は開けないだろうと空樽を持って舅宅へ向かいますが、盃事をすることになって、空なのがバレてしまい逃げ出すのを舅と太郎冠者が引き留めようと追って行くという話です。大蔵流では恥をかくのは聟で、和泉流では舅。でも、どちらも相手を責めることは無く、広い心で受け止め、めでたい祝儀物らしく終わります。どちらかというと、和泉流の方が、最後に二人で相舞をして祝儀性が強い終わり方ですね。
 裕基くんが聟役で、萬斎さんが舅役という、こういう配役もやるようになったんだと、時の流れを感じました。船を揺らす場面での船頭の漕ぐ動きと大きく左右に倒れる聟さんの動きを合わせるのもいつも大変だろうなと思うけれど、うまく合わせて、裕基くんも声もキレのある動きも萬斎さんに似てきた。萬斎さんの船頭はお茶目な感じがあって、まだ若々しさがありますが、実際には親子なんだし、まだ若さがある舅でもいいのかも。石田姑はしっかり者の年上女房というところでしょうか(笑)。
2019年8月17日(土) 納涼茂山狂言祭2019
会場:国立能楽堂 16:30開演

お話:茂山逸平

「神鳴(かみなり)」
 神鳴:茂山千三郎、医者:茂山千之丞
    地謡:茂山あきら、茂山逸平、増田浩紀、井口竜也
       後見:鈴木実

「察化(さっか)」
 太郎冠者:茂山茂、主:丸山やすし、察化:茂山宗彦   後見:増田浩紀

新作狂言「ふろしき」作:帆足正規、演出:二世茂山千之丞、
 若い男:茂山千五郎
 女:茂山逸平
 亭主:茂山あきら
 近所の男:茂山七五三
      後見:井口竜也、鈴木実

 逸平さんが、最初のお話で出てきた途端に暑さの話。猛暑で、来年は来ない!と、国立競技場が近いので、オリンピックもこの暑さで見に行きたいですかと、オリンピック当たった人と会場で聞いたら、一人だけ当たった人がいました。エグゼクティブなんとかディレクターの人は毎日見に来はるんですかね?と、萬斎さんのことにもちょっと触れて、私は来ないと思います。と言ってました。
 各演目については、ツッコミどころ満載なので、ツッコまないようにと、「神鳴」では、雷が落ちてきて腰を痛めるわけですが、いつも雷はかなり落ちてるのに・・・。「察化」の配役では、主人の伯父のはずの察化の方がずっと若いことや、主人がすぐ察化だと気付くくらい田舎者でも知ってる有名な詐欺師を連れてきちゃうことなど、「ふろしき」では、色白のなよっとした若い男を千五郎がやるのをツッコまないようにと、ツッコミどころを話して笑わせる。最後は、何にも中身のない、面白ければ良いのが千五郎家の狂言です。と言うのが〆でした。いつも茂山家らしい関西系のノリの良い話が面白いです。

「神鳴」
 都で商売あがったりの藪医者が、医者が少ない東国で開業しようと下る途中、にわかに空が曇り、雷鳴が轟きます。すると目の前に神鳴が落ちてきますが、腰を打ったらしく苦しむので、医者は針治療をすることになります。神鳴は痛がって騒ぎますが、治療の甲斐あって腰も治り、喜んで雲海へ帰ろうとします。医者は慌てて治療費を要求しますが、神鳴はお金の持ち合わせがありません。そこで医者はかわりに800年の間、日照りも水害も起こらないように約束してもらい、神鳴は医者を祝福する謡を謡い、舞を舞いながら空へと帰って行きます。

 リクエストで、千三郎さんのシテで「神鳴」。やっぱり神鳴役と言えば千三郎さんです。羯鼓を叩きながら「ピッカリ、ガラリガラリ」と医者を追いかけながら登場。医者の方も名乗りで自分のことを藪医者と紹介するのも笑っちゃいます。
 強そうな神鳴様が針を刺されて痛がってもだえる様子が可笑しいし、またその針が杭みたいに大きすぎるのが狂言らしい。

「察化」
 主人は都の伯父に連歌の宗匠を頼もうと、太郎冠者を使いに出します。しかし、伯父の顔を知らない太郎冠者は、察化と言う詐欺師を伯父だと思い込み連れて帰ってしまいます。驚いた主人は、穏便に追い返す為、自分の振る舞いを真似るように太郎冠者に命じますが、太郎冠者は、主人が自分に言ったこと、したことまでそっくり察化にくり返すので、怒った主人が太郎冠者を突き倒し、察化に恭しく食事の用意をするので、お待ちくださいと引き上げると、太郎冠者もそっくり真似て、察化を突き倒し、倒れた察化に恭しく主人の言ったことを繰り返して、引き上げて行きます。

 主人のお使いに都へ行って、すっぱ(詐欺師)に騙されて違う物を持って帰るのは、狂言によくあるパターン。この演目では、有名な詐欺師を主人の伯父と思い込んで連れ帰ってしまいます。田舎者の主人でも一目で分かる詐欺師を太郎冠者が知らないというのも、逸平さんが言ってたようにツッコミどころ満載ですが、後半は「口真似」と同じ展開。でも、やっぱり可笑しくて大笑いしちゃいます。茂さんの太郎冠者もトボケタ感じで、振り回される宗彦さんの察化がお気の毒(笑)。最後に太郎冠者が主人の真似が「だんだん難しゅうなってきおる」と言うのが、以前先代の千之丞さんも言っていて、アドリブかと思ってたんですが、千五郎家では、いつもの台詞なんですかね(笑)。

「ふろしき」
 女が若い男とねんごろのところへ運悪く亭主が帰宅してしまいます。とっさに女は男を押入れに隠し、亭主が眠った隙に男を逃がそうとしますが、この日に限りなかなか寝付きません。仕方なく女は近所の男に相談しますが・・・。

 これは、今回初めて観ました。今回はこれが観たかったので、この回を選びました。
 以前観た新作狂言「死神」と同じく、落語から題材を取った作品だそうです。

 最初の名乗りから「千駄ヶ谷辺りの者でござる」と地名を言っちゃうのも面白い。まあ、「この辺り」には違いないです(笑)。若い男役の千五郎さんが、一人で家にいる色っぽい人妻(逸平さん)の元を訪れると、人妻が「あきらは渋谷で祝い事があって遅くなる」と、男を家の中に入れて、「お茶よりおちゃけでござろう」と二人でさしつさされつ、「代々木の駅前辺りでキレイなおなごといる所を見ました」とか、いちゃついている所に夫が戻ってきます。近くの地名がよく出て来るし、台詞もアドリブなのかどうか分からないけど、小気味よくて笑っちゃう。
 慌てて男を押入れに隠したものの、夫は押入れの前にどっかと座って、さらにお酒を飲み始め、なかなか寝ようとしない。困った妻は近所の男(七五三さん)に相談に行くと、近所の男、七五三さんが風呂敷を持ってやってきます。今の状況を他の家の話として夫に面白おかしく話す七五三さん。飲んだくれに大風呂敷をかけて、押入れをあけ、夫の耳を塞ぎ、若い男がそろそろ這い出し、逃げて行った。と、話しながらまんまと男を逃がして、大風呂敷をぱーっと取った。
 さてはて、若い男が逃げて、夫が寝入ってしまうと、今度は七五三さんが逸平妻に言い寄る。二人が言い争っていると、「ここはうるさい」と、夫が目を覚まして奥に行き、結局、七五三さんは諦めて帰ることに、帰り際に恨めしそうに「骨折り損でござった」とつぶやく七五三さん。そっけなく帰した逸平妻は最後に「若い男ならば」とつぶやきます。

 狂言には、あまりない色っぽい話ですが、落語が元だし、千五郎家らしい面白い狂言になってました。