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能楽鑑賞日記

2020年11月7日(土) 万作を観る会
会場:国立能楽堂 開演:14:00

素囃子「盤渉楽(ばんしきがく)」
 大鼓:國川純、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:藤田次郎

「法師ヶ母(ほうしがはは)」
 夫:野村万作、妻:中村修一
          地謡:野村裕基、高野和憲、野村萬斎、内藤連、飯田豪
                        後見:深田博治

「棒縛(ぼうしばり)」
 太郎冠者:野村僚太、主:飯田豪、次郎冠者:石田淡朗  後見:高野和憲

「茸(くさびら)」
 山伏:野村萬斎
 何某:石田幸雄
 茸:野村裕基、中村修一、内藤連、飯田豪、竹山悠樹、岡聡史、月崎晴夫、石田淡朗
 鬼茸:野村太一郎
      後見:野村僚太

「法師ヶ母」
 酒に酔って謡いながら帰宅した夫は、妻の迎え方が気に入らないと悪態をつき始め、酔った勢いで「暇をやる(離縁する)出ていけ」と言って妻を追い出し、また謡を謡いながら酒を飲みに出かけていきます。妻は、夫に未練はないが後に残る子供がかわいそうだと、泣く泣く親元に向かいます。一方、酔いが醒めて後悔した夫が狂乱の態で妻を探して歩き回っていると、妻と出会い、喜んだ夫は懸命にあやまり、二人は仲直りして家へ帰って行きます。

 前半は「貰聟」と同じで、夫が酔った勢いで妻を追い出しちゃいますが、後半はお囃子と地謡が出てきて万作さんが狂いの態で登場、一気に能がかりになって謡い舞います。この後シテの登場は能の番外曲『丹後物狂』の酔いの勢いで我が子を勘当し、その子をたずねて狂い歩く後シテの出に似ているそうで、万作さんの気品ある謡い舞いが素敵です。最後は、仲直りしていつものように、「のう愛しい人、ちゃっとわたしめ」「心得ました」といそいそと帰って行きます。

「棒縛」
 太郎冠者と次郎冠者は、主人の留守中に酒を盗み飲みする常習犯。そこで主人は次郎冠者を呼びだし、太郎冠者を縛りつけるので手伝えと言います。理由も分からず次郎冠者は太郎冠者がこのごろ棒術を稽古しているので、棒を使わせてその隙に棒に縛ろうと知恵を出します。呼び出された太郎冠者が棒を使うと、示し合わせた二人は太郎冠者の両手首を棒に縛り付けてしまいます。案山子のような姿を見て笑っていた次郎冠者も主人に後ろ手に縛られてしまいます。主人は、二人がいつも自分の留守中に盗み飲みをするので、縛っておいたと明かし外出します。それでも酒が飲みたい二人は、縛られたまま酒蔵へ忍び込み、知恵を絞って飲むことに成功。縛られたまま舞えや謡えの酒盛りになります。そこへ帰って来た主人は驚き、二人を打ちつけようとしますが、太郎冠者は棒を使って応戦し主人に追われて逃げて行きます。

 定番の楽しい曲で、出演者三人とも若手なのが初々しい。僚太くんと淡朗さんが縛られたまま舞えや謡えの酒宴で盛り上がったり、盃に映る主人の顔を見ても主人の執心が映っているとか、悪口を言って笑い合う懲りない二人(笑)。そんな演技も出来る歳になったんだなあと思ったりしてww。

「茸」
 屋敷内に大きな茸が生えてきて取っても取っても無くならないので、何某が山伏に祈祷を依頼しに行きます。もったいぶって現れた山伏は引き受けて出向き、呪文を唱えて祈り始めますが、いくら祈っても次々キノコが現れていっこうに効き目がありません。ついには屋敷中キノコで一杯になり、動き回ってちょっかいを出します。ついには鬼茸が現れ、襲いかかってきたので、山伏は逃げ出します。

 萬斎山伏は括り袴ではなくて、大口なのでよけいにもったいぶって偉そうに見えるし、それが祈祷すればするほどキノコが出てきてアタフタする様子が面白い。何某の石田さんもおっとり系ながらホトホト困った様子で増え続けるキノコが悪戯するのを袖で払ったりww。
 存在感たっぷりな一番茸が祐基さん。姫茸が淡朗さんで、鬼茸が太一郎さんと月崎さん以外は茸たちには若手を投入。舞台上を所狭しとちょこちょこ動き回り、最後に不気味な鬼茸登場で逃げ出す山伏。太一郎鬼茸も迫力ありました。
2020年11月5日(木) 釣狐を観る会(第二日目)
会場:国立能楽堂 開演:18:30

素囃子「養老(ようろう)」水波之伝
 大鼓:柿原弘和、小鼓:幸正昭、太鼓:桜井均、笛:栗林祐輔

「張蛸(はりだこ)」
 果報者:野村又三郎、太郎冠者:野村信朗、すっぱ:野村萬斎
                       後見:石田幸雄

小舞「住吉(すみよし)」
 野村万作    地謡:飯田豪、内藤連、野村萬斎、野村裕基、石田淡朗

「釣狐(つりぎつね)」
 白蔵主・狐:中村修一、猟師:高野和憲    後見:野村萬斎、深田博治

 「釣狐を観る会」の二日目、今回は中村修一さんの披きです。

「張蛸」
 めでたいお正月、果報者がお客を呼んで振る舞いに張蛸を用意したいと思い、太郎冠者を都に買いに行かせます。都に来た太郎冠者は張蛸が何かを知らず、市で「張蛸買おう」と言って歩き回ります。それをすっぱ(詐欺師)が聞いて騙してやろうと近づき、張蛸ではなく、張り太鼓の誤りだと言って、太鼓を売りつけます。確かに皮を張る、いぼがあるなど、主人言っていた特徴にも合うので、太郎冠者は、買い求めて戻ります。ところが主人は張蛸とは干した蛸のことで魚類だと言います。それならそうと最初から言えばよいのにと不満そうな太郎冠者は、主人に追い出されてしまいます。困った太郎冠者は、都の男から主人の機嫌が直る囃子物を教えてもらっていたことを思い出し、拍子に乗って謡いだすと、それを聞いた主人も浮かれて機嫌を直し、太郎冠者を家に呼び入れます。

 末広がりが張蛸に変わっただけで、内容は「末広かり」と同じです。干した蛸は祝膳の食材だそうですが、今は一般的でなくなったため滅多に上演されなくなったそうです。
 囃子物も同じで、詞章が違うだけ。プログラムに両方の詞章が書いてありました。

 太郎冠者役で出てきた信朗くん、名古屋能楽堂で「靭猿」の初演を観に行ったことがあるので、久々に観たらすっかり狂言師らしくなって、又三郎さんにソックリになっていて感慨深いです。
 萬斎さんのすっぱが「人の目を抜く」と言うと信朗くんの太郎冠者が「はっちゃ怖もの」と両目をかくしたり、張蛸の特徴と張り太鼓の特徴では、「皮の厚い」「イボの揃うた」「中は木を曲げ入れた」など、「末広かり」のように上手く合わせてあり、囃子物も「末広かり」の替え歌みたいww。
 又さんは、迫力ありすぎ(笑)。最後は囃子物と太鼓の音にだんだん浮かれ出す様子が本当に楽しそうで、「中へ入って餅食え」というのが、正月らしくておめでたい。

小舞「住吉」
 航海を守護する住吉明神に参詣した人々が、宮廻りをし、海辺の景をめで、面白いなあと船頭に語り掛ける短い謡いと舞で、万作さんが、ゆるやかに厳かに舞われました。

「釣狐」
 今回のメイン、中村さんの披きでした。犬に驚き走り回るところなど、さすがに若いから動きが早いです。ただ、初めから息が荒いのが気になりました。色々な人の「釣狐」の披きを観てきましたが、前半からハアハアと息遣いが聞こえたのは初めてで、大丈夫かなとちょっと心配してしまいました。後見の萬斎さんが終始鋭い目つきで睨んでいるような怖い顔をしていたのも気になってしまいました。
 でも、緊張感のある舞台を最後までやりきって、本当にお疲れさまでした。
2020年11月1日(日) 友枝会
会場:国立能楽堂 開演:13:00

『天鼓(てんこ)』
 シテ(王伯・天鼓):友枝昭世
 ワキ(勅使):宝生欣也
 アイ(勅使の従者):野村万蔵
    大鼓:國川純、小鼓:曽和正博、太鼓:小寺真佐人、笛:松田弘之

「清水(しみず)」
 太郎冠者:野村萬、主人:野村万之丞

『小鍛冶(こかじ)』
 シテ(童子・稲荷明神):友枝雄太郎
 ワキ(宗近):野口能弘
 ワキツレ(橘道成):宝生尚哉
 アイ(稲荷明神の使い):野村拳之介
    大鼓:柿原孝則、小鼓:森澤勇司、太鼓:小寺真佐人、笛:槻宅聡
       地謡:佐藤陽、粟谷浩之、佐々木多門、佐藤寛泰
           粟谷充雄、狩野了一、大村定、友枝雄人
            後見:中村邦生、友枝真也

 友枝昭世さんの演目は、最初『伯母捨』の予定でしたが、『天鼓』に変更されました。コロナで入場者制限をされていたのが11月から緩和されるということで、急遽追加募集があったようですが、さすが友枝さんの会だけあって、短い期間だったのに、9割がた入っていました。
 『天鼓』の太鼓方は小寺佐七さんの代役で小寺真佐人さんに変更されました。

『天鼓』
 漢の国に住む王伯王母という夫婦には子供がいなかったが、王母は天より鼓が降り下って胎内に宿るという不思議な夢を見て男の子を生んだので、その子を天鼓と名付けました。その後、本物の鼓が天から降り下り、少年天鼓が鼓を打つと、美しい音に聞く人は皆感動するのでした。この話を伝え聞いた帝は鼓を献上するよう命じましたが、天鼓はそれを拒んで鼓を持って山へ逃げ込みました。しかし探し出され、鼓を召し上げられて天鼓は呂水に沈められてしまいました。それ以来、鼓は誰が打っても鳴ることはありませんでした。そこで、天鼓の父王伯を召して鼓を打たせることとなり、臣下が迎えにやってきました。
 最愛の我が子を失った王伯は、帝からの勅命を受け、内裏へやって来ますが、不安な気持ちで鼓に近づき力なく撥を振るうと、不思議なことに鼓は澄み渡るような美しい音を出して鳴ったのです。これこそ親子の情愛による奇跡かと感動した帝は、天鼓の霊を管絃講で回向すると伝え、王伯は安心して帰って行くのでした。
 臣下は帝の命令で呂水へつき、追善の管絃講を行うと、天鼓の霊が現れ、喜んで鼓を打ち、舞を舞い、いつしか夜が明けてくると消えていきました。

 前シテは憔悴しきって弱々しい老人の態。我が子を愛おしむように鼓を打つ悲しみに心を揺さぶられる。アイの万蔵さんは、王伯に天鼓の弔いと夫婦には宝をくださるという話をしながらいたわるように家へ送って行きます。
 後シテの天鼓は、黒頭にオレンジ色の上衣、下衣は白地に金の丸紋、金地の大口に白金の亀甲模様、唐扇。若々しくて華やか、前シテとは打って変わって鼓を打ち舞を舞う喜びに満ちていて、美しく、いつまでも観ていたい気持ちになります。

「清水」
 茶会を催すことになった主人は、野中の清水から水を汲んで来いと太郎冠者に命じます。こき使われるのを嫌った太郎冠者は、主人秘蔵の手桶を投げ捨て、清水に鬼が出たと報告します。主人は驚きますが、太郎冠者の命より手桶の方が大事だと言って、自ら清水まで取りに行きます。太郎冠者は先回りし、鬼の面をかぶって主人を脅し、平伏する主人に、太郎冠者に酒を飲ませろとか、蚊帳をつってやれとか待遇改善を要求します。あわてて逃げ帰った主人ですが、太郎冠者を贔屓した言葉や、声がそっくりなことなど、合点がいかないことが多いので、もう一度清水へいくことにします。そこでまた太郎冠者が鬼に扮して脅しますが、今度は正体がバレて主人に追われて逃げて行きます。

 まず、使いを命じられた時の太郎冠者のいかにも不服そうな返事に笑ってしまう。鬼に扮して主人を脅しながら、酒を飲ませてやれとか、蚊帳を吊ってやれとか、ささやかな要求で、若い主人にこき使われる年寄りの太郎冠者の精一杯の自己主張と思うと、もっと労わってあげてよねと言いたくなる。でも、家で何度も鬼の声色を再現させられて、だんだん小声になって四苦八苦する太郎冠者の様子が笑っちゃう。円熟の萬さんに若くてちょっと冷たい主人の感じの万之丞さん。お祖父さんの胸を借りてしっかり成長してます。

『小鍛冶』
 一条の帝が霊夢を蒙り、三条の小鍛冶宗近に剣を打たせるため、橘道成を勅使として宗近のもとに使わします。突然の宣旨を受けた宗近は自分に劣らぬ相槌を打つ者がいないので、辞退しようとするが、帝の命なので断ることはできない。このうえは神力に頼むしかないと考えた宗近は、氏神である稲荷明神へ祈願にやってきます。すると宗近の前に童子が現れ、宗近に剣を打つよう勧めます。そして、漢の高祖や煬帝や鍾馗などが名剣をもって数々の奇特をあらわした故事を述べ、特に日本武尊が枯野で四方から火をかけられた時に草薙の剣によって危機を脱した物語を詳しく語って宗近を励まします。そして名を尋ねる宗近に対し、速やかに帰宅して剣を打つ壇をしつらえて待てば、神通力で力添えしようと言って、稲荷山の彼方へ消え失せます。帰宅した宗近は鍛冶場に壇をしつらえ、注連を張り支度を整えて、一心に祈り祝詞を唱えて待ち構えていると、そこに稲荷明神が狐の姿で現れ、宗近の信仰心を褒めて、約束通り相槌を打ち、ついに剣を打ち上げます。剣の表に「小鍛冶宗近」と銘を入れ、裏には狐が「小狐」と銘を入れて勅使に捧げると、狐は雲に乗り稲荷山へと帰って行きました。

 シテの雄太郎さんは雄人さんの息子さんですが、しばらく見ないうちにすっかり立派になられましたね。前シテの童子は女性より短い髪を後ろで束ね、薄緑の水衣の下には朱に小花の小袖、声も姿も良い。後シテでは、頭に狐の冠、赤頭に赤っぽい面、上衣は黒地に金、厚板は朱と白の市松に丸紋、大口はオレンジに金の模様。キビキビとしたキレの良い舞でした。
 ワキの野口さんは安定のベテランですが、ワキツレの勅使の尚哉さんは欣也さんの息子さんでしょうか?背は高いけれど、まだ若く、台詞は一本調子で一度詰まってプロンプが入りました。
 アイの拳之介さんは、稲荷明神の使いとしてしっかりした語りで草薙の剣の謂れを語っていました。

 シテに合わせてワキツレ、アイとも若い演者。特にシテの雄太郎さんは、これから益々楽しみです。