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能楽鑑賞日記

2020年12月17日(木) 第92回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30解説開始、18:45開演

解説:石田幸雄

「膏薬煉(こうやくねり)」
 上方の膏薬煉:野村裕基、鎌倉の膏薬煉:石田淡朗    後見:飯田豪

「千鳥(ちどり)」
 太郎冠者:野村又三郎、主:野村信朗、酒屋:奥津健太郎
                            後見:野口隆行

小舞
「鶉舞(うずらまい)」 野村太一郎
「鉄輪(かなわ)」   野村萬斎
         地謡:野村裕基、中村修一、深田博治、高野和憲、石田淡朗

「仏師(ぶっし)」
 すっぱ:内藤連、田舎者:石田幸雄           後見:中村修一

「蜘盗人(くもぬすびと)」
 貧者:野村万作
 主:野村萬斎
 太郎冠者:月崎晴夫
 立衆:高野和憲、竹山悠樹、深田博治、飯田豪、岡聡史
   後見:石田淡朗、野村裕基

「膏薬煉」
 鎌倉の膏薬煉が、上方の膏薬煉と膏薬の吸い比べをしようと旅に出ます。途中で休んでいると、上方の膏薬煉が現れ、鎌倉の膏薬煉と吸い比べをするためにやって来たと言います。二人は、まずお互いの膏薬の系図を語ります。鎌倉の膏薬煉は、頼朝の名馬生食(いけずき)が逃げ出したとき、自分の先祖が、わずかな膏薬でそれを吸い寄せたために「馬吸膏(ばすいこう)」との銘を賜ったと語り、一方上方の膏薬煉は、宮中の庭に大石を置こうとしたものの、どうしても築地を越えなかったため、自分の祖先が、わずかな膏薬で大石を持ち上げ庭まで運んだので、「石吸膏(せきすいこう)」との銘を賜ったと語ります。
 つぎにそれぞれの薬種を明かし合い、最後に、どちらの膏薬が強いか吸い比べをすることにし、膏薬をつけた短冊を鼻につけて、吸い寄せたり、吸い戻されたり、さらにねじ引き、しゃくり引きとエスカレートの末、上方が勝ちます。

 膏薬がいかに毒を吸い取るかを競うのが、吸引力を競い合うことになり(笑)、薬種も「石のはらわた」「木になる蛤」「海に生えるタケノコ」「空を飛ぶ泥亀」「雪の黒焼き」など、訳の分からない物ばかり。奇想天外な法螺話から吸い比べでは、膏薬の短冊を付けた鼻を突き合わせて片方が後ろへ体を引くと引っ張られるように動いたり、ねじったり、タイミングを合わせるのが難しそうだけど、ピッタリ合ってて、「やっとな」「ホイッ」と言いながら大げさな動きが可笑しい。鎌倉の膏薬煉が転ぶと「足の裏に松脂がついて滑ったのだ」と負け惜しみを言ったりします(笑)。
 それにしても、裕基くん、顔もお父さんに似てきた。

「千鳥」
 太郎冠者は主人から、祭で客に振る舞う酒を買ってこいと命じられますが、ツケがたまりすぎていて、売ってもらえそうにありません。困った太郎冠者は、酒屋にお世辞を言って喜ばせ、何食わぬ顔で酒樽を持ち帰ろうとしますが、酒屋に咎められ何か話をしろと促されます。そこで、尾張の津島祭に行く途中で見た、子供が千鳥を捕える様子を見せようと言って、酒屋に囃させ、その隙に持ち逃げしようとしますが、これも失敗。次に、祭の流鏑馬を再現して見せようと言って、馬に乗る真似をしながら走り回り、矢が当たったと言って酒屋を倒し、酒樽を持ち去ります。

 主人役の信朗くんが、又三郎さんにそっくりになってきて親子だなあと改めて思ってしまいました。
 酒屋にツケがたまっているのに、「神事に酒がなくては済むまい」と、お金が無いのに何としても酒をツケで買ってこさせようとする主人に、文句を言いつつ酒屋へ行く太郎冠者。又三郎さんの太郎冠者は、機転が利いて、何と言ってもエネルギッシュな感じで愛嬌がある。そんな太郎冠者とのやり取りを酒屋もいつも楽しんでるらしい感じ。隙を見て持ち逃げするしかない太郎冠者と、それを阻止する酒屋との駆け引きが面白くて笑っちゃうし、囃子のリズミカルな繰り返しも楽しい。

小舞
「鶉舞」は、狂言「木六駄」で太郎冠者が酔って謡い舞う場面で用いられる面白い曲。太一郎さんが明るく楽しそうに舞っていたのに対し、「鉄輪」は能『鉄輪』の終曲部分で、頭に鉄輪を載せた鬼の姿となった女の激しい情念を現した曲なので、萬斎さん、緊張感漂って、厳しく妖しい感じ。

「仏師」
 持仏堂を建立した田舎の男が、安置する仏像を買い求めに都にやって来ます。そこへすっぱ(詐欺師)が現れ、自分こそ名高い仏師だと名乗って田舎者をだまし、翌日までに吉祥天女像を作ってやろうと請け合います。翌日田舎者が約束の場所へ行ってみると、確かに仏像はありましたが、印相が気に入らない。手直ししてもらおうと仏師を呼ぶと、すっぱが慌てて現れ、すぐ直すと言います。実はすっぱが仏像になりすましているので、印相を手直しするたびに、すっぱは仏師と仏像に早変わりし、目まぐるしく交替しているうちに、最後は見破られてしまいます。

 「六地蔵」と同じような話で、「仏師」の方は、すっぱが一人で仏師と仏像に場所を変えて面(乙)を付けたり外したりで早変わりするから、より単純。
 騙してやろうとするすっぱが、田舎者に振り回されたあげくバレちゃうという。3人で行ったり来たりする「六地蔵」より、一人で右往左往する「仏師」のすっぱの方がちょっとお気の毒に思えちゃいます(笑)。

「蜘盗人」
 連歌の初心講の頭に当たった男の屋敷に、仲間たちが集まってきます。そこへ、一人の連歌好きの男が現れ、貧しいので連歌の会には参加できないが、忍び込んで立ち聞きしようと言って、垣をのこぎりで破りますが、その音を聞いて駆けつけた人々に見つかりそうになって、大きな蜘蛛の巣にかかってしまいます。主人は、盗みに入ったのではないと言う男を助ける条件に連歌の付けあいを求めます。男が即妙に答えるので感心した主人は蜘蛛の巣から助けて酒を飲ませ、男は小袖を土産にもらってお礼を謡い納めて帰ります。

 能『土蜘蛛』に出て来る蜘蛛の巣の作り物が出され、蜘蛛の巣にかかった万作さんがいかにも情けなさげww。後半は、人情話的な展開で、連歌好きで教養のある男に感心した主人が男を丁重に招き入れ、同好の士として認め合い、温かく接する姿にほっこりした気持ちになりました。