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能楽鑑賞日記

2021年4月18日(日) 萬狂言春公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

ご挨拶:野村万蔵

「二人袴(ふたりばかま)」
 聟:野村拳之介、親:野村萬、舅:小笠原由祠、太郎冠者:小笠原弘晃

「水汲(みずくみ)」
 新発意:能村晶人、いちゃ:野村万之丞

素囃子「早苗」
 大鼓:大倉慶乃助、小鼓:清水和音、太鼓:桜井均、笛:成田寛人

「髭櫓(ひげやぐら)」
 夫:野村万蔵
 妻:野村万禄
 注進の者:山下凜々花
 女たち:野村拳之介、野村信朗、小笠原弘晃、奥津健太郎

 地謡:能村晶人、野村萬、小笠原由祠、野村万之丞

 いつものように、最初に万蔵さんが、ご挨拶と解説。「二人袴」は、失敗を許す、大きく包み込む優しさの曲。「水汲」は小歌のやり取りが続く、叙情的な曲。「髭櫓」については、大嘗会(だいじょうえ)は、天皇が即位した時だけに行う新嘗祭(にいなめさい)のことで、鉾を持つ役を大髭の男がやる。という話をされました。

「二人袴」
 婿入り(結婚後初めて妻の家に挨拶に行くこと)をしようとする男は、一人では恥ずかしいので親に付いてきてくれるよう頼みます。親は門前まで行き、袴を着せて送り出しますが、舅の家の太郎冠者に気付かれてしまい、座敷に呼ばれます。正装の袴は一つしかないため、息子の袴を親が着て出ますが、二人揃って来て欲しいと言われ、袴を裂いて二人で前だけにあてて、ごまかして中へ入ります。後ろを見られないよう注意していましたが、酒宴となり、舞を所望されてしまいます。舅と太郎冠者の目をなんとかそらしながら舞いますが、舅と三人揃って舞ううちに、太郎冠者に見つかり、親子は恥ずかしさのあまりに逃げ出し、舅と太郎冠者は呼び戻そうと追いかけます。

 萬さんと拳之介くんの祖父・孫が親子役で、小笠原親子が舅と太郎冠者役です。若い拳之介くんの聟さんが、いかにも世間知らずで無邪気な聟さん(笑)、ついつい面倒を見ちゃう父親役の萬さんは、なんとも飄々とした雰囲気。聟さんとその父親に気を使いつつ失敗を咎めず大らかに対応する舅の小笠原さん。聟親子のドタバタで大笑いしながら、最後はめでたくホッコリした気持ちになります。90歳を過ぎても益々お元気な萬さんに感心。

「水汲」
 門前のいちゃ(若い女性の通称)が野中の清水で洗濯をしていると、寺の新発意(出家して間もない僧)が来客のためのお茶の水を汲みにやって来ます。日頃からいちゃに思いを寄せていた新発意は、そっと近づいていちゃを驚かせ、水を汲ませ小歌を歌わせたりして戯れながら、想いを確かめようとします。しばらく謡い合ってやり取りしていますが、水を汲んで届けようとするいちゃを引き止め、放そうとしない新発意に、いちゃは桶の水を被せて行ってしまいます。

 万作家だと最後に桶を被された新発意が、手を広げて暫しフリーズするのですが、万蔵家は、すぐ桶をはずすので、笑いより、より叙情的な雰囲気に重点が置かれているような感じがしました。いちゃと新発意が小歌でやり取りしながら、まさにイチャイチャ(笑)。

「髭櫓」
 宮中の大嘗会に犀の鉾を持つ役に選ばれた大髭の男は、妻に装束の用意を頼みますが、日々の生活さえ苦しいのにと承知してもらえません。さらに自慢の髭を剃ってしまえと言われた夫は、怒って妻を打ち据え、妻は目に物をみせてやろうと捨てぜりふを残して去ります。
 注進の者から、妻が近所の女たちを連れて押し寄せて来ると聞き、夫は髭に櫓をつけて防戦の準備をして待ち構えていると、槍・長刀などの長道具を持って女たちが押しかけてきます。女たちと戦が繰り広げられますが、最後は力を合わせた女たちに取り押さえられ大きな毛抜きで髭を抜かれてしまいます。

 最後は、又三郎家の人たちが加わっての「髭櫓」。夫の万蔵さん、妻の万禄さんと女たちの中の奥津健太郎さん以外は10代から20代初めの子供世代。注進の者はお弟子さんの山下浩一郎さんのお嬢さんでした。2008年生まれとのことなので、まだ12,3歳ぐらいですね。

 髭を囲む小さな櫓に幟も立ててあり、いざ出陣と前の門も開くというのが、なんとも滑稽で面白い。小さい櫓に対して妻が持っているのが、巨大な毛抜き(笑)。謡にのせて繰り広げられる戦いと大きな毛抜きで髭を抜かれてしまう最後も大笑いです。狂言に出て来るわわしい女たちはやっぱり強いですねぇ。

 万蔵家も若い子たちが育ってきて楽しみです。
2021年4月15日(木) 第94回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 15:00開演

解説:高野和憲

「文相撲(ふみずもう)」
 大名:野村裕基、太郎冠者:野村萬斎、坂東方の者:野村太一郎
                              後見:石田淡朗

「茶壺(ちゃつぼ)」
 すっぱ:中村修一、中国の者:内藤連、目代:深田博治
                              後見:月崎晴夫

「見物左衛門(けんぶつざえもん)/深草祭(ふかくさまつり)」
 見物左衛門:野村万作                   後見:野村裕基

「骨皮(ほねかわ)」
 新発意:飯田豪
 住持:石田幸雄
 檀家:岡聡史、竹山悠樹、高野和憲
    後見:内藤連

 解説は、久しぶりに高野さんでした。きっちりと時々メモを見ながら、演目のポイントを話されました。

「文相撲」
 大名は太郎冠者に命じて、新しく雇う使用人を探しに行かせます。太郎冠者が上下の街道までくると、ちょうど奉公希望の坂東方(関東地方)の男が通りかかったので、早速声をかけ、男を連れ帰ります。聞けば男は万能に秀でており、中でも最も得意なのが相撲だというので、相撲好きの大名は、自ら男の腕前を見ることにします。最初の一番は大名が負けてしまいますが、伯父にもらった相撲の書を読んで研究し、次の相撲では勝利します。そして、もう一番取ることになり、大名は相撲の書を読みながら相撲をとっていると、男に足を取られて負けてしまいます。「勝ったぞ、勝ったぞ」と男が去ると、大名は相撲の書を捨て、腹いせに傍に居た太郎冠者を投げ倒して去って行きます。

 「野村狂言座」は研鑽のための会なので、珍しい配役や珍しい曲もあります。今は配信もやっているとのこと。高野さん曰く、25分くらいが一般的で45分は長いので忍耐がいる、相撲をとるまでが長いと。この曲のキーワードは相撲の書。大名が新しく使用人を雇うにも最初は大袈裟な人数を言い、太郎冠者にたしなめられて、減らすうち、一人だけ雇うというのは、いつもの狂言パターン(笑)。
 新参者に大勢家来がいるように見せかけて太郎冠者と聞こえるように大声で話す大名は見栄っ張りなところもありますが、「馬もいないのに馬野伏せ起こしは必要ない。猫の伏せ起こしか」と大笑いして太郎冠者に「聞こえまする」と止められたり。ついつい本音が出て、ぬけてる(笑)。
 今回は祐基くん、太一郎くんという若手に萬斎さんの太郎冠者で締めるという配役。
 坂東者の太一郎さんが、目の前でパチンと手を叩く「まがくし」と言う手で大名を負かすと、大名は拳で殴るという禁じ手で勝ったと言い、最後には相撲をとりながら相撲の書を読んでいるから、足をとられて投げ飛ばされて負けてしまう。それで腹立ちまぎれの大名は太郎冠者に八つ当たり(笑)。ちょっと大人げない大名とそんな主人に仕える太郎冠者、そこにあまり空気が読めない新参者が入ってのドタバタは何度観ても面白い。

「茶壺」
 酔っぱらって道で寝てしまった中国(地方)の男。そこへ通りかかった都のすっぱが、男の背負っている茶壺に目を付け、盗もうとしますが、片方の肩紐に手を通しているので盗めません。そこで自分ももう片方の肩紐に手を通して、寝たふりをします。目を覚ました男とすっぱは、大声をあげて言い争い、騒ぎを聞きつけた目代が事情を聞くと、男は、あれは主人から言い使って買ってきた栂尾の茶だと説明しますが、すっぱもそれを盗み聞きして、まったく同じ説明を目代にくり返します。そこで目代は茶を詰めた記録を二人同時に舞い語らせますが、それでも判断がつけられません。すると、目代は「昔より奪い合う物は中から取るという」と言って茶壺を持ち去ってしまい、驚いた二人は目代を追いかけます。

 初めから酔っぱらって出て来る男。道端で寝込んでしまうと荷物を盗もうとするすっぱが自分の物に見せかけて寝、起きた男と言い争いになり、目代が仲裁に入って、すっぱの正体がバレて追い込まれる話は他にもありますが、最後に目代が持ち去ってしまうというのは珍しい終わり方です。
 茶の謂れを相舞で言うところで、すっぱが微妙にタイミングを遅らせて終わりだけ合わせるのが面白いところ。いつも少し遅らせて、最後を合わせるタイミングに感心するんですが、若手のお二人も上手くずらしたり合わせたりしてました。

「見物左衛門」深草祭
 都に住む見物左衛門が、深草祭を見物に出かけます。神事が始まるまでまだ時間があるので、まずは九条の古御所を見物することにします。厩や立派な座敷の様子を見て感心するうち、競馬が始まるのでその乗りぶりや落馬する様などを楽しみ、ついで祭の行列や節句の幟などを見て楽しんでいると、相撲が始まります。人垣をかき分けて見物を始めた見物左衛門でしたが、自身がとりくむことになり、初めは勝つが、二度目は打ち倒され、「もう一番とろう」と追って行きます。

 和泉流だけの曲とのこと。独り狂言で、一人で情景を彷彿とさせ相手がいるように演じるのが、まさに万作さんの至芸。フットワークも口も軽く、負けず嫌いな見物左衛門の行動がなんか可笑しくて笑える。高野さんが解説で、人の名前が洒落ていると、言ってましたが、ぐずろ左衛門、福えもん、柿本しぶくいえもん等々、面白い名前の人たちが登場しました。
 大蔵流では、独り狂言としては、先代の千之丞さんが復曲した「独り松茸」がありましたね。こちらも千之丞さんならではの至芸でした。

「骨皮」
 寺の住持が、新発意に寺を譲ることにし、今後は檀那あしらいを大事にするように言いつけます。張り切った新発意は、傘を借りに来た檀那に、住持の秘蔵の立派な傘を貸してしまいます。それを住持に報告すると、そういう時は「辻風にあい、骨は骨、皮は皮になってしまったので貸せない」と断るものだと言って叱られます。すると新発意は、次に馬を借りに来た者に今教わったばかりの言い訳を言い、次には住持を招待に来た者に馬の断り文句を言ってしまいます。それを聞いた住持が怒って争いとなり、新発意は住持を倒していってしまいます。

 一本の傘を貸したことから、次々にボタンの掛け違いがおこる話。プログラムの語句解説の「『だくるひ(駄狂ひ)』・・・積み荷をいやがり暴れること。」には、馬が発情したという、もう一つの意味がある。という解説があり、馬の断り文句を住持への誘いの断りに使ったことから、下ネタな話に(笑)。住持が使いに来た女性を連れ込んだのを見たとバラして、怒った住持と喧嘩になるも若い新発意の方が強い(笑)。
 万之介さんが生きていた頃は、万之介さんの住持で観たことがありますが、如何にも胡散臭そうな感じが出ていて面白かった。万作さんは下品だと言ってやりたがらないそうで、なかなか観られなくなりましたが、誰がやるのかと思ったら、やっぱり石田さんしかないですね(笑)。断り文句の言い訳を違うケースで使うのが妙な合い方をしていて爆笑もの。最後は住持の言う通りにしたのに怒られてばかりな新発意が、仕返しでわざと言ったんじゃないでしょうか(笑)。
2021年4月8日(木) 狂言ござる乃座63rd
会場:国立能楽堂 18:30開演

素囃子「羯鼓(かっこ)」
 大鼓:柿原孝則、小鼓:曽和伊喜夫、笛:槻宅聡

「節分(せつぶん)」
 鬼:野村裕基、女:野村太一郎      後見:野村萬斎

「花盗人(はなぬすびと)」
 男:野村萬斎、何某:野村萬斎      後見:月崎晴夫

「金津地蔵(かなづじぞう)」
 親:野村萬斎
 金津の者:高野和憲
 子:三藤なつ葉
 立衆:石田幸雄、深田博治、内藤連、中村修一、飯田豪、石田淡朗
                     後見:岡聡史

 いつもは無く、プログラムにも無かったけれど、最初に萬斎さんが切戸口から登場して解説をされました。

「節分」
 節分の夜、夫が年越しに出かけたため、女が一人で留守番する家へ蓬莱の島から鬼がやってきます。初めは隠れ蓑のせいで姿が見えませんが、蓑を脱いだ鬼の姿に女は恐ろしがります。女に一目ぼれした鬼は、蓬莱の島に流行る小歌を謡って女に言い寄りますが、冷たくされて、とうとう泣き出してしまいます。それを見た女はなびいたふりをして、鬼から隠れ笠・隠れ蓑・打ち出の小槌といった宝物を取り上げ、鬼が家に入って休んでいると、女は豆をまき始め、豆をぶつけられた鬼は慌てて逃げて行きます。

 最初に解説で、まず鬼には2種類あり、人を喰う地獄の鬼と蓬莱の鬼という異邦人があり、「節分」に出て来る鬼は蓬莱の鬼で、蓬莱の島から来た異邦人。純情なところとセクハラなところがあるとww。この鬼の役は、「釣狐」の前哨戦として、自分で謡い舞う過酷な曲とのこと。
 裕基くんも、いよいよ次は「釣狐」に挑戦する時期が来たということでしょうか。鬼なので、重い装束でも動きがキリリとしていて飛び跳ねたり、謡いながら舞うのも体力がいりますね。
 昔は、自分たちと違う外国人を恐れて鬼という事もあったようですが、この女はなかなかしたたか、自分に気があると分かると、それを逆手に取って宝物をプレゼントさせ、豆をぶつけて追い出してしまいます。如何にも恐ろし気な鬼の外見とは違う純情さと、したたかな女、どっちが鬼なんでしょうか。

「花盗人」
 ある庭の桜が見事に咲いているので、枝を手折り人に贈ったところ、もう一枝所望された男が、再び桜を盗りに行きますが、待ち構えていた庭主に捕まってしまいます。桜の木に縛られた男は古詩を口ずさみ、古歌を引用して、花盗人は罪にならないと語ります。そして今の様子を上手に和歌に詠むので許され、酒宴となって、土産に一枝もらって帰って行きます。

 盗人が博識なところを見せ、古詩や古歌を謡います。男の和歌の「この春は 花の下にて縄つきぬ(名は付きぬ) 烏帽子桜と人は言うらん」では「縄つきぬ」と「名は付きぬ」の二つの意味がかけられていて「花の下で縄つきになったことは、まるで元服で烏帽子をつけて新しい名がついたようで、めでたい美しいことのようだ」という歌だそうです。
 先日観た「蜘盗人」にも似てて、縛られてトホホな萬斎さんが可笑しかった。最後は和やかに謡い舞い、花まで土産に渡しちゃうというほっこりした雰囲気で終わりました。

「金津地蔵」
 越前国・金津の里の男が、新築のお堂に安置する地蔵像を求めて都へやってきます。それを聞きつけたすっぱ(詐欺師)は仏師になりすまし、我が子を地蔵に仕立てて売りつけます。男は大喜びで地蔵を背負って里に帰り、早速村人たちも集め供養を始めます。地蔵は饅頭が欲しいと口をきき、皆は生き仏だと喜んで饅頭や酒を供え、囃子物を謡って地蔵と一緒に踊り出します。そこへ我が子を取り戻しにやってきたすっぱが隙を見て抜け出した子供を背負って逃げて行きます。

 これは子方の可愛さに持って行かれちゃいますね。ここでもなつ葉ちゃんが大活躍。親孝行のためなら売られましょうと、健気な子ですが、必ず迎えに行くと言われて地蔵のふりをして村人に背負われて行きます。この時は地蔵のふりをしているから反対向きに背中と背中を合わせて足を伸ばしたまま背負われて行きます。浮かれる村人たちにはお気の毒ですが、最後、約束通りに迎えに来た父親のすっぱにおんぶされて逃げていくのは可笑しくも救われます。