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能楽鑑賞日記

2021年8月26日(木) 第95回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 15:00開演

解説:野村萬斎

小舞
「柳の下」 野村裕基
「掛川」  石田淡朗
           地謡:中村修一、野村太一郎、内藤連、飯田豪

「以呂波(いろは)」
 親:茂山忠三郎、子:茂山良倫              後見:山本善之

「狐塚(きつねづか)」
 太郎冠者:月崎晴夫、主:岡聡史、次郎冠者:竹山悠樹   後見:飯田豪

「貰聟(もらいむこ)」
 舅:石田幸雄、妻:中村修一、夫:高野和憲        後見:内藤連

「禰宜山伏(ねぎやまぶし)」
 山伏:野村萬斎、禰宜:野村万作、茶屋:深田博治、大黒天:三藤なつ葉
                             後見:野村太一郎

 最初に萬斎さんが登場して解説。演目について、あまり脱線することもなく解説されました。
 小舞「柳の下」は、当時の僧侶と稚児の恋愛を描いたものだそうで、「掛川」は、男女の情愛、掛川宿の遊女のことを、愛しくてたまらないという男の心情を謡った曲だそうですが、裕基さんも淡朗さんも品よくさらりと舞っていました。

「以呂波」
 父親が、まだ息子に手習いを教えていないので、四十八文字のいろはを教えようと息子を呼び出します。息子は、立て板に水のように言われても覚えられないので、一文字ずつ教えてほしいと言います。父がまず「い」と言うと、息子は「灯心」と応え、藺(い)を引けば灯心が出るから(いぐさ。髄を灯心にした)と言う。「ろ」と言えば「櫂(かい)」、「ちり」と言えば掃き集めて火にくべよなどと言いだします。父は、そのような先走った知恵を出してはならぬと戒め、今度は何でも言う通り口真似せよと命じ、「・・・ゑひもせず京と読め」と言うと「と読め」まで真似をします。父が叱ると、その言葉どおり反復して叱り返す。父が怒って子どもを引き倒すと、子どもはそれも真似して父を打ち倒して立ち去ります。

 大蔵流の茂山忠三郎さんと良倫(よしみち)くん親子がゲストで出演。「口真似」や「察化」に似てますが、太郎冠者のトンチンカンな対応に呆れた主人が自分の言う通りにやれと言うのに対し、これは、親が子に「いろは」を教えようとして、先走った応えをするのに怒った親が言う通りにくり返すよういうと、余計なことまで口真似、もの真似してしまう。子どもが初舞台に演じる曲は和泉流では「靭猿」ですが、大藏流では「以呂波」が初舞台の曲だそうで、良倫くんも2018年、4歳の時に「以呂波」で初舞台を踏んでいます。現在7歳ですが、ますます忠三郎さんに似てきて、無邪気な感じが可愛らしいです(^^)。
 まだ手習いを教える前から先走った応えをするというのも利発すぎる子で、最初は優しく教えていた父親に怒られたので、当てつけにやってるのかもと思っちゃいますが、そこは子どもなので、可愛さが上回って、観てる方も終始ニコニコ。

「狐塚」
 群鳥を追い払うために、主人は太郎冠者に狐塚の田へ行くよう命じます。太郎冠者は、狐が人を化かすという噂だから行きたくないと言いますが、主人に促され、しぶしぶ出かけます。明るいうちは元気に鳴子で鳥を追っていた太郎冠者でしたが、日が暮れてからはビクビク。そこへ、次郎冠者が見まいにやって来ますが、狐が化けたのだと思い込んだ太郎冠者は、次郎冠者を縛りあげてしまいます。さらに、寂しかろうと見舞いにきた主人までも縛り上げ、松葉をくすべれば狐が正体を現すに違いないと煙を近づけます。二人が煙たがると「やめて欲しければコンと鳴け」と太郎冠者が責めるので、二人は「コン」と鳴き真似をします。すると、今度は「皮を剥いで毛皮にしてやる」と鎌を借りに何処かへ行く太郎冠者。その隙に次郎冠者がなんとか縄を解き、主人の縄も解いて、鎌を持って帰って来た太郎冠者を二人で肩と足を持って放り出して帰って行きます。起き上がった太郎冠者は、もう一度捕えてやると追いかけて行きます。

 鳥追いの様子、鳴子を引く様子など、秋の風情が感じられる前半と後半のドタバタぶりの対比が狂言らしくて面白いです。太郎冠者の月崎さんがイキイキしてましたね(笑)。
 大蔵流では太郎冠者と次郎冠者が二人で狐塚へ行って、二人で見舞いに来た主人を狐が化かしていると思い込んで、いぶしますが、主人と気付いて逃げ出すというストーリーです。大蔵流のも観てますが、どちらも面白いですね。

「貰聟」
 酔っぱらって帰って来た男は、妻を勢いで家から追い出してしまいます。妻は仕方なく実家へ帰りますが、辛抱するよう父に諭されると、夫の元に戻されるくらいなら自害すると言いだすので、不憫に思った父は、娘を奥の部屋で休ませます。翌朝、酔いが醒めて後悔した男は舅を訪ね、酒をやめたから妻を返して欲しいと頼みますが、舅は娘はここにはいないと言い張ります。しかし男が、子ども(金法師)が母を恋しがっていると訴えると、それを聞いた妻は、我慢しきれず出てきてしまいます。ところが父は、娘が夫の元に帰るのを許そうとしません。押し問答の末、父と聟はとっくみあいになりますが、妻は夫の味方をして、二人で父親を倒して仲良く帰って行きます。

 高野さんの酔っ払い夫、大声で歌いながら千鳥足で帰ってきます。妻の中村さんは毎度のことにウンザリという感じで迎えますが、妻の態度にムッとした夫は酒の勢いもあって妻に「出ていけ!」、妻も「堪忍袋の緒が切れた、離婚の印(しるし)をください」ということに。昔は離縁するのに、印として妻に何か渡すことになってたらしいです。狂言では、よく「塵を結んででも」と言いますが、案の定、夫はホントに落ちていたゴミを結ぶ仕草をして、妻に渡そうとします。さすがに怒った妻に「ちゃんとした印をよこせ」と言われて腰にさした小刀を渡して追い出します。子どものことを思って泣く泣く出て行く妻、夫は「清々した」と、また飲みに行ってしまいます。
 実家に帰った娘に父親の石田さんは、これが初めてではなく、これまでも度々あったようで、辛抱して帰るよう諭しますが、今度は娘の意思が固いと知って、奥の部屋で休ませ、「あの男が迎えに来ても絶対に出てくるな」と言い聞かせます。
 案の定、翌朝、酔いが醒めて慌てて迎えに来た夫、きまりが悪いのか、まず舅にお世辞を言ってご機嫌をとります。そして「今朝からきっぱり酒をやめました。妻を返してください」という男に、娘はここにはいないと突っぱねる舅。陰で聞いていた妻は、夫が子どものことを言いだすと、思わず声を出して、出てきてしまいます。夫と舅は、「帰せ」「帰さない」で取っ組み合いの喧嘩、すっかり帰る気になっている妻は夫に「舅の足を取れ」と言われると、二人で舅を倒し、「愛しい人、こちへござれ」と、仲良く帰って行きます。起き上がった舅が二人の背中に「来年の祭りには呼ばぬぞよ」という台詞、笑ってしまいますが、怒りと同時に娘夫婦が仲直りしたことに安堵する複雑な心情が込められていて、秀逸です。

「禰宜山伏」
 伊勢の禰宜が旦那廻りのために都へ上る途中、なじみの茶屋で休んでいると、大峯・葛城での修行を終えた山伏がやってきて、茶が熱いのぬるいのと文句を並べ、荒々しく振る舞います。山伏は座っている禰宜に目を付け、腰かけから無理矢理追い出したり、自分の肩箱を持てと言って押し付けたりします。見かねた茶屋が仲裁に入り、大黒天の像を祈り比べ、自分の方を向かせた者が勝ち。負ければ相手の荷物を持つ、ということにします。まず禰宜が祈ると、大黒が機嫌よく向いてくれる。つづいて山伏が祈れば、大黒はそっぽを向く。腹を立てた山伏が禰宜と一緒に祈ると、大黒は禰宜の祈りに立ち上がって浮れ出します。山伏はなんとか大黒を引き向けようとしますが、大黒が槌で打とうとするので、驚いて逃げ去って行きます。

 気弱な禰宜と、傲慢な山伏という対比ですが、万作さんが禰宜をやると気弱というより、穏やかで物腰柔らかな世慣れた感じ、萬斎さんの山伏は荒っぽくて子どもっぽい。
 子どもが演じることが多いという大黒天、台詞がなく、禰宜の祈りには立ち上がって拍子をとり、山伏の祈祷には槌をふるう。なつ葉ちゃんの大黒天、仕草だけであどけなくて可愛らしい。
 でも、そもそも、山伏が言っていた通り、山伏の祈祷は悪霊退散など、調伏する祈りなので、初めから不利な勝負。茶屋もそれを承知で禰宜が勝つような勝負をしかけたんでしょうね。

 今回の野村狂言座、やっぱり二人の子役に持ってかれた感じ(^^)
2021年8月3日(火) 東京2020オリンピック・パラリンピック能楽祭五日目
会場:国立能楽堂 13:00開演

仕舞「玉之段(たまのだん)」(金剛流)
 金剛永謹    地謡:山田伊純、豊嶋晃嗣、種田道一、宇高徳成

「舟渡聟(ふなわたしむこ)」(和泉流)
 船頭・舅:野村万作、聟:野村裕基、姑:石田幸雄   後見:飯田豪

『道成寺(どうじょうじ)』(金剛流)
 シテ(白拍子・鬼女):金剛龍謹
 ワキ(住僧):福王和幸
 ワキツレ(従僧)村瀬堤、矢野昌平
 アイ(能力):野村萬斎、野村太一郎
    大鼓:大倉慶乃助、小鼓:林吉兵衛、太鼓:小寺真佐人、笛:竹市学
       後見:廣田幸稔、工藤寛、豊嶋幸洋
         地謡:元吉正巳、宇高竜成、豊嶋晃嗣、坂本立津朗
             山田純夫、種田道一、今井清隆、今井克紀
       鐘後見:金剛永謹、宇高徳成、廣田康能、山田伊純、田村修
       狂言後見:高野和憲、深田博治、内藤連、中村修一

 今回は金剛流の能。初めの仕舞「玉之段」は、能『海人』の中に出て来る舞で、『海人』は、藤原不比等の妹が唐の高宗の后となり、氏寺の興福寺へ贈った三種の宝の一つの宝珠を龍宮に奪われ、それを取り戻しに来た不比等と海人の間に出来た子が房前(ふささき)の大臣(おとど)となり、母の追善のために従者を従えて志度の浦にやってくるところから始まります。仕舞ではその時現れた海人の霊が、宝珠を龍宮から取り返してきたら、我が子を世継ぎにするとの約束で海に潜り、龍宮から宝珠を奪い返し、死人を忌むという龍宮の慣習を逆手にとって、乳の下をかき切って珠をこめ、流れ出る血に戸惑う海龍たちの追求をかわして逃げるくだりを仕方語りに再現する舞が「玉之段」です。金剛宗家がドラマチックに舞いました。

「舟渡聟」
 矢橋(やばせ)の浦の船頭が客待ちをしていると、酒樽と肴を携えた聟入りに行く若者が現れます。船に乗せたはよいが、折からの寒さに加え、この船頭は無類の酒好きで、若者の酒樽に目を付け、舟を揺さぶったり漂わせたりの特権濫用で酒を無心します。仕方なく酒を飲ませた聟は岸に着くと軽くなった酒樽を持って舅宅へ向かいます。ところが、舅は先ほどの船頭で、姑が帰宅を促すと、舅は帰宅して聟の顔を覗き見て驚いて逃げ出します。姑に引きとめられ、顔を変えて出ろと言われた舅は無理矢理髭を剃られ、顔を隠して聟と対面しますが、顔を見たいという聟に無理矢理顔を見られ、最前の船頭とわかってしまいます。聟は「酒はあなたに飲ませる為のもの」と舅を責めず。互いに名残を惜しみながら別れます。

 大蔵流だと、舅と船頭は別人で、船頭に酒を無心された聟が結局、一緒に飲んで酒樽を空にしてしまい、酒樽は開けないだろうと空の樽を持って舅宅に行き、空であることがバレて逃げ出します。
 和泉流の聟さんは先日の「二人袴」の聟さんとは違って真面目でよくできた聟さんです。夫婦役の万作さんと石田さんは長く連れ添った夫婦という感じで鉄板コンビ。祐基さんの聟さんも初々しい。万作船頭が酒樽に栓をしようとする聟の手を酒を飲みながら片手で止める仕草など、万作船頭の細かい動きが見事で面白い。

『道成寺』
 紀州・道成寺の住僧が鐘を再興したことを述べ、能力(のうりき)に女人禁制を触れるように命じます。そこへ一人の白拍子が現れ参詣を強く望み、舞を納めたいと言います。能力は一度は断りますが、白拍子のたっての頼みに、一存で境内に入ることを許してしまいます。能力が烏帽子を差し出し、舞を所望すると舞い始めた白拍子は乱拍子という特殊な舞を舞い始め、舞ながら鐘に近づき、能力が寝入った隙に鐘を落としてその中に入ってしまいます。鐘の落ちる音に驚いた能力が慌てふためき住僧に報告すると、住僧は昔、この寺で起こった事件を物語ります。
 昔、熊野詣の山伏が定宿としていた真砂の荘司の娘が、毎年訪れていた山伏のことを荘司がお前の夫になる人だと言ったのを本気にし、ある日、山伏に「いつまで私を捨ておくのか」と迫ったのに、山伏は驚いて逃げ出し、道成寺に逃げ込んで助けを求めます。僧は山伏を鐘の中に隠しますが、追ってきた娘は蛇体となって鐘をとり巻き、恨みの炎で鐘もろとも焼き殺してしまったというものでした。
 僧たちが祈り始め、鐘がふたたび上がると、中に蛇体の鬼女がうずくまっていました。そして鐘にとりつこうと迫りますが、僧たちが一心に祈り続けると、ついに日高川に飛び込んで底深く姿を消します。

 『道成寺』は、久々に観ました。流儀によっても違いがあるので、金剛流の『道成寺』は一度観たいと思っていたものです。
 まず、住僧が二人の僧を従えて登場します。能力が僧に呼び出され、促されてから鐘が運び込まれ吊り下げられます。この形式で観るのは前に一回ぐらい、二回あったかな?ほとんどは先に狂言方が鐘を運んで吊り下げてから僧が出てきて始まるのが多かったです。

 先に一畳台や作り物を運んで設置するような感じで吊り下げられるのと、今回のように物語の一幕として能力が運んできて吊り下げるのと2つのパターンがあり、能舞台には『道成寺』の鐘を吊り下げるためだけに必ず天井に滑車と笛柱に輪っかが付けられてます。

 鐘は鉛の重りが付けられていて重さが70kgから100kgぐらいあるのだとか、だから軽くは上がらないし、落ちた時跳ねたりしない、ずっしりと落ちます。鐘の上についた輪に太い棒を通して狂言方4人が担いで出てきます。今回は、棒を担いでいたのは、萬斎さん、太一郎さん、高野さん、深田さんで、内藤さんと中村さんが鐘の両脇を支えるようについていました。「エイヤー、エイトー」と掛け声をかけながら運んできます。吊り下げる時に先の割れた長い棒に綱をかけて滑車に先を通し、綱の先の輪を作った部分をもう一本の先に鉤のついた長い棒で引っかけて滑車に通した綱を引き下ろすのですが、以前、中々滑車に綱が通らず、吊り下げるのに何度もやり直して時間がかかったのを観たことが一度あって、その時は最初につり下げる形式だったからまだよかったけれど、いつもヒヤヒヤしてしまいます。今回は萬斎さんと太一郎さんが鐘吊りをしましたが、一つのシーンとしてやる時は流れが途切れちゃうから、一度ですんなり通ってホッとしました。

 金剛龍謹さんのシテの白拍子が現れ、萬斎能力に参詣を請い、「世の女人とは違い白拍子とて舞を面白う舞って納めそうろう」と言うと、能力が烏帽子を渡して、特殊な乱拍子が始まります。小鼓がシテの方を向いて二人が対峙するような緊張感のある乱拍子が続き、ジリジリと鐘に近づく白拍子。突然、静から動に、囃子が全部加わって激しく舞いも勢いのある急の舞になって、鐘に近づき一度鐘の縁を確かめるように触れて烏帽子を落とすと鐘の中に入ってすぐ飛び上がると同時に鐘が落ちました。このタイミングがとっても大事、重い鐘なので、失敗すると大怪我をすることがあります。笛柱の輪っかに通した綱で鐘を上下するのに金剛宗家をはじめ5人の鐘後見がついています。

 鐘が落ちると能力の萬斎さんと太一郎さんがゴロゴロと転がって、「くわばら、くわばら」「ゆりなおせ、ゆりなおせ」と、それぞれ雷が落ちたか、地震が起きたかと騒ぎますが、鐘が落ちたと気が付くと、どちらが住僧に知らせるかで押し付け合いが始まります。このやりとりが面白いですが、白拍子を入れた萬斎能力が住僧の前に押し出されるとその勢いでストンと座り「鐘が落ちて候」と報告。このタイミングも面白くて笑っちゃいます。どんなお叱りを受けるかビクビクしていた能力も思ったほど叱られず、胸をなで下ろして退場します。

 住僧が鐘にまつわる昔の事件を物語り、従僧たちと鐘の前で祈り始めると、やがて鐘が上がり、中から般若面で蛇体と化したシテが現れます。シテは僧たちとの攻防の末、祈り伏せられ、鐘に執心を残しながら、日高川に飛び込み底深く消えて行きます。

 シテは真っ暗な鐘の中で一人で衣装替えをします。鐘をじっとりと見据える女の執念の深さと哀しみが心に残りました。

 最初の鐘吊りや白拍子の乱拍子、鐘入りなど、流儀による違いが興味深かったです。