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能楽鑑賞日記

2021年10月31日(日) 狂言ござる乃座64th
野村万作卒寿記念

会場:国立能楽堂 14:30開演

「素襖落(すおうおとし)」
 太郎冠者:野村萬斎、主:野村太一郎、伯父:石田幸雄   後見:高野和憲

素囃子「獅子」
 大鼓:亀井洋佑、小鼓:清水和音、太鼓:大川典良、笛:槻宅聡

「唐人相撲(とうじんずもう)」
 皇帝:野村万作
 通辞:野村萬斎
 相撲取り:野村裕基
 楽人:中村修一、飯田豪、小宮正三、山際洋一、福田成生、安達慎之介
 側近:深田博治、時田光洋、岡聡史、野村太一郎
 唐子:三藤なつ葉、前田多聞、後藤叢雲、松原悠羽太
 文官:高野和憲、西本直久、山根節、宮崎亮一、前田誠司、加藤茂夫
 武官:月崎晴夫、林健太郎、後藤秀眞、野村僚太、矢部正樹、金澤桂舟、
    松廼家八好、浦野真介、森本友基、神保良介、岡田篤弥
 髭掻:石田幸雄
 後見:内藤連、石田淡朗、竹山悠樹、宇貫貴雄

 万作さんの90歳の卒寿記念公演。お兄さんの萬さんは昨年90歳を迎えましたが、今年は弟の四郎さんが亡くなりました。ご兄弟の中では年上のお二人がお元気で、今も足腰がしっかりしていらっしゃる。

「素襖落」
 急に伊勢参りに行くことにした主人は、前から約束があったので、一応伯父を誘っておこうと太郎冠者を使いにいやることにします。そして、餞別でももらうと土産物が大変だから、伯父に聞かれてもまだ供は決まっていないというようにと命じます。太郎冠者は伯父の家で酒を振る舞われ、餞別に素襖までもらい、上機嫌で帰路につきます。迎えに出ていた主人の前で、酔った太郎冠者は調子に乗って謡い舞ううちに隠していた素襖を落としてしまいます。それを拾った主人はあたりを探しまわる太郎冠者をからかって、目の前に素襖を突き付けて逃げて行き、太郎冠者が追いかけます。

 まず主人に使いを頼まれた時の太郎冠者のいかにも不承不承な返事に笑っちゃう。伯父にお酒を振る舞われると、ベロベロに酔っぱらっちゃって、餞別の素襖までもらって上機嫌。お土産を買ってくると奥様やお子様の分まで言っているうちにそれぞれのお土産がごちゃごちゃになっちゃうところも笑っちゃいます。酔っ払い役は萬斎さんもお得意(笑)。
 太郎冠者は帰ると主人の前で調子に乗って舞い謡い、落とした素襖を拾った主人の太一郎さん、逃げて行くとき、一度振り返って、ちょっと意地悪に太郎冠者に素襖を見せて逃げて行くのがなんかお茶目。

素囃子「獅子」
 『石橋』で文殊菩薩の浄土に住む霊獣・獅子が牡丹の花に戯れ遊ぶ様子を表します。最初の方のお囃子の掛け声の激しさが獅子の咆哮のようです。

「唐人相撲」
 唐に滞在していた日本の相撲取りが皇帝に帰国を願い、最後にもう一度相撲をとって見せることになります。通辞(通訳を兼ねる大臣)が行司を勤め、臣下の唐人が次々と相撲取りに挑みますが全くかないません。熱心に観戦していた皇帝ですが、臣下たちのあまりの不甲斐なさに自ら相手をすることにします。唐人たちの歌と「楽」の囃子にあわせて身ごしらえをしますが、いざ取り組もうとして、玉体に直接触れさせるのは汚らわしいと、荒菰を体にまきつけてから取り組みます。でも皇帝が負けそうになるとすかさず側近たちが皇帝を担ぎ上げ、傘をさしかけて退場します。

 皇帝の万作さん、通辞に萬斎さん、相撲取りに裕基さんと親子三代。唐子にはなつ葉ちゃんも出ています。いつもは萬斎さんが相撲取り役ですが、これも裕基さんに世代交代。萬斎さんもプログラムの挨拶のなかで、通辞はアドリブが許されていて、演じてみたかった役と書いていました。
 裕基さんもバッタバッタとなぎ倒してカッコ良い。でも、倒される臣下のパフォーマンスが面白くて盛り上がるのがこの演目。出演者には、狂言師ではない俳優陣なども出ているようで、アクロバティックなパフォーマンスやパントマイムなども入ってました。次々相撲取りにやられる臣下たちの様子に次の対戦相手の文官たちの相談に思わず裕くんがニヤニヤしてしまう場面などもあり(笑)。無理やり相手に引き出された武官の月崎さんは、逃げ回る役、最後に投げ飛ばされて欄干越えをしたのにはビックリ!月崎さんのお歳で、相変わらずの運動神経の良さには感嘆します。唐子たちが皆でかかっていくのも微笑ましくて可愛らしいです。
 とうとう皇帝が自らお出まし。玉座の一畳台の上で舞を舞い身ごしらえをして出てきますが、万作さんは90歳とは思えないブレない舞。
 笑っちゃったのは、「カーン」と皇帝に挨拶する時の型が「ドクターX」の内科の「御意」ポーズみたいだったこと(笑)
 「唐音(とういん)」と言う、なんちゃって中国語も笑っちゃいますが、最後だけは、これからの未来の平安を祈って再会を誓う「再見再見、一路平安(サイツェンサイツェン、イールーピンアン)」という中国語を借用したそうです。
2021年10月24日(日) 忠三郎狂言会
五世茂山忠三郎舞台歴三十五周年記念

会場:国立能楽堂 14:00開演

「萩大名(はぎだいみょう)」
 大名:善竹隆司、太郎冠者:茂山忠三郎、亭主:石倉昭二
                       後見:石角隆行、江口史明

「柿山伏(かきやまぶし)」
 山伏:茂山良倫、畑主:茂山忠三郎      後見:山口耕道、安藤愼平

「武悪(ぶあく)」
 武悪:茂山忠三郎、主:大藏吉次郎、太郎冠者:善竹隆平
                       後見:上田圭輔、肥沼潤一

附祝言

「萩大名」
 長らく在京している田舎大名がどこかへ遊山に出掛けたいと太郎冠者に相談します。太郎冠者は下京のとある庭の萩の花が見頃なので、それを見物に行かれてはと応えると大名はすぐその気になりますが、その庭の持ち主は風流者で庭を見に来た人に和歌を所望するとの事。しかし、大名は無骨者で和歌のたしなみもありません。そこで、太郎冠者はこの前友達を連れて行こうと思い、前もって覚えた歌があるので、それを教えましょうと「七重八重、九重こそ思いしに十重咲き出ずる萩の花かな」という歌を教えますが、大名は覚えられません。そこで太郎冠者は扇の骨の数で七重八重を七本八本、九重で九本、十重で十本パラっと見せ、萩は自分のすねはぎ(足のすね)を見せるカンニング方法を教えて出かけます。
 大名は庭の持ち主と挨拶を交わし、庭の様子を見るうちに貴重な老梅の枝を茶臼の引き木にしたら便利だとか、庭に据えられた大きな岩を砕いて火打石にしたら良いとか失言を重ねます。
 さて、いよいよ歌を詠むことになりますが、太郎冠者が扇の骨を見せると「七本と八本」、九本目では「九つ時」、十本パラっと開くと「ぱらりさん」と合図がなかなか通じません。太郎冠者は呆れて途中で帰ってしまいます。太郎冠者がいないことに気付いた大名は慌てて、亭主が末句を催促してもどうしても出ず、とうとう「太郎冠者の向う脛」と付けて亭主に叱られ、面目を失います。

 プログラムに鑑賞のしおりを忠三郎さんが書かれていて、大名が九本の扇の骨を見ると「九つ時」と答えるところ、「この九つ時とはお昼の事。つまりは『お昼ご飯まだー?』と大声を出すようなもの」と解説されていました。そういうことかと分かると太郎冠者が呆れ果てて大名を置いて帰っちゃうの、ちょっと冷たいなと思ってましたが、なんか呆れる理由も分かるなと思っちゃいました。
 また、萩大名のような大名は「遠国に隠れもない大名です。」と名乗るのは、当時ご覧になられていた都の公家や対し、あなた方を馬鹿にしているわけではないと公言しているようなもの。それに対し、成功を収める大名や果報者は「この辺りに隠れもない大名(果報者)です。」と名乗っているというのも、なるほどと面白く思いました。
 忠三郎さんが機転の利く太郎冠者で、いつも品の良い感じのする隆司さんが、とぼけた田舎大名役、おっとりした感じが田舎者っぽくもあり、その失敗ぶりにはやっぱり笑っちゃいます。

「柿山伏」
 出羽の羽黒山からやってきた山伏が大峰葛城での修行を終えて里へ降りて来ると喉が渇いたので潤すものはないか探すと、たわわに実をつけた柿の木を見つけます。腰に差した短刀を振り回しますが届きません。石を投げても当たらないので、ついに柿の木に登っていくつも柿を食べてしまいます。そこに柿の木畑の持ち主が見回りに来て、梢に隠れた山伏を見つけます。丸見えなのに隠れたつもりでいる山伏を見て畑主はあれは人かと思えば人ではなくカラスに違いない。カラスは鳴くはずだがと煽り、人だとバレたくない山伏はカラスの鳴き真似をします。面白がった畑主は「いや、猿か?」と鳴き真似をさせ、「いや、鳶だ」と「鳶そうな」と「飛びそうな」を掛けた謡で煽ると山伏は木から飛び降り、足をくじいてしまいます。気が晴れた畑主は帰ろうとしますが、怒った山伏は行力で畑主を引き戻します。畑主はやむなく山伏を背負いますが、やはり放り出して帰ってしまいます。

 山伏が忠三郎さんの息子の良倫くん。「飛びそうな、飛びそうな」で、柿の木に見立てた葛桶の上の山伏が「ピッ」と言って回るのが可愛くて笑っちゃう。飛び降りて転がり、「おのれの家で看病せい」と、断られると「目に物を見せてやる」と、畑主が帰ろうとするところを山伏が行力で引き戻します。畑主に煽られてカラスや猿の鳴き真似をする抜けたところはありますが、狂言では行力の効かない山伏が多い中、この山伏は行力が効くようです。なんか山伏も子供がやると何とも可愛いくてにやけちゃいます。

「武悪」
 主人は召使う武悪の不奉公を怒り、彼を成敗するよう太郎冠者に命じます。太郎冠者は長年一緒にお仕えしてきた仲間なので、主人をなだめようとしますが、主人は太郎冠者共々切り捨てると迫るので、太郎冠者はしかたなく腹を決め、主人の太刀を借り受けて武悪の家へ向かいます。武芸に秀でた相手なので、主人のご機嫌を直すのに魚を進上するように勧め、武悪が生け簀の中で魚をとるところを、騙し討ちにしようとします。太郎冠者が刀を抜き武悪に襲いかかろうとすると、気配に気づいた武悪は「待て、聞いてくれ」と色々話しますが、あれこれ言うのは命を惜しむに値すると腹をくくります。太郎冠者は覚悟を決めた朋友にこれまでの出来事、様々な思い出が蘇り、どうしても武悪を斬ることができません。太郎冠者は、武悪に遠くへ逃げるように言って、主人には武悪を討ったと復命します。主人は清々したと、太郎冠者を連れて東山へ遊山に出掛けます。
 一方、武悪も助かったのは日頃信仰する清水の観世音のおかげとお礼参りに行き、鳥辺野あたりで鉢合わせてしまいします。武悪は慌てて逃げますが、不審に思った主人を止めた太郎冠者は自分が見てこようと、武悪のもとに行き、幽霊の姿に作って出直してくるよう入れ知恵をし、主人には、ここは鳥辺野なので、武悪の幽霊が出たのではないかと言います。気味悪がって帰ろうとする主人の前に幽霊姿の武悪が現れます。そして、冥途で主人の父親に会ったといい、その注文で冥途で不便しているからと、太刀・小刀・扇を次々と受け取り、最後には冥途に広い屋敷があるからお供しようと、主人を脅して追って行きます。

 吉次郎さんの頑固そうな主人に、初めから機嫌の悪い主人に、ビクビクしている感じの隆平さんの太郎冠者。前半は主人とのやり取りといい、武悪を討とうとする太郎冠者と武悪との対峙といい、緊迫した重々しい雰囲気ですが、後半は打って変わって、幽霊に化けた武悪に翻弄される主人が可笑しくて、同じ主人とは思えないくらいです。
 和泉流だと、武悪が最期、神妙に討たれたと聞いて、主人もちょっと可哀相に思って弔おうと出かけるのですが、大藏流では清々したと遊山に行くので、ちょっと冷たいなと思っちゃいます。