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能楽鑑賞日記

2021年11月30日(火) 第7回よみうり大手町狂言座
会場:よみうり大手町ホール 18:30開演

お話:小田幸子(能・狂言研究家)

「月見座頭(つきみざとう)」
 座頭:野村万作、上京の男:高野和憲      後見:中村修一

「止動方角(しどうほうがく)」
 太郎冠者:野村萬斎、主:野村太一郎、伯父:石田幸雄、馬:飯田豪
                        後見:内藤連

 舞台上に作られた能舞台の橋掛かり前の空間にスタンドマイクが置かれていて、小田幸子さんが、最初に狂言についてお話されました。
 言葉を主体とした滑稽な劇で、狂言の原型は室町後期にできていて、中断無く行われてきたこと。能の台本は室町時代からほとんど変わらないが、狂言は即興的で江戸時代に流儀ができて台本が出来てからも流動的だったことなど話されました。

「月見座頭」
 中秋の名月の夜。一人の座頭が野辺にやってきて、さまざまな虫の音に聞き惚れていると、上京の男が月見にやってきて、座頭が月見とは風流だと話しかけます。二人は互いに歌を詠み合い、すっかり意気投合して男が持参した酒を振る舞ってささやかな酒宴が始まります。やがて十分に楽しんだ二人は別れますが、上京の男はふと気が変わり、立ち戻って座頭に行き当たり、声を荒げて喧嘩をしかけ突き倒して去っていきます。座頭は「今の奴は最前の人とひっちがえ情けもない奴でござる」とつぶやき、盲目の身の哀れさ、人の世のせつなさを嘆き、大きなクシャミをして、とぼとぼと帰って行きます。

 この狂言は、江戸時代末期にできた狂言で、元々和泉流には無く、6世万蔵さんが鷺流の台本を改作したそうです。
 万作さんの杖をつく、コツコツという音、持つ手の美しさ、最後に落とした杖を手探りで探し、川の流れで方向を見極める様子など、細かい仕草が盲目の姿を見事に表しています。
 季節感のある叙情的な背景の中で、座頭と上京の男が和やかに酒を酌み交わす前半と後半の豹変した男の冷酷さに、人間の善悪の二面性、不条理と盲人のペーソスをしみじみと味わわせる秀作ですが、終わった後、「どうして、急に心変わりしたのか納得できない」と言っている人がいました。確かに盲人の心情は伝わってくるのに、上京の男の心変わりは人間の二面性、不条理と言うけれど、その心理が掘り下げられることは無かったような。ただの悪戯心であそこまでするものだろうか、今回はなんとなく考えさせられました。

「止動方角」
 太郎冠者は茶くらべで見栄を張りたい主人に命じられ、伯父に茶と太刀と馬を借りに行きます。ところが借りる馬には癖があり、後で咳をすると暴れだすといいます。伯父から「寂連童子六万菩薩、静まり給え止動方角」と唱えれば鎮まると教えられ、連れて帰りますが、太郎冠者を待ちかねた主人は、労をねぎらうどころか、いきなり遅いと叱りつけます。腹を立てた太郎冠者は、さっそく主人を乗せた馬の後で咳をして落馬させます。再び騎乗した主人がまた叱りつけるので、太郎冠者はまた落馬させます。そこで今度は太郎冠者が馬に乗り、人を使うようになった時の稽古だと言って、自分がやられたとおりに主人を叱ります。怒った主人が太郎冠者を突き落とし馬に乗ると、太郎冠者は咳をして落馬させますが、馬は逃げ、馬と間違えて主人を乗り鎮めてしまい、怒った主人に追いかけられます。

 主人に命じられた萬斎太郎冠者は、いかにも不満そうな返事で、不満たらたら、しかたなく伯父の元へ行くという感じ(笑)。見栄っ張りで、横柄な太一郎主人に比べ、石田伯父は優しくて、何でも貸してくれます。後半は、すぐ怒る主人に太郎冠者の反撃開始!まあ、楽しそうにやってますが、最後はちょっとやりすぎて、追い込まれてしまいます。
 以前は萬斎太郎冠者に石田主人が定番でしたが、今度は太一郎さんが恐い主人役で、石田さんは人のいい伯父さん。主人に対してやり返す萬斎太郎冠者がやっぱりイキイキしてます(笑)。
2021年11月21日(日) 万作を観る会
野村万作卒寿記念

会場:国立能楽堂 15:00開演

舞囃子「高砂(たかさご)」八段之舞
 観世清和
  大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:小寺真佐人、笛:一噌庸二
     地謡:観世三郎太、坂口貴信、野村昌司、岡久広、関根知孝

「枕物狂(まくらものぐるい)」
 祖父:野村万作
 孫:野村太一郎、孫:野村裕基、乙:野村僚太
  大鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、太鼓:小寺真佐人、笛:一噌庸二
     地謡:内藤連、高野和憲、野村萬斎、中村修一、飯田豪
        後見:石田幸雄、深田博治

「鬮罪人(くじざいにん)」
 太郎冠者:野村萬斎
 主:石田幸雄
 立衆:深田博治、高野和憲、竹山悠樹、内藤連、飯田豪、石田淡朗、岡聡史
  大鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、太鼓:小寺真佐人、笛:一噌庸二
     後見:月崎晴夫、中村修一

 万作さんの卒寿の会ということで、舞囃子は観世宗家が舞い、囃子方も人間国宝や宗家という錚々たる面々。住吉明神の神舞が「八段之舞」の小書がついて、より力強く緩急のある舞となり、勇壮なお囃子とともに宗家らしくきちっとした中に颯爽とした舞でした。

「枕物狂」
 百歳に余る祖父(おおじ)が恋をしているという噂を聞いて、孫たちは気になって様子を見にいきます。祖父は美しい枕を付けた笹を肩に物狂いの態で恋の歌を謡っています。孫たちが問うと、初めは隠していたものの、志賀寺の上人や柿本の紀僧正の恋の物語をするうちに、先月の地蔵講に刑部三郎の妹娘の乙(おと)を見初めたことを告白します。それを聞いた孫たちは相談して、その娘を連れてきます。祖父は、早く来てくれれば老の恥をさらすこともなかったと言いながらも、娘を連れて嬉し気に奥の間に入って行きます。

 90歳の万作さんの祖父に、孫役に太一郎さんと裕基さん、乙に僚太さんと実際にも祖父と孫たち(太一郎さんは兄の孫)の配役。
 プログラムに書かれた詞章の現代語訳を見ると結構なまめかしい老いらくの恋の話ですが、孫たちもみっともないと責めるでもなく、叶えてあげようと言う優しく物分かりの良い孫たち。万作さんの祖父は、いやらしさが無く、可愛らしくも品よく演じられていました。

「鬮罪人」
 今年の祇園会の頭役に当たった主人が、山鉾の趣向の相談をするため太郎冠者に町の人たちを呼びに行かせます。一同は相談を始め、色々な趣向が提案され決まりそうになると、太郎冠者が口を出して没にしてしまいます。主人は怒りますが、客たちが太郎冠者の案を聞いてみようという事になります。太郎冠者は、地獄の風景を作って鬼が罪人を責めるところを出してはどうかという案。主人は反対しますが、他の者たちが賛成したのでこの案が採用されることとなり、くじ引で役を決めることになります。太郎冠者が鬼、主人が罪人に当たり、さっそく稽古を始めますが、太郎冠者は杖で罪人役の主人を責める時、強く打ったため、怒った主人に追いかけられます。町の者にたしなめられ稽古を続けることになりますが、主人に睨まれるのが恐いので、鬼の面をつけてやることにします。太郎冠者は再び主人を責める時、また杖で打ち、怒った主人に追いかけられて逃げて行きます。

 萬斎太郎冠者と石田主人のいつものコンビ、安定の面白さですね(笑)。黙っていられなくてついついしゃしゃり出る空気が読めない太郎冠者、それを苦々しく思ってたしなめる主人ですが、再三の太郎冠者の差し出口にキレちゃう。それでも、自分のアイデアが通って調子に乗る太郎冠者ですが、くじで自分が鬼役を引いたので、陰で大喜び(笑)。怖い主人に怯えながらも杖で叩いちゃうところなんか、「止動方角」の太郎冠者みたいにちょっとした仕返しってところかな。
2021年11月7日(日) 友枝会
会場:国立能楽堂 13:00開演

『頼政(よりまさ)』
 シテ(老人・頼政の霊):友枝昭世
 ワキ(旅僧):宝生欣也
 アイ(宇治の里人):小笠原由祠
    大鼓:國川純、小鼓:曽和正博、笛:松田弘之
       後見:内田安信、塩津哲生
         地謡:塩津圭介、粟谷充雄、金子敬一郎、大島輝久
            粟谷明生、出雲康雅、香川靖嗣、長島茂

「柑子(こうじ)」
 太郎冠者:野村萬、主:野村万之丞          後見:小笠原由祠

『羽衣(はごろも)』
 シテ(天女):友枝雄人
 ワキ(漁夫白龍):野口能弘
 ワキツレ(漁夫):野口琢弘、宝生尚哉
    大鼓:大倉慶乃助、小鼓:森澤勇司、太鼓:澤田晃良、笛:栗林祐輔
      後見:中村邦生、友枝真也
         地謡:谷友矩、佐藤寛泰、佐々木多門、佐藤陽
            粟谷浩之、狩野了一、大村定、内田成信

『頼政』
 宇治の里にやって来た旅の僧が、出会った老人に名所を尋ねると、老人は喜撰法師の庵や槙の島、朝日山などを教えた後、僧を平等院へ案内します。老人は源三位頼政が武運つたなく自害した扇の芝について語り、今日が頼政の命日にあたると告げ、自分こそ頼政の幽霊だと言い残して姿を消します。
 頼政を弔い旅寝する僧の夢の中に、頼政の幽霊が老武者姿で現れ、宮軍について語り始めます。治承の夏、高倉の宮に蜂起を勧め、平家方の追手から逃れようと奈良への道を急いだが、高倉の宮が六度まで落馬したので平等院で休むことにし、宇治橋の中ほどの橋板を取り外して防戦に備え、そこに平家の軍勢が押し寄せた。橋板もなく川の波も高いので膠着状態のところ、田原忠綱を先頭に、平家方三百余騎が馬の轡を揃えて、互いに力を合わせて川を渡りきって、こちらの岸へ攻めあがって来た。敵味方が入り乱れて戦ううち、頼みにした我が子の仲綱、兼綱兄弟も討たれ、これまでと思い、芝の上で「埋もれ木の花咲くこともなかりしに、身のなる果ては哀れなりけり」という辞世の歌を詠んで自害した。と語った頼政の幽霊は、僧に回向を頼んで、扇の芝の草陰に消えていきます。

 後場で床几に座って仕方語りをする頼政の霊。最後は立ち上がり刀を抜いて戦い、これまでと刀を取り落し、平等院の芝の上に扇をうち敷き、鎧を脱いで自害するまで。扇を小刀に見立てて腹に当てる型があり、正先に扇を置いたまま去って行きます。
 友枝さんのキレの良い仕方、平家方三百余騎が押し寄せる場面では、押し寄せる平家方の視点に変わり勇壮に、立ち向かう老武者の頼政の気概と追い詰められた無念さ、覚悟を決め自害するまで、頼政の面が物語っているように見えます。
 アイの小笠原さんの語りでは、仲綱の名馬を平宗盛が召し上げ、宗盛が仲綱を憎んで、仲綱の名馬をいたぶったことが反旗を揚げたキッカケの一つになったことが語られていました。

「柑子」
 主人は、昨夜土産にもらった珍しい三つ成りの柑子を太郎冠者に預けたことを思い出し、太郎冠者に持って来るよう言いつけます。太郎冠者は全部食べてしまっていたので、言い訳を始めます。一つは転げ落ちて門から出そうになったので「好事(柑子)門を出でず」と呼び止めたところ、木の葉を盾にして止まったので、そのまま皮をむいて食べてしまった。二つ目は懐に入れて歩くうちに太刀の鍔に押しつぶされたので、これも食べてしまったと言います。主人に残り一つを問われた太郎冠者は、残りの一つについては哀れな物語があると言って、俊寛の島流しの悲劇を語りだします。三人で流されたのに一人だけ後に残された俊寛と、三つあったのに一つ残った柑子の思いは同じだろうと言って、主人をいったんはしんみりさせますが、それも自分の「六波羅(腹)に納めた」と白状して、叱られてしまいます。

 太郎冠者の一人語りのような言い訳が面白く、最後に洒落をきかせています。やはり萬さんの絶妙な間の取り方と台詞回しが聞きどころです。

『羽衣』
 漁師白龍が三保の松原で、美しい衣が松の枝にかかっているのを見つけ、持ち帰ろうとします。呼び止める声に白龍が振り向くと、美しい女性が現れます。その衣が天の羽衣であり、女性が天人だという事が分かると白龍は国の宝にしようと言って返そうとしません。天上界に帰るすべを失った天人が深い悲しみに沈むのを見て、白龍も同情し羽衣を返そうとしますが、代わりに天人の舞楽を所望します。天人は承知して、まず羽衣の返却を求めると、白龍は羽衣を返したら天人が逃げ去ると疑います。しかし、天人は嘘をつかないという言葉に恥じて羽衣を返します。
 天人は羽衣を身に着け、後の世に「駿河舞」として伝えられる舞を舞います。月の宮殿の様子、のどかな浦の景色、めでたい世を寿ぎ、妙なる音色に満ちた極楽世界のありさま、東遊の数々を舞った天人は地上に宝を降らせ、やがて富士の高嶺に舞い上がり、大空の霞にまぎれて消えて行きます。

 正先に松の作り物が置かれその枠に羽衣が掛けられます。ワキの漁師白龍の野口能弘さんは声が大きくてハッキリしているので聞きやすいです。シテの友枝雄人さんの天女の舞はゆったりとした華麗で美しい舞でした。