| 2007年1月31日 (水) |
万作の会 狂言の世界 |
会場:有楽町朝日ホール 19:00開演
解説:野村萬斎
素囃子「神舞」 大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田次郎
「鍋八撥」 鍋売り:野村万作、羯鼓売り:月崎晴夫、目代:石田幸雄 後見:高野和憲
「仏師」 すっぱ:野村万之介、田舎者:深田博治 後見:岡聡史
「田植」 神主:野村萬斎 早乙女:高野和憲、月崎晴夫、竹山悠樹、深田博治、石田幸雄 後見:野村良乍
久々に萬斎さんの解説を聞いたような気がします。詳しいことは書きません。いつものように、色っぽいネタを交えて、時々脱線しながらの演目解説でした(笑)。
素囃子「神舞」 笛の藤田次郎さん以外は萬斎さんと同じぐらいの年代で、若手というより、中堅に差し掛かったところというか、油が乗ってきた時期の人たち。勢いがあり、気持ちよいリズム感で藤田さんの笛も勢いがありました。
「鍋八撥」 先日、千之丞さんで観たばかりですが、やはり大蔵流と和泉流の違いというより茂山家と野村家の違いという感じでいろいろ違いがありました。鍋売りが一番乗りの羯鼓売りの前に座るところなども、茂山家では横に並んで座っていました。鍋のことは、浅鍋ではなく早鍋(わさなべ)〔=焙烙(ほうらく)素焼きの鍋〕と言っていることや、最後に羯鼓売りが横転して幕入りする方法もちょっと違っていたことなど、先日の千之丞さんの時に気がついた他にも違いがいろいろありました。体育会系の運動神経の月崎さんにも正邦さんは負けてなかったと思いますが、リアルさの茂山家と型の美しさの万作家という感じはしました。万作さんは鍋を気にしながら回転しようとする時も、ちゃんとリズムにのって美しい動きをしていました。
「仏師」 万之介さんのすっぱは、やっぱりよく似合います(笑)。田舎者の深田さんを騙して仏像になりすまし、印相が気に入らないと言われるたびに仏師と仏像に入れ替わりながら印相を変えるタイミンゲが、急いでいるのに、なにかマッタリ感があって、万之介さんならではの間で、それが可笑しい。やっぱり万之介さんのキャラは万作家にとって貴重です。
「田植」 萬斎さんの神主で3回くらい観てるかも、一度は能『賀茂』の替間「御田」として観てます。神主スタイルもなかなか美しいです。早乙女たちと歌を掛け合いながらの田植は、恋文の話などもあり、深田さんを捕まえてこんなブスでは、というようなやりとりもあって、けっこうからかったりしながらの田植。神の田に苗を植えるという神聖な儀式のはずか、早乙女の色香にニヤニヤの神主さんに見えてきました。 |
|
| 2007年1月31日 (水) |
国立能楽堂1月定例公演 |
会場:国立能楽堂 13:00開演
「佐渡狐」 佐渡の国の百姓:野村万之介 越後の国の百姓:野村萬斎 奏者:野村万作
『籠太鼓』 関清次の妻:佐野由於 松浦の某:福王和幸 従者:三宅右近 笛:野口傳之輔、小鼓:飯田清一、大鼓:佃良勝 後見:今井泰男、佐野登 地謡:高橋憲正、渡邊茂人、水上優、小倉健太郎 水上輝和、佐野萌、田崎隆三、武田孝史
今月は、国立能楽堂の自主公演に3回も来たので、1か月分の演目解説と詞章が載っている1冊560円のプログラムが大いに活躍しました。
「佐渡狐」 今回は万之介さんの佐渡の百姓に万作さんの奏者のやりとりが観てみたかったのですが、やっぱり面白かった!あの賄賂を渡すときの場面です。懐から賄賂を出して扇に乗せ奏者に差し出す時の万之介さんの胡散臭い目つき表情、笑いながらどうぞどうぞと、慌ててとんでもないと断る奏者の元まで持ってきて、だめだと言いながら扇で隠してそっぽを向きながら袖の下に入れさせる奏者とのやりとり。そのときの万作さんの表情が可笑しくていつも笑ってしまいますが、万之介さんの胡散臭さとの相乗効果で、より可笑しかったというかリアルな感じがしました。「佐渡狐」では今は萬斎さんのシテが多いような気がしますが、両長老(笑)の出演ではちょうど良いアド役でした。
『籠太鼓』 九州・松浦の某の下人・関の清次は、他郷の者と口論の末、相手を殺してしまい牢に入れられます。ところが、大力無双の清次は見張りの隙をついて牢を破って逃げてしまいます。 そこで、清次の妻が従者に引っ立てられ、松浦に夫の行方を尋問されるが白状しないので、夫の代わりに牢に入れられてしまいます。牢の傍らで従者は油断を戒める太鼓を一時ごとに打って見張りをすることにしますが、夫を想うあまりに女は狂ったようす。従者から告げられた松浦は夫を想う女の心に感心して出牢を命じますが女は夫のいた牢に執心を抱いて出てこようとしません。やがて狂乱した女は、時の太鼓を打ち興じながら夫を想い、謡い舞います。その心情に心打たれた松浦は改めて夫婦ともに許すことを確約します。女は、実は知っていた夫の行方を明かしますが、松浦は亡き親の十三回忌の追善の慈悲として、重ねて罪科を問おうとはせず、夫婦は末永く添い遂げたのでした。
初めて観る演目です。脱獄した夫を想う妻が、狂乱の態で、時の太鼓を打ち謡い舞うのが見どころですが、中入りが無く、ほとんどがシテとワキのやりとりで成り立っていて劇的な能でした。ワキの福王和幸さんを観たのは二度目ですが、背が高くて低い声、なかなか二枚目です。アイの従者(牢番)は清次が入牢中にはまめに面倒を見てやったのに、脱獄後は責任を感じて大いに迷惑しており、身代わりの妻には今度は逃がすまいと凄む一方、時を告げる太鼓を一つ打ち過ぎて「これは明日の分に取っておこう」などと言ってみたり、三宅右近さんがちょっと愉快な役どころでした。シテの女が夫の入っていた牢に執心を感じて自らまた中に入ってしまうところが、恋の妄執に囚われの身になる女というイメージ(他の能にもある)と重なって印象的でした。しかし、殺人を犯した男を簡単に許しちゃっていいのか?という気はしますが。 |
|
| 2007年1月27日 (土) |
能・狂言と京舞の会 |
会場:明治座 14:00開演
一、能楽『舎利』 シテ(里人・足疾鬼):片山清司 ツレ(韋駄天):味方玄 ワキ(旅僧):宝生欣哉 アイ(寺男):高野和憲 笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大蔵源次郎、大鼓:河村大、太鼓:前川光範
二、狂言「寝音曲」 太郎冠者:野村萬斎 主:石田幸雄
三、能様式による京舞『葵上』 片山九郎右衛門/監修、片山清司/構成・演出 六条御息所:井上八千代 照日の神子:味方玄 横川の小聖:宝生欣哉 大臣家の使者:野村萬斎
地歌 唄・三絃:菊原光治、筝:菊央雄司 囃子方 笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大蔵源次郎、大鼓:河村大、太鼓:前川光範
明治座というのは、すぐ近くまで行ったことはあるのですが、今まで入ったことはありませんでした。舞台は花道があって、歌舞伎座や新橋演舞場のような感じです。 今回の公演のプログラムらしき物は無く、チラシのみ、それも出演者の名前が全員出ていなくて、ツレの味方玄さんやアイの高野さんの名前は載っていませんでした。地謡も6人出ていましたが、名前を控えてなかったので忘れてしまいましたm(_ _)m。
『舎利』 能の『舎利』なんですが、囃子方の前に一畳台を二つ並べた上に置かれた作り物は普通の能で使う作り物と違って、扉の絵も描いてある、ちょっとリアルな舎利殿の作り物でした。橋の欄干が左右にあって、橋掛かりが両側に付いているような舞台の使い方、おまけに花道も使います。 旅僧の宝生欣哉さんは、左側から現れ、東山泉湧寺で仏舎利を拝みたいと願います。寺男の高野さんは右側の橋掛かりから現れて応対し、初めは見せるわけにはいかないと言いますが、遥々訪ねて来た僧の懇願に、それならばと仏舎利に案内します。「ざらざらざら」と高野さんが戸を開ける仕草をして僧を中に入れると、僧と寺男の位置が左右入れ替わって、それぞれ常のワキ座、狂言座の位置に座ります。 そこで、花道の近くだった私は、花道が明るくなったなと思ったら、すーっと、いつの間にやら花道の後から前シテの里人が現れました。面をかけ黒頭をつけて、なにやら怪しげな雰囲気を漂わせています。里人が共に拝んで、泉湧寺を見れば釈迦在世にあったような心地がすると仏舎利のいわれを語るうち、にわかに空がかき曇り稲妻が走って、里人の顔は鬼と化します。自分は昔、舎利を望んだ足疾鬼の執心だというと、牙舎利(釈迦の歯)を奪い天井を蹴破って虚空に飛び去っていきます。この時、舎利殿の作り物の後にまわり、屋根を蹴飛ばし、作り物を本当に蹴破って中から飛び出したのにはびっくり!歌舞伎みたいな派手な演出です。 しかし、飛び降りるとき滑ったのか尻餅をついてしまい、持ってでた舎利がコロリ。そのまま台だけを持って花道を走り去って行きました。後は後見が、蹴破って壊れた破片を拾い、落とした舎利も回収していきました。うまく着地できてればカッコ良かったんだけど・・・アクシデントもご愛嬌。 足疾鬼が逃げ去ると、寺男の高野さん、道成寺の鐘が落ちた時のように、ゴロゴロ転がって「揺りなおせ、揺りなおせ」と驚きます。すぐに舎利殿に行ってみると祀ってあった牙舎利がない!初めは僧を疑う寺男ですが、落ち着きはらった僧が事の次第を語り、そういえば、たしかに天井が抜けていると、僧を疑ったことを詫びて、昔、牙舎利を奪った足疾鬼を韋駄天が追いかけ舎利を取り返した話をして、二人で韋駄天に祈ることにします。二人が左右の橋掛かりから去ると、一畳台の上の壊れた舎利殿がかたされ、二つの一畳台のうちの一つが前の方に離して置かれます。 「どろどろ」とどこかから音がするような気がしたら、花道から後シテの足疾鬼がせり上がってきました。一房白い毛の混じった長い赤頭に鬼神の面、口が裂けて、目が飛び出した「飛出」という面でしょうか?そして、花道の後から打ち杖を持った韋駄天が現れ、舞台の二つの一畳台や花道を使っての戦い!最後には足疾鬼が打ち負かされて無事韋駄天が牙舎利を取り返して終わるのですが、能の豪華な装束で、なかなか派手で迫力な舞台は飽きることなく面白かったです。『舎利』って面白いなあ。
「寝音曲」 主人が太郎冠者の部屋から謡いの声を聞き、それが面白かったので、是非自分の前で聞かせろと言いますが、太郎冠者は、度々謡わされることになってはかなわないと思い、なんとか断ろうとします。酒を呑まなければ謡えないとか、妻の膝枕でないと謡えないとか言うのを、なんとしても聞きたい主人は酒をふるまい、自分が膝を貸すから謡えと言います。膝枕でなければ起きていては声が出ないと言った手前、膝枕をしている時だけちゃんと謡い、主人が起き上がらせるとわざと苦しそうに謡っているうち、あべこべになってしまった太郎冠者、終いには酔っぱらっているので、調子にのって謡いながら舞いだしてしまいます。とうとう、怒った主人に追い込まれてしまいます。 萬斎太郎冠者が謡っているのは『海士』の「玉之段」ですね。いい声を聞かせてもらいました。苦しそうに謡うときの表情が可笑しくて、また、無表情で座っているような石田主人が、太郎冠者が寝ている時と起きている時があべこべになってしまった時の表情が、ちらっと横目で太郎冠者を見るだけで不審を表していて何とも言えない表情でした。
京舞『葵上』 30分の休憩をはさんで、一旦舞台も客席も明かりが落ち、舞台のバックが青くなって、肘掛けに腕を乗せて後ろ向きに黒い着物の女性が座っています。白塗りに日本髪の髷のところを結わずに長く垂らし裾を引きずった黒い着物に帯を締めた井上八千代さんが、地歌による唄と三弦、箏により、舞いだします。六条御息所の身の上について女性らしい生めかしく美しい舞いで見せます。しかし、どうも衣装髪型も江戸時代の御側室のようで、女性らしさを強調する舞いの動きも私には源氏物語の六条御息所には見えませんでした。 一度舞台から六条御息所が去った後、舞台が一旦暗くなり、舞台の前には能と同じように小袖が病に臥せっている葵上を表して置かれ、照日の神子が座っています。臣下の声は地謡で語り、照日の神子が梓の弓で占うと六条御息所の霊が現れます。能と同じように苦しみを語り、葵上を表す小袖を扇で叩き去っていきますが、八千代さんは言葉を発せず、御息所の台詞も地謡が語ります。ここでも、能装束に能面の照日の神子と生の女性の姿の御息所が同じ舞台上に並んでいるのはちょっと違和感がありました。 横川の小聖に祈祷を頼むため、使者が呼ばれ、ここで萬斎さん登場。白の狩衣に烏帽子姿はちょっと映画「陰陽師」を思い出して綺麗です。しかし、そこはちょっとキャラが違います。山道を歩いて呼びに行くすがら、木の根に蹴つまずいたと思ったら大蛇だったのでびっくりしてほうほうの態で逃げたりしながら、やっとこさ横川の小聖の所へやってきます。話を聞いた小聖は、供には及ばないということで、使者はやれやれ、引き返すのも大変だから今日は泊まって行こうと喜んで去って行きます。 横川の小聖の宝生欣哉さんは山伏姿。葵上の前で祈っていると、花道から鱗箔の衣を被いた御息所の怨霊がせり上がってきます。横川の小聖に迫り、打ち杖をふるって、祈る小聖に立ち向かいます。黒と鱗箔の着物で面はつけていませんが、なかなか迫力があり、この場面は違和感はまったく感じませんでした。 ついに祈り伏せられ、最後は成仏得道した喜びを、また三弦と箏の京舞で舞い、元の肘掛けに肘を乗せて、出てきた時と同じに、後ろ向きに座った姿で終わります。 京舞は美しく、工夫もされた舞台ではありましたが、やはり、能と京舞がそれぞれ別物であり、両者がうまく融合した舞台にはなっていなかったように感じました。ただ、直面の小聖との対決の場面は違和感なく面白かったです。 |
|
| 2007年1月26日 (金) |
国立能楽堂新春公演狂言の会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
「鍋八撥」 鍋売り:茂山千之丞 目代:茂山千作 鞨鼓売り:茂山正邦 笛:槻宅聡
「柑子」 太郎冠者:善竹十郎 主:善竹富太郎
「鬮罪人」 太郎冠者:野村万作 主:野村萬斎 立衆(客):野村万之介、深田博治、高野和憲、月崎晴夫、竹山悠樹、石田幸雄 笛:槻宅聡、小鼓:森澤勇司、大鼓:?野彰、太鼓:大川則良
「鍋八撥」 千之丞さんがシテの鍋売りとなると、やっぱり千作さんは目代役でしょう。相手役の鞨鼓売りは芸を見せて、水車(横転)で幕入りするという大技があるから若い人でないとできないですから。キチッと相手をする正邦さんの鞨鼓売りもなかなか良かったです。 やはり千之丞さん独特の雰囲気、個性のよる鍋売りで、ちょっと小ズルそうなオトボケぶりが光りました。2番目だったのに、1番の鞨鼓売りが眠っているのを良いことにちゃっかり横に陣取って、自分が1番乗りだと言い張る鍋売り。怒った鞨鼓売りに追いかけられて、間に入った目代に「ちゃっと止めてくだされ」と陰に隠れる。その「ちゃっと」という言い方、声がなんとも可笑しいのです。技で勝負する時も、千之丞さんの鍋売りは、先にやって見せる鞨鼓売りの様子をさかんに覗いては窺っています。万作家の場合は、じっと前を向いて待っていました。たしか山本家の場合も、じっと前を向いていたように記憶しています。二人で相舞になる時も鞨鼓売りの真似をしながらのおぼつかない舞で、水車で去っていく鞨鼓売りの様子をあっけに取られて見送った後、なんとか腹に括りつけた鍋を割らないように押さえながら回ろうとする様子など、丁寧に回数も多かったような気がしました。家によって、また人によっても、また雰囲気が違うものですね。 それから「八撥」というのは「鞨鼓」のことだそうです。国立能楽堂の字幕表示で初めて知りました(笑)。「鍋八撥」は「鍋鞨鼓」ってことですね、そのまんまじゃん!
「柑子」 和泉流とは、初めからちょっと違うことがありました。主人は貰い物が何であったか思い出せなくて「さて、何であったか」と考えている間に太郎冠者は一人、困ったことになったと考えます。なぜなら、太郎冠者は主人が預けた三成りの柑子を自分にくれた物だと思って食べてしまったのです。そのへんの説明は和泉流では、ありません。和泉流では、主人から預けた柑子を出せと言われ、すぐ、食べてしまった言い訳をはじめるのですから、太郎冠者は預かり物であることを知ってて食べてしまったというふうに思えます。 善竹十郎さんの言い訳のしかた、なんともいえないちょっとした間というのか、流れるように出てくる言い訳でなく、ちょっと様子を窺ったり、言いよどんだりする感じが言い訳らしくて実にうまい。最後に「平家物語」の俊寛僧都の話をする時も、万作さんや萬斎さんだと語りの巧さが前面に出てしまうところを、十郎さんは、言い訳の一つとしてもっともらしく語ってみせるのがなんとも可笑しい。聞いてるこちらも自然と笑いが込み上げてきて、この「柑子」は今回一番のツボでした。
「鬮罪人」 万作さんの太郎冠者役というのがちょっと楽しみでした。最初に「鬮罪人」を観たのが、萬さんの太郎冠者、万蔵さんの主で非常に面白かったので、その後、萬斎さんの太郎冠者で観ましたが、正直言って、はしゃぎすぎでわざとらしさを感じてしまった(スイマセン)。万作さんだと、そのへんがもっと自然な感じになるんじゃないかと思っていましたが、期待通りで、その上、可愛らしさも感じました。苦々しい表情の怖い主、萬斎さんが「止動方角」の主をした時も感じましたが、こういう怖い主役も合うんじゃないかな。可愛い太郎冠者もいいんですけどね(笑)。 萬さんがこの「鬮罪人」の太郎冠者役をやった時、ちょっと左右の様子を窺いながらじりじりと出てくるところがあって、それが実にうまくて印象に残ってたんですが、万作家ではそういうのは無かったですね。それぞれの家でもやり方がかなり違ってきているようです。う〜ん、やっぱり年配の太郎冠者の方がこの役もいいような気がしました。 |
|
| 2007年1月24日 (水) |
NHK能楽鑑賞会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
一調「玉之段」梅若六郎 小鼓:横山晴明
「舟渡聟」 船頭:野村萬 聟:野村万蔵 船頭の妻:野村万禄 後見:野村扇丞
『隅田川』 シテ(梅若丸の母):友枝昭世 子方(梅若丸の霊):内田貴成 ワキ(隅田川の渡し守):宝生閑 ワキツレ(旅商人):宝生欣哉 笛:一噌仙幸、小鼓:横山晴明、大鼓:柿原崇志 後見:内田安信、塩津哲生 地謡:香川靖嗣、粟谷能夫、粟谷明生、中村邦生 長島茂、狩野了一、友枝雄人、内田成信
「流れる水と人の世と」という副題がついているとおり、皆、水にちなんだ演目となっています。
一調「玉之段」 能『海士』の一部で、讃岐志度浦の海士が我が子の出世を願って、龍宮に取られた珠を命がけで取り返すくだりの謡です。 六郎さんは、朗々とした謡いで、時に強く激しく情景が見えるような謡でした。
「舟渡聟」 萬さんの船頭に万蔵さんの聟で、酒好きな船頭(舅)が聟とは知らず、持っている酒をなんとか飲みたいと船を揺らしたり、漕ぐのをやめたりしてのやりとり、万蔵さんが左右に振り回されて跳ぶのがとてもリズミカルで美しいななどと思ってしまいました。萬さんの漕ぐ仕草ともぴったり合っていて、さすがに息が合ってました。 船頭(舅)の妻の万禄さんは、すっかりわわしい妻役が板に付いた感じです。妻に髭を剃られて、聟にさっきの船頭だとバレないかと顔を隠しながら対面する舅のびくびくした様子、舅になんとしても酒を注ごうとする聟と顔見合わせてびっくり!舅もバツが悪い。そこから二人のやりとりが謡い舞いに変わり、最後は聟入りのほのぼのあたたかい雰囲気で〆るのがホッとします。
『隅田川』 隅田川で渡し守が旅人を待っていると都の旅商人がやってきて、そのすぐ後から物に憑かれたような女が来て、渡し守に乗船を頼みます。女は都の北白河に住んでいたが、わが子が人商人にさらわれて東国に下ったと聞いて、心乱れここまで尋ねて来たといいます。渡し守は、面白く狂ってみせたら乗せようと言いますが、女は「伊勢物語・東下り」から機知にとんだやりとりで我が子を思う真情を訴えて舟に乗せてもらいます。その船中で旅商人の問いに答えて渡し守は、川岸で行なわれている大念仏は、一年前に人商人につれられた子供がここで病死したので、その子の一周忌の回向をしていると、一年前の出来事を語ります。女は話を聞くうち、それが我が子梅若丸と知り、渡し守の案内で埋葬した塚を訪れます。泣く泣く念仏を唱えるうちに、子供の念仏の声が聞こえ、母の目には子供の姿が幻のように現れますが、抱こうとすると見失い、やがて白みゆく空とともに子の姿は消えうせてしまいます。
先日の『百万』と違い、ハッピーエンドではなく、母子は悲しい再会になります。 船中での渡し守の宝生閑さんの語りは時に激し、時に悲しみをこめたような気持ちのこもった語りで、それを背中で聞いている女の手がゆっくり静かに上がっていってシオル、その悲しみの表情。そして低く小さい声で船頭に問う声がやがて「子の名は」「年は」「父の名は」と、畳み込むように激しさを増し、我が子と確認して放心したようになる。閑さんの渡し守に支えられるようにして塚へ向かう友枝さんの女は悄然として生気がなく、面の表情まで変わったように見えました。 念仏を唱えるうちに我が子の声が聞こえ、姿が見えるようになります。子方が可愛かったです。しかし、我が子と手を取ろうとするとするっとすりぬけ、抱きしめようとすると消えてしまう、幻でも子の姿を見た時の母の喜びと見失った時の悲しみをたたえた後姿、母の思いが切々とせまり、最後の幕入りまで、じんわり余韻を引きずって、ただただ息を呑むように見つめてしまいました。 不思議です。面が顔と一体化して表情が見える。角度で変えるとかそういうのじゃないんです。友枝昭世さんの能ではよくそう感じることがありますが、今回も本当にそんな感じがしました。そして、後までじわじわと心に沁みてきました。凄いものをみてしまいました。 |
|
| 2007年1月20日 (土) |
萬狂言 冬公演 野村萬喜寿祝賀記念 |
会場:国立能楽堂 14:30開演
素囃子「高砂」八段之舞 大鼓:亀井忠雄、小鼓:北村治、太鼓:観世元伯、笛:一噌庸二
「庵の梅」 老尼:野村萬 女:野村万禄、野村万蔵、野村小三郎、奥津健太郎、小笠原匡、野村扇丞
「奈須与市語」 野村太一郎
小舞「若松」 野村拳之介 小舞「海道下り」 野村虎之介 地謡:山下浩一郎、小笠原匡、野村万禄、野村扇丞、吉住講
「木六駄」 太郎冠者:野村萬 主人:野村祐丞 茶屋:野村万蔵 伯父:野村又三郎
萬さんの喜寿祝賀ということですが、萬さん自身が大曲二曲を演ずるという意欲的な会でした。 素囃子「高砂」八段之舞は祝賀にふさわしい曲、ベテランメンバーの囃子ですが、緩急のある曲で、特に忠雄さんの大鼓はいつもながら気合が入っていました。
「庵の梅」 狂言の「三老曲」と言われる曲の一つ。あらすじは、梅の花が盛りと咲いた老尼の庵に近くの女たちが花見にやってきて、歌を詠み、宴をひらいて歌い舞い、やがて日が傾いて帰る女たちに、尼は梅の枝をみやげに持たせると見送ってから庵に入る。という、穏やかな春の一日のできごとです。 一本に紅白の花が咲いた梅の木の作り物が正先に出され、藁屋根に梅の枝がついた老尼の庵の作り物も正面囃子方の前に置かれます。女たちが現れてお寮さん(老尼)の庵に花見に行こうと庵を訪ねると、庵の中から老尼(面をかけ、腰の曲がったいつもの老尼姿)が出てきて、女たちの花見の宴が賑やかに華やかに始まるわけです。皆に勧められて腰の曲がった老尼もおぼつかない足取りで舞を舞ったりします。いつもは一人で静かに暮らしている老尼と近所の女たちの春の日のひと時の楽しみが、ほのぼのと暖かく趣きのある曲でした。
「奈須与市語」 太一郎さんの披きです。八世万蔵さんの忘れ形見である太一郎さんも16歳ということで、一人前の狂言師に育てるため萬さん万蔵さんも力を入れているのでしょう、本格的な芸道修行の門口に立つということで、去年の「三番叟」の披き、今回の「奈須与市語」の披きとなったようです。 仕方語りの動きはキリッとして気迫がこもっていてなかなか良いのですが、声変わりが完全に終わっているのでしょうか?声に伸びが無いのが、言葉が切れるようでちょっと苦しく聞こえてしまう。語りを披くことで声が安定するのか?声が安定してから語りを披くのか?もう少し待っても良かったような気がするのですが・・・。
小舞は万蔵さんのご子息、拳之介くん、虎之介くん。拳之介くんは裕基くんとちょうど同じ年くらいでしょうか、可愛らしい中にもだいぶ大きくしっかり舞えるようになってきました。お兄さんの虎之介くんは、かなり型もキチっと決まって堂々としたものです。
「木六駄」 牛を追う萬さんの「はぁはぁ」という息が白く見えるようでした。脇正面の前の方で橋掛かりにも本舞台にも近かったせいか、鞭を持つ手は使うとき以外は袖の中に引っ込めているのに気付いて(今まで他の人もやってたのかもしれないけれど)、寒い時にはそうするよねえ、芸が細かいなあなんてことにも感心してしまいました。茶屋の万蔵さんとの酒宴は、万蔵さんもお酒好きそうな雰囲気が出ていて萬さんとの息も合って、いい雰囲気で楽しそうでした。 しかし、「庵の梅」と「木六駄」けっこうキツイ役を2曲も同じ会でやる萬さん、喜寿になっても益々お元気のようです。 |
|
| 2007年1月19日 (金) |
国立能楽堂1月定例公演 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
「石神」 太郎:山本則直、妻:山本東次郎、仲人:山本則俊 笛:一噌仙幸、小鼓:曽和正博
「百万」 シテ(百万):友枝昭世 子方(百万の子):金子龍晟 ワキ(僧):宝生欣哉 アイ(釈迦堂門前の者):山本泰太郎 笛:一噌仙幸、小鼓:曽和正博、大鼓:亀井広忠、太鼓:観世元伯 後見:金子匡一、友枝雄人 地謡:金子敬一郎、狩野了一、長島茂、内田成信 中村邦生、出雲康雅、香川靖嗣、粟谷明生
「石神」 初めて観る演目です。 家庭の事を顧みずに毎日遊び歩く夫に、妻は耐えかねて離婚を決意します。困った夫は仲人に助けを求めに行きます。夫が奥に隠れていると妻が暇乞いにやってきたので、仲人は妻を説き伏せて、出雲の夜叉神に参詣して、離婚の良否を石神で占うように勧めます。そして、夫を変装させ、石神になりすまして妻を思いとどまらせるように指示します。 その晩、石神にやってきた妻は、夫が化けているとも知らず、別れた方が良ければ上がれと祈って持ち上げようとするとびくとも上がらず。今度は反対の願をかけると簡単に立ち上がってしまいます。妻はしくしく泣きますが諦めて、石神へのお礼に神楽を舞いはじめます。その神楽があまりに面白いので、石神に化けた夫もついつい浮かれて舞いだし、正体がばれて、怒った妻に追い込まれてしまいます。
いつもほとんど無表情で語る、則直さんと則俊さんの会話の後、夫の則直さんが仲人の則俊さんの後に後ろ向きに座って隠れます。後ろ向きに座るというのは初めて観ました。狂言では隠れる時でも後ろの方に前向きに座っているのが普通だと思っていたので、こういうのもあるんだ!と、ちょっと新鮮な驚きでした(笑)。 そこへ現れた妻の東次郎さん。働き者の妻で、それを良いことに夫は毎日遊び歩いてばかり、何度も別れようと仲人のところに来るたびにもう少し我慢しろと言われて我慢してきたが、もう堪忍袋の緒が切れたと、固い決意で語ります。怒る妻役の東次郎さん、忍耐も限度と本当に怒っているように見えます。 石神に願をかける場面では、最初に持ち上げようとして持ち上がらず、必死な表情や、その後、泣く声がちょっとリアルで、二度めは、すっと立ち上がってしまう石神にあっけにとられたような表情で、その後また泣くのが、偽石神の則直さんとの対比で面白く、思わず笑ってしまいます。 神楽は、先日の「大般若」と同じく「三番三(三番叟)」の鈴の段をアレンジしたものですが、こちらの方がもっと段々リズミカルに足を上げたりして浮いてくる感じです。笛と小鼓のお囃子で徐々に調子が上がってくる舞は東次郎さんの鈴の段のキレの良さで、見ていても気持ちが良く、それが、段々楽しそうに浮かれてくる感じでした。比べてしまうのは申し訳ないけれど、やはり先日の竹山さんの舞より数段上なのは、力量の差で、しかたないですね。
「百万」 京都嵯峨野、清涼寺で釈迦堂の大念仏が行なわれ、大勢の人で賑わっているところへ、都の僧が西大寺あたりで拾った子供を伴ってやってきます。僧は子を慰めようと、門前の者に、面白い見世物はないかと尋ねます。門前の者は、百万という物狂が面白いと言って、百万を呼び出すために念仏を唱えます。すると百万が現れ、門前の者の念仏が下手だと退け、自分が念仏の音頭をとります。物狂いの状態の中で子を思う気持ちをのべ、仏に祈る百万の姿に子供は自分の母だと僧に伝えます。僧はそれとなく、百万に故郷のことや物狂いになった理由を尋ねると、自分は奈良の者で、夫に死に別れ、ただ一人の子供にも生き別れてしまったことを語ります。真剣に仏を信じれば、わが子にめぐり逢えるだろうという僧の言葉に力を得て、法楽の舞を舞い、亡き夫への思い、わが子を求めて奈良から旅をしてきたことをのべ、清涼寺の釈迦如来を讃えて祈ります。そのうち群衆の中にわが子を探して狂乱の態になる百万を哀れに思った僧は子供を百万に引き合わせます。もっと早く名のってほしかったといったんは恨んだ百万ですが、これも仏の功力と喜んで親子連れ立って故郷へ帰っていくのでした。
以前に一度、友枝さんの「百万」は観たことがありますが、今回も子を思う母の気持ちがこもっているように感じました。 橋掛かりをススーと笹をかついで出てくる女のどこか虚ろな姿。門前の者の念仏が下手だと軽く笹で肩を叩いてどかし、念仏を唱えて舞いだす百万。面は寂しげで、たった一人の子と生き別れた悲しさを湛えているようです。何度か仏に祈る姿が乱れる思いとともに力を増してくるようでした。 最後の再会の場面では、もっと早く名のってくれればこんな恥ずかしい姿を晒さずとも済んだのにと恨み言を言いながら、すぐに我が子を包み込むように抱き寄せる姿がとても暖かくて感動的でした。 いいものを観ました。また、今度の「隅田川」が楽しみです。 |
|
| 2007年1月17日 (水) |
第37回野村狂言座 |
会場:宝生能楽堂 18:30開演
素囃子「男舞」 大鼓:柿原光博、小鼓:鳥山直也、笛:栗林祐輔
「大般若」 僧:野村万之介、神子:竹山悠樹、施主:月崎晴夫
小舞「七つ子」 野村裕基 小舞「暁」 破石晋照 地謡:時田光洋、深田博治、石田幸雄、高野和憲、岡聡史
「文蔵」 主:野村萬斎、太郎冠者:野村万作
「六地蔵」 すっぱ:深田博治 田舎者:石田幸雄 すっぱ仲間:高野和憲、破石晋照、時田光洋
素囃子「男舞」 若手の囃子方によるもので勢いはありました。
「大般若」 神子が毎月神楽を上げることになっている信者の家へ出かけ、供え物の準備を待っていると、やはり毎月祈祷に来ている僧がやってきて、ある人の病気を大般若経の転読で治したと自慢し、読経をはじめる。神子も神楽を始めるが、僧は神子の鈴がうるさくて読経ができないと文句を言い、神子は、うるさくて読めないくらいなら読経などするなと反論する。信者から神楽を気にせず経を読めととりなされた僧は、神楽の横で読経を再開するのだが、そのうち神楽にのって自分も真似をして浮かれ出してしまう。
しばらく具合が良くなくて出ていなかった万之介さんが元気そうな姿を見せてくれました。少し頬がこけて痩せた感じもしましたが、声はいつもどおり、膝の具合も大丈夫そうでした。三番叟の鈴の段を模した神楽で、僧の頭の上で鈴を振ったりするのに嫌そうな顔で耳を塞いだり、最後に神楽に乗ってしまって真似をして浮かれ出すときの万之介さんの表情がなんともいえません。茫洋とした竹山さんとのコンビで全体的にゆったり、まったりした感じの進行でした。
小舞「七つ子」 そういえば裕くんも7歳ですかね。子供の成長は早いもんです。手をいっぱいに広げて大きく舞っていました。
小舞「暁」 破石さんは声がいいです。ちょっと艶っぽい曲なんですが、破石さんが舞うと元気で明るい感じがしました。
「文蔵」 主人に内緒で都見物に行ってきた太郎冠者が主人の伯父の所で珍しいものをご馳走になったと言い、いつも主人が語る「源平盛衰記」の石橋山の合戦にでてきたものだったと言うので、主人が語って聞かせるのだが、なかなかそれらしい箇所が出てこない。とうとう「文蔵」を食べたというので「温槽粥(うんぞうがゆ)」の間違いと分かって、思い出すのに主人に手間をかけさせたと叱られる。
主人の仕方語りが聴き所でもあるのですが、萬斎さんの語りは「奈須与市語」のような気迫のこもった語りで引き込まれてしまいます。 しかし、この演目、私は以前ある所でビデオで万作さんと東次郎さんのを見比べるという機会がありまして、妙なところにこだわってしまう。 語りの巧さは万作さん、扇で手の平を2回打つ時の“間”さえも絶妙。それに対して構成の面白さでは東次郎さん、語りのテンションが最高潮に達したところで、ストーンと落として「という所をばし食うてあるか」と太郎冠者に問いかける、そのギャップの大きさについ笑ってしまったものです。 問いかける前に少しテンションが下がってしまうところは万作さんと同じ、今回は語りのギャップの大きさより、万作さんの受け答えの軽さがギャップを広げて面白さになっていたような気がします。また、語りの“間”の絶妙さは、まだ万作さんほどではない。そんなところが見えてしまったのでした。でも、語りの名人になれる素質は充分あると思います。これからもどんどん磨いていって欲しいものです。 彼は、はしゃぎすぎる太郎冠者より、こういう主人役のほうがいいような気がするのですが。
「六地蔵」 若手のすっぱで、石田さんの田舎者という配役は珍しいです。研鑽の場でもある「野村狂言座」ならではですね。深田さんのすっぱもなかなかいいなとは思いましたが、若手3人が走り回って印相が変わってしまうところ、もっと弾けても良かったのでは、印相の変化も、まだおとなしい感じがしました。 |
|
| 2007年1月13日 (土) |
銕仙会1月定期公演 |
会場:宝生能楽堂 13:30開演
『翁』 翁:観世銕之丞 千歳:小早川康光 三番叟:野村万蔵 面箱持:野村太一郎 笛:一噌庸二 小鼓頭取:観世新九郎 小鼓脇鼓:観世豊純、烏山直也 大鼓:柿原弘和 後見:長山禮三郎、観世榮夫 地謡:野村昌司、遠藤和久、泉雅一郎、西村高夫 鵜澤郁雄、浅井文義、若松健史、阿部信之
一調「小塩」 観世榮夫 太鼓:金春惣右衛門
『屋島』大事 奈須与市語 シテ(漁翁・源義経):山本順之 ツレ(漁夫):浅見慈一 ワキツレ(従僧):則久英志、大日方寛 アイ(屋島ノ浦人):野村扇丞 笛:松田弘之、小鼓:曽和正博、大鼓:國川純 後見:清水寛二、浅見真州 地謡:長山桂三、馬野正基、柴田稔、小早川修 岡田麗史、浅井文義、野村四郎、北浪昭雄
『翁』 凛々しい面箱持の太一郎くんがゆっくりと緊張した面持ちで橋掛かりを進むのに続いて翁の銕之丞さん、千歳の小早川康光くん、三番叟の万蔵さんがが静々と現れます。 子方で活躍している小早川康光くんの千歳は子供らしく清々しい舞で、子供用の千歳の装束が可愛かったです(^^)。 銕之丞さんの「翁」と万蔵さんの「三番叟」はどちらも力強さを感じる。土の香りというか、土俗的呪術、地に向かうエネルギーみたいなもの・・・。 万蔵さんの烏跳びは初めの2回はトントンとまたぐように小さく跳んで3回目に高く跳ぶ、万作家と万蔵家の烏跳びが違うなんてちょっとカルチャーショックでした!「エイ!エイ!エイ!」と掛け声を掛けながら3回高く跳ぶ万作家の跳び方とは明らかに違ってました。でも、万蔵さんのその動きに「烏」を感じちゃいました。 嫌いじゃないですねえ、この「三番叟」も・・・好きかもしれない。それに銕之丞さんの「翁」とも合ってるような気がしました。友枝さんや万三郎さんの「翁」だとまた違った印象かもしれませんが。 しかし、「三番叟」の時、ちょっと小鼓方にアクシデントが・・・脇鼓の観世豊純さんが床机から落ちてしまったんです。かなりお歳のようで、鼓を持つ手が震えていて、以前見たときもハラハラしてしまったんですが、今回はだんだん前のめりになるせいか、床机に座っていられなくなってくず折れてしまったみたいに思えましたが、それとも床机が悪かったのか?後に控えていた人が体を支えたり床机を支えたりして、なんとか座ったものの、またずり落ちて、ついにあきらめて床に座って打っていました。 でも、万蔵さんや他の囃子方は何事も無かったように最後まで続けていました。脇鼓の人を見なければ、小鼓の音もあまりずれている感じはしなかったので気にならなくなりました。豊純さんも最後まで小鼓を離さなかったですね。
一調「小塩」 桜が咲き乱れる京都小塩山で、在原業平が恋の遍歴を語り、月下に懐旧の舞を舞うという能の後半部分を謡いと太鼓で聞かせます。観世榮夫さんの謡いの声が良くて、金春惣右衛門さんの太鼓の音とともに、気持ちのいい一時でした。
『屋島』大事 奈須与市語 このころになると、ちょっと気持ちよくなって睡魔が・・・時々沈没。しかし、扇丞さんの「奈須与市語」は初めてですが、良く通るいい声で、キリッとした語りと動きでの熱演で、やっぱり奈須の時は目が覚めます。後場は、義経の霊が葛桶に腰掛けての仕方語りから戦の様を再現して舞う姿が見せ場で格好良かったです。 |
|
| 2007年1月7日 (日) |
万作・狂言十八選 第1回 |
会場:国立能楽堂 15:00開演
素囃子「養老」水波之伝 大鼓:亀井広忠、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:小寺真佐人、笛:藤田次郎
「二人袴」三段之舞 親:野村万作、舅:石田幸雄、太郎冠者:高野和憲、聟:竹山悠樹 後見:月崎晴夫
「靱猿」 大名:野村万作、猿曳:野村萬斎、太郎冠者:深田博治、子猿:野村裕基 後見:高野和憲
「二人袴」の親役は万之介さん、体調不良により万作さんに代わりました。
素囃子「養老」水波之伝 お囃子がいきなりハイテンションな入りでびっくり。それからゆっくりになって、また急になる。緩急がはっきりしていて非常に面白かったです。笛の藤田次郎さんも急な時は顔も赤くなって力入ってました。
「二人袴」三段之舞 万之介さんの代わりに万作さんが代役で2曲ともがんばっていました。 小書がついて舞が三段之舞に変わります。親離れできない息子の聟入りについて行って、息子の言動にハラハラの親役は万之介さんとは、また違いますが、万作さんも親バカないい雰囲気が出ていて好きです。竹山さんの聟は、なんとなくヌーボーとした感じがもっと生かせるようになると面白くなるのではないかと思うのですが。
「靱猿」 久々の裕基くんの小猿さんを見て、ずいぶん大きくなったなあと改めて感じてしまいました。他の役の時は、まだ小さく見えるのですが、手足がスーっと伸びた感じです。もう安心して観ていられるので、その分大名と猿曳のやり取りにも目がいくようになりました(笑)。小猿と戯れる大名役の万作さんの嬉しそうな顔は最高です。 しかし、裕基くんの小猿役はもう限度ですね、ここまで大きくなると「違和感があった」と夫は言ってました。もっと大猿でやってるお家もありますが(笑)。 まあ、今度は3年後にまた可愛い子猿さんが観られるでしょう(^^)v |
|
|