| 2005年9月18日 (日) |
20周年記念中央区能に親しむ会 |
場所:国立能楽堂 13:00開演
この会の公演を観に行くようになって3年目、観世流能楽師で梅若研能会理事の中村裕さんが会の常任相談役ということで、主な出演者は梅若万三郎さん以下梅若研能会関係の方々のようです。 プログラムにはあらすじの他に能の詞章が全部載っているし、演能の前の大東文化大学教授三上紀史さんの演目についての解説が勉強になって面白い。
今日は、能が中村裕さんの『安宅』と梅若万三郎さんの『菊慈童』狂言が野村万蔵さんの「附子」でした。 『安宅』の解説で能の『安宅』と歌舞伎の『勧進帳』についての話があり、能の『安宅』は室町時代に演能の記録があり、歌舞伎の『勧進帳』はそれから約400年後の江戸後期にできたらしい。また、安宅に関があったという記録はどこにも無く、『安宅』は能作者の創作で作者は不明とのこと。 歌舞伎との大きな違いは歌舞伎の『勧進帳』では弁慶と富樫は対峙する役として描かれているが、能では富樫は対峙する役として描かれてはいないこと。能の富樫はワキであり、ワキはシテを引き立たせる役でなければならない。 歌舞伎では富樫は義経一行と気づいていながら通したという人情ものとして描かれているが、能は富樫が義経一行と見破っていたか、いないかは最後まで解らず曖昧のまま終わっていて、そこがまた能の面白さでもあること。どう解釈するかは観る人の自由ということだろうか。 また、幾何学的な動きが多く、山伏一行が一列に並んだり、三角や四角、円形に並んで図形的美しさを出したり、義経が子方なのは弁慶との大きさの対比でもあるとのこと。それに数珠を揉む音の美しさなど、考えられた能だと言われて、なあるほどと思った。 小書の“勧進帳”については昔は全員が読んでいたもので、弁慶一人が読むのが小書付きなのだが、今は一人で読む方が普通になっているとのこと。 また、勧進帳は白紙の紙では無くて、手紙の文面紙を取り出して勧進帳に見立てて読んでいるもので、「笈の中より往来の巻物一巻取り出し。勧進帳と名づけつつ。高らかにこそ読み上げけれ」という弁慶の謡いになっていると。 “瀧流”は弁慶の舞の型の小書で扇を瀧に投げ入れたり、瀧を見上げたりする型が入るものだそうです。
『菊慈童』は昔は前場と後場があり、慈童という少年が仕えていた帝王の枕をまたいだ罪で山中に捨てられることになり、不憫に思った帝王が枕に法華経の二句を書いて渡したものを、山中でいつも読み、忘れないように菊の葉に書き付けて持ち歩いていたところ、その葉についた露を飲んで不老不死を得たという。 前場には少年が山中に捨てられる暗い場面があったものを、少年の姿のまま700年を生きていた後場だけを演ずる祝言能になったのだそうです。
やっぱり、解説だけというのもなんなので、「安宅」について、ちょこっとだけ
能『安宅』 シテ(弁慶)中村裕 勧進帳 子方(義経)加藤慎一朗 瀧流 ツレ(郎党・山伏)加藤眞吾、梅若泰志、遠田修、古室知也、 中村政裕、長谷川晴彦、伊藤嘉章 ワキ(富樫)安田登 アイ(強力)小笠原匡、(太刀持)野村扇丞 大鼓 亀井広忠、小鼓 幸信吾、笛 藤田次郎
大鼓の亀井広忠さんは前日の獅子虎傳阿吽堂に引き続きで、相変わらずの忙しさ。 弁慶役の中村さん、どっしりと力強い雰囲気が弁慶にピッタリの印象で、なかなか迫力がありました。ワキの安田さんは初めて見る方ですがワキ方宝生流の方でした。 太刀持の野村扇丞さん、丸顔で愛嬌があり、万蔵家の中でも好きな狂言師の一人ですが、とっても声がいい! 解説を聞いてから見るとなるほどと思うことあり、山伏は一人も通さぬという富樫に山伏一同最後の勤めをと数珠を揉んで祈るのですが、この内容が、山伏とは修行によりその身は不動明王と現れる即身即仏の山伏を討つとは、熊野権現の罰が当たる事疑いなしと脅し詰め寄っているわけで。そこで、富樫が南都東大寺の勧進ならば勧進帳があるであろう、それを聞きたいと言って、弁慶の勧進帳の読み上げになるわけです。 勧進帳の読み上げ場面は囃子も入って、謡いの調子に乗り、思わず指先で調子を取ってしまいました。 義経を見咎めて引き止められ、弁慶の機転で義経を打ち据える場面、11人の山伏が富樫に打刀ぬきかけて勇みかかろうとするのを弁慶が押し留める場面。終始緊張感が漲り迫力があります。 関を通り抜けて途中で休み、身の不運を嘆き涙にくれている一行のところに富樫が詫びの酒を届けに来ますが、弁慶は感謝の印に舞を舞い、しかし心許すなと一行を急ぎ下らせます。ササーと揚幕に引いていく一同の後、最後に橋掛かり端の揚幕近くで舞い終わった弁慶が静かに揚幕に入っていきます。 酒を届けに来た富樫の本心も解らない。弁慶の舞の間も皆が揚幕に入る最後まで緊張感が続きます。 劇的であっても、劇ではなく能としての様式性を保つ。解説にあった幾何学的な形で大きさを表し、目にも耳にも美しくというのが解ってまた、面白くなりました。 |
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| 2005年9月17日 (土) |
邦楽コンサート「獅子虎傳阿吽堂vol.1〜ヤハイヤ〜」 |
場所:世田谷パブリックシアター 19:00開演
亀井広忠さんと田中傳次郎さん兄弟の邦楽コンサートということで、次男の田中傳左衛門さんが出ていないのは「玉三郎さんに拉致されて」博多に行っているからとのこと。 舞台は『敦』の時のあの舞台をそのまま使っていました。
一、囃子ワークショップでは広忠さんと傳次郎さんが、それぞれ小鼓、大鼓、太鼓の仕組みや構造、特徴について解説。詳しくはもとこさんのサイトにレポが上がっているので省略させてもらいます(苦笑)
二、歌舞伎囃子〜音〜 長唄が入って歌舞伎の囃子方による出囃子のメドレーでした。 中に聞いた覚えがあると思ったら「安達原」や「井筒」の謡いが出てきて「お!」 歌舞伎のお囃子は三味線が入ることもあって、リズミカルで小鼓、大鼓の打ち方や掛け声も能とは大分違って、また面白かったです。 笛の福原寛さんは、二本の笛を使い分けていました。能管と篠笛(たけ笛)のように見えましたが。
三、舞と囃子による能楽五変化〜神・男・女・狂・鬼〜 観世喜正さんの舞で、能の5種類の舞と囃子の違いを見せていただきました。 やはり、どうも舞のほうに気がいってしまいますが、続けて舞った神から狂までも違いが良く解り、鬼では一度舞台から幕に入って出のところからでした。鬼の場合は出からお囃子も勢いが違うという感じ。『敦』の時の真中の台を一畳台の代わりに使っていましたが、普段の一畳台より高くて小さいのでやりにくかったんではないかと思いましたが、練習したんでしょうね、危なげもなく舞っていらっしゃいました。
四、舞踊 道成寺組曲 休憩の後、「道成寺」を能の囃子に傳次郎さんの太鼓が加わり、藤間勘十郎さんが舞うというもの。 「道成寺」の緊張感ある乱拍子や急之舞、蛇体となった女と僧の戦う「祈り」の場面、藤間勘十郎さんの舞踊で見せるとこういう風になるのかと、また新鮮で面白いものでした。 能楽五変化では囃子方が三日月舞台の上に並び、舞踊では囃子方は下の円形舞台に並んで、勘十郎さんが、鐘楼に登って行くところなど三日月舞台の上と下を上手く使って舞っていらっしゃいました。 次回は来年の3月5日、傳左衛門さんも揃って三兄弟の舞台が観られるそうです。本日は立ち見も出る盛況でした。 |
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| 2005年9月10日 (土) |
『敦』−山月記・名人伝− |
場所:世田谷パブリックシアター 14:00開演
【山月記】 李徴:野村万作 袁さん(変換できません):石田幸雄 敦:野村萬斎 【名人伝】 敦たち:深田博治、高野和憲、月崎晴夫 紀昌:野村萬斎 大鼓:亀井広忠 尺八:藤原道山 甘蠅・老紀昌:野村万之介 紀昌の妻・飛衞・主人:石田幸雄 都人士1:深田博治、2:高野和憲、3:月崎晴夫
中島敦の短編集、「山月記」も「名人伝」もとっても短い話なのだが、やっぱり読んでいって良かった。原作に忠実な朗誦など、読んでいかないと解りにくいこともある。読んでみて、古典の素養が無いと劇として演じるには難しいなと思ったけれど、やはり、狂言師としての万作家一門の力を感じさせる作品になっていた。 二階最前列で見る舞台は全体が見えて絶好のロケーション。舞台の真中に黒い丸い舞台、その淵に沿って少し高くした斑模様の三日月形の台がついている。三日月は両端が低く、真中が高く真中に階段が付いている。三日月の真中が分かれたり、階段も開いて異動できるようになっているし、円形舞台も回ったり、真中に台がせり上がってきたり、シンプルでありながらいろいろな情景を映し出して工夫された舞台だ。光と闇も効果的に使われている。 ナレーションでポスターどおりの「敦」スタイルで出てくる萬斎さん、三日月の真中に台が置かれその上に横たわる万作さんは白い服で、やはり「敦」のメガネとカツラを付けている。万作さんが横たわる台の後ろに立ち、33歳で喘息で亡くなったという「敦」の生涯を語る萬斎さん。下の丸い舞台が鏡のように逆さに2人の姿を映しだし、池の辺のようにも見えて美しい。 途中から「敦」の息遣いと鼓動が加わってくる。「敦」の死去。「享年33歳・・・自己とはなにか。現実とはなにか。」鼓動が止まる。 舞台が明るくなり、万作さんが起きてメガネを取り、李徴の装束を着て降りてくる。萬斎さんは敦のままで語る「人生は何事も為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い。・・・」今回のテーマでもあるのか、萬斎さん自身にも繋がるような気がする。3人の敦たちが出てきて、万作さんと敦たちが李徴を語るのだが、まさにそれは李徴でもあり、敦自身でもある。 官吏をやめ、詩人として名を成そうとした李徴がやがて発狂して山の中で虎となってしまう。 虎に変じた万作さん、白くメイクをした顔で白頭のようなカツラは白に黒や灰色が入っていて、野生の迫力を感じさせる。 実際、万作さんの芸の力を見せつけられる舞台だった。 虎になった李徴が今の自分を詠んだ詩を語るところはまさに能のよう、詩を謡い舞うシテと、袁さんの供の姿になった敦たちは地謡のように詩を謡う。 動きの美しさや最後に台から飛び降りざまに飛び返りをピタリと決めるところもさすが!地謡とも聞こえる4人の敦の朗誦も鍛え上げられた狂言師ならではの迫力でせまって来る。 亀井広忠さんの大鼓と掛け声、藤原道山さんの尺八がこれほど合うとは、音楽効果はこの二つだけで情景を感じさせる。 李徴の悲しみ、後悔、自嘲的に自分を見つめるところも敦自身とも重なる姿なのか、万作さんが見事なまでに表現していた。 終始ピーンと張り詰めたものがあり、惹きつけられて目が離せない舞台だった。
「名人伝」 「山月記」が能ならば「名人伝」は狂言。 「まちがいの狂言」のようなテンポの良さと「にほんごであそぼ」や電光掲示狂言会で見られたことば(漢字)あそび等、遊び心いっぱいの楽しい舞台で、まさにそのコントラストは能会での能と狂言のよう。 原作では喜劇的な文体ではないが内容は確かに喜劇的でもある。 まず舞台に「敦」たちが登場。「人生は何事をも為さぬには余りにも長いが、何事かを為すには余りに短い。」とテーマを深刻そうに語ると、萬斎「敦」が「まちがいの狂言」の太郎冠者のような快活さで「何を生意気言ってるんだ。長すぎるか短過ぎるか。とにかく、それは何かやってみてから言う事だよ。一つの仮説さえ信じることが出来れば、人間は幸福になれるんだから。 俺は単純闊達を愛する。ハムレットよりドン・キホーテを。ドン・キホーテより紀昌を。」と言い、顔は敦のまま、黄色い中国風の上着を着て紀昌に変身。 紀昌は天下一の弓の名人になろうと、飛衞の弟子になるが、「まず瞬きせざることを学べ」と言われ、家に帰って妻の機織機の下に潜り込み、仰向けになって目とすれすれのところで機織が忙しく上下往来するのを瞬きせずに見つめていようとする。 飛衞から紀昌の妻に早変わりする石田さん。髭がくるっとまわって妻の髪の毛となり(大笑)前留めをはずすと裏が赤い煌びやかな模様で女の衣装のようになる。 真中の台に横たわった紀昌の上で機織をするわけだが、尺八が機織の音の効果音になり、3人の敦たちは、一人が妻の前、紀昌の顔の上に腕を出し、あとの二人が紀昌の片足づつを持って妻の手の動きと音に合わせて足を上下させる。 紀昌が紀昌自身と機織機を兼ねているわけだが、狂言的な表現でもあり、萬斎さんがイギリス留学中に感嘆したというコンプリシティの演出家サイモン・マクバー二ーの「エレファント・バニッシュ」の舞台も思い出す。 瞬きすることを絶えてしなくなり睫毛と睫毛の間に蜘蛛の巣が張るまでになり、この時睫毛のついたメガネに蜘蛛の字か絵(2階から良く見えなかった)の紙が吊り下げられる。 この他にも窓に吊り下げた髪の毛に結んだ虱もバックスクリーンに虱の字がゆらゆらしたり、「微を見ること著のごとく」虱の字がどんどん大きくなってくる。 外の人や馬や豚もスクリーンに漢字であらわれ、空から落ちてくる鳥や鳶も紙に書かれた「鳥」や「鳶」という字が形作られたものだったり、漢字遊びが面白い。 飛衞から「もう伝えるべきものは無い、霍山の頂きに住む甘蠅老師を訪ねよ。」と言われて山に登る紀昌。三日月の台が回るところを駆ける仕草や転んだり、頂上には悟りを得て、呆けたような表情の温和な目をした、ひどくヨボヨボの爺さんの甘蠅老師。万之介氏がぴったりの役柄だ。 弓を使わずに気で鳶を落とす「不射の射」を見せる甘蠅老師。やがて山を降りてきた老紀昌は万之介氏が演じ、絶えて弓を取らずとも無敵の名手の噂が人々の口から口へと伝わり、老紀昌は死ぬまで弓を取らぬまま尊敬を集め静かに生涯を閉じる。 後日談として、老紀昌が弓というものも、その使いみちも忘れていたというオチがつく。 最後に萬斎「敦」が「・・・何のために自分は生まれてきたのか」という「敦」の言葉を語って臨終の敦の息遣いが静かに止まって暗転する。 「人間は何のために生まれてきたのか、何のために生き、何のために苦しみ、死んでいくのか」中島敦の問いかけ、人生観と萬斎さんの世界観が二つの物語の対比に一人の人間の中にもある陰と陽の部分をも浮き彫りにして非常に面白い舞台だった。 もう一度だけ観に行く予定だが、その時にはさらにどう練り上げられ進化しているか楽しみだ。 |
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| 2005年9月3日 (土) |
子方が描く能・狂言 第4回「子方の成長」 |
場所:横浜能楽堂 午後2時開演
狂言「井杭」シテ(井杭)野村虎之介、アド(何某)野村万蔵、小アド(算置)野村萬
能『烏帽子折』 前シテ(烏帽子屋の亭主) 後シテ(熊坂長範) 浅見真州 前ツレ(烏帽子屋の妻) 浅見慈一 ワキ(三條吉次) 森常好 ワキツレ(三條吉六) 舘田善博 子方(牛若丸) 観世淳夫 後ツレ(若者)松木千俊(立衆)谷本健吾、長山桂三、北浪貴裕、野村昌司、坂井音晴、 坂井音隆、坂井音雅、武田宗典、武田文志、武田友志 アイ(盗賊)野村万蔵、野村扇丞、小笠原匡(宿屋)山下浩一郎(早打)吉住講 大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:助川治、笛:松田弘之
「井杭」は目をかけてもらっている何某に、何かと頭を叩かれるのが嫌で、清水の観世音に願をかけ不思議な頭巾を授かります。 何某の家を訪ねて、頭を叩かれそうになって頭巾を被ると周りから姿が見えなくなってしまい、驚いた何某が、通りすがりの算置(占い師)を呼んで井杭の居場所を占ってもらいますが、井杭は見えないことをいいことに二人にいたずらをしてからかいます。 何某が井杭の頭を叩くのは怒ってでは無く、可愛くてついつい癖で扇でチョンと叩いてしまうという感じ、だからにこにこしながらなのですが、井杭にとっては迷惑なこと。子方だからそこが自然で可愛くてやってるんだという感じがします。 井杭を探す何某の前を自分を指差しながら回わってみたり、算置が場所を言い当てると見えないのをいいことにスルっと逃げては場所を替え様子を窺う、大人をからかう悪戯が可愛いけれど、あまり小さい子がやるよりこのくらいしっかりした子がやる方が役柄としては自然なのかなと思いました。
『烏帽子折』 なにしろ登場人物が多くて賑やか、後半は斬組が見どころで飽きる事がありません。 子方修行の最後の役といわれるこの曲、子方の観世淳夫くんは声変わりが始まっているようでちょっと声が苦しそうでしたが、立ち姿や盗賊との斬組はなかなか堂々としたもので決まっていました。 アイの盗賊三人は偵察隊というところでしょうか、暗闇で一人待ち受ける牛若丸に松明を消され、あわてて逃げ帰ってくる臆病な盗賊。「道成寺」のアイのように「お前行け」「お前が先に行け」というようなやり取りもあってなかなかユーモラスな役柄です。 偵察隊が逃げ帰った後、熊坂長範が手下を引き連れてやってくるわけですが、長範以下12人が橋掛かりに居並ぶ姿はさすがに壮観。 暗闇の中で牛若丸と盗賊たちの戦いは1対1や2対1、3対1などありますが暗闇のため同士討ちもあり、牛若丸は一人で次々打ち倒し、最後に安座するもの、くるっと前転するもの、最後の長範の前に戦った人は仏倒れで、後ろに真っ直ぐばったんと倒れる型を見せてくれました。 最後に長範が大太刀(普通の刀よりかなり長い)を抜いて牛若丸と戦うのですが、長範が出てくる時に地謡が「熊坂長範、六十三」と年齢を言うのがなんか可笑しくなってしまう。63歳といったら昔は今より結構な歳なんじゃなかろうかなんて、それでもがんばっちゃう長範さん。 大太刀をもってしても牛若丸の小太刀に敵わず、素手で組み伏せようとしてやられてしまいます。 大掛かりで派手な曲だし、子方の卒業としてやるのにもそれだけ人が集まらないとなかなか出来ない曲なんでしょうね。 でも迫力があって面白い曲でした。 |
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