| 2007年6月24日 (日) |
喜多流職分会六月自主公演 |
会場:喜多六平太記念能楽堂 11:45開演
仕舞「雲雀山」 佐々木多門 仕舞「船橋」 大島輝久
『満仲』 シテ(藤原仲光):友枝昭世 シテツレ(多田満仲):中村邦生 子方(幸寿丸):友枝雄太郎 子方(美女丸):狩野祐一 ワキ(恵心僧都):宝生閑 大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、笛:一噌仙幸 後見:高林白牛口二、長田驍 地謡:塩津圭介、金子敬一郎、狩野了一、大島輝久 佐々木宗生、粟谷明生、粟谷能夫、長島茂
「磁石」 すっぱ:野村萬、遠江国の者:野村扇丞、亭主:野村万蔵
『夕顔』 シテ(女・夕顔の上の霊):松井彬 ワキ(旅僧):工藤和哉 ワキツレ(従僧):高井松男、梅村昌功 アイ(五條辺の者):小笠原匡 大鼓:大倉正之助、小鼓:亀井俊一、笛:一噌幸弘 後見:粟谷幸雄、金子匡一 地謡:佐藤寛泰、粟谷充雄、佐藤幸雄、佐々木多門 梅津忠弘、大島政允、香川靖嗣、大村定
仕舞「経正」クセ 長田驍 地謡:井上真也、佐藤章雄、谷大作、金子敬一郎
『大会』 シテ(山伏・天狗):内田成信 シテツレ(帝釈天):塩津圭介 ワキ(比叡山の僧正):大日方寛 アイ(愛宕山の木の葉天狗):吉住講 大鼓:原岡一之、小鼓:住駒匡彦、太鼓:三島元太郎、笛:槻宅聡 後見:内田安信、狩野?鵬 地謡:井上真也、友枝雄人、高林呻二、粟谷浩之 笠井陸、出雲康雅、塩津哲生、谷大作
『満仲(まんじゅう)』 多田満仲は一子美女丸を寺に上げていたが、学問に身を入れないので憤り、手討ちにしようとしたところを家臣の藤原仲光に止められ、美女丸に逃げられたので、仲光に美女丸を討つよう命じる。しかし、主の子を討つこともできず苦悩する仲光に、見かねた子の幸寿丸が身代わりを申し出る。すると美女丸が自分が討たれると言い、互いに自分を討て、いや自分が・・・と、言い合って仲光の前になおった。ますます迷う仲光に追い討ちをかけるように主からの督促の使者が来て、進退きわまった仲光はとうとう我が子幸寿丸を討って、美女丸をひそかに逃がす。 その後、満仲も我が子の死を悼んで法要していると、恵心僧都が美女丸を連れてきて満仲に合わせ、仲光の苦哀を語り、美女丸の許しを請う。許しを得たことを悦び、仲光は心の中で悲しみをこらえながら舞を舞い、その後仲光は、僧都に連れられて寺に帰る美女丸に以後は学問に専念するよう言い聞かせて見送るのだった。
観世流では『仲光』という題です。シテが仲光なので、そのほうが分かりやすいとは思いますが。むしろ歌舞伎などにありそうな話です。 友枝さんの直面は『安宅』以来ですが、直面は素顔でも面をかけているように、能ではあまり表情を変えないと聞いたことがあります。削ぎ落とされ抑えられた表現、ほとんど表情を変えない友枝さんの仲光に感情を押し殺したなかに溢れ出るものを感じて目頭が熱くなってしまいました。 進退窮まって、どちらかを討たねばならなくなった場面では、自分を討てと、前に座す2人を交互に見据え、とうとう意を決して、我が子に2度太刀を振り下ろす仲光。その瞬間、子方の雄太郎くんがバッタリと横に倒れ、見事に息が合っていました。静から動への迫力、友枝さんの刀捌きも見事で、思わずハッとしてしまいました。 「言語道断、咎無き子を誅して候」 主の前では、美女丸を討ったと伝え、満仲が我が子の死を悼んで法要をしていると、美女丸を連れた恵心僧都がやってきます。恵心僧都は事の次第と、仲光の苦哀を語り、美女丸の許しを請うのですが、閑さんの僧都の語りには、どこか怒りと哀しみを含んだ迫力があり、惹かれました。 美女丸が許されたことを祝って、仲光が喜びの舞を舞うのですが、咎無き我が子を討った悲しみの涙を押し殺しながらの舞です。 最後に、美女丸に今後は学問に励むよう話して、僧都と美女丸を見送ります。皆が去ったあと「咎無き子を誅して候」、いままで押し殺していた感情と、張り詰めた気持ちが切れたように、橋懸かりでガックリとくず折れるように膝をつく仲光。そこに、すべてが集約されているようで、胸がいっぱいになりました。 動きの決めの美しさはいつもながらですが、それより「劇」的なものを感じる友枝さんの仲光でした。
「磁石」『夕顔』 朝からがんばって並んだせいか、このころには時々意識が飛んでました。「磁石」では、扇丞さんの遠江国の者が刀を向けられ、とっさに大きな口を開け、目をむいて、磁石の精だというところが可笑しかったです。 『夕顔』は、ワキツレの一人がプログラムでは高井松男さんになっていましたが、出ていたのは御厨さんに代わっていたようです。後場の夕顔の霊の優雅な舞がみどころなのでしょうが、気持ちよく意識が飛んでしまいました(^^;)。ただ幸弘さんの笛は揚幕の中からのお調べの時から勢いが良く、最後まで力強く乗っている感じでした。
『大会』 比叡山の僧の庵室に、以前都の東北院のあたりで命を助けられた天狗が、山伏姿で現れ、報恩に望みがあれば何でもかなえようといいます。そこで、僧はそれならば釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で行なった説法を目の当たりに拝みたいと希望すると、見ても本気になって信心を起こしてはいけないと言いい、あれに見えるひとむら杉に立ち寄り、目を塞いで待てというと、梢にあがり、谷に下り、かき消すように消えてしまいます。 やがて、虚空に音楽がひびき、仏の御声が聞こえるので、僧が目を開いてみると、釈迦の法華経説法の光景が出現し、僧は天狗の言葉を忘れて随喜の涙を浮かべ、一心に合掌礼拝してしまいます。すると、にわかに帝釈天が憤怒して天から降り、天狗は恐れをなして、術破れ、大会の光景は消えて、天狗は深い岩洞に逃げていきます。
シテ、ワキ、ツレ、アイとも若手の演者が演じていましたが、なかなか面白い演目です。いつもワキツレの大日方さんがワキとして登場するのは初めて観ました。丁寧な語りでなかなか良かったです。シテは初め直面の山伏姿で現れます。こちらも気合が入っていて気持ちよかったです。アイの吉住さんが愛宕山の木の葉天狗として面をかけて現れますが、明晰できちんとした語りが気持ちよく、「夕顔」の時の小笠原さんのアイもよかったので、万蔵家の人は、皆、アイが上手いなあと思いました。 天狗が鳥になって空を飛んでいると蜘蛛の巣に引っかかって、そこに現れた子供達に捕まったところを、僧が通りかかって助けたということで、それに感謝した天狗は山伏姿で現れ、お礼になんでも僧の望みをかなえようと言い、僧は釈迦の法華経説法の光景を見たいと言います。しかし、本物ではないから、仏法守護の帝釈天が怒りをなすので、見ても決して信心を起こして拝んではいけないというわけです。 舞台には一畳台と釈迦の座が置かれていて、やがて揚幕から天狗が釈迦に化けて荘厳に現れます。面が大仏のような顔がすっぽり隠れるような大きな面です。それに僧の被るような長い頭巾をかけています。一畳台の上の椅子に座って大会の様子を見せると、僧は思わずありがたさに涙して合掌してしまいます。すると、にわかに怒りをなした帝釈天登場!ここで、一畳台から降りたシテは後を向いて、舞台の上で早代わり。狩野了一さんともう一人手伝っていましたが、なんと頭巾の下は黒頭、面も大仏から天狗に変わり、帝釈天と丁々発止の戦いです。しかし、帝釈天には天狗もかなわず、何度も打たれては膝をついて、とうとう退散してしまいます。 僧に命を助けられたお礼のために釈迦に化け、あまりに本物に似ていたため約束を忘れた僧が合掌礼拝したので、帝釈天の怒りを買ったという。ちょっと天狗が可愛そうな話ではあります。 しかし、派手で、飽きることなく非常に面白い曲でした。
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| 2007年6月19日 (火) |
日経能楽鑑賞会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
「舟渡聟」 船頭(舅):野村万作、聟:高野和憲、姑:野村万之介 後見:深田博治
『清経』音取 シテ(清経の霊):友枝昭世 ツレ(清経の妻):内田成信 ワキ(淡津の三郎):宝生閑 大鼓:柿原崇志、小鼓:大倉源次郎、笛:一噌仙幸 後見:香川靖嗣、中村邦生 地謡:粟谷浩之、友枝雄人、金子敬一郎、大島輝久 狩野了一、粟谷明生、粟谷能夫、長島茂
「舟渡聟」 最近は万作さんの船頭(舅)に高野さんの聟が定番という感じです。酒好きの船頭が、船に乗せた若者が自分のところに聟入りに来る聟とも知らず、船を揺らして脅したりして土産の樽の酒を飲ませるよう強要して、飲んでしまいます。酒を飲むためなら強引ともいえる悪ぶりの船頭が、陸に上がると、わわしい妻にも責められて形無し。自慢の髭も剃られてしまい、ビクビクしながら聟と対面する姿のギャップ、万作さんの軽妙さ、本当は人のいい舅の姿がにじみ出ていてうまいです。高野さんもまだ初々しく凛々しい聟の感じがします。最後に二人で歌いながらのやりとりからめでたく舞い納めるまで、ちょっとぴったり合ってるとは言えないけれど、謡も重く立派になりすぎないのが、かえっていいような気がしました。
『清経』音取 音取の小書で、笛の音に惹かれるように現れる清経の霊の出が印象的です。笛方の一噌仙幸さんが笛座より前へ出て、地謡の前あたりで揚幕の方に向いて低い音で笛を吹くと揚幕が少し上がり、シテの下半分だけが見えます。笛の音が止まると幕が一旦下がり、次に少し高い音で吹くと揚幕が上がってシテが現れます。笛の音に引かれるようにそろそろと出てきて、笛の音が止むとシテの清経の霊も止まってしまいます。橋懸かりを笛の音とともにそろそろと動いては止まりを繰り返しながら、やっとシテ柱までやって来ます。友枝さんは、この出で心をつかんでしまいます。なんか、ゾクっとするものがあり、月光に照らされ、笛の音に引かれてするすると現れる、まさに美しき幽霊がそこにいます。 「形見の黒髪を手向け返すとはどうしたことか」と恨む清経の霊に対し、「戦死か病死ならともかく、約束を破り自殺するとは」と恨み嘆く妻。やがて清経の霊は妻を慰めながら、死を選ばざるを得なかった心の内を詳しく語ります。西国へ落ち延びた平家一門は巻き返しを図りますが、宇佐八幡の神託に清経は、もはや神にも見放されたと悟り、無益な戦いへの懐疑から死を決意します。ある夜船端に立ち、横笛を吹き、「この世とても旅ぞかし、あら思ひ残さずや」と念仏を称えて、海に身を投げたのです。この語りの時、清経の面が泣いているように見えました。話を聞き終えた妻は、なおも薄い契りを恨み嘆き、清経は「もう、これ以上何も言うな」娑婆も地獄も同じことだと言い、修羅道のさまを見せ、やがて、念仏の功徳で成仏して去っていきます。 しかし、残された妻は救われたのでしょうか、お互いを想いながら、最後まで平行線のまま。黙って橋懸かりを去っていく妻の深い嘆き悲しみは決して癒えることが無いというのを感じるのが、この『清経』という能です。 |
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| 2007年6月16日 (土) |
粟谷浩之の会 |
会場:喜多六平太記念能楽堂 13:00開演
舞囃子「羽衣」 粟谷辰三 大鼓:柿原弘和、小鼓:横山晴明、太鼓:小寺真佐人、笛:中谷明 地謡:佐藤章雄、谷大作、佐々木多門 佐々木宗生、塩津哲生、香川靖嗣、内田安信
「昆布売」 昆布売:山本則直、大名:山本則重
仕舞 「邯鄲」 大村定 地謡:大島輝久、金子敬一郎、長島茂、粟谷充雄
「松風」 粟谷幸雄 地謡:内田成信、中村邦生、粟谷明生、狩野了一 「鵜之談」友枝昭世
『道成寺』 シテ(白拍子・蛇体):粟谷浩之 ワキ(道成寺の住僧):森常好 ワキツレ(従僧):森常太郎、則久英志 アイ(道成寺の能力):山本泰太郎、山本則孝 大鼓:国川純、小鼓:横山幸彦、太鼓:観世元伯、笛:槻宅聡 後見:高林白牛口二、大村定、友枝雄人 地謡:大島輝久、粟谷充雄、内田成信、佐々木多門 狩野了一、粟谷明生、出雲康雅、中村邦生 鐘後見:粟谷能夫、高林呻二、井上真也、長島茂、金子敬一郎
附祝言
最近忙しいので、ちょっと疲れ気味。舞囃子「羽衣」では、お囃子の音と静かな舞でやっぱり、ちょっとウトウトしてしまいました(^^;)。
「昆布売」 大名が外出するのに、供がいないので、通りかかった昆布売りに声を掛け無理やり太刀持ちにさせますが、怒った昆布売りは大名を油断させて太刀を抜いて脅し、腰の小刀も取り上げて「昆布召せ、昆布召せ」と昆布を売らせます。昆布の売り声を平家節、小歌節、踊り節といろいろ変えてなぶった後、太刀と小刀を持って逃げてしまいます。 供のいない大名が通りがかりの者を無理やり太刀持ちにして従者扱いし、かえって太刀ど脅されてなぶられるという話は「二人大名」などにもありますが、なぶられる大名がだんだん興にのってきちゃうところが、やはり狂言の面白いところ。ここでも平家節、小歌節、踊り節と歌っているうちに、なんか大名も楽しそうになってきちゃいます。でも、最後に太刀、小刀とも持ち去られて追いかける大名も足の速いこと、これ山本家独特の動きの早さです。則重さんもとっても声がいいです。則直さんの昆布売りも若造の大名より、やっぱり一枚も二枚も上手という感じで貫禄でした。
仕舞はやっぱり友枝さんに目がいっちゃいます。『鵜飼』の「鵜之段」で密漁で鵜を使い捕らえられて殺された鵜使いの霊が僧の前で松明を振って鵜を使う姿を丁寧に見せる舞です。扇を二枚使って片方を松明のように見せ鵜飼の有様、ふと覗き込んだり、ありありとその姿が見えるようであり、また、ススっとした動きにブレがなくて美しい。やっぱり、友枝さんはいいなあ。
『道成寺』 今回は小書無しの『道成寺』です。粟谷浩之さんは今回が『道成寺』の披きのようです。観世流だと先に狂言方が鐘を吊ってからワキ方が出てきますが、今回はワキ方の僧が先に出てきて鐘を再興したことを述べてから、能力が6人がかりで鐘を担いで出てきて鐘吊りをします。もう舞台の話が進行していますから、ここでの鐘吊りは舞台の流れからいっても失敗するわけにはいかず、大変だろうと思います。鐘を吊るのは前述の場合だとアイの能力とは別の人ですが、この場合はアイの能力が台詞を言いながら二人で吊ることになります。さすがに手馴れた山本家です。一回で見事に吊り上げました。以前、この演出で観たときも、やはり山本家だったような気がします。 吊り終わって、住僧に言われ、能力が女人禁制のことを触れますが、やがてお囃子の一声で白拍子が現れます。上衣の唐織は茶系の地に菱形模様の比較的地味目なものでした。金春流の山井綱雄さんが披きで着ていたのも同じような感じの地味目な柄でしたが、流儀が違うので同じものではないでしょう。さて、鐘の供養に来たという白拍子の頼みに舞を見せることと引き代えに一存で境内に入れてしまう能力。 大鼓の掛け声と音で烏帽子をつけた白拍子が出て、小鼓との息詰まる乱拍子が始まります。つま先を上げたり、つま先の向きを変えたり、かかとを上げたりと、ほとんど動きが無いけれど、非常に緊張する場面です。もっとかなり長い場合もありますが、今回はそんなに長くは感じませんでした。ちょっと短かったのかも。途中、笛の音で何回か足拍子を踏んでから、また、ほとんど動かない状態に戻ったり、動きも流儀や演出の違いで、いろいろ違うのが、何回かみていると面白いです。お囃子が急に盛り上がると勢いのいい急の舞になり、いよいよ鐘入りです。今回は目付柱側から鐘の下に入り足拍子を踏んで後ろ向きのまま飛び上がって鐘が落ちました。 鐘が落ちると同時に能力二人が転がって、「くわばら、くわばら」「揺りなおせ、揺りなおせ」と雷が落ちたかと思った、地震かと思ったと、驚くわけですが、鐘が落ちたと知ってからの「お前が言いに行け」「いや、お前が行ってくれ」の擦り合いは、やはりユーモラスです。一人が俺は知らないと逃げてしまうので、しかたなく住僧の前に行き、「落ちてござる」と報告する能力。聞いた住僧は驚くものの、能力を許すので、助かったと胸を撫で下ろして去っていく能力。さあて、ここで、住僧が皆に鐘の謂れを語り女人禁制の訳を話して従僧と三人で力を合わせて祈ると蛇体となった女の霊が鐘の中から現れます。座った状態でキっと僧たちを見据える蛇体の女。僧との攻防、柱に巻きつく型も、わりとあっさりの場合もありますが、今回はじっとりと背中で巻きつくような感じでした。鐘から現れたときに、ちょっと裾が乱れて足が丸見えのようだったのが少し気になりましたが、唐織を腰に巻いてそれを取った時には直っていました。しかし、ちょっと着物の裾が緩んでいたようだったのが残念です。最後は橋掛かりを走り去り揚幕のところで飛び入る型でした。このときも、揚幕に入る間際でちょっと飛びあがった感じだったので、もう少し手前から飛び入るほうが良かったかと思いました。 まあ、でも『道成寺』は面白いです。ここんとこ披きばかりなので、今度は披きではない『道成寺』が観たいです。 |
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| 2007年6月3日 (日) |
第一回香川靖嗣の會 |
会場:喜多六平太記念能楽堂 14:00開演
お話:馬場あき子
「富士松」 太郎冠者:野村萬、主:野村万蔵
『絵馬』女体 シテ(老翁・天照大神):香川靖嗣 前ツレ(姥):大村定 後ツレ(天女):内田成信 後ツレ(力神):塩津哲生 ワキ(臣下):宝生欣哉 ワキツレ(従者):大日方寛、御厨誠吾 間(蓬莱島の鬼):野村万蔵、小笠原匡、山下浩一郎、吉住講、野村万蔵 大鼓:柿原崇志、小鼓:大倉源次郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌幸弘 後見:内田安信、中村邦生 地謡:金子敬一郎、狩野了一、長島茂、友枝雄人 谷大作、出雲康雅、友枝昭世、粟谷明生
香川さんが、自分の会を立ち上げた第一回の会になります。 馬場さんが香川さんのこと、『絵馬』の小書「女体」の解説、今回の面についてなど話されました。狂言の「富士松」については、歌人である馬場さんとしても、当時の連歌の流行が庶民まで浸透していて、万葉集やその他の歌についても非常によく知っていることなど驚かれていました。
「富士松」 以前に一度観た覚えがある演目です。主人と太郎冠者の連歌の付け合いが中心の曲なので、歌の意味がわからないと面白さが分かりづらいかも。 無断で旅に出た太郎冠者を叱りにきた主人は、冠者が忍びで富士詣でをしてきたと詫びるので許すのですが、冠者がとってきた富士松(から松)を庭木に欲しいと言います。冠者は承知しませんが、主人が機嫌を損ねそうになったので富士の神酒だといってお酒を出します。主人は連歌の付け合いを始め、冠者がうまく付けられなければ松を取ると勝手に決めて、冠者の家で一句詠んだ後、山王権現の縁日への道中でもしきりに詠みかけますが、冠者はすべてに見事に付けてしまいます。面白くない主人は「あっという声にも己れ怖じよかし」と詠みかけると、冠者は、この場の二人の関係を風刺して「けら腹たてばつぐみ喜ぶ」と付けて、主人に叱られます。 主人がわざと難句を言うわけですが、それが、山の中で舟をこぐ音がするとか、海の中で鹿の鳴く声がするとかいう句です。それにも見事に句をつける太郎冠者の博識に主人がやりこめられるのは先日の「鶏流」でも観られる主人と家来の立場が逆転してしまうパターン。それを調子に乗った太郎冠者が、最後に主人を「けら(虫けら)」と自分を「つぐみ」に喩えて句を付けたから、とうとう主人に叱られちゃうわけですね。萬さんの、経験豊かで、いかにも主人より上手そうな太郎冠者と、やりこめられてムッとした表情の万蔵さんの主人の取り合わせがぴったりでした。
『絵馬』女体 正面囃子方の前に一畳台とその上に扉付きのお宮の作り物が置かれます。 今は天照大神といえば女の神様というのが一般的ですが、昔は男の神様だと思われていたとのことで、後場のシテも男神が普通だったそうです。その後、女神というのが定説となったために喜多流では小書で「女体」というのができたそうです。今は小書付きのほうが上演が多いそうですが。 帝の臣下が伊勢神宮へ献上品を携えて斎宮に着くと、節分の絵馬を掛ける日で、その夜見物に行くと、老夫婦が絵馬を持ってやってきます。老翁が白い馬の絵馬、姥が黒い馬の絵馬を持ってきて、それぞれ白い馬は陽の恵みを、黒い馬は雨露の恵みを表すそうです。帝臣に絵馬掛けの謂れを教え、どちらの絵馬を掛けるか初めは争いましが、結局、両方とも掛けることになって、お宮の扉に絵馬を掛けます。宮の前に座った二人が「かける」の語をちりばめた謡物を謡うということで、地謡が謡い、シテとツレは宮の前でじっと座っています。この時、地謡がけっこう艶っぽい謡を謡うのだそうですが、やっぱりちょっとウトウトしてしまいました。女体の小書だと老翁の面も後シテが女なので、常の三光尉より品があってやさしい小牛尉を使うとのことです。謡のあと、実は二人は伊勢の二柱の神だと明かして消え去ってしまいます。 中入り後、間の蓬莱島の鬼達が出てきます。鬼と言っても悪さをする鬼ではなく、蓬莱島に住む先祖というような存在だったようです。節分にやってきて、舞を舞い、打出の小槌で宝物を出して、君に捧げて去っていきます。賑やかにそれぞれ違う鬼(武悪)面、装束で現れてめでたい間狂言で見せてくれます。 やがて、後シテの天照大神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)・手力雄命(たぢからおのみこと)の三神が表れます。シテは日輪の付いた天冠に白地狩衣の襟をV字に織り込んで普通の着物の襟のような着付けをして、緋大口という装束。常は小面のところ、今回香川さんは増を使いました。天鈿女命は小面に天冠、長絹、大口の天女姿。手力雄命は力強い雷神をイメージして天神の面を使用したようです。 この後シテの天照大神が常の男神の舞う、テンポの速い「神舞」を舞うのが実にカッコイイ!いかにも一番上位の神、天照大神らしい力強さと優美さ気高さを感じさせ、増の面が落ち着きのある品を醸し出していて、引き寄せられるように見入ってしまいました。そして、宮の扉の中に入って、岩戸隠れをしてしまいます。そこで、天鈿女命が幣を持って「神楽」を舞い、力神を招くと、今度は手力雄命が早いテンポで非常に強い「急ノ舞」を舞います。これがまた力強さ漲っていていかにも力神らしくてカッコイイ!足拍子の強さや動きのキレの良さ、天照大神でなくても覗きたくなる。やがて扉が少し開き始め、力神が開いて天照大神が出てきます。後場では天の岩戸の神話を再現して見せるのです。 『絵馬』は初めて見ましたが、後場の舞が見どころで、お囃子も勢い良く力強く乗っていて非常に面白かったです。
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