| 2007年10月27日 (土) |
第十回記念 長島茂の会 |
会場:喜多六平太記念能楽堂 15:00開演
舞囃子「枕慈童」 友枝昭世 大鼓:佃良勝、小鼓:観世新九郎、太鼓:助川治、笛:一噌庸二 地謡:佐藤章雄、谷大作、大村定、佐々木宗生、香川靖嗣、塩津哲生
「止動方角」 太郎冠者:野村萬斎、主:石田幸雄、伯父:野村万之介、馬:破石晋照 後見:深田博治
仕舞 宝生流「三山」 金井雄資 地謡:渡辺茂人、今井泰行、小倉健太郎、小倉伸二郎
観世流「碇潜」 関根祥人 地謡:?梨万里、浅見重好、関根知孝、清水義也
『望月』 シテ(小沢友房):長島茂 シテツレ(安田友春の妻):友枝雄人 子方(花若):友枝雄太郎 ワキ(望月秋長):森常好 間(望月の従者):野村万作 大鼓:佃良勝、小鼓:観世新九郎、太鼓:助川治、笛:一噌庸二 後見:内田安信、中村邦生、粟谷浩之 地謡:粟谷充雄、金子敬一郎、狩野了一、内田成信 粟谷明生、粟谷能夫、友枝昭世、出雲康雅
台風接近による雨の中、バスは遅れる、道は渋滞。しかし、電車の乗り継ぎがビックリするほどのグッドタイミングで、開演時間ギリギリセーフでした。
舞囃子「枕慈童」 本当に、この舞囃子に間に合ったのは幸運でした。 友枝昭世さんの舞は少しもブレず、流れるように滑らか。軽快に足拍子を踏み、観ているうちに袴姿の友枝さんが、だんだん、装束を着て黒頭をつけ、すっとした顔の美少年に見えてきてしまうから不思議。目の前には美しき慈童が舞っている(うっとり)。その姿を彷彿とさせる友枝さんの表現力はやはり絶品でした!
「止動方角」 これは、長島茂さんの大好きな曲ということで、リクエストだったようです。 萬斎さんの太郎冠者に石田さんの主人のコンビ。それに万之介さんの伯父と、この演目の最強メンバーです(笑)。ちょっと威張って恐い主人に命じられて、伯父のところにお茶と太刀と馬を借りに行かされる太郎冠者。なんとも心の広い伯父は快く貸してくれるものの、最後に「いつも返してくれたためしが無いが、今度はきっと返してくれよ」と、念を押すのには、ちょっと笑ってしまった。いつも貸したものが返ってきたためしが無いのに、それでも気持ちよく貸してくれるなんて、どこまで気のいい伯父さんなのだろう。 破石さんの馬、「よく太った馬だ」と言うのに思わず笑いが・・・、本当にむっちりと肥えたお馬さんです(失礼)。 せっかく苦労して、主人に言い付かった物を伯父さんから借りてきたのに、遅いと怒られ、ふてくされた太郎冠者。茶壷に見立てた葛桶をブラブラと振って歩くのが、いかにもふてくされた子供みたいで可愛い(笑)。腹に据えかねて、仕返しする太郎冠者と主人のやり取りには、何回観ても笑ってしまいます。
仕舞「三山」「碇潜」 「三山」は宝生流の金井雄資さん。「碇潜」は観世流の関根祥人さんです。どちらも力のある中堅のシテ方の舞で良かったです。特に関根祥人さんを観るのは久しぶりで、力強くキレのいい舞が気持ち良かった。
『望月』 信濃の国の安田庄治友治が望月秋長と口論して討たれたため、一家は離散。家臣であった小沢刑部友房は、今は近江国の守山で、甲屋という宿屋の亭主になっています。そこへ、友治の妻子がはからずも一夜の宿を乞うて訪れ、互いに再会を喜びあいます。すると、今度は都から帰郷途中の望月が下人と甲屋に宿をとり、偶然のめぐり合わせに、仇討ちの好機到来と、友房は計画を練ります。旧主の妻を盲御前に仕立てて遺子花若に手を引かせ、望月の部屋で芸尽くしを見せたうえ、望月が酒に酔ってまどろんだ隙に、友治は花若とともに仇を討ちを果たします。
最初に直面のシテが登場するのが、普通の能とは違って、「あれ、この人はシテかな?」と一瞬戸惑ってしまいます。非常に劇的な仇討ちものですが、盲御前に仕立てた旧主の妻が曽我兄弟の仇討ち物語りを謡い、遺子花若が鞨鼓を打ち、友房も獅子舞を見せる芸尽くしが見どころでもあります。 子方の友枝雄太郎くんは、顔が可愛い上に謡も舞も実にしっかりしています。う〜む、この子は本当に将来が楽しみです! アイの万作さんは望月の従者として、望月とともに出てきてから、望月が寝入るまで、舞台に出ずっぱりです。渋くて、場が引き締まるような感じでした。友治の妻が曽我兄弟の仇討ちを謡い、花若が思わず「討とう!」と叫ぶと、さっと、万作さんや望月の森さんが身構えて、場に緊張感が漲ります。ドキっとする瞬間、シテの友房の長島さんが「鞨鼓を打とう、ということだ」と取り繕います。花若に鞨鼓を打たせ、自分も獅子舞の準備に入るとき、橋懸かりを初めはゆっくりと、そして意を決したように早足で幕入りするところの緩急も見事。お囃子が『石橋』と同じ「獅子」の曲になり、赤布で覆面をし、赤頭に二枚扇をのせた獅子の扮装で出てきた長島さんの獅子の舞がまたカッコイイ! 万作さんが切り戸口から太刀を持って去り、望月がうとうと寝入るのを見るや、友房が花若をすっと押し出し、二人に襲われて驚く望月を討ち果たして本懐を遂げます。討たれるときには、ワキの森さんは切り戸口から出て行き、代わりに残された笠が討ち取られた望月に見立てられます。さっと太刀を振り上げた時の雄太郎くんもピタっと様になってましたねえ。 とっても、観に行った甲斐のある良い会でした。 |
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| 2007年10月26日 (金) |
国立能楽堂狂言特別公演 |
会場:国立能楽堂 18:30開演 特集・美しき老い(二日目)
「孫聟」 祖父:野村万作 舅:石田幸雄 太郎冠者:高野和憲 聟:野村萬斎
「居杭」 居杭:茂山千之丞 何某:茂山千五郎 算置:茂山七五三
素囃子「神楽」 笛:松田弘之、小鼓:曽和正博、大鼓:安福建雄、太鼓:助川治
「庵梅」 老尼:山本東次郎 立衆(女):山本則俊、山本泰太郎、山本則孝、山本則重、山本則秀 笛:松田弘之、小鼓:曽和正博、大鼓:安福建雄、太鼓:助川治 地謡:平田悦生、山本則直、遠藤博義
前日が遅かったための寝不足で、時々睡魔が襲ってくるため、残念ながら見逃したところが多かった(苦笑)。
「孫聟」 今日は聟入りの日で、舅と太郎冠者は聟を心待ちにしていますが、家にいる祖父が何かと口出しして場をだいなしにするので、祖父の友人に頼んで連れ出してもらおうと画策しますが、ばれて、祖父はかんかんに怒り出してしまいます。 何も知らずにやって来た聟が、祖父に会いたいというので、喜んで出てきた祖父は、主人を差し置いて盃を交わしたり話しかけたり上機嫌です。最後に、聟と舅が相舞を舞うと、そこに祖父も加わりますが、祖父だけ取り残されてしまいます。 二人がいなくなったことに気付いた祖父は最後まで世話が焼ける、と言いながら探しに行きます。
こういう人いるよねと思わせる、融通がきかない、頑固なお爺さんですが、万作さんがやると品の良さと可愛さがあります。困ったものだと思いながらも、やはり祖父を立てる家族の暖かさも感じました。今回は、久々に萬斎さんの美しい聟さんが見られました。まだまだ聟役もいけますよ(^^;)。 最後に相舞に加わったのに、皆がいなくなっても気付かずに舞っている万作祖父の舞は老人の舞でも、やっぱり綺麗でした。
「居杭」 和泉流だと「井杭」と書きます。9月に三宅右近さんと高澤親子の「井杭」を観ています。何回か観た演目ですが、居杭の役は子供がやることが多く、亭主が可愛さ余ってすぐ頭を叩いてしまうというのも子供相手だと納得がいきますが、大人の居杭役は初めてです。でも千作さんの居杭なら天真爛漫で無敵の可愛さ(笑)がなんとなく想像できます。千之丞さんの居杭は、また違った持ち味で、悪戯っ気と愛嬌がある居杭でした。姿が見えなくなる頭巾を被り、亭主と算置がけんかするよう亭主の耳を引っ張ったり、算置の鼻を引っ張ったり。隠した算木を投げる時も、いっぺんに投げずに少しずつ出し方を変えてみたり、相手の反応を楽しんで様子をみているようなところが、いかにも千之丞さんらしい。歳をとると子供返りをするといいますが、老練の居杭もなかなか面白かったです。
素囃子「神楽」 松田さんの笛の勢いがよく、やはりこのメンバーのお囃子はとっても良かった。
「庵梅」 老尼の庵の梅が咲いたと聞いて、近所の女たちが花見にやってきて、老尼に和歌を書いた短冊を出し、添削をしてもらいます。やがて酒宴がはじまり、老尼も昔を思い出して舞を舞います。帰り際に、老尼は名残惜しげに一行を見送り、庵に戻るのでした。
春の庵で、老尼を囲んで女たちが歌を詠んだり、酒宴をする情景が華やかでゆったりとのどかな雰囲気です。山本家に合う演目だなあと思っていましたが、あまりに気持ち良くて、何度も睡魔に負けてしまいました(^^;)。 でも、東次郎さんの老尼は腰を曲げず、すっとした出で立ちで、美しく舞い、品と艶がありました。狂言の老女というより、能の老女を観るようでした。 |
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| 2007年10月17日 (水) |
万作を観る会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
「昆布売」 昆布売:野村遼太、大名:石田幸雄 後見:深田博治
語「姨捨」 野村万作
仕舞「姨捨」 近藤乾之助 地謡:當山孝道、亀井保雄、大坪喜美雄
「鐘の音」 太郎冠者:野村万作、主:野村万之介 後見:石田幸雄
「千切木」 太郎:野村萬斎 当屋:深田博治 太郎冠者:月崎晴夫 立衆:竹山悠樹、破石晋照、時田光洋、岡聡史 妻:高野和憲 後見:野村遼太
この日は、風邪っぴきで絶不調のため、どうも頭もボ〜っとしてました。なので、ちゃんとした感想も書けない状態ですが、とにかく覚えていることなど書いておきましょう。 「昆布売」 大名が一人で参詣に行く途中、通りかかった若狭の昆布売りに声を掛け、無理矢理太刀持ちをさせます。昆布売りの昆布は大名が、かわりに持つことにしますが、すっかり主人きどりで従者扱いされるのに我慢ができなくなった昆布売りは、太刀を抜いて逆に大名を脅し、小刀も取り上げて、昆布売りを強要します。売り声も小歌節や平家節、浄瑠璃節、踊り節などさまざまに注文をつけて売らせ、最後に昆布売りは太刀、小刀とも奪って逃げていきます。 高校2年生になったという遼太くん、すっかり狂言師らしくなりました。以前は声変わりで、ちょっと苦しそうだった声もすっかり落ち着いて、なかなか良い通る声での謡にびっくり。子方から脱皮して、これからはいろいろな演目に挑戦していくのでしょう、将来が楽しみです。相手役の石田さんが、がっちりと受け止めている感じでよかったです。無理矢理歌わせられながら、だんだん興にのってきてしまう大名は、石田さんのホンワカした雰囲気にピッタリでした。
語「姨捨」 能『姨捨』の間語りです。能『姨捨』は、八月十五夜に、都の男が信濃国の姨捨山に中秋の名月を見にやってきます。そこに里の女が現れ、この山に捨てられた老女が「わが心慰めかねつ更科や 姨捨山に照る月を見て」と詠じた旧跡を教え、自分がその老女の霊であると名乗って消えます。そこに里の男が現れ、姨捨山に捨てられた老女の話を語って聞かせます。 男たちが月を見ていると、やがて老女が生前の姿で現れ、月と浄土を賛美しつつ、舞を舞い、昔を懐かしみ、この世への執心を語り、舞います。やがて夜も明け、旅人が去っていくと、また老女は一人残されるのでした。 清浄な美しさと寂しさの漂う能の中で、この間語りだけが、老女が山中に捨てられるに至った凄惨で生々しい家庭悲劇を語ります。それは現代にも通じる嫁姑問題、親子関係の事件のようです。 両親を無くした男の子を伯母が我が子として慈しんで育て、やがて男の子は成人して結婚します。しかし、嫁は、歳をとって体も目も悪くなった伯母を疎ましく思い、毎日、伯母を山に捨ててくるよう夫に迫ります。はじめは断っていた男も、とうとう妻に負けて、ある日有りがたい仏を拝ませようと騙して、老女を山に連れて行き、頂上の石を仏だと言って、拝ませている間に置き去りにして帰ってしまいます。目の見えない老女はやがて置き去りにされたことに気付いて泣き叫べども、すでに逃げ帰った後だったという話です。その後、田ごとの月の謂れについても語られます。 以前、観世榮夫さんの『姨捨』を観た時の間語りは山本東次郎さんでした。和泉流と大藏流では、間語りの内容が少し違います。大藏流では、山に置き去りにして帰ったところまでは、ほぼ同じですが、田ごとの月の話は無く、そのかわり、置き去りにしたその後の話まであります。それは、男は家へ戻って後悔し、何度も連れ帰ろうと思ったが、妻の目が恐くてなかなか出られなかったところ、ある日やっと山に登ると、すでに老女は石になっていました。男は悔いて、とうとう出家し菩提を弔ったということです。 大藏流のほうが救いがあります。姨捨山に現れた老女の霊が、すでに仏の悟りを得て、清浄な魂になっていたことも納得できるような気がします。 ともあれ、さすが万作さんの語りは淡々としていながら重厚で、心に迫る語りでした。『姨捨』、この能が私はなぜか本当に好きです。寂しさ、悲しさ、美しさ、凄惨な話を淡々とした語りで聞かせ、清浄な魂の舞で見せる。やっぱり世阿弥の傑作です。
仕舞「姨捨」 近藤乾之助さんの仕舞で観るのは初めてです。「姨捨」は仕舞で舞うことは、まず無いのだそうです。観世流と喜多流でも舞が違うので、宝生流の舞を観るのが楽しみだったのですが、なにせ体調が絶不調につき、静かな舞なので、やはり沈没(泣)。ただ、ところどころ観ていた雰囲気には老女の姿が見えるようでした。また、ちゃんと『姨捨』が観たい・・・。
「鐘の音」 何回観ても面白い狂言です。先日は萬斎さんで観て鐘の音を真似た声の良さに聞き惚れましたが、今回は万作さんの太郎冠者に万之介さんの主人。さすが息の合った兄弟共演です。万作さんの声もまだまだ良いですが、万作さんの太郎冠者の可愛いこと♪ラブリーなのです。思い違いとも気付かず、嬉々として鐘の音を聞き比べる太郎冠者。間違いに気付いてちょっと反抗するものの、追い出されるとすぐ反省して、主人のご機嫌をとろうと謡い舞う。結局許してもらえず叱られますが、でも、また明日は元どおりなんだろうなと思わせる、可愛い太郎冠者です。万之介さんの主人も、太郎冠者が帰ってきた時のちぐはぐな話に「こいつは気が違ったか、なにを言ってるんだ」といういつもの受け答えなのに、万之介さんのとぼけた独特な雰囲気と間に思わず笑ってしまいます。 重厚な語りの後での軽妙で可愛い太郎冠者。万作さんの芸の力を感じさせられました。
「千切木」 何回か観ている演目ですが、これもいつ観ても面白い演目です。 連歌の初心講(初心者の会)を開くことになった男が太郎冠者に連中(会の同人)を招待に行かせますが、太郎にだけは知らせるなと言います。さて太郎は自分だけが呼ばれなかったことを知って腹を立て、連歌の会に乗り込んでさんざん花の生け方が悪いとか掛け軸が曲っているとか悪態をつきます。とうとう怒った連中は太郎を打ち据え踏みつけますが、事の次第を知った妻は千切木(乳の高さほどある棒)を持って、太郎に仕返しをけしかけます。しかし、痛めつけられた太郎は気が進みません。それでもなお妻に背中を押されて恐る恐る連中一人一人の家まで出かけていくのですが、行くと、なぜか皆留守だというので、急に威勢の良くなった太郎は空威張りをするのですが、妻は皆怖じて出てこないのだろうと、そんな夫を頼もしく思って仲良く帰っていくのでした。
口は達者だが意気地なしで、みんなの嫌われ者の太郎。それに気の強い、典型的なわわしい妻。萬斎さんの太郎と高野さんのわわしい妻が最高で、最強のコンビ(笑)。妻の威勢に押されて、連中も関わったら大変と居留守を使ったのでしょう。それをいいことに、急に虚勢を張って千切木を振る太郎。それまでの臆病そうな様と打って変わった姿が可笑しくて、それでも、そんな夫を頼もしがって、「のう、愛しい人」と、最後は仲良く帰っていく妻。気が強くて、とっても恐いけど、夫を愛してる、情の深い妻と、ほんとは気弱で空威張りな夫。世間でもよくある、割れ鍋に閉じ蓋、いいコンビなのかもしれません(笑)。 |
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| 2007年10月12日 (金) |
忠三郎狂言会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
素囃子「安宅・瀧流」 笛:寺井宏明、小鼓:大倉源次郎、大鼓:大倉慶乃助
「通圓」 通圓:茂山忠三郎、旅の僧:善竹十郎、里人:善竹富太郎 地謡:大藏彌太郎、大藏吉次郎、大藏千太郎、善竹大二郎、吉田信海
「魚説経」 僧:茂山千作、男:茂山千之丞
「花子」 洛外に住む男:茂山良暢、太郎冠者:大藏基誠、女房:大藏教義 後見:大藏彌太郎、茂山忠三郎 追加
本年は、先代の茂山忠三郎さんの50年忌に当たるということで、忠三郎さんは、追善の意をこめて「通圓」を演じ、良暢さんは「花子」の披きです。
「通圓」 能『頼政』のパロディで、宇治橋供養のとき、都道者、すなわち、都から熊野などの有名寺社に参詣するツアーの人々が、宇治橋のたもとにある茶屋に、つぎつぎに茶を所望して300人もの人が押しかけたのを、茶屋の主人通圓が、茶を「点てかけ点てかけ」して供したが、ついに茶碗も割れ、柄杓も折れて、茶を点て死にしたという話。
万作家や茂山家だと茶を次々点てて差し出す仕草などがちょっとコミカルで面白かったりするのですが、忠三郎さんの場合はチャカチャカ差し出しているという風ではなく、それでもしっかり一つずつ点てて出しているという感じ。茶を点てている時に茶筅と同じ右手に持った柄杓が一緒に細かくくるくる動くのが、ちょっと面白かったです。全体にテンポもゆっくりめで善竹十郎さんの僧も重厚さがあって、コミカルさより能懸かりな雰囲気が強い「通圓」でした。 余談ですが、この狂言に出てくる通圓さん、京都宇治に現在も続いている老舗の御茶屋さんだそうです。以前テレビの「世界バリバリバリュー」で出ていました。
「魚説経」 津の国兵庫の浦に住む漁師が「朝夕ものの命を取る」暮らしを味気なく思い、ふと発心して僧になったものの、斎(食事)を施してくれる者とてなく、ほとほと困惑していたが、思い立って都へ上ることとします。 ここに、仏心の深い男が持仏堂を建て、住持を求めて海道に出てきて、さきの出家と出逢います。「袖振り合うも多少の縁」と連れ立って行く道中、持仏堂の住持の話となり、いっしょに邸へ同道したのはいいが、さっそく、説経してくれと頼まれます。 にわか坊主のことゆえ、説教などしたこともない僧は、もともと漁師だから魚の名を引きながら、説法の体をよそおうと思い立って、説経を始めますが、とうとう、おかしいと気付いた檀那にバカにするなと突き飛ばされます。それでも、懲りずに魚の名で応対する僧は、ますます怒った檀那に追い込まれます。
和泉流だと、留守番の新発意で、まだ説経などしたことが無いが、漁村に住んでいたから魚の名ならわかると、子供がやることが多い役です。 千作、千之丞兄弟のコンビはやっぱり最高!次々と出る、魚の名を盛り込んだダジャレ説経には思わず笑ってしまいます。最後の念仏まで「生鮹(なまだこ)、生鮹」(笑)。自分の魚の名のダジャレが興にのってきちゃった僧はダジャレが止まらない(だれかさんのようだ!)という感じ。檀那をおちょくってるみたいに楽しんでる風で、千之丞さんの檀那もあきれかえって、憤慨!二人の呼吸がピッタリで楽しい「魚説経」でした。
「花子」 洛外に住まう男が、東に下った時に美濃の国野上の宿で、酌を取らせた花子が、男の後を追って上洛し、逢いたがって文をよこすけれど、山の神(妻)の目が光っていて、とても逢いに行かれないと、思案をめぐらすうちに、思いついた方法が、夢見が悪いので、仏に参詣するという言い訳。ところが、妻は外へ出ることもならぬというので、苦肉の策として、邸内の持仏堂に篭って、七日七夜の座禅をすると言いますが、妻はそれも、一夜だけならとやっと許します。男は嫌がる太郎冠者を刀で脅して座禅衾を着せて、因果を含めて身代わりにさせ、花子の宿に一目散に駆けて行きます。 しかし、妻は座禅中は入ってはいけないと言ったのに、夫の座禅を覗き見て、窮屈そうな姿に矢も立てもたまらず、入ってしまい、座禅衾を取って、替え玉であるのに気付き、みずから衾を被いて、夫の帰りを待つことにします。 さて、朝帰りの男はうつけたような体で、小歌を口ずさみ、「私の恋は因果か縁か」と述懐し、太郎冠者だと思いこんでいる妻の前で、さんざんのろけることになります。ところが、衾を取ってびっくり。怒り狂う妻に追いかけられて許してくれと逃げていきます。
良暢さんの披きです。男と女の駆引きというより、まだ若々しい可愛さを感じます。どっちかというと、花子に手玉にとられていそうな感じ(笑)。 いつも思うのですが、この妻、わわしいけれど、とっても夫を愛してるんですね。だから、片時も離れたくない、座禅をする姿が苦しそうでほっておけない、ホントは心優しい女なのです。しかし、夫にとってはそれが、窮屈でわずらわしい。言葉もきついから恐い。ついつい言葉も優しく、慕ってくれる女に心惹かれてしまうわけです。でも、結局妻には勝てない(笑)。 前半の、どうやって花子に逢いに行こうか思い巡らして、やっと一夜の座禅をゆるされ、まんまと太郎冠者を身代わりにするまでの硬い表情と、後半、朝帰りして、太郎冠者と思っている妻にのろける嬉しそうな表情。笑ったときの顔がなんとも可愛い。朝帰りのうつけたような雰囲気は、もう少しというところかな。でも、謡、舞は声もいいし、丁寧で良かったです。大藏教義さんの妻は、ホントにわわしさ満開でした(笑)。身代わりになった基誠さんの太郎冠者が、奥さんに詰め寄られてビビるのもよく分かる。 見終わってみれば、若手の三人ともしっかりした演技で、楽しませてもらえた「花子」でした。 |
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| 2007年10月9日 (火) |
現代狂言? |
会場:国立能楽堂 19:00開演
ご挨拶:南原清隆
「二人大名」 使いの者:野村万蔵 大名:野村万禄 大名:野村扇丞
「一人サラリーマン」 台本:野村万蔵、森一弥 演出:野村万蔵 社長:渡辺正行 副社長:平子悟(エネルギー) サラリーマン:岩井ジョニ男(イワイガワ)
「TANE〜種〜」 台本:壌晴彦、南原清隆 演出:南原清隆 お笑いコンビ世阿弥:南原清隆 敏腕ディレクター:野村万蔵 大物狂言師:島崎俊郎 アシスタントディレクター:ドロンズ石本 カメラマン:森一弥(エネルギー) お笑いコンビ世阿弥:井川修司(イワイガワ) 世阿弥の霊:野村扇丞 ひろみお兄さん:佐藤弘道
打楽器:和田啓、管楽器:稲葉明徳、弦楽器:山崎千鶴子
企画:南原清隆、野村万之丞
ご挨拶で、切戸口から舞台に現れたナンちゃん。前回同様、袴姿がなかなかカッコいいです。スっと姿勢もいいし、これは社交ダンスをしているせいかも。 能楽堂に来る人は通ですね、みたいなことを言ってました。「今回初めて『現代狂言』を観る人」、「初めて『狂言』を観る人」の質問には、かなり手が上がってました。娘は狂言は2回目、もちろん「現代狂言」は初めてなので、遠慮がちに手を上げてました。 狂言は、600年前からある“お笑い”です。始めは分かりにくいこともあるかもしれませんが、3分がまんしてください。そうするとだんだん分かってきます。と、言ってました。まあ、ホントに初めて観るときはそうですね。 「一人サラリーマン」の渡辺正行さん、まさかコーラの一気飲みはしませんが、どうでしょうか?「TANE〜種〜」では島崎俊郎さんが顔を黒塗りにして出たりしませんが、何がおこるかは分かりません。今回は重要無形文化財の野村万蔵さんがコントに挑戦します。というように、期待を持たせ、「笑いは体にいいですから、今日はチケット代分、大いに笑ってください」と言っていました。
「二人大名」 これは、狂言師がやる正統派の狂言です。万蔵さんの使いの者に、大名役の万禄さんと扇丞さん。コントとは違うゆっくりしたテンポと繰り返しですが、やっぱり型の美しさと面白さ、後の現代版「一人サラリーマン」を観ると、狂言師の身体能力の高さを改めて感じますね。
「一人サラリーマン」 ある社長と副社長がクラブで豪遊しているところへ、物を運ぶくらいしか能のないサラリーマンに会社の不正を記録したCDを届けさせます。ところがこのダメ社員、社長の前で物真似芸をやらせられて褒美をもらうと、届け物の事をすっかり忘れて帰ろうとします。引き止められて届け物の中身を出そうとすると、慌てる社長と副社長に、たいそう大事なものだと悟ったサラリーマンは、CDを餌にさっきの仕返しとばかりに社長と副社長にさんざん物真似をさせ、最後にはCDを渡しますが、意気揚々と「やっぱり、バカなやつだ」と言って、引き上げていく社長と副社長の後を行くダメ社員の懐にはちゃんと本物のCDが隠してあるのでした。
社長と福社長は着物姿で現れ、社長の渡辺正行さんはサンローランの羽織にBIG1の袴、福助の足袋。サングラスを取るとキンキラのアイメイク。サングラスと付けていたアイメイクはすぐ取ってしまいますが・・・。 副社長役の平子さんは1回目の時も、かなり様になってると思ったとおり、発声も型も狂言らしくうまいもんです。 型がうまくできなくてもキャラの濃さで押し切ったルー大柴さんと比べると、渡辺正行さんはちょっと弱い感じがしてしまいました。でも、社長と副社長のやりとりには、いろいろと狂言の型が盛り込まれています。 高級クラブがガラガラガラと戸を開けて「やっとな」と入ったり。「ほ〜、ずいぶん和風なクラブだな」と社長が見回します。そりゃそうだ、能楽堂ですもんね。お客さんをそのまま、クラブのホステスや客に見立てて話したりします。二人でお酒を酌み交わす時には扇を使って「どぶどぶどぶ」「ぐびぐびぐび」(笑)。 そこに現れたダメ社員岩井ジョニ男さん。一人だけ背広姿でメガネをかけてひょこひょこと現れるキャラは、どこかミスターオクレ風。高級クラブのドアを「ズカ、ズカズカズカ」「メリ、メリメリメリ」「バッサリ」と壊してしまうのには笑った。 社長と副社長に言われてやる物真似は「合宿所で後輩を叱る田原俊彦」とか「時間を間違えた森真一」とか、あと柴田恭平もやったみたいだけれど、ちょっと微妙〜(笑)。しかし、CDを餌に仕返しするところではサンローランの羽織を受け取ってはCDを刀のようにシュッと切るようにしたり、さっきやった田原俊彦や森真一の物真似をさせ、ついには「二人大名」の鶏や犬の真似、起き上がり小法師の真似をさせます。渡辺正行さんが、かなりマジで「あれはキツイぞ〜」(笑)。起き上がり小法師の真似をした後、二人ともかなり息が上がってバテてましたね。これを簡単そうに楽しそうに見せる狂言師の身体能力の高さには改めて感心しました。
「TANE〜種〜」 コンビ名が「世阿弥」というだけでCM撮影に起用されたものの、既にその世界から足を洗おうと悩んでいた男(南原)に、本物の世阿弥の霊が乗り移ります。CM撮影現場は大混乱となり一時休憩。世阿弥は乗り移った男の体を借りて、カメラマンとスタジオ見学などを始めます。楽屋に着くと心配した相方から、自分達のギャグ「秘すれば花!」の事を聞き、世阿弥はこの言葉を得たことで夢の中で喜びの舞を舞います。そこに割って入るように芸敵の音阿弥が登場し二人の舞比べとなります。やがて大衆も舞に加わり、皆立ち去ったところで先ほどのカメラマンに起こされ夢から覚めます。カメラマンが、言われたことだけをやっていればいいという仕事にやり切れない思いを抱いているとこぼすと、世阿弥は「寿福延長」につながることだと言って励まします。CM撮影が再開され、敏腕ディレクターのなげやりな編集に耐えかねたカメラマンが反論。すると一人二人と、もう一度CMを作り直すことに賛同し、最後に敏腕ディレクターも「君達がいいなら、僕はつきあうよ」と了解し、みんなでCMを作り直します。世阿弥の霊も男から抜け、男は相方とコントを続けていく決心をし、世阿弥も元の世界に戻って行きます。
まず扇丞さんが白装束に白い頭巾、鼻までの黒い半面をかけて揚幕から出てきます。世阿弥の霊だとすぐわかります。それが、現代の人たちが舞台上で演じている間は、ほとんど存在を消しているのに、扇でパシっと床を叩くと皆の動きが止まって場面が変わる。能『邯鄲』で、扇で枕元をパシっと叩いて起こすところで、夢と現実の世界が入れ替わるのを思い起こさせ、うまい効果を出してました。ナンちゃんが謡い出す場面では扇丞さんが途中から謡いを継いで朗々と謡い、さすがの声の良さに感心してしまいました。 万蔵さんの敏腕ディレクターぶり、セーターを肩にかけてサングラスを頭にのせ、いかにも業界人風。ちょっと気取った嫌味な男風です(笑)。それが、CM撮りで大物狂言師島崎万之丞(島崎俊郎)を弄ぶところは何か楽しそうでした。三倍速やスローで巻戻してやらせたり、ストップモーションのまま休憩に入ろうとするのには、アダモちゃんも万蔵ディレクターに「お願いだからアドリブはやめて」と泣きを入れたり、指示を伝えるAD(ドロンズ石本)に「おまえは時津風親方か!」「これはかわいがりか!」と怒り出す(アブナイギャグ)。最後は世阿弥コンビのナンちゃんと(イワイガワ)の井川さんと3人で出てくるところまで巻戻しでやらせ、後ろ向きに橋懸かりを戻るところで振り向く島崎さんにNGでやり直し、今度は一人だけ前向きに進む島崎さんにもう一度やり直し、3度目は3人とも見事に後ろ向きに下がっていきました。でも、あれは本当に怖いだろうなあ。 世阿弥が乗り移った夢の中では万蔵さんが芸敵の音阿弥に扮し、派手な衣を羽織って現れ、舞を舞います。二人の舞合戦でナンちゃんとのタンゴを見せたりするのですが、万蔵さん、さすが舞の型がきれいで、タンゴも様になってます。基礎がしっかりしている古典芸能の強さを感じましたね。ナンちゃんとの舞合戦は目福でした。ここで、ひろみちお兄ちゃん登場!さすが体操のお兄さんらしく運動能力は抜群です。会場から「お〜!」と感嘆の声。全員でのラインダンスには手拍子で盛り上がります。欄干越えの前転も披露してくれました。 みんなが幕入りした後で、世阿弥の霊が一人、舞を舞ってから戻っていくのですが、その舞の綺麗だったこと。現代劇で、すごく楽しそうな万蔵さんとともに、扇丞さんの世阿弥の霊も、とても印象に残りました。 普通の現代劇のコントの要素が強かった今回の「TANE〜種〜」ですが、いや、とっても楽しかったです。1回目より、こなれた感じもしますが、いろんな形で狂言とコントの融合を図っていこうという試みを、これからも是非続けていってもらいたいものです。 音楽も、1回目と同じ中近東風なノリが結構面白く、最後はカーテンコールもありました。 |
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| 2007年10月8日 (祝) |
第七回雙ノ会 |
会場:宝生能楽堂 14:00開演
舞囃子「巻絹」 田崎甫 大鼓:柿原弘和、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:助川治、笛:一噌隆之 地謡:大坪喜美雄、中村孝太郎、小倉敏克、高橋憲正
「三人片輪」 博打打:石田幸雄 有徳人:野村万作 博打打:野村萬斎 博打打:高野和憲 後見:深田博治
『砧』 シテ(芦屋何某の妻):田崎隆三 ツレ(侍女夕顔):金井雄資 ワキ(芦屋何某):森常吉 ワキツレ(従者):森常太郎 間(下人):石田幸雄 大鼓:柿原弘和、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:助川治、笛:一噌隆之 後見:中村孝太郎、宝生和英 地謡:東川尚史、亀井雄二、辰巳孝弥、高橋憲正 大坪喜美雄、近藤乾之助、小倉敏克、武田孝史
舞囃子「巻絹」 能の『巻絹』は、まだ観たことがありませんが、神懸りした巫女が「神楽」を舞い、熊野の霊場をたたえ、本性に戻るまでの舞だそうです。若い田崎甫さんの舞は、神懸りという感じには見えませんでしたが、丁寧で、むしろ清々しい美しさでした。
「三人片輪」 有徳人が障害を持つ者を多数雇おうと高札を掲げると、そこへ食い詰めた博奕打が次々と現れ、目の不自由な者、足の不自由な者、言葉の不自由な者を装って抱えられます。さっそく有徳人は、それぞれに、軽物蔵(絹織物などの蔵)、酒蔵、銭蔵の番をするよう命じて出かけます。博奕打たちがいつもの姿に戻って屋敷の中を探索していると、思いがけず顔を合わせ、見れば3人とも博奕仲間。喜んだ3人は酒蔵で酒盛りを始め、謡い舞いの賑やかな宴会になったところへ有徳人が帰ってきたから、さあ大変。大慌てで自分が何の障害者に装っていたか忘れて間違えてしまい、怒った有徳人に3人とも追い出されてしまいます。
話としては、食い詰めた博奕打が人を騙してお金を得ようとしてバレてしまうという、狂言によくある話です。最後のドタバタぶりと「間違えた」が可笑しくて面白い演目です。 ただ、現在では、障害者の真似に違和感を覚えるところもあって、あまり演じられなくなっているのだと思います。しかし、障害者に対する差別意識ではなく、当時は障害を持つ人たちも、町の中に普通にいて、それぞれがそれなりに逞しく生きていたのではないでしょうか。言葉の不自由な人が「あう、あう」と言いながら短い竹の棒二本を打ち合わせて答えるのも、当時の意志伝達方法だったのかもしれません。そして、その人たちを雇おうという有徳人も実際にいたのでしょう。 最初に萬斎さんが目の不自由な人、2番目に高野さんが足の不自由な人、最後に石田さんが言葉の不自由な人のふりをしてそれぞれやってきます。目の不自由な座頭は、狂言でもよく出てくるので見慣れていますが、足の不自由な人は胡坐をかいた状態で手で体を支えて動くのが、けっこう大変そうなので、若手の役ですね。言葉の不自由な人の役は初めて見ますが、ほんわか、まったりとした石田さんの配役が功を奏して、あまり嫌味を感じませんでした。 酒宴の場面では萬斎さんが「風車」、高野さんが「兎」、石田さんが「景清」を舞い、お酒の席の舞にしては、なかなか見ごたえありでした。 酔っ払って、最後は、それぞれの障害を目を言葉に、足を目に、言葉を足に間違えて「間違えた」と言って逃げていくところなど、いつもながら懲りない庶民のあっけらかんとした逞しさを感じます。
障害者の真似をするところが笑えないという声もありますが、これは障害者の真似で笑わそうとしてるのではありませんね。身から出た錆で、食い詰めた博奕打が、そんなことでお金を得ようとする愚かしさを笑い飛ばし、バレても「間違えた」とあっけらかんとしているのが、とっても面白いところです。
『砧』 3年もの間、訴訟のため都に滞在する芦屋何某は故郷の九州で待つ妻を案じて、暮には必ず帰るという伝言を侍女夕霧に託して帰します。 しかし、3年も都に行ったきり、帰ってこない夫に妻は寂しさと不信感を募らせていたのでしょう。帰ってきた夕霧に恨みをぶつけてしまいます。「心ならずも3年も都にいることになってしまった」という夕霧に「『心ならずも』なんて、本当は都が楽しくて帰りたくなかったんでしょう」と、田舎の寂しい住まいに一人残されて、便りもよこさない夫に対する恋慕と嫉妬に苛まれている妻の思いが夕霧に対して、ちょっと皮肉っぽい言葉でぶつけられます。でも、なんかそんな妻のイライラが解る気もします。金井さんの侍女夕霧は若くて可愛い感じがします。それに対して何某の妻は歳もとって、寂しげでどこか疲れた感じ。 しかし、どこからか聞こえてきた砧の音に、蘇武の妻が打つ砧の音が辺境の夫の夢に聞こえたという中国の故事にならい、夫に届けと夕霧と二人で砧を打って心を慰めます。 ところが、そこへ今年の暮も帰らないという知らせが届き、夫の心変わりを思った妻は心乱れて病に伏せり、とうとう死んでしまいます。 帰郷した夫、森さんの芦屋の何某が、妻に対する申し訳なさ、後悔の念から憔悴しきった感じで現れます。表情を作っているわけではないのに、全体からそういう雰囲気が感じられました。 梓の弓を打ち鳴らして妻の霊を呼ぶと、現れた妻の霊は恋慕の妄執から地獄に落ちた苦しみを語り、夫の不実を責めますが、やがて夫の唱える法華経の功徳で成仏するのでした。
夫は仕事一途で真面目な人で、妻を大切に思っていたけれど、それだけだったという「いまこそ平安の恋」の「夕霧さんのひとりごと」を思い出しました。言い得て妙。会いたさに焦がれるほど愛していなかった。可愛そうなことをしたと後悔の念にかられても妻はもう帰ってこない。ただ、妻の責めを黙って聞いて成仏を願うのが、せめてもの罪滅ぼし。 侍女夕霧と砧を打つ前場に叙情があり、すれちがう夫婦の哀しさが心に残ります。 |
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