| 2008年4月29日 (祝) |
萬狂言 春公演 |
会場:国立能楽堂 14:30開演
「貰聟」 夫:野村万蔵、妻:吉住講、舅:野村祐丞
「縄綯」 太郎冠者:小笠原匡、主:野村扇丞、何某:野村万禄
「比丘貞」 老尼:野村萬、親:野村万蔵、子:野村虎之介 地謡:野村扇丞、野村万禄、小笠原匡、吉住講
去年は、一般公募の新作狂言を毎回上演していましたが、今年度は古典の名作を中心にやっていくとのこと。プログラムの万蔵さんのご挨拶にありました。今年は、同じ日の午前中にお笑いコンビ「エネルギー」の二人が狂言の解説をする「ファミリー狂言会」も開催しています。
「貰聟」 酔っ払って帰ってきて大きい口をたたき、妻を追い出してしまう夫が翌日酔いが醒めて、しおしおとバツが悪そうに迎えに来る落差が毎度ながら面白い。妻も子供が自分を探していると言われれば、金輪際帰らないと言ったもののすぐ出てきてしまい、夫と共に止める親を倒して帰ってしまう。これからも毎度毎度こんなことを繰り返していくんだろうなと思いつつ、「今度の祭りには呼ばぬぞよ〜。」と、帰って行った二人のあとに呼びかける舅に、憤慨しながらも内心ホッとした様子が感じられて、祐丞さんがいいです。吉住さんのほっそりとした妻もなかなか綺麗でした。
「縄綯」 先日、茂山家の千之丞さんの「縄綯」を観たばかりですが、たまたま続けて観ることとなったのが、かえって面白かったです。 今回は太郎冠者が小笠原さんという比較的若手のうえ、大蔵流と和泉流という違いもあり、ずいぶん雰囲気が違います。でも、「あれっ」と思ったことが一つ。それは、太郎冠者がすねて働かないので元の主に返す場面で、和泉流の又三郎さんの時も、万作家でやったときも主人が迎えにきていたのに、今回は、大蔵流の茂山家と同じに太郎冠者が主人の家に帰るかたちをとったことです。これは、どちらのやり方もあるのか、いろいろ見ていると、元々は同じ家であった万蔵家と万作家ですが、それぞれ別々に活動する中で、その家ごとに変わってきたのか、台詞や型にも違いを見つけることができて興味深いです。
千之丞さんの太郎冠者は、年の功と言おうか、博打のカタに何某の元に行かされたと知って「召し仕う者として、誰に仕えようと同じ」と、一旦は恭順の態度を見せながら、言いつけには「脚気があって、お使いには行かれぬ」とか、平然と言い訳して言うことを聞かないという感じでしたが、小笠原さんの場合は明らかに憮然とした態度で、何某に反抗の態度を露わにしています。 主人の元に帰って、縄を綯いながら何某の家のことを話す場面では、最初から主人が太郎冠者の後ろに回って縄の端を持つのではなく、初めは、太郎冠者の話を対面して聞いていて、しばらくしてから太郎冠者に「端を持ってくだされ」と言われて、後ろに回るのが目新しかったです。その後も一人語りというより、常に後ろの主人に話し掛けながら身振り手振りで話していると言う感じ、話の内容も預けられる子供が赤ん坊ではなく、3歳くらいの子供であったり、茂山家とはかなり台詞も違っていて、それも面白かったです。
演者や家による違いでそれぞれに楽しめ、小笠原さんの太郎冠者も、難しい役ながら、若手なりにこういう演じ方もあるのだと感じ、意外と良かったです。 本物の縄を綯うことが難しいせいか、万蔵家ではなかなか上演されない曲だそうです。大藏流では布を使いますが、和泉流では本当に藁で綯いますからね。でも、舞台でちゃんと藁で縄を綯えていたのは、又三郎さんしか見たことはありません。他は綯うふりをしてるだけ、小笠原さんも縄綯いには苦労してたみたいです(苦笑)。
意外とこの曲は見る機会があって、今までにいろいろな人で観ていますが(萬斎さんも含め)、やっぱり今までで一番好きな「縄綯」の太郎冠者は、茂山忠三郎さんの太郎冠者です。
「比丘貞」 老女もので、祝言の舞狂言です。親が息子の成人のしるしに老尼に名をつけてもらいに行き、めでたく盃事で舞い謡うという話です。 親子三代共演です。万蔵さんの息子虎之介くんは11、2歳のようですが、昔の成人の祝いは此のくらいでやったのかなと思える感じです。とてもしっかりしていて、舞も凛々しくて良かったですね〜。萬さんの老尼も手の動きが美しく、舞も本当に老尼が舞っているよう、声も老尼のようで良かったです。ゆったりとした曲なので、夫は寝てしまうかと思いきや、さにあらず、しっかり見てるんです。そして、後で言うことが「萬さんの舞はさすがだ!」と、いたく感心したもようでした。虎之介くんにも感心してました。本当にめでたさもいい雰囲気で気持ち良かったです。
今回の「萬狂言」も全体に古典がしっかり演じられていて、なんか満足感がありました。 |
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| 2008年4月27日 (日) |
春狂言2008 |
会場:国立能楽堂 14:00開演
お話:茂山童司
「鶏聟」 舅:茂山千五郎 太郎冠者:茂山逸平 聟:茂山正邦 何某:茂山あきら 地謡:茂山七五三、茂山茂、茂山童司、増田浩紀 後見:丸石やすし
「縄綯」 主:茂山童司、太郎冠者:茂山千之丞、茂山逸平 後見:増田浩紀
新作狂言「がたろう」小佐野定雄 作/茂山千之丞 演出 釣り人:丸石やすし 鮒:茂山あきら 鯉:茂山茂 がたろう:茂山七五三 後見:増田浩紀、茂山童司
茂山家の春狂言東京公演の2日間3回公演の中の最後の回に行ってきました。今回は「狂言と落語の縁もゆかりもある関係」という副題で、3回とも違う演目で、落語に関係のある狂言を取り上げています。1回目は、落語「松山鏡」と同じ説話を基にした「鏡男」、2回目は、落語「金名竹」の基となった「骨皮」、3回目は落語作家の作った新作狂言「がたろう」という具合です。千作さんは、この3回目には残念ながら出ていません。 最初の「お話」に出てきたのは童司君、背が高くていい男になりましたね、茂山家は関西系のノリでお話も上手いです。童司君は、「新春名作狂言会」で千三郎さんの代わりに出た茂さんより話は上手かったです。まあ、あの時は茂さんも萬斎さんとの絡みということで、かなり緊張してたみたいだし、今回は、茂山家の単独公演での話だからのびのびできたのか、ユーモアのある楽しい話でした。 「鶏聟」では、正邦さんが聟役ですが、正邦さんももう聟役はちょっと「恥ずかしい」と言ってるらしいです。 「縄綯」は千之丞さんの十八番とのこと落語のような一人語りが聴きどころです。千作さんは陽のパワー全開という感じですが、千之丞さんはどちらかというと陰の笑いが得意で、童司くんも祖父(千之丞さん)の血を受け継いで、どちらかというと陰の笑いのほうが好きだそうです。 新作狂言「がたろう」では、プログラムには、鮒と鯉を夫婦と書いてありましたが、それは間違いで、千之丞さんに解説の前に呼ばれ、「援助交際」と言われたそうです。つまり鮒と鯉とは援助交際の関係とのこと(笑)。この狂言が作られた時期はちょっと前で、今はあまり言われなくなりましたが、その頃の世相を反映しているとのことです。
「鶏聟」 この曲は茂山家で以前にも観たことがあるのですが、茂山家の「鶏聟」はやっぱり面白いです。 聟入りをすることになった聟が物知りの何某に聟入りの作法を教わりに行くわけですが、「何回も聟入りしている」と言われてちょっと気を悪くしたみたいな何某、あまりに物知らずな聟を弄ってやろうと、今風の聟入りは鶏の真似をすると嘘を教え、聟さんはそれを真に受けて舅の元へ行き、入口からいきなり鶏の真似を始めます。しかし、舅はすぐ、だれかに騙されたのだろうと察して、聟に恥をかかせまいと自分も鶏の真似をして迎えます。 鶏の真似を大真面目でやる姿が実に滑稽で面白い、これに舅まで加わって二人でやるのがまた大笑い。二人とも大真面目なのがなんとも可笑しいけれど、真面目な聟と、それにつき合う舅の優しさが、とってもほのぼのとした雰囲気を醸し出していい狂言です。もう聟役はちょっと恥ずかしいという正邦さんですが、真面目な聟さん役が合っていて、一見怖そうな千五郎さんの舅の意外な優しさとも相まって、とってもいい雰囲気。夫も正邦さんが上手いなあと感心していました。
「縄綯」 独り語りが得意な千之丞さんのやっぱり十八番の狂言。主が童司くんで、何某が逸平くんという若手ではありましたが、なかなか若手もがんばってる。特に、千之丞さんが何某の家での様子を語っている時にこっそり主人と入れ替わった何某が、子供を苛められた話になるとムっとして身を乗り出して反応するあたりが上手い。千之丞さんの一人語りはやっぱりさすがです。落語のような語りですね。
「がたろう」 新作落語作家の小佐野定雄さんが新作狂言を書くようになって、これは千之丞さんの演出により2003年に初演されたもので、今回5年ぶりの再演とのことです。「がたろう」とは漢字で書くと「河太郎」「河童(かっぱ)」のことだそうです。
腕自慢の釣り人が大池にやってきて、釣りを始めますが、そこにやってきた中年の鮒と若い鯉の二人づれ、デートをすると言っても面白い所へ連れて行ってくれるわけでもなし、美味しいものも食べさせてくれるでもなしと、不満の鯉は釣り針についた美味しそうな餌に目をつけ、鮒に取ってくるようねだります。釣られぬように用心しながら上手く餌を取ってきた鮒ですが、悔しがった釣り人がまた釣り糸を垂れると、また取ってこいと言う鯉にしぶしぶ取りに行くことになります。しかし、今度はまんまと釣り上げられてしまいます。これは大変と心配する鯉の前に大池に棲む妖怪河童の「がたろう」が現れ、幻が見えるという水晶の珠を出し、これで釣り人を騙して池に引きずり込んで、その隙に鮒を助けようと言うことになります。さて、どんな幻を見せるか。いい女の幻を見せると身を乗り出した釣り人、思わず水の中の入りそうになりますが、水の中にいるのは水商売の女だからやめておこうと思いとどまります。それではと今度はお金の幻を見せると、また、釣り人は身を乗り出しますが、良く見ると小銭ばかりだからやめようと思いとどまります。困った「がたろう」が客席にいい案はないかと問いかけると客席から「毛生え薬」「かつら」との声(笑)。それではと、即効性の毛生え薬を見せると、釣り人は思わず取ろうとして、池に飛び込んでしまいます。その隙に鮒を助けた「がたろう」ですが、やっと池から出た釣り人は釣った鮒が逃げたのでがっかり。鮒は助かりますが、鯉は「がたろう」の宝に惹かれて、今度は「がたろう」に鞍替えしてしまい、鮒は振られてしまいます。
新作なので、時代の世相も取り入れているのが面白くもあり、また、ちょっと世相と合わなくなったりということで、きっと昔もそうしてたくさんの作品が消えていったのだろうなとも思います。中年の鮒と若い鯉の関係は援助交際なのだそうです。頭の薄い丸石さんに客席から「毛生え薬」「かつら」とは、やっぱり関西系ノリの茂山家らしい、関東のお客さんも心得たものです(笑)。 鯉、鮒は頭にそれぞれの魚のついた冠をつけ、面をかけています。鮒は痩せた年寄りの面(名前はわかりません)。鯉は乙の面です。「がたろう」は河童のお皿の鬘に面を掛けていますが、牙のある目の大きな面で見たことのない面でした。七五三さんだとそのままで出てくるのかと思いましたが(失礼)、それでは、他の人では出来ない役になってしまいますね(^^;)。 最後に鯉に引っ張られていく「がたろう」が「私はおっさんですよ」「子供が二人いますよ」というのに思わず笑ってしまいました。
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| 2008年4月25日 (金) |
国立能楽堂狂言の会 |
会場:国立能楽堂 18:30開演
「附子」 太郎冠者:善竹十郎、主:大藏彌太郎、次郎冠者:大藏吉次郎
「濯ぎ川」 男:茂山千之丞、妻:茂山千五郎、姑:茂山あきら
素囃子「早舞」 笛:栗林祐輔、小鼓:鳥山直也、大鼓:柿原光博、太鼓:徳田宗久
「博奕十王」 博奕打:石田幸雄 閻魔大王:野村萬斎 前鬼:高野和憲 後鬼:月崎晴夫 鬼:竹山悠樹、時田光洋、野村万之介 笛:栗林祐輔、鳥山直也、柿原光博、徳田宗久 地謡:野村遼太、野村万作、深田博治、加藤聡
「附子」 大藏流の大御所三人による古典の名曲ですが、お三方、特に太郎冠者、次郎冠者の十郎さん、吉次郎さんコンビが実に可愛らしい。東京の善竹家と大藏家はお互いの家の狂言会でもよく共演しているので、間の取り方といい、息がピッタリ合ってます。初めはマッタリした感じの運びが、附子に興味を持ち出してからの二人の「あおげ、あおげ」「あおぐぞ、あおぐぞ」で怖々近づいては逃げる、小気味良い動きになったり。また、その様子が実に可愛らしい、悪戯っ子そのもののようです(^^)。 附子の食べ方などは、流儀や各家によって、いろいろ違いがあって、また、そんな発見も楽しいです。 大事な掛け軸と台天目を割って、泣きまねをして主人を騙そうとする二人ですが、「一つ食べても死なれず、二つ食べても死なれず・・・」と二人で舞い謡いになり、最後に「死なれぬ嬉しさよ」と謡って主人を見た時の十郎さんの顔、目が「悪戯してやったり」だったのが、私の席からだと真正面に良く見えて、これがツボでした(大笑)。
濯ぎ川」 茂山家でも人気の新作狂言でフランスの古典小咄「ル・キュヴィエ(洗濯桶)」を飯沢匡さんが文学座のために書き下ろした原作を狂言風に修訂したものだそうです。この作品は、茂山家の別の配役で1〜2回観たことがありますが、今回の配役は初めてです。千之丞さんはさすがに何をやっても上手いなあと思います。千五郎さんの妻はなんとも本当に恐い!あれでは、夫もたまりません。 千之丞さんの夫が洗濯物を入れた袋を肩に担いで出てきた時からペーソスが漂っています。入り婿で、殊の外わわしい妻と姑にこき使われ、「何の因果で」と一人ごちながら川で濯ぎ物をしていると、まあ怖い怖い千五郎さんの妻が現れて、「まだ濯ぎ物をしていたか!今日はそばを打つから粉を引いてもらわねばなりませぬ」と怒ること怒ること。散々夫に悪態をついて去って行ったと思ったら、今度は姑が現れ、また「風呂を沸かすのに水汲みをせい」と攻め立てます。しばらくして、もう洗濯は終わったかと、様子を見にきた妻がまだ終わってないのを見て、また怒りだし、自分の母親とも「自分の言いつけの方が先だ」と、譲りません。本当に怖い嫁さんだ。 そこで、夫は一計を案じ(たぶん、この時から後の企みを考えていたように思えます)妻と姑に毎日の用事を書きつけにして「書いてあることは全部やります。」と言って書かせます。まあ、二人はそれをいいことに、言いたい放題、家の用事はすべて書きつけて男に渡しますが、男は「ここに書いてないことは、やらなくて良いですね」と念を押します。自分たちは何もやることはないと笑いながら意気揚々と引き揚げていこうとする女二人ですが、何と妻の大切な小袖が川に流れてしまった。これ、夫がわざと流したと思えます。しれっとして小袖を流す様子が千之丞さんらしいトボケた、どこか冷めた雰囲気ですが妻は大慌て、自分の大事な小袖が流れたとあって、自ら川へ飛び込んで自分も流されてしまいます。溺れそうになる娘を見て慌てた姑が婿に早く助けるように言っても、男は書きつけをおもむろに読みだして「そんなことはどこにも書いてない、書いてないことはやらなくて良いはず」と言うのには、姑もお手上げ。とうとう謝って婿さんに娘を助けてもらいますが、助かった娘は、もうカンカン。「なぜ、すぐ助けない」と杖を振り回して夫を追い回し、ひとり残された姑は書きつけを破り捨ててとぼとぼと帰っていきます。可笑しくて思わず笑ってしまう中に本当は怖い人間心理のブラックユーモアのある作品で、新作らしく、終わり方も普通の狂言とは一味違う終わり方です。 今回の配役は千之丞さんの持ち味がやはりいいのですが、千五郎さんの妻がごつくて怖すぎる感じがしてしまい、あきらさんの姑もちょっと腰高で、以前観た千三郎さんの姑に比べると千三郎さんのほうがピッタリだなという気がしてしまいます。以前観た配役では七五三さんの男、茂さんの妻、千三郎さんの姑が一番合っているような気がしました。
「博奕十王」 たしかこれは、どこかの舞台で1回観たことがあると思うのですが、万作家だったか、他家だったか、忘れてしまいました。 萬斎さんの閻魔大王に鬼の眷属がぞろぞろ続いて出てきて、毎度のとおり人間が賢くなって地獄が寂れてしまったと嘆く閻魔大王。六道の辻にやってきた博奕打の亡者を責め立てて詰問すると、「博奕は相対(1対1のお互い様)ゆえ罪には当たらない」とうそぶく博奕打。博奕を知らない閻魔大王に「やってみませんか」と持ちかける石田さんの博奕打はどこか飄々とした感じで曲者。袋から出した大きなサイコロで、博奕を始めると、1に賭ける大王ですが、何度やっても負け続け、浄瑠璃の鏡から冠、装束とみんな賭け、眷属の鬼たちも促して賭けに没頭してしまいます。そろそろ1が出るころと、ひたすら1にこだわる大王ですが、いくらやっても1は出ません。それもそのはず、このサイコロは1の目が無いイカサマです! 万之介鬼は「今度は4にしたら」とか「5にしたら」とか言うのですが、万之介さんが5にしたらと言った時、偶然か5の目が出ました。なんというタイミング、みんな本当に「あ〜あ」という感じでした。 装束も打ち込んで裸になった大王は寒そうに縮こまって情けな〜い(笑)。そんなところが、なんか可愛い〜い。最後は大王の台の横に立てられた金札に目を付けた博奕打が、勝ったらその金札を持って極楽に案内しろということに。やっぱり、今度こそと、1に賭ける大王は負けて博奕打を極楽に案内していくことになります。 大王と並んだ博奕打が小脇に抱えたサイコロを見ると、6の目の反対側の目が6になっていました。最初は1の目があって、わざと1を見せた後、それを剥がして使うという情報がありましたが、最初の目には私は気付きませんでした。 |
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| 2008年4月16日 (水) |
第42回野村狂言座 |
会場:宝生能楽堂 18:30開演
「樋の酒」 太郎冠者:石田幸雄、主:月崎晴夫、次郎冠者:高野和憲
「鬼の継子」 鬼:深田博治、女:竹山悠樹
「謀生種」 伯父:野村万之介、甥:野村遼太
「靱猿」替之型 大名:野村萬斎、猿曳:野村万作、太郎冠者:深田博治、子猿:野村裕基
「樋の酒」 この曲は、ある程度ベテランのコンビでのを観ることが多いのですが、野村狂言座らしく、今回は石田さんと高野さんの初めて観るコンビでした。いつも、橋懸りと本舞台の間を欄干越しに樋を渡すというアイデアには感心しますが、そこまでして飲みたいか〜!と。しかし、結局、太郎冠者は我慢できずに米蔵を出て、次郎冠者の酒蔵に行ってしまうわけです(笑)。もう、ユルユルと気持ち良さそうに酔っぱらっていく石田太郎冠者。それに対して高野次郎冠者はまだ、ちょっと硬さが残る。まあ、それもちょっと真面目さの残る次郎冠者というところでしょうか。 最後に、二人の酒盛りを見つけた主人が次郎冠者を叱っている隙に「今のうちに、もう一杯」とまだ酒を飲む石田太郎冠者のユルユルぶりは最高でした。
「鬼の継子」 越中の国足倉の里の藤吾三郎の妻と、狂言には珍しく夫の名前がある役ですが、夫に先立たれ、子供を連れて実家に帰る途中、鬼に襲われてしまいます。鬼は女が藤吾三郎の妻だと聞くと、三郎は地獄に堕ちて責め苦を受けていると教え、女が三郎を救って欲しいと頼むと、自分の妻になるなら助けてやろうと言います。女は子供を可愛がってくれるなら考えてもよいと言い、身支度をしている間、鬼が子守をさせられることになります。一生懸命子守をする鬼ですが、最後にしげしげと眺めるうち、鬼の本性が出て「旨そうな」と思わず食べようとしたため、驚いた女は子供を奪い取って逃げて行きます。
竹山さんの女がなかなか品のいい妻に見えました。狂言に出てくる鬼は人間くさくて、人間にやり込められてしまうことが多いのですが、この鬼も例にもれず、赤ん坊の子守をさせられることに、深田さんの鬼も、もうあやす姿がデレデレパパの雰囲気で、なんか可愛らしいです。それでも、最後に、子供を下に置いてなにやら眺めていると思ったら、「旨そうだ」と鬼の本性が出てしまう。でも、恐い雰囲気がしないんですよね、なんか笑ってしまいました。
「謀生種」 初めて観る演目です。 いつも伯父に嘘をつかれ、騙されてばかりいる甥が、今度こそ伯父に言い勝ってやろうと、嘘を準備して出かけてきます。甥が富士詣でで富士山に紙袋をかぶせた若者たちを見たと言うと、伯父は自分も去年、琵琶湖の水をお茶に点てて飲み干した若者たちを観たと言うので、甥も負けじと、印南野に寝て淡路島の草を食う牛を見たと大法螺を吹きますが、伯父は三里四方の太鼓を作った話をして、その革は甥の見た大牛の皮だというぐあいに、やはり伯父にはかないません。伯父から、嘘が上手になるための謀生の種というものがあって、庭に埋めてあると聞かされた甥は伯父に言われるまま、庭のあちこちを掘りますが、出てきません。あげくに伯父に「謀生の種(嘘の種)じゃよ」とからかわれてしまいます。
嘘をつくときも真面目に話す遼太くんの甥に、お得意のオトボケでやりこめる万之介伯父の取り合わせが、なんともハマり役(笑)。かなり台詞も多い役も堂々と、遼太くんもすっかり万作一座の一員として成長してきたなあとつくづく感じました。
「靱猿」替之型 替之型の小書は、大名の装束が変わって、猿曳の謡う猿唄が普通より長くなります。 大名の装束が狩りの装束らしく、陣羽織にズボン状の袴、それに、あめ色でつばの先が上がった革の帽子のようなものを被っています。素襖長袴のように、子猿と戯れる時に脱ぐこともありませんでした。 裕くんの子猿役は最近も観ましたが、手足も長く大分大きくなったので、落ち着いたもの。でも子猿らしい可愛さもあります。出てきたときの「きゃあ、きゃあ、きゃあ」という声がとっても大きくて元気よく聞こえました。初舞台の頃は子猿の可愛さや、動きについ目がいってしまいがちですが、それが安心していられると、大名と猿曳のやりとりにも目がいくようになるし、今回は猿唄が長い分、大名と子猿の戯れが長く、子猿がひっかく動作も多かったです。萬斎大名は本当に楽しんでいるような感じで余裕も感じました。ただ、謡が長く、万作さんが時々声がつらそうなのが残念ではありました。 裕くんの子猿ももうそろそろ卒業かなと、思いつつ、他家ではもっと大きい子猿さんもいるからまだ見られるかな、なんて思っています。 |
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| 2008年4月13日 (日) |
第3回善竹富太郎の狂言会SORORI |
会場:国立能楽堂 14:00開演
おはなし:善竹富太郎
「因幡堂」 男:大藏教義、妻:大藏基誠
「武悪」武悪:善竹富太郎、主人:善竹十郎、太郎冠者:善竹大二郎
善竹富太郎さんの主催の狂言会の三回目、今回は今までのセルリアンタワー能楽堂より、国立能楽堂に舞台を移しての公演でしたが、脇正の後ろの方に空席があるくらいで、けっこう一杯の人が来ていました。
橋懸りから、体格のいい富太郎さんが朗々とした声で台詞を言いながら登場。本舞台の真中に立って、マイクを持ち「私が善竹富太郎です」と、なんか、その言い方に笑ってしまいます。狂言についての話は、初心者向けのやさしいもの、今日の演目の簡単な解説と想像力を働かせて観てくださいとのことでした。
「因幡堂」 先日、万之介さんの男と深田さんの妻で観たものですが、流派が違い、若手の二人だとまたイメージも違います。 先日、結婚したばかりの教義さんが大酒のみの妻を離縁した夫の役です(笑)。でも、妻がいないと困るというので、因幡堂に妻乞いに行くわけですが、それに怒った妻が夢のお告げに見せかけて、まんまと夫を騙します。夫婦契りの盃も新妻が大盃にかけつけ三杯に、なお催促では男のほうもびっくり。ほとほと自分には大酒のみの女に縁があるものと、呆れながらも、被きを取ってみれば、元の妻が憤然として立っているから、なおびっくり! 背も高い基誠さんの妻のわわしさはホントに恐い〜。あれじゃあ、夫が逃げ出したくなるのも無理ないと思ってしまいました(笑)。小柄な教義さんが大柄な基誠さんに「腹立ちや、腹立ちや」と追われていく様は、妻の尻に敷かれる夫そのもの。ちょっと気の毒、でも、お似合いの夫婦なのかも。
「武悪」 主人の十郎さんと太郎冠者の大二郎さんが出てきた時から凄い緊張感でした。十郎さんの主人は迫力があって、太郎冠者もタジタジという雰囲気がよく出ていました。富太郎さんの武悪はさすがに強そうです。最初の解説の時、主人の召使の一番が太郎冠者、2番が次郎冠者、3番が三郎冠者で、武悪というのは、腕の立つ用心棒のような者だったのではないかという話がありましたが、なるほどと思いました。主人の命により武悪を切ろうとする太郎冠者と武悪とのやりとりまでは緊張感のある舞台でした。 さて、武悪を逃がして、主人には成敗したと伝えると、主人は太郎冠者を連れて遊山にでかけます。たしか、和泉流だとさすがの主人も最後が潔かったと聞くと武悪の弔いに行くわけですが、大蔵流だとやれやれ、ほっとして遊山に行っちゃうんですね。ところが、清水寺にお礼参りにいく武悪とばったり!驚く主人に、鳥野辺という場所に機転を利かせた太郎冠者が武悪に幽霊になって出て来いと言って切り抜けるわけですが、いままで、威張っていた主人が幽霊と聞いて急にオドオド。その辺の十郎さんの切り替えも、さすがに上手いものです。 幽霊になって出てきた富太郎さん。幽霊になっても朗々とした声と体格が元気そうですよ(笑)。あの世で、主人の親に会ったと聞いて、戦で死んだために修羅道に苦しんで、太刀、刀を取ってこいと言われたと言えば、言われるとおり太刀、刀を渡し、あの世は暑いから扇が欲しいと言われれば持っていた扇を渡す。ここのところは、和泉流だと暑いからじゃなくて、歌会の扇が無いからということでしたね。しかし、ここで、太郎冠者が「もう、いいだろう」と耳打ちするんです。それって、和泉流では無かったような、ちょっと面白かったです。 とどめは、あの世の邸は広いから主人も連れて来いと言われたと追いかける武悪。とうとう、あの世には行きたくないと太郎冠者と逃げ出す主人でした。武悪が幽霊になって出てくる後半はやっぱりコミカルで大笑いです。
幕入り後、富太郎さんが黒頭を取っただけで、挨拶に出てきました。今日は、何か社会的に役に立つことをということで、難病の子供たちへの基金の募金に協力するとのこと、設置された募金箱に私たちも募金してきました。 |
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| 2008年4月5日 (土) |
万作狂言会 |
会場:セルリアンタワー能楽堂 14:00開演
お話:土屋恵一郎
小舞「海人」野村万作 地謡:石田淡朗、深田博治、高野和憲、月崎晴夫
「舟ふな」 主:野村万之介、太郎冠者:竹山悠樹 後見:高野和憲
「六人僧」 仏詣人:野村万作、石田幸雄、深田博治 女:高野和憲、竹山悠樹、月崎晴夫 後見:岡聡史、石田淡朗
土屋先生の話は高橋康也先生の本の話から始まりましたが、高橋先生が「まちがいの狂言」の「ややこしや、ややこしや」の歌を作ったことは、今まで知らなかったそうです。 能は物語だが、狂言は言葉にこだわる芸能で、能では古歌も、そこから物語が始まるが、狂言ではあくまで歌の中の言葉にこだわっているという話がありました。「舟ふな」では「ふね」と読むか「ふな」と読むかということだけで、古歌や謡が引用されています。また、「歌争」や「花争」、訴訟などの争いごとを扱っているのも狂言の特徴だとか。 いっぽう「六人僧」は、演劇的で時間も長い曲とのこと、落語の「大山詣り」の元になっている話だそうです。落語のほうは、あまり知らないのですが、落語では最後に喧嘩になるものの「怪我(毛が)無くて良かった」とオチが付くそうですが、狂言では、これも仏縁と、皆仏道修行に入って終わります。落語と狂言との大きな違いです。
小舞「海人」 能の『海人』に出てくる海人が我が子のために竜宮から宝珠を奪い返してくる様を仕方語りに再現してみせる、見せ場の「玉の段」だと思います。海龍たちの追手をかわすために、乳の下を切って珠を入れ逃げきる様子を舞い、万作さんの舞は美しさと迫力がありました。しかし、ダンと安座した時に、珍しく左に傾いて手をついたように見えました。
「舟ふな」 主人と太郎冠者が川を渡るのに、渡し舟に向かって太郎冠者が「ふなや〜い」と呼ぶのを主人が咎めて、「ふね」か「ふな」かを古歌や謡を引いてやりあう話です。 竹山さんが、珍しく太郎冠者役でした。万之介さんの飄々とした主人をやりこめる太郎冠者、いつも硬くて真面目そうにみえる竹山さんが、ちょっと柔らかさが出てきていい感じでした。万之介さんのおとぼけぶりは、やっぱり最高です。
「六人僧」 仲間の男二人と仏詣の旅に出た男が、寝ている間に髪を剃られてしまいます。男たちは絶対に腹を立てないとお互いに誓いを立てていたため、怒ることができず、先に帰った男は仕返しのため、二人の妻に男たちは溺死したと告げ、出家して弔うよう勧めて、尼にしてしまいます。また、帰宅途中の仲間たちの所へ行って、妻たちの髪を見せて死んだと告げ、男たちも出家させてしまいます。しかし、尼になった妻たちと坊主になった男たちが出会ってびっくり、騙されてと知って怒りますが、そこへ、男の妻が尼姿で現れて、日ごろから出家するのが望みだったと言い、6人は、これも仏縁とお互いに仏道修行に励むことを誓い、それぞれ巡礼の旅に出て行きます。
場面も変わるドラマ仕立ての珍しい狂言です。男たちのちょっとした悪戯から騙し、騙され、しかし、死んだと告げるのはちょっと仕返しとはいえ、たちが悪いという感じはします。でも、バレてただでは済まないところを、男の妻の言葉で、仏縁に目覚めるところなど、室町時代の人々の信仰心の厚さが垣間見えますね。 万作さんの寝てる間に坊主にしてしまおうとする、石田さん、深田さん。特に言いだしっぺの石田さんの悪戯ぶりの楽しそうなこと。起きて坊主になっていることに気がついた万作さんの驚きぶりと、すぐ、男たちにやられたと気付きながら、怒れない悔しさに、仕返しに一計を案じる万作さん。したたかながら万作さんだと、なんか可愛さがありました。 |
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