| 2008年6月25日 (水) |
第2回日経能楽鑑賞会 |
会場:国立能楽堂 18:15開演
「隠狸」 太郎冠者:野村万作、主人:野村萬斎 後見:月崎晴夫
『松風』 シテ(海人乙女・松風の霊):友枝昭世 ツレ(海人乙女・村雨の霊):大島輝久 ワキ(旅僧):森常好 アイ(里人):石田幸雄 大鼓:亀井忠雄、小鼓:成田達志、笛:松田弘之 後見:塩津哲生、中村邦生 地謡:金子敬一郎、友枝雄人、狩野了一、内田成信 長島茂、出雲康雅、粟谷能夫、粟谷明生
「隠狸」 万作さんの太郎冠者による、この曲は初めて観ました。例のクタクタ狸さんを腰に下げ、主人に見つからないように気にしながら舞う万作さんの太郎冠者は、やっぱり可愛い。太郎冠者を酔わせて連れ舞をさせ、しれっとして、狸を取ってしまう、ちょっとクールで意地悪な主人がぴったりな萬斎さん。萬斎太郎冠者も可愛いけれど、なんかバランスが良くて、ほのぼのクスっと笑えるこの「隠狸」さんもいいなあと、思ってしまいました。
『松風』 この曲は、ずいぶん前に一度観たことがあるのだけれど、中入りが無くて長い曲で、正直言って、苦手でした。でも、今回は友枝さんなら似合いそうな、そんな気がして行ってみました。 旅の僧が、須磨の浦で由ありげな松の木を見とめ、里人に尋ねてそれが松風・村雨姉妹の旧蹟と知ると、あわれに思った僧は念仏を唱えて二人の菩提を弔います。やがて、日が暮れて、とある塩屋に立ち寄った僧が、一夜の宿を頼もうと主を待っていると二人の海人乙女が夜汐を汲んで帰ってきます。僧は一夜の宿を許され、松風村雨の旧蹟を弔ってきたことを話すと、二人は涙にくれ、自分たちこそその霊であると打ち明けて、行平の中納言との思い出を語り、今は亡き行平への恋慕の情を語ります。そして、松風の霊は、行平の形見の烏帽子、狩衣を身にまとい、浜辺の松に行平の姿を幻視して狂乱の舞を舞います。やがて、夜明けとともに二人の霊は消え、僧は夢から覚めます。
前半での二人の汐汲みの場面。可愛い汐汲み車の手桶に扇で汐を汲み、水面に映る月を見つめる。なんと美しい、そこに行平の姿を見ているように愛おしそうな松風。 後半、松風が行平の形見を愛おしそうに抱きしめ、身に着ける場面は舞台の真中に座したまま、シテが後ろを向いて後見が手伝うのですが、その姿も松風のまま、静かに想いに浸っているように見えました。 松に行平の姿を見て狂乱の態になる松風を押しとどめようとする村雨。同じ行平を愛した姉妹でありながら、今も行平への恋慕の思いに狂う松風に対し、冷静に覚めた目で見つめる村雨。恋敵でありながら恨むでもなく、狂おしい情念と覚めた客観。本当は一人の人間の心の中にある表裏一体の葛藤を姉妹の姿に現わしているようでもあります。 村雨の制止を振り切って行平恋しさに狂う松風の激情が、嵐のように吹きすさんで、松を抱くような仕草や松の周りを小走りで廻る、『松風』ってこんなに激しい能だったのかと・・・。 やがて、物狂いから覚めてくるあたりの松風の切なさにぐっときてしまった。 全体を突き動かすように、シテと一体となったお囃子や地謡もすばらしかった。なんか、呆然自失。凄いものを観てしまった。 |
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| 2008年6月21日 (土) |
能楽現在形 劇場版@世田谷 能は能か、演劇か (喜多流) |
会場:世田谷パブリックシアター 19:00開演
半能『融』笏之舞 シテ(源融の霊):友枝雄人 笛:一噌幸弘、小鼓:成田達志、大鼓:亀井広忠、太鼓:金春國和 地謡:長島茂、金子敬一郎、内田成信、井上真也
能『舎利』 シテ(里人・足疾鬼):狩野了一 ツレ(韋駄天):大島輝久 ワキ(旅僧):森常好 アイ(寺の能力):野村萬斎 笛:一噌幸弘、小鼓:成田達志、大鼓:亀井広忠、太鼓:金春國和 後見:塩津哲生、中村邦生 地謡:長島茂、友枝雄人、金子敬一郎、内田成信、井上真也
この日は、喜多流の面々も萬斎さんも昼の狛江の舞台が終わってからの駆け込み。入場時間がかなり遅れて舞台の開演も遅れたのは、開演前に最後の練習をしていたからのようです。やはり、能役者には、今回の舞台はかなりプレッシャーのようです。能舞台と違って、何回か確認して感覚を掴まないと危険ですから。 昨日の席は、1階でも少し後ろの方の右ブロックの中より通路脇だったので、舞台全体が良く見えるいい席でした。本日は左側前の方の席で、どちらかというと、舞台の奥行きも昨日の方が感じられたように思いました。今回の舞台はやっぱり2,3階の席で、リノリュウムの床の反射の効果をもっと見てみたかった気がします。
半能『融』笏之舞 前日のように、旅僧が出てきて語るはずですが、時間が遅れたせいか、ワキの語りがなく、融の大臣の霊が現れるところから始まったので、面装束をつけた舞囃子のようでした。出は前日と同じ構成で、融の姿を映す床が水面のように美しくて幻想的です。今日の小鼓は成達志さん。掛声の声の良さと鼓の音の良さは、やっぱり成田さんです。太鼓は金春國和さんで、お囃子は今日のメンバーがベストだと思いました。 昨日の十三段之舞に対して、笏之舞は静かな舞で、動きが少ないのですが、融の霊が美しく、時々とても悲しそうな表情に見えました。でも、笏をしまう時に狩衣の前垂が引っ掛かったままになってしまったのは、能舞台と違って後見が直すこともできず、思わず直してあげたいと思ってしまいました。はからずも、シテが手元が見えなくて、手探りでやっていることが分かってしまいました。
『舎利』 昨日と比べると、前半はほとんど変わりありませんが、後半の足疾鬼と韋駄天の追いかけっこの構成は、かなり違いました。 最初に現れたワキの旅僧の森さんは左右にのびる道の右側から現れて、謡いながら左袖に入り、左下から出てきました。森さんは謡いの声がとても良いです。 足疾鬼と韋駄天の追いかけっこでは途中、足疾鬼が道の後ろ側に隠れスモークで姿が見えなくなったのを韋駄天が真ん中のスロープから左右を探す仕草が良く分かって面白かったです。観世流では韋駄天が途中、舞台から消えて足疾鬼が韋駄天をまいたかと油断して歩いている所へ韋駄天が道の左側から急に現れる構成だったので、違いがはっきり分かったのが面白いところでした。追いかけっこの迫力は観世流のお二人のほうが勝っていましたが、韋駄天の大島さんは声が良くて勢いもありました。足疾鬼の狩野さんの方が押されてた感じです。
ポストトークについては、メモも取っていないので、覚えているところだけで話の順序も定かではありません。言葉もこのとおりではないので、あしからず。 まず、萬斎さんが昨日のアンケートに「能楽堂のほうがよかった」と書かれてたことについて「そりゃそうですよ。あまり感想の批判はしませんが、これは、敢えてそこを出て劇場でどこまで表現できるか挑戦することに意味があるんですから」というようなことを、言ってました。これは、萬斎さんにしては、めずらしい反論ですが、劇場でやる意義を熱く語ってました。 幸弘さんは、今回の舞台について「とかげや蛇(やっぱり爬虫類好き)は暗い方が落ち着くけれど、生き物の中で人間が一番闇を怖がる」と、今回の闇について語って、萬斎さんに「いいこと言うねえ」と褒められてました。 萬斎さんは『舎利』は宇宙を舞台に繰り広げられる「ウルトラマンvs怪獣」の戦いのようでもあり、クリアするとどんどんステージが上がって行く、ゲームみたいな感じ、とも言ってました。そういうところを、照明の変化で表現したかったようです。 狩野さんも、今回の舞台は、自分へのチャレンジだったとのこと、舞台は暗いし、面をつけていると全然見えないので、段の上から飛び下りるときなどは、底の見えないところに飛び込んでいくような感じだったそうです。体にしみついた能舞台での寸法を今回の舞台に合わせるのが大変だったというようなことをおっしゃっていました。それに対し、萬斎さんは、なるべく能で普段使っている一間とか、途中の通路の段は一畳台の高さ2枚分とかで装置を作ったと言ってました。 能楽堂でやるときは、舎利を載せた三宝を足疾鬼が踏み抜いて、それで仏舎利殿の天井を蹴破って逃げるのを表すのですが、だから舎利殿がこんなに小さくなっちゃうとも(笑)。それに、時々踏み抜いた三宝が足についたまま引きずっていくこともあり、それはどうかと(笑)。それで、今回は天井の装置を作り、天井を踏み抜いて足疾鬼が天上に逃げていくのを表したとのこと、天井は落ちてくるのではなく、踏み抜いた天井を客席側から見上げたように視点を変えたのだそうです。だから、その穴から足疾鬼がスロープを駆け上がっていくわけです。萬斎さんの「格子の間を抜けていくのは怖くなかったですか」との質問には、狩野さんは「見えてないので」と答えてました(笑)。 幸弘さんは、昨日よりダジャレが冴えてましたが(爆)、ダジャレを思いつくと言わずにいられない様子。「『シャリ』げなく」のダジャレがうまく言えたので、何回か言ってましたが、私は、ダジャレに気を取られて、その前の話題が何だったか忘れてしまいました(^^;)。
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| 2008年6月20日 (金) |
能楽現在形 劇場版@世田谷 能は能か、演劇か(観世流) |
会場:世田谷パブリックシアター 19:00開演
半能『融』十三段之舞 シテ(源融の霊):観世喜正 ワキ(旅の僧):宝生欣哉 笛:一噌幸弘、小鼓:観世新九郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:助川治 地謡:浅見重好、藤波重彦、坂真太郎、武田宗典
能『舎利』 シテ(里人・足疾鬼):片山清司 ツレ(韋駄天):関根祥人 ワキ(旅僧):宝生欣哉 アイ(寺の能力):野村萬斎 笛:一噌幸弘、小鼓:観世新九郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:助川治 後見:上田公威、谷本健吾 地謡:観世喜正、浅見重好、藤波重彦、坂真太郎、松山隆之、武田宗典
舞台は、いつもの三本の橋懸りの能舞台ではなく、鏡面のように映る黒いリノリウムの舞台。正面の舞台は四隅に短い柱が出ていて、中程から後ろへながらかなスロープで高くなってき、途中の平らなところから十字路のように左右に道が伸びています。会場に入った時から、スモークで煙っていましたが、後の説明によると、『舎利』の時に出てくる光の柱を際立たせるためだそうです。囃子方は舞台の左側の柱の外側に座り、地謡は反対の右側の柱の外側に座ります。
半能『融』十三段之舞 舞台の左右に伸びた道の左側から旅僧の宝生欣哉さんが現れ、ここが融の大臣の邸の廃墟であることを語ると舞台が暗転して、源融の霊、観世喜正さんの謡が響き渡り、それがエコーがかかっていて不思議な雰囲気。後ろに大きな月の画像が映し出されてその前に烏帽子を被った貴人の人影が現れます。囃子の音とともに水面のように反射するリノリュウムの床の上をゆっくり滑るように前に降りてくる白い狩衣の融の大臣の姿はなんとも幻想的です。 長い十三段之舞では囃子方が大活躍。後で幸弘さんが笛の吹きがいがあって、とっても嬉しそうに語っていました。囃子が力強く押し出していくのに乗って、喜正さんの舞もどこか力強く、十三段之舞は華やかで見ごたえもある感じでした。
『舎利』 これは劇場に合ったスペクタクルに仕上がっていて、こんな風に見せることができるのだと、大変面白く、夢中になって観てしまいました。 初めに、また通路の左側から出てきた旅僧が名乗りをして、謡いながら左の袖に入り、左下の舞台袖から舞台正面に出てきます。その間に右側から出てきたアイの能力萬斎さんが正面舞台の右奥に控えて座っていると、旅僧が寺に安置されている仏舎利を拝みたいと願い、僧の熱心な申し出に、寺の能力は祭ってある舎利を拝ませることにします。能力が「ざらざらざら」と戸を開けると、下から上に広がる4本の光の柱が現れ、一番奥の高いところに置かれた舎利にライトが当たって金色に光ります。舞台に奥行が感じられ、堂の奥に祭ってある荘厳な雰囲気が感じられました。能力が舎利塔を正面前に置かれた台まで運んできて乗せ、僧が拝んでいると、黒頭のあやしい男が現れます。男は僧と一緒に舎利を拝みますが、突然、形相が変わって舎利をつかみ、天井を蹴破って空に突き抜けていきます。雷鳴のような音と共に舞台上に下がっていた天井の格子が落ちてきてびっくり!垂れ下った格子天井の真中だけぽっかり開いているところからシテがスロープを駆け上がって逃げて行きます。 すると、萬斎能力が「ぎゃー」という声と共に左側から転がり出て「くわばら、くわばら」「揺り直せ、揺り直せ」と、雷が落ちたか、地震かと怯えます。これは、『道成寺』の時に落ちた鐘の地響きに驚く能力の姿と同じです。堂の様子を見にきて、舎利が無くなっているのに驚いた能力は僧を疑いますが、僧の話を聞いて足疾鬼の執心かと怯え、僧と一緒に韋駄天に祈誓することにします。この時は、いつも山伏がやるように、数珠を左右に振ってから手を口の前に持ってきて「プー」っと息を吐き、数珠を揉むというやつです。 二人が舞台から去ると、舞台は一変、まばゆいばかりのライトの光が縦横に走り回り、後ろには光速で飛び回る韋駄天の光跡のようなものが映し出されます。激しいお囃子の音に押し出されるように飛び出してきた韋駄天の関根祥人さんはまさに憤怒の形相!足疾鬼、逃がすものかと二人の宇宙規模の追いかけっこが始まります。舞台を縦横に走り回り、跳んだり跳ねたり、足疾鬼をとっ捕まえようと迫る韋駄天に逃げる足疾鬼は舞台の前の方まで迫り、落ちそうな勢いの大迫力でした!!最後に捕まった足疾鬼が「勘弁してください、もうしません」と、言わんばかりに、おずおずと舎利を差し出す様はなんか可愛く見えました。 ワキの宝生欣哉さん、ますますお父上の閑さんに似てきた感じで、声だけ聴いていると閑さんと間違えてしまいそうです。摺り足の美しさも似ています。
今回は、シテが片山清司さんとツレが関根祥人さんというベストメンバーで、舞台から落ちんばかりの大迫力に、宇宙の異空間のような舞台設定と照明効果がマッチして、とても面白いスペクタクルに仕上がっていました。 後のトークで、片山清司さんは、練習の時、2回落ちたと語っていました。大事にならずに済んで本当に良かったです。
休憩を挟んでのポストトークでは、ペットボトルを乗せた机と4脚のイス。まずは幸弘、萬斎、広忠の三氏登場。トーク内容については、他サイトですでに詳しく書かれているので、特に付け足すこともありませんが(笑)。 昨年のように三本の橋掛りの能舞台を使わなかったのは、能楽堂と同じでは敢えて劇場でやる意味がないからと言うようなことでした。 今回の感想を求められた幸弘さんは、『融』の十三段之舞が吹き甲斐があって楽しかったと、いたくご機嫌。とどめなく話が横へ逸れそうになるのを、さっそく広忠さんが押し留めるいつものパターン。おかげでこの日のダジャレはおとなしめだったような。幸弘さんが一番年上で、広忠さんが一番年下なのに、この三人の中ではいつも立場が逆転しているようです(笑)。 シテの片山清司さんは後から登場。なかなか、ダジャレも言ったり、萬斎さんのことを大魔王と言ったり、お話にも慣れている感じで面白い方でした。やっぱり、能舞台のように目印がなく、暗くて、床もリノリュウムの真っ黒な床というのは、面をかけて、ほとんど周りが見えない状態では、かなり怖いようです。柱も光の柱で、今あった柱が次の場面ではなくなっているという具合で、方向感覚がわからなくなるそうで、ツレを見失ったと言っていました。でも、舞台ではそんな様子は見えず、お見事でした。 片山さんの「お客さんの気配に敏感になった」という話では、すかさず幸弘さんが、“触角”の話をして、その後も、萬斎さんが「“触角”とは適している表現だ」と、言ってくれたので、“触角”という言葉が何度か使われ、幸弘氏もご機嫌の様子でした。 劇場の舞台のことについて聞かれた幸弘さんが、「僕はどんなところでも吹けるから平気」と言って税関でも吹いてますからとの話。長い筒状の笛が銃と間違えられて、ひっかかるので、そこで吹いてみせるそうです。幸弘さんのことだから、1,2本ということはないでしょう。大小さまざま、いろんな形の笛を喜んで吹きまくっている図が目に浮かんでしまいました(爆)。 |
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| 2008年6月12日 (木) |
野村萬斎 狂言の現在2008 |
会場:千葉市民会館 19:00開演
小舞・トーク:野村萬斎
「二人大名」 通りの者:野村万之介、大名:石田幸雄、大名:深田博治 後見:岡聡史
「川上」 盲目の夫:野村萬斎、妻:高野和憲 後見:月崎晴夫
毎回、千葉の会に行っているので、いつもハガキが来て先行予約ができるため、席はいつも前の方になります。今回は2列目のほぼど真ん中でした。 最初に解説に出てきた萬斎さん。「二人大名」の解説では、「男が二人、それも侍が(野遊び)ピクニックに行くというのも気持ち悪いですね(笑)。」と、言われてみればたしかに(爆)。太刀は重いので、いつもは召使に持たせているのですが、方々に使いに出しているので、しかたなく自分で持っているのを、通りがかりの人間に持たせてしまおうという話から、「鞍馬天狗」をやってた時の話になって、殺陣の時は軽い竹光を使っているけれど、アップで決める時はジュラルミンの刀に替えるとのこと。あれはジュラルミンだったんですね。それでもかなり重いそうですが、切れ味を見せる場面(俵を切るなどの場面)には本物の刀を使わないとならないそうです。そんなかなり危険なものを通りすがりの者に持たせて横柄な態度をとってしまうところから、この話は大変なことになってしまうわけです。しかし、「起き上がり小法師」の歌の解説は「京都の遊女」になぞらえた歌で、「殿だにみれば、つい転ぶ」「殿を見ると、転ぶ。すぐ寝ちゃうんですね」と、なんか、嬉しそうに話してました(笑)。 「川上」では、父上の万作さんが得意とする曲で、それに挑戦しなければならないのも宿命みたいなことを言ってました。今回は劇場公演なので、照明なども利用しますとのことでした。 トーク後の今回の小舞は「花の袖」でした。
「二人大名」 石田大名に深田大名。ちょっと気が良さそうというか、抜けてるというか、通りがかりの人間に太刀を持たせてしまおうと、呑気な考えで、街道で通る人を待っています。そこへ通りかかった万之介さん。通りがかりの者で名前はありません。いきなり太刀持ちを頼まれたうえに、調子に乗った大名に召使扱いされたことに腹を立て、持たされた太刀をふるって逆襲に出ます。でも、犬や鶏の真似をさせたり、起き上り小法師の真似をさせて遊んだあげく、太刀、小刀、小袖裃を取って逃げて行くところが狂言らしい面白さです。最後に返そうかと見せかけて、持って逃げるところが万之介さんらしい、おとぼけでちょっと意地悪が効いてました。
「川上」 翌日の横浜では、万作さんがシテをやるとのことで、両方行かれる方は見比べてくださいとのことでしたが、万作さんの「川上」も萬斎さんの「川上」も以前観ています。 今回観て、正直言って、「川上」は難しいなと思いました。観る方にとってではなく、やる方にとって難しい曲だなという意味です。万作さんと比べてしまうと、やっぱりまだまだというのがどうしても見えてしまいます。趣や杖の突き方一つとっても、万作さんの美しさには及ばない。盲目の人の杖の突き方では萬さん万作さんの国宝兄弟がやはり一番だと思います。千作さんや忠三郎さんがやる盲人はもっと写実的な感じで、まったく別の雰囲気があり、それも良し。万之介さんが以前やった「川上」は万作さんとは違った万之介さんの持ち味が生きた「川上」でした。 そういう意味からも、自分のものとしての「川上」にしていくのには、まだ時間が必要だなと感じたわけです。これからも精進して、いつか自分の「川上」が出来るようになるのを期待しています。 照明の使い方では、堂に籠った場面で、周りが少し暗くなり上からスポットが当てられ、霊夢を見ている時、上からのライトの色が青白いライトから黄色味を帯びたライトになって金色の光が降りてきているように見えました。そして、最後に夫婦で去っていく場面は舞台に後ろへ去って行き、周りが暗くなって、スポットライトが当たった手を取り合う夫婦の姿が一番奥まで行ったところで舞台が真っ暗になって終わり、いつか新宿狂言だったか、狂言劇場だったか?でやったような終わり方。余韻の残る演出でした。 |
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