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能楽鑑賞日記

2008年8月23日 (土) 第25回野村四郎の会特別公演
会場:観世能楽堂 13:00開演

『弱法師』
 シテ(俊徳丸):野村昌司
 ワキ(高安通俊):工藤和哉
 アイ(従者):山本則直
       大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之
         後見:上野雄三、武田宗和
           地謡:武田文志、清水義也、武田友志、木原康之
               関根祥人、山階彌右衛門、武田志房、観世芳伸

「酢薑」 酢売り:野村萬、薑売り:野村万作          後見:野村扇丞

仕舞
「西行桜」 関根祥六
「通小町」 観世清和
「山姥」キリ 観世銕之丞
       地謡:坂井音隆、観世芳伸、岡久広、上野雄三

『道成寺』赤頭
 シテ(白拍子・蛇体の女):野村四郎
 ワキ(住僧):宝生欣哉
 ワキツレ(従僧):高井松男、梅村昌功
 アイ(能力):山本則俊、山本則孝
       大鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌庸二
         後見:観世清和、上野朝義、木月孚行
           地謡:角幸二郎、藤波重孝、藤波重彦、浅見重好
               武田尚浩、角寛次朗、坂井音重、岡久広
          鐘後見:観世銕之丞、上田公威、坂井音雅、浅井文義、坂井音晴

『弱法師』
 河内国の高安通俊は、人の讒言を信じて我が子を追放してしまったが、さすがに不憫に思い、春の彼岸に天王寺で施行を行っていると、そこに盲目の乞食が一人現れる。弱法師とあだ名されたその盲目の乞食は梅香に戯れ、天王寺の縁起を語って心眼で日想観を拝み景色を眺める。通俊はその弱法師が我が子と気付き、その手を取って連れだって古郷へ帰ってゆくのであった。
 四郎さんの息子さんの昌司さんがシテですが、ちょうど昼食後の時間でもあり、静かな曲に、たびたび沈没。弱法師が心眼で景色を眺める場面、人にぶつかって倒れる場面は、やはり印象的でした。

「酢薑」
 摂津国の薑(生姜)売りが都に上る途中に、和泉国の酢売りに出会います。二人は互いの商売物の由緒正しさを秀句を用いて言い争いながら街道を進みますが、両者とも勝負がつかず、酢と薑は縁のある食物だからと今後は仲良くすることにし、笑って別れます。
 萬さんと万作さんの久方ぶりの共演で、四郎さんもプログラムのご挨拶に「二人の兄が久々の共演、誠に喜ばしいこと」と書いてある通り、待ちに待った共演でした。
 初めに万作さんが薑を肩にぶら下げて登場。台詞を言って脇柱近くに座ると、萬さんの酢売りが登場。お互いに商売物にひっかけて秀句(ダジャレ)を言いあうのが楽しい。万作さんが薑の辛いのにかけて「カラ」の音を織り込んだダジャレを言えば、萬さんの酢売りも「ス」の音を織り込んだダジャレを言う。そして二人で「わっはっは」と笑うのが何ともおおらかで楽しそうです。言い争いというより、秀句を楽しんでいる雰囲気がとっても良い。そして最後にはお互い仲良く商売に励もうと言って別れるところなんか、今後の二人、両家の仲直りを約束したみたいでこちらまで嬉しくなってしまいました。後見の扇丞さんも、私の席からは柱の影になってよく見えなかったのですが、他の人から聞いた話では最後の方はニコニコしてたそうです。
 でも、本当にこの二人の共演が絶えて観られなかったの残念なことでした。やっぱり実力のある者同士の共演は見応えありです。万作さんの繊細で軽みのある演技と萬さんの鷹揚でおおらかな雰囲気と、それぞれの違いを出しながら対等にやりあうのは、やっぱり他の人が相手ではなかなかできないこと。これが観られただけでも来た甲斐があったというものでした。

仕舞
「西行桜」「通小町」「山姥」キリ
 これは、それぞれにぴったりな印象の舞でした。風格があってどっしりした関根祥六さん。観世宗家はやはり謡いがはっきりと聞き取れる謡いでいいですねえ。銕之丞さんは迫力ある「山姥」でした。

『道成寺』
 プログラムでは、アイは東次郎さんと則俊さんになっていましたが、東次郎さんが病気療養中とのことで、則俊さんと則孝さんがアイの能力を務めました。東次郎さん、どうなさったんでしょうか、たいしたことなく、早く良くなってくれると良いのですが。
 最初の鐘吊りに出てきたのはアイとは別の山本家の他の面々。鐘吊りは泰太郎さんと則重さんでしたが、さすがに『道成寺』のアイは慣れている山本家の方々、鐘吊りもまったく危なげなく、一回で難なく決めました。これがなかなか決まらないと、時間がかかって、ちょっとドキドキしちゃいます。
 前シテの女の登場では揚幕から出る時にわりと普通にススっと出てきた感じがして、それから一度止まってゆっくりと歩んできたようでした。
 乱拍子では気合の入った源次郎さんの小鼓との対峙がやっぱり見ごたえありです。乱拍子の型は観世流だからでしょうか、意外と動きが多くてはっきりしている。ぐっと腰を落としたりする動きが多いように思えました。あれっ、乱拍子ってもっと動きが非常に少なくて、つま先や踵を上げ下げするだけの動きも多かったように思ったのですが、そのせいか時間も短く感じました。いよいよお囃子が勢いよく盛り上がって急之舞。今回はお囃子の面々がいいので、文句なし。烏帽子を扇でパシっと落としていよいよ鐘入り。今回は鐘の下で足拍子を踏んで一回りしたところで鐘が落ちました。
 「鐘入り」がちょっとタイミングが合わなかったように感じたのは、無理に跳ばない演出もありなのですが、鐘入りで足拍子を踏んで一回りして鐘が落ちる時、一度鐘が下がりかけ、つまり2段階で落ちたように感じたからです。
 鐘が落ちると、ごろごろっとアイの二人が転がって「くわばら、くわばら」「揺り直せ、揺り直せ」と頭をかかえ、鐘が落ちたと知るや、住僧に「おまえが言いに行け」「いや、おまえが行け」とのなすりあい。ここはやっぱり面白いところです。
 鐘が上がって蛇体で出てきたとき、白い衣ではなくて、初めに着ていた金糸の綺麗な衣を被ってうずくまっていました。衣を巻きつけて、僧たちをキっと睨み、祈り伏せようとする僧との戦い、「柱巻き」で調伏しようとする僧を見る目が哀しそう。技術で見せようとするのではなく、男を想うあまりに蛇と化した女の執念と哀しさがあふれる後シテでした。
2008年8月7日 (木) 幸弘☆萬斎☆広忠☆能楽現在形 第6回公演
会場:宝生能楽堂 18:30開演

「朝比奈」 朝比奈:野村萬斎、閻魔大王:茂山千三郎
      笛:一噌幸弘、小鼓:吉阪一郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:観世元伯
      後見:月崎晴夫、鈴木実
      地謡:野村万作、石田幸雄、深田博治、高野和憲

『邯鄲』
 シテ(盧生):狩野了一
 子方(舞童):狩野祐一
 ワキ(勅使):宝生欣哉
 ワキツレ(廷臣):殿田謙吉、御厨誠吾、野口能弘
 ワキツレ(輿舁):梅村昌功、則久英志
 アイ(宿の女主):野村萬斎
 笛:一噌幸弘
 小鼓:吉阪一郎
 大鼓:亀井広忠
 太鼓:観世元伯
 後見:塩津哲生、中村邦生
 地謡:友枝昭世、粟谷能夫、出雲康雅、長島茂
     友枝雄人、金子敬一郎、佐々木多門、大島輝久

「朝比奈」
 閻魔大王が最近は人間が利口になって地獄へ落ちるものが少なくなったので、自ら六道の辻に出向いて亡者を地獄へ追い落としてやろうと待ち伏せていると、一人の武者がやってきます。さっそく地獄へ責め立てますが、動ずる気配も無く、名前を聞くと和田合戦の勇者、朝比奈三郎義秀だと名のります。なお責め立てても歯が立たず、朝比奈に和田合戦の様子を語らせると、朝比奈は身ぶりを交えて戦のあり様を語り、ついには閻魔を道案内にして極楽に向かっていきます。
 萬斎さんの朝比奈は凛々しくて、和田合戦の語りも勇壮でカッコ良い。それに対して千三郎さんの閻魔は情けないくらい朝比奈に歯が立たなくて滑稽。泰然自若として動じない朝比奈に対してちょこまかと身軽に動き回り、なんとか責め立てようとしては、反対にやられてしまう閻魔はなんかいじらしくて可愛らしい。面を掛けていても、変わらぬ声量やひょうきんさは茂山家らしく、萬斎さんとのコンビもピッタリな感じでした。
 地獄が不景気になって、眷属も連れずに一人で六道の辻にやってくるくらいだから最初からちょっと情けない。強い亡者に弱い閻魔。愛嬌と哀感すら感じる閻魔大王。徹底した逆転のおかしさという点ではこのくらいでもいいのかも。

『邯鄲』
 まず、宿の女主人が登場しますが、この女主人が長い髪の鬘で直面(面をつけない素顔)なので、あまり似合う人を見たことがありません。ほとんど笑っちゃいそうな方もあり(失礼)。しかし、萬斎さんは全然違和感ありませんでした。これは驚き。
 この曲は何回か観ていますが、変化に富んでいてとても面白い曲だと思います。お囃子はいつものように気合いが入っていてとばしてました。狩野さんはやっぱり端正で美しいですね、一畳台の上での舞も小さくならず、台を降りてからの舞も最後の飛び込みも綺麗に決まっていました。でも、前に観た友枝さんの『邯鄲』を思い出してしまうと、何がと言うのは難しいのですが、ちょっと物足りない。台から落ちそうになって、ふと後ろを向いて座って物想いに耽るところとか、最後に夢から醒めて、一時呆然とする感じとか・・・思いの深さ、表現力の差か。
2008年8月3日 (日) 納涼茂山狂言祭2008
会場:国立能楽堂 14:00開演

お話:茂山千之丞

素狂言「九十九髪」作:高橋睦郎、演出:茂山千之丞
 老婆:茂山千作、三郎:茂山千三郎、使者:茂山七五三     後見:井口竜也

「附子」 主:佐々木千吉、太郎冠者:丸石やすし、次郎冠者:松本薫
                                       後見:鈴木実

「墨塗」 大名:茂山千之丞、太郎冠者:茂山童司、女:茂山あきら
                                       後見:増田浩紀

 私が一度観たかった「九十九髪」が東京公演であるので、これは観に行かねばと思い、この日に決めました。
 最初は千之丞さんのお話。覚えていることだけ、順不同です。
 素狂言「九十九髪」は、作者の高橋睦郎さんが、千作さんをあて役で書いた新作狂言だそうですが、長い台詞が多く、千作さんも新しい台詞を覚えるのは無理ということで、一度は断ったそうです。しかし、どうしてもやってほしいということで、千之丞さんが、能の「素謡」をヒントに「素狂言」という形でも上演を考えたものだそうです。
 「伊勢物語」で書かれている業平の多くの女性との関係のなかで、かなりの老女が相手の「つくもがみ」が基になっているとのことです。
 「附子」は今回はお弟子さん丸石さん、松本さんがやるということで、「自分たちは物心つく前から狂言をやっているので、全ての所作が身についているが、彼らは脱サラしてこの世界に入ったので、1から全て覚えなおすのは本当に大変だったと思う。しかし、とても立派にやり遂げていて素晴らしいです。」というようなことをおっしゃってました。狂言が身に沁み込んでる話で、千之丞さんが千作さんと話している時、気がつくと狂言言葉で話していることがあるとのこと、さすがに「ござる」とは言いませんが、「なかなか」とか言ってることがあるそうで(笑)。
 「墨塗」では、今回親子三代の共演で、これが初共演だそうです。
 それから、毎年行われる正月の「天空狂言」について、今度は10回記念で、千之丞さんが「三番三」を踏むそうです。80歳過ぎで「三番三」を踏むのは先代の千作さんがやってるそうですが、その時、近衛家から戴いた金色の烏帽子を使ったそうです。千之丞さんは先代よりも年上で今回「三番三」を踏むにあたり、金色の烏帽子を新調されたとの話でした。
 万之介さんが今度の「万之介狂言会」で「三番叟」を踏むのは、「大丈夫かなあ〜」と、思わず心配してしまいますが、80歳過ぎてもカクシャクとしている千之丞さんなら、まだやれそうという気がします。

「九十九髪」
 さてさて、お待ちかねの演目。中正面に向かって、老婆の千作さんを中心に、左に使者の七五三さん、右に三郎の千三郎さんが座り、文机に台本を載せて読みながら演じます。
 九十九歳になる老婆が、在原業平の噂に恋慕して、女と生まれたからには一度は添いたいと息子たちに言いますが、長男、次男は呆れて相手もせず、三男の三郎は、親の願いであれば無碍にもできず、体が丈夫なのも困ったものだと言いつつ、悩んでいたところ、たまたま狩をしている業平に出会い、この機会を逃してはいけないと、母の望みを願うと、哀れに思った業平は願いを聞きいれ一晩老婆と夜を共にします。次の朝、業平はしつこい老婆を振り切って帰りますが、大事な烏帽子を忘れてきてしまいます。そこで、しかたなく使者に手紙を持たせて、取りに行かせますが・・・。
 この後は、「狂言三人三様 茂山千作の巻」198ページにも台詞が載っています。

 まず、千三郎さんが最初に、老母のことを話しますが、「歳甲斐も無く」とか「ほとほと迷惑な」とか言うのが可笑しくて、思わず笑ってしまいます。台本もホントによく書けてますが、三人の台詞を聞いていると、声の出し方といい、間の取り方といい、舞台で普通に狂言を演じている(動いている)姿がありありと目に浮かぶようなのです。千作さんが業平の烏帽子を手にとって「名残の一さし」と、舞う姿も見えるよう。
 業平の歌「百年に一年たらぬつくも髪我を恋ふらし面影に見ゆ」を、老婆は、「自分のことが恋しいから、また通ってくる」と読むのに対し、使者は、そうじゃなくて、髪ではなくて紙、「九十九枚もの紙を、つくもの明神に祈念して貼り固め、漆を塗ってこしらえた大切な烏帽子をあわてて忘れてきたので、使いの者をつかわすから返してください」ということだというので、嘆いた老婆と使者とのやりとりが面白い。
 すったもんだの末に返すことにはなるけれど
「ただし、その烏帽子には紐がついておる」
「そうして、その紐にはわらわがついておる」
「紐に繋がるわらわも共につれて行かしめ」と老婆
「これは近頃迷惑千万な」使者
「烏帽子だけ返すことではおりない」老婆
「それだけは許いてくだされ。許いてくだされ」使者
「連れて行け、連れて行け」老婆
「これは如何なこと、申し、たしなまれませ。たしなまれませ」三郎
と、追い込み。これを、舞台に座ったまま、すべて台詞だけで見せる。やっぱり作者が、どうしても千作さんにと、言ったわけが分かるというもの。もう見所は大笑い。期待通りに本当に面白い素狂言でした。
 最後に千作さんが立ち上がる時、いつものように後見が手を貸していましたが、ちょっとぐらっと倒れそうになったのには、はっとしました。やっぱり大分足腰が弱ってるようですが、まだ千作さんの舞台は観たいですね。この「九十九髪」もまた、どこかでやって欲しいです。

「附子」
 狂言の代表作で、何度観ても面白い演目です。今回は丸石さん、松本さんの太郎冠者、次郎冠者に佐々木さんの主と、千五郎家のお弟子さんたちだけでやるのは初めて観ました。丸石さんたちは、脱サラで20代から狂言を始めた方たちだそうですが。主人役の佐々木さんは年配に方ですが、私は初めて見る方です。佐々木さんの主も柔らかい表情がいいし、「扇げ、扇げ」「扇ぐぞ、扇ぐぞ」と壷に恐る恐る近づいては、橋懸りにさーっと逃げる丸石さんと松本さんは楽しそうで息がぴったり。ほんわかと可愛らしさを感じるいい雰囲気があり、おとぼけぶりも実に楽しい。茂山家のお弟子さんたちはレベルが高い。

「墨塗」
 親子三代の初共演ということですが、三人三様の持ち味がうまく出て、とっても楽しい「墨塗」でした。
 訴訟が済んで帰国する前に、京の女のところにお別れにいかねばなるまいと太郎冠者と共に女に会いに行く大名ですが、最近のご無沙汰にネチネチ恨み事をいう女のあきらさんのネチネチぶりが上手い。これじゃ大変だなって感じがして、言いにくそうに、なかなか言い出せず太郎冠者に言わせようとする千之丞さんの大名の頼りなさが可愛い。水を付けて泣きまねをする女に騙されて、一緒に泣きだす大名。そんな様子を冷めた目で見てる太郎冠者が、「あれっ何か変だぞ」と気付いて大名に教えても信じてもらえない。それならと水と墨を取り換えてやれ。童司くんのとぼけた表情がいい。いたずらっ子な雰囲気が生きてます。気付いた大名と一緒に仕返ししてやれと楽しそうな二人は悪戯っ子二人組。鏡を見せられて逆ギレ女のあきらさんの墨塗り攻撃に最後のドタバタぶりもとっても楽しかったです。