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能楽鑑賞日記

2008年12月18日 (木) 幸弘☆萬斎☆広忠☆能楽現在形 第7回公演
会場:宝生能楽堂 18:30開演

居囃子「三井寺」 
シテ:梅若玄祥
 笛:一噌幸弘、小鼓:成田達志、大鼓:亀井忠雄
 地謡:梅若晋矢、観世喜正、山崎正道、柴田稔、川口晃平

『芭蕉』蕉鹿(しょうろく)
 シテ(里女・芭蕉の精):片山清司
 ワキ(山居の僧):宝生欣哉
 アイ(里人):野村萬斎
       笛:一噌幸弘、小鼓:成田達志、大鼓:亀井広忠
         後見:梅若玄祥、味方玄
            地謡:観世銕之丞、浅井文義、観世喜正、清水寛二
                西村高夫、山崎正道、馬野正基、谷本健吾

 この日は、久々に休みが取れたおかげで、沈没することもなく集中して観られました。

居囃子「三井寺」
 舞囃子ではなく、舞のない謡とお囃子のみ。六郎改め梅若玄祥さんが地謡の前に座ったままで謡い。謡とお囃子だけを聴くという居囃子というのは初めてでした。玄祥さんの謡の声の良さと、お囃子が、また最高。忠雄さんの大鼓がズンと響くようで、成田さんの小鼓の音も気持よかった。聴くことに集中できるというのもいいです。

『芭蕉』蕉鹿
 中国の楚の国の湘水(しょうすい)の山中に住む僧の元へ、毎夜読経を聴聞に来る者があり、芭蕉の葉に吹き付ける風の音も寂しい荒涼とした秋の夜に、一人の女が現れます。人里離れた山居に毎夜読経を聴聞するのを不審に思った僧は女に名を尋ねますが、女は移りゆく年月を嘆き、法華経にこめられた仏の深い心を慕っているのだと告げて、僧に許され、庵の中に入ります。女は法華経を聴聞し、草木が成仏できるいわれを尋ね、自分が人間でないことを暗示しつつ、消え失せます。(中入)
 里人が法華経を聴聞しようと庵を訪れ、僧に請われるまま「雪の中の芭蕉」や「蕉鹿の夢」の故事を語ります。
 僧がなおも読経をしていると、芭蕉の精が再び女の姿で現れて、諸法実相の理を説き、世の無常に気づこうともしない人の心を嘆き、舞を舞います。やがて、山より激しく吹く風に、花も草も散り散りになって女の姿は消え失せ、後には芭蕉の葉だけが破れ残っていたのでした。

 金春禅竹の典型的な夢幻能で、シテが人間ではない芭蕉の精。そして、法華経の薬草喩本(やくそうゆほん)にある草木成仏を説くというと、難しそうですが、シテの片山清司さんが、生々しさを感じさせず、草花の精らしい人間を超えた清らかな美しさを感じさせて、とにかくうっとり、長く静かな序ノ舞も、ずっと観ていたかったです。前シテは金茶と青緑を基調とした装束で、後シテは薄茶の長絹。面には詳しくないので、なんという面か分かりませんが、品のある落ち着いた女性の面でした。
 萬斎さんの間語りも格調高くて良かったです。
2008年12月17日 (水) 第44回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

「茶壺」
 すっぱ:佐藤友彦、中国の者:佐藤融、目代:高野和憲    後見:野村良乍

「栗焼」
 太郎冠者:野村万作、主:野村万之介              後見:岡聡史

「金津地蔵」
 子:野村裕基
 親:野村萬斎
 金津の者:石田幸雄 
 立衆:月崎晴夫・高野和憲・竹山悠樹・深田博治・時田光洋・岡聡史
    笛:八反田智子
    後見:野村万作

「茶壷」
 栂尾の茶を買い求めてくるように言いつかった男が、その帰り道に酔いつぶれ、往来で眠り込んでいると、すっぱ(詐欺師)が通りかかって、男が担いでいた茶壷の背負い紐に片腕を通し、茶壷を自分のもののように見せかけて寝た振りをします。目を覚ました男とすっぱが、茶壷の所有をめぐってもめていると、争いを止めに目代が現れ、二人に茶の入日記(商品の在中目録)を問うと、男は拍子に掛かって流暢に述べますが、すっぱもその様子を盗み見して、うまく述べてしまいます。そこで今度は、二人揃って相舞をさせますが、それでも判断がつきません。すると、目代は「昔より奪い合う物は中から取るという」と茶壷を持ち去ってしまい、驚いた二人は目代を追いかけます。

 名古屋狂言共同社の佐藤親子と、高野さんの共演です。中国の者というのは、中国地方の者ということで、中国人ではありません(役名だけ見ると勘違いしそう)。佐藤親子の演技も何回か観たことがありますが、なかなか面白いです(以前観た「水掛聟」も、大笑いしました)。ちょっとイケメンの融さんは明るい酔っ払いで、さわやか系(笑)。すっぱの友彦さんは実に胡散臭そう。相舞では、微妙にずれて追いかけるすっぱが、舞い謡いの最後だけ合わせるあたふたぶりがウマい!大いに笑わせてもらいました。
 それにしても、大真面目で仲裁していた目代が、最後にちゃっかり持ち逃げとは、争っている二人も一瞬あっけにとられて、やがて大慌てですね。この終わり方は、先日観た忠三郎狂言会の「鳴子遣子」と同じ。どちらが先に出来たのかは分かりませんが。

「栗焼」
 丹波の伯父からもらった40個の栗を客人に出すために、主人から栗を焼くよう命じられた太郎冠者は、栗の先を切り取るのを忘れてはねさせたり、焦がしそうになったりと失敗しながら、なんとか全部焼き終わり皮をむきます。ところが、あまりに見事な栗なので、つい手が出てしまい、もう一つもう一つと手を伸ばすうち、とうとう全部食べてしまいます。困った太郎冠者は主人に、竈(かまど)の神夫婦と34人の公達に栗を献上してしまったと言い訳します。しかし、残りの4つの栗を出せと主人に詰め寄られ、一つは虫食い、あとの三つは栗を焼くときの言葉に「逃げ栗、追い栗、灰紛れ」というとおりで、どこかへいってしまったとごまかして、主人に叱られてしまいます。

 太郎冠者の一人芝居となる、栗を焼く場面での万作さんの名演が見どころ。楽しそうに栗を焼く太郎冠者。火の中の栗がパチパチとはねる様子が見えるようです。一つ一つ、めをかいて(先を切って)火に入れたり、焼けた栗を、息を吹きかけて冷ましながら皮を剥いて食べるところなど、丁寧で細かい演技が、本当にアツアツの栗が手の中にあるようです。栗に話しかけたりして楽しげな万作さんの太郎冠者の姿に、栗を焼く火の温かさまで感じられるようでした。

「金津地蔵」
 越前金津の男が、新しく建てた持仏堂に安置する地蔵を買い求めに都にやってきます。仏師を探し歩いていると、すっぱが声をかけてきて、自分こそ由緒正しい真仏師だと名乗り、ちょうどよい地蔵があるので、売ってやろうと持ちかけます。すっぱは我が子に言い含め、後で必ず迎えに行くと約束して、子供を地蔵に仕立てます。翌日、金津の男は喜んで地蔵を背負って金津へ帰り、持仏堂に地蔵を安置すると、近所の者を呼び集めて拝ませます。すると地蔵が「饅頭が食べたい」「古酒が飲みたい」と口をきくので、一同は奇瑞が起きたと喜び、言われるままにお供えして、自分たちも宴会を始めます。そして、地蔵が坐像では形が悪いので、立像になってもらおうと囃し立てると、地蔵は立ち上がって囃子に乗って踊り始め、一同浮かれ気分で地蔵を先頭に囃し立てながら退場していきます。

 見るたびに裕くんの成長ぶりに感心します。もう、裕くんを背負う石田さんも、さすがに大変そうでした(笑)。謡いも踊りも力強くリズムもしっかりしてきて、最後の浮かれ入りがとっても楽しく見えました。一同「ぴ〜ひゃら、ぴ〜ひゃら」笛にのってどこへ行くのやら(笑)。
 すっぱが子供に地蔵になって売られてくれと頼む場面では、親のためなら売られてもかまわないと言う健気な子供に対して、なんとも情けない親のすっぱとのやりとりが何か妙に可笑しかったですね。
 
 今回の終わり方、狂言ハンドブックでは、親が息子を迎えにきて、背負って逃げるというのが、和泉流の終わり方のようで、前回、観た時はそのバージョンでした。大蔵流では、囃子物にノッて踊って終わるようです。
 今回はそのバージョンを拝借?それにしては、「後で必ず迎えに行く」という約束はどうなったのかな?と、ちょっと気になりました(余分なことですが)。
2008年12月14日 (日) 第三回山井綱雄之會
会場:国立能楽堂 13:00開演

解説:山井綱雄

舞囃子「春日龍神」 金春安明
舞囃子「融」クロツギ 富山禮子
   笛:一噌幸弘、小鼓:鵜澤洋太郎、亀井広忠、太鼓:観世元伯
   地謡:中村昌弘、中村一路、高橋忍、高橋汎、辻井八郎

「文蔵」
 主人:野村萬、太郎冠者:野村扇丞       後見:野村太一郎

『柏崎』
 シテ(柏崎某の妻):山井綱雄
 子方(花若):山井綱大
 ワキ(使者小太郎):宝生閑
 ワキツレ(善光寺住僧):高井松男
     笛:一噌仙幸、小鼓:曽和正博、大鼓:亀井忠雄
       後見:本田光洋、横山紳一
          地謡:金春憲和、井上貴覚、本田芳樹、本田布由樹
              高橋忍、金春安明、吉場廣明、辻井八郎

附祝言

終演後の御挨拶:山井綱雄、山井綱大

 当日は冷たい雨となりましたが、いつものように最初の挨拶に出てきた山井さん、イギリス・エジンバラ国際演劇祭で現代劇出演をしてきた話から、日々街中でチラシ配りをし、やっぱり雨が降ると入りが悪いけれど、そういう時に来てくれるお客さんは、非常に熱心で素晴らしいと、ちょっと客席にお世辞かな?
 今回は、長男綱大(こうた)君(4歳)の初舞台で、自分も30年前の初舞台が『柏崎』の子方だったとのこと、チラシ及びプログラムの表紙の子供の写真はその時の写真のようでした。
 その時、シテをされたのが恩師の富山禮子さんで、今回は金春宗家と恩師の富山禮子さんも舞囃子で共演です。

舞囃子
 金春宗家の「春日龍神」は龍神らしい力強さと風格が感じられました。富山禮子さんの「融」は橋懸りまで使う舞で、揚幕の近くの欄干から振り返った時、本舞台の上に月が見えたと感じました。

「文蔵」
 萬さんの「文蔵」を観るのは、二度目かも。今回のアドは扇丞さんで、主人が「源平盛衰記」の「石橋山の合戦」を仕方話で語るのを聞いている時のなんとなく惚けた顔が可笑しさを増してました。萬さんの語りは流石で、段々話にノッてくるところが迫力満点でした。

『柏崎』
 越後柏崎に、主君・柏崎殿の病死とその子息・花若の行方不明を主君の妻へ伝えに向かう小太郎が現れます。小太郎から形見を手渡された妻は、その事実に愕然とし、また、自分一人を残して出家した息子に、何故帰って来てくれないのかと、恨めしさと怒りを表しますが、最後は息子の無事を祈ります。(中入)
 善光寺に出家した花若と住僧が現れ、如来堂に日参の由を述べます。一方、花若の母は、悲しみのあまり狂女となって、柏崎を出て放浪するうち善光寺に着き、本堂に入りますが、住僧に女人禁制だと咎められます。しかし、阿弥陀如来の教えに男女の区別はないと、逆に僧をやりこめ、それを見ていた花若は、自分の母だと気がつきます。
 女は、亡き夫の形見を身にまとい、愛おしさから再び物狂いとなって舞を舞い、愛する人を失ったことを悲しみ、夫の冥福を祈ります。
 やがて、花若は母の前に名乗り出て、母子連れ立って柏崎へと帰って行くのでした。

 仙幸さんにしては珍しく、ヒシギの音があまり出ないようで、最初、笛が弱々しく感じましたが、その後は問題なく、お囃子も良かったです。
 綱大君の初舞台は、長時間片方立膝状態でじっと座っているのが、なかなか大変のようで、ごそごそ足元が動いてぐらぐらすることはありましたが、最後までよく辛抱して、長台詞もしっかり謡っていました。
 親子再会の時に、シテの面に喜びの表情が見えたのが印象的でした。
 夫や子に対する思いの深さや物狂いになりながらも、教養と品位のある女性を綱雄さんが丁寧に演じて良い舞台だったと思います。
 この人は若手の成長株として、今後も注目していきたい人です。

 舞台後の御挨拶。紋付袴に着替えた山井親子の登場。舞台では僧形の頭巾でよくわからなかった顔が、やはりお父さんにそっくり。ニコニコと臆することなく、舞台上から知ってる人を見つけたのか、小さく手を振ってみたり、愛嬌たっぷりで本当に可愛かった。すっかり、子供に持ってかれた感じでしたけど(笑)。
2008年12月10日 (水) 国立能楽堂開場二十五周年記念特別研鑽公演[第二部]
会場:国立能楽堂 18:30開演

「鶏聟」
 聟:若松隆
 舅:山本東次郎
 太郎冠者:遠藤博義
 教え子:山本則俊
 地謡:山本泰太郎、山本則直、山本則孝

素囃子「中ノ舞」
 笛:成田寛人、小鼓:森貴史、大鼓:大倉慶乃助

「釣狐」
 白蔵主・狐:深田博治
 猟師:野村萬斎
 後見:野村万作、石田幸雄

「鶏聟」
 何度か観ている曲ですが、山本家のは初めてです。
 騙されて鶏の真似をするのが礼儀作法だと思って鶏の真似をする聟に、恥をかかせまいと一緒に鶏の真似をする東次郎さんの舅。大真面目に鶏の真似をする二人が可笑しい中に、東次郎舅の思慮深さと若松聟の真面目さが感じられて、舅のやさしさ、きっといい親子になるだろうと暖かい気持ちになれました。

「釣狐」
 深田さんの披きです。とにかく、がんばった。お疲れ様と言いたい気分です。
 前場途中から、ハアハアとかなり荒い息遣いが聞こえてきました。それでも万作家らしいキレのいい動きもあり、本人はそうとう厳しかったのではないかと思われます。一度、万作さんのプロンプが入りましたが、そんなことも気にならないくらい最後まで、よく頑張った深田さんに、最後は、しばらく拍手が鳴り止みませんでした。
 萬斎さんの猟師は、初めから白蔵主狐を疑っているような厳しい対応で、恫喝するような厳しさ。狐を狙う目つきもそうとう厳しくて、狐との引っ張り合いでは、紐が外れた時にワキ柱近くまでふっとぶくらい力が入ってて迫力があり、それが、あの場面での緊張感を増していたように思えます。
 以前、三宅右矩さんの披きの時にも萬斎さんが猟師をやったのを見ていますが、その時も猟師と狐との対決はとても緊張感がありました。そういう点でも今回の配役は良かったのではないかな。