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能楽鑑賞日記

2009年7月30日 (木) 第47回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 開演:18:45

「蚊相撲」 大名:石田幸雄、太郎冠者:高野和憲、蚊の精:月崎晴夫
                           後見:時田光洋

「重喜」
 重喜:野村裕基、住持:野村万之介
 地謡:野村修一、深田博治、野村万作、竹山悠樹、岡聡史
 後見:野村萬斎

「吹取」 男:深田博治、何某:野村萬斎、女:高野和憲
                            後見:岡聡史

素囃子「黄鍾早舞」 大鼓:佃良勝、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:藤田次郎

「祐善」 
 男・祐善の霊:野村万作、旅僧:竹山悠樹、所の者:野村遼太
 地謡:月崎晴夫、石田幸雄、野村萬斎、高野和憲、中村修一
 後見:野村良乍

「蚊相撲」
 月崎さんの蚊の精は、初めて観ました。というか、万作家の「蚊相撲」では、いままで萬斎さんの蚊の精しか観たことがないかも。他家の蚊の精も観ましたが、団扇で煽られる時の動きなど、それぞれずい分違います。
 月崎さんの蚊の精は、軽やかな動きでしたが、私は煽られるたびに、ふわふわと舞うような萬斎さんの蚊の精の動きがやっぱり好きですね。
 蚊の精に血を吸われて目を回したり、最後は蚊の真似をして幕入りするちょっと憎めない大名は石田さんならではのハマリ役です。

「重喜」
 千五郎家だと、千作さんや千之丞さんという大長老がやって、とっても可愛らしい役なんですが、重喜の役は他の家では子供がやるのが普通のようです。

 寺の住持が弟子の重喜を呼んで、明日の法要の導師に頼まれたので、準備をしておけと命じ、重喜に自分の頭を剃らせることにします。重喜は、剃刀の切れ味をためすうちに、住持にぶつかってしまい、怒った住持は「弟子七尺去って師の影を踏まず」だと言って叱ります。重喜は再び剃刀を手にしますが、住持の影を踏みそうになったと飛び退いたりで、なかなか剃ることができません。最後に長い棒の先に剃刀をつけて長刀のように扱って剃りはじめますが、ついに住持の鼻を剃り落としてしまいます。

 裕基くんの、可愛らしい動きと台詞に思わず頬が緩んでしまいます。子供が言うと、こまっしゃくれた感じがまた面白く、舞台度胸が据わってて、子供らしい可愛さもある裕基くんには感心しますが、それでも、後見のお父さんは相変わらず厳しい目つきで観ていました(笑)。鼻を剃り落とされてしまう万之介さんの住持もちょっと気の毒ながら、弟子に振り回されて、あれあれという感じが面白いです。

「吹取」
 まだ独身の男が、妻を得るため清水観音にこもって祈願したところ、明月の夜に五条の橋で笛を吹けば妻が現れるとの霊夢を得ます。ところが、笛が吹けない男は、知人に吹いてもらうことにし、連れだって五条の橋に来ると、ちょうど美しい月が出ています。さっそく知人に笛を吹いてもらうと、笛の音につられて女が現れますが、女は笛を吹く知人の方に寄り添ってしまいます。男はあわててお告げを受けたのは自分だと対面すると、女があまりにも醜女だったため、二人はお互いに押し付け合いながら逃げていきます。

 舞台上で演者が笛を吹く珍しい演目ですが、通常は囃子方が笛を担当することが多いそうです。今回は萬斎さんが実際に笛を吹きました。以前、小三郎さんがやった時もご本人が笛を吹いていました。お二人とも芸大の邦楽科出身ですから、お囃子も一通り出来るのではないでしょうか。
 まあしかし、観音様のお告げとはいえ、笛が吹けないから代わりに知人に頼むとは、男も必死なんでしょうが、現れた女も笛を吹いている人が相手だと思うのは当然といえば当然。でも、そこはお約束の展開で、顔を見てみれば、あまりに醜女のため、押し付け合い。しかし、妻のいる知人にとってははなはだ迷惑な話ですね〜。
 お告げの女性に早く会いたいと焦る深田さんと、そんなことは人ごとで明月に見とれる萬斎さん、ちょっとホラーな高野さんの女という配役もピッタリでした。

「祐善」
 夢幻能のパロディーで、日本一下手な傘張りと言われ、誰も傘を買ってくれないことに腹を立てて狂い死にをした男の霊が出てくる話です。
 日本一の傘張りの下手が、傘の張り死にをしたというのが狂言らしい、しょうもない話ですが、それを大真面目で重々しく謡い舞います。そこは万作さんの独壇場。よくよく聞けばクスっと笑える内容ですが、同じようなパロディーの「蛸」に比べると分かりにくく笑いどころの少ない曲ではあります。同行の夫は、やっぱり良く分からなかったみたいでした。
2009年7月25日 (土) セルリアンタワー能楽堂定期能7月公演―喜多流―
会場:セルリアンタワー能楽堂 
[第1部]  開演:13:00

解説:馬場あき子

「萩大名」 大名:野村万之介、太郎冠者:竹山悠樹、亭主:深田博治  後見:岡聡史

『班女』
 シテ(班女・花子):友枝昭世
 ワキ(吉田少将):宝生閑
 ワキツレ(従者):殿田謙吉、大日方寛
 アイ(野上の宿の長):野村万作
   大鼓:亀井広忠、小鼓:曾和正博、笛:槻宅聡
     後見:塩津哲生、中村邦生
       地謡:佐々木多門、友枝雄人、金子敬一郎、粟谷浩之
           狩野了一、粟谷明生、粟谷能夫、長島茂

[第2部] 開演:16:30

解説:馬場あき子

「清水」 太郎冠者:野村万作、主:野村万之介           後見:深田博治

『通小町』−ろうそく能−
 シテ(深草少将の霊):友枝昭世
 ツレ(小野小町の霊):大島輝久
 ワキ(僧):宝生閑
   大鼓:亀井広忠、小鼓:曾和正博、笛:槻宅聡
     後見:長島茂、佐々木多門
       地謡:井上真也、狩野了一、金子敬一郎、粟谷浩之
           粟谷明生、粟谷能夫、塩津哲生、中村邦生

 1部、2部とも通しで観に行きました。
 解説は、馬場あき子先生。詞章を読んだだけでは、なかなか分からないところを、丁寧に解説してくださる。いつも古典に対する教養に感心してしまいます。古典苦手だったし、私(^^;)
 『班女』では、吉田少将と形見として取り交わした扇について、中国の故事に、成帝が寵愛した女に純白の扇を作ったが、その後、他の女に心移りした皇帝に捨てられてしまうと思った女が「夏が過ぎたら、扇は忘れられるように私も捨てられるのではないか」と言ったことから「班女の扇」「班女」とは捨てられる女という意味だと初めて聞きました。
 また、「おうぎ」には「会う(再会)」という意味もあり、この扇により二人が再会するわけです。
 「萩大名」の大名は、下剋上の時代の大名で、田舎の名主程度で文化度の低い大名。それに対して当時は、一般の商人の方が文化度が高かったとのこと。太郎冠者はその中間だそうです。
 『通小町』では、中世では執心を持っている人ほど成仏しやすいと考えられたとのこと。だから、執心深い深草少将も小町もすぐ成仏してしまうんですね。中世は内乱の過酷な世なので、執心とは醜くて美しい、志の美しさ、純粋な心という捉え方が生まれたとのことです。
 「清水」の主人は、乱世で成り上がった主人で、そこに駆け込んだ太郎冠者という関係。実際の中世の主従関係は、なかなか大変なものだったそうで、この太郎冠者も主人の人使いの荒さに不満を持っていて、それを鬼の形で待遇改善を迫るわけです。

[第1部]
「萩大名」
 万之介さんの大名に竹山さんの太郎冠者、亭主は深田さんという配役は初めて観ました。
いかにも田舎大名風な万之介さんですが、もう少し、いつものゆるゆるキャラが出るともっと面白そう。深田さん竹山さんは、ちょっと真面目そうな亭主と太郎冠者でした。

『班女』
 最初に出てくる野上の宿の長は万作さん。遊女花子が、吉田の少将をしのんで、形見に取り交わした扇を眺めてばかりいて勤めに出ないので、怒って追放してしまいます。この万作さんの長は、恐いばかりでなく、長としての貫録が感じられてさすがでした。
 宿の長に呼ばれながらも重い足取りでゆっくり、ゆっくり登場する花子。そんな様子に余計いらいらを募らせる宿の長は、取り上げた扇を叩きつけるように置き、腹立ちやと去って行きますが、花子はその扇をゆっくりと拾い上げて見つめると、我が身の悲しさを静かに謡い、重い足取りで去って行きます。その姿が、なんとも切なくて美しい。
 さて、花子が去った宿に、東国から帰る途中に吉田の少将が立ち寄るのですが、すでに花子は宿にはいません。都に戻り、下賀茂神社に参詣すると、なんとそこには班女とよばれ物狂いとなった花子がいたのです。
 少将の従者から、舞い狂えと言われ舞う班女ですが、「序ノ舞」を舞う友枝さんの花子は切ない女心を表して、なんと美しく可憐なことか。
 班女の扇に気付いた吉田の少将は、自分の扇を取り出して、二人は扇を取り交わして見つめ合います。こういう時の閑さんは、なかなかニクイですね〜。二人の想いがぴったり寄り添ったような温かさに、それまでの悲しげな花子が、とたんにうれしそうに可愛らしく晴れやかに再会を喜び合って終わります。

[第2部]
「清水」
 シテの太郎冠者が万作さんで、主人が万之介さんという絶妙なコンビ。
 主人に言いつけられた水汲みをなんとか行かずにごまかそうとして、「清水」に鬼が出たと嘘をつく太郎冠者。しかし、大事な手桶を取りに行くという主人に、嘘がバレては大変と鬼の面で脅す太郎冠者ですが、鬼に驚く主人に、ついつい日頃思っていた待遇改善を鬼の威を借りて迫るわけです。やれやれ、上手くいったと思いきや、鬼が太郎冠者を贔屓にするのと、鬼の声が太郎冠者に似ていることに気付いた主人は再び清水へ出かけ、またも鬼に扮して出て来た太郎冠者は正体を暴かれ、主人に追い立てられてしまいます。

 鬼のふりをして、自分の希望を言う万作さんの太郎冠者が生き生きしていて楽しそう。そのささやかな待遇改善も鬼の威を借りなければできない太郎冠者がちょっと気の毒で、いじらしく、可愛らしい。
 万之介さんの主人は、鬼が太郎冠者と気付くと意地悪っぽく、得意のオトボケで再び清水へ行って太郎冠者をおびき出し、懲らしめるわけですが、このあたりの表情、雰囲気、万之介さんならではの胡散臭さがいいです。

『通小町』ろうそく能
 狂言の後、休憩後に火入れとなります。舞台周りの燭台だけでは暗すぎるので、実際には橋掛りと本舞台には小さい明りが点いています。それで、舞台がほどほどの暗さになっています。
 今回は、詞章に「市原野辺に住む姥」とあるのを受けて、ツレの小町は年配女性の面の曲見に紅無しの唐織で登場し、中入りして若い小町として小面に紅入りの唐織で登場するため、馬場あき子さんによると、舞台裏では装束着付け方が戦場のように大変だそうです。

 洛北八瀬で夏暗安居する僧に毎日木の実や薪を持って来る女がいるので、僧は今日こそ素性を尋ねようと待っていると、いつものように現れた女は、木の実尽くしを語って、小野小町であることをほのめかして去っていきます。
 僧が小町の霊を弔っていると、小町の亡霊が現れ、僧に受戒を請いますが、深草少将の霊が現れ、自分を残していくのかと恨み、共に愛欲の地獄の中に留まろうとします。僧は、二人が小町と少将であると知ると、懺悔のために百夜通いの様を見せるよう所望します。少将は、雨の日も雪の日も鬼の出るような暗い日も通い続け、あと一日となった夜は、嬉しさのため、風折烏帽子に花摺衣の色襲ね、裏紫の藤袴、紅の狩衣という姿で出向いたが、百日目に母親が死んで通えなかったため、想いを遂げられなかったことを見せます。
 すべてを語り懺悔した二人は僧の祈りにより共に成仏して去っていきます。

 前場で中年女性の姿で登場した小町の霊が中入り後、昔の若々しい小町の姿で登場しますが、大島輝久さんの小町は、とても可愛くて綺麗で気品があります。
 後場で登場するシテの友枝さんの深草少将、痩男の面に黒頭。幕の中から「いや、叶うまじ」と不気味に声が響き、怪しく登場。
 「さらば煩悩の犬となって 打たるると離れじ 恐ろしの姿や袂を取って 引き留む」で、後ろから小町の袖を取って、肩をぐっと掴むところが凄くて、まさに煩悩の犬となる情念の深さが尋常ではありません。
 百夜通いの様は、哀しく苦しく凄まじく、それが「多くの罪を滅して」ゆっくり晴れやかに、静かに手を合わせて、穏やかに魂が浄化していくのでした。

 第一部の『班女』、第二部の『通小町』と、短い時間でまったく違う役に転じて、観る者を惹きつけてしまう友枝昭世さん。やはり、凄いなあと改めて感じました。
2009年7月20日 (祝) 神遊第38回公演 夕方の部ろうそく能
会場:宝生能楽堂 開演:18:30

解説:神遊

「清水」 太郎冠者:野村萬斎、主人:野村万之介       後見:時田光洋

火入れ

『紅葉狩』鬼揃
 シテ(上臈・鬼人):観世喜正
 ツレ(侍女・鬼女):遠藤喜久、鈴木啓吾、奥川恒治
 ワキ(平維茂):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博、森常太郎
 間(供の女):破石晋照
 間(末社の神):竹山悠樹
 大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌隆之
 後見:長沼範夫、弘田裕一、駒瀬直也
 地謡:谷本健吾、桑田貴志、坂真太郎、小島英明、古川充、佐久間二郎

 解説には、いつものように観世喜正さんが登場。実は、プログラムに「解説・神遊」と書いてあったのは、他のメンバーにも出てもらおうと思ったからだそうですが、皆いやだと言うので、また自分だけが出ることになったとのことでした。神遊の他のメンバーの話も聞いてみたかったですね。

「清水」
 先日は、狂言劇場で万作さんと深田さんで観たばかりですが、今回は萬斎さんの太郎冠者と万之介さんの主人です。
 なんか、いじらしくて可愛らしかった万作さんの太郎冠者とはまた違い、鬼に化けて、ちょっと調子に乗って言ってるぞという感じの萬斎太郎冠者。鬼が太郎冠者だと気付いても、もう一度、清水へ行って懲らしめてやろうという主人も万之介さんらしい、おとぼけと意地悪さが出ていてこれは、また違った面白さがありました。

『紅葉狩』鬼揃
 電気が消され、舞台の周りの白洲に置かれた燭台のろうそくに火が灯されると薄暗い舞台がろうそく能の雰囲気を盛り上げてくれます。
 舞台正面後ろの大小前に一畳台に紅葉山の作り物が置かれます。
 喜正さんの上臈が侍女たちを引き連れて登場するとさすがに華やかです。ワキの維茂一行が女たちの酒宴に誘われて、上臈たちの舞い謡いとなり、喜正さんの朗々とした謡い舞いが一層華やかな雰囲気を盛り上げてくれますが、維茂が寝入ると、橋掛りをササ〜っと姿を消す女たちがいかにも怪しげな雰囲気。
 末社の神、竹山さんが現れて、維盛に八幡大菩薩のお告げを伝えると、驚いて目を覚ました維茂の前に女たちが鬼の正体を現して襲ってきますが、維茂は八幡大菩薩を心に念じて立ち向かい、鬼たちを討ち払います。
 鬼の軍団が舞台に揃い襲いかかる場面も面白く、豪華絢爛な舞台。華やかさと話の展開の面白さが飽きさせず、思わず引き込まれてしまいます。ろうそく能の薄暗さが怪しさを引き立てていて、この曲はぴったりでした。
2009年7月20日 (祝) 第12回 座・SQUARE公演
会場:国立能楽堂 開演:13:00

解説:山井綱雄

『蝉丸』
 シテ(逆髪):井上貴覚
 ツレ(蝉丸):辻井八郎
 ワキ(清貫):宝生欣哉
 ワキツレ(輿舁):大日方寛、野口能弘
 アイ(博雅三位):深田博治
 笛:槻宅聡、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:安福光雄
 後見:本田光洋、横山紳一
 地謡:本田布由樹、本田芳樹、金春憲和、中村昌弘
    金春穂高、金春安明、吉場広明、山井綱雄

「雷」
 雷:野村萬斎
 藪医者:石田幸雄
 地謡:深田博治、高野和憲、岡聡史
 後見:月崎晴夫

『舟弁慶』遊女ノ舞 替ノ出
 シテ(静御前・平知盛の霊):高橋忍
 子方(源義経):山本慧
 ワキ(武蔵坊弁慶):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博、森常太郎
 アイ(船頭):野村萬斎
 笛:藤田次郎、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:吉谷潔
 後見:高橋汎、金春穂高
 地謡:中村一路、本田布由樹、中村昌弘、後藤和也
    井上貴覚、辻井八郎、山井綱雄、本田芳樹

附祝言

 今回は、山井さんが解説で、能のシテは井上さん、高橋さんが務めます。
 黒紋付に袴姿で登場した山井さん、「この舞台のチケットが完売しました!」と満面の笑みでご報告、よっぽど嬉しかったらしく「もう一度言っていいですか」と2度も連呼です(笑)。
 ユーモアを交えた楽しい演目解説のあと、お調べの音が聞こえてくると、「お前早く帰ってこいという催促の演奏ですね。実はとっくに時間オーバーしてまして」と、最後に「金春流能楽師のプライドを持って、しっかりお見せしたい」と語って行かれました。

『蝉丸』
 延喜帝の第四皇子蝉丸は、生まれながらに盲目のため、父帝の命により逢坂山に捨られることになります。侍臣の清貫は蝉丸を哀れに思い帝の行いを嘆きますが、蝉丸は、「前世の業深きゆえ盲目と生まれたこの身が来世も同じような業を背負わぬように現世に罪業を果たさせようとの慈悲の心からお命じになったのだ」と清貫を諭します。
 髪を下ろして僧形となり、一人残された蝉丸のもとに、博雅三位がやってきて、蝉丸を不憫に思い、藁屋を用意してくれます。その藁屋に身を寄せた蝉丸は、琵琶だけを心の慰めとして日々を送るのでした。
 一方、蝉丸の姉宮逆髪も、髪が逆立つ奇病に悩まされ、諸方を彷徨い巡っていましたが、偶然、逢坂山で藁屋から聞える琵琶の音に引かれて盲目の弟と再会します。姉弟はお互いの哀れな境遇に共に涙しますが、やがて姉は再び旅立ち、弟は見えない眼で、姉宮を涙ながらに見送るのでした。

 輿に乗せられて登場する蝉丸は直垂に烏帽子、面は盲目で弱々しいけれど、高貴な雰囲気が漂っています。盲目というだけで捨てられるというのは理不尽な感がしますが、これも父帝の慈悲と、自らの運命を静かに受け入れる蝉丸には悲しい美しさがあります。
 それでも一人になると琵琶を抱きながら泣き伏す蝉丸のもとに、博雅三位でアイの深田さん登場。しかし、博雅三位が括袴っていうのもちょっと違和感。これは狂言方だからしょうがないのかなぁ。もうちょっとそれらしい装束でも良さそうなんだけど。
 さて、その後、シテの逆髪の登場ですが、髪は両脇にほつれ髪を垂らしたくらいで、逆立ってはいません。他流では黒頭を使っていたような気がします。山井さんが「今なら、ストレートパーマで直せる(笑)」と言っていたように、強い天然パーマだったんでしょうか。それはさておき、眉根を寄せた独特の表情の面で、笹を担いだ狂女の態で現れます。橋掛りで、ひやかす子供たちに「童、何を笑うか、逆さまなる髪がそんなに可笑しいか」と叱る逆髪。「花の種は地に埋まって林の梢に上り、天の月は水に映って底に沈む、これをいずれが順と見、逆というか。」「自分は帝の子なれど庶民にくだり、髪が逆立って星霜を戴く、これみな順逆の二つなりおもしろや」と、何が順で何が逆か、狂っているというより、憤怒を秘めて、理不尽な世の中に抗しているような逆髪には、高貴で凛とした強さが感じられます。
 再会した姉弟がお互いの身の哀れさに涙しながらも、姉の逆髪は弟の元を去って、また放浪の旅に出ていきます。運命を受け入れる弟と、世の中の理不尽に抗していく姉と対極にある二人の一時の再会と別れが心に響きました。

「雷」
 先日、世田谷パブリックシアターでの「雷」を観て、今回の能楽堂バージョンの「雷」ですが、配役も前回と同じ。揚幕の中から「ぴかーり!がらがらがらがら」と登場する雷様。たしかに、逃げまどう石田藪医者を追いかけているようにも見えます(笑)。でも、それはそれで面白い。
 五寸釘のような針を打たれて「あいた、あいた」と悶える場面は、やはり大ウケ。
 山井さんが解説で言っていた「にほんごであそぼ」でお馴染みの「なま萬斎さんのなま雷」に、見所の子供たちも大いに喜んだ様子で、可愛い笑い声が聞こえていました。

『舟弁慶』遊女ノ舞・替ノ出
 子方の山本慧くんは、小学5年生で、プログラムに「幼稚園の頃から稽古を始め、『一生能の稽古を続ける』と宣言してくれた」と紹介されていましたが、橋掛りを出てきたときから、しっかりしていて凛々しい感じでした。なかなか頼もしい子方ですね。
 前場の静御前の舞では、途中、一度舞を止め、橋掛りに行って隠れるように涙を流し、また、気持ちを振り切って舞に戻るという型が入るのですが、これは、静の気持ちがよく現れていて胸に迫ります。
 橋掛りにアイの萬斎さんが登場すると、見所の目が引き付けられたようで、前の席の人たちが何人か萬斎さんの方を見て、「あの人が有名な・・」と、隣に耳打ちしてる人もあり。まあ、そんなに周りに迷惑になるほどじゃなかったからいいけど・・・。
 静御前を船頭が慰めながら送って行くところなどの演出はちょっとくどいかなと・・・。
 しかし、船頭が船を持って来る場面で、急いで揚幕に入ると、途端に枠組みだけの船を持って走り出てくる場面はやっぱり思わず笑ってしまいます。船漕ぎの場面でも「波よ、波よ、波よ」とバッサ、バッサと髪振り乱しての大揺れ(笑)。
 いよいよ知盛の亡霊が波間に現れ、義経一行に襲いかかる場面ですが、どちらかというと迫力よりも美しく端正な感じの知盛の亡霊でした。

 終わってからの会場では、「これだけのメンバーが揃って、有名人も見られたし」なんて声も聞かれましたが、皆さん満足の様子。
 なにより「座・SQUARE」のメンバーの意気込みと熱意が感じられて、よい会でした。面白かった。
2009年7月12日 (日) 萬狂言 夏公演
会場:国立能楽堂 開演:14:30

ご挨拶:野村万蔵

「痺」 太郎冠者:野村眞之介、主人:野村萬

「悪太郎」 悪太郎:野村扇丞、伯父:野村祐丞、僧:野村万禄

小舞
「土車」 野村拳之介
「海道下り」 野村虎之介
「道明寺」 野村太一郎
            地謡:野村万禄、野村萬、吉住講

素囃子「羯鼓」 大鼓:安福光雄、小鼓:幸信吾、笛:松田弘之

「蛸」 蛸の霊:野村万蔵、旅僧:小笠原匡、所の者:山下浩一郎
    地謡:野村万禄、野村萬、吉住講

 最初に万蔵さんが出てきて今日の演目の解説。ユーモアを交えての分かりやすい解説で、さすが慣れてらっしゃる。

「痺」
 万蔵さんの三男の眞之介くんとお祖父ちゃんである萬さんの共演。この太郎冠者は、子供がやることが多い役ですが、まだ5歳の眞之介くんが台詞もはっきり、演技もしっかりしてきたなあと感心しました。主人に使いを命じられると「あいた、あいた」と急に痺れがきれたり、痺れが「ぽっ」と返事をするところなど、思わず可笑しさと可愛さで笑ってしまいます。

「悪太郎」
 ちょっと童顔で可愛らしい感じの扇丞さんの悪太郎ですが、大髭をつけての大酒飲みの乱暴者ぶりはいつもと違って憎々しげ。祐丞さんの穏やかな伯父はぴったりな役です。道端で寝ている間に頭を剃られ、衣を着せられて「今日から、お前の名は南無阿弥陀仏」だと言われ、夢のお告げと思った悪太郎が通りがかった僧の念仏に一々返事をして、僧が訝しがる場面や二人で踊り念仏になる場面は、なんとなくトボけた雰囲気の万禄さんときょとんとした眼の扇丞さんのコンビが面白さを増して楽しかったです。

 小舞では、小学生の拳之介くん、中学生の虎之介くん、大学生の太一郎さんと、若い三人が舞いを見せてくれ、特に虎之介くんは、舞の型もしっかりして美しく、成長ぶりに感心。それに、なかなかハンサムになりましたね(^^)。大学生の太一郎さんは、とっても力強い舞でかっこよかったです。髪を伸ばしてみたい時期なんでしょうが、ちょっとボサボサな感じが気になりました。

「蛸」
 能のパロディーなので、ワキの旅僧が現れ、その前に幽霊の化身が登場して、土地にまつわる話を聞かせて消え失せると、アイの所の者が事情を詳しく語ります。やがて僧が弔っていると、幽霊の本体が後シテとして現れて、生前のことを謡い舞うという夢幻能の典型で演じられますが、その幽霊が漁師にとられた蛸というのが狂言らしいところ。ワキの旅僧の念仏が「生だこ、生だこ」だったり、大蛸が漁師の網にかかって食べられた有様を謡い舞うところが面白く、それを、皆、大真面目に演じているところがツボです(笑)。