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能楽鑑賞日記

2005年12月27日 (火) 乱能 ―おまけ― 第二部 配役
 観に行けなかった第二部ですが、プログラム配役をアップ
 二部のポイントは子方義経ならぬ巨漢義経だそうです(笑)

能『鷺』
シテ:一噌庸二(笛方一噌流宗家)
王:一噌隆之(笛方一噌流)
ワキ:藤田次郎(笛方一噌流)
大臣:山本泰太郎(狂言方大蔵流)
ワキツレ:山本則孝(狂言方大蔵流)、小野寺竜一(笛方一噌流)
輿:桑田貴志(シテ方観世流 九皐会)、小島英明(シテ方観世流 九皐会)
アイ:遠藤喜久(シテ方観世流 九皐会)
笛:観世喜之(シテ方観世流 九皐会 古稀)
小鼓:長田驍(シテ方喜多流 名古屋)
大鼓:観世榮夫(シテ方観世流)
太鼓:本田光洋(シテ方金春流)
地頭:柿原崇志(大鼓方高安流)
地謡:柿原光博(大鼓方高安流)、高野彰(大鼓方高安流)、野村小三郎(狂言方和泉流 
   名古屋)、梶谷英樹(太鼓方金春流)深田博治(狂言方和泉流)高野和憲(狂言方
   和泉流)、鳥山直也(小鼓方観世流)
後見:福井啓次郎(小鼓方幸清流 名古屋)、河村総一郎(大鼓方石井流 名古屋)

舞囃子「高砂」
シテ:大蔵千太郎(狂言方大蔵流)
笛:高橋忍(シテ方金春流 座・SQUARE)
小鼓:井上貴覚(シテ方金春流 座・SQUARE)
大鼓:辻井八郎(シテ方金春流 座・SQUARE)
太鼓:山井綱雄(シテ方金春流 座・SQUARE)
地頭:善竹十郎(狂言方大蔵流)
地謡:善竹富太郎(狂言方大蔵流)、善竹大二郎(狂言方大蔵流)

狂言「柿山伏」
山伏:観世銕之丞(シテ方観世流)
畑主:梅若靖記(シテ方観世流)
後見:馬野正基(シテ方観世流)

舞囃子「山姥」
シテ:森常好(ワキ方下掛宝生流)
笛:坂真太郎(シテ方観世流 九皐会)
小鼓:梅村昌功(ワキ方下掛宝生流)
大鼓:佐久間二郎(シテ方観世流 九皐会)
太鼓:遠藤和久(シテ方観世流 九皐会)
地頭:徳田宗久(太鼓方観世流)
地謡:桜井均(太鼓方金春流)、小寺真佐人(太鼓方観世流)

狂言「禰宜山伏」
山伏:野村昌司(シテ方観世流)
禰宜:観世喜正(シテ方観世流 九皐会)
主人:山井綱雄(シテ方金春流 座・SQUARE)
大黒:塩谷武治(シテ方観世流 大阪 白寿!!)
後見:塩谷惠(シテ方観世流 大阪)

舞囃子「吉野夫人」
シテ:河村総一郎(前述)
笛:長沼範夫(シテ方観世流 九皐会)
小鼓:長山耕三(シテ方観世流 九皐会)
大鼓:武田文志(シテ方観世流)
太鼓:武田友志(シテ方観世流)
地頭:大江照夫(太鼓方金春流)
地謡:後藤孝一郎(小鼓方幸清流 名古屋)、幸信吾(小鼓方幸流)

能『小袖曽我』
十郎:安福建雄(大鼓方高安流宗家預かり 人間国宝)
五郎:安福光雄(大鼓方高安流)
母:高野彰(前述)
トモ:大川典良(太鼓方金春流)、梶谷英樹(前述)
アイ:柿原弘和(大鼓方高安流)
笛:中所宜夫(シテ方観世流 九皐会)
小鼓:弘田裕一(シテ方観世流 九皐会)
大鼓:金春安明(シテ方金春流)
地頭:亀井俊一(小鼓方幸流)
地謡:野中正和(小鼓方幸清流)、古賀裕己(小鼓方大倉流)、後藤嘉津幸(小鼓方幸清
   流 名古屋)、森澤勇司(小鼓方幸清流)、月崎晴夫(狂言方和泉流)
後見:寺井久八郎(笛方森田流)、工藤和哉(ワキ方下掛宝生流)

狂言「六地蔵」
すっぱ:駒瀬直也(シテ方観世流 九皐会)
田舎者:鈴木啓吾(シテ方観世流 九皐会)
すっぱ仲間:佐久間二郎(前述)、小島英明(前述)
後見:古川充(シテ方観世流 九皐会)、坂真太郎(前述)

能『船弁慶』
シテ:善竹十郎(前述)
義経:善竹富太郎(前述)
ワキ:善竹大二郎(前述)
ワキツレ:幸信吾(前述)、大藏基誠(狂言大蔵流)
アイ:武田志房(シテ方観世流)
笛:津村禮次郎(シテ方観世流)
小鼓:小早川修(シテ方観世流)
大鼓:清水寛二(シテ方観世流)
太鼓:山本則俊(狂言方大蔵流)
地頭:助川治(太鼓方観世流)
地謡:佃良勝(大鼓方高安流)、山本泰太郎(前述)、山本則孝(前述)、大蔵千太郎(前
   述)、高野和憲(前述)
後見:一噌庸二(前述)、則久英志(ワキ方下掛宝生流)
2005年12月27日 (火) 観世喜之古稀記念祝賀「乱能」第一部
場所:国立能楽堂 10:00開演

 観世喜之さんの古稀祝いで催された乱能です。第二部もありましたが、どちらも4時間にわたる催し。私は別用のため第一部のみの鑑賞です。
 能では、シテ方(シテ〔主役〕・ツレ・地謡・後見)、ワキ方(ワキ〔脇役〕・ワキツレ)、狂言方(狂言・アイ〔間〕)、囃子方(笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)とそれぞれ専門パートがあり、普段は決してシテ方がワキをやったり、狂言方がシテをやることはありません。でも、一人前になるまでの習いとして皆、お囃子と謡い舞いの稽古をしてきています。
 乱能は、それぞれの専門とは違うパートを受け持って発表する場所。本職顔負けに上手いか、はちゃめちゃで面白いか、お楽しみ会の要素も強く、隠し芸大会みたいで楽しいです。配役は省略しようかと思いましたが、珍しいのでプログラムを元に書いておきます。

能『鶴亀』
シテ:観世元伯(太鼓方観世流)
ツレ(亀):鳥山直也(小鼓方観世流)
ツレ(鶴):小寺真佐人(太鼓方観世流)
ワキ:古賀裕己(小鼓方大倉流)
ワキツレ:野中正和(小鼓方幸清流)、梶谷英樹(太鼓方金春流)
アイ:観世喜正(シテ方観世流、九皐会)
笛:野村小三郎、野口隆行(狂言方和泉流、名古屋)
小鼓:辰巳満次郎(シテ方宝生流)
大鼓:駒瀬直也(シテ方観世流、九皐会)
太鼓:山本順之(シテ方観世流)
地頭:森常好(ワキ方下掛宝生流)
地謡:久田舜一郎(小鼓方大倉流、大阪)、福井啓次郎(小鼓方幸清流、名古屋)
   山本則孝(狂言方大蔵流)、深田博治(狂言方和泉流)、竹山悠樹(狂言方和泉流)
後見:野村又三郎(狂言方和泉流、名古屋)、善竹十郎(狂言方大蔵流)

狂言「附子」
太郎冠者:山崎有一郎(能楽評論家、横浜能楽堂館長)
次郎冠者:近藤乾之助(シテ方宝生流)
主人:観世喜正(シテ方観世流、九皐会・古稀)
後見:泉泰孝(シテ方観世流)

一調「蝉丸」
謡:久田舜一郎(前述)  大鼓:観世喜正(前述)

舞囃子「葛城」大和舞
シテ:柿原崇志(大鼓方高安流)
笛:坂井音晴(シテ方観世流)
小鼓:坂井音重(シテ方観世流)
大鼓:坂井音隆(シテ方観世流)
太鼓:坂井音雅(シテ方観世流)
地頭:工藤和哉(ワキ方下掛宝生流)
地謡:梅村昌功(ワキ方下掛宝生流)、則久英志(ワキ方下掛宝生流)

舞囃子「鞍馬天狗」
シテ:寺井久八郎(笛方森田流)
笛:桑田貴志(シテ方観世流、九皐会)
小鼓:足立禮子(シテ方観世流)
大鼓:深田博治(前述)
太鼓:五木田三郎(シテ方観世流、九皐会)
地頭:一噌隆之(笛方一噌流)
地謡:大川典良(太鼓方金春流)、小野寺竜一(笛方一噌流)

狂言「盆山」
盗人:遠藤六郎(シテ方観世流、九皐会)
主人:永島忠侈(シテ方観世流、九皐会)、後見:三宅右矩(狂言方和泉流)

舞囃子「草子洗小町」
シテ:福井啓次郎(前述)
笛:鈴木啓吾(シテ方観世流、九皐会)
小鼓:観世喜正(前述)
大鼓:長山禮三郎(シテ方観世流、九皐会)
地頭:安福建雄(大鼓方高安流宗家預かり、人間国宝)
地謡:國川純(大鼓方高安流)、大藏基誠(狂言方大蔵流)

一調「勧進帳」
謡:観世元伯(前述)  大鼓:野村四郎(シテ方観世流)

狂言「蚊相撲」
大名:武田宗和(シテ方観世流)
蚊:関根祥人(シテ方観世流)
太郎冠者:馬野正基(シテ方観世流)

一調「玉之段」
謡:大江照夫(太鼓方金春流)  小鼓:中森晶三(シテ方観世流)

一調「遊行柳」
謡:亀井忠雄(大鼓方葛野流宗家預かり、人間国宝)  太鼓:友枝昭世(シテ方喜多流)

仕舞「笠之段」
   野村又三郎(前述)
地頭:後藤孝一郎(小鼓方幸清流、名古屋)
地謡:野中正和(前述)、森澤勇司(小鼓方幸清流)

能『羅生門』
シテ:幸清次郎(小鼓方幸清流宗家)
ワキ:後藤嘉津幸(小鼓方幸清流、名古屋)
ワキツレ:國川純(前述)、柿原光博(大鼓方高安流)、徳田宗久(太鼓方観世流)
     桜井均(太鼓方金春流)、小寺真佐人(前述)、月崎晴夫(狂言方和泉流)
アイ:本田芳樹(シテ方金春流)
笛:古川充(シテ方観世流、九皐会)
小鼓:奥川恒治(シテ方観世流、九皐会)
大鼓:中森寛太(シテ方観世流、九皐会)
太鼓:柴田稔(シテ方観世流)
地頭:佃良勝(大鼓方高安流)
地謡:助川治(太鼓方観世流)、柿原弘和(大鼓方高安流)、安福光雄(大鼓方高安流)
   大藏基誠(前述)、森澤勇司(前述)、則久英志(前述)、竹山悠樹(前述)
後見:山本則俊(狂言方大蔵流)、森常好(前述) 

全部は書けないので、印象に残ってるとこだけ書きます。

 能『鶴亀』は、最初に出てきたアイの観世喜正さんは声が良くて素敵な官人でした。シテの玄宗皇帝役の太鼓方の観世元伯さん、冠を被っていると貴公子風でなかなか様になってました。笛の野村小三郎さんは以前、狂言でも(題名忘れましたが)笛を吹く珍しい役があって、笛を吹くのを聴いたことがあります。結構上手ですよ。今回はプログラムには載っていませんでしたが、同じ又三郎家の野口隆行さんと途中で交代しながら吹いていました。

 狂言「附子」では、横浜能楽堂館長が出てましたが、主人役の観世喜之さんが、戻ってきた時「92歳の太郎冠者と80近い次郎冠者」と言ってました!喜之さんは古稀(70歳)、それじゃあ科白覚えられなくてもしょうがない。最後には後見の泉さんが葛桶を片しながら、科白に詰まっている太郎冠者に「ちょっと待て」と言って、台本を出して、ほとんどプロンプ付けっぱなしでした(笑)
 狂言「盆山」の後見はプログラムには観世流シテ方の遠藤喜久さんの名が載ってましたが、出られなかったのか、狂言方の三宅右矩さんが代わりに出てました。

 一調「勧進帳」太鼓方観世元伯さんの謡にシテ方野村四郎さんの大鼓は正統派。
 狂言「蚊相撲」第一部ではこれが一番面白かった。太郎冠者役のシテ方馬野正基さんは終始山本家独特の語尾の上がる台詞回しで、「なぜ、こういう言い方かというと泰太郎殿と仲が良いからでござる」と言ってました(笑)動きも様式性の強い山本家風、終りのほうではさらにその動きを強調させてました(笑)。蚊の精のシテ方関根祥人さんが、大名に得意なものを聞かれて「ホトケ倒れ・・・観世流謡い」等と言ってみたり、大名役のシテ方武田宗和さんにいきなり「謡いを謡ってみろ」と振られて苦笑い。リクエストに答えて「猩々」を舞いながら謡ってくれました。大名は蚊の精に負けて「祥人には負けたくなかった」と言って、ちょっと悔しそう(笑)。例の大きな団扇登場ですが、団扇にあおがれて負けてしまう蚊の精、面を取って棒を加え、再び向かっていったと思ったら、団扇にあおがれて見事なホトケ倒れ。体を真っ直ぐにしたままバッタンと後ろに倒れました。大名を倒して引き揚げる時にも欄干越えを披露して大サービスでした!最後に腹立ち紛れに大名にお前は何だと言われた馬野太郎冠者の「泰太郎冠者でござる」には笑っちゃいました。

 一調「遊行柳」の大鼓方亀井忠雄さんの謡にシテ方友枝昭世さんの太鼓は見事な正統派。気持ち良さそうに謡う忠雄さんに友枝さんの太鼓も見事。撥さばきも決まっていて美しい。見所も緊張して聴き入ってました。これを目当てに来た人もいたようです。私の隣りの席にいた人はこの一調が終わると「これで今日のもとは取れた」と言ってました。
 仕舞「笠の段」の狂言方野村又三郎さんの舞は流石に素敵です。小鼓方の謡いがもう少し力強く合ってると良かったけど。

 能『羅生門』では、ワキの綱役の小鼓方後藤嘉津幸さんとワキツレの頼光役国川純さんの謡いが上手くてびっくり!お囃子は笛が最初のピーっという音(ヒシギというのでしょうか)が出なくて息ばかり、思わず見所も笑ってしまいましたが、小鼓、大鼓は中々のもの。特にシテ方中森寛太さんの大鼓は掛け声も堂に入っていて本職顔負けと思いました。
2005年12月24日 (土) 伝統の現在Next2「海神別荘」〜夢幻能形式による
場所:紀伊国屋ホール 14:00開演

原作:泉鏡花
演出:加納幸和(花組芝居)

【配役】(登場順)
浦人・沖の僧都・女房・博士:石田幸雄(狂言方和泉流)
       旅の青年・公子:茂山逸平(狂言方大蔵流)
      コロス・侍女・騎士:宇貫貴雄、小林大介、美斉津恵友、堀越涼(花組芝居)
              美女:味方玄(能シテ方観世流)
           演奏(笛):松田弘之(能楽笛方森田流)

 原作は読んでいませんが、それでも充分楽しめました。
 前回の石田幸雄、淡朗親子での「高野聖」が印象的だったので今回もどんな劇になるのか楽しみでした。花組芝居のメンバーの体や扇を使っていろいろな事物を表現する方法も面白く、それは今回もいかんなく発揮されていました。

 舞台は岩壁の洞窟の中のようなセットですが、はじめは浦人の老人と旅の学生が出会う海岸になったり、海底の公子の館になったりします。海岸のシーンでは断崖絶壁の下の砂浜のように見えるし、そのままのセットで海の底の世界のように見えます。
 初めは誰もいない舞台に笛のお調べが聞こえ、笛方の松田さんが出てきて舞台の左奥に座ります。能の始まりと同じですね。
 やがて、笠を被った浦人の老人(石田さん)が現れ、海に向かって祈り始めます。そこに、京都から来た旅の学生が現れて、海の美しさに感激していると、老人は、かつて大津波があって、村の娘が海底にさらわれた話をします。老人はそれは自分の娘だとあかし、やがて老人の回想世界に入っていきます。
 舞台は海底の公子の館、娘は海に眠る財宝と引き換えに海底の公子のもとに嫁ぐのです。その道行きから、館へ着いてからの二人のやりとり、そこで交わされるのは甘い愛の言葉ではなく、人間の愛の偽りと欲望の深さ、自然への無知、美への冒涜等、皮肉な論争のあげく、失望した公子は美女を殺そうとするのです。しかし、その公子の姿に初めて凛々しさ、真の美しさを見たという美女と和解し、末永く添い遂げようと誓い合うのでした。
 
 石田さんは前半の老人から、美女を連れて行く沖の僧都、海底の女房、博士役と大活躍。「敦」のような丸眼鏡をかけた博士は特におちゃめでした。
 美女役の味方さんは関西の方なので初めてですが、美しい!科白は「です、ます」調の現代語を謡いで能がかりの科白まわしなのですが、あまり違和感はありませんでした。海底に貢物としてきた美女のほうが海底の世界では異界のもの。
 4人のコロスは黒紋付に左右が赤と緑に分かれた裃に袴姿。それで腰元になったり騎士になったり、身代の魚や蛸を体で表現したり、扇を使ってサメや蛇を表したり、手に持つ金属の棒が道行の美女を映し出す鏡になったり、美女の籠や刀になったりと、今回も花組芝居の面々の身体表現と道具の使い方はとても面白く感心しました。
 そして、逸平君は海底の公子(若君と呼ばれています)らしく、我が儘やんちゃな面と、サメに襲われた腰元を助ける雄々しさ、凛々しさ、美女を殺してしまえと言う時の冷酷さを見事に表現し、狂言の時とはまったく違うかっこ良さ。逸平君カッコイイ〜♪と本当に思ってしまった(*^^*)これ、夫君も「こんなにカッコイイとは思わなかった、狂言の時と全然違うな」と言ってました。
 美女と公子の諍いの場面も、能の謡いと現代語のやりとりは生々しさを消して不思議な雰囲気。それでも、あまり違和感を感じないのは、やはり、逸平君が能の間、空気を知っているからではないかと思いました。
 最後の美女と公子の連れ舞も美しく、幻想的な雰囲気を醸し出してこの舞台にピッタリでした。
 こういう劇なら、また観たいと思います。「夜叉ヶ池」もこんな幻想的な舞台にして欲しかったなあ。
 
2005年12月23日 (祝) 第24世宗家大藏彌右衛門虎智3回忌追善公演 大藏会
場所:国立能楽堂 14:00開演

「鶏聟」古式
  舅:大藏吉次郎、聟:大藏教義、太郎冠者:榎本元、教人:宮元昇

「狐塚」
  太郎冠者:善竹十郎、主人:善竹富太郎、次郎冠者:善竹大二郎

小舞「光」大藏彌太郎

「泣尼」
  住持:山本東次郎、檀家:山本則俊、尼:山本則直

「禰宜山伏」
  禰宜:大藏千太郎、山伏:大藏基誠、茶屋:大藏彌太郎、大黒:大藏彩乃

 先代宗家の3回忌追善公演ということで、大藏流重鎮揃い踏みというところです。先だって行なわれた奈良公演では、東京在住の善竹十郎家にかわって関西在住の善竹徳一郎さんが出演、山本家にかわっては茂山千作さん、茂山忠三郎さんが出演しています。演目も善竹さんが「清水」茂山さんが「惣八」だったようです。

「鶏聟」古式
 聟入りをすることとなった若者が、作法を教わろうと知り合いの男のもとに出かけるが、男は若者の無知をからかってやろうと、鶏の鳴きまねをするのが当世流だと教える。それを信じて舅のところへ行った若者は、いきなり鶏のまねを始め、舅を驚かせるが、騙されていると察した舅は聟に恥をかかせまいと自らも同じように鶏のまねをする。

 だいの大人二人が鶏の鶏冠に見立てた赤い布をかけた洞烏帽子を被り、手をばたばたさせて「こきゃー」と大真面目に鶏の真似をする姿が、いつ観ても面白い。今回は聟入りのところから地謡が入り、鶏の真似をしてのやりとりも謡い舞い仕立てだったのが古式ということだったのでしょうか。二人の闘鶏に見立てた鶏の真似の舞仕立てを大真面目にやっているところがやはり面白かったです。和泉流では地謡は入らないようです。
 初めの名乗りも「舅に可愛がられる花婿でござる」ではなく「人の愛しがる花婿でござる」でした。教人に「煌びやかなことでござる」と言われれば得意そうに「とくと見てくだされ」と回ってみせる、世間知らずで無邪気な聟さんの表情も可愛らしい(^^)
 地謡は宗家彌太郎さんの声がよく聞こえてましたが、先日の山本家の3人とは思えぬ迫力の地謡と比べると人数が多いわりに、他の人たちの謡いが弱い感じがしました。
 以前他で観たのでは、烏帽子の先に赤い布を被せていたのですが、今回のは、烏帽子全体に赤い布を被せ、その布で赤頭巾ちゃんのように顎に蝶々結びをしていたのも可愛らしかった(^^)
 聟入りものは、めでたいものとして、聟に恥をかかせまいとする舅のやさしさ、人の良さがほのぼのとした後味のいい笑いを誘い、本当に楽しい気分になります。
 夫君もこのバカバカしいとも思える鶏の真似がツボで今回のお気に入りだったようです。

「狐塚」
 豊作の田を荒らされないようにと、主人は太郎冠者と次郎冠者に鳥追いを命じる。場所は夜になると悪い狐が出るという人里離れた狐塚。昼間は元気のよかった二人も夜には心細くなり、二人を酒を持って見舞いにきた主人を狐が化けたものと思い、松葉でいぶり出そうとする。

 恰幅のいい富太郎さんが主人、十郎さんが太郎冠者でしたが、いつもこの二人が雰囲気があって面白い。
 酒を持って見舞いにくるなんて家来思いの主人ですが、二人が狐だと疑っているとも知らず、お酒をふるまって上機嫌の主人。狐が化けていると疑って、気をそらせてはこっそり酒を捨て、尾が見えぬかと探ってみる太郎冠者と次郎冠者。
 富太郎さんは主人らしい貫禄があり、表情の変化も面白い。十郎さんは心細そうな言い方や次郎冠者としめし合わせて狐を暴こうとする仕草などが面白く楽しかったです。

小舞「光」
 これは昔からある狂言小舞ではなく、先代宗家が作った小舞謡いを彌太郎さんに贈ったもののようです。
 プログラムに先代宗家の写真とともにその送り文の原文の写しと思われる詞章がのっていました。
「人は皆 光を備え あきらけく 仁義禮智信を養ふ 心の魂 神も和光の恵み垂れ給ひ国は豊に 民栄え楽しき御代となすべしと 吾も磨かむ光り哉 吾も磨かむ光り哉」という詩です。短い舞ですが、先代の人柄の出た詞章で、彌太郎さんもしっかりと舞っていました。

「泣尼」
 近所には良い僧がいないと、男が隣り町の僧に説法を頼むが、経験不足で説法もしたことのない僧は近所のよく泣く尼を同席させれば、自分の話も有難味が増すと考え、尼に布施の半分を渡すと約束して、檀家の家で説法を始めます。ところが尼は泣くどころか居眠りするばかり。僧が説法を終わって布施を持って帰ろうとすると尼が約束の布施を貰おうと言うので、居眠りしていたものにはやれぬと尼を突き倒して逃げていくのでした。

 山本家3兄弟の中でも一番がっちりとした感じの則直さんが尼役で、とっても小さく可愛く見えました。
 尼に同行を頼むところでは、僧の言葉にすぐ泣く尼に「泣きにくいところで、よう泣いたものじゃ」と感心する僧の言葉がなんとも可笑しい。
 説法が始まると、うつらうつらと居眠りをはじめる尼を横目で見ながら扇で机を叩いたり、説法の中の言葉で「眠りをさます。えへん」と言ったり、「泣くなんだ。えへん 涙なり。えへん」など強調しては咳払いをしたりしても、とうとう横になって寝てしまう尼。だんだん、イライラとして青筋立ってくる坊さんと、初めは扇の音でふっと気がついて、ちょっときょろきょろする仕草の尼さん。いかにも居眠りを覚まされたという感じが出てて、でも、最後には眠気に勝てず扇であくびを隠していたかと思うとそのままごろりと横になってしまいます(大笑)
 大真面目な感じで、あまり笑わせようという感じのない山本家なのですが、その中にくすくすという笑いが起こり、かえってそこが面白かったりする。このごろ、山本家は癖になるという人の気持がわかるような気がします。

「禰宜山伏」
 とある茶屋で禰宜(神職)が休んでいると、そこに横柄で乱暴な山伏がやって来て言いがかりをつけ、荷物を持たせようとする。見かねた茶屋の亭主は大黒の像を持ち出し、二人に呪力の競い合いをして、勝った方が荷物を持っていくことにしようと持ちかける。山伏と禰宜の祈りあいに大黒の審判は・・・。

 今回は禰宜役千太郎さんの5歳の娘彩乃ちゃんが大黒さんの役、基誠さんが山伏役でした。以前、萬斎さんと彩也子ちゃん親子、三宅右近さんの山伏で観た「禰宜山伏」を思い出しました。
 今回も大黒さんの可愛いこと、可愛いこと(^^)。そして、気弱で情けなさそうな千太郎さんの禰宜に、いかにも横柄で威張っている基誠さんの山伏。ピッタリの配役でした。
 いつも硬い感じがしてしまう基誠さんが、出てきた時に歌舞伎の隈取りをした弁慶のように感じて、背が高いだけでなく、がっちりとして堂々とした感じでした。それに、いかにも横柄で乱暴な振る舞いがハマってました。
 千太郎さんは痩せて、基誠さんより背も低く、情けない表情といい、これも適役。
 可愛い大黒さんが、禰宜の祈りに浮かれて足拍子をふんで立ち上がるのに、山伏の祈りには槌で打とうとする。ついには大黒に打たれそうになって、山伏はほうほうのていで逃げていくのでした。
 子役が出るとそれだけでも和みます。彩乃ちゃんはどこか彩也子ちゃんに似ていてホント可愛かったです。
2005年12月22日 (木) 粟谷能の会 研究公演
場所:宝生能楽堂 18:30開演

仕舞
「邯鄲」粟谷明生    
「雨月」粟谷菊生     地謡:粟谷浩之、長島茂、出雲康雅、佐々木多門

能『木賊』
 シテ(松若の父):友枝昭世
    子方(松若):友枝雄太郎
    ツレ(里人):友枝雄人、井上真也、大島輝久
    ワキ(旅僧):森常好
 ワキツレ(従僧):舘田善博、則久英志
            大鼓:国川純、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:一噌仙幸
             地謡:粟谷充雄、金子敬一郎、狩野了一、内田成信
                 長島茂、粟谷明生、粟谷能夫、中村邦生
                            後見:香川靖嗣、塩津哲生

 仕事帰りで、ちょっと疲れ出てました。始まる前から睡魔に襲われていたので、仕舞は気がつくと目を瞑ってるので、あまり書けません。ただ、目が開いてた時見た感じは、明生さんは型もきちんとした舞、菊生さんは雰囲気のある舞という感じでした。

『木賊』
 「とくさ」と読みます。
 都の僧が、父と再会を願う幼い弟子の松若を連れて故里の信濃国を訪ねる。
 そこで、木賊刈りをしている男達に会い、僧は老人に名高い歌枕の伏屋の帚木(ははきぎ)ことを問い、老人の家に宿を借りることとなる。
 老人は歌舞が好きだった幼子に生き別れてしまったことを嘆き、形見の舞装束を身につけ、親子の情を語り、面影を偲んで狂い舞い、酔って、泣き伏してしまう。それを見た松若が名乗り、父子は感激の再会をする。と、いう話です。

 11月の能の講座の時、ゲストの友枝昭世さんが、「面白いと思う能」はという質問に「今、稽古している『木賊』」をあげておられたので、これは観てみたいと思っていました。老人の役ですから装束は地味です。
 でも、正面後ろの方の席から観ていた私には、親子の情を語っていた時に本当に老人の面が泣き、嘆いているように見えました。
 序之舞を舞っている時は、流れるような美しさよりも幼子を思い、悄然として歩く老人の姿が見えました。一噌仙幸さんのゆっくりとして長く後を引くような笛の音といい、内に込み上げるものをぐっと押さえて集中させていくような舞にこちらの意識も集中していきました。
 「子供の姿が見える」と狂いの様をみせ、また泣き伏してしまう老人に、松若が名乗りを上げて近寄ると、はっと気がついた老人が扇を替えて開き、喜びを現して抱き寄せる。愛おしそうに子の背に手を添えて二人で帰って行く姿には本当に良かったという気持になりました。
 最近の友枝昭世さんの能では、面が謡っている、泣いている、と思うことがよくあります。内側から突き上げてくるものをぐっと抑え、それでも溢れ出てくる思いのようなもの。静かで動きも少ないのに、そこに凝縮された表現力に惹かれます。
2005年12月16日 (金) 国立能楽堂定例公演
場所:国立能楽堂 18:30開演

狂言「縄綯」
  太郎冠者:山本東次郎
       主:山本則俊
      何某:山本則直

能『大江山』
  シテ(酒呑童子・鬼):友枝昭世
      ワキ(源頼光):森常好
   ワキツレ(独武者):舘田善博
ワキツレ(頼光の従者):森常太郎、則久英志、野口能弘、大日方寛
       アイ(強力):山本泰太郎
         アイ(女):山本則孝
              笛:松田弘之、小鼓:北村治、大鼓:柿原光博、太鼓:助川治

「縄綯」
 何回か観ている演目ですが、山本家では初めてで、東次郎さんを筆頭に山本家3兄弟がどう演じるかが楽しみでした。
 和泉流では、縄は本物の藁を使いますが、大蔵流では布を使います。それは、山本家も茂山家も同じでした。ちなみに和泉流では藁でちゃんと縄を綯えていたのは、私が観た限りでは又三郎さんだけでした(笑)
 山本家では、科白が独特のイントネーションですが、それだけでなく科白ももっと古い武家言葉というか?言い方が違ってました。
 博打に負けた主人が太郎冠者を借金のかたに出したとも知らず、使いだと思って何某のところに行った太郎冠者。何某に「お前は今日から、うちの太郎冠者だ」と言われてびっくり。主人の手紙を見せられて渋々納得するものの、事情を知って大むくれ。さっそく用を言いつける何某に何かと理由をつけては断る太郎冠者。
 則直さんの何某はぶっきらぼうで人使いが荒そうな雰囲気があり、太郎冠者が、借金のかたに出した主人に対してふてくされているだけでなく、こんな人に使われるのは嫌だなと思ったんじゃないかという感じがしました。
 和泉流では何某と相談した主人が博打に勝ったと言って太郎冠者を迎えに行くわけですが、大蔵流では何某が博打に負けたと言って元の主人の家に返します。
 帰った太郎冠者は、「こんなことではお内儀までも打ち込んでしまうのではないか」と、主人をたしなめ、騙して何某のところへ行かせたことに本当に怒っているという感じがしました。
 でも、縄を綯ってくれという言いつけには得意だから素直に従いながら、主人に縄の端をもってもらい、「何某の家であったことなど話しましょう」と話だす。
 この一人語りが見どころですが、何某や何某の妻の悪口、子供の子守をさせられて、こっそり苛めたことなど、途中で主人と何某が入れ替わったことも気付かず楽しそうに話すところが、嫌味や下品にならず、それでいて面白い東次郎さんの語りの上手さに感心しました。ほのぼの雰囲気の忠三郎さんともまた違う魅力がありました。

『大江山』
 源頼光が丹波国大江山に住む酒呑童子という鬼を退治せよと勅命を受け、山伏に変装し勇者を従えて鬼退治に行く話ですが、頼光の鬼退治の武勇伝を脚色したものには他に先日の「土蜘」や「羅生門」という能があるようです。
 ただ、この「大江山」では酒呑童子は単なる鬼ではなく、新興勢力である朝廷に対する、先住民族的な色彩が強く出ているので、悪者として描かれていません。
 桓武天皇に出家の人には手をださぬと固く約束したと言う酒呑童子は、道に迷ったと言って一夜の宿を求めてきた山伏一行を酒宴で歓待します。
 童子は元々住んでいた比叡山を延暦寺建立のために追い出され、大江山に隠れ住んでいるが、客僧達にも決して他言せぬよう頼むばかりでまったく疑う様子も無く、酔って寝所に入って寝てしまいます。
 夜更けにいっせいに童子の寝室に乱入した頼光一行が目にしたのは、身の丈二丈もある鬼神の寝ている姿。
 しかし、鬼は驚き信頼を裏切られたことに対し「ああ情けないお客僧たち、嘘偽りはないと言ったではありませんか。それなのに・・・。鬼神には偽り騙す事は無いものを」と嘆き、怒りをなして襲いかかってきます。頼光たちは勅命ゆえと切りかかり、頼光は鬼神に組み敷かれて危ういところを、下から刺し通してついに鬼神を倒します。
 童子の姿で現れる友枝さんは若々しくとても美しい童子に見えます。
 疑いを知らぬ童子の素直で優美な舞にはやはり心惹かれるものがあり、鬼神となって怒り戦うところのキッと相手を見据える力強さと品格も素晴らしい。
 それゆえ、鬼だからといってなぜ殺されなければならないのかという、世の不条理を感じます。
 アイは強力と鬼に捕らえられ鬼の世話をしている女の役で、頼光一行を手引きして酒呑童子の元に案内する女を強力が口説いて一緒に逃げていく間狂言が入ります。童話を元にした物語的な話で分かりやすく、終始楽しめる能でした。  
2005年12月15日 (木) 能楽観世座 第8回公演
場所:観世能楽堂 18:30開演

舞囃子「葛城」大和舞  観世銕之丞
       笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井忠雄、太鼓:観世元伯
       地謡:浅井文義、津田和忠、上田公威、藤波重彦、馬野正基

『屋島』大事 那須之語
 シテ(漁翁・源義経):観世清和
 ツレ(漁夫):岡久廣
 ワキ(旅僧):宝生閑
 ワキツレ(従僧):宝生欣哉、御厨誠吾
 アイ(屋島の浦人):茂山忠三郎
    笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井忠雄
    地謡:観世銕之丞、浅井文義、観世芳伸、清水寛二
        津田和忠、上田公威、藤波重彦、馬野正基
                             後見:関根祥六、木月孚行、武田尚浩

舞囃子「葛城」大和舞
 葛城山の女神が、岩橋を架けなかった罪で、不動明王の索に縛られ苦しんでいたのを、山伏の祈祷によって苦を免れた喜びを述べ、大和舞を舞い、暁の前に岩戸の中に消えていく。大和舞の小書により、序之舞が神楽に変わるもので、女神の気高さとともに、女っぽさも感じた銕之丞さんの舞でした。

『屋島』大事 那須之語
 先日の「至高の華」に続く、同じ演目。「那須之語」は初見の大蔵流で、茂山忠三郎さんが演じました。
 まず、「那須之語」は和泉流では肩衣に長袴ですが、忠三郎さんは半袴の太郎冠者スタイル。浦人という庶民の感じがしました。そして、那須の語りは狂言師の語りの見せ所で、三人の登場人物を動きを交えて語り分ける迫力ある間狂言なのですが、高齢の忠三郎さんがあの動きと語りがどこまでできるのか、正直ちょっと心配でした。
 登場人物によって場所を変える時、萬斎さんのようにさっそうと長袴の膝で滑るように位置を変えるのではなく、はじめ手をついて膝を移動させてから膝で動いて向きを変えていました。与市が畏まる場所も目付け柱側ではなく、橋掛かりのシテ柱側の位置で3者の場所を変えていました。
 馬が前にパカパカ動く動きはありませんでしたが、中々語りも動きも迫力はありました。面白かったのは、表情が厳しい表情ばかりでなく、柔和な表情もみせたりで、義経が家臣と話す時の顔の動きなどにも狂言的な写実味が垣間見えたのが、今まで観た和泉流の様式性の強い語りとは違ってました。
 それでも、場の雰囲気を壊すことはなく、浦人が僧の前で屋島の与市の扇の的の話を身振り手振りを交えて気合たっぷりに語って聞かせているという感じがしたのが、目から鱗の驚きでした。
 語りの内容で気がついたのは「17、8なる遊君が・・・」というところを「17、8なるけいせい(?)が」と言っていたような、はっきり覚えてないので、すいません。でも遊君ではなくって、違う言い方でした。最後の「乳すわい、乳すわい」は「乳吸わせいやい、乳飲ませいやい」でした。
 シテの観世清和さんの後場では、義経の霊と僧の宝生閑さんとの掛け合いが凄く迫力があったのにびっくり。義経の勇壮に戦う中に、死しても修羅道に堕ちて戦い続ける凄まじさと苦しさが見えてきました。
 観終わってみれば、演者の力量もバランスも良く、主役は義経の霊であり、しっかりした能本体の中に間狂言の那須之語も違和感なく、しっくり納まっている。
 これが、本来の「『屋島』大事 那須之語」なんじゃないかと思ったものです。  
2005年12月11日 (日) 至高の華 第二部
場所:国立能楽堂 16:00開演

舞囃子「天鼓」盤渉 友枝昭世
           笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井忠雄、太鼓:助川治
           地謡:長島茂、内田成信、狩野了一、佐藤寛泰、井上真也

狂言「六地蔵」すっぱ:野村萬斎、田舎者:野村万之介
         すっぱ:高野和憲、竹山悠樹、月崎晴夫

能『土蜘』入違之伝・問答入・ササガニ
  シテ(怪僧・土蜘の精):梅若六郎
  ツレ(源頼光):梅若晋矢
  ツレ(侍女胡蝶):松山隆之
  トモ(太刀持):内藤幸雄
  ワキ(独武者):工藤和哉
  ワキツレ(従士):梅村昌功、御厨誠吾
  間狂言(蟹の精):深田博治、高野和憲
           笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井忠雄、太鼓:助川治
           地謡:平井俊行、松山隆雄、山崎正道、鷹尾維教
              鷹尾章弘、梅若慎太朗、井上燎治、鷲川潤

舞囃子「天鼓」盤渉
 天から降ってきた不思議な鼓を愛する少年・天鼓は鼓を献上するようにとの皇帝の命に背き、大河に沈められ命を落とします。我が子を偲ぶ老父の真情に感じた皇帝は、天鼓の霊を弔います。舞囃子は後半部分の天鼓の霊が現れ、供養の功徳に喜び鼓を打ち、舞(楽)を舞う場面です。
 笛の調子が高くなる盤渉(ばんしき)です。
 六郎兵衛さんの高い調子で澄んだ音色が気持ち良く、友枝さんののびやかで美しい舞。そこには鼓を打ち、舞う少年・天鼓の霊が見えました。

狂言「六地蔵」
 田舎者が堂を建てて、六地蔵を作ってくれる仏師を求めて上京。すっぱ(詐欺師)に騙される話です。3人の仲間のすっぱを6体の地蔵に変装させて場所を変えて行ったり来たり、田舎者を騙そうとするので印相が変わってしまって大慌て、まさにドリフのコントのようです。何回か観ていて解っていても笑ってしまう。飄々とした田舎者の万之介さんは、途中から気付いてわざと意地悪してるよう。若手3人のすっぱ仲間の勢いのあるドタバタとニセ仏師の萬斎すっぱの慌てぶりは何回みても笑えます。

能『土蜘』入違之伝・問答入・ササガニ
 原因不明の病苦に悩む、武将・源頼光のもとに、典薬頭(宮廷医師)の薬を届けに侍女・胡蝶がやってきますが、胡蝶の帰った後、怪僧が現れ、「わが背子が来べき宵なり ささがにの蜘のふるまいかねてしるしも」と詠じて、頼光に蜘の糸を投げかけます。頼光は枕元の名剣で切りつけ、物音に驚いて駆けつけた独武者は、怪物の血の後を伝い、従士を伴って土蜘のすみかに攻め寄せ戦って、ついに切り倒して帰ってきます。
 入違之伝は、シテの中入りの際、ワキとすれ違うところで牽制し合う、歌舞伎めいた演出で、六郎さんとワキの工藤さんが橋掛かりですれ違う時、お互いちょっとにらみ合っていました。
 六郎さんは「大原御幸」の後白河院や、この怪僧のような存在感のある役は合っているような気がします。土蜘の精となって戦う場面は蜘の糸が次から次へ出てきてはぱーっと広がる美しさ、派手な演出で楽しいです。ワキの独武者は糸が体に巻きついて、最後は蜘の糸に絡め取られた虫のようになってました。あれでは勝ったように見えないけど(笑)
 今回のツボはアイの蟹の精。茂山千五郎家がよくやる新作の間狂言だそうで、ササガニとは、蜘の別名だそうですが、なにやら呼ばわれてと思って、二匹の蟹の精が出てきます。「蟹山伏」の蟹の精と同じでちょきちょきと鋏をならしながら蟹歩きで出てきて、どうやら土蜘のことだと、自分達も鋏で蜘の糸を切り、泡を吹いて蜘の眷属を邪魔しようと「ちょっきり、ちょっきり、あわあわあわ〜」と加勢に行くところなど、深田さん高野さんが狂言らしく型はきちんと、でもとっても楽しいアイでした(^^)  
2005年12月11日 (日) 至高の華 第一部
場所:国立能楽堂 11:00開演

舞囃子「融」笏之舞 友枝昭世
           笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:助川治
          地謡:長島茂、内田成信、狩野了一、佐藤寛泰、井上真也

狂言「鐘の音」太郎冠者:野村万作、主:石田幸雄

能『八島』大事 奈須与一語
  シテ(漁翁・源義経の霊):梅若六郎
  ツレ(漁夫):梅若慎太朗
  ワキ(旅僧):宝生欣哉
  ワキツレ(従僧):大日方寛、御厨誠吾
  間狂言(浦人) :野村萬斎
                 笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠
                地謡:梅若靖記、梅若晋矢、山崎正道、井上燎治
                    鷹尾維教、鷹尾章弘、松山隆之、内藤幸雄

舞囃子「融」笏之舞
 平安朝随一の風流者、左大臣・源融の霊が、廃墟と化した旧邸・河原院に出現し、月光を浴びて懐旧の舞を舞います。
 舞の初めに閉じた扇を貴人の持つ笏(しゃく)に見立てて歩く姿が入るのですが、直面、袴姿の友枝さんが、そのまま初冠、狩衣姿の貴人のように見えてきます。まさに廃墟と化した旧邸で月光を浴びて舞う、この世の者でない美しさ、高貴さを感じる舞でした。六郎兵衛さんの澄んだ笛の音、息の合ったお囃子も素晴らしかったです。

狂言「鐘の音」
 我が子の成人祝に太刀の新調を思い立った主人が、太郎冠者に「鎌倉へ行って、金の値(太刀飾りの黄金の値段)を聞いて来い」と命じたのを、「鐘の音」と勘違いした太郎冠者が、寿福寺・円覚寺・極楽寺・建長寺の鐘の音を聴いてまわり、報告して怒られるという話ですが、鐘の音を声で表現するこの日の万作さんはとても良いお声でした。
 主人に叱られて、「それならそうと、初めからそう言えばいいのに」とちょっと主人に反抗する太郎冠者。本気で怒った主人に打ち据えられて追い出され、考えてみれば鐘の音など聴いてもしかたないのに、自分が馬鹿だったとすぐ反省。
 主人の機嫌を直そうとして謡う小謡の詞章は能の「三井寺」の鐘之段のパロディーだそうですが、先日観た「三井寺」の仕舞で鐘の音が諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽と響くというところ、確かに「三井寺」鐘之段からとったもののようです。
 軽味とどこかあっけらかんとした明るさのある太郎冠者。最近の万作さんはこういう役が似合います。

能『八島』
 八島の浦を訪れた旅僧の前に、老若二人の漁夫が現れ、塩屋に一夜の宿を求める僧を招き入れて、老人は問われるまま、この浦で繰り広げられた源平合戦の様を語り、「私は源義経の化身だ」とほのめかして、姿を消します。
 塩屋に立ち入った旅僧をとがめた八島の浦人は僧の話を聞き、奈須与一の遠矢の故事を語り、しばらく留まって義経の亡霊の様子を見るが良かろうと言って帰っていきます。
 やがて鎧兜に身を固めた義経の霊が出現、弓流しの顛末を語り、今も冥界で戦い続ける様をみせて夜明けとともに消えていきます。
 萬斎さんの奈須与一語は久しぶりです。迫力と若さの勢いだけでなく、落ち着きが出て、一語一語噛み締めて語る感じになり、安定感が出てきました。
 梅若六郎さんは、好きなシテですが、ツレの慎太朗さんはまだ六郎さんのツレには若すぎる感がしました。二人での謡がどうも合わない。シテに合わせるために途中からツレは声がほとんど聞こえないほど小さい声にしなければならなくなり、今度はシテの声しか聞こえなくなりました。このツレはせめて晋矢さんくらいでないと、ちょっと六郎さんとは吊り合わない気がしました。
 六郎さんの後シテで戦う姿の舞は力強く勇壮な感じがしました。
 ただ、出てくる時、友枝さんならば例えば「清経」の時のように、本当に亡霊が現れたように見えるのですが、今回六郎さんは生身の人間に見えてしまった・・・。
 ちょっと残念でした。 
2005年12月8日 (木) 第32回野村狂言座
場所:宝生能楽堂 18:30開演

「塗附」塗師:石田幸雄、大名:野村萬斎、深田博治

「仏師」すっぱ:井上菊次郎、田舎者:井上靖浩

素囃子「男舞」大鼓:國川純、小鼓:幸信吾、笛:一噌仙幸

「楽阿弥」楽阿弥:野村万作、旅の僧:野村万之介、所の者:高野和憲
              地謡:竹山悠樹、野村萬斎、深田博治、月崎晴夫

「塗附」
 大名が仲間の者と連れ立って、歳暮の挨拶まわりに出かける。二人が烏帽子の剥げかかっているのを気にしていると、塗師が通りかかり、すぐに塗り直してやろうと、烏帽子を着けたままで漆を塗り直し、乾かすために二人に紙の風呂をかぶせる。だが風呂を取ってみると、二人の烏帽子がくっついてしまい、取ろうとするがうまくいかない。塗師は拍子にかかって離そうと、にぎやかに囃子にのって烏帽子を剥がし帰って行く。
 ハンドブックでは、「拍子にかかって離そうとするがうまくいかず、烏帽子はくっついたまま脱げて二人は倒れてしまう」となっています。無事に年の瀬を迎えられた喜びの気分でめでたく終わる演出になったのでしょうか。こういう終わりかたも元々あるのかもしれません。
 萬斎さんの大名は出てきた時から、なんかホンワカとめでたい雰囲気(笑)
 今年も無事に年の瀬を迎えられて良かった、仲間と世話になった人たちに挨拶まわりに行ってこようというほのぼのした気分が出ていました。
 しかし、二人とも烏帽子が剥げかかっているのが気にかかる。そこへ、都合良く石田さんの塗師がやってくるわけですが、「早くて、しかも上手です」と自分で言っているのが面白い(笑)
 早塗りで、すぐにそれも烏帽子を頭に着けたまま塗りなおせると言うから、それは好都合とさっそくやってもらいます。石田塗師が担いでいた木箱の中から塗り刷毛や塗り鉢などの七つ道具を出して地錆で下地を整えたり、下漆を塗ったりと芸が細かい。萬斎大名がいちいち「それは何をしているのか」と聞くと、塗師も例によってにこにこと説明しながらやるので、見ているほうも「へ〜なるほど」と思って見てしまいます。
 漆を塗り終えたので、乾かすために出したのが和紙で出来た松竹梅模様の大きな風呂。それで、二人一緒にすっぽりと包んでしまい(笑)時々下から「ふ〜ふ〜」と息を吹いて乾かすのもなんとも可笑しい。
 風呂を取ってみると、なんと二人の烏帽子がくっついてる。烏帽子をくっつけた二人がユーモラス。塗師が間に棒を入れて離そうとしても離れない。そこで、囃子ものにのって離そうと、めでたい囃子にのってやると無事離れてめでたし、めでたし。
 大きな紙の風呂がポイントでしたが、本当は頭だけ被せるものなんじゃないかなと後で思いました。そうでないと、なんで二人の烏帽子がくっついてしまうのか?それに、なんで烏帽子を離すのに囃子にのってやるのかな?等と考えれば腑に落ちないこともありますが、まあ、まずはめでたい年の瀬の雰囲気で、細かいことは気にせずに楽しめば良いんじゃないでしょうか。

「仏師」
 田舎者が、自分の建立した持仏堂に安置する仏を作ってもらおうと、都へやって来る。大声で仏師を探しながら歩いていると、すっぱが近づいて来て、自分こそ仏師であると名乗り、明日までに仏を作ってやろうと約束する。翌日、約束の場所にやってきた田舎者に、すっぱは少し離れた所にある仏を見せる。田舎者は印相が気に入らないから直してほしいと頼みに戻ると、すっぱはすぐ直してやろうと受け合うが、仏はすっぱが化けたものなので、印相を手直しするたびに、行ったり来たり、仏師と仏像の早変わりでとうとうバレてしまいます。
 狂言共同社の井上菊次郎さん、靖浩さん親子の共演。和泉流でも山脇派の狂言共同社は三宅派とは台本も型も違うことが良く解って面白いです。
 基本の構えは、三宅派の万作家は手を軽く握っていますが、和泉流の山脇派も野村派(又三郎家)も手の指を伸ばしてそろえた大蔵流と同じ構えです。
 科白も田舎者が都に出てきて町の様子を見ながら言う三宅派の定番の科白を聞きなれていると、少し違うし、仏を頼む時のやりとりも多少説明的と思えるくらい科白が多いように感じます。仏の印相のポーズについては演者の裁量に任されているそうです。
 共同社の舞台は前にも何回か観たことがありますが、省略、洗練されてきたものの原型なんではないかと思えるような、むしろ素朴なおおらかさを感じます。
 きちんとした演技の菊次郎さん。元々の和泉流宗家の流儀だった山脇派が宗家も有力な弟子も亡くなってしまい、芸系が絶えるのを憂いて、素人弟子だった方々が各地に散逸していた山脇家直系の面、装束、台本を回収し、狂言共同社を設立して芸系を守ってきたのが今に続いて、井上菊次郎さんは4代目になります。これからも残していってもらいたいものです。
 井上靖浩さんは、私はこの人の女役が好きです。わわしさの中に、なんとも愛嬌があって可愛らしい(^^)以前観た「水掛聟」の妻役も可愛かったです。
 行ったり来たりの仏師と仏像の早変わりが間に合わなくなり、バレてしまったすっぱ。バレても仏像になりすます時にかける乙の面を田舎者のいる方の顔の横に当てて「仏です」という最後のあがきが可笑しい。

素囃子「男舞」
 武士の役が舞うテンポの速い颯爽としたリズムのお囃子です。どうもお囃子を聞いていると気持ち良くなってしまう。

「楽阿弥」
 能のパロディーの舞狂言です。「通円」のように元に『頼政』という能があるわけではないですが、シテ、ワキ、アイの役割があり、霊が出てくる夢幻能の様式をパロってます。
 伊勢参りの途中、別保の松原に立ち寄った僧は、松の木にたくさんの尺八が掛けられているのを見て不思議に思い、土地の人に尋ねると、昔このあたりに住んでいた楽阿弥という尺八吹きが、尺八を吹き死にしたため、皆が供養しているのだと語る。僧が楽阿弥の菩提を弔い尺八を吹いていると、楽阿弥の霊が現れ、僧と一緒に尺八を吹き、自らの最期の様子を物語った後、姿を消すのだった。
 次第の囃子で登場するワキ僧の万之介さんは、「通円」の時の僧と同じような装束ですが、なぜか尺八をさしている(笑)それに松の木に尺八がたくさん掛けてあるというのが可笑しい。
 アイの所の者に尋ねると、所の者の高野さんの語りも能がかりで重々しく。大真面目に進行します。僧が「フウ」と尺八を吹いていると面をつけた楽阿弥の霊が現れます。「通円」のようなコミカルな動きはありませんが、僧との問答の後、二人で尺八の連れ吹きをします。尺八の音はすべて「トーラフラフーリー」などと口で言います。楽阿弥の霊が最期を語る段では地謡で舞を舞いますが、内容は、ここかしこに、相手の機嫌も知らず吹き鳴らして、尺八吹きにはなにもくれぬと腹を立て、あちこちで悪口を言ったので、ぼこぼこにされて死んでしまったと、いうことらしい。 でも、只ぼこぼこにされたと言うのではなく「朸(おうこ)だめの三つ伏せに押し伏せられて」など尺八の作られる過程になぞらえた詞章だそうで、昔の人のシャレ心が感じられます。
 今回も詞章があったので解りやすかったし、地謡の萬斎さんが、いつものように真っ赤な顔をして気合を入れて謡っているのがちょっと可笑しかった。
 内容は、狂言らしくユーモラスでありながら、風情もあり、やはり詞章が解ると良いです。しかし、昔の狂言作者はよくこんな能をおちょくった内容のパロディをいくつも作ったものです(笑)
2005年12月4日 (日) 金春円満井会特別公演
場所:国立能楽堂 13:00開演

能『雨月』
 シテ:本田光洋
 ツレ:辻井八郎
 ワキ:野口敦弘
 アイ:山本則孝
     大鼓:國川純、小鼓:幸清次郎、太鼓:小寺佐七、笛:藤田朝太郎
     地謡:鈴木武義、佐藤俊之、中村昌弘、関根喜三郎
        高橋忍、高橋汎、吉場広明、金春穂高
                            後見:横山紳一、鬼頭尚久

狂言「福の神」
 シテ:山本則直、アド:山本則孝、アド:山本則秀
     地謡:山本則重、山本東次郎、平田悦生

能『道成寺』
 シテ:山井綱雄
 ワキ:工藤和哉
 ワキツレ:則久英志、梅村昌功
 アイ:山本東次郎、山本則重
     大鼓:安福建雄、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:金春國和、笛:一噌隆之
     地謡:金春憲和、辻井八郎、井上貴覚、芝野善次
        高橋忍、金春安明、吉場広明、金春穂高
                            後見:横山紳一、高橋汎、中村昌弘
     鐘後見:本田光洋、本田布由樹、本田芳樹、大塚龍一郎、岩田幸雄

『雨月』
 とある水辺の家で老夫婦が、雨の音を聞くため屋根を葺こうという翁(シテ)と、月を眺めたいから葺かずにおこうという姥(ツレ)とで折り合いがつかずにいた。そこに住吉神社へ参詣する西行法師(ワキ)が立ち寄って宿を乞う。老人は「賤(しず)が軒端を葺きぞわずらふ」という句にうまく上の句を付けたら宿を貸そうと言い、西行が「月は濡れ、雨はたまれととにかくに」と付けると、感心して西行を家の内に招じ、ともに中秋の名月をめで、松吹く風を聞き、砧を打ってもてなす。(中入)
 やがて末社の神(アイ)が登場し、事の次第を舞い語り、住吉明神が官人にのりうつって示現されると予告する。
 年老いた官人(後シテ)が登場し、和歌の友である西行の来訪を、和歌の神・住吉明神が納受することをのべ、真ノ序ノ舞を舞って喜びを表し、神はあがって元の官人となって終わる。
 あらすじは以上のようですが、残念ながら座った時から睡魔に襲われ、とぎれとぎれの場面しか覚えてないので感想が書けません。申し訳ない。

狂言「福の神」
 年の瀬に、参詣人が社に参拝し、年越しの豆を蒔いていると、明るい笑い声とともに福の神が現れ、御酒を所望する。その酒を日本中の神様たちに捧げてから飲み、ますます機嫌うるわしく、二人に楽しくなる元手をやろう、しかし、それは金銀米銭ではなく、常々の心の持ち方にあると諭し、なお福の神に酒を供えることだと舞い語って、大笑いして立ち去っていく。

 なんとも大らかな祝いの狂言です。久々に観る山本家の狂言ですが、真面目そうな二人の参詣人に、「わはははは」と大笑いしながら出てくる恰幅のいい則直さんの福の神。いつも剛直な感じの山本家ですが、福の神には大らかさが感じられ、何のかのと言いながら、お酒を要求して楽しそうな福の神に見所からも笑いが起こり、めでたくて心なごむものでした。
 さすが様式性を大切にする山本家、動き、型が非常に美しい。それにびっくりしたのは地謡。とても3人とは思えない圧巻の地謡で、特に地頭の東次郎さんの声が素晴らしかった。

『道成寺』
 今回は山井綱雄さんの披きということで楽しみにしていました。
 見る機会の多い観世流の『道成寺』とはやはり色々と違うところがあります。
 小書は付いていませんが、今回の鐘入りは難しい斜入りという型だそうです。
 まず、最初に狂言方が鐘を運んできて吊るのではなく、ワキ・ワキツレの僧が出てきて道成寺の鐘を再興したことを述べ、アイの能力を呼んで鐘を吊るよう申し付けます。そこでアイの能力2人を加えた6人の狂言方が鐘を運んできます。これは以前観た金剛流の演出と同じでした。
 アイの能力が鐘を吊った丸太の前と後ろの端を持ち上げ、その間に2人、鐘に手を掛けて持ち上げる者が2人という構成で、掛け声を掛けながら運んできて、橋掛かりの途中で鐘を一旦下ろして休んだりします。アイの2人が鐘吊りを兼ねています。鐘を運ぶのも吊るのも舞台の演技の中に入っているので、鐘を吊る時も声を掛け合い科白を言いながらで、天井の金具に綱を通して引き下ろす時も「何と良いか」「一段と良い」と声を掛けてから引くという具合です。
 これだと、鐘吊りでもたもたすることは出来ないので、狂言方にとっても大変なのではないでしょうか。今回は一度で見事に通りました。
 鐘が引き揚げられ鐘吊りが終わると住僧が能力を呼び、女人禁制のことを触れるように命じます。東次郎さんはゆっくりと力強く触れ、その後ゆっくり歩く足の運びも袖の捌きも格式高く美しくという感じがしました。

 笛、大鼓の音で揚幕から前シテの白拍子の登場。脇の後方の席だったので揚幕が上がっても中は見えませんでしたが、上がっても中々出ては来ません。
 揚幕からすっと出てきた時に少しぞくっとしました。姿が美しい!上衣の唐織は茶系で、今まで観た道成寺の白拍子の装束でも一番地味な方ではないかと思われますが、それでも品良く美しく見えました。橋掛かりで一度鐘を見上げてから舞台に出てきてアイの能力との問答。鐘の供養をしたいと言う白拍子に一度は断るものの、たっての頼みに一存で入れてしまい、烏帽子を渡して舞いを所望します。山井さんは面をかけていても、はっきりとして張りのあるよい声をしています。
 ここから長い乱拍子です。小書で乱拍子が短いものもありますが、乱拍子の緊張感が好きになってしまった私は、最近短い乱拍子では物足りない!今回はたっぷり緊張の乱拍子が続きました。小鼓は鵜澤洋太郎さん、私が初めて乱拍子の緊張感に感動した時の小鼓が鵜澤さんだったので、小鼓が鵜澤さんと知った時はちょっと嬉しかった。今回私の席からは鵜澤さんはちょうどシテ柱の影になってしまい、良く見えませんでしたが、やはりその掛け声、気迫は凄いものでビンビン伝わってきました。時々大鼓方の後ろに見えるおでこのあたりが紅潮しているのが解りました。
 ぐ〜っと溜めて溜めて、じりじりと鐘楼に迫る白拍子。今回、乱拍子の途中に笛が入るのに気が付きました。何で今まで気が付かなかったんだろう?ジャンジャンと鳴り物が入って、最後の方は白拍子の謡と小鼓。やがて、すべてのお囃子がぐ〜っと盛り上がって、押さえていたものを爆発させるような急ノ舞に、烏帽子を扇でさっと後ろへ飛ばして、鐘に打ちより、鐘の下を扇で触れて足拍子。そこからさっと鐘の中に入ると同時に体を正面向きにねじりながら飛び上がる。その時絶妙なタイミングで鐘が落ちました。「お〜!」と声がもれるくらい見事な鐘入りでした!!

 鐘が落ちるとアイの能力2人が転がって、「くわばら、くわばら」「揺りなおせ、揺りなおせ」とお互いに雷か地震かと驚きます。そして、鐘が落ちたことに気付いて、お前が知らせに行け、いや、お前が行けとのなすり合い。ここのアイの演技も和泉流とはちょっと違います。なすり合いは橋掛かりでは無く、舞台の鐘の横で行なわれ、東次郎さんの科白はとっても感情が入っていて、むしろ必死という感じがしました。それでもやっぱり必死なほど可笑しいんですが(笑)。則重さんの能力が橋掛かりを逃げていってしまい、追うことを諦めた東次郎さんが、しおしおと住僧の前へ出て「落ちてござる」と伝えます。
 住僧は驚き、女人禁制と言ったではないかと言うわけですが。それでも、能力に特にお咎めは無く返され、能力はほっとして、胸を撫で下ろして去っていきます。
 その後、住僧は一同に道成寺の鐘にまつわる物語をします。昔、まなごの荘司という男の家を宿にしていた若い山伏に娘が恋をし、驚いた山伏が道成寺に逃げてきたのを鐘を下ろし中に隠したが、後を追ってきた娘は蛇体となって日高川を渡り、鐘に巻きついて鐘ごと焼き殺してしまったという。そして、先刻の白拍子も昔の女の怨霊であろうと言って、他の僧と共に鐘に向かって祈り始めます。
 鐘は動き出し、やがて祈りによって鐘は上がり、中から蛇体の鬼女が姿を現します。
 
 後シテの鬼女は、杖を前に立て、赤頭で、少しうつむいた状態で現れます。やがて顔を上げ、杖をふるって僧に向かっていきます。祈る僧とのせめぎあい、身をよじり、橋掛かりを揚幕近くまで、祈り追われながら、また反撃するも終に祈り伏せられ日高川の深淵に身を沈めてしまいます。
 蛇体の鬼と化すまでの女の情念の凄まじさと悲しさがせまる場面です。
 最後は、橋掛かりから揚幕の中に飛び込んで幕入りでした。
 緊張感と迫力、美しさ、悲しさ、見所も満足の出来だったのでしょう、地謡が附祝言を謡い、全員退場するまで鳴り止まぬ拍手でした。私も満足でした。