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能楽鑑賞日記

2009年11月30日 (月) 第19回 狂言鑑賞会
会場:国立能楽堂 18:30開演

ミニ講座「狂言の世界」 善竹十郎

《和泉流》
「舟渡聟」
 聟:井上靖浩、船頭・舅:佐藤友彦、姑:佐藤融

《大蔵流》
「米市」
 男:善竹十郎
 何某:善竹忠一郎
 立頭:大藏吉次郎
 立衆:善竹富太郎、善竹大二郎、宮本昇、大藏教義

 狂言愛好社主催で善竹十郎家が出演するこの会も、来年の第20回を期に千秋楽となるそうです。今回は、和泉流狂言共同社の「舟渡聟」と大蔵流の「米市」の競演となりました。会場は、多少空席が目立っていましたが、十郎さんは、「不況をものともせず、たいへん裕福な方々においでいただきました」と、いつもながらのユーモアたっぷりの解説で、最後に小舞「栗焼」を舞ってくださいました。

「舟渡聟」
 大蔵流と和泉流ではストーリー展開が全く異なる曲です。私は和泉流の方が見慣れていますが、大蔵流だと船頭と舅は別人で、船中で船頭と聟が酒盛りになって、聟も一緒にお酒を飲んじゃうわけです。和泉流では船中では聟はお酒を飲まず、船頭に飲まれるだけですが、実は船頭が舅だったという話になります。
 大蔵流では聟がシテですが、和泉流では船頭と二役の舅の方がシテですね。
 今回は、和泉流でも山脇派の名古屋の狂言共同社によるものなので、いつも見慣れた和泉流三宅派のものとも違うところがあります。ストーリーは同じですが、一番気がついたのが、聟さんが船に乗っている間中ゆらゆらと左右に揺れていたこと。万作家などだと、酒飲みたさに船頭がわざと大きく揺らすまでは、揺れないでじっとしています。
 ふっくらと大きい井上靖浩さんの聟に細ーい佐藤親子の舅と姑。体型のせいもあるか(笑)靖浩聟さんは、おっとりした感じの聟さんでした。友彦さんの船頭&舅も船中で無理やりお酒を強請った相手が聟入りに来た聟さんだと知って、小さくなって顔を隠しながら対面するところなんか、可愛いですね。

「米市」
 大勢物で上演が珍しい曲ということですが、私も初見です。
 貧乏な男が、毎年の暮れに米をくれるお金持ちが今年は何も言ってこないので、直接たずねて行きます。お金持ちは、それと気付きますが、もう蔵をしめてしまったので、有り合わせの米に小袖を付けて与えます。男は米俵に小袖をかけて帰りますが、途中、これを見た若者たちが誰を背負っているのかと聞くので、「米市という方の貴婦人」と答えます。若者たちは、この貴婦人から是非とも盃を受けたいと申し入れ、男と争いますが、最後に、米俵とわかってみんなで笑いあいます。
 善竹忠一郎さんは、いかにも上品なお金持ちの雰囲気です。何ということもない内容の話なのですが、十郎さんがやると飄々としてとぼけた雰囲気で、何か、笑ってしまうのです。ほっこりとした気持ちになりました。
2009年11月6日 (金) 忠三郎狂言会
会場:国立能楽堂 18:30開演
「福之神」
 福の神:茂山忠三郎、参詣人:大藏吉次郎、大藏教義
    地謡:善竹十郎、善竹富太郎、善竹大二郎、石倉昭二

「鬼瓦」 大名:茂山千作、太郎冠者:茂山千五郎

「木六駄」
 太郎冠者:茂山良暢、主:大藏基誠、茶屋:大藏千太郎、伯父:茂山忠三郎

附祝言

 年に一度の「忠三郎狂言会」。今年は設立30周年記念とのこと、毎年福岡、大阪、東京、京都公演が開催されますが、関東では忠三郎さんの狂言は観る機会が少ないので、毎年楽しみにしています。それに、この会にはいつも千作、千之丞兄弟の狂言が一番あり、それも楽しみの一つ。でも、今回は千之丞さんが具合が悪いそうで、急遽千五郎さんの代役となりました。配役も今日は大名が千之丞さんで太郎冠者が千作さんの予定でしたが、千五郎さんが代役となったため、千作さんがシテの大名、千五郎さんがアドの太郎冠者に変更されました。いつも東京公演では、大藏家と善竹十郎家が共演します。

「福之神」
 二人の信心深い男が、毎年の大晦日の恒例として福の神へ参詣し、年越しの豆を撒いていると、福の神が現れ、酒を振る舞わせると、二人に幸せになる秘訣を教えて舞い謡い、大笑いして去って行くという話。おめでたい神物です。
 パーッと太陽のように明るい千作さんの「福の神」も好きですが、忠三郎さんは、ゆったりとおおらかな温かさを感じる「福の神」でした。しばらく具合が悪かったと聞きましたが、大きな声で、お元気そうだったのが何よりです。忠三郎さんと大藏吉次郎親子のまったりとしたやりとりが、おめでたさを引き立てていました。

「鬼瓦」
 長々在京の末、訴訟も無事済み帰国することになった大名が、太郎冠者を連れて、日頃信仰する因幡薬師へお礼とお別れのために参詣し、礼拝の後、国元にもこのような堂を建て薬師如来を勧請(お迎え)したいと、堂の造作を見ているうち、ふと破風の上の鬼瓦に目が止まります。これが国に残した妻にそっくりだと、妻を思い出して泣きだす大名。太郎冠者が、まもなく帰郷すればお会いになれると慰めると、大名も気を取り直し、二人で大笑いして帰っていくという、他愛もない話です。
 妻の顔が鬼瓦に似ているというのも凄いものですが(笑)、その妻を懐かしがって泣きだす大名の可愛いこと。「鼻が胡坐をかいて、口は耳せせまでカーッと開いている。」なんて悪口かと思いきや、急に「えへっ、えへ、えへ」と泣きだす大名。千作さんがやるとひとしおの可笑しさと可愛さでたまりません。顔は鬼瓦のようでも、しっかり者でわわしくて、でも心の優しい奥様なのでしょうね。そばで、何を泣いているのかと冷静に見ている太郎冠者の千五郎さんも良かったです。

「木六駄」
 今回は、良暢さんの披きです。忠三郎さんがもう80過ぎということもあるのでしょうか、まだ20代の良暢さんは、毎年のように難しい曲を披いていますが、しっかりと受け止めて稽古されているんだなと思われます。
 主人から木と炭を6頭ずつ計12頭の牛に背負わせ、お酒も一樽担いで山向こうの伯父のところへ届けるよう命じられた太郎冠者。今にも雪が降りそうな天気に容赦を願うものの主人に「是非とも」と請われれば、引き受けざるをえず。ここは主人の命令ならばと、あっさり引き受けた感じで、素直、従順な太郎冠者というふうに見えました。牛たちを追う山道の場面は、長い一人芝居であり、若い人にはなかなか12頭の牛が見えるようなというのは難しい。でも、あまりの寒さに茶屋で、伯父への届け物のお酒を亭主と飲んでしまい酒盛りになる段、すっかりいい気分で酔っ払い鶉舞を舞う姿は、ホントに酔っ払いながら舞っているみたいで楽しく、眠り込んでしまうと茶屋に「もう行かぬか」と促され「何処へ〜」と間延びした応対。もう良暢太郎冠者の酔っ払いぶりもなかなかなものでした(大笑)。
2009年11月5日 (木) 第48回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

「貰聟」 舅:三宅右近、聟:三宅右矩、妻:三宅近成

「柑子」 太郎冠者:野村万之介、主:石田幸雄

素囃子「楽」 
 大鼓:内田輝幸、小鼓:観世新九郎、太鼓:徳田宗久、笛:内潟慶三

「老武者」
 祖父:野村万作
 三位:野村萬斎
 稚児:野村裕基
 宿屋:深田博治
 若衆:野村遼太、中村修一、岡聡史
 老人:月崎晴夫、高野和憲、竹山悠樹、石田幸雄
 地謡:三宅右矩、三宅右近、三宅近成、高澤祐介

「貰聟」
 いろいろな配役で見ている演目ですが、三宅家では初めてです。
 三宅家の若い兄弟が夫婦役で、お父さんの右近さんが妻の父役ですが、三宅兄弟がんばっています。酔っ払って妻を追い出したものの妻がいなくなると困って迎えにいく夫。実家に帰ったものの、夫が迎えに来ると、止める父親を夫と一緒に投げ飛ばしていそいそと帰ってしまう妻。夫婦のバカップルぶりには大笑い。まだ20代の右矩、近成兄弟がんばってます。堅さが取れてきて成長してるなあと、これからがますます楽しみです。最後に「もう、祭には呼ばんぞよ」という右近さんの父親。怒りと夫婦仲直りの安堵感が出ていていい雰囲気。とっても良かったです。

「柑子」
 万之介さんの太郎冠者で見るのは初めてでしょうか、万作さんとはまた違った雰囲気で、飄々としたオトボケぶりがとっても面白く、絶妙な間と食べる時の表情も万之介さんならではの味です(笑)。俊寛僧都の語りも感情たっぷりで、思わず泣いてしまう石田さんの主人のおおらかさも良い。

「老武者」
 お忍びで宿屋に泊まった美しい稚児の噂を聞きつけた若者たちが宿に押し掛け、酒宴となりますが、そこへやってきた祖父(おおじ)が、自分も仲間に加わりたいと言って断られ、仲間の老人たちを連れて反撃に来て、若者+宿の亭主軍と戦うという話です。最後は、老人たちが稚児を担ぎ上げて皆で楽しそうに橋掛りを去っていきます。
 裕基くんの稚児さんの無邪気な仕草が可愛らしく、でも、なんか色気があって、だから、若者と老人たちの取り合いが妙にリアルでいががわしい(笑)。手に手に武器を持って大げさに戦うわけですが、仲間を引き連れて出てきた時の万作さんはいかにも老武者らしくきりっとした印象で、老人たちのパワフルさに若者も押されぎみ。でも最後は勝敗をつけずに稚児さんを担いで皆で仲良く去っていくのどかさがまた良いです。
2009年11月4日 (水) 萬斎 イン セルリアンタワー9
会場:セルリアンタワー能楽堂 19:00開演

解説:野村萬斎

「文山賊(ふみやまだち)」
 山賊:石田幸雄、山賊:深田博治  後見:岡聡史

「釣針」
 太郎冠者:野村萬斎
 主:野村万之介
 妻:月崎晴夫
 腰元:竹山悠樹、深田博治、中村修一、岡聡史
 乙:高野和憲
   後見:時田光洋

 この会は、萬斎さんの解説が、他の会よりくだけた感じで、時々あぶないトーク(笑)なんかがあるのが楽しみで、つい行ってしまいます。

解説
 今回は、紫紺の色紋付で登場。「鞍馬天狗」をやった時に紫紺の色紋付を作ったのがなかなか良くて自分用に作ったそうです。
 落語家さんじゃないので、そんなに色物は持ってないんですよ。亀井広忠は色とりどり持ってますが(笑)。歌舞伎では、囃子方は雛壇に乗っていて、なぜか袴の裏側がない(笑)。
 囃子方は見えないことになっているんです。でも、囃子方を取っ払うと、何か間が抜けてしまいます。囃子方とミュージシャンの違いは、囃子とは囃したてると言って、掛け声で間をとり、シテに波動を与えています。
 ここで、プリーズアフターミーの実技講座お囃子編(笑)。「よ〜」「は〜」「ほっ」と掛け声をかけながら、右手が大鼓、左手が小鼓で、膝を打ちながら見所も一緒になってお囃子の稽古(笑)。会場が打ち解けてなごやかな雰囲気になります。
 このあと、袴の話で、袴も縞が少しずつ違います。大鼓は太い縞、小鼓は細め、笛は盲縞という細かい縞、(そんな決まりがあるとは知らなかった)と言われていますが、最近は好みで選んでいるようです。とのこと。
 演目の解説。「文山賊」には、二人の山賊が出てきますが、狂言では間の抜けた山賊が出てきます。普通の狂言では、最後に「やるまいぞ、やるまいぞ」と追い込まれていきますが、この狂言は「やるまいぞ」と言って出てくるところから始まります。「やる」いろんな使い方がありますねぇ(なぜかニヤニヤ、意味深・・笑)。山賊はうまくやれるのか?
 「釣針」未だ妻がいないということで、婚活をせねば。今日は叔父万之介が70に余って婚活をする(笑)。狂言では、神仏に願をかけます。神様が与えた釣針で妻を釣ることになります。神様は公平なので、分相応の人を引き合わせますが、人間は欲が深い。「見目の良い」見目というのは味のことだというのが最近わかって、それが言いたくてしかたがなかったというだけですが(笑)。

「文山賊」
 狙った旅人を取り逃がしたことから、仲間割れとなった二人の山賊が、果たし合いで決着をつけようとしますが、二人とも臆病でなかなか事が進みません。誰にも知られずに死ぬのも空しいと、一人が書置きを残すことを提案して、さっそく文を書きはじめる二人ですが、読んでいるうちに妻子を置いて死ねないと泣きだし、争って死ぬのはやめようと、仲良く帰っていきます。
 石田さん、深田さんのどう見ても山賊には向かない人のいいコンビです(笑)。失敗をお互いのせいにしてなじるのですが、果たし合いをするといっても臆病で、これでよく山賊ができるもんです(笑)。書置きでは妻子を思いやるくだりを謡いがかりで読んで泣きだしてしまう二人。きっとしっかり者のわわしい女房なんでしょうが、山賊なんかしないで、ちゃんと働いたほうが妻子のためですよ〜。

「釣針」
 独り身の主人が、同じく妻を持たない太郎冠者と共に妻を得ようと西宮の夷に参詣すると、西門に置いてある釣針で妻を釣るよう夢のお告げを賜ります。太郎冠者は「釣ろうよ、釣ろうよ」と節面白く掛け声をかけながら、主人の妻に続いて、数人の腰元、さらには自分の妻を釣りあげます。主人が奥へ入った後、太郎冠者は自分の妻と対面しますが、あまりの醜女に驚いて逃げ出します。
 まあ、妻を釣針で釣ろうなんて神様もとんでもないお告げをするもんです。万之介主人が70歳を過ぎての婚活(笑)。「見目の良いのを釣ろうよ〜」はともかく、「17,8(歳)を釣ろうよ」は、犯罪じゃ〜(笑)。
 この演目ではいつも、主人が奥様と腰元を連れて奥へ入る前に、萬斎太郎冠者が奥様の顔を覗いて、怪訝な表情をするんですよ。それで、主人の奥様もきっと希望と違うってことが分かるんですが、それでも自分の妻には希望を抱いてるんですね〜。で、分相応の人だったってわけですが・・・(笑)、高野乙は「五百八十年萬萬年も添い遂げようぞ」とホラーに迫るわけですね〜(爆)。