| 2006年1月29日 (日) |
第19回檀の会 |
場所:観世能楽堂 14:00開演
『小袖曽我』 十郎:武田崇史 五郎:松木崇俊 母:松木千俊 アイ:高野和憲 大鼓:柿原弘和、小鼓:森澤勇司、笛:一噌隆之 地謡:武田祥照、佐川勝貴、坂井音晴、北浪貴裕 小川博久、浅井文義、武田宗和、関根祥人 後見:武田文志、武田友志
「樋の酒」 太郎冠者:野村万作 次郎冠者:野村萬斎 主:深田博治
仕舞「鵜之段」小川博久 「笠之段」下平克宏 地謡:武田宗典、武田文志、武田友志、坂井音晴 「笹之段」小川明宏 「網之段」大松洋一 「枕之段」小早川修
一調「葛城」武田志房 太鼓:金春惣右衛門
『天鼓』 王伯・天鼓の霊:松木千俊 勅使:殿田謙吉 アイ:石田幸雄 大鼓:亀井忠雄、小鼓:曽和正博、笛:一曽仙幸 地謡:武田宗典、大松洋一、下平克宏、小早川修 小川明宏、岡久広、武田志房、阿部信之 後見:武田尚浩、浅見真州
『小袖曽我』 曽我兄弟の十郎祐成、五郎時致が、父の仇の工藤祐経を討つ覚悟を決めて曽我の里に住む母の元に暇乞いに現れる。母は十郎には面会するが、勘当した五郎には会おうとせず、五郎のことを取り持つならば十郎も勘当するという母の意思をアイが伝える。十郎は五郎を励ましてともに母の前に出、父の仇討ちの計画や勘当の無慈悲を語るが、わかってもらえず泣きながら去る。その二人の姿に、母は声をあげて勘当を許すといい、場面は一変して門出を祝う宴となり、兄弟は仇討ちの覚悟も新たに旅立っていく。
「曽我物語」の兄弟が仇討ちに行く前の一場面です。 シテの十郎、ツレの五郎の兄弟とも十代と思われる若い演者で、ワキは出ません。 若い二人は、宴の時の相舞は合っていて悪くないのですが、謡がなんとも頼りない。二人での謡もちょっとずれていたし、もっと謡をしっかり勉強してね、と思う出来でした。
「樋の酒」 主人に留守の間、米蔵と酒蔵の番を言いつかった太郎冠者と次郎冠者が、酒蔵と米蔵の窓に樋を渡して酒を飲み、ついに米蔵の番をしていた太郎冠者が酒蔵にやってきて二人で酒盛りをはじめてしまい、帰ってきた主人に怒られるという話。 オーソドックスで代表的狂言の一つですが、私はこの「樋の酒」という曲が結構好きです。 なんとしても酒が飲みたい、飲ませたい太郎冠者と次郎冠者の窓に樋を渡すという発想や酒盛りの楽しそうなこと、主人が帰ってきて次郎冠者が怒られている隙に、まだ残った酒を飲もうとする懲りない太郎冠者の姿にも大笑いです。 酒盛り場面の酒を飲んで舞えや謡えやが楽しそうで、こういう時は、やっぱり出てくる「小鼓」等など・・・(爆)
『天鼓』 後漢の時代に、天から得たという不思議な鼓を打つ天鼓という少年が、帝への鼓の献上の命に背いて鼓を持って山に隠れるが、探し出されて、呂水に沈められてしまう。 その後、鼓は誰が打っても鳴らないので、帝は天鼓の父・王伯を召して打たせることにした。 子を失った嘆きと悲しみ、恐れにおののきながら王伯が鼓を打つと、鼓は妙音を発し、感じ入った帝は王伯に宝を与え、天鼓のために呂水の江で管絃講を催すことにする。 管絃講の法事を行なっていると、天鼓の霊が回向を感謝して現れ、鼓を打ち、舞を舞って、夜明けとともに消えていった。
前シテの子を失って嘆き悲しむ老人王伯と後シテの少年天鼓の霊。前シテでは、いかにも悲しげで弱弱しい老人であり、後シテでは若く美しい少年になっていました。特に子を失った老父は本当に老人に見えました。(シテはまだ40代前半) 後シテの天鼓は、幽霊の透明感、はかなさが感じられると、もっと良かったのではないでしょうか。 |
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| 2006年1月26日 (木) |
国立能楽堂狂言の会 |
場所:国立能楽堂 18:30開演
素囃子「早舞」 笛:竹市学、小鼓:森澤勇司、大鼓:原岡一之、太鼓:桜井均
「三人夫」 美濃の国の百姓:井上靖浩 淡路の国の百姓:佐藤融 尾張の国の百姓:鹿島俊裕 奏者:井上菊次郎 笛:竹市学、小鼓:森澤勇司、大鼓:原岡一之、太鼓:桜井均
「蛸」 蛸の亡霊:茂山七五三 旅僧:茂山千五郎 所の者:茂山正邦 笛:竹市学、小鼓:森澤勇司、大鼓:原岡一之 地謡:茂山茂、茂山千之丞、茂山あきら、茂山童司
「河原太郎」 太郎:山本則俊 妻:山本東次郎 立衆:山本泰太郎、山本則孝、山本則重、山本則秀、遠藤博義、若松隆
和泉流の狂言共同社と大蔵流茂山千五郎家、山本家の出演で、3曲とも初見の演目のため行ってきました。
「三人夫」 淡路の百姓と尾張の百姓、美濃の百姓が都に年貢を納めにいく途中に道連れになります。奏者を通じて無事に年貢を納めると、折りしも歌会が開かれているので、淡路、尾張、美濃各々の国の名を詠み入れた歌を詠めと命じられ、上手に詠めたので、今度は三人の名を折り入れた歌を詠めと命じられます。これも上手く詠めたので、褒美に盃を受け、めでたく飲んで退出を許された三人は、和歌を上げ、舞を舞ってかえります。
前回の国立能楽堂普及公演の時、解説の馬場あき子さんが中世の農家は自分達が国の繁栄を支えているというプライドがあった。だから、自分のことを「お百姓」というと話されていましたが、なるほど、狂言では「○○の国の“お百姓”でござる」と、自分で紹介するし、豊作で年貢を納められることがめでたいとなるのです。
正月の祝言味に溢れる作品ですが、靖浩さん扮する美濃のお百姓が、とぼけた感じでコミカルな味を出しています。また、三人の名が「つうじ」「まかじ」「是へ参ろう」と言うのには笑ってしまう。「淡路より多くの宝通じ(つうじ)船、ま舵(まかじ)が漕いで、是へ参ろう」と名を入れた歌を詠むのに、いかにもこじつけたみたいな名前です。美濃のお百姓が最後に「是へ参ろう」と、そのまま付けただけで可笑しい。靖浩さんは、ちょっととぼけた味を出すのがとても合っています。最後に三人で謡いながら「三段の舞」を舞うのは、なかなか見ものでした。
「蛸」 これは能の複式夢幻能の様式を完全にパロっています。 筑紫の僧が都を見物しようと思い立ち、清水の浦へやってきます。すると一人の男が現れ、去年の春に死んだ蛸の幽霊だと言って、回向を頼んで消えていきます。僧が所の者に尋ねると、所の者は、去年大蛸が上がり、皆で食べたところ祟りをするので、土中に埋めて弔ったと語ります。僧が供養すると蛸の霊が現れ、最期のありさまを謡い舞い、今の弔いで成仏できると喜んで消えていきます。
それぞれが能のシテ、ワキ、アイの役割を様式に沿って大真面目にやっていますが、それゆえに可笑しい。食べられた蛸の霊が回向を頼んで出てくるというのがなんとも(笑) 僧が「生蛸、生蛸」と祈ると蛸の霊が、口のとんがった「うそふき」の面、蚊の精に使う普通の「うそふき」の面とも違う「蛸」のための面かなと思われる面に赤頭で出てくるのが、また笑ってしまう。渋皮をむかれ張り蛸にされてしまった苦しみを謡い舞い、茂山家得意のアドリブやくすぐりも入れず、最後まで能がかりで大真面目にやっているのが返って可笑しさを増して面白い作品でした。
「河原太郎」 太郎の妻は毎年酒を造って河原の市へ店を出し商売しています。今年もよい酒が出来たので店をだすと、太郎が酒を飲みたさに利き酒をしようとやってきますが、妻は、売り初めをするまではダメだと言って許しません。腹を立てた太郎は常連客に今年の酒は不出来で飲めたものではないと言い触らし、それを知った妻は怒って太郎をののしり喧嘩になります。太郎が妻を打つので、しかたなく妻は酒を飲ますことにしますが、太郎は滝飲みをしたいと言い出します。妻は太郎が飲むそばから絶え間なく酒を注ぎ、顔に酒がかかるのもかまわず注ぎつづけたので、太郎はとうとう、ほうほうの態で逃げていきます。
酒が飲みたい一心で、目先の欲望のために商売の邪魔をしてしまう太郎。そんな夫に従うと見せかけてやり込めてしまう妻の反撃、たくましさが見事です。 いつもほとんど表情を変えない山本家独特の則俊さんの演技に、気持の入った演技の東次郎さん。でも、不思議と合っていて、笑わせようという感じがないのになぜかくすくすと笑ってしまう。話の中の人間の生き方、誰にでもありそうな愚かさの可笑しさがそのまま出てくるせいでしょうか。 |
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| 2006年1月25日 (水) |
第33回 野村狂言座 |
場所:宝生能楽堂 18:30開演
素囃子「神舞」 大鼓:高野彰、小鼓:幸正昭、太鼓:桜井均、笛:藤田次郎
「犬山伏」 山伏:高野和憲、僧:深田博治、茶屋:竹山悠樹、犬:月崎晴夫
小舞「宇治の晒」野村裕基 小舞「道明寺」竹山悠樹 地謡:石田幸雄、野村萬斎、破石晋照、時田光洋
「富士松」太郎冠者:野村万之介、主:野村万作
「松囃子」万歳太郎:野村萬斎、兄:石田幸雄、弟:深田博治
「野村狂言座」今年から1公演が水曜と木曜の2日ずつとなって、今までの狂言座会員も募集しなおしということでしたが、幸い今回も当たりまして、水曜組の正面席で夫君と二人分確保となりました。この会は、演者も見所も研鑚の場ということで、普段あまり観ない演目や配役が観られるのが楽しみの一つです。
素囃子「高砂」 男性の神が舞うテンポの良い囃子で、正月の「高砂」で後シテの住吉明神が舞う姿を思い出しました。とても気持の良い響きです。
「犬山伏」 内容は「禰宜山伏」とほとんど同じです。禰宜(神主)が僧に代わり、大黒が犬に代わって、犬がなついた方を勝ちにするというものです。あらすじは先月の「大蔵会」の「禰宜山伏」をごらんください。威張っていて、乱暴な山伏に絡まれる僧を見かねた茶屋の亭主が提案するのが人食い犬を祈って、なつかせた方が荷物を持っていくというものですが、犬の名が「虎」だから「とら」のつくお経を読めば、自分の名を呼ばれたと思って犬がなつくと、茶屋が僧にそっと教えるわけです。 高野さん、いかにも威張り散らして乱暴な山伏役、いつもの高野さんとは思えない、居丈高な山伏の雰囲気を良く出していました。 大蔵会での禰宜役の千太郎さんや以前の野村狂言座で観た萬斎さんの禰宜は、山伏の乱暴さにビクビクと気弱で情けない感じで山伏との対比を際立たせていましたが、深田さんの僧はあまり気弱で情けない感じはしませんでした。いきなり山伏に乱暴に葛桶から引きずり下ろされたり、肩箱を無理矢理持たせようとされたりしながら、迷惑がりながらも後は淡々としている感じで、こういうのも有りかもと思いました。 月崎さんの犬、面は「止動方角」の馬のように賢徳の面ではなく、動物の面でした。鼻と口が前に出ていて、動いた時に黒頭の中にぴんと立った耳が見えました。狐の面だったのかもしれません。僧の経のリズムに合わせて、前足を交互に上げて浮かれ出す仕草がと〜っても可愛い犬でした(^^)
小舞は裕基くんが、ずいぶんキビキビとしっかり舞っていました。
「富士松」 無断で旅に出た太郎冠者を叱りに来た主人は、忍びで富士詣でをしてきたと詫びるので許すのですが、冠者の持ってきた富士松を庭木に欲しいと言って断られます。諦めて帰ろうとするところを、主人の機嫌を損ねてはと富士の神酒を出す太郎冠者に、主人はこの酒に関する連歌を作ろうと提案し、太郎冠者が付けられなければ富士松を取ると勝手に決めます。二人は家で連歌をした後、山王権現へ参詣に行く道中でも連歌をしながら行きます。太郎冠者があまり上手に付けるので主人はおもしろくありません。 万之介さんと万作さんのコンビ、連歌を付け合う呼吸もぴったりで、一種のリズム感があります。最後は主人の難句に、この場の二人の関係を風刺した句を付けて叱られるということですが、連歌の内容が解らないとこれはおちが解らないですね。なんで、終わっちゃったのという感じがしてしまいます。
「松囃子」 毎年正月に舞を舞いに来る万歳太郎が、今年はなかなか来ないので待ちわびている兄弟の所へ万歳太郎がやってきます。実は、いつも年の暮れに年取物の米一石をそれぞれ太郎に送っていたのを二人とも去年は忘れていたのでした。太郎は米のことを思い出させようと話し掛けるのですが、一行に思い出さないので簡単に舞を済ませてしまいます。やっと思い出した二人が、後で届ける約束をしたので、太郎もやっとめでたく舞い納めるのでした。 正月らしい祝儀ものですが、萬斎さんの太郎が舞いをめでたくも無しとすぐ止めてしまうところや、米の約束をした方だけちゃんと舞うところなどの表情、態度の変化が面白く、舞の美しさや最後に橋掛かりを水車(横転)で回転しながらの幕入りが見事でした。太郎さん、本当にめでたい顔をしていました。 |
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| 2006年1月18日 (水) |
第20回NHK能楽鑑賞会 《時どきの花・それぞれの芸》〜狂言づくし〜 |
場所:国立能楽堂 18:30開演
「二人袴」 聟:茂山逸平、兄:茂山宗彦、太郎冠者:茂山童司、舅:茂山七五三 笛:一噌隆之、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:梶谷英樹 後見:松本薫
「武悪」 武悪:野村又三郎、太郎冠者:野村小三郎、主:野村万作 後見:奥津健太郎
素囃子「大小楽」 笛:一噌隆之、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:亀井広忠
「金岡 大納言」 金岡:野村萬斎、妻:石田幸雄 笛:一噌隆之、鵜澤洋太郎、大鼓:亀井広忠 地謡:野村万作、深田博治、高野和憲、月崎晴夫 後見:野村万之介、野村良乍
茂山家の「二人袴」を観るのは3回目くらいでしょうか、千五郎さんの聟なんていう最年長聟もありましたが(笑)最近観た童司君の聟も可愛らしかったです。 配役によって、兄弟という設定もあるそうで、童司君の時も正邦さんと兄弟の設定でした。今回は本当の宗彦、逸平兄弟による二人袴。逸平聟は出てきた時からぽよ〜んとした聟さん。近所の子供達と遊んでいたといっては「いい歳をして」と兄さんに呆れられる。聟入りなど恥ずかしくていやだという弟に聟入りするなら何でも買ってやろうという兄。それならと弁慶の人形だの、犬だの、饅頭だのを欲しがるなんとも幼い聟さん。「海神別荘」の凛々しい若様とはとても同じ人とは思えない逸平さんです(笑)。 脇正面の席だったので、袴を前半分しか付けていない兄弟を後ろから見るかたちで、後ろを見せないように舞う聟さんのちょこちょこ歩きを目の前にして、これもなかなか面白かったです。今回は舞の時にお囃子が入り「三段の舞」を舞う正式な演出でした。 しっかり者の兄さんと甘えん坊の弟という雰囲気、七五三さんの舅の存在感と三人の若者のどこか現代っぽさを感じる演技も茂山家らしい。 夫君も和泉流とは全然違うねと言いながら楽しんでいました。
「武悪」 又三郎さんと小三郎さん親子で観るのは初めてです。武悪の又三郎さんは飄々とした感じで、時代劇風に力が入って強そうな小三郎さんに対して、小柄で細い又三郎さんはあまり強そうには見えませんでしたが、夫君の曰く「武悪はいつももっと、くせのある感じがするけど、今日はあっさりした感じだった」と、やっぱり又三郎さんの持ち味のせいでしょうか。 幽霊に扮してからはいつもの黒頭ではなく、長い白鉢巻に白装束の武悪。白鉢巻は「朝比奈」の亡者と同じですね。杖を持って体を少し斜めにフラフラと出てくる武悪。前場とは一転して幽霊を怖がりながらまんまと騙される万作さんの主人と飄々とした又三郎さんの幽霊武悪は雰囲気ぴったりで、やりとりも面白く楽しめました。
素囃子「大小楽」 雅楽を模したとされる“楽”という囃子を、笛と大小の鼓で演奏するもので、能の「天鼓」や「富士太鼓」「梅枝」などで奏される曲です。本来雅楽では太鼓がかかせないのが、囃子で除かれているのは、かつてこれらの曲でシテが舞いながら太鼓を打ったためではないかとのことです。 常のお囃子とは笛の音が特に違う感じで、観たことのある能「天鼓」で天鼓の霊が太鼓を打ちながら舞う姿が浮かんできました。
「金岡 大納言」 「金岡」で装束の豪華な大納言、装束の籠の模様が妻の小袖の模様とお揃いだったのが何か御洒落だななんて思ってしまいました。 萬斎さんは長髪の鬘で真っ直ぐではなく、ちょっとウェーブがかかったような髪を脇に垂らしている部分は捻ってまとめてあるようでした。 狂い笹をもって出てくるシーンから能懸かりな感じ、あの「法師が母」の狂いの美しさ、舞い謡いでぐーっと惹き付けます。 目の前で夫の恋狂いの様を見せつけられた石田妻「私だって化粧すれば美しくなる。あなたは絵師なんだから綺麗に塗っておくれ」と言うわけですが、あの地謡の「下地は黒き山烏」どう塗っても想い人のように美しくならない妻に余所を向いてはため息まじりのしかめっ面の金岡(大笑)。 ほっぺの白丸、中に赤丸のペインティングは、おいおい絵師なんだからもっと上手く描いてよと言いたくなるんですが、やっぱり毎回笑ってしまいますね。 |
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| 2006年1月14日 (土) |
国立能楽堂普及公演 |
場所:国立能楽堂 13:00開演
解説・能楽あんない 「盧生の夢」馬場あき子
狂言「内沙汰」 右近:野村萬斎、妻:石田幸雄
能『邯鄲』 シテ(盧生):宇?通成 子方(舞童):漆垣諒也 ワキ(勅使):工藤和哉 ワキツレ(大臣):?井松男、御厨誠吾、芳賀俊嗣 ワキツレ(輿舁):則久英志、梅村昌功 アイ(宿の女主人):野村小三郎 笛:竹市学、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:井上啓介 後見:松野恭憲、廣田幸稔、宇?竜成
最初に本日の能・狂言について馬場あき子さんから解りやすい解説がありました。会場には学校の鑑賞会らしく、女学生の団体が来ていました。
「内沙汰」 大蔵流では「右近左近」(おこさこと読みます。) 右近(おこ)が妻に伊勢講が成就したので近所で寄り合って参宮すると妻を誘うが妻は隣りの左近は馬で行くだろうから、お供のように徒歩で行くのは嫌だと言います。すると右近は、左近の牛が自分の田に入って稲を食べたので弁償に牛をもらうから、それに乗って行けばいいと言い、牛に今日からお前はうちの牛だと言い聞かせたなどと言って(笑)妻に馬鹿にされます。しかし、これから公事に訴えに行くと言うと、妻は村一番の口利きで地頭とも親しい左近と口下手で地頭とも馴染みのない右近では勝ち目が無いからやめなさいと止めます。それでもどうしても訴えるという右近に、それでは家で稽古をしてからいけばいいと、妻は烏帽子をつけ、太刀をもって地頭に扮し、初めは左近の立場になって行くところから始めます。左近になると上手に言い分がいえるのに、自分の立場になると途端に地頭のところに行くだけでビクビクしてしまい、稽古だか本当の訴訟だか分からなくなった右近は妻が扮した地頭の矢継ぎ早な質問に目を回して気絶してしまいます。 正気に戻った右近は、聞けば左近の言い分が正しいから訴訟はやめなさいという妻に、おまえは左近と出来てるだろうとなじるが、怒った妻に反撃されて投げ飛ばされてしまいます。ここで右近は左近と妻が浮気をしている現場を見たが、じっと我慢していたと言うんですね。そんな右近の不甲斐なさに妻はよけいキレてそれは私の恥ではなくて、あなたの恥でしょうと、そんな男はこうしてくれると投げ飛ばして「腹立ちや、腹立ちや」と行ってしまうわけです。 右近という男は、気弱で口下手、経済的にも裕福とは言えない、そのうえ妻まで寝取られた情けな〜い男です。 最後に右近が去っていく妻に「左近とおぬしは夫婦じゃわいやい」と言っていたようなのですが、どういう意味なんでしょう?お前たちはそういう仲だろうということなんでしょうか。最後はとぼとぼと引き揚げていきました。 違う終わりかたもあるようで、ハンドブックには右近が笑って留めると書いてあります。あらゆる面で左近にかなわない、妻まで寝取られてしまった男の泣き笑いのようです。また、「右近」を「おこ(痴)」と読ませるのは愚か者に通じているのではないかと思われるとも書いてありました。 萬斎さんと石田さんのコンビは最高で、萬斎さんは訴訟の練習場面で、如才ない左近と気弱な右近の対比を強調して演じわけ、石田さんは気が強いだけで無い妻の逞しさと内心は夫に奮起して欲しいのではないかという女心も感じさせ、最後には物悲しさもありといった作品でした。
『邯鄲』 中国邯鄲の宿の女主人が枕を持って登場し、昔、仙術を行なう人から宿代に枕をもらったがこれで寝ると悟りが開けるといいます。そこにいかに生きるべきか悩める青年盧生が宿をとり、女主人に勧められるままその枕で、粟飯が炊けるまで一眠りすることとします。 するとそこに勅使がやってきて、盧生に楚の国の王位が譲られたと語り、思いも寄らぬ知らせに驚く盧生を輿に乗せて宮殿にやってきます。王座についた盧生の前に、舞童、侍臣一同が登場して、華やかな王宮の場となり、王宮の栄華のさまが謡われ、やがて、即位50年になることが告げられます。廷臣が盧生に霊酒を捧げ、舞童の舞いを見て、栄華の絶頂の盧生は自らも喜びの舞を舞います。四季折々の美しい風景が、目の前に一時にあらわれるように月日が去っていき、いつしか50年の栄華も終り、宮殿も臣下も皆消えてしまいます。 女主人の粟飯ができたとの知らせに目が覚めた盧生は今のは夢であったかと気付きます。そして、どのような栄華も所詮、一睡(炊)の夢と同じ空しいことなのだと悟った盧生は「邯鄲の枕」こそ我が人生の師と感謝して、人生の悩みも消え、晴れやかな気持で帰っていくのでした。 この能はなかなか面白いです。一畳台に屋根を付けた大屋台が宿の寝室になったり、夢の中の宮殿や玉座になったりします。展開も早く、シテが寝室に横になる時には、すでに夢の中の勅使が橋掛かりを歩いてきていますし、逆に夢から覚める場でも橋掛かりから寝台に飛び込む時にすでに宿の女主人が歩み寄り始め、枕に横になると同時に枕元を叩いてシテを起こします。 一畳台を宮殿に見立ててその上で舞うシテはあんな狭い一畳台の上でも舞いが小さくならずのびのびと舞っていました。舞の途中で台から足を踏み外し、柱を握る「空下り」という型があって、盧生が一瞬現実に戻り、臣下たちに後ろを向いて台の端に座り内省する場面があります。その後、台から下りて舞台から橋掛かりまで大きく舞います。シテが橋掛かりで舞っているうちに、臣下たちはササーっとすばやく切り戸口から去っていき、シテは橋掛かり三の松から一畳台を指し、走りこんで一畳台に入り、瞬時に元の寝た形をとります。そこまでのギリギリに高まった緊張感スピーディーな展開が宿の女主人の声で一転します。 起きた後はほとんど動きがありません。茫然として座した姿から、やがて悟りへ転じ、邯鄲の枕に感謝する姿を地謡が謡い、静かに、しかし晴れやかに去っていくのです。 ストーリー性、展開の早さ、舞の面白さ、そして今回は舞童の子方の舞も非常にしっかりしていて良かったです。 それから、アイの小三郎さんの女主人姿がツボでした(笑)美男かずらじゃなくて、能の女性の長い黒髪を束ねた鬘なんですが、面はかけてない直面で、あのお顔なので(失礼)愛嬌があって可愛いんですけどね〜、なんか笑いそうになってしまうのです。 |
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| 2006年1月13日 (金) |
新春名作狂言の会 |
場所:新宿文化センター 19:00開演
解説;茂山千三郎、野村萬斎
「末広かり」 果報者:茂山千作、太郎冠者:茂山千五郎、都の者:茂山千三郎 後見:島田洋海
「業平餅」 在原業平:野村萬斎 餅屋:野村万之介、布衣:深田博治、稚児:野村裕基、随身:高野和憲、沓持:月崎晴夫 傘持:野村万作、乙:石田幸雄 後見:竹山悠樹
毎年恒例の万作家と茂山千五郎家の競演。解説では、萬斎さんと千三郎さんの小舞競演も楽しみなところです。
初めに出てきた千三郎さんが京都の茂山家のお正月の様子を話してくれました。三が日は奉納公演で大忙しで、茂山家は三が日まではまだ師走だそうです。千三郎さんも三日に神社の奉納で三番三を舞ったとのこと、その日は特に寒くて風があり、面箱の島田さん(今回の後見)は凍死寸前でした(笑)なんて言ってました。 一日は日曜だったため、毎週日曜にやっているFMラジオのパーソナリティーの仕事が早朝からあったり、ホントに茂山家のお正月は仕事で忙しいようです。 「末広かり」の解説をして、都のすっぱについて詐欺師と訳されますが、今のキャッチセールスに近いという説明になるほどと納得。今でもすっぱという言葉は使われていると言うのでなんだろうと思ったら新聞などで「すっぱ抜く」というあの「すっぱ」なのだそうです。知らなかった。 萬斎さんが出てきてから干支の話で去年は酉でしたが、今年は戌。鶏の鳴き声は和泉流と大蔵流は違いますが、犬はどちらも「びょうびょう」だそうで、でも「二人大名」では犬の噛みあいの真似で、茂山家の新演出で負けた方が「キャインキャイン」と言うのが入るのだそうです。萬斎さん「茂山家は新演出が多いですね」と笑っていました。 今回の二人の舞い競演は「宇治の晒」「ちりちりやちりちり」と千鳥でお馴染みの謡いです。舞台を半分ずつで二人同時にそれぞれの家の謡いと舞いで舞うわけですが、今回は謡いはほとんど同じということですが、舞いは全然違います。一緒に舞うとこんなに違うものかと解るのが面白いところ。謡いの詞章はほとんど同じでも謡い方が違うので、お互いに相手に引きずられそうになったりしながら、最後はぴったり合っていました。 千三郎さんが「末広かり」の用意のため先に引き揚げてから、萬斎さんが「業平餅」の解説をして引き揚げていきました。「業平餅」の話では先日石田さんの解説にあったという三大欲の話。有名な色男の業平のことを狂言では「好色」をわざと「高職」と書くのだそうです。
「末広かり」 正月や祝い事でよくやるめでたい狂言。もう正月公演の定番ですね。 今回はやっぱり千作さんの笑顔が最高!太郎冠者が機嫌直しに謡う囃子ものにのって浮かれ出す時の千作さんの笑顔は誰にも真似できません。ぴょんと跳んで膝からダンと落ちたのにはびっくり!元気ですねえ。一時は立てなかったこともあったとは思えない。でも膝を痛めないようにしていただきたい。
「業平餅」 臺飾の小書付きとは出からして違っていたような気がするのですが、業平が布衣を連れて出てきて次第、名乗りの後、布衣を呼び出し、歌の神、玉津島明神に参詣しようと言い、布衣が他の一行を橋掛かりから呼び出すのですが、前は業平を先頭に揚幕から一行が出てきて、正面で向かい合って謡いだったような気がします。 まあ、臺飾の小書演出とは、業平の座る場所が一畳台では無く葛桶だと言うだけで無くいろいろと細かい違いがあったようです。 大蔵流との違いとなると、大蔵流では、「おあし」で足を出すくだりが無い事、和泉流では餅屋の亭主が娘を呼びに行く隙に、業平が餅を盗み食いして喉に詰まらせるのですが、大蔵流ではお金を持たないので、餅が食べられない悲しさに餅尽くしの謡いを謡い、ため息をつく業平のいじましさを餅屋の亭主が不憫に思い、餅を振舞うかわりに娘を京に連れて行って欲しいと呼びに行くわけです。和泉流のお餅は三方の台だけで食べる振りですが、大蔵流では三方には丸い大きなお餅(ふわふわで、食べる時に段々手の中に丸めて見えなくし袖の中に隠して本当に食べたように見せる)ものっていました。 業平の世間知らず坊ちゃんぶり、餅が喰いたいいじましさ、娘を連れてきたときの鼻の下だらりの女好きぶり。顔を見てフリーズ!実に解りやすい正直な反応にやっぱり大笑いです。 今回の傘持は万作さんで、万作さんも良いのですが、やっぱりオトボケぶりが自然と滲み出てくる万之介さんがこの役にはぴったりのハマリ役という気がします。 |
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| 2006年1月9日 (祝) |
梅若研能会 |
場所:観世能楽堂 13:00開演
『翁』 翁:梅若万三郎、千歳:八田達弥 三番叟:野村萬斎、面箱:深田博治
能『賀茂』素働・御田 大鼓:亀井広忠 シテ(里女・別雷神):梅若万三郎 小鼓:幸清次郎 前ツレ(里女):梅若泰志 脇鼓:幸正昭、森澤勇司 後ツレ(天女):八田達弥 太鼓:助川治 ワキ(神職):森常好 笛:一噌幸弘
間(神主):野村萬斎、 (早乙女):高野和憲、月崎晴夫、竹山悠樹、深田博治 後見:梅若雅一、中村裕 地謡:青木健一、古室知也、長谷川晴彦、遠田修 加藤眞悟、青木一郎、梅若紀長、伊藤嘉章
狂言「福の神」 シテ(福の神):野村万作、アド(参詣人)野村万之介、石田幸雄
仕舞「屋島」:梅若久紀 「杜若」キリ:梅若紀長 地謡:青木健一、梅若泰志 「葵上」:梅若靖記 加藤眞悟、古室知也 「雲林院」クセ:梅若善高
能『菊慈童』 シテ(慈童):梅若万佐晴 ワキ(勅使):舘田善博 大鼓:亀井実、小鼓:幸正昭、太鼓:徳田宗久、笛:藤田朝太郎 後見:梅若泰志、梅若靖記 地謡:中村政裕、梅若久紀、日根幹祐、長谷川晴彦 遠田修、青木一郎、梅若善高、八田達弥
予定時間より少し早く、5時半に終り4時間半の会でした。正月の翁では一番短い会でしたが、中身的には一番良かったかもしれない。
観世会での観世宗家の翁も良かったけれど、梅若万三郎さんの翁も品格があってとても良かった(^^)。千歳も颯爽として勢いがあり、この会での囃子方はまったく不安の無い面々でした。宝生会での竹山さんの三番叟の時、妙に小鼓と舞い手のリズムが合わない感じがした時があったのですが、私の気のせいなのか、それとも小鼓か竹山さんのどちらかにズレがあったのか? ともかく今回は気持のいいお囃子で、特に三番叟の始まる時の大鼓の「カンカンカカン、カンカカン」という高い音の軽快な拍子と掛け声が、今でも私の頭の中でリピートしまくっています(笑) 萬斎さんの三番叟はやっぱり好きです。ピシッピシっとしたキレのいい動き、迫力「揉の段」でのエネルギーの放出、「鈴の段」で、ゆっくりしたテンポから段々と早いテンポに登りつめていく(神憑っていく)感じ、高揚感がたまらない。
『賀茂』 室の明神の神職が賀茂社に参詣すると、里女が現れ川辺で水を汲む。神職が川辺の祭壇の白羽の矢について問うと、女は、秦氏女が川に流れる矢を拾い上げたところ懐胎して別雷神を生み、矢とともに賀茂三所の神となった謂れを語って消え失せる。ここで、替間の「御田」が入り、その後、御祖神(天女)と別雷神が現れて天下を祝福する。
「翁付き」により翁のシテが引き続いてシテを演ずるということで、千歳を舞った八田さんも後ツレの天女を舞いました。前ツレの里女の梅若泰志さんは可愛らしい感じがして、前シテの万三郎さんの里女は少し年上の女性で気高さを感じました。 今回嬉しかったのは、前2回の会の『羽衣』でどうしても見えなかった天女に会えたことです。千歳でも気持のいい舞いを見せてくれた後ツレの天女は本当に美しくて、これでやっと会いたかった天女に会えたということが本当に満足でした。
替間の「御田」では、五穀豊穣・子孫繁盛を祈る賀茂の御田植の神事に、神主と早乙女が登場。神主が祝詞を上げた後、女たちによる田植えが始まり、早乙女が田を植えながら、柄振(土をならす農具)をもって舞う神主とかけあいで謡い、帰って行くというもの。 ほとんど謡いどうしの神主の萬斎さん、前日の狂言の時から少し声が枯れてる感じがしましたが、途中からかなり声が枯れてしまい、最後までしっかり謡い通してはいましたが、今回は気の毒なくらいでした。
「福の神」 先月の金春円満井会特別公演では大蔵流山本家がやっていました。大笑いする曲ではありませんが、正月らしいめでたい曲です。やはり大蔵流とは多少科白などが違っていたようですが、大蔵流のほうがお酒好きな福の神という感じがして面白かったという気がしました。
仕舞は、「屋島」の梅若久紀さんの舞いが颯爽としてかっこ良かった。「雲林院」は先日の観世会の梅若六郎さんのほうが情景が見えるようで良かったという気がします。
『菊慈童』 魏の文帝の臣下が勅命を受け、てつけん山に分け入り、庵に住む慈童に出会う。慈童は周王に仕えていた侍童だというが、周の時代から七百年経っていると聞かされた慈童は、周王に授かった枕に書かれた法華経を菊の葉に書き付け、その露が霊水となって不老不死の身となったことに気付き、喜びの舞を舞う。そして、勅使たちにも菊水をすすめ、帝に長寿を捧げて、仙家に入っていく。 このシテの梅若万佐晴さんは60歳とは思えない。面に黒頭で顔と面の境が見えないせいもありますが、舞い姿も若々しくてどう見ても美少年!まさに七百歳の童子に相応しい還暦の美少年でした〜♪
今回は、『翁』『三番叟』そして、『賀茂』の天女に『菊慈童』の美少年。観に行った甲斐があったというものです。 |
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| 2006年1月8日 (日) |
宝生会月並能 |
場所:宝生能楽堂 13:00開演
今年2度目の『翁』です。竹山悠樹くんの「三番叟」の披きを観るために、母親のような心境で行ってきました(笑)。
『翁』 翁:波吉雅之、千歳:佐野玄宜 三番叟:竹山悠樹、面箱:高野和憲 笛:一噌幸弘 『鶴亀』 大鼓:佃良勝 シテ:三川淳雄 小鼓:曽和正博 鶴:金井賢郎 脇鼓:幸正佳、住駒俊介 亀:朝倉大輔 太鼓:徳田宗久 ワキ:森常好 ワキツレ:舘田善博、森常太郎 後見:佐野萌、宝生和英、佐野登 間:野村万之介
地謡:大友順、?橋亘、金森秀祥、今井泰行 前田晴啓、?橋章、小林与志郎、小倉敏克
「末広かり」 主人:野村万作、太郎冠者:野村萬斎、すっぱ:石田幸雄
『羽衣』バンシキ シテ:三川泉 ワキ:宝生閑 ワキツレ:則久英志、梅村昌功 大鼓:國川純、小鼓:鵜澤速雄、太鼓:金春國和、笛:藤田大五郎 後見:塚田光太郎、渡邊荀之助 地謡:野月聡、辰巳満次郎、金井雄資、佐野由於 田崎隆三、今井泰男、當山孝道、大坪喜美雄
『野守』 シテ:亀井保雄 ワキ:宝生欣哉 間:深田博治 大鼓:亀井実、小鼓:住駒匡彦、太鼓:助川治、笛:中谷明 後見:本間英孝、中村孝太郎、武田孝史 地謡:小倉健太郎、山内崇生、東川光夫、朝倉俊樹 登坂武雄、近藤乾之助、寺井良雄、水上輝和
終演予定は6時でしたが、6時20分頃までかかり休憩を入れて5時間20分ほどかかりました。『羽衣』が終わるまで休憩がなかったのが、さすがにキツかった。せめて「末広かり」の後に休憩にして欲しかったですね。
『翁』 金春、金剛、喜多流では狂言方が千歳と面箱を兼ねますが、宝生流と観世流は千歳をシテ方のツレが舞い、狂言方の面箱とは別の人になるので、先日観た観世流と同じ形式です。面箱の高野さんが翁太夫の前に面箱を置いて、蓋を開け、白式尉の面を箱の上に蓋を裏返した中に載せて準備がすむと、控えていた全員が所定の位置につきます。地謡はいつもの地謡座ではなく、正面の囃子方の後ろに座り、後見は翁太夫の後ろに座ります。狂言の後見はいつもの後見座です。 シテの翁は茶系の狩衣姿。千歳は白地の装束(観世会の時も白地だったように思います)三番叟は黒地に鶴亀松竹の柄、観世会での萬斎さんの装束と同じだったと思います。竹山さんは中は赤の格子柄でしたが。 竹山さん、やはり大分緊張してましたね。「揉の段」は声がもう少し響くと良かったですが、それと烏飛びの2回目はもう少し足が上がると良かった等思いましたが、「鈴の段」では面をかけた声がいつもの竹山さんと違うと感じ、いい意味でビックリしました。前に出そうとするのではなく、腹の底に響かせるような声で、聴き慣れた竹山さんの声とは別の人のような気がしました。 動きは万作家らしいキレの良さも見え、大分緊張していましたが、披きとしては、まあ良かったと思います。 面箱持ちで控えている高野さんは去年「三番叟」を披いたばかりなのに、堂々としてすっかり落ち着いた余裕の表情でした。後見の萬斎さんと月崎さんは終始厳しい緊張した表情で見つめていました。
『鶴亀』 年末の乱能で観ただけで、ちゃんとした能で観るのは初めてです。 唐の玄宗皇帝の宮殿にて新年の事始めの儀式が行なわれ、皇帝や大臣たちが登場し、所定の位置に座を占めると、鶴と亀による相舞が行なわれ、更に皇帝がめでたい舞楽を奏して還御するという新年らしい曲です。 皇帝も鶴亀も面を掛けず、全員直面でした。皇帝の三川淳雄さんは皇帝らしい威厳がありました。鶴と亀はそれぞれ鶴と亀をつけた冠を被り、鶴は長絹に白の大口。亀は紺の狩衣に白の大口で二人とも黒い長い髪を垂らしていて、どちらも10代と思われる、かなり若い人たちでした。乱能の時は亀は老人で鶴は女の面をかけてましたが、長寿の象徴といっても、いつまでも若く美しい鶴亀でも良いわけですね。 ワキ、ワキツレの面々は先日の観世会の『高砂』と同じ面々でした。よって『高砂』のワキツレの一人は則久さんではなくて、舘田さんでした。
「末広かり」 めでたい曲として有名ですが、昔は結婚式などでもよく呼ばれてやったそうです。 果報者が宴を開くのに贈り物として末広がりを買って来いと太郎冠者に言いつけるわけですが、喜んで都に行った太郎冠者がいつものように末広がりが何か聞くのを忘れてきたために、都のすっぱ(詐欺師)に騙されて古傘を買わされて帰ってくると、案の定、主人に叱られて追い出されてしまいます。しかし、すっぱに教えられた機嫌を直す囃子ものをすると主人も浮かれ出し、太郎冠者を許して二人で囃子ものに浮かれて終わるというものです。 万作さんの浮かれ出す時の表情がなんとも嬉しそうでめでたい。萬斎さんも末広がりの特徴と合うことを主人に説明する時、特に「戯れ絵」を傘の柄で戯れることだと主人を驚かせる時の嬉しそうでちょっと悪戯そうな表情がいい。「それ」と主人に傘の柄を突き出す時の言い方にも思わず笑ってしまう。 最後は傘を太郎冠者に差し掛けさせて二人で片足ぴょんぴょん(笑)浮かれてめでたく締めくくりです。 今回も囃子方は『翁』から「末広かり」まで、引き続きでした。一噌幸弘さんの笛は終始気持が良かったです♪
『羽衣』 観世会と同じく『羽衣』でした。 観世会の時は、羽衣は橋掛かりの一の松のあたりの欄干に掛けていましたが、今会は松の作り物が正先に置かれ、囲いに羽衣が掛けられていました。 シテの三川泉さんは高齢の方のようですが、扇を持つ手を前に出すと扇が震えてしまうのは、しかたないのでしょうか。なかなか本当の天女には会えません。 笛の藤田大五郎さんは先日と違って、最初のヒシギの音が出なくてあれっと思いました。やはり、高齢ですから日によって調子も変わるのは致し方ないのか、今回はちょっと・・・でした。
『野守』 出羽の羽黒山の山伏が、春日野を通りかかった時、老翁に出会います。老翁は野守の翁(春日野を守る番人)であると言い、山伏の尋ねに応じて野守の鏡とは、清水のことを朝夕、野守の影を映すゆえに野守の鏡というが、真の野守の鏡とは鬼神の持つ鏡のことを言うと言い、「はし鷹の野守の鏡」と言われる謂れについて語ります。そして真の鏡を見せようと約束して塚の中へ姿を消します。そこへやって来た所の者(間)に山伏が尋ねると、野守の鏡の謂れを語り、昼は人となってこの野を守り、夜は鬼となって塚に住む野守が山伏の行力が尊いゆえに現れたのだろうと話します。やがて夜になると塚から鏡を持った地獄の鬼が現れ、天地宇宙のさまを隈なく写し、地獄の姿までありありと見せて、大地を踏み破って、地獄へ入っていきます。 ここに出てくる鬼は鬼といっても悪をなして退治される鬼ではなく、鬼神であり、山伏の祈りによって姿を現し、天上界から地獄まで写す鏡を持ってすべてを見せていくのです。 後シテの鬼神の勇壮な舞いが見どころ。今回は深田さんの間語りが非常にしっかりしていて良かったと思いました。 |
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| 2006年1月3日 (火) |
観世会定期能 |
場所:観世能楽堂 11:00開演
能『翁』 翁:観世清和、千歳:坂井音隆 三番叟:野村萬斎、面箱:竹山悠樹 笛:松田弘之 大鼓:亀井広忠 能『高砂』 小鼓:観世新九郎 シテ:木月孚行 脇鼓:鳥山直也、観世豊純 ツレ:津田和忠 太鼓:助川治 ワキ:森常好 間:野村万之介 地謡:武田友志、上田公威、泉雅一郎、浅見重好 鵜澤郁雄、武田宗和、角寛次朗、上野朝義 後見:寺井栄、野村四郎
狂言「三本柱」 果報者:野村万作、太郎冠者:深田博治、次郎冠者:高野和憲、三郎冠者:月崎晴夫
仕舞 「田村」キリ 観世芳宏 「放下僧」小歌 梅若吉之丞 地謡:坂口貴信、武田尚浩、岡久広、藤波重彦 「雲林院」クセ 梅若六郎 「葵上」 藤波重和 「野守」 観世銕之丞
能『羽衣』彩色之伝 シテ:坂井音重 ワキ:村瀬純 大鼓:国川純、小鼓:亀井俊一、太鼓:観世元伯、笛:藤田大五郎 地謡:林宗一郎、清水義也、岡庭祥大、木原康之 小川明宏、上田貴弘、関根祥六、関根祥人 後見:関根知孝、武田志房
仕舞 「老松」 谷村一太郎 「兼平」 梅若万三郎 「東北」クセ 片山九郎右衛門 「網之段」 観世喜之 地謡:坂井音雅、関根知孝、武田志房、関根祥人 「鞍馬天狗」 観世芳伸
能『岩船』祝言 シテ:角幸二郎 ワキ:工藤和哉 大鼓:高野彰、小鼓:野中正和、太鼓:金春国和、笛:寺井宏明 後見:武田尚浩、観世清和
『翁』から『高砂』「三本柱」まで、笛、大鼓、小鼓は変わらず、脇鼓は『翁』のみ。太鼓は『高砂』から加わりました。 三曲連続の松田弘之さん、観世新九郎さん、亀井広忠さんは大変だったと思います。 能にはワキツレが二人ずつ出ていましたが、番組表には名前が載っていません。『高砂』のワキツレは時々見る顔で、則久さんかもしれません。もう一人は最近良く出ている森常太郎さん(たぶん森常好さんの息子さん。顔はあまり似てませんが)でした。『羽衣』のワキは福王流なのでワキツレはあまり知らない人でした。『岩船』のワキツレは『高砂』と同じ下掛宝生流ですが、別のメンバーで、一人は見たことがありますが名前と顔が一致しません。
『翁』の始まりにはお調べの後、揚幕の内側で何回か火打石を打つ音がしていました。演者一人一人に打っていたのでしょうか。 まず面箱を持った竹山君が緊張した面持ちでゆっくりと出てきて、翁、千歳、三番叟、囃子方と続きます。面箱を持った竹山君は脇正あたりに座り、翁が笛座前、千歳が地謡前に座った時は三番叟は橋掛かりの狂言座、囃子方はそのあと橋掛かりに並んで座っています。面箱を翁の前に運んで面箱持ちがワキ座前に座ってから囃子方が位置についたのか、その前だったのか、すでに記憶が曖昧です(^^; 翁は渋い青ねずの狩衣、他は囃子方や地謡、後見まで素襖上下に侍烏帽子をつけていました。 「とうとうたらり、たらりら〜」と翁の謡いがはじまり、まず、千歳の露払いの舞。颯爽としてキリっとした舞でした。天下泰平、国土安穏を祝う観世宗家の翁舞は厳かで、重厚な雰囲気です。翁舞が終わって翁と千歳が退場すると、お囃子に大鼓が加わって、お囃子が大きく勢いが増すと三番叟の登場「おおさえ、おおさえおお〜」と萬斎さんの三番叟。何回も観ているのに、「揉之段」「鈴之段」と気分が高揚してきてなんとも言えない雰囲気に包まれる。やはり能舞台で『翁』の一連の儀式として観るとこれはまた格別な雰囲気があるのです。是非「三番叟」だけでなく、『翁』式として一度味わっていただきたい。 ふと、気がついたのですが、三番叟の前に後見二人がそれぞれ面箱の中から黒式尉の面と鈴を出して袖の下に隠し、烏飛びが終わるとすぐ二手に分かれて、一人が面を狂言後見に、もう一人が鈴を面箱持ちに渡しに行くのですね。中正面の全体が見える席だとそういう動きも良く分かりました。 脇鼓の観世豊純さんは、かなりお歳なのでしょうか、小鼓を持つ手も打つ手も震えていてちょっとハラハラしました。若い二人とはタイミングのずれるところもあり、少し気になりました。
『高砂』 肥後国阿蘇神社の神主友成(ワキ)が従者(ワキツレ)を連れて都へ旅する途中、播磨国高砂の浦に立寄ると、老翁(前シテ)と老婆(ツレ)が来て松の木陰を掃き清めるので、高砂の松とはどの木か尋ね、高砂・住の江の松は国を隔てた土地であるのになぜ相生の松というのかと問うた。老翁は、今木陰を清めているのが高砂の松で、たとえ山川万里を隔てても夫婦の愛は通い合うものと言い、高砂・相生の謂われを述べる。さらに松についてめでたい故事をあげ、自分達は高砂・相生の松の精が夫婦として現れた姿で、住吉にて待つといい、舟で沖へ消えていく。 友成も浦人の舟で住の江に着くと、住吉明神(後シテ)が出現し、春景色を賞し、御代を祝って神舞を舞い、民の安全と君の長寿を念願し、松吹く風の音に平和な響きを楽しむ。
『高砂』と言えば、めでたい曲として有名ですが、能として観るのは初めてです。「高砂や、この浦舟に帆をあげて・・・」と言う有名な謡いが友成が住の江に舟で渡る時に謡われました。神主と仲の良い老夫婦、そして住吉明神の早いテンポの颯爽とした神舞も気持ち良く、のどかで正月らしいめでたさの清々しい曲でした。
「三本柱」 果報者が三人の冠者たちに、家を新築するための柱を山まで取りにいかせるが、三本の柱を三人の者が二本ずつ持って帰るよう条件を付ける。 山についた三人は考えた末、ふとしたことから柱を三角形に置けば、それぞれが端を二本ずつ持っていけることに気付き、囃子ものを謡いながら帰宅する。主人は三人が謎を解いたことを喜び、いっしょに囃子ものにのってめでたく終わる。
柱を重そうに運ぶ三人。謎を解いた嬉しさに囃子ながら運んで帰ると、万作主人は大喜び。三角形に持った柱の真中で「末広かり」の時のように片足でぴょんぴょん跳ねる姿が楽しそうでめでたさいっぱい。軽々と跳んでいるようでまだまだお元気そうです。
仕舞は気の付いたところだけ。今回の梅若六郎さんの舞は雨が降り、涙を落とすシオリの前、わずかな顔の動きに降る雨が見えるようでした。 銕之丞さんの「野守」は謡いの声も舞いも力強く、銕之丞さんらしい迫力満点の舞いでした。
『羽衣』彩色之伝 三保の松原で松の木にかかった天人の羽衣を見つけた漁夫、白龍は家の宝にしよと持ち帰ろうとするが、そこに天人が現れ衣を返して欲しいという。返そうとしない白龍に、天人は嘆き悲しみ、天上世界を懐かしむ。その様子に心動かされた白龍は天人の舞楽を見せてくれるなら衣を返そうと言い、喜んだ天人は羽衣を纏って美しい舞を舞い、霞にのって天上に上って行く。
有名な「羽衣」の天人の話ですが、今回のシテはじっとしている時の体の揺らぎや足のハコビが気になって、どうも天女に見えてきません。 能はじっとしている時やゆっくりとした舞のほうが難しいといいますが、その通りなのでしょう。同じ姿勢を保ち、長い時間緊張を強いられる「道成寺」の乱拍子がシテにとって、いつ倒れるかと思うほどキツイものだというのも分かる気がします。 友枝昭世さんの少しも揺るがない立ち姿や流れるような動き、床に吸い付いて滑るような足のハコビを観てしまうと、やはりその差が歴然。まず、そこがしっかりしていないと、この世のものでない天女の美しさが立ち現れてこないのです。 藤田大五郎さんの笛は、以前聴いた時のような不安定さは無く、90歳でもさすがと思える澄んだ音色、しっかりした笛の音でした。
後半の仕舞5番は、なかなか見応えがありました。特に梅若万三郎さんの「兼平」にはきりっとした武将兼平の姿が見えました。「東北」の片山九郎右衛門さんや「網之段」の観世喜之さんの静かな舞と「鞍馬天狗」の観世芳伸さんの勇ましい舞いも素敵でした。「老松」には君が代の詞章がそのまま出てきていました。「君が代」の歌詩は、君(天皇)の代が千代も八千代も小石が積もり重なって岩となり、苔がむすまで長く栄えるようにという意味だというのを昔、父に聞いたことがありますが、元は「古今和歌集」にのっている歌だそうです。
祝言『岩船』 観世流では祝言として前場を省略した半能で演じられているようです。 帝の臣下が住吉の浦で太平の御代を賛美していると、棹を持った龍神が現れ、宝を積んだ岩船を漕ぎ寄せ、この国の千代までの栄えを寿ぐ短い能です。 龍神の勇壮でキビキビした舞が見どころでした。
正月を祝うにふさわしい、祝言もの尽くしのめでたい会でした。 |
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