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能楽鑑賞日記

2010年12月11日 (土) ユネスコによる「無形文化遺産 能楽」第三回公演
会場:観世能楽堂 13:30開演

能(喜多流)
『隅田川』
 シテ(母):友枝昭世
 子方(梅若丸):友枝大風
 ワキ(渡守):森常好
 ワキツレ(旅人):舘田善博
    大鼓:安福建雄、小鼓:曽和正博、笛:一噌仙幸
       後見:香川靖嗣、中村邦生
          地謡:粟谷浩之、金子敬一郎、狩野了一、内田成信
              長島茂、出雲康雄、粟谷能夫、粟谷明生

狂言(和泉流)
「鐘の音」
 太郎冠者:野村万作、主:野村萬       後見:深田博治

能(金剛流)
「殺生石」女体
 シテ(里女・狐):豊嶋三千春
 ワキ(玄翁):高安勝久
 アイ(里の者):野村万蔵
    大鼓:國川純、小鼓:幸清次郎、太鼓:小寺佐七、笛:一噌庸二
       後見:廣田幸稔、金剛永謹、豊嶋幸洋
          地謡:元吉正巳、雄島道夫、廣田泰能、豊嶋晃嗣
              種田道一、今井清隆、松野恭憲、宇高通成

附祝言

 豪華メンバーで見逃せない舞台のため、見所は満員でした。能楽協会の主催ということで、プログラムの初めに協会理事長の野村萬さんの御挨拶が載っていました。この公演で、萬さんと万作さんの共演が実現し、万作さんがシテをされたということは感慨深いものがあります。

『隅田川』
 母が子を探す狂女物の悲劇。隅田川の渡守が川を渡る旅人を乗せると、そのすぐ後から都の北白河から我が子が人商人にさらわれて東へ下ったと聞き、物狂いとなって子どもを探す女がやってきます。女が乗船を請うと渡守はおもしろく狂ってみせよ、さもなくば乗せないと言いますが、女が「伊勢物語」の詞章をひいてやりこめ、古歌をひいて嘆くと、渡守も哀れに思って乗せてやることにします。船が出ると旅人が川岸で行われている大念仏のことを問い、渡守は1年前に人商人に連れられてきた子どもがここで病死したので、その子の回向をしていると説明します。そして都北白河の吉田の何某の子であったと言うと、狂女は、それこそ我が子梅若丸と知って泣き伏します。渡守は同情して、その子を埋葬した塚へ案内し、母親は泣く泣く人々と共に念仏を唱えます。すると、母の耳に子どもの念仏の声が聞こえ、子どもの姿が幻のように現れます。母は子どもを抱こうとしますが、白みゆく空とともに子どもの姿は消え失せてしまいます。

 友枝さんが今回、子方を出す演出にしたことについて、プログラムに「ワキが『正しく此の塚のほとりと見えて候』と言っている様に、母親のみの幻覚ではなく皆にも見えたのです。奇跡が起きたのです。目の前に現れた子方が再び塚に消えるということで、現実に戻った母親の孤独をそそり立て、更に救いがたい深い絶望感を訴えることが出来るのです。今回私は、確個たる意図をもって子方を出す演出でつとめさせていただきます。」と語っておられました。
 黒い笠に浅葱色の水衣に笹を担いだ友枝さんの狂女の登場、橋掛りで速くなったり遅くなったりする歩みが不安定で心許ない母の気持ちを反映しているよう。
 船に乗せて欲しいと言う女と渡守との問答では、母親の必死さときっぱりした意志を感じさせます。
 船の中での渡守の森さんの情感のこもった語りに、それをじっと背中で聞いている女が心を高ぶらせ、渡守が語り終えたところで膝の前に支えていた笠がぱたっと倒れ、静かに涙する。控えめな演技なのに、母親の心臓の鼓動、呼吸の乱れ、手の震えすら感じさせるのが凄い。対岸に着いて旅人が降りた後に渡守に確かめるように問い詰める女は、最初は背を向けたまま消え入るような声で問うていたのが次第に向き直り、言葉の間を詰め、語調を強めてゆき、ついに我が子と確信して泣き崩れる。冷酷な現実を認めたくないが確かめずにはいられない母親の切迫感と絶望に圧倒され、思わずこちらも涙ぐみそうになりました。
 渡守に導かれて我が子の塚に対面したシテが、念仏の声の中に我が子の声を聞き、やがて子どもの霊が現れる。子方の大風くんの子どもらしい可愛くてよく通る声、黒頭に白の水衣姿も愛らしい。シテが我が子を抱きしめようとするとその手をするりと抜け、塚に消えてしまう。シテが呆然と泣いていると再び現れて、走り寄るシテに背を向けてまた塚に消えてしまい打ちひしがれるシテ。再び胸に抱きしめることが叶わぬシテの母親の嘆き悲しみ絶望感が伝わって来て、胸がいっぱいになってしまいました。

「鐘の音」
 最近では、9月の「ござる乃座」の時に万作さんの太郎冠者、竹山さんの主で観ています。
 この演目は太郎冠者が主人から言い使った「金の値」と「鐘の音」を間違えて、鎌倉の寺の鐘の音を聴き比べ、鐘の音を口真似で表現する太郎冠者の独り芝居的な要素が大きいのですが、万作さんは、終盤になると息が上がってはいても、鐘の音の口真似は最後まで綺麗に響き、科白にも乱れが無く動きも美しいのはさすがです。そして、太郎冠者の勘違いに呆れて苦々しい表情になり叱りつける萬さんの主人。二人の芸の確かさが相まって主人と太郎冠者のバランスの良さが素晴らしい。今後もお二人の共演が増えることを望みます。

『殺生石』女体
 小書の「女体」は、後シテが女性の姿で現れるものですが、喜多流にもあったと思いますが、もともとは金剛流独自のものだったそうです。所作や舞が華やかな「舞金剛」の特色を発揮した構成が楽しみでした。

 奥州より都に行く途中、那須野ヶ原に着いた玄翁僧正と能力が石の上を飛ぶ鳥が落ちるのを不思議に思っていると、里の女が現れ、これは恐ろしい殺生石で人畜を害するから近付かぬようにと言います。玄翁が訳を聞くと、昔、鳥羽院に仕えた玉藻の前が王道を亡ぼそうと帝を病気にしたが、化生のものであると見破られ、逃げてきてここで殺され、その執心が石になったと語ります。そして自分はその石魂であると明かし、夜になったら懺悔のために本体を現すと言って、石の中に隠れます。
 玄翁が供養して引導をわたすと、殺生石は二つに割れて妖狐が現れ、玉藻の前であることを明かして、安倍泰成に調伏され殺生石となるまでを語り、僧の供養により、この後悪事をしないことを約束して消え失せます。

 大小前に一畳台と大きな石の作り物が置かれ、ワキの玄翁とアイの能力が現れ、問答していると前シテの里女が現れます。泥眼の面に唐織の装束ですが、これが金地に黒やピンクで蝶のようなの形の模様が大胆にあしらわれたとってもモダンな感じのものでした。アイの能力の万蔵さんは前場での出番が多く、ワキと一緒にあらわれ、シテの中入り後もワキの求めに応じて玉藻の前のことを語ります。出過ぎず、場に合った落ち着いた語りで好感が持てました。
 石の作り物が真ん中から真っ二つにパカーンと割れて、後場の妖狐玉藻の前が現れます。霊女の面に頭に九尾の狐を戴き、黒垂、白地の舞衣に緋の大口の装束。舞金剛にふさわしい舞や型。ちょこちょことした狐足のような動きなど激しく縦横に舞うのはさすが金剛流。結構お歳の方なのか動きのキレがもう一つでしたが、熱演でした。
2010年12月10日 (金) 萬斎 イン セルリアンタワー10
会場:セルリアンタワー能楽堂 19:00開演

解説:野村萬斎

「狐塚」
 太郎冠者:深田博治、主:竹山悠樹、次郎冠者:高野和憲   後見:岡聡史

「月見座頭」
 座頭:野村萬斎、上京の者:石田幸雄         後見:月崎晴夫

 ここでの解説は、結構自由なアブナイトークになることが多くて、それが楽しみだったりして(笑)。

 「萬斎インセルリアンタワー」も10回目、もう10年経ったんですねと、感慨深げでした(そういえば、ここのこけら落しで三番叟を舞ったって以前言ってたような)。
 いつもは11月の公演なのに、今回11月にできなかった理由として8月末から11月初めまで映画を撮っていたとのこと。例の「のぼうの城」ですねぇ。そのために、髪を切れなかったこと。最近は映像技術が進んでいて鬘と生え際の境目とか地の網の目が映ってしまうので、生え際を自然にするため自毛を鬘の上にかぶせるそうで、そのために前髪を長くしなければならないとか。共演の佐藤浩市さんなんかと「へんな髪型ですね」なんて言ってたそうです。
 この映画の出演について、初めに話があったのは5年前で、台本が先に出来ていたけれど、まあ、お金が集まらなくてポシャっちゃったらしいです。で、「鞍馬天狗」に出ることになったとか(笑)。
 その後、本が出版されるのには、いろいろ事情があって(盗作問題とか)、それで主人公のキャラをだいぶ変えて出すことになったのだそうです。だから、イメージが違うとか言われてますが、元々は映画の台本が先で、のぼう様は萬斎さんのイメージだったってことですよね。
 今回、太秦で撮影した時、今、某事件で話題の人に15年ぶりに会いましたとのこと。その某事件のことを正月の大阪公演のインタビューで聞かれて、当たり障りのない答えをしたら、記事は「萬斎、海老蔵を心配」と、そのことの方が大きく出てしまった。それはないだろう(笑)。でも、それがあったからこのくらいの記事が(小さい四角)このくらい(少し大きい四角)になったのかどうか分かりませんが(笑)。早く解決してもらいたいもんです(本音)。なんてことを言ってました。
 それから、やっと演目の紹介。その後、時間が余ったようで、質問を受け付けてました。
 お休みの時はどうしているかの質問には、基本的に休みは無いです!と、キッパリ。舞台の無い日は稽古をしてます。あとは、家族がいるので、子どもの自転車を押したり、一緒に逆立ちしたり。最近は、映画の撮影が予定より早めに終わったので、ヨーロッパへ行ってきましたとのこと。といっても、『春琴』のロンドン公演の応援や、3月にやる『まちがいの狂言』パリ公演の会場の下見をしてましたとのこと。
 1月の観世会で裕基君が面箱をやることについての質問には、観世宗家の息子の三郎太君と裕基君が同じ学校の同じ学年だそうで、元服させるような感じだそうです。両方親子で出演ということになるのですが、神奈川芸術劇場のこけら落としでやる前に、能楽堂でやっておこうということになったそうです。
 三谷幸喜さん演出の『Bedge Pardon』の稽古はいつからとの質問には、来年4月後半からだそうです。
 エルメスのパーティーに出られて、スカーフを巻いて踊ったとか?(マジすか!)の質問には、笑って、「スカーフを巻いて踊ってはいません。」杉本博司さんデザインのエルメスの新柄スカーフが出るということで、その柄を転写した幕の前で三番叟を舞ったそうですが、雷が落ちるような光が走る舞台演出もあったようです。「みなさんにお見せする機会があるかもしれません」とのことでした。

「狐塚」
 主人が太郎冠者に鳥や獣が田を荒らさないように、鳴子を渡して狐塚にある田の番をするよう命じます。狐塚には悪い狐が出るという噂があるので、太郎冠者は嫌がりますが、主人の言いつけなので、しぶしぶ出掛けていって鳥を追います。日が暮れて心細くなったところへ次郎冠者がねぎらいにやってきますが、太郎冠者は狐が化かしに来たと思い込んで次郎冠者を縛ってしまい、次にきた主人もまた縛り上げてしまいます。その上、鎌で皮を剥いでやろうと鎌を取りに行くと、その隙に縄を解いた主人と次郎冠者に反撃され投げ飛ばされてしまいます。
 汗をかきかき一生懸命な深田さんに、表情豊かな高野さんと、いつもながらほとんど表情を変えない竹山さんの若手三人のコンビ(笑)。舞台は明るくても、段々と日が暮れて、やがて真っ暗闇になる。暗闇の怖さゆえにとんでもない行動に出てしまうわけですが、まだ、鳥追いののどかな雰囲気や暗闇の怖さを表現しきれていない感じはしました。最後の掛け合いはそれなりに面白かったですが、竹山さんの主はどっしりと動じなさすぎですね(笑)。

「月見座頭」
 何回も観ている演目なので、あらすじは省きます。
 萬斎さんの座頭が以前観た時よりもずっと柔らかい雰囲気になっていて良かったですね。あまり悲壮になりすぎず、石田さんの上京の男の心変わりの不気味さが生きました。ただ、市井の座頭として淡々として生きている感じには、まだもう少しというところでしょうか。
2010年12月4日 (土) 第5回山井綱雄之會
会場:国立能楽堂 13:00開演

『翁』
 翁:山井綱雄
 三番三:山本東次郎
 千歳:山本則俊
   笛:一噌隆之
   小鼓:鵜澤洋太郎
   脇鼓:坂田正博、飯富孔明
   大鼓:亀井広忠
     後見:金春安明、横山紳一
     狂言後見:山本泰太郎、山本則孝
       地謡:金春憲和、井上貴覚、本田芳樹、本田布由樹
           高橋忍、高橋汎、吉場廣明、辻井八郎

『高砂』舞序破急ノ伝
 シテ(老翁・住吉明神):山井綱雄
 ツレ(老姥):中村昌弘
 ワキ(神主友成):宝生閑
 ワキツレ(従者):工藤和哉、則久英志
 アイ(高砂浦の者):山本則秀
   笛:一噌隆之、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:金春国和
     後見:本田光洋、横山紳一
       地謡:金春憲和、井上貴覚、本田芳樹、本田布由樹
           高橋忍、高橋汎、吉場廣明、辻井八郎

ご挨拶・質疑応答

 第5回記念ということで、山井さんが『翁』を披きました。最近、いろんな方の『翁』の披きを観る機会に当たっています。今回は、その後引き続き『高砂』を演じるという『翁付き高砂』という形式に挑戦ということでした。
 『翁』の面は、金春宗家に代々大切にされてきた最高家宝の聖徳太子御作と伝えられる面だそうで、金春宗家より使用を許されたとのこと。そんな古い面が代々伝えられ、今もちゃんと使われていて、拝見できるなんて、なんか不思議な気持ちになります。

『翁』
 千歳が面箱を掲げてゆっくり、ゆっくり橋掛りを進み、翁太夫が現れます。則俊さんが千歳というのはずいぶん年取ってる感じ、それに対して翁太夫の若々しいこと。
 正先で、翁太夫がゆっくり左右に向き座して深々とお辞儀をすると、神聖な空気に包まれる感じがします。やはり、山井さんも緊張した面持ち。
 皆が位置に付き、千歳が翁太夫の前に面箱を置き、蓋を開けると、太夫が面を丁寧に出して裏返した蓋の上に置きます。千歳がそこまでやる場合もあり、これはやはり流儀によって違うのでしょうね。
 「とうとうたらり・・・」と太夫が謡いだし、山井さんはやっぱり声がいいわ。
 則俊さんの千歳の舞、切れも良くて勇ましく、お歳を感じさせない舞。
 山井さんは、翁の面をかけた瞬間から翁らしい威厳が宿ったような感じで、格調高く、りっぱな翁でした。
 東次郎さんの三番三。前にも観たことがありますが、力強い足拍子、切れの良さ、下半身の安定もある三番三で、すばらしいです。
 千歳は三番三の鈴ノ段でのやりとりの後、そのまま先に退場していきました。これは初めて観たような気がします。流儀や家による違いでしょうか。
 お囃子も広忠さんの大鼓の響きと掛け声がやっぱりいいですね。3人の小鼓も息があっていて気持ちが良かったです。

『高砂』舞序破急ノ伝
 舞台上から脇鼓と後見が退場し、地謡が正面後ろから地謡座に移動、太鼓が位置について『高砂』が始まりました。
 これもまた山井さん、声が渋いので前場ではすっかり老翁の雰囲気です。後場の住吉明神の舞、「舞序破急ノ伝」という小書付きで、急な舞からいきなりゆっくりになったり、一気に盛り上がって勢いよくなったり、緩急のある舞が非常に面白く颯爽として引きつけられました。

 休憩時間を挟んで山井さんの挨拶と質疑応答がありました。
 紋付袴に着替えて登場した山井さん。「2時間半もやっておいて、今更何だと、精も魂も尽きてしまって、何を話すんだっけという感じですが」と、本当にお疲れ様です。
 やはり、翁の面についてのお話と面を使わしていただいた安明宗家にお礼をしていました。『高砂』の小書については、前宗家の金春信高師が復曲されたものだそうです。
『翁』は技術的には難しくないけれど、別物、自分が自分でなくなるような感覚になると仰っていました。
 質疑応答では、『翁』の時の普通の能とは違うところについて、地謡が正面後ろにいることや小鼓が3人で打つこと、全員が橋掛りを列になって入場すること、舞台上で面をつけることなど、普通の能とは違うところがたくさんあるけれど、昔から伝えられているとおりにやっているとのこと。やはり、特別な儀式の意味合いがあるからでしょう。
 能楽師の日常については、いつも着物を着ているんじゃないかとか、りっぱな和風の家に住んで、三つ指ついて、とか思われますが、そんなことはありません。着物がユニフォームのようになっていて、これで気持ちがオン・オフする。金春信高先生は日常でも何でもない時に、いきなり摺足をしたりすることがあったというエピソードも話されていましたが、山井さん自身は、オン・オフははっきりしていると思っているとのこと。ただ、能楽師同士で飲みに行ったりすると、自分たちは普通だと思っていても、周りの人には普通ではないと言われるらしいです。
 能面をつける意味について、面に命を吹き込む、面をつけることで変身する、憑依する。世界中の仮面をつける演劇でも言えることで、面は命の次に大切なもの。
 面の良し悪しについて、一口には説明しづらい。いいものを見慣れることで分かってくる。造形の美しさではなく、何かが宿っているパワーを感じるもの。手に取って見て良いと思っても、つけてみるとだめだったり、全然良くないと思っても、使ってみると良かったりすることもあるとのこと。
 もうひとつ、言葉の意味について質問がありましたが、「十八公」というもの。山井さんが良く聞き取れなかったのか、何処に書いてあるものか聞いたり、ちょっと困っていたら、いきなり安明宗家が後見座の後ろの部屋から御簾を上げて顔を出し、答えていたのには笑ってしまいました。最後に宗家が「十八公と書いて松」と仰ったのは分かりました。
2010年12月2日 (木) 第52回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

「引括」
 夫:野村萬斎、妻:高野和憲   後見:岡聡史

「木六駄」
 太郎冠者:石田幸雄
 主:竹山悠樹
 茶屋:野村萬斎
 伯父:野村万之介
    後見:岡聡史

素囃子「早舞」クツロギ
 大鼓:原岡一之、小鼓:観世新九郎、太鼓:小寺真佐人、笛:松田弘之

「唐人子宝」
 唐人:野村万作
 何某:野村万之介
 太郎冠者:深田博治
 次郎冠者:月崎晴夫
 唐子:野村遼太、中村修一
 今若:野村裕基
 熊若:山口圭太
   地謡:石田幸雄、野村萬斎、高野和憲、加藤聡
      後見:岡聡史、時田光洋

「引括」
 口うるさい妻に嫌気がさした夫は、離婚したいと考えていますが、妻が承知しそうにないため、うまく丸めこんで実家に帰らせてしまおうと、骨休めに里帰りするようしつこく勧めます。しかし、夫の意図を察した妻は承知せず、離婚したいならはっきり言えとののしり、ならばと夫が離婚を切り出すと、妻は「暇の印」をよこせと言って、大きな袋を持ってきます。夫が「その袋に好きなものを好きなだけ持っていけ」と言うと妻は夫に袋をかぶせて引っ張っていってしまいます。
 この演目は多分、どこかで観たことがあると思うのですが、今回は萬斎、たかのんコンビの夫婦役。高野さんの強くて怖くて可愛い妻と萬斎さんの妻に頭が上がらないダメ夫が開き直ってみたものの、一枚上手の妻にしてやられるという構図(笑)。やっぱり、最強コンビで笑わせてもらいました。袋の紐が首の所で締まって引っ張られていく萬斎夫(大丈夫かい!)の情けない姿。こんなことやりながら、結局、夫を愛してる妻のお尻にずっと敷かれていくのかなあと、微笑ましくも思えました。

「木六駄」
 万作さん、萬斎さんや他家のは観たことがありますが、石田さんの「木六駄」は初見です。万作さんとも萬斎さんとも違う、石田さんらしくマッタリ、ほっこりした太郎冠者。牛たちを追うのんびりした道行や茶屋の萬斎さんとの楽しげな酒盛りなど、陽気で人の良い雰囲気が石田さんらしい「木六駄」でした。

「唐人子宝」
 九州箱崎に住む何某に仕えている唐人の所へ、故郷から子どもたちが迎えにやってきます。唐人は主人に子どもたちと一緒に帰国したいと言いますが、主人は許さず、日本で生まれた息子の今若、熊若はどうするのかと尋ねます。唐人が二人も連れて帰りたいと頼みますが、主人がどうしても許さないため、悲しんだ唐人の子どもたちは刺し違えて死のうとし、唐人も自分が生きているのが悪いのだと悲観して自害しようとします。さすがに不憫に思った主人は、4人の子どもと一緒に帰国することを許し、喜んだ唐人は、主人に故郷から持ってきた宝物を渡し、喜びの舞を舞って、子どもたちと一緒に帰国するのでした。
 初見です。登場人物も多く、舞を舞う時にお囃子や地謡も入って賑やかです。それにしても唐に二人の子どもがいて、日本にも二人の子ども。で、奥さんはどうなったの?というのがちょっと気にはなりますが(^^;)、とりあえず、めでたしめでたし。
 熊若役の男の子がお初ですが、歳は裕基くんと同じくらいか?声も動きも所作の一つ一つもなかなかしっかりしていました。
 唐子と唐人が死のうとするところなどシリアスな場面もあるけれど、遼太くんと中村修一くんの唐子と万作さんの唐人が話す「唐音」がユーモラスで笑えます。
 やっぱり最後の見せ場である万作さんの喜びの舞が品があって美しい。いつもながら地謡の面々の声も良く、舞台上に並べられた宝物も揃って華やかでめでたい雰囲気に包まれていました。