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能楽鑑賞日記

2011年1月28日 (金) 新春名作狂言の会
会場:新宿文化センター 19:00開演

解説:茂山千三郎、野村萬斎

「附子」
 太郎冠者:茂山千五郎、主人:茂山千三郎、次郎冠者:茂山七五三  後見:島田洋海

「花折」
 新発意:野村萬斎
 住持:野村万作
 参詣人:石田幸雄、深田博治、高野和憲、月崎晴夫、中村修一
 後見:岡聡史

 いつもは、千作さんが出られるのですが、今回は会場入口のボードに千作さん欠席のため配役変更の旨、書かれていました。主人が千作さんから千三郎さんに、次郎冠者が千三郎さんから七五三さんになりました。プログラムの方はすでに変更されたものが印刷されていたので、急に決まったことでもなさそうです。後で、千三郎さんからお話もありましたが、千作さんも90歳を超える高齢ということで、いろいろあるとのこと。はっきりとは仰らなかったですが、やはり、身体の調子が悪いのか、体力的にも厳しいものがあるのでしょうか、ちょっと寂しいものがあります。
 毎年、この公演の楽しみは、東西のお家の狂言がいっぺんに見られることと、千三郎さんと萬斎さんのトークと小舞の競演が面白いからですが、いつもの通り、千三郎さんが先に出てきて茂山家の演目について解説のはずが、「今更(有名な)『附子』について話すこともあるのか」ということで、東京でタクシーに乗ってカチンときた話をされました。
 京都では、「突き当り」のことを「どんつき」と言うそうですが、それが、東京の運転手には分からなかったらしく「早めに仰ってください」と言われてカチンときたそうな、東京では普通の敬語ですが、京都では、学校で先生に言われる命令形に聞えるとのこと。で、萬斎さんと話していても、時々怒られているのかと思ってしまうことがあるそうです(笑)。
 ここで、萬斎さん登場。演目の解説がなかった分、いつもより早い登場のように感じました。
 話を引き継いで、各地の方言について話していましたが、千三郎さんが「萩大名」で「梅の古木」を「梅のごもく」と聞き違える場面がありますが、この「ごもく」というのが京都弁で「ごみ」のこと、「ごもくをほかす」は「ごみを捨てる」という意味だと話され、「ほかす」は「放下す」放すということ、「ごもく」も「五目」ではなくて、「御・・」のつく丁寧な言葉からきているのではないかとのことでした。また、万作家では「花折」などで「けなりい」というけれど、「羨ましい」という意味で、これは茂山家では使わない言葉。山陰の方の言葉で、野村家が金沢の出身だからではないかとのことでした。狂言では、その家によって昔の言葉だけでなく、お国の言葉なども結構入っているんですね、知らなかった。
 また、「しわい(ケチ)」とか「滅却する(死ぬ)」とかも今は使われない言葉なので、茂山家では、学校公演の時など分かり易く言葉を代えるそうです。
 「附子」では、附子の入れ物の方から吹いてくる風の当たっても死んでしまうというので、太郎冠者と次郎冠者が扇で仰いで近寄って行く場面がありますが、千三郎さんの子どものころには、太郎冠者と次郎冠者が向かい合って扇を仰ぐ演出があったそうです。子どもだと、向かい合って仰ぐのが可愛らしかったからではないか、とのこと。でも、それだと「お互い、殺し合ってるんじゃ」(爆)。
 萬斎さんは「柿山伏」で、お祖父さんには葛桶の上に爪先立つよう習ったのに、お父さんに習うとそうではなく、その日習う人によって違うので、子ども心に不条理を感じていたとのこと(笑)。これもたぶん、子どもだから爪先立った方が可愛いというのがあったのではないかとのことでした。
 お待ちかねの小舞のコラボでは干支にちなんで「兎」の舞。萬斎さん、この舞には「あんの山から、こんの山へ」というのが、子どものころには「あんこの山」だと思っていたとのこと。口伝だから字までは分からない。「あの山」「この山」を五七調に合わせて謡い易くするために一字増やしたらしいですが。
 千三郎さんも「蝸牛」の科白に「詮索をして」という科白があって、子どものころ「じいちゃん(先代の千作さん)が何かするのか」とずっと不思議だったとのこと(笑)。
 やっと二人のコラボ舞。短い舞ですが、ずい分違います。大藏流では初めが語りっぽくて後半謡いになってくるのに対して、和泉流は初めが謡いで後半が語りという構成。そのため、舞と謡いを合わせるため、片方が待っている場面があり、ちょっと舞い難そうでした。全体的な印象も和泉流がピッピッと直線的な感じに対して、大藏流は丸く曲線的な感じがしました。
 舞い終わって千三郎さんが、開口一番「すみません間違えました」(笑)と、「言わなきゃ分かんないのに」とツッ込む萬斎さん。やっぱり、舞い難かったようですね。
 千三郎さんが「花折」の舞について萬斎さんに聞いたところ、その時によって謡い舞いも入れ替えが自由だとか、その日の時間によって舞い謡う人数も変わったりするんだそうです。
 最後に、千三郎さんが千作さんが出られなくなったことへのお詫びを言って、着替えのために退場しました。
 後半は、萬斎さん一人で演目の解説。千三郎さんが「今更『附子』の話も・・・」と言って省略したにもかかわらず、ご丁寧に「附子」の解説もされました(笑)。
 「附子」はトリカブトのことですが、吹く風に当たっても滅却するということから「家にプルトニウムがあるみたいな状態でしょうか」と喩えてみたり、海外公演ではどろっとした黒砂糖が分かりにくいので「ハニー(蜂蜜)」と訳しているそうです。
 「花折」では、満開の桜と言っても、桜の作り物が一つ置かれるだけなので、想像力で補ってくださいとのこと。

「附子」
 有名な話ですが、あえてあらすじを書いてみると、主人が太郎冠者と次郎冠者に留守の間、「附子」という、その方から吹く風にあたっても死んでしまうという毒の番をするよう言ってでかけますが、近寄るなと言われれば見たくなるのが人情。風に当たらないように扇で仰いで近寄り、見ると旨そうだと食べてみると、何と砂糖です。二人で取り合って食べるうちに全部なくなってしまい、太郎冠者は、言い訳になるからと言って、掛け物を破り、天目茶碗を割って、主人の帰りを待ちます。主人が帰ると、二人で泣きながら、寝ないように相撲をとっていたら大事な掛け軸と天目茶碗を割ってしまい、死んでお詫びをしようと「附子」を食べたが死ねなかった。と言い訳しますが、結局主人に叱られて逃げ出します。
 千作さんのかわりに七五三さんが代役になったので、兄弟3人の共演となりましたが、千五郎さんと七五三さんコンビの阿吽の呼吸が最高でした。
 アドリブも入っているようでしたが、とにかく茂山家の関西的なノリの良さ、絶妙な間には大笑いです。
 まず、主人が「附子」を持ってきて、「附子の方から吹く風にあたっても滅却するというほどの大の毒だ」と言って番をしろと言うと、「たった今、お持ちになったご主人様は、いつ滅却なさるんで」というツッコミには大笑い。とぼけた言い方と絶妙な間が、もう最高!
 二人で仰ぎながら近付いたり逃げたりの繰り返しも面白いし、食べる場面は流儀によってずいぶん違います。大藏流では二人とも桶から食べますが、和泉流だと桶を太郎冠者、蓋を次郎冠者が持って次郎冠者は蓋に取って食べます。和泉流の場合は派によっても違い、狂言共同社(山脇派)なども、食べ方の型が違います。狂言共同社の「附子」は2回くらい観たことがありますが、最近では昨年の9月の国立能楽堂定例公演で観ていますので、そのレポも合わせて見ていただけると分かります。
 千五郎、七五三コンビは、どこまでが型でどこからがアドリブなのか(笑)。桶を二人の間に置いて仲良く食べようということになっても、食べる時には自分の方に引き寄せていましたが、太郎冠者が桶から離れる時に次郎冠者の肩で箸を拭いたのはアドリブですよね(笑)。
 とにかく、お二人の息の合った掛け合いが見事で、終始大笑いでした。

「花折」
 寺の住持が出かける時に、新発意(しんぼち)に、庭を荒らされるので花見禁制の留守番をするよう言いつけます。住持がでかけると、花見の衆がやってきたので、新発意が断ると、垣の外で酒宴を始めたので、酒が飲みたい新発意は、花にお神酒を上げるようにと、一人だけいれようとしますが、皆、続いて入ってきてしまい、庭で酒宴が始まります。すっかり酔っ払っていい気分になった新発意は、帰る花見衆に桜の枝を折って与え、寝入ったところへ帰ってきた住持に事の次第がバレて、追い込まれます。
 これは、何と言っても萬斎さんの新発意が可愛い(笑)。謡い舞いで風流な花見の宴の後、酔っ払った新発意はとうとう寝込んでしまい、花見衆が帰ると言うと、気が大きくなった新発意、何を思ったか桜の木をボキボキ折って皆に土産に持たせてしまいます。さ〜て、またそのまま寝込んでしまうと万作住持が帰ってきて揺り起す。寝ぼけてまた花を折って渡そうとする新発意に住持唖然で叱りつけ、びっくりした新発意、ふらふらしながら逃げて行くわけですが、萬斎新発意が、いつもながらとってもキュートでした。
 石田さんの安定感と万作さんの身のこなしの美しさ品の良さもさすがです。
2011年1月21日 (金) 国立能楽堂狂言の会
会場:国立能楽堂 18:30開演

「宝の槌」
 太郎冠者:大藏彌太郎、主:大藏基誠、売り手:大藏千太郎

「栗焼」 太郎冠者:山本東次郎、主:茂山良暢

素囃子「大ベシ」
 笛:栗林祐輔、小鼓:田邊恭資、大鼓:大倉慶乃助、太鼓:徳田宗久

「鬼丸」
 鬼丸:石田幸雄
 僧・観音:野村萬斎
 祖父:野村万作
   笛:栗林祐輔、小鼓:田邊恭資、大鼓:大倉慶乃助、太鼓:徳田宗久
     地謡:月崎晴夫、深田博治、高野和憲、岡聡史
 考証:羽田昶

「宝の槌」
 主人が最近都で流行っている宝比べのため、太郎冠者に都で宝を求めてこいと命じます。都に着いた太郎冠者は、男から蓬莱の島の鬼が持っていた宝の槌だと言われて太鼓の撥を買わされます。男は呪文を唱えて打てば何でも欲しい物が出てくると言い、隠していた小刀を小槌から出したように見せるので、すっかり信じた太郎冠者は、帰って主人の前で馬を出そうと必死になりますが、いくら振っても出てきません。窮した太郎冠者は、主人が出世して家を建てる音がすると、とりなして機嫌をとります。

 売り手はすっぱ(詐欺師)ですが、チラシやプログラムでは善竹十郎さんの予定だったのが、千太郎さんの代役となりました。最近、高齢の方の休演が多いので気がかりでしたが、十郎さんが海外公演(たぶん、こちらも急遽代役と思われる)のため、千太郎さんが代役を務めることになったようで、大藏親子共演となりました。
 食後の睡魔に襲われて、残念ながら度々意識が飛んでしまいましたが、十郎さんのすっぱならば、もっと胡散臭い感じだったかなと思うところ、千太郎さんがにこやかに愛想よく話しかけてくる様など、インチキ商法のセールスマンのような感じがして、それはそれで面白かったです。

「栗焼」
 丹波の伯父から40個の栗を送られた主人は、一族を呼んでふるまおうと、太郎冠者に栗を焼くよう命じます。太郎冠者は、めをかく(切れ目を入れる)を忘れてはねさせたり、焦がしそうになったりしながらも全部焼き終わり皮をむくと、あまりに見事な栗なので、つい手が出てしまい、とうとう全部食べてしまいます。困った太郎冠者は、主人に竈の神夫婦と34人の公達が現れ、進上してしまったと言い訳しますが、残りの4つを出せと問い詰められて、1つは虫食い、あとの3つは栗を焼く時の言葉に「逃げ栗、追い栗、灰紛れ」というとおりで、どっかにいってしまったとごまかして主人に叱られます。

 忠三郎さんが、ここのところ舞台でも立っていることがなかなかできないようで、こちらは、大分前から東次郎さんの代役が決まっていました。忠三郎さんだとマッタリおおらかな感じだったろうと思いますが、東次郎さんの太郎冠者がまた楽しかったです。栗を焼く時の仕草など見どころですか、大真面目にやりながらちょこちょこと素早く動く山本家独特のハコビの面白さや東次郎さんが演じるとなんかとってもチャーミング、最後に格調高く謡いになった後、「逃げ栗、追い栗、灰紛れ・・・」と苦し紛れの言い訳をするギャップが大きくて大笑いしてしまいました。良暢さんの柔らかでおおらかな雰囲気の主人も合っていて良かったです。

「鬼丸」
 東国へ向かう旅僧が、伊勢国鈴鹿山に立ち寄ると、そこへ鬼丸という名の男がやってきて宿を探す僧を家へ連れて帰ります。鬼丸は山賊稼業で父親を養っているため、翌朝帰ろうとする僧を待ち伏せて襲いかかりますが、僧から親子共々、地獄の責苦を受けると諭され、罪を悔いて出家することにします。鬼丸が僧から教えられた「れいろくさんとうしゃきぐゎん(鈴鹿山盗者鬼丸)」と山賊の格好のまま唱えていると、二人を案じた父親がやってきて、鬼丸が山賊であったことに怒り、長刀で切りつけようとします。
 すると突然、奇瑞とともに清水寺の観世音菩薩が現れます。鬼丸を更生させるため僧の姿で現れ、改心させたので、二人とも浄土に迎え入れよう、知識も与えようと言って消え失せ、親子はありがたく思って喜びます。

 僧が観音に変わり、前場と後場のようになっている能がかりの演目、和泉流の台本だけにあるものだそうです。悪行を改心して仏門に入るあたり「悪太郎」に似ていますが、全体が能がかりというわけでもなく、狂言と能が混ざり合ったような珍しい曲でした。何と言っても僧が観音様になって出てくる後場が珍しい。
 白い長絹に朱の大口、白い蓮の花の天冠で乙の面(不細工では無いもの)の出で立ち、舞はゆったりした能の舞ではなくて狂言風のかっちりした舞ではありますが、さすがに萬斎さん、女性の姿も違和感なくて綺麗です。去っていく時に橋掛りの中ほどから袖を頭上に被いて、揚幕に後ろ向きのまま下がって消えて行くのにはオオッ!途中で引っ掛かったりせず、見事に揚幕まで下がっていきました。
2011年1月13日 (木) 第53回 野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

「筑紫奥」
 丹波の百姓:高野和憲、筑紫奥の百姓:月崎晴夫、奏者:石田幸雄

「伯母ヶ酒」
 甥:野村遼太、伯母:野村萬斎

「文山賊」
 山賊:石田幸雄、山賊:深田博治

素囃子「神舞」
 大鼓:大倉慶乃助、小鼓:森澤勇司、太鼓:大川典良、笛:藤田貴寛

「麻生」
 麻生の何某:野村万作、藤六:野村萬斎、源六:深田博治、烏帽子屋:竹山悠樹

 年末に万之介さんが亡くなって、松が開けたところで訃報が出されましたが、ロビーには、万之介さんの写真とお花が飾られていて、手を合わせてきました。特に、宝生能楽堂の「野村狂言座」の時は、電車で来られる万之介さんと出会うことがあって、つい思い出してしまいます。万之介さんが出演予定だった「文山賊」は、シテの山賊を石田さんが、アドの山賊を深田さんがすることになりました。

「筑紫奥」
 筑紫の奥のお百姓と丹波のお百姓が道連れとなって都に年貢を納めに行き、無事に納め終わると、奏者から各々が納めた年貢の品を述べるように命じられます。筑紫のお百姓は唐渡りの品の名を、丹波のお百姓は果物類の名を拍子にかかって述べ、褒美に万雑公事(諸雑税)を免除されることになりますが、喜びのあまり大声で騒ぎ過ぎたため、罰として自分たちの耕す田一反ごとに、ひと笑いするよう命じられます。最後には二人が奏者も笑うよう迫って三人揃って大笑いします。
 無事に年貢を納めてめでたいと、最後は三人揃って笑って締めるという正月らしいおめでたい演目。他の家で1回くらい観たことがある気がしますが、あまり観ることのない演目です。
 月崎さんは、お百姓さんらしい泥臭さがぴったりで、存在感も増した感じ、石田さんの奏者は安定感があってめでたさ充分でした。

「伯母ヶ酒」
 酒好きの男が、酒屋を営む伯母のもとを訪れ、一度も酒をふるまってくれない伯母に今日こそ飲ませて欲しいとしつこくねだりますが、やはり飲ませてくれません。そこで、男は、最近このあたりに鬼が出るから注意するように言い残し、帰ったようにみせかけて、鬼に変装して引き返してきます。男は伯母を脅して、これからは甥に酒を飲ませてやるよう命じ、自分も飲みたいと言って、酒蔵に入り酒を飲みますが、酔いが回って寝込み、正体を見破られて追い込まれていきます。
 遼太くんが酔っ払い男の役を演じるようになったんだなあと感慨深いものがあります。
 何のかんのとお酒をねだる甥っ子に一滴もやらんと、にべも無い萬斎伯母さん(笑)。「飲みたけりゃ酒を売ってこい」と冷た〜いお言葉。でも、今回の萬斎伯母さんは、怖いんだけど、どこか艶めかしくて女っぽい感じがしたんですね〜。
 鬼に化けて伯母さんを脅し、酒蔵の中で思う存分酒を飲む甥っ子ですが、顔につけていた面を上に上げて飲んでいたのが、顔の横になり、だんだんべろべろに酔っ払って横になると、ついには膝頭に乗せているのが面白い(笑)。遼太くんの酔いっぷり、声の感じも変わってきて、その成長ぶりに感心してしまいました。

「文山賊」
 二人の山賊が旅人を追いかけながらやってきますが、片方が「(相手の首を)やれやれ」と言うのを「遣れ遣れ(逃せ逃せ)」と勘違いして逃がしてしまい大喧嘩。ついに果たし合いとなりますが、このまま誰にも知られることなく死ぬのは残念だと、妻子に書置きをすることにします。しかし、文を書くうちに二人とも感極まって泣きだしてしまい、やがて仲直りして、連れだって帰っていきます。
 何ともおマヌケで、ほのぼのと気のいい山賊です。あんたたち、それでよく山賊がやっていられると思っちゃいます。
 万之介さんだとまた違う雰囲気になるのかなと思いつつ、終始ほのぼのとした雰囲気の石田、深田コンビでした。

「麻生」
 信濃の国の住人、麻生の何某は都での訴訟も無事に済み、国元に帰ることになります。明日の元日に出仕してから帰ることにし、従者の藤六(トウロク)と源六(ゲロク)に出仕の用意を言いつけ、源六には烏帽子を取りに行かせ、その間に藤六には烏帽子髪を結わせます。しかし、なかなか戻らない源六を藤六に迎えに行かせると、源六は主人の家が分からなくなって迷っていました。藤六が連れて帰ろうとしますが、藤六も迷ってしまい、二人は、このことを囃子物にして謡い歩くと主人が聞きつけて家に入れ、めでたく三人で囃子物にのって終わります。
 これは、初見ですが、抱腹絶倒の面白さでした。舞台上で髷を結うという演技があるためあまり演じられないのでしょうか、めでたさと面白さを兼ね備えた演目なので、これからも是非やっていただきたい演目です。
 烏帽子髪を結うため、万作さんは鬘をつけての登場。剃りあげた月代に後ろはポニーテールのように結んで垂らした頭。鬘は万作さんに合わせてゴマ塩髪でした。最近の鬘はよく出来ているので、本当の頭と鬘の境目が自然で分からない。万作さんが本当にちょんまげ頭にしちゃったのかと思うほど違和感なかったです(笑)。
 万作主人の髪を結う萬斎藤六は、容赦なく主人の頭をパンパン張る、髪をつかんで右へ左へ引っ張るので、主人は、そのたんびに「イタタ、イタタ」、五躰づけ(結髪の際に額につける装飾)をつける前に、額につける側にペッペと唾を吐く、とやりたい放題。それも能天気に嬉しそうにやってるのが何とも(大笑)。髷を結いあげる時は、いつものぶきっちょで大丈夫だろうかと内心ハラハラでしたが、細紐の端を口にくわえて見事に結いあげました(ホッ)。
 その間に烏帽子を取りに行った深田源六は、竹山烏帽子屋から棒の先に載せた烏帽子を受け取ったものの、主人の家が分からなくなって迷ってる。なんとか髷を結いあげた藤六が迎えに行って、出会ったので一緒に帰ることになるんですが、藤六まで迷っちゃう。正月飾りが施されていつもと違うとはいえ、主人の家が分からなくなるとは、やっぱりおマヌケな二人です。それも、いちいち他の家に入っては、違ったと逃げてくるのを繰り返す(笑)。あげくにこのことをそのまんま囃子物にして謡って尋ね歩こうという発想が笑っちゃいます。その囃子物を聞いた主人が浮かれて出てきちゃって、三人で片足ケンケンで浮かれて終わるのが「末広かり」と同じなんですが、後ろで棒の先に烏帽子を載せた源六が、「あ〜、やりそう、やりそう」と思っていたら期待通りに、留めと同時に棒の先の烏帽子を主人の頭にパカッと載せたのには、思わず手を叩いて大爆笑!!
 ホントに笑かしてもらいました!
2011年1月9日 (日) 萬狂言 冬公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

ご挨拶:野村万蔵

「三本柱」
 果報者:野村小三郎
 太郎冠者:三宅右矩
 次郎冠者:三宅近成
 三郎冠者:?澤祐介
   大鼓:柿原弘和、小鼓:森澤勇司、太鼓:金春國和、笛:一噌隆之
      後見:山下浩一郎

「見物左衛門」 見物左衛門:小笠原匡          後見:山下浩一郎

「老武者」
 祖父:野村萬
 稚児:野村拳之介、野村眞之介
 三位:野村万禄
 亭主:野村万蔵
 若者たち:野村扇丞、野村太一郎、野村虎之介、泉愼也、吉住講
 老人たち:野村祐丞、新井亮吉、鍋島憲、清水宗治、炭哲男
    大鼓:柿原弘和、小鼓:森澤勇司、太鼓:金春國和、笛:一噌隆之
      地謡:三宅近成、野村小三郎、小笠原匡、三宅右矩、?澤祐介
        後見:山下浩一郎

 見所は、ほぼ満席。最初に万蔵さんがご挨拶と本日の演目の解説をされました。暮れから風邪を引いて長引いてしまい、やっと治ってきたところだとか、多少鼻声のようでした。
 「三本柱」は、野村小三郎さんと三宅家の共演ということで、和泉流には三派あること、三宅家と万蔵家との関係などの説明もありました。

 「三本柱」
 大果報の者が3人の召使に普請の柱を山から持って来るように言いつけ、ただし、三本の柱を3人で2本ずつ持って来るように条件をつけます。山についた3人は柱を見つけて1本ずつ持って山を下りはじめますが、重いので途中で柱を降ろして一休み。そこで主人の言葉を思い出した太郎冠者が2人に問い、思案の結果、三角形にそれぞれの端を持てばよいと気付き、喜んだ3人は囃子物をしながら戻ります。家で待つ主人は3人が謎を解いて帰って来たのを知って喜んで迎え入れます。
 小三郎さんの堂々とした主人。何ということもない話ですが、祝儀物のおめでたい曲で賑やかな囃子物で楽しそうに帰ってくる3人の冠者と主人とのほのぼのとした結びつきに、思わず笑みがこぼれます。

「見物左衛門」
 見物左衛門が深草祭に出かけて、途中、九条の古御所を見物しているうちに競馬が始まり、その乗りぶりや落馬する様子を楽しんだ後、幟をながめ、さらに相撲見物に行って自分も取り組むことになります。初めは勝ったものの二度目は負けて「もう一度とろう」と追って行きます。
 独り芝居の狂言ですが、加賀前田家お抱えだったことから前田の殿様が作れと仰って万蔵家が作ったといわれる狂言だそうです。
 今回はこの独り狂言に小笠原さんが挑戦され、老練の趣には至らなくても、情景や相手が見えるように熱演されてました。

「老武者」
 万作家でも一度観たことがありますが、今回は稚児さんが二人。プログラムに改訂のポイントとして文教大学名誉教授の田口和夫さんが書いておられますが、上演にあたって江戸初期からの演出の歴史を踏まえ、台本を改定し、演出に工夫を加えたとのことです。まず、初めの能掛りの謡いが「曽我物語」を踏まえた表現であるため、それが現代でも分かるように言葉を補い、稚児を二人とし、それぞれをしっかり者の兄一萬・やんちゃな弟箱王と性格対比させたこと、そして、トメは稚児を手車に乗せてシャギリ留めとして老若和解の目出度さを強調したとのことです。
 内容は、相模の国曽我の里に住む三位が鎌倉見物をしたいという稚児兄弟の供をして、途中の藤沢の宿場で宿を取ると、美しい稚児が泊っていると聞きつけた若衆が押し掛けてきて酒宴を始めます。そこへ老人が自分も盃をとやって来るが、若衆に追い出されて腹を立て仲間の年寄りを集めて、長刀や槍を手に押し掛けてきます。迎えうつ若衆と大立ち回りになりますが、やがて和解して帰るという話です。
 万蔵さんの次男、三男がそれぞれの稚児役で登場し、長男の虎之介くんは若衆として出演するなど、もうそんな役ができる歳になったのかと感慨深いです。すっかりお兄ちゃんらしくなった拳之介くんと、いかにもやんちゃで可愛らしい眞之介くんが稚児兄弟としてぴったりの可愛らしさ。面をかけた老人組が本物の高齢者揃えで、若者たちとの立ち回りがリアルでありながら大げさなのがいかにも狂言らしくて大笑い。最後は二人の稚児を老人と若者がそれぞれ手車に乗せて賑やかに楽しくめでたい終演でした。