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能楽鑑賞日記

2011年2月27日 (日) 狂言大藏会
会場:国立能楽堂 14:00開演

素囃子「神舞」
 大鼓:大倉正之助、小鼓:飯冨孔明、太鼓:桜井均、笛:藤田貴寛

「鴈雁金(がんかりがね)」
 和泉のお百姓:大藏彌太郎、摂津のお百姓:大藏千太郎、奏者:善竹長徳

「文荷」
 太郎冠者:大藏基誠、主人:善竹大二郎、次郎冠者:大藏教義

小舞「海道下り」 善竹忠重

「鎌腹」
 太郎:善竹忠一郎、妻:善竹隆平、仲裁人:善竹隆司

「月見座頭」
 下京の座頭:大藏吉次郎、上京の男:善竹十郎

「菌」
 山伏:山本則孝
 庭主:大藏千太郎
 鬼茸:善竹富太郎
 茸:小宮晨一、長友和也、長友季央、吉田信海、大澤祐
   中村裕介、田熊力也、小梶直人、善竹徳一郎、善竹忠亮
 姫茸:大藏彩乃

附祝言

 大藏宗家主催なので、出演者も多くて、演目も盛沢山な会でした。

「鴈雁金」
 摂津と和泉のお百姓が年貢を納めるために都へ上る途中、道連れになります。和泉のお百姓の年貢が、自分と同じ「初鴈」であることを知った摂津のお百姓は、名前を変え「初雁金」を捧げると言うと、奏者は、同じ鳥を一方は「がん」、一方は「かりがね」と言うので理由を聞きます。二人は見事、それぞれの由来を古歌などを引いて語り、目出度く舞を舞って帰って行きます。
 初見の演目です。諍いやごまかしがあるわけではなく、あくまで目出度い年貢物でした。最後の親子での相舞「三段ノ舞」が見どころ。長徳さんの奏者がいかにもおっとりとした感じでした。

「文荷」
 主人から預かった恋文を届けに太郎冠者と次郎冠者が出かけますが、道々文を持つのを押し付け合う二人。竹に通して二人で担っていくことにしますが、なぜか文が重いので、能『恋重荷』の一節を謡いながら運びます。そのうち何が書いてあるか気になった二人は、とうとう文を読んでしまい、人の恋文をあげつらって楽しむうちに取り合って破けてしまいます。困った二人は風の便りということもあろうと、扇で文を仰ぎだし、そこに心配になってやってきた主人に見つかって叱られます。
 何回も観たことのある演目ですが、二人が恋文を取りあって破いてしまい、扇で仰いで戯れている様子は何回観ても笑ってしまいます。最後は、主人に見つかって次郎冠者があわてて逃げていく間、太郎冠者が破れた文を畳んで主人に「お返事です」と渡すオチは最高!万作家だと、次郎冠者も「お返事です」と渡して、その後で太郎冠者も同じように繰り返すんですが、それも面白いけれど、やっぱり最後に落としたほうが変化があって面白いなと思うんですけど。

 休憩を挟んで、善竹忠重さんの小舞「海道下り」が舞われました。なんか風格があって素敵な舞でした。
「鎌腹」
 外泊ばかりする夫に、妻の怒りが爆発。妻が夫を追いかけますが、仲裁人が止めに入り、夫の太郎はやむなく山仕事へ向かいます。しかし、惨めに思った太郎は、道すがらいっそ死んでしまおうと、鎌を使ったいろいろな死に方を試みますが、なかなか死に切れません。あきらめて山へ行こうとすると、夫が死のうとしていると聞きつけた妻が駆けつけ、必死に止めます。太郎が死ぬなら自分も死のうという妻に、そんなに言うなら死ぬのはやめようと、仲良く帰って行くのでした。
 この演目は、終わり方にいろいろなパターンがあるようですが、今回は、妻と仲良く帰って行くという、めでたしめでたしの終わり方でした。このパターンは多分初めて観るものかもしれません。
 太郎が鎌を括りつけた棒を持った妻に追われて登場し、その後を仲裁人も追いかけてきます。まあ、妻役の隆平さんのわわしいことわわしいこと(笑)。仲裁人に言われて夫が外泊ばかりして帰ってきても働かないと言うと、夫の太郎は、あちこちに付きあいがあるので、呼ばれて、ゆっくりしていけと言われれば断わるわけにもいかない。家に帰れば、このようにうるさく言われては、なかなか帰る気にもなれないと、言います。怒り狂った隆平妻の様子をみると、なんか帰りたくない夫の気持ちもわかるような気がしちゃいます(笑)。小さくなって静かに語る忠一郎夫が、なんか妙に説得力があるんだなぁ。隆司仲裁人に説得されて、山へ行く夫の太郎と、促されて帰る妻。帰る道すがらも、振り返りながら夫に「はよう行け!」と怖いこと怖いこと。
 太郎は山へ行く途中に、惨めになって、こんなことなら死んでしまおうと思うわけですが、鎌で腹を切ろうとしたり、首を切ろうとしてもいざとなると、やっぱりできない。ここも忠一郎さんは、淡々と静かに試みるわけですが、これがかえって滑稽さを引き立たせていて可笑しい。最後に、死ぬのが難しいと気付いて、「なんだ、こんなことするより山へ行けばいいことだ」と、また、山へ行こうとしたところへ、妻が駆けつけてきて「死んではなりません」と止めるので、あわてて鎌を振り上げて自殺をするふりをする太郎。「死ぬな」「いや、死ぬ」と揉み合ったあと、妻が「それなら、私に暇をください(離縁してください)」「淵川に身を投げて死にます」と言うので、「そんなに言うなら死ぬのはやめよう」と太郎。自殺をやめる理由が立ったというもの。最後は夫婦仲良く帰って行きました。
 結局、妻は太郎に腹を立てるのも、愛情が深いからってことですね。太郎は反省してないから、また同じことの繰り返しになるのが見え見えなんだけれど、それでも連れ添って行くんだろうなと思えて、わわしすぎる妻が可愛く思える終わり方でした。
 同伴した私の夫も今回の「鎌腹」が一番面白かったと言ってました。忠一郎さんの淡々とした演技と隆平さんのわわしすぎる演技の好対照が生きていて、忠一郎さんに妙に説得力があって、かえって滑稽さが際立ったというのでしょうか、とにかく面白かったです。

「月見座頭」
 中秋の名月の夜に、下京の座頭が虫の音を楽しんでいると、上京の男が声をかけます。二人は意気投合して、謡い舞って酒宴を楽しみますが、家路へと別れた後、上京の男は、ふと気が変わって引き返し、座頭を突き飛ばして笑いながら帰って行きます。座頭は「今の奴は最前の人とひっちがえ情けもない奴」と、つぶやき、大きなくしゃみをして帰っていきます。
 元々は大藏流のみにあった演目で、和泉流では六世野村万蔵さんが試演してから台本演出に手を加えながら再演されているとのこと。和泉流では、座頭が月見の宴を開いている人達にちょっかいを出して追い払われる場面などもありますが、大藏流では、最初から一人でいろいろな虫の音を聴いて楽しんでいるので、座頭と上京の男だけの世界。静かな名月の夜の野辺という場景が浮かんできます。上京の男が名月を歌に詠むと、それが古歌だと気付いた座頭は自分も古歌で返して、お互い様と笑い合って意気投合。シャレのきいた座頭です。和やかな宴の後、豹変した男に座頭は突き飛ばされるのですが、「が・・・」と、慰みになぶってやろうと変心する時の十郎さんが一瞬怖い。座頭の吉次郎さんは、振り回され突き飛ばされても「今の奴は最前の人とひっちがえ情けもない奴」と、つぶやきながら、淡々と身支度を整え、杖を探してとぼとぼと帰って行く。大きなくしゃみ一つ、後ろ姿にペーソスが漂っていて、それでもまた、明日も淡々と生きていくのだろうと思わせました。

「菌」
 庭に、採っても採っても大きな茸が繁殖して気味が悪いので、山伏に祈祷してもらうことにしますが、茸は祈れば祈るほど数を増やして、ちょっかいを出し、とうとう山伏も逃げ出してしまいます。
 山伏役の則孝さんが、いかにも法力がありそうな能の山伏の装束と変わりない立派な山伏。最初に出て来た茸が、いきなり特大富太郎鬼茸だったのにはびっくり(笑)。でも、最初は見事に撃退するんですよ。さすが、立派な山伏と思ったところが、今度は子どもの茸が三体、祈り伏せようとすると、また大人の茸が三体、あっちもこっちも動き回る茸がどんどん増えて庭主や山伏にもちょっかいを出すありさま。最後に鬼茸と姫茸も登場して一列に並んだ茸たちに追われて山伏もほうほうの体で逃げ出すことに。
 和泉流だと最後に鬼茸が傘を閉じたり広げたりしながら不気味に現れ、「とってかもう」と山伏に襲いかかってくるので、逃げていくのですが、傘は最後に姫茸がさして現れ、山伏は茸たち全員に追われて逃げて行くかっこうでした。
2011年2月24日 (木) 千五郎狂言会 第十回記念
会場:国立能楽堂 19:00開演

「昆布売」 大名:茂山千五郎、昆布売:茂山七五三        後見:井口竜也

「千鳥」
 太郎冠者:茂山正邦、主人:茂山逸平、酒屋:茂山千三郎     後見:鈴木実

「千切木」
 太郎:茂山千五郎
 当屋:茂山あきら
 太郎冠者:茂山童司
 立衆:茂山宗彦、井口竜也、茂山正邦、丸石やすし、茂山七五三
 女房:山本東次郎
 後見:鈴木実

 今回の千五郎狂言会では、千作さんが独吟で出演予定でしたが、中止となりました。早くお元気な姿がまた観たいです。
 能楽堂のロビーでは、ファンクラブのスタンプ係で逸平くんが座っていました。普段の姿の逸平くん、近くで見るとなかなかカッコいい!

「昆布売」
 供がいないので、一人で出かけた大名が通りがかりの昆布売りを無理やり供にして太刀持ちをさせますが、昆布売りは隙を見て太刀を抜き、逆に大名に昆布を売らせます。平家節、小唄節、踊り節などさせて昆布売りがなぶるうちに大名もノッテきてしまい、昆布売りに太刀も小刀も持ち去られてしまうという話。
 「新春名作狂言会」に続いて千五郎さんと七五三さんの共演。飄々とした七五三さんと威張った大名の千五郎さん。最近、この兄弟の息の合ったやりとりが本当に面白い。茂山家の絶妙な台詞の間など、千作さん、千之丞さんからしっかり受け継がれていると感じるお二人でした。

「千鳥」
 ツケのたまっている酒屋から、またツケで酒を買ってこいと命じられた太郎冠者。話好きの主人に浜辺で千鳥を伏せる話や、祭で山鉾を引き回す話などして、隙を見て酒樽をせしめようとしますが、うまくいきません。最後に流鏑馬の様子を再現し、馬に乗る真似をしながら酒樽を持ち去ってしまうという話。
 なんか、叔父さんの千三郎さんより貫録がついてきた感じの正邦さんですが(^^;)、「ちりちりやちーりちり」っと歌いながら酒樽を持ち去ろうとする太郎冠者はなんか可愛い。酒屋もあれこれ四苦八苦して酒樽をせしめようとしている太郎冠者に気付いているだろうに、いちいち「おもしろうない」と酒樽を取り上げる繰り返しを楽しんでいるよう。最後にまんまと持ち去られてしまうわけですが、それでも、また同じことをやってしまいそうな楽しさがありました。

「千切木」
 連歌講の当屋(当番)が講中の人を呼ぶのに、嫌われ者の太郎は呼ばなかったので、太郎は皆の集まっている所に押しかけて悪態をつきますが、怒った人々にやっつけられてしまいます。そこに急を聞いた太郎の女房が駆けつけ、いやがる夫に棒を持たせて、相手の家々に押しかけると、皆が居留守を使うので、急に元気になった太郎は意気揚々と強がってみせ、それを見た女房もほれぼれとして夫婦仲良く帰っていくという話。
 いつも連歌講で講頭をしている自分を呼ばないとはどういうことかと、押しかける太郎。千五郎さんがやると、威張ってて強面で貫録もあるので、若い人がやるより説得力がある。だから嫌われるのねって(笑)。でも、それが数でやられちゃうと途端におどおどと弱気になっちゃう落差が出てて良かったなぁ。
 女房役の東次郎さんが茂山家と違う芸風だから、そこがかえって違う空気を作りだして面白い。勇ましくて夫のお尻をひっぱたきながら仕返しをたきつけるんだけれど、可愛らしさがあるんだよねえ。ちょこちょことした山本家独特のハコビに足を踏みならす仕草や後ろ姿が妙に色っぽい。この女房は棒だけでなく小刀まで持ってきて、最初に居留守を使われて夫が急に意気がって棒を振り回した時は、留守で威張ってもと冷静に対応するのに、次も留守で、今度は小刀を持ってバッタバッタと切り捨てると見得をきると勇ましいとホレボレ。女房が「愛しい人」と呼ぶのではなくて、太郎のほうが「愛しい人」と呼んで、夫についていく形で帰っていきました。夫が大事で好きで肝が据わってて、人前ではちゃんと夫を立ててる。わわしい女房の鑑ですね。