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能楽鑑賞日記

2011年4月30日 (土) 春狂言2011東京公演
会場:国立能楽堂 13:30開演

お話:茂山千三郎

「延命袋」
 夫:茂山あきら
 女房:茂山茂
 太郎冠者:茂山逸平
          後見:井口竜也

「無布施経」 出家:茂山七五三、檀家:茂山千三郎     後見:茂山宗彦

「仁王」
 博打打ち:茂山あきら
 その仲間:茂山童司
 参詣人:丸石やすし、井口竜也、増田浩紀、茂山七五三
 足の悪い男:茂山宗彦
          後見:茂山茂、茂山逸平

 最初に千三郎さんが切戸口から登場してお話。まず、千作さんが出られなくなって配役が変わったことで、昨日、家に行って千作さんに会った時、ものすご〜甘そうなケーキを食べながら「悪いな明日、動けへんね」と仰ったそうな。何か、その時の千作さんの様子が目に見えるようで(笑)。千作さん、やっぱり足腰が悪いようで、でも、それ以外はお元気そうです。配役は、「延命袋」の夫役であった七五三さんが千作さんがやる予定だった「無布施経」の出家になり、「延命袋」の夫をあきらさんがやることになりました。「無布施経」は千作さんがやる予定だったので、素狂言の予定でしたが、七五三さんに変わったので、普通の狂言となりました。
 「京都から新幹線に乗って東京まで来るのに寝ていたので、気がついたのが品川、すぐ東京なので5分くらいでした。狂言のようです。」という話から、歳をとると時間の経つのが速いという話になり、確かに子どもの時より早くなったが、時代のスピード感の違いもあるのではないかと。京都はすべてゆっくりしているが、東京はエレベーターも早い。狂言も「萬斎くんとやると、やっぱり早いですね、でも、間が長い。『えっ、忘れたん?』ていうくらい長い、京都はズルズルダラダラ」なんて、言ってました(笑)。
 その後、狂言や能の舞台での時間の流れの話などがあって、時間となりました。

「延命袋」
 口うるさい女房に嫌気がさした夫は、太郎冠者に里帰りした女房のもとへ離縁状を持って行かせます。それを見た女房は激怒し、直接返事をしに行くと太郎冠者に告げます。帰宅した女房は、暇のしるしが欲しいと言います。夫が何でも好きなものを持っていけと言うので、女房は持参した袋を夫に被せて連れて行ってしまいます。

 あきらさんの主人と逸平くんの太郎冠者のやりとりが上手いです。逸平くんのいかにも嫌々ながら、しかたないという感じやら、茂山家は声の強弱、間の取り方、ちょっとした表情などがリアルで面白いです。いつもながら茂さんの女房のわわしさが凄い(笑)。でも、一番好きなものを持っていくと、夫に袋を被せて引っ張っていく、愛情たっぷりな女房です。

「無布施経」
 毎月のきまりで出家が檀家の家へお経をあげに行きますが、勤めを終えても毎月出るはずのお布施が出ません。しかたなく帰ろうとしますが、今後もお布施が無くなっては困ると思い直して戻り、フセという音をきかせた教化にかこつけて思い出させようとしますが、それでも主人は気付きません。やはりあきらめて帰りかけますが「布施無い経には袈裟を落とす」という言葉もある。どうしても布施のことを思い出してもらおうと、再び檀家の家に引き返し、袈裟を落としたと告げ、その袈裟は鼠が銭十疋も通る穴をあけたのでふせ(伏せ)縫いにしてあるからすぐ分かると言います。ようやく伏せを渡し忘れていたことに気付いた主人はいつもの布施を用意しますが、今度は僧が体裁が悪くて受け取れません。二人が布施をめぐってもみ合ううちに、僧の懐から袈裟が出てきて、僧は面目を失います。

 千作さんのおおらかで可愛らしい僧が観られないのは残念でしたが、七五三さんらしいトボけた雰囲気と必死に布施を思い出させようという感じが、また、なかなか面白かったです。

「仁王」
 博打で無一文になった男が、仲間に今後のことを相談しに行き、そこで仲間は仁王になりすまして、参詣人から供え物をだまし取る計画を持ちかけます。博打打ちが仁王の姿になって立っていると、仲間に連れられてやって来た参詣人が次々と願い事をしてお布施を供えて行きます。味をしめた博打打ちは、残って次の参詣人を待っていると、先ほどの参詣人たちが足の悪い男を連れてやってきます。足の悪い男が願をかけて仁王の足をさすれば仁王が動き、参詣人たちも偽物だと気付いて仁王をくすぐり、我慢できなくなった男が逃げ出すと参詣人たちは後を追いかけていきます。

 無一文になった博打打ちが同じように無一文になった仲間のところに、自分は他の土地に行こうと思うがお前はどうするのかと相談して、仲間が供物をだまし取って、それでもう一勝負しようと持ちかけます。今まで観た「仁王」と設定が少し違っていたりして、こういうのもあるかと、ちょっと面白いです。足の悪い男も生まれつき足が悪いのではなく、田の畔で足を踏み外したとのこと、願かけしなくても、そのうち治るんじゃないの〜なんて思っちゃいましたが(笑)。
 アドリブの願い事も茂山家らしく、最初の丸石さんは、3.11の震災のこと、「日本ガンバレと護ってくだされ」、井口さんは「自粛、自粛で、今夜の打ち上げはどうなるのか、誰か誘ってくだされ」、増田さんは「ツイッターをはじめたが、フォロアーが増えないので、フォロアーが増えるように」、最後の七五三さんは、つけ毛を供えて「もう後がございません。てっぺんが寒うござる」と、オチをつけますね〜、さすが茂山家(爆)。
 飄々とした雰囲気のあきらさんの博打打ちの偽仁王も面白かったです。
2011年4月24日 (日) 喜多流職分会四月自主公演能
会場:十四世喜多六平太記念能楽堂 正午開演

『東岸居士』
 シテ(東岸居士):友枝昭世
 ワキ(旅人):宝生閑
 アイ(門前の者):三宅近成
       大鼓:亀井広忠、小鼓:曽和正博、笛:一噌幸弘
          後見:内田安信、佐々木宗生
             地謡:佐藤陽、大島輝久、内田成信、佐藤寛泰
                 笠井陸、粟谷明生、粟谷能夫、長島茂

「隠狸」 太郎冠者:三宅右矩、主:前田晃一

『千寿』
 シテ(千寿):金子敬一郎
 シテツレ(平重衡):佐々木多門
 ワキ(狩野介宗茂):工藤和哉
       大鼓:原岡一之、小鼓:亀井俊一、笛:槻宅聡
          後見:粟谷幸雄、高林白牛口二
             地謡:塩津圭介、狩野了一、松井彬、粟谷充雄
                 谷大介、大島政允、香川靖嗣、出雲康雅

仕舞「雲雀山」 塩津忠弘
          地謡:塩津圭介、大島輝久、内田成信、友枝真也

『項羽』
 シテ(老翁・項羽の霊):粟谷浩之
 シテツレ(虞氏の霊):佐藤寛泰
 ワキ(草刈男):則久英志
 ワキツレ(草刈男):御厨誠吾
 アイ(船人):高澤祐介
       大鼓:安福光雄、小鼓:古賀裕己、太鼓:大川典良、笛:内潟慶三
          後見:粟谷辰三、金子匡一
             地謡:佐藤陽、友枝雄人、高林呻二、友枝真也
                 佐藤章雄、大村定、塩津哲生、中村邦生

附祝言

『東岸居士』
 東国から来た旅人が京都の清水寺に参詣する途中、門前の者に勧められ、白川の橋の畔で東岸居士に出会います。東岸居士は今日の説法のこと、橋の勧進のこと、素性について旅人に問われるままに答え、また、求めに応じて謡い、舞を舞い、羯鼓を打って遊芸の内に仏法を信じるよう説いて聞かせます。

 初見です。特に劇的な展開はなく、「中ノ舞」「クセ舞」「羯鼓」などの芸づくしが見どころの曲です。シテの友枝さんは、羯食の面にクリーム色の水衣と大口、下に白地に金の丸紋の縫箔、首に袈裟を掛け、若々しく晴れやかで美しい姿。柔らかく流麗な舞い、姿の美しさはさすが友枝さんです。
 次は「自然居士」で友枝さんの表現が観たいと思います。

「隠狸」
 太郎冠者が狸を巧みに獲るという噂を聞いた主人は、太郎冠者に問いただしますが、太郎冠者は知らないとしらを切ります。そこで主人はふるまいの客を招いているので、市場で狸を買ってくるよう命じます。太郎冠者は昨日捕えた狸を市で売ろうとしますが、先回りした主人に見つかり、慌てて狸を隠します。主人は酒に酔わせて狸取りを白状させようとし、すっかり酔っ払った太郎冠者は興にのって舞を舞ううちに、隠した狸を主人に取られて叱られてしまいます。

 可愛いクタクタ狸のぬいぐるみが笑いを誘います。三宅右矩さんは見るたびに堅さが取れて上手くなってきているという印象。狸を隠してごまかしながらの舞など可笑しく、それに前田晃一さんもちょっとした表情や仕草が主人の気持ちをよく表現していて上手いなあと思いました。

『千寿』
 一の谷の合戦で捕虜となり、鎌倉に送られて狩野介宗茂に預けられていた平重衡が、都へ送られる前夜、頼朝の指示で重衡を慰めるため、頼朝の侍女千寿が宗茂邸へ琴と琵琶を持って訪れます。千寿から出家の願いは聞き届けられなかったと告げられた重衡は、南都焼打ちの罪を懺悔することも許されない身の業を嘆き、宗茂はその心中を察して、慰めるため酒を勧めます。千寿も酌をして、詩の朗詠や舞を舞って、重衡の心を和ませ、だんだん二人は心を通い合わせるのでしたが、やがて夜が明け、二人は泣く泣く別れを惜しむのでした。

 シテの金子さんは謡いの声が良く、舞姿も美しく、ツレの佐々木さんの座っている姿がスッとして微動だにせず美しかったです。後に重衡は首を斬られることとなり、それを聞いた千寿は尼になって善光寺で重衡の菩提を弔って一生を終えたと言われているそうですが、一夜の男女の美しくも哀しい出会いと別れの切なさが心に残ります。

『項羽』
 烏江の野で草刈男が秋草を刈って家路につくところ、ちょうど居合わせた老人の操る船に便乗を乞います。船賃の持ち合せが無いことを言い、老人は乗せてくれますが、対岸に着くと、草刈男の一人を呼び止め、船賃の代わりに持っている草花を一本欲しいと言い、躊躇なく朱色の一本の花を取ります。その理由を尋ねると「この花は楚の項羽妃、虞氏を弔ったところから生えた美人草だ」と言って、項羽と高祖の戦いの様を述べ、高祖に破れて自ら首を刎ねて果てたことを語って、自分が項羽の霊だと明かして姿を消します。
 そこへ烏江の渡守がやってきて、草刈男の問いに項羽と高祖の戦いと美人草の謂れを語って、弔いを勧めます。
 草刈男が跡を弔っていると、虞氏の霊と矛を持った項羽の霊が現れ、華やかな昔を偲び、四面楚歌の中、高楼に登って身を投げた盧氏との別れ、焦燥の苦戦と悲憤の自刃を再現して、最後の戦いの場面を見せて消えていくのでした。

 初めに出て来たワキ(則久さん)とワキツレ(御厨さん)の草刈男が肩に担いだ色とりどりの草花が可愛らしい。シテは前場では静かな老人の渡守、船に乗る場面では船の作り物は出されず、則久さんだけがシテの前に座ります。船から降りる時にシテが呼び止めて船賃に花を一本欲しいと言って一本だけちょっと飛び出している花を取ります。面を掛けているシテが取りやすいように、あらかじめ目的の花を取り易くしているのでしょう。花はヒナゲシで、別名を虞美人草と言うそうです。
 後場では、項羽と妃の虞氏の霊が登場し、草刈男たちの前で当時を再現して見せるのですが、正先に一畳台が置かれ、虞氏が身を投げた後、ワキ方が二人とも立て膝のまま横にずれて盧氏の佐藤さんが控える場所を開けたのが、脇正の席だったので真正面に見えて、なんか面白かったです。そして何と言ってもシテの粟谷浩之さんの長い矛を振り一畳台を使っての後場のキレの良い舞が素敵でした。
2011年4月17日 (日) 武田太加志27回忌追善 春の会(第三十回)花影会
会場:観世能楽堂 12:30開演

お話:武田友志

『松浦佐用姫』
 シテ(里女・松浦佐用姫の霊):武田文志
 ワキ(旅僧):宝生欣哉
 間(所の者):深田博治
       大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之
          後見:上田公威、武田尚浩
             地謡:佐川勝貴、武田宗典、坂口貴信、坂井音雅
                 浅見重好、武田宗和、観世清和、関根知孝

仕舞
「田村」キリ 武田宗典
「半蔀」クセ 小川博久
「熊坂」   武田友志
            地謡:坂井音雅、武田尚浩、関根知孝、松木千俊

「鎌腹」 太郎:野村萬斎、妻:高野和憲、仲裁人:月崎晴夫

仕舞
「老松」 関根祥六
「蝉丸」 観世清和
          地謡:坂井音雅、岡久広、武田宗和、小川明宏

『唐船』盤渉
 シテ(祖慶官人):武田志房
 ツレ(唐子):武田祥照、関根祥丸
 子方(日本子):藤波重光、武田章志
 ワキ(箱崎何某):森常好
 間(船頭):野村万作
 間(下人):石田幸雄
      大鼓:亀井忠雄、小鼓:森澤勇司、笛:寺井宏明、太鼓:小寺佐七
         後見:武田友志、木月孚行
            地謡:武田崇史、津田和岳、坂井音晴、坂井音隆
                藤波重彦、松木千俊、岡久広、小早川修

 最初に、武田友志さんが舞台に登場して、大震災があり、今回公演を行うにあたって、やはり悩んだそうですが、被災地の石巻に行って、「普通に生活してください。それが被災地の復興に繋がること」という言葉を何人もの人にいただいて、公演を実施することに決めたそうです。それから、本日の演目についての解説をされました。

『松浦佐用姫(まつらさよひめ)』
 旅僧が松浦潟を訪れ、名所の雪景色などを楽しんでいると、釣竿を持った海士乙女がやってきました。僧が話しかけ名所を尋ねると、女は、鏡を抱いて身を投げた佐用姫を祀った「鏡の宮」への参拝を勧め、また領巾山(れいきんざん)で、狭出彦(さでひこ)が遣唐使として船出する時、佐用姫が山上で領巾(ひれ)を振って別れを惜しんだことを語り、山上憶良(やまのうえのおくら)の万葉集を詠んで、佐用姫と狭出彦との別離の物語を詳しく語ります。また、僧が鏡の謂れを尋ねると、女は妄執の引導を望み、僧から袈裟を授かると、佐用姫の霊であることを明かし、布施として形見の神鏡を見せる事を約束して姿を消します。
 所の者が現れ、僧の問いに佐用姫、狭出彦の悲恋と領巾山の謂れを話します。
 やがて、僧の前に再び鏡を持った松浦佐用姫が男姿で現れ、約束の鏡を見せ、僧は鏡の中に狭出彦の姿を見ます。女姿に戻った佐用姫は恋慕の執心を嘆き、往時の有様を再現して、山上で船を白い布(ヒレ)を振って見送ったあと、神鏡を抱いて海に身を投げ消え失せます。
 観世流だけにある曲で、復曲されたものだそうですが、上演されることが少なく、今回、宗家の薦めもあって上演することになったそうです。初見です。
 前場では、雪笠に釣竿を肩にかけ、白の水衣に浅黄色の地に丸紋の縫箔、面は孫次郎だそうです。後場の男姿でも白の狩衣にグレーがかったような渋い浅黄色の大口で、前と後の色を合わせているような装束。後場の面は佐用姫の面だそうで、この曲のための面でしょうか、脇の髪を一筋長く垂らした黒垂の鬘で品の良い美しさが感じられました。
 後場では佐用姫の狭出彦への想いが、山に登って別れを惜しんでヒレフリをし、悲しみのあまり形見の鏡を抱いて海に身を投げるまでの動きの多い展開で現されていて、美しくも悲しい女心が伝わってきました。
 アイの深田さんもしっかりした明晰な語りで分かりやすく、とても良かったと思います。

「鎌腹」
 2月の大藏会で観たのとは流儀の違いもありますが、また違う展開です。
 怠け者の太郎を妻が怒って鎌を縛りつけた棒で追いまわし、仲裁人が止めに入るも、太郎は女に侮辱されるより腹を切って死ぬと言います。ところが妻は、やれるものならやってみろと言って仲裁人を連れて立ち去ってしまいます。残された太郎は、引くに引けず、様々な死に方を試みるものの死に切れずに結局、山へ薪取りに行くのでした。
 死ねるもんなら死んでみろと言い放つ妻。腹を切ろうと振り上げた鎌を下ろすに下ろせず後に引けなくなった太郎。最後にも妻は現れず、結局一人、山へ向かう太郎。男の惨めさが際立つ展開です。鎌を振り上げて腹を切るという夫をほったらかしてさっさと帰ってしまう猛妻、どうせ死ぬ勇気なんか無いと見抜いてるから、心配して迎えに来るでもない。こんなこと、何回も繰り返しているんでしょうか。残されて、後に引けず、あれこれと死に方を考える太郎。表情豊かで、リアルな表現が萬斎さんらしくて、これもまた面白い。

『唐船』盤渉
 九州箱崎の何某は、唐と船の争いがあった折に、祖慶官人という男を捕え、牛馬の世話をさせていましたが、それから13年後、唐から祖慶の二人の子どもが父恋しさから船に乗って迎えにきます。箱崎は二人に祖慶を引き合わせようと約束し、日本で生まれた子ども二人と一緒に帰ってきた祖慶は、身繕いをして唐の子どもたちと再会します。箱崎は祖慶が祖国に帰ることを許しますが、日本の子どもたちを連れて行くことは、「ここで生まれた二人は、後を継いで召し仕える」と言って許しません。父を連れて帰ろうとする唐の子と、引き留める日本の子の板挟みになった祖慶は、海に身を投げようとし、この様子を見て不憫に思った箱崎は日本の子も連れて帰るのを許します。祖慶は大いに喜んで、船中喜びの舞「楽」を舞いながら帰国するのでした。
 12月の野村狂言座で観た狂言の「唐人子宝」とほとんど同じ内容です。狂言では唐人を演じた万作さんが、今回は唐船の船頭役で、お得意の唐音で話したり、船の作り物の移動や帆の上げ下げなどを一人でこなして大活躍でした。
 シテの祖慶官人は普通の老人姿で現れ、唐子に会うために舞台上で頭巾をつけ、水衣を変えます。
 日本子は連れて行かせないという箱崎に必死に訴える子方の二人がいじらしくて、箱崎役の森さんが憎たらしくみえたこと(笑)。まだ、小学校にも上がって無いと思われる子方ちゃん二人が長い台詞も所作もちゃんとこなして、本当に可愛かったです(^^)。唐子役の若手二人も息の合った連吟でした。最後に船に6人も乗って唐子が二人並んで座っていたのはさすがに窮屈そう(笑)。その狭い船中で優雅に楽を舞うシテの志房さんは、狭さを感じさせない舞で、さすがでした。
2011年4月14日 (木) 第54回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

「鼻取相撲」 大名:深田博治、太郎冠者:野村萬斎、新参者:月崎晴夫

「見物左衛門/花見」 見物左衛門:石田幸雄

「舎弟」 弟:竹山悠樹、何某:野村万作、兄:野村萬斎

素囃子「男舞」 大鼓:柿原光博、小鼓:幸正昭、笛:藤田次郎

「蛸」
 蛸の霊:野村万作、旅僧:高野和憲、所の物:中村修一
     地謡:村井一之、深田博治、加藤聡、内藤連
     大鼓:柿原光博、小鼓:幸正昭、笛:藤田次郎

「鼻取相撲」
 新しく召使を雇うことにした大名が、太郎冠者に探しに行かせ、太郎冠者は海道に出て都で奉公したいという坂東方の男を連れて帰ります。大名はこの男が相撲が得意だと聞き、自ら相手になりますが、いきなり鼻をつかまれ、目を回してしまいます。これは坂東方ではやる「鼻取相撲」という手だと聞いた大名は、鼻を土器(かわらけ)で防御して、今度は拳で張る「張相撲」で勝ちますが、3回目でまた負けてしまったので、腹立ちまぎれに「かわらけ」を取って叩き付け、太郎冠者を引き倒して行ってしまいます。
 よくあるパターンですが、今回は深田大名が小さい素焼きの皿のようなものに紐を通した鼻カバーをつけた図が可笑しくて笑ってしまいました。何だか反則技みたいな鼻への一撃やら拳で殴るなど、どう見たって変な相撲ですが、最後は太郎冠者にやつあたり。萬斎太郎冠者思いっきりぶっ飛んでました(笑)。

「見物左衛門/花見」
 京に住む見物左衛門という男が、清水の地主桜の花見にでかけ、お酒を呑み、謡い舞い、さらに太秦や嵐山の桜を楽しんで、石を投げられて喧嘩になりそうになったりしながらも、釣りを見物したり、舟遊びの雅楽を真似したりしてご機嫌で帰って行くという話。
 独り狂言で、「深草祭」は何回かみましたが、花見は珍しく、この時期にもぴったりなので、楽しみにしていましたが、どうも体調不良で、眠くなってしまい、肝心なところが殆ど観られませんでした(^^;)。同伴の夫は、「石田さん、さすがに上手いね」と褒めていたので、残念。

「舎弟」
 いつも兄から「舎弟」と呼ばれる弟が知り合いの何某に意味を聞きにいくと、何某は弟をからかって「舎弟とは盗人」のことだと教えます。怒った弟は兄のもとに飛んで行って文句を言い、兄が「舎弟とは弟のことだ」と言っても聞く耳を持ちません。そして、兄こそ天目茶碗を盗んだり、まだら牛を連れてきて白いところを墨で染めて売ったではないかと暴露して喧嘩になるという話。
 しかし、無知な弟と盗み癖のある兄とデタラメを教える何某とロクな人間が出てこない(笑)。でも、頭が悪くても正直者らしい弟が一番まっとうな人間かな。その弟に日頃の悪事をバラされて逆ギレする兄は悪知恵は働いても力は無いとみえて、弟にブッ飛ばされてしまいます。萬斎さんが「鼻取相撲」に続いて、またも投げ飛ばされていたのには、思わず大笑い、お気の毒でした。

素囃子「男舞」
 いつもは、若手のお囃子が多い野村狂言座ですが、なんと今日はベテラン組。颯爽として勢いのある「男舞」。聞いていて気持ちが良かったです。藤田次郎さんの笛がいい。

「蛸」
 旅の僧が播磨国清水の浦へやってきて、卒塔婆の陰で休んでいると、蛸の精が現れて菩提を弔ってくれるよう頼んで姿を消します。不思議に思った僧が土地の男に尋ねると、昨年の春に大きな蛸が上がって皆で食べたら、夜な夜な化けて出るので、卒塔婆を立てたのだと語り、僧にも弔いを勧めます。僧が弔っていると、蛸の幽霊が現れ、最後の様子を物語り、回向に感謝して消えていくのでした。
 夢幻能のパロディですが、発想が狂言らしい。なんてったって蛸の幽霊ですから(爆)。それが、網にかかって、皮を剥がれて、張り蛸にされた自らの最後を大真面目に謡い舞うんです。僧の念仏が「なまだこ、なまだこ」だし、それを皆、大真面目に、舞台上では誰も笑わずにやります。今回は、後シテの蛸の幽霊が〜、万作さんが頭にリアル蛸の鬘を載せて出てくるとは(爆)。もう、これでやられました。蛸を頭にのせて華麗な舞です。このギャップがたまらん。能のパロディ物では、いつも「わからん」という感じの夫も今回は結構笑ってました。
2011年4月2日 (土) 古希記念 第二十回浅見真州の会
会場:国立能楽堂 13:30開演

『翁』
 翁:浅見真州
 三番叟:野村萬
 千歳:浅見慈一
 面箱:野村虎之介
 大鼓:柿原崇志
 小鼓頭取:大倉源次郎、脇鼓:古賀裕己、田邊恭資
 笛:一噌仙幸
 後見:北浪昭雄、木月孚行
 地謡:柴田稔、岡田麗史、西村高夫、清水寛二
     鵜澤郁雄、阿部信之、山本順之、永島忠侈

仕舞
「忠度」 片山九郎右衛門
「采女」 観世清和
「野守」 観世淳夫
         地謡:野村昌司、長山禮三郎、角寛次朗、泉雅一郎

一調「勧進帳」 謡:浅井文義 小鼓:幸清次郎

『道成寺』
 シテ(白拍子・蛇体の女):浅見真州
 ワキ(住僧):宝生欣哉
 ワキツレ(従僧):大日方寛、則久英志
 間(能力):三宅右近、野村万蔵
    大鼓:亀井忠雄、小鼓:林吉兵衛、太鼓:観世元伯、笛:杉市和
    後見:小早川修、野村四郎
    地謡:青木健一、安藤貴康、長山桂三、北浪貴裕
        馬野正基、梅若万三郎、観世銕之丞、大江又三郎
    鐘吊り:野村扇丞、野村太一郎
    鐘後見:大槻文藏、長山耕三、谷本健吾、観世喜正、遠藤和久

 観世流の浅見真州さん主催の会。古稀記念ということで、なんと演目が『翁』と『道成寺』です。70歳にしてこの2曲を一緒に演ずるなんて凄い。

『翁』
 天下泰平、五穀豊穣を祈念する神事として、震災の後のこの時期に演じられるのは、むしろ相応しく、まさに鎮魂と祈念の思いを込めた厳粛な空気を感じました。
 虎之介くんは、面箱持ちとしてきっちりしっかり勤めあげ、浅見慈一さんの千歳は、小気味よくてキレが良い。浅見真州さんの翁は威厳があって、荘厳な雰囲気でした。そして、なんと81歳の萬さんの三番叟。80歳を過ぎての三番叟といえば、故茂山千之丞さんが関西では毎年正月に舞っていたそうですが、萬さんの三番叟は、まず歳を感じさせない力強く響く声にびっくり、そして安定感があって美しい。力強さとふわっとした軽さも感じる万作さんの三番叟とも違う雰囲気で、萬さんの三番叟も素晴らしい。終わってからの息遣いは荒かったですが、これは最近、普通の狂言でも終わった時に息遣いがかなり聞えるので、やむをえないかと思います。しかし、舞っている間は、そんなことなど感じさせませんでした。

 休憩を挟んで仕舞三番と一調がありましたが、ちょっと寝不足気味だったのが、ちょうど、この時間に睡魔が襲ってきて、あまり覚えておりません(^^;)。

『道成寺』
 ドラマチックで、私の好きな曲です。
 能楽師の登竜門として若い人の披きで舞われることが多いですが、古稀で舞うのは珍しいのではないでしょうか。高い技術、体力、緊張が求められる曲。真州さんは、『道成寺』の原曲といわれる『鐘巻』の復曲にたずさわったといういきさつがあって、その『鐘巻』にあった要素を『道成寺』に反映できないかと考えたそうです。

 鐘吊りは、扇丞さんと太一郎さん。鐘吊りも上手くいくか緊張するところですが、一回で決まってスムーズな滑り出し。
 欣哉さんの住僧が二人の僧を連れて登場。鐘を再興したことを述べて、能力(右近さん)に女人禁制のことを触れるように命じます。やがて重く緊張感のある次第でシテの白拍子が登場します。オレンジがかった唐織ですが、華やかでも地味でもなく落ち着いた雰囲気です。
 女人禁制なのに白拍子に鐘の供養に舞を舞いたいと懇願されて入れてしまう能力。烏帽子をつけてジリジリと鍾楼ににじり寄る乱拍子の緊張感。小鼓の林さんがシテの方に向きを変えて鼓を打ちますが、今回は脇正の私の席からは顔が見えません。小鼓の音に合わせたつま先の動き、身体がブレず、緊張感を保ちながらも、腰を落とした大きな動きなどはゆったりと余裕すら感じます。
 いよいよ「急ノ舞」に転じ、“静”から“動”へ急テンポに舞い上げると、烏帽子を払い落して鐘の下へ、いよいよ鐘入りというその時に、なんと、グラグラっと大きな余震が〜!しかし舞台上では、そんなことを気にする暇もなく、鐘のふちに手をかけ、足拍子を踏んで飛び上がると同時に鐘が落ちる。まさに見事なタイミング!
 アイの能力二人がゴロゴロっと転がり出て「くわばら、くわばら」「ゆりなおせ、ゆりなおせ」「雷かと思った」「地震かと思った」って、鐘入りも見事だったけれど、地震も見事なタイミング(笑)。アイの万蔵さんが「地震かと思った」と言うたびに見所が沸きました。
 右近さんと万蔵さんの能力が、鐘の落ちた報告をするのをなすり合うアイの面白いやりとりのあげく、万蔵さんが逃げてしまったので、右近さんがやむなく住僧に報告。心配したほどのお咎めもなく許されてホッとして戻って行きます。
 欣哉住僧が二人の従僧に鐘にまつわる話を聞かせ、僧たちが力を合わせて鐘に向かって祈祷すると、鐘がゆるゆると動き出し、中から蛇体となった鬼女が現れます。赤い長袴に白練を体に巻き付け、祈り伏せようとする僧に迫る鬼女。激しい気迫で、何度も鐘を見上げて執心を見せ、一進一退を繰り返しながらの真剣勝負。とうとう追いつめられて、般若の面が悲しげな表情に見えます。膝行きで橋掛りの中ほどで日高川に飛び込んでしまいました。住僧が勝どきを上げるように扇を振り上げると、なんとシテは水面から顔を出すように立ちあがって鐘の方をじっと見つめ涙を流しながら幕の中に消えて行くのでした。
 非常に印象的な幕入りで、これは『鐘巻』から反映されたものでしょうか、初めて観る幕入りですが、蛇体の鬼と化した女の悲しみが見事に描き出されていて、胸にズシっとくるものがありました。これは、今まで観た『道成寺』の中でも忘れられないものになりそうです。
2011年4月1日 (金) 第三回萬歳楽座
会場:国立能楽堂 18:30開演

新作曲
一調一管「葛城」 謡:梅若玄祥  小鼓:大倉源次郎(大倉流)、笛:藤田六郎兵衛

一調「松虫」 謡:観世銕之丞  小鼓:幸正昭(幸清流)

一調「女郎花」 謡:大槻文藏  小鼓:観世新九郎(観世流)

一調一声「玉葛」 謡:片山幽雪、片山九郎右衛門  小鼓:横山清明(幸流)

「石神」
 夫:野村万作、妻:野村萬斎、仲人:石田幸雄   後見:深田博治
   小鼓:大倉源次郎、笛:藤田六郎兵衛

『熊野』読次之伝、村雨留、墨次之伝、膝行留
 シテ(熊野):観世清和
 シテツレ(朝顔):観世喜正
 ワキ(平宗盛):宝生閑
 ワキツレ(従者):宝生欣哉
   大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、笛:藤田六郎兵衛
     後見:片山幽雪、上田公威、木月孚行
       地謡:林宗一郎、坂口貴信、清水義也、角幸二郎
           片山九郎右衛門、観世銕之丞、梅若玄祥、大槻文藏

 今回も六郎兵衛さんのご挨拶がありましたが、いつものようにくだけた感じではなく、終始神妙な面持ちでした。東日本大震災が発生してより、3月中の公演を中止していた国立能楽堂での最初の公演になるそうで、六郎兵衛さんもやるべきかどうか悩んだそうですが、本来、能楽にある国土安穏を祈念し、魂鎮めの思いで、開催することにしたそうです。そして、「双調の音取」という曲を、魂鎮めのためにユリをいつもは五つのところを八つにして吹かれました。なんか、じんわりと沁みるような調べでした。

 今回は、小鼓の聴き比べということで、各流儀の小鼓による一調。最後の「玉葛」では謡が二人で、片山幽雪、九郎右衛門親子が交互に謡ったり、一緒に謡ったりしていたのが珍しく、小鼓の音も良かったです。観世新九郎さんの小鼓は、どうも他より乾いた感じの音で、私の好みとしては今一つです。謡の面々は皆さん声が良くて、本当に聴いていて気持ち良くなってしまいました。

「石神」
 酒癖が悪い夫に愛想をつかした妻が家出をし、夫は仲人にとりなしを頼みに行きます。仲人は暇乞いに来た妻に石神様のご託宣に従うように勧め、夫は石神になりすまして妻を待ちます。持ち上げた石神を重く感じるか軽く感じるかで決まりますが、妻が何のお伺いをたてても夫に都合良いことしか告げないので、妻も仕方なくご託宣に従い、元の鞘に収まることにして、お礼に神楽を舞います。そのうち石神になりすました夫も浮かれて舞い始め、妻に見破られてしまいます。
 妻の舞う神楽が「三番叟」の鈴ノ段と同じで、以前に「三番叟」を披く前に高野さんがこの妻の役をやっていたのを観たことがあります。ここでの神楽は笛と小鼓のみで舞われます。萬斎さんが女姿で舞われる鈴ノ段は、なんか艶っぽくて、ついつい石神に化けてる万作夫が面を外して覗き見したくなるのも分かる気がします。ついに浮かれだしてしまう万作さんがとっても可愛らしい(笑)。

『熊野』読次之伝、村雨留、墨次之伝、膝行留
 平宗盛から寵愛を受けている遊女・熊野は、かねてより病気の老母を見舞うため暇乞いを願っていますが、許してもらえず、今日も花見の宴のために熊野に同行することになっています。そこに郷里より朝顔が熊野を迎えに老母の文を携えて現れ、母の安否を問うと、重篤とのこと、熊野は宗盛に母からの文を読み、その心中を訴えますが聞き入れられず、しぶしぶ清水寺に同行します。
 宴の最中、舞を舞っている時、にわかに村雨が降って花を散らすさまに、一層母のことが案じられた熊野は、短冊に歌を詠んで宗盛に渡します。その歌に熊野の心中を知った宗盛は、やっと暇乞いを許し、熊野は喜んで里へ帰って行きます。

 何回か観たことのある曲ですが、今回は小書が4つも付いています。
 「読次之伝」は、熊野の老母からの手紙を前半を宗盛が、後半を熊野が詠み次ぎますが、今回は、最初は宗盛が、途中を二人の連吟で、最後を熊野が読み次いでいました。
 「村雨留」は、熊野が舞いを舞っていると突如の村雨で舞いをハタと止める型。今回は笛が盤渉となり「なうなう俄に村雨のして花の散り候はいかに」と謡って、急に舞いを止めます。
 「墨次之伝」は、熊野が短冊に歌を書きつける時、一気に書くのではなく、途中で筆に見立てた扇で何回か墨をつけたす仕草をするもの。
 「膝行之伝」は、書き終えた短冊を宗盛に渡すさい、一度立ちあがって持っていくのではなく、膝をついたまま、にじり寄ります。
 シテ、ツレ、ワキ、地謡、囃子方とも実力者揃いの豪華メンバーで、期待どおりの舞台でした。
 観世宗家の熊野は品格があって美しく、憂いに沈んでいました。それでも物見車に乗っている姿は、しっかり前を見つめていて、あの面は「増」でしょうか、品のある美しい面にずっと見とれてしまいました。