| 2006年2月19日 (日) |
式能 [第一部] |
場所:国立能楽堂 10:00開演
『翁』 翁:観世銕之丞、千歳:観世淳夫 三番叟:野村萬斎、面箱:高野和憲 大鼓:亀井広忠 『高砂』 小鼓:観世新九郎 シテ:浅井文義 脇鼓:観世豊純 シテツレ:馬野正基 脇鼓:鳥山直也 ワキ:宝生欣哉 笛:一噌隆之 ワキツレ:大日方寛、御厨誠吾 太鼓:桜井均 アイ:石田幸雄 「末広かり」 主:野村万作、太郎冠者:深田博治、すっぱ:野村万之介
『清経』 シテ:金春欣三 シテツレ:金春康之 ワキ:中村彌三郎 大鼓:大倉三忠、小鼓:幸正昭、笛:赤井啓三
「饅頭」 饅頭売り:山本東次郎、大名:山本則重
後見、地謡は省略
一月の『翁』に続き、今年4回目の『翁』となりました。 演者が変わるたびに違った雰囲気が味わえて飽きる事がありません。今回の銕之丞さんの翁はどっしりとした重量感と貫禄のある翁でした。淳夫くんの千歳は変声期のためか、声がつらそうでしたが、力一杯に颯爽と舞う姿が初々しく、思わず応援したくなってしまいました。 今回の萬斎さんの「三番叟」は特に「揉ノ段」が今までとは違う雰囲気でした。 気迫、気合は今までと変わらず入っているのに、今までのように厳しい表情ではなく、表情は穏やかで、時々不思議な笑みすら浮かんでいました。愉悦でしょうか・・・。 考えてみれば「三番叟」は五穀豊穣を“寿ぐ”舞い、悲壮感すら感じる厳しい表情ではなく、「喜びありや」で始まるように喜びであるはず。翁面も穏やかな笑みをたたえています。 そして、最後に片膝をついて終わる決めの型の前に「はあぁぁぁぁぁ」と腹の底から息をすべて吐き出すような声を出していたのにはびっくり。「揉ノ段」に重さ、迫力が増したような気がしました。 人により感じ方、解釈は様々でしょうが、私としてはあえて解釈は加えないこととしました。萬斎さん自身の解釈、あるいは気持ちの有り様に何らかの大きな変化があったための今回の「三番叟」に違いありません。それは、やはり私には推し量れないものと思うからです。 「能楽ハンドブック」には『翁』の『三番叟』は揉ノ段が千歳舞、鈴ノ段が翁の神舞にあたる『翁』のモドキであると書いてあります。 しかし、山本東次郎さんは、そもそも「三番三(叟)」とは実際何なのか、「黒式尉」の面をかけた「黒い翁」はいったい何を意味するのかは、技術的な口伝・秘伝を除けば、その由来や歴史を示す文献資料はごくわずかしかなく、明らかになっていないと言っています。 ちなみに和泉流の「三番叟」の字は「三番目に登場する老人」の意(発生期の父叟・翁・三番叟の順からくるものでしょう)で、大蔵流では万物化成の象を現す「三」の字を当てて「三番三」と言うのだそうです。 「三番三(叟)」の型に含まれる呪術性には、大地に宿る種々の悪しきもの、悪魔、害虫、病気、災害を激しい足拍子と共に追い出し、入神状態の演者の清浄にして壮烈な魂を踏み込んでいくこと。それが地ならし、地固め、耕作の呪術であり、穀物の実りが約束される「五穀豊穣を寿ぐ」に繋がっていくのだそうです。 中世の農民は国の繁栄を支えているのは自分達であるという誇りを持っていたそうです。だから狂言でも自ら「お百姓でござる」と「お」を付けて言い、今年も豊作で年貢を納められてめでたい、となるのです。 「三番叟」だけ、一人の演者が「揉ノ段」「鈴ノ段」とまったく趣きの違う舞を舞う。東次郎さんは、「三番三」は稲の精霊の舞ではないかと言っています。様々な型の意味やリズムの違いから稲の成長を表す「揉ノ段」とたわわに実る成熟をあらわす「鈴ノ段」、稲の成長と実りの中に人間の一生のあるべき理想の姿をなぞらえたのではないかと。 まあ、農耕民族であった日本人にとって、国の繁栄の根本である「五穀豊穣」が、本当は最も大切なことであったのではないかという気はします。
『高砂』 やはり、めでたい曲で1月に2回ほど観ています。 高砂の松の下を箒と熊手を持って掃き清める翁と姨。高砂と住の江の松が国を隔てていても相生の松と言われる訳を、夫婦の愛は遠く離れていても通う合うものと言い、熊手で掃き清める型などが入った舞を舞う前場があり。神主友成(ワキ)の一行が船で住の江に渡る時に、「高砂や、この浦舟に帆をあげて・・・」の有名な謡を謡います。 後場で、住吉明神となって現れたシテが舞う神舞はテンポが早く、颯爽とした舞で、実にカッコイイ!シテの浅井文義さんは美しく、きりっとした舞も素敵でした。
「末広かり」 深田さんの太郎冠者での「末広かり」は初めて観ました。 初めは、ちょっと硬いかなと思いましたが、末広がりが扇のことだとは知らず、都で詐欺師に騙されて古傘を高く買わされてしまう田舎者で、お人よしの太郎冠者の感じが良く出ていて、とぼけた雰囲気もあり、ピッタリでした。 毎度のことながら、胡散臭い万之介さんのすっぱは言う事無し(笑)。囃子ものに浮かれ出す万作さんの座ったまま腰を浮かす動作にはいつも感心してしまいますが、表情が柔らかくて実に可愛らしい。 深田さんもとっても良かった「末広かり」でした。
『清経』 この曲は「あかり夢幻能」で観た友枝昭世さんの清経の印象が未だに強く残っていて、「恋の音取」の小書付きで笛の音に引かれるように橋掛かりをするすると出てきた友枝さんが、本当に清経の霊のように見えたのが鮮烈な記憶となっています。それゆえに、もう少しと思ってしまうのは贅沢でしょうか。 シテの金春欣三さんはかなりお歳の方のようです。自分を置いて先に命を絶ってしまった夫に恨みを述べる妻とのやり取りや戦語りは良かったですが、立ち上がった時など、足元がおぼつかないところがちょっと気になりました。
「饅頭」 初めて観る曲でした。 洛中に住む饅頭売りが店を出しているところへ、遠国の男が郷里へ土産を買いに通りかかります。饅頭を進めると、男は旨いかどうか口元を見ればわかるから食べて見せろと饅頭売りに強要します。饅頭売りは高価な売り物を自分で食べるわけにはいかないと断るのですが、お金はいくらでも払うと言うので、言われるまま終に全部食べてしまいます。さて、代金を請求すると、男は約束を違えて払おうとせず、怒った饅頭売りを刀で脅して去っていってしまいます。
東次郎さんの饅頭売りがとってもいい雰囲気を出しています。最初に葛桶から大きな饅頭を二つ出して載せるところから笑ってしまいます。大蔵流では「業平餅」の時にも出てくる大きな綿で作った饅頭です。これを、食べる時、口に当てて片手で上手に丸めて手の中に収め、食べたように見せて、口を拭く動作をしながら袖の中に隠します。饅頭が段々小さくなって手の中に消えてしまった時には思わず見所から拍手が出ました。 山本家はあえて笑わそうとすることが無く、真面目、無表情、硬いという印象がありますが、東次郎さんは確固とした芸の上にそれを突き抜けた柔軟さが出てきていて、表情も柔らかく、語り口も山本家独特の語尾の上がる様式的な語り口でありながら、非常に気持の入った語りをします。先代の東次郎さんは「守って滅びよ」という言葉で有名ですが、晩年は非常に柔らかさが出てきて、これから面白くなるという時に60代で亡くなってしまったそうです。現・東次郎さんは先代の年齢を既に越えているようですから、もっと長生きしてもらって、その芸の進化をこれからも見せていただきたいものです。 困った表情、びっくりした表情、怒った表情など表情も豊かで、特に最後に一人残され、でも「久しぶりに高価な美味しい饅頭を食べられたから良かった」と言って穏やかな表情で気を取り直して戻っていく前向きな姿勢が狂言らしく、ほっとして暖かなものを感じました。 |
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| 2006年2月17日 (金) |
国立能楽堂定例公演 |
場所:国立能楽堂 18:30開演
「鎌腹」 太郎:茂山忠三郎、妻:茂山良暢、仲裁人:古川道郎
『竹生島』 シテ/老人・龍神:寺井栄 シテツレ/女・弁財天:坂井音晴 ワキ/臣下:?井松男 ワキツレ/従者:則久英志、御厨誠吾 アイ/社人:茂山千之丞 笛:寺井宏明、小鼓:成田達志、大鼓:國川純、太鼓:徳田宗久 ※ 後見、地謡は省略
「鎌腹」 去年の「狂言劇場」で観た和泉流の「鎌腹」とは違い、今回は大蔵流の「鎌腹」。 怒った妻に追われて駆け出てくる冒頭は同じです。大蔵流では、仲裁人が出てきて妻をなだめて帰し、夫を促して山へ行かせます。しぶしぶ山へ向かう道すがら、妻に殺されるくらいなら自分で死んでやると自殺を試みるわけです。鎌で切腹しようとしたり、首を切ろうとしたり、また、鎌の歯を立てて下に置き、その上に跳びかぶさって死のうとしたり、そのたんびに痛い、危ないなどと言い、潔く死ぬから見物する人はいないかと呼んでみたりして、死のうとしてもいざとなると死ねない。 和泉流だと、気を取り直して山へ行くと言って退場するのですが、大蔵流は2通りあって、夫の自害を止めようと駆けつけた妻に「自分の代わりに死んでくれ」と言って再び激怒されて追い込まれるのと、夫婦めでたく仲直りして帰宅するものがあり、今回は後者の方でした。 あれやこれやと試しては、あれもだめ、これもやっぱりだめの太郎役、忠三郎さんの淡々として面白い一人芝居の妙を堪能。最後に自殺を止めようとして駆けつけた妻と仲直りして帰るのも、ほっとして味わいのある終わりかたでした。
『竹生島』 天皇に仕える臣下が、竹生島の弁財天に参詣のため、琵琶湖畔にやって来ます。そこに漕ぎ掛かった漁船に便乗を頼むと、漁師は頼みを聞いて臣下たちを島へ案内します。老漁師はこの地の由緒を語り、同船の女は「弁財天は女神なので、この地は女人禁制ではないのだ」と付け加えますが、やがて二人は姿を消してしまいます。 社殿の中から光とともに弁財天が現れて天女の舞を舞い、湖底からは龍神が踊り出て威勢を示し、天下泰平を祝福します。
ちょうど仕事帰りの睡魔が襲ってくる頃、天女の舞では心地よさに沈没(笑)。しかし、龍神の舞は、その勢い、力強さに目が覚めました。揚幕に入る前にも二回飛び返りが入るなど派手で勇ましい龍神の舞はかっこいい! それと、今回初めて観た千之丞さんのアイ。竹生島の社人が島に伝わる三つの宝物を見せ、さらに望みに応じて岩飛び(湖岸の岩から湖中に飛び込む見せ物)をするというもの。千之丞さんの朗々とした声のしっかりしたアイがとっても印象的でした。最後に「くっさめ」とくしゃみをして帰るというのも面白いアイでした。 |
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