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能楽鑑賞日記

2011年12月23日 (祝・金) 第二十七回狂言やるまい会東京公演 野村又三郎襲名披露
会場:国立能楽堂 11:00開演

『翁』橋懸之舞、附之舞、田歌節
 翁:観世清和
 三番叟:野村又三郎
 千歳:観世三郎太
 面箱持:野村信朗
    大鼓(打掛):亀井広忠
    小鼓頭取:曽和正博
    脇鼓:住駒俊介、住駒充彦
    太鼓:観世元伯
    笛:藤田次郎
 「鳳凰風流」
  鳳凰:野村萬斎
  后稷:奥津健太郎
  夔子:野口隆行
     後見:観世恭秀、吉井基晴
        地謡:坂口貴信、清水義也、谷本健吾、坂真太郎
            野村昌司、関根知孝、野村四郎、小早川修
           狂言後見:野村万作、井上靖浩

一調「金札」
 謡:小早川修    太鼓:観世元伯

「塗附」
 塗師:三宅右近、大名:三宅右矩、三宅近成       後見:金田弘明

仕舞「花筐」狂
   野村四郎      地謡:谷本健吾、野村昌司、小早川修、坂真太郎

「蝸牛」
 山伏:野村万作、主:野村萬斎、太郎冠者:野村裕基   後見:深田博治

「木六駄」
 太郎冠者:野村又三郎、主:奥津健一郎、茶屋:野口隆行、伯父:松田高義
                            後見:伴野俊彦、藤波徹

『翁』
 今回は、観世宗家の翁に三郎太くんの千歳、又三郎さんの三番叟に信朗くんの面箱持と、二組の親子共演でした。観世宗家の翁は明晰な謡で、風格と威厳のある翁。三郎太くんはもう何回か千歳も演じているのでしょう、こちらも安心して観ていられる感じですが、颯爽と元気よく舞っていました。それに対して信朗くんは、又三郎襲名披露名古屋公演が初面箱持かな?橋掛りでは低めに持っていた面箱を本舞台に入ると高く掲げ、ちょっと身体がふらつく感じがあって、ガンバってと思いましたが、翁の前で箱から面を取り出す時は落ち着いてしっかりとやりおおせました。初舞台の「靱猿」の時に大泣きしてなかなか舞台に出てこれなかった信朗くんが、立派に面箱持が出来るまでになったかと思うと、なんか感激してしまいました。
 そして、又三郎さんの三番叟は、小書が三つも付いて風流も付くという珍しいもの。大鼓も打掛の小書付きです。「打掛」は、石井流の秘伝で、流祖・樋口石見が太閤秀吉の御前能での「翁」に遅参した為、決死の覚悟で打ちながら幕から出たという苦肉の策が起源だそうで、後年葛野流でも演出として取りいれられたとのこと、実際に打ちながら出てくるわけではありませんが、大鼓の打ち出しで膝でやや前に出て片膝立てで打ちながら左右に身体の向きを変えて膝で下がり床几に腰掛けるというものでした。
 三番叟の「揉之段」では「橋懸之舞」で橋懸りに走り込んで舞ったり、「附之舞」で通常より一段分多く舞うということで、烏跳びが常の右から左に跳ぶのと反対側の左から右に跳ぶのがあったりと、常とはかなり違う型でした。いやあ、又三郎さんカッコ良かったです。
 「鈴之段」に入る時の鈴渡しの際の黒色尉と面箱持の科白が「田歌節」という小書で、子孫繁栄と珍名を付ける当時の風習や田楽歌を模しためでたい科白の掛け合いが挿入され、これもかなり常とは違うリズム感のある掛け合いで、ここでも信朗くんが大きな声でしっかりと出来ていて成長ぶりにびっくりしました。
 鈴渡しが済んで「鈴之段」に入ろうとする時、「鳳凰風流」で、鳳凰の萬斎さんが朱色の地に鳳凰の羽根を描いた長絹で天冠に金色の乙の面で登場して葛桶に腰掛け、その後で登場した后稷(こうしょく)と夔子(きし)が又三郎さんと「鈴之段」を三人で舞うことに、后稷と夔子は橋懸りで舞い、最後に鳳凰も加わって舞うという賑やかで大変珍しい「鈴之段」でした。

一調「金札」
 桓武天皇の臣下が造営中の伏見宮に赴くと、「我が国を守護する神が降臨する」というお告げの金札が天から降ってきて、やがて天津太玉ノ神が現れ悪魔を射払うという能『金札』の一節。
 小早川師は祖父の代には狂言方だった家とのこと、今回は仕舞の野村四郎師も狂言の野村家から観世流シテ方に転向したので、そういう方々にお願いしたようです。
 小早川師がよほど緊張していたのか、詞章が出ずに奥から詞章をつける声が飛ぶ場面もありましたが、後は力の入った謡で、元伯さんの太鼓の響きも気持ち良いものでした。

「塗付」
 大名が二人連れだって聖母の挨拶回りに出かけますが、道中、烏帽子の漆が剥げかかっているのを気にしていると、丁度そこに早塗りを得意とする塗師が通りかかったので、声をかけて塗りなおしてもらいます。その場で烏帽子をつけたまま塗り直し、大きな紙の風呂を二人ともにすっぽり被せて、乾くのを待って、風呂を取ると、なんと烏帽子がくっついて離そうにも離せないことになってしまう。
 塗師が「早塗」「しかも上手です」と言って歩くのには、やっぱり笑ってしまう。漆を塗る道具を出して塗りつける様子も珍しく、大きな袋を被せるのが可笑しい。二人の烏帽子がくっついて取れない様子は、なんか間が抜けていて面白かった。

仕舞「花筐」
 男大迹皇子が皇位継承するにあたり、仕えていた照日ノ前という女に文と花筐を形見に下賜して暇を出しますが、その後継体天皇となった皇子の行幸を知った照日ノ前が慕うあまりに心乱れて都に向かい、行幸に行き逢うという能「花筐」の一節。
 野村四郎さんの「融」の仕舞も素晴らしかったですが、これは女性らしい美しさと品があって、いつも多少手が震えるのも気になりませんでした。

「蝸牛」
 修行を終えて、故郷へ帰る途中の山伏が、旅の疲れを癒そうと藪陰で昼寝をしていると、長寿の秘薬になるという噂を聞いた主人の言い付けで、蝸牛を探しに藪にやって来た太郎冠者が声をかけます。蝸牛を知らない太郎冠者をからかってやろうと、山伏は「頭が黒くて、腰に貝をつけ、時々角を出す」と、太郎冠者が聞いてきた蝸牛の特徴にことごとく合わせて自分が蝸牛だと言い、太郎冠者に囃させて主人のところへ向かいます。途中、帰りが遅いのを心配してきた主人と鉢合わせして、太郎冠者は主人に騙されていることを指摘されても、囃子物につい浮かれてしまいます。しかし、最後には気付いた太郎冠者と主人を山伏が姿を消して急に現れて驚かし、逃げる山伏を二人が追っていきます。
 万作家親子三代の共演でした。「蝸牛」での万作さんの山伏役は最近では珍しいのではないか、初めて観るような気がします。萬斎さんや若手がやっても山伏の動きはけっこうキツそうなので、万作さんのお歳になるとあまりやらないのかと思っていました。山伏の動きは若手がやる時より少しゆっくりな感じで、動きに無理無駄がなく美しくキマっていて、さすが万作さんの名人芸。裕基くんと万作さんの「でんでんむしむし〜」も見事にシンクロしていて良かったです。

「木六駄」
 主人は太郎冠者に都の伯父に薪と炭を六駄ずつと酒樽を届けるよう命じ、太郎冠者は降りしきる雪の中、十二頭の牛を追いながら峠の茶屋に着きます。太郎冠者が温まろうと酒を所望すると、酒は切らしていると言われ、届けるはずの酒樽に手をつけてしまいます。茶屋にも酒をすすめ、酒盛りになってすっかり酔っ払った太郎冠者は、木六駄を茶屋にやってしまい、炭をのせた六頭の牛を引いて伯父のもとへ行きます。主人からの「木六駄、炭六駄持たせ進じ候」とある手紙を読んだ伯父に木六駄はどうしたのかと尋ねられ、太郎冠者は木六駄とは自分の名前を改名したのだと言いますが、手酒を飲みほしたことがバレて追い込まれます。
 主人役が奥津さんの御子息で小学生くらいの健一郎くんでした。主人役が子どもというのも珍しいですが、なかなかしっかり堂々としていました。
 野村派又三郎家の「木六駄」は初めて観るので、見慣れた三宅派や大藏流とも違うところがあって面白かったです。主人との掛け合いの科白や牛を追う掛け声が「チョイチョイチョイ」だったり、雪のことを「真っ黒になって降る」という科白が本舞台に出てからでなく橋懸りで言ったりと、気がついただけでもいくつかありました。酒盛りの時の舞も「鶉舞」ではありませんでした。
 でも、今回の又三郎さんの「木六駄」は、本当に凍えるような雪中の寒さを感じたし、茶屋でお酒を飲んだ又三郎さんが本当に酔っぱらっているように見えました。ベテランは別として、20代から40代くらいの「木六駄」を観た中では本当にそんな風に見えた人はあまりいません。すっかり当主にふさわしい風格と表現力が備わったように感じました。素晴らしかったです。襲名おめでとうございます。
2011年12月16日 (金) 国立能楽堂定例公演
会場:国立能楽堂 18:30開演

「雁礫」 大名:小笠原匡、使いの者:吉住講、目代:野村扇丞

『融』窕(くつろぎ)
 シテ(老人・融大臣):友枝昭世
 ワキ(旅僧):宝生欣哉
 アイ(所の者):野村万蔵
       笛:杉市和、小鼓:横山晴明、大鼓:柿原崇志、太鼓:観世元伯
         後見:中村邦生、内田成信
           地謡:大島輝久、粟谷充雄、友枝雄人、金子敬一郎
               狩野了一、粟谷能夫、香川靖嗣、長島茂

「雁礫」
 弓の稽古をしようと池へ向かった大名が、水辺の雁を狙いますが外してしまい、また別の雁に狙いを定めます。丁度そこへ使いに行く途中の男が通りかかり、雁めがけて礫(小石)を投げ、一打で打ち倒して、雁を抱えて立ち去ろうとします。それを見て、怒った大名は自分が狙い殺した雁だから置いていけと弓で脅します。そこへ目代が現れ、仲裁に入ります。大名の弓の腕前はたいしたことがないと見抜いた目代は、死んだ雁を狙って、命中したら持ち帰ってもよいと大名に言います。ところが、大名は動かない雁を射るのに失敗し、使いの男が喜んで雁を持ち去ると、大名は羽箒にするからせめて羽根だけでもくれと言いながら追っていきます。
 雁が動いて狙いが定まらないとモタモタしている大名に対して、忙しそうにセカセカとやってきた男が、通りすがりに見つけた雁をその辺の石を拾って、いとも簡単に命中させて持ち帰ろうとする最初の対比から面白い。死んで動かない雁を射るのでさえも、弦の張りを試したり、矢の反りを直したり、もったいぶってというか、自信なさからなかなか射ようとせず、すぐそばまで寄って射ようとするので、さすがにそれは離されます。結局矢を放つと手元に落ちてしまい、男に雁を持ち去られて、せめて羽箒にするから羽根をくれと追って行く大名。
 小笠原さんの横柄な大名が偉ぶっているのに、実は弓が下手で、最後の懇願もいじましい。大名にたいする庶民の風刺がきいていて笑わせられます。弓を引いて矢が手元に落ちるところは、矢から手を放してそのまま下に落ちた感じで、矢を放ってすこし前にポトンと落ちる感じになるともっといいんだけど、難しいか、そこだけちょっと残念。以前、忠三郎さんがやった時は、本当にポトンと落ちる感じで爆笑しました。忠三郎さんの大名はもっと可愛くて憎めない感じがしましたが、それぞれの持ち味で、それはそれ、これはこれで、また良し。

『融』
 旅の僧が都の六条河原の院の旧跡にやってきました。秋の夕暮れ、空に月がのぼった頃、田子を担いだ老人が現れ、汐汲みを始めました。海のない都で汐汲みとはどういうことかと不思議に思って僧が尋ねると、老人はここは昔、源融大臣が陸奥の国千賀の塩竃の風景を模して河原の院に庭を作ったので、汐汲みがいても不思議ではないと言います。融大臣は毎日のように難波の浦から海水を運ばせ塩を焼かせて楽しんでいたが、亡き後は継ぐ人もおらず、荒れ果てているのですと語ります。老人は、僧に河原の院から見える名所を教え、汀に出て汐を汲むと、そのまま姿を消してしまいます。
 僧は通りかかった六条辺りに住む者に融大臣の事を聞き、大臣への供養を勧められます。
 その夜、河原の院で僧が寝ていると、融大臣が美しい貴公子の姿で現れ、忘れがたい河原の院で過ごした昔を偲んで舞を舞い、やがて夜も明けるころ、月の都へと去っていきます。

 前シテの汐汲みの老人が登場し、旅僧との問答。葛桶に腰掛けて塩竃の浦を都に移した謂われを語って、後を継ぐ者が無く荒廃した屋敷の様子に昔を恋しがって涙します。同情する僧が、老人の気を引き立てようと辺りに見える名所を聞くと、あれは音羽山、清閑寺、今熊野、稲荷山と、向きを変えながら、僧の肩に手をやって連れだって名所を指し示しながら語る口調もだんだん生き生きしてきて、すっかり僧と打ち解けて楽しそうな雰囲気が伝わってきます。月が昇り、潮時が過ぎたことに気付いた老人が、田子を担いで正面目付柱横で桶を舞台の下まで下ろして汐を汲んで引き上げる型が印象的でした。
 シテの中入りで、所の者が現れ、万蔵さんのアイ語りは落ち着いて明晰な語りで、汐汲みに3千人もの人足を使った話など、当時の栄華の様子が語られます。
 後シテの融大臣は、初冠に白狩衣、紫の指貫の装束に中将の面。橋掛りをスルスルと現れ、高貴で雅な、いかにも貴公子融大臣ここにあり。名月に舟を浮かべ曲水の宴の盃を受けながら舞い遊ぶ融大臣。今は荒廃した庭も当時に戻ったように美しく月に照らされているよう。小書の窕(くつろぎ)では、融の「早舞」が本舞台だけでなく、橋掛りも使って舞われ、伸びやかな舞の美しさ、月光の下の六条河原院跡に貴公子融大臣の栄華の様子を浮き上がらせた友枝さんの表現力の確かさ、美しさにしばしうっとり。ワキの欣哉さんの重厚な僧、囃子方、地謡も調和のとれた素晴らしい舞台でした。

 友枝さんの『融』は以前、仕舞で観ただけだったので、いつか能で全部観てみたいと思っていたため、これだけは見逃せない舞台でした。とっても満足です。
2011年12月7日 (水) 狂言劇場その七 Bプロ(語)
会場:世田谷パブリックシアター 19:00開演

「柑子」 太郎冠者:野村萬斎、主:石田幸雄     後見:中村修一

「奈須与市語」 野村万作              後見:岡聡史

「悟浄出世」 作:中島敦、構成:野村萬斎
 尺八:藤原道山
 作調・囃子:田中傳次郎
<配役(登場順)>
 沙悟浄:野村萬斎
 妖怪(ばけもの)たち:深田博治、高野和憲、月崎晴夫
 老いたる魚怪:佐藤友彦
 聡明そうな怪物:月崎晴夫
 鮐魚(ふぐ)の精:高野和憲
 沙虹隠士(さこういんし)[蝦の精]:佐藤友彦
 坐忘先生(ざぼうせんせい):石田幸雄
 若者:野村又三郎
 醜い乞食:佐藤友彦
 虯髯鮎子(きゅうぜんねんし)[鯰の妖怪]:石田幸雄
 弟子たち:月崎晴夫、深田博治、高野和憲
 蒲衣子(ほいし):野村又三郎
 斑衣鱖婆(はんいけつば):石田幸雄
 賢者たち:高野和憲、深田博治、月崎晴夫
 男:石田幸雄
 女偊氏(じょうし):佐藤友彦
 摩訶薩(まかさつ):野村又三郎
 木叉恵岸(もくしゃえがん):高野和憲

 Bプロは7、8日の2日間の上演の初日で、語りがテーマです。

「柑子」
 太郎冠者が主人から預かっていた土産物の珍しい三つ成の柑子(みかんの一種)を食べてしまい、それを持って来るよう催促する主人に言い訳する話です。
 一つ目は転がり落ちて、門の外に出ようとしたので諌めて食べてしまい、二つ目は刀の鍔で潰れてしまったので食べてしまったと言い、だんだん調子に乗って三つ目は「平家物語」の俊寛僧都の話まで持ち出して壮大な弁明をする太郎冠者。俊寛僧都の話に思わずもらい泣きしてしまう主人ですが、太郎冠者が全部食べてしまったことに気付いて叱りつけます。
 三つの柑子を食べてしまった言い訳をそれぞれ、面白可笑しく、悲しく語りわける、太郎冠者の一人語りがメインの狂言です。表情の変化や仕草が大きいのが萬斎さんらしい。万作さんだと、くすっと笑いが起こるところ、けっこう大笑いしてる人がいました。それぞれ個性の違いで、大笑いできる「柑子」も良いですが、善竹十郎さんの「柑子」を観ているせいか、ちょっと“あざとさ”を感じてしまう。それが抜けて大笑いできる「柑子」が出来るようになったら本当に面白いんだけど(あくまで個人的印象です)。

「奈須与市語」
 能『屋島(八島)』の特殊な間語りで、屋島の合戦で奈須与市が扇の的を射抜く話です。
 万作さんの「奈須与市語」は、そうそう見られないと思いますが、最近はやはり息が上がったり声が絡んだりするのは致し方ないかと、しかし、語りが澱むことはありません。萬斎さんの仕方に比べると、動きがゆったりしているように見えるけれど、スムーズに裾捌きも美しく見事。後半の扇の的に見事矢を的中させるクライマックスあたりの迫力は、驚きもので、御歳80歳とはとても思えません。

「悟浄出世」
 「西遊記」を素材に取り、三蔵法師一行と出会うまでの沙悟浄を描いた中島敦の作品を朗読劇風にしたものです。
 なにごとにも「何故?」と疑い、「我とは何か」という問いに悩み続ける沙悟浄が、教えを乞おうと、広漠とした流沙河の水底にすむ妖怪や賢者をたずねる旅に出ます。
 年を経た蝦の精の深奥な哲学に触れ、座禅を組んだまま50日に一度しか目を覚まさない賢者に辛抱強く教えを乞い、貪欲と強力を持つ鯰の妖怪には危うく喰われそうになり、五百余歳を経ながらも淫靡な楽しみに耽る女怪の求める道を聞き・・・、と遍歴を重ねますが求めるものは得られません。疲れ果てて倒れた悟浄の前に菩薩が現れ「天竺への旅によって学ぶことがあろう」と告げられて、通りかかった三蔵法師の一行に加わることになります。

 舞台正面に天上から床までの長細い透ける茶色の幕が下がっていて、四角い舞台の後方角に朽ち木か焼けた木のような柱が二本。幕の前の舞台中央に布のかかったオブジェがあり、上からさす光で深い水の底にいるような印象でした。舞台が始まると、オブジェにかかっていた布が、真ん中の穴に吸い込まれて、「敦」の時の三日月形のスロープを小型にしたような装置が現れ、真ん中の穴からカッパの沙悟浄の姿で萬斎さんが半身をだして物語が始まりました。悟浄はその穴に時々入ったり出たりしていましたが、三日月形のスロープは「敦」の時のように回るわけでもなく、そんなに効果的に使われているようには思えませんでした。
 全体的に台本を持って読みながら演技する形式で、リーディングだけでもなく、これが朗読劇というものなのかな、とは思いますが、萬斎さんが悟浄の台詞だけでなく、ナレーションも読む形。悟浄の行く先に色々な海の妖怪や賢者があらわれ、ほかの出演者も、それぞれ装束をつけて台詞を読む形ですが、自分が台詞を言う時以外はただ立っていることが多く、扇を使って面白い動きをしたり、後ろの幕を透過させて奥の登場人物を見せたりする演出的効果もありましたが、やはり全体的に変化に乏しくて途中で飽きる部分がありました。
 かなり哲学的で難解な台詞が多いので、それを全部理解しようとするのは、困難ですが、物語としては、「敦」のようにもっと面白い見せ方があるのではないかと思いました。語りというテーマで見せるという意図は分かりますが、朗読劇で終わらせるのは中途半端な感じで勿体無い。
 悟浄の萬斎さんが受け持っている台詞以外の部分をナレーションとして別に流せば、台本を持たずに演技と演出に集中できるはず。客演の佐藤友彦さんや野村又三郎さんは台詞が充分読みこめていたように見えましたし、特に佐藤さんは、それぞれの役柄によって声の出し方、話し方、歩き方も変えて演じていて素晴らしかったので、台本を持っているのがじゃまに感じました。
 「敦2」として、練り直しての再演を希望します。
 尺八の藤原道山さんと鼓だけでなく銅鑼や鈴や他の鳴り物担当の田中傳次郎さんが細かい効果音を表現しているのが面白かったです。
2011年12月7日 (水) 国立能楽堂企画公演―観世文庫創立二十周年記念―世阿弥自筆本による能
会場:国立能楽堂 13:00開演

「宝の笠」
 太郎冠者:野村萬斎、主:野村万作、すっぱ:石田幸雄

復曲能『布留(ふる)』
 シテ(布留社の巫女・布留の女神):観世清和
 ツレ(布留社の巫女):観世芳伸
 ワキ(山伏):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博、森常太郎
 アイ(所の者):高野和憲
      笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:観世元伯
        後見:木月孚行、山階彌右衛門、上田公威
          地謡:林宗一郎、坂口貴信、藤波重孝、藤波重彦
              関根知孝、山本順之、梅若玄祥、武田宗和

「宝の笠」
 主人は目の前に奇跡が起こるような宝を比べる宝競べに出たいと思い、太郎冠者に命じて都に買いに行かせます。太郎冠者は都へ上りますが、どんな物が宝なのか、どこで売っているのかを知りません。そこで、宝買おうと呼びまわっていると、すっぱ(詐欺師)が聞きつけて近づき、自分が宝屋の亭主だと名乗ると、鎮西為朝が鬼ヶ島から持ち帰った宝の隠れ蓑、打ち出の小槌と並ぶ隠れ笠だと称して、古笠を高値で売りつけます。喜んで戻った太郎冠者が主人に着せますが、姿が消えません。騙されたと気付いた太郎冠者ですが、見えないふりをしてごまかそうとします。すると、主人も姿が消えるところが見たいので、太郎冠者に着てみろと言いだして、なんとか断ろうとするものの、とうとうバレて追い込まれてしまいます。
 これは、初見です。以前に観た「宝の槌」が「笠」になったような話ですが、最後に太郎冠者が機転をきかせて主人の機嫌をとりなすのではなく、バレて怒らせてしまいます。
 主人が笠を被っても消えないので、騙されたと気付いた萬斎太郎冠者が、あせってごまかそうと見えないふりをしたり、主人に「おまえ被ってみろ」と言われて、「ヤバっ!」と慌てふためく様子が茶目っ気たっぷりで可愛かった。

『布留』
 諸国を巡る九州彦山の山伏が、吉野熊野に向かう途中、石上の明神、布留の社へやってきます。そこに若い女性たちが現れて御手洗川で布を洗いながらお社を拝むので、不思議に思って山伏が問うと、女はこの布は神の御布(みそ)であり、布留の川水で布を洗うのは不思議ではないと答えます。また、山伏に見渡せる高橋などの名所を教えて、この社の御神体の御剣はスサノオの尊の神剣で、簸の川で大蛇を退治した時の十握(とつか)の剣であり、剣の名を布留というのは、この川上から流れ下り、洗っていた麻布にかかり留まったことから名付けられたと語って、夢の中ででも御剣を拝むために、一心に祈るようにと山伏に言って女は消え失せます。
 所の者が現れ、布留明神の御神体である剣の謂れについて語ります。
 山伏が夜通し祈っていると、布留の女神が光輝く神の御剣を持って現れます。女神は山伏の法味に引かれて夢の中に現れたと言うと、神代の剣も今に曇りない霊剣であることを示して舞を舞い、大蛇退治の様子をあらわして、やがて、夜もほのぼのと明けて、御剣は御殿の内に納まるのでした。

 1984年(昭和59年)に山本順之師によって復曲上演されて以来、演出を練り直しながら、何度か上演されてきたものだそうで、今回も改めて台本検討を踏まえての上演となったそうです。
 前シテは、淡い山吹色のような水衣で、清楚な印象。宮の作り物の中で着替えて出てきた姿は、白地狩衣に朱の大口、天冠の飾りが髪にキラキラと下がっていて、手に白布を巻いた御神剣を握っています。面は「増髪(ますかみ)」という面だそうです。
 観世宗家の女神が神々しくて気高さがあり、雅な舞の後、ワキに剣を持たせて、橋掛りと本舞台を行き来して舞ったり、スサノオが大蛇を退治する立ち回りを見せたりと美しくも変化のある舞で面白かったです。
 高野さんの長いアイ語りもしっかり明快で、ワキの森さんの美声、お囃子のメンバーも申し分ないものでした。
 主人公は女神ではなく御神体の御剣そのものとパンフレットに書いてあるとおり、女神は御剣に仕え捧げる存在というように見えました。
2011年12月5日 (月) 狂言劇場その七 Aプロ(舞)
会場:世田谷パブリックシアター 19:00開演

小舞「七つ子」 高野和憲
小舞「暁」 竹山悠樹
        地謡:村井一之、中村修一、深田博治、岡聡史、内藤連
小舞「鮒」 野村萬斎
        地謡:村井一之、竹山悠樹、高野和憲、月崎晴夫、内藤連

「棒縛」
 太郎冠者:野村万作、主:深田博治、次郎冠者:石田幸雄  後見:岡聡史

「MANSAI ボレロ」 野村萬斎

 Aプロは5日間あったうちの最終回の日でしたが、今回は、やっぱり「MANSAI ボレロ」が目的。客席には「MANSAI◎解体新書」のゲストで登場されたバレエダンサーの首藤さんもお見えになっていました。

 最初の小舞「七つ子」と「暁」は、後の狂言「棒縛」で縛られて舞う舞を本来の舞で舞うという趣向のようで、後で、あの舞がこうなるのねと分かるのが面白かったです。高野さん、竹山さんは本来の舞をきちんと舞っていました。
 萬斎さんの「鮒」、まさに湖面を踊りはねる鮒という感じで、爪先立ちで動いたり、跳び返りもあり、躍動的でいつもながらキレのいい舞は眼福ものでした。

「棒縛」
 万作さんの太郎冠者での「棒縛」は久々に観ました。石田さんとのコンビは盤石で、棒に縛られながらも万作さんの舞の軽妙で美しいこと。大笑いしながらも芸のすばらしさを見せていただきました。

「MANSAI ボレロ」
 『三番叟』をボレロに重ね合わせながら、生から死そして再生する生命への祝福をめざした新振付で舞うということで、萬斎さんのこの日の装束は白の直衣に白の大口で烏帽子はつけていませんでした。他の日には、天鈿女(あめのうずめ)を意識した白の長絹に赤の大口の装束の日もあったらしいです。
 暗転から薄っすらとピンスポットが当たって、しだいに明るさを増していく中に浮かび上がる真っ白な姿が神々しくて美しい。
 初めはかすかに聞こえる『ボレロ』の音楽に、ゆったりと厳かに舞い始め、だんだん盛り上がっていくわけですが、まだ静かな曲調の時に踏む足拍子の音にどうも違和感を感じてしまう。まだ、この段階では音を出さずに踏むほうが良いのではないかと思ってしまうわけです。舞い事態はとても美しいのですが、意味のある型も前半は時々乗りきれないものを感じました。しかし、曲調が重厚に激しく盛り上がってくるにしたがい、スモークが焚かれて、後ろの黒い幕が上がり、全体が白く光に満ちたようになり、舞も派手に足拍子も力強くなってきて、こちらもどんどん高揚してくる感じで、ぐいぐい引き付けられるように見入ってしまいました。最後は客席に背を向け後ろに向かってジャンプすると曲の終りと共に暗転。最高潮に盛り上がったところでピタリと決まったラストが素晴らしかった。後半が余りにも力強く男性的だったので、これで女姿だとどうなんだ?という気はしましたが。
 Aプロ最終回ということで、前の回を観た人たちがネットでいろいろ囁いていたので、少々不安もあったのですが、思っていたより古典の舞と洋楽のボレロがしっくりと合っていた感じで、特に後半は文句なしに素晴らしかった。ただ、前半は、型や意味付けに気を取られすぎて曲に乗リ切れていないと感じるところがあり、まだ工夫の余地がありそうな気がしました。