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能楽鑑賞日記

2012年1月27日 (金) 新春名作狂言の会
会場:新宿文化センター 19:00開演

トーク:茂山逸平、野村萬斎

「千鳥」
 太郎冠者:茂山千五郎、主人:茂山逸平、酒屋:茂山正邦     後見:山下守之

「鬼瓦」 大名:野村万作、太郎冠者:深田博治          後見:中村修一

「弓矢太郎」
 太郎:野村萬斎
 当屋:石田幸雄
 太郎冠者:月崎晴夫
 立衆:高野和憲、中村修一、村井一之、内藤連、岡聡史
 後見:竹山悠樹、深田博治

 ホールでの普及公演は、回数を絞るためにもそろそろ卒業なのですが、この会は、大藏流茂山千五郎家と和泉流野村万作家の競演というだけでなく、最初のトークでいつも同じ小舞をそれぞれの流儀で一緒に舞うというのが他では見られないことなので、それが楽しみです。
 今回のトークは、いつもの千三郎さんの代わりに逸平さんが登場。千作さんは足腰の具合が良くないらしく最近は東京までいらっしゃることは無理なようです。90歳を超えているので、しかたないかなとも思いますが、千之丞さんが亡くなったこともあってガックリきていないかと心配です。
 最初に逸平さんが登場。西と東の違いについて、「人間性の違い、西はパッパラパーで東はチャランポラン、ほら萬斎さんまだ来てないし。・・・嘘です」と、いつもながら関西のノリで会場を沸かせます。茂山家の「千鳥」の解説の後、「ホンダでお馴染みの萬斎さん」(笑)と萬斎さんを呼びいれて、萬斎さんも「ホンダのフィットです」と受けていました。
 2人のトークでは、「千鳥」の話で、茂山家ではよくかかる曲で、明日も明後日もやるとか。万作家では謡いながらの動きが多く、茂山家が25分くらいなのに対して35分くらいの重い曲になるとのこと。また、茂山家では「津島祭」で実際には無い山鉾引きが入っているが、派手にするために「津島祭」を知らないで付けちゃったのか、なんて話もありました。それに逸平さんのお子さんがテレビで「にほんごであそぼ」を見ているせいか、「ちりちりやちりちり」の謡を和泉流の節で覚えてしまっていたそうです。それは困ったことだ(笑)。
 2人での舞は『千鳥』の「ちりちりやちりちり♪」でお馴染みの「宇治の晒」。歌詞は同じですが、伸ばすところが違ったりして、途中で相手を待つこともあり、舞の型はまったく違っていましたが、それでも最後はぴったり合いました。
 逸平さんが着替えのために退場した後、萬斎さんが万作家の「鬼瓦」と「弓矢太郎」の解説。いつもは万作家も1曲なのに今回は2曲です。「弓矢太郎」では、怪談話で出てくる『殺生石』の「玉藻前」の故事についての話などがありました。玉藻前が狐の妖怪であることが陰陽師阿倍泰成に見破られるわけですが、「晴明ではありません。」とわざわざことわりを入れてました。
 個人的に、玉藻前のモデルが、今放送中の「平清盛」で、鳥羽上皇の寵愛を受ける美福門院(藤原得子)と言われていることなども思い出して、ちょっと反応してしまいました。

「千鳥」
 ツケをためている酒屋から、またツケで酒を買ってこいと命じられた太郎冠者は、酒屋の話好きにつけこんで酒樽をせしめようと、津島祭の話を始めます。まず、浜辺で子どもが千鳥を捕る様子を酒樽を千鳥に見立てて真似、調子よく囃子ながら酒樽を持ち去ろうとして止められ、では、山鉾を引き回す様子を見せようと、酒樽を山鉾に見立てて綱で引きますが、これも失敗。ならば流鏑馬を再現しようと乗馬をまねて走り回り、隙を見て酒樽を持ち上げるとそのまま逃げ去ってしまいます。
 トークで、大藏流は太郎冠者と酒屋が何となく仲良さそうに見えるのに対し、和泉流では酒屋が太郎冠者の前に立ちはだかる障壁みたいで、意地が悪い。と言っていましたが、まさにそのとおり、和泉流では、話にノっているように見せてガードが硬く、対決姿勢前面なのに対し、大藏流では、酒を何としてもせしめようとする太郎冠者の押しの勢いに対し、酒屋は本気でノってしまうようで、ちょっとガードがあまい。ホントは仲良さそうに見えるのもそのせいか。一見、生真面目そうに見える正邦酒屋に対して、表情豊かでどんどんイケイケの千五郎太郎冠者が本当に面白い!

「鬼瓦」
 訴訟のために長らく在京していた大名が、首尾良く帰国できることとなり、太郎冠者を連れて、日頃信仰する因幡薬師にお礼参りに出向きます。お参りを済ませて、ふと見上げた屋根の鬼瓦が目に留まると大名は急に泣き出して、国に残した妻の顔にそっくりで懐かしいと言います。太郎冠者が間もなく帰国すればお会いになれると慰めると、大名もそうだったと気を取り直して、二人で大きく笑って帰って行きます。
 萬斎さんが、解説で「若い者がやるより年かさのいった者がやる方が良い」と言っていましたが、何とも万作大名が可愛らしい。鬼瓦を見て妻の顔にそっくりだと思いだすなんて失礼な話ですが、そんな妻でも懐かしさに泣いてしまうなんて、長年連れ添った夫婦の愛情と可笑しさが嫌みなく聞えて、万作大名にはかなわん(笑)。

「弓矢太郎」
 臆病者のくせに、いつも弓矢を持ち歩いて猪でも狐でも射ると大威張りの太郎を天神講に集まった仲間が脅してやろうと相談します。恐ろしい妖狐の話に震え上がった太郎は、天神の森に鬼が出ると聞いて目を回しますが、息を吹き返すと性懲りもなく腕自慢をはじめるので、肝試しに天神の森の老松に扇をかけてくることになります。当屋が太郎を脅かしてやろうと、鬼の面をつけて見張りにいきますが、太郎も恐がって鬼の面をつけて行き、互いに出くわして目を回してしまいます。しかし、先に目をさまして事情を察した太郎は、様子を見に来た連中を脅して追っていきます。
 和泉流にしか無い演目で、狂言には珍しい2部構成で演劇的。前半の天神講の場では当屋の「玉藻前」の語りが進むにつれ照明がゆっくり暗くなって中央の当屋が浮き上がって見えるようになり、それを聞いてビビる太郎にスポットを当てるホールならではの照明を利用した演出もあり、一旦、舞台から後見を残して全員退場して後半の天神の森の場では、同じような鬼の姿をした太郎と当屋がばったり出会って驚いて失神(笑)。普通なら太郎が皆に散々に脅かされて終わるところ、太郎が反対に皆を脅す大逆転。
 石田さんの語りの巧さと、萬斎太郎のビビりっぷりや後半の鉢合わせの面白さで大いに笑わせられました。
2012年1月12日 (木) 第57回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:45開演

素囃子「神舞」
 大鼓:佃良太郎、小鼓:住駒充彦、太鼓:金春國直、笛:藤田貴寛

「夷大黒」 大黒:深田博治、長者:月崎晴夫、夷:竹山悠樹

「空腕」 太郎冠者:高野和憲、主:石田幸雄

「若菜」
 海阿弥:野村万作
 果報者:野村萬斎
 大原女:竹山悠樹、中村修一、村井一之、内藤連、岡聡史

素囃子「神舞」
 若手メンバーによるお囃子、「神舞」は勢いがあって、テンポの良い曲、お正月にふさわしく目出度く気持ち良いリズムでした。

「夷大黒」
 河内の国片野の里に住む裕福な男が、比叡山の三面大黒と西宮の夷を家に招こうと準備して待ち受けていると、大黒と夷が姿を現し、男にそれぞれの由来を語って聞かせ、夷は欲しい物が何でも釣れる釣針を、大黒は宝袋と打出の小槌を男に与えて、そのまま福天に納まります。
 初見です。正月らしい祝祭の曲です。
 神様たちを迎える準備として月崎長者と後見の岡さんが脇正面側の目付柱とシテ柱に渡して細い注連縄を結びつけます。正面席からはよく見えなかったのですが、月崎さんが結んだ目付柱の方は結んでから高い位置に上げていたので、シテ柱の方が低い位置で、斜めになるようにしていたように見えました。
 竹山夷、深田大黒の順で登場。夷は釣竿、大黒は袋と小槌を持って現れますが、背の高い方の深田さんが竹山さんより低く身体を屈めてひょこひょこと現れ、ちょっと可愛い。でもこの姿勢は、かなりキツそうだなと思いました。
 信心深くて実直そうな雰囲気の月崎長者、正月らしいめでたさ一杯のほのぼのした演目でした。

「空腕」
 主人は、臆病なくせにいつも強がりばかり言う太郎冠者に、一人で淀へ使いに行くよう命じます。太郎冠者は用人のために主人の太刀を借りて出発しますが、日が暮れてきたので、怖くてしかたがありません。ただの茨の藪を人と思って震え上がったり、恐怖のあまり目をつぶって歩いて松の木にぶつかったりしたあげく、大勢の追い剥ぎに出会ったと勘違いし、大切な太刀を差し出して、命乞いまでしてしまいます。後をつけてきた主人はそれを見ると、怒って太郎冠者の背中を打ち、太刀を取り上げて帰ってきます。気絶した太郎冠者は目覚めて帰宅し、主人に使いの途中で大勢の男たちに襲われて闘ったので、太刀が折れてしまい、投げつけて帰ってきたと、武勇談を語ります。主人は感心して聞いているふりをしますが、太郎冠者がいない間に太刀を買ったといって、目の前に太刀を突きつけ、なおもごまかそうとする太郎冠者を叱りつけます。
 高野太郎冠者の「空腕」は初めて見ました。前半の暗闇にビビリまくりに対して後半は大げさに武勇伝をひけらかす太郎冠者。お見通しで知らぬそぶりの石田主人の受け答えの巧さもあって掛け合いが面白く大笑いでした。

「若菜」
 のどかな春の一日。裕福な男が、同朋の海阿弥を連れて、八瀬・大原に野遊びに出掛けます。早くも咲いた梅の花を愛でたり、花にやってきた鶯を刺竿で刺そうとしたりしていると、大原女たちが若菜を摘みながら通りかかります。二人は、女たちに酒の相手をしてもらおうと海阿弥が誘いに行きますが、なかなか恥ずかしがって承知しません。海阿弥は無理やり主人の所へ押しやり、やっと酒宴が始まります。女たちの舞や謡が次々と披露され、楽しく盛り上がりますが、やがて女たちは暇乞いをして、双方名残を惜しみつつ別れていきます。
 早春の明るく華やかな雰囲気の曲です。頭に桃や菜の花のような花をのせた大原女たちは若手で固めて、萬斎主人は葛桶にドッかと座ったまま、万作さんの海阿弥がフットワークよろしく甲斐甲斐しく動き回って盛り上げる。万作さんが楽しそうに宴会係を勤め、若手が謡い舞いを披露するお披露目会のようでもあり、村井さんの謡の声がとても良かったです。
 まさに早春の華やかな曲でした。
2012年1月8日 (土) 萬狂言 冬公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:野村万蔵

素囃子「高砂」八段之舞
 大鼓:柿原光博、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:観世元伯、笛:槻宅聡

「末広かり」
 果報者:野村万禄、太郎冠者:吉住講、すっぱ:野村祐丞

「文蔵」 主:野村萬、太郎冠者:野村虎之介

「木六駄」
 太郎冠者:野村万蔵、主:野村太一郎、茶屋:野村扇丞、伯父:野村萬

 正月らしくロビーには大きな鏡餅が飾られていて、今日の素囃子「高砂」や「末広かり」など、正月らしくおめでたい曲です。
 最初に万蔵さんが切戸口から登場して分かりやすく今日の演目の解説をされました。

素囃子「高砂」八段之舞
 八段之舞の小書付で、お囃子の緩急が大きくて面白く、メンバーもお馴染みの方々なので勢いの良いところ、ゆっくりするところとも安定した気持ちのいい音色でした。

「末広かり」
 果報者(お金持ち)が、正月の引き出物にする末広がり(閉じた状態でも先が半開きに広がっている扇のこと)を都で求めてくるよう太郎冠者に命じます。ところが、末広がりが何か知らない太郎冠者は、都のすっぱ(詐欺師)に騙されて唐傘を高価で売りつけられてしまいます。喜んで帰宅した太郎冠者は、主人に大目玉をくらい追い出されてしまいますが、そこで、土産だと言ってすっぱに教えられた囃子物で主人の機嫌を直そうと試みます。すると主人も面白い囃子物にノッて機嫌を直し太郎冠者を許すのでした。
 けっこう真面目そうな吉住太郎冠者、胡散臭さは無くてむしろ説得力のありそうな祐丞すっぱには騙されても無理ないかもと思ったり(笑)。ご機嫌斜めの万禄主人も機嫌を取ろうと一生懸命囃す太郎冠者の囃子物についついノッて身体を動かしだして、とうとう赦して二人で踊りだす楽しさはやっぱりお正月の定番です。

「文蔵」
 主人は、自分に断りもなく暇をとった太郎冠者を叱りに行きますが、太郎冠者が都見物に行ったと聞いて都が懐かしくなり、冠者を許して都の様子を尋ねます。太郎冠者は東福寺の伯父のところで珍しい食べ物を振る舞われたのに、名前を忘れたというので、主人はいろいろ名を挙げますがどれも違います。太郎冠者が主人の好きな「源平盛衰記」に出てくるものだと言うので、主人は「源平盛衰記 石橋山の合戦」を語って聞かせます。やっと思い出して「文蔵を食べた」と言う太郎冠者が「文蔵」と「温糟粥(うんぞうかゆ)」を取り違えたことに気付いた主人は、主人に骨を折らせたと叱りつけます。
 万蔵さんの長男虎之介くんが太郎冠者役で萬さんの相手役を勤めました。もう今年高校生くらいかな?ちょっと見ない間に背も高くなり、声変わりしてすっかり大人っぽくなっていました。低い声で話す時の声が万蔵さんにそっくりでびっくり。
 「源平盛衰記」の仕方語りは萬さんの独壇場、あのお歳で息切れする様子もなく朗々と仕方を交えて語る姿はさすがです。

「木六駄」
 先月、又三郎さんの「木六駄」を観たばかりですが、万蔵さんは14年ぶりに「木六駄」を演じるそうで、茶屋で舞う「鶉舞」は、元は「柳の下」という舞を舞っていたのを9世三宅藤九郎さんが鷺流の詞章に節・型をつけて差し替えたもので、それなりに芸が達していないと舞わせてもらえないため、今回が初めてとのことでした。軽妙な鶉舞はやっぱり面白いです。でも、本当に酔っぱらっているように見えた又三郎さんより、まだちょっと素に見えた気がする。
 最初に主人に言いつかる時に、主人から温かい足袋や綿入れの着物をやると言われて喜んで出掛けるところ、当時は薄い着物一枚に裸足が普通だったということから、召使の太郎冠者にとっては、やっぱり大変ありがたいことだったのでしょうね。又三郎さんの方ではそういうくだりは無かったような気がするけど、そのへんも違うところかな?
 大雪の中、言うことを聞かない牛たちが見えるようで、万蔵さんの「木六駄」もさすがでした。