2012年2月26日 (日) |
神遊十五周年記念公演(第42回公演)言霊−能における語り |
会場:国立能楽堂 13:00開演
『木曽』願書 シテ(覚明):観世喜正 ツレ(池田次郎):馬野正基 ツレ(郎党)小島英明、桑田貴志、坂真太郎、安藤貴康、長山桂三 ツレ(木曽義仲):観世淳夫 大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之 後見:観世喜之、奥川恒治 地謡:中森健之介、佐久間二郎、古川充、鈴木啓吾、山崎正道、遠藤喜久
独吟「起請文」 観世喜之
一調「勧進帳」 観世銕之丞 大鼓:柿原崇志
狂言語「奈須与市語」 野村万作 後見:高野和憲
『船弁慶』重き前後之替、船中之語、早装束、舟唄 シテ(静御前・平知盛):観世喜正 子方(源義経):奥川恒治 ワキ(武蔵坊弁慶):宝生閑 ワキツレ(従者):大日方寛、野口能弘、御厨誠吾 間(船頭):野村萬斎 大鼓:柿原弘和、小鼓:観世新九郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌隆之 後見:遠藤喜久、佐久間二郎 地謡:桑田貴志、坂真太郎、小島英明、馬野正基、観世銕之丞、山崎正道
「言霊−能における語り」が、テーマということで、『木曽』の「願書」、『正尊』の「起請文」、『安宅』の「勧進帳」に『屋島』の狂言語「奈須与市語」と有名な語りを中心とした番組になっています。『船弁慶』では4つの小書付で、「重き前後の替」では前シテの静が舞うのが中之舞ではなく盤渉の序之舞となり、後シテの知盛も緩急の激しい動きをし、橋掛りでの舞働きとなるなど、見せ場が多くなります。「船中之語」はワキの弁慶が船頭に促されて一ノ谷の戦語りをし、「舟歌」ではアイの船頭が弁慶の求めで舟唄をうたい、また「早装束」では船頭が走り込んで装束を早替えして船をだすというもの。
『木曽』願書 寿永2年(1183)に、平家は木曽義仲を追討する軍勢を差し向け、義仲は、平家軍を越中と加賀の国境、礪波(となみ)山中の倶利伽羅谷に追い落とす埴生に陣を取っていましたが、神社が見えるので池田次郎に聞くと、源氏の氏神をまつる八幡宮であるというので喜びます。そして、奉納する戦勝祈願の願書を書くよう覚明に命じると、覚明はすらすらと願書を書きあげて、高らかに読み上げます。願書奉納の後、酒宴となり、覚明は義仲の求めに応じてひとさし舞います。折しも、八幡宮の方から神のお使いの山鳩が味方の旗の上に飛んできたため、八幡神が願いを受け入れたしるしと、みな一同に伏し拝みます。 ワキ、アイは出ず、シテ方だけがぞろぞろ並ぶのは珍しいのでは。物語としては、特に盛り上がりもなく、という感じですが、喜正さんの覚明の朗々とした謡いと男舞が素晴らしかったです。また、すっかり立派になった観世淳夫さんが、若々しい木曽義仲をしっかり演じていました。
独吟「起請文」 能『正尊』の前場の聞かせどころ。正尊は義経を討てという頼朝の密命を受けて上洛するが、義経は先手を打って、自邸に連れてこさせ、義経・弁慶から詰問された正尊が、熊野参詣のために来ただけで義経を討つために来たのではない、と偽りの誓いを立てて読み上げるのがこの起請文。 喜之さんの独吟でしたが、喉の調子があまり良くないように感じられました。
一調「勧進帳」 有名な安宅の関で、弁慶が巻き物を勧進帳のように見せかけて読む場面の謡を大鼓の一調で観世銕之丞さんが謡いました。やっぱり、銕之丞さんの謡は力強くて、いかにも弁慶らしくて素晴らしかったです。
狂言語「奈須与市語」 能『屋島』でも特別な間語りで、奈須与市の扇の的を射る場面を仕方語りで語ります。 万作さんの「奈須与市語」は最近も拝見しましたが、時々息の荒いのが聞こえることはあっても語りが始まると問題なしで、袴捌きや馬を駆る姿などキレのいい美しい動きは御歳80歳とは本当に思えないほど素晴らしい。力より円熟味で、ありありと情景が浮かぶようです。
『船弁慶』重き前後之替、船中之語、早装束、舟唄 兄・頼朝から嫌疑をかけられた義経は西国落ちを決意し、摂津国大物浦で、ここまで従ってきた静御前を弁慶の諌めで都に帰すことになり、名残の酒宴を開きます。静御前は、義経の不運を嘆き、清水観音の加護を祈りながら、別れの舞を舞い、泣く泣く一同を見送ります。 義経の一行が船出すると、海上にわかに荒れ始め、平知盛をはじめ、壇ノ浦に滅んだ平家一門の怨霊が波間に立ち現れ、義経主従を海に沈めようとしますが、弁慶が祈り伏せ怨霊は波間に遠ざかっていきます。 小書が4つも付いて見どころいっぱいで楽しめました。喜正さんが前シテの静御前では義経との別れの辛さ哀しさを表現して、盤渉の序之舞も美しかったです。後シテでは打って変わって知盛の怨霊となり緩急のある舞が勇ましく、そして祈り伏せられる哀切も感じました。今回はアイも小書が二つも付いて、萬斎さんのいい声の舟唄が聞けたり、あのピューっと幕入りするとすぐ着替えて船を持って出てくる早装束が見られたりと目福、耳福でした。弁慶役のワキの閑さんはやはり貫録でここ一番の見せ場を心得ているという感じ。子方もしっかりしていました。
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