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能楽鑑賞日記

2012年3月31日 (土) 狂言ござる乃座46th
会場:国立能楽堂 14:00開演

小舞
「雪山」 野村裕基
「海人」玉之段 野村万作
         地謡:岡聡史、内藤連、石田幸雄、村井一之、中村修一

「粟田口」
 大名:野村萬斎、太郎冠者:高野和憲、すっぱ:深田博治   後見:中村修一

「口真似」
 太郎冠者:野村裕基、主:野村万作、何某:石田幸雄     後見:深田博治

素囃子「男舞」
 大鼓:佃良太郎、小鼓:田邊恭資、笛:栗林祐輔

「蛸」吐墨
 蛸の精:野村萬斎、旅僧:竹山悠樹、所の者:月崎晴夫
 地謡:内藤連、深田博治、野村万作、高野和憲、村井一之
    後見:岡聡史

小舞
 今回は、裕くんとお祖父ちゃんの万作さんの小舞です。裕くんは、もう中学生とのことで、ずいぶんしっかりしてきた訳です。髪型も変わりました。声はちょっと変性期にかかってきたかな、舞も子供っぽさが抜けて扇の使い方や動きが自然になり美しくなりました。
 万作さんは、やはり名人ですね。無理なく美しくそれでいて決めるところはピシっと決める。「海人/玉之段」というダイナミックに物語を紡ぐメリハリ、キレの良さはさすがです。

「粟田口」
 道具比べが流行って、粟田口(刀の銘)を比べることになった大名は、粟田口が何かを知らないまま、太郎冠者に粟田口を都へ買いに行かせます。太郎冠者も粟田口を知らず、都のすっぱ(詐欺師)に自分こそ粟田口だと言われて、すっぱを連れ帰ります。大名は粟田口に関する家伝書をと比べて質問しますが、すっぱが巧みに答えるので、すっかり信用して、すっぱを供にして出掛けます。大名が名前を呼ぶと機敏に答えるすっぱの反応を面白がって、何度も繰り返して呼んでいると、その隙をみて、すっぱは持たされていた太刀と小刀を持って逃げてしまいます。
 何回か観たことのある曲ですが、大名とすっぱの掛け合いが面白い曲です。大名が「銘はあるか」と問えば、すっぱは「姪が二人いる」と答え、それで納得しちゃう萬斎大名のおバカかげんが面白い(大笑)。後半の大名とすっぱの道行の途中、大名が右に左に「粟田口」「藤右馬允(とうまのじょう)」と二つの名前を呼ぶと、深田すっぱも右に左にすぐ答える。二人のスピーディーな反射神経対決がまた面白く、熱演でした。

「口真似」
 主人は到来物の酒をともに楽しく飲む相手を探して連れてくるよう太郎冠者に命じ、太郎冠者は知り合いの酒好きの男を訪ね、主人とは面識が無いので躊躇する男を強引に連れてきます。しかし、男の顔を見た主人は酒癖が悪くて有名な男だと知って、無難に接待して帰そうとしますが、太郎冠者が余計なことを言わないように、自分のいうとおり、するとおりにしろと言いいますが、太郎冠者は何を思ったか、主人のすることなすこと、すっかり真似して行動するので、それに振り回され、怒った主人が太郎冠者を引き倒して、客に挨拶して引っ込むと、起き上がった太郎冠者も主人の真似をして、客を引き倒し、恭しく挨拶して引き上げていきます。
 まあ、断ったのに無理やり連れてこられた上に、とばっちりで叩かれたりツネられたり、挙句の果ては引き倒されて散々な男、酒癖が悪いとはいえ、飲んでない時は、普通の常識人という感じの石田さんの何某、可哀そ過ぎ。でも、笑っちゃいます。子どもがやると悪意がなさそうで、でもちょっと大人たちがあたふたしているのを楽しんでいそう(笑)。

「蛸」吐墨
 日向国の僧が都を訪れる途中に清水の浦に着きます。僧が卒塔婆の蔭に休んでいると、蛸の精が現れ、弔いを頼んで姿を消します。不思議に思った僧が土地の者に卒塔婆の由来を尋ねると、昨春に漁師が捕えた大蛸を皆で食したところ、蛸の霊が夜ごとに現れたため、その供養に建てたと答えます。弔いを勧められた僧が読経していると、蛸の霊が現れ、最後の様子を語り舞い、やがて僧の弔いによって成仏する喜びを見せて姿を消します。
 複式夢幻能の様式を完全にパロディにしています。ワキ僧、アイの所の者、でもシテの霊が蛸というのが狂言らしい。大真面目な竹山さんの僧はハマリ役(笑)。僧の読経で現れた蛸の霊は「賢徳」と「うそ吹き」を合わせたような「蛸」専用の面で、赤頭の上に真っ赤な蛸の作り物が乗っています。赤頭に蛸の足が絡み合っておりました(笑)。蛸の作り物は万作さんが考案したものだそうです。たしかに茂山家で観た時は作り物は乗っていませんでした。でも面がもっとデフォルメされていたというか、インパクトが強かったです。僧の念仏も茂山さんは大真面目な顔で「ナマダコ、ナマダコ」と言ってたけれど、竹山僧は「ナマダコ」とは言ってなかったような?違いもいろいろ見られて面白かったです。
 今回、萬斎さんが能の手法から考案した墨吐きは、やっぱり『土蜘蛛』の蜘蛛の糸を黒くして撒くもので、最初に1個、2度目は2個を派手に撒いていました。退場する時も『土蜘蛛』と同じく、撒いた糸が身体や足に巻き付いて、ずるずると引きずりながらの幕入りでした。
2012年3月25日 (日) 喜多流職分会三月自主公演能
会場:十四世喜多六平太記念能楽堂 正午開演

『清経』
 シテ(清経の霊):金子匡一
 シテツレ(清経の妻):金子敬一郎
 ワキ(粟津三郎):村瀬提
    大鼓:原岡一之、小鼓:亀井俊一、笛:寺井宏明
       後見:粟谷幸雄、長田驍
          地謡:渡辺康喜、粟谷充雄、狩野了一、塩津圭介
              中村邦生、大島政允、塩津哲生、大村定

「鐘の音」
 太郎冠者:山本則俊、主人:山本則重、仲裁人:遠藤博義

『籠太鼓』
 シテ(関の清次の妻):笠井陸
 ワキ(領主松浦の何某):福王和幸
 アイ(松浦の下人):山本則孝
    大鼓:柿原光博、小鼓:森澤勇司、笛:中谷明
       後見:高林白牛口二、松井彬
          地謡:佐藤陽、友枝雄人、高林呻二、友枝真也
              谷大作、出雲康雅、香川靖嗣、長島茂

仕舞「雲林院」 佐々木宗生
        地謡:佐藤寛泰、粟谷充雄、内田成信、塩津圭介

『国栖』
 シテ(漁翁・蔵王権現):友枝昭世
 シテツレ(姥):佐々木多門
 シテツレ(天女):友枝真也
 子方(浄見原天皇):友枝大風
 ワキ(朝臣):宝生閑
 ワキツレ(輿舁):殿田謙吉、大日方寛
 アイ(敵の雑兵):山本則俊、山本則重
     大鼓:柿原崇志、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:三島元太郎、笛:松田弘之
        後見:内田安信、佐々木宗生
           地謡:粟谷尚生、大島輝久、粟谷浩之、佐藤寛泰
               佐藤章雄、粟谷明生、粟谷能夫、内田成信
附祝言

『清経』
 源平の戦いで西国へ都落ちした清経の邸で寂しく留守を守っている妻の元に、夫の自殺を知らせる使いの粟津三郎が来て、清経の遺髪を届けにきます。あきらめきれない妻は、使者の形見を手向け返しますが、泣き伏した妻の枕元に清経の霊が現れます。妻は戦死か病死ならともかく、自分を置き去りにして自殺するとはと恨み嘆くので、清経は追われる者の焦りと苛立ち、無益な抗戦への懐疑から死を決心し、ある夜、月を仰いで愛用の笛を吹き念仏を唱えて舟端から身を投げたことを語ります。清経の霊は修羅道に落ちた苦しみをみせ、念仏の功徳で成仏します。
 シテの金子匡一さんは年配の方のようですが、型、所作は美しかったです。夫婦のやりとりも情感がありました。

「鐘の音」
 息子の元服に黄金造りの刀を差させようと思った主人が、太郎冠者に鎌倉へ行って「金の値(かねのね)」を聞いてくるよう命じますが、それを「鐘の音(かねのね)」と勘違いした太郎冠者は、鎌倉の寺々を巡って、鍾楼堂の鐘をついて音色を聞き比べてきます。帰宅してその旨を主人に報告すると、主人は怒りだし、冠者を追い出してしまいます。騒ぎを知った仲裁人が間に入って両者の言い分を聞き、冠者が鐘の音を聞きまわる様子を主人に演じて見せることになり、主人の機嫌を直そうと、冠者は謡いながら舞いますが、結局主人に叱られてしまいます。
 大藏流の「鐘の音」を観るのは初めてかもしれません。和泉流とは大分違っていて、仲裁人が出てきたり、結末も叱り止めです。お寺の鐘の音も違ってました。最後はやっぱり太郎冠者を許して終わる方がいいですね。

『籠太鼓』
 九州松浦の何某は、領地内の住民の清次が口論の末に相手を殺めたので牢に入れますが、清次は牢を破って逃げてしまいます。そこで松浦は、清次の妻を捕えて夫の行き先を詰問しますが、妻は知らないと言い張り、身代りに牢に入れられてしまいます。松浦は下人に牢に鼓を付け一時毎に鼓を打って番をするよう言いつけます。下人が鼓を打ち終えて寝入ると、清次の妻は急に狂乱の態を装います。それを聞いた松浦は不憫ながら役目がら夫の居所を明かしたなら解き放ってやると持ちかけます。妻は知っていても、みすみす夫を失うような供述ができようか、まして全く知らないものを白状しようがないと答えます。松浦はそのいじらしさに、牢の戸を開けて「出でよ」と言いますが、妻は夫の身代りゆえ出られぬ、この牢こそ夫の分身と牢の中にくずれおちます。松浦がこのうえは、夫婦ともに助けてやると言いますが、妻はさらに狂乱の態を装い、牢番が打つ鼓に打ち興じます。そして偽りか誠か、我と分からぬまま夫の身代りに立ってこそ二世を契った仲と牢の中にうずくまってしまいます。松浦も哀れに思い、八幡神に誓って夫婦とも助けると言い、妻は初めて夫の居所を明かします。それを聞いた松浦は父の13回忌に当たるゆえに許すことにします。
 喧嘩のうえ人を殺して脱獄した男を、妻の夫婦愛に免じて許してしまうというのも、それでいいのかい!と、なんか腑に落ちない内容ではあります。
 シテの妻は地味めな唐織で、年配な感じ。夫を思う切々とした心情は感じられました。ワキの福王和幸さんは若いけれど領主らしい重厚な雰囲気がありました。アイのちょっといいかげんな牢番の下人役山本則孝さんは飄々と軽い感じが出ていて面白かったです。

『国栖』
 浄見原天皇が大友皇子に襲われて吉野山中国栖の民家に籠もります。その頃、川船に乗っていたその家の老夫婦は自宅の雲間に紫雲が棚引くのを見つけ、天子が居るところに紫雲が立つということから急いで家に帰ります。自宅にいた天皇と臣下は老夫婦に大友皇子に襲われてここまで来た事情を話し、老夫婦は芹と国栖魚(鮎)を供御に供し、都に臨幸できるかどうかを占うため、残りの国栖魚を吉野川に放します。すると国栖魚は見事に生き返って泳ぎます。そこへ追手が来たので、夫婦は浄見原天皇を裏返した舟の下に隠し、追手に語気を荒げて言葉を返し、追い返します。追手が去ると天皇はその忠誠に感動して謝辞を述べます。夜が更けると天女が現れ五節の舞を舞い、やがて蔵王権現も現れて天皇の御代を寿ぐのでした。
 友枝昭世さんの蔵王権現の威厳があって豪快な舞はさすがです。女性を演じる時の美しさとは違う威厳と迫力のある男神も大好きなところですが、ブレない確かさキレの良さが美しさと品、威厳と迫力の両方を見事に表現していてホレボレします。今回は舞が短かかったのがちょっと残念、「え、もう終わっちゃうの」という感じでした。その前の天女の舞が長かったですが、友枝真也さんの天女の舞も美しかったです。天皇役の子方の大風くんも頑張っていました。シテの昭世さんは、前場の老翁でも語気を荒げて追手を追い返す迫力などただの老人ではない気迫が感じられ、ワキの臣下も重厚で貫録のある宝生閑さんで見応えありました。
2012年3月23日 (金) 千五郎狂言会第十二回
会場:国立能楽堂 19:00開演

「犬山伏」
 出家:茂山千五郎、山伏:茂山七五三、茶屋:茂山逸平、犬:島田洋海  後見:松本薫

「竹生嶋詣(ちくぶしままいり)」
 太郎冠者:茂山茂、主人:茂山童司             後見:丸山やすし

「靱猿」
 大名:茂山正邦、猿曳:茂山千五郎、太郎冠者:井口竜也、子猿:茂山虎真
                                  後見:茂山茂、丸山やすし

「犬山伏」
 出家が茶屋で休んでいると横柄な山伏がやってきて、自分の荷物を持てと迫ります。見かねた亭主が「獰猛な犬を手なずけた方の勝ちとしよう」と提案し、出家に「犬の名前が虎なので、名を呼べばよい」と耳打ちします。出家が「とら」を使った経を唱えれば、犬はおとなしくなり、山伏が祈れば咬みついてくるので、とうとう山伏は犬に追われて逃げて行きます。
 「禰宜山伏」の禰宜(神主)が僧に代わり、大黒が犬に代わったような曲です。
 七五三さんの強面の山伏と千五郎さんの俗っぽくて弱腰な僧の対象が、いつものイメージと反対のような配役ですが、なかなか合っていて面白かったです。犬役は四つん這いのまま山伏に飛びかかったりするので、けっこう大変かも。

「竹生嶋詣」
 無断で旅に出た太郎冠者を叱りにきた主人は、太郎冠者が竹生嶋詣をしたと聞いて、様子を知りたくて許します。太郎冠者は、犬、猿、蛙、くちなわ(蛇)が集まって面白い洒落を言ったと言い、犬が「去ぬる」、猿が「去る」、蛙が「帰る」と駄洒落を並べて主人を喜ばせますが、最後に蛇(くちなわ)で詰まってしまい、ごまかそうとして主人に叱られてしまいます。
 狂言では、よくある設定で似たような曲がいくつかありますが、当時流行った秀句(洒落)にかけて主人を喜ばせようとして裏目に出ちゃう話です。童司さんが主人で茂さんが太郎冠者の若手の配役。本当は仲の良い主従のやりとりが、なんか微笑ましい。

「靱猿」
 大名が太郎冠者を連れて野遊びに行く途中で、毛並みの良い猿を連れた猿曳に出会い、大名は靱の皮にしたいから猿を貸せ、と強引に迫ります。猿曳は必死に抵抗したものの、怒った大名に射殺すと脅されて、やむなく承知します。猿曳はせめて我が手にかけようと、猿を杖で打ち殺そうとしますが、無邪気な猿は、その杖を取って舟の櫓を漕ぐ芸をするので、いじらしくなって、どうしても打つことが出来ません。大名も無心な猿の姿を見るうちに心を討たれ、もらい泣きして、猿の命を助けることにします。猿曳が喜んで猿歌を謡い猿に舞わせると、大名は褒美に扇や小刀や装束まで与え、自分も猿の仕草を真似て興じます。
 正邦さんの大名に千五郎さんの猿曳、子猿が虎真くん。2日続きの会で1日目の子猿は竜正くんで、正邦さんちの双子ちゃんがそれぞれ子猿をやる親子三代共演です。
 かなり迫力ある正邦さんの大名に、必死で子猿を守ろうとする千五郎さんの猿曳。無心に遊ぶ子猿の前で緊張したやりとりが繰り広げられます。声量ある正邦さんの声がガンガン響きます(笑)。後半はもう爺ちゃんとお父さんのデレデレ合戦で微笑ましい。大藏流では「靱猿」が子方のデビューではないので、和泉流よりちょっと大きな子猿ちゃん。その分、子猿の芸が和泉流よりずっと多いです。最後は千五郎さんが虎真くんを背負って、ほのぼのと退場です。