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能楽鑑賞日記

2012年7月29日 (日) 萬狂言 夏公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:野村万禄

「入間川」
 大名:野村扇丞、太郎冠者:小笠原匡、入間の何某:野村祐丞

小舞
「大原木」 野村拳之介
「芦刈」 野村虎之介
「海人」 野村太一郎
           地謡:吉住講、野村万禄、野村万蔵、山下浩一郎、炭光太郎

「重喜」 
 重喜:野村眞之介、住持:野村万蔵
          地謡:泉愼也、野村扇丞、小笠原匡、山下浩一郎、炭光太郎

「連歌盗人」
 男:野村万蔵、男:野村万禄、有徳人:野村萬

「入間川」
 長らく在京していた東国の大名が訴訟に勝ち、太郎冠者を連れて帰郷することにします。途中大きな川に出たので、対岸の人に問うと、この川は入間川で浅瀬は上の方だと教えられます。ところが、大名はそのまま川を渡って深みにはまり、ずぶ濡れになってしまいます。大名は怒って、ここは入間だから昔から入間様(いるまよう)と言って逆言葉を使うはずと言って男を成敗しようとします。すると男は、成敗するというのは成敗しないと言うことだと喜ぶので、大名も面白がって逆言葉のやりとりを楽しみ、扇や太刀などを与えます。男が帰ろうとすると、大名は「真実、嬉しいか嬉しくないか」と問い、念を押して、男が「嬉しい」と答えると、入間様を取ってというのは取るなということ、嬉しいというのは嬉しくないということだと、男から渡した物を取り返して去って行ってしまいます。
 祐丞さんと扇丞さんの息の合った親子共演で、さんざん楽しんだうえに意外としたたかな扇丞大名と、結局振り回された気のいい祐丞何某という感じがよく合っていました。

 小舞は、萬さんの孫たち3人。中学生の拳之介くん、高校生の虎之介くん、22歳の太一郎さんとそれぞれの年代の若者らしい勢いのある綺麗な舞でした。

「重喜」
 寺の住持が法要に行くため、弟子の重喜を呼び出して袈裟や衣の用意を言いつけます。重喜がお布施を期待するようなことを言うと住持はたしなめ、いつものもう一人の弟子の延喜に頭を剃らせているのを、あいにく不在のため、不安に思いながらも重喜に剃らせることにします。重喜は剃刀を取りに行き、切れ味を試していると住持にぶつかり、住持に「弟子七尺を去って師の影を踏まず」という諺を引いて注意されます。重喜は剃ろうして近づくと師匠の影を踏みそうになるので、長い柄の先に剃刀を付けて遠くから頭を剃ることにしますが、ついに住持の鼻を剃り落としてしまいます。
 万蔵さんの一番下の息子さんの眞之介くんとお祖父ちゃんの萬さんの共演。落ち着いて貫録のある萬さんの住持にあどけなくてちょっとこまっしゃくれた眞之介くんの重喜。最後は謡がかりになって「いでいで髪を剃らんとて」「剃刀の柄を七尺五寸につぎ延べて、および剃りにぞ剃ったりける」と謡いもしっかり、あどけない可愛さには思わず顔もほころんでしまいました。

「連歌盗人」
 連歌の初心講の当番になった男は貧乏で準備ができないため、同じ当番の男のところに相談に行きますが、その男も貧乏なため道具を揃えることができません。そこで二人は知り合いの金持ちの家に忍び込んで道具を盗むことにします。家の中を物色していると「水に見て月の上なる木の葉かな」と懐紙に書かれた句を見つけ、この発句をもとに二人は連歌を始めて、家の亭主に見つかってしまいます。しかし、連歌好きの亭主は、先ほどの歌を聞いて、自分の付けた第三句にみごとに四句めを付けたら命を助けると言い、二人が上手く四句目を付けたので、感心して許してやることにします。そして盗人が顔見知りとわかった亭主は事情を聞いて酒をすすめ、太刀と小刀を与えて帰してやります。
 ちょっと、マヌケでお人よしの万蔵、万禄の盗人に大らかな萬さんの有徳人。中世の連歌好きの人々の大らかさにほっこりした気分になります。貧乏でも連歌を楽しむ心のゆとりがあったんですね。それがちょっとおマヌケな行動になりますが、どちらも風流を解する人たちで良かった。万蔵さん、万禄さん楽しそうな雰囲気が出ていて良かったです。
2012年7月18日 (水) 国立能楽堂七月定例公演
会場:国立能楽堂 18:30開演

「秀句傘」
 大名:山本泰太郎、太郎冠者:山本則秀、新参者:山本則孝

『鵺』
 シテ(舟人・鵺):友枝昭世
 ワキ(旅僧):福王茂十郎
 アイ(里人):山本東次郎
    笛:一噌庸二、小鼓:林吉兵衛、大鼓:亀井忠雄、太鼓:観世元伯
      後見:中村邦生、友枝雄人
        地謡:友枝真也、金子敬一郎、内田成信、大島輝久
            狩野了一、粟谷明生、香川靖嗣、長島茂

 能のアイが山本則俊さんの予定が東次郎さんに変更になりました。

「秀句傘」
 最近、会合で仲間の大名がどっと笑うのが不思議でしょうがない大名は、太郎冠者に皆が秀句(洒落)を言い合っているのだと教わります。そこで、秀句がよくできる者を召し抱えようと、太郎冠者に探しに行くよう命じます。太郎冠者は、上下の街道で傘についての秀句ならば言うことができるという男を連れ帰ります。大名に引き合わされた男はさっそく秀句を使って受け答えをしますが、大名はその秀句が理解できず怒って刀の柄に手を掛けます。とりなす太郎冠者にあれは秀句だと教えられた大名は、今度は男の言うことすべて秀句だと思い、いちいち大笑いして、褒美に着ている着物まで与えてしまいます。男は傘を手渡して立ち去り、残った大名は下着のまま傘をさして小歌を謡い、「秀句とは寒いものだ」と言います。
 威張って見栄を張ることもある泰太郎大名は、秀句もわからない真面目人間(笑)という感じ。元傘張り職人だった則孝新参者は傘についての秀句は言えるけれど、大名に輪をかけた真面目人間(笑)に見えてしまった。秀句の意味も分からないまま、分かったふりをして見栄を張る大名は気前よく着ている着物まで与えてしまうけれど、結局最後まで秀句が理解できないまま、「秀句とは寒いものだ」と、泰太郎さん、武骨で真面目な大名の可笑しさが出てました。

『鵺』
 旅の僧が都へ向かう途中、津の国芦屋の里を訪れ、里の男に宿を頼みますが、男は旅人に宿を貸すのは禁じられていると拒み、川から化け物が出るが、と忠告したうえで川傍の御堂に泊るよう勧めます。
 夜が更けるころ、小舟を操る怪しい風体の男が御堂に近づいてきます。僧が素性を尋ねると、男は昔、源頼政の矢に当たって命を失った鵺の亡心だと答え、その時の有様を詳しく語って、夜の波間に姿を消します。僧の様子を見に来た里の男は、夜な夜な現れる鵺の亡霊のことを語り、僧に弔うよう勧めます。
 僧が弔っていると、鵺の亡霊が恐ろしい姿で現れます。鵺は矢に当たって崩れ落ちるように空から地に落ちたこと、鵺を退治した頼政が剣を賜ったことを仕方語に語ります。さらに鵺は頼政は名を挙げたのに、自分は空舟に押し込められて、淀川に捨てられ、流れ流れて芦屋の浮洲に流れ着き、そのまま朽ちていったと述べて、月影と共に消え失せていきます。

 鵺とは、頭は猿、尾は蛇、手足は虎、鳴き声は古来より不吉とされた鳥のトラツグミに似ているという化け物で、「平家物語」の中で源頼政が退治した手柄話として語られています。
 前シテの舟人は黒づくめで、面は「真角」という霊の面だそうで、橋掛りを舟に乗って出てくる様子は、本当に舟が静かな川をすべるようにまったく身体がぶれない。いかにもアヤカシの雰囲気を漂わせていました。後シテでは鵺の本来の姿となって金襴の派手な装束に泥小飛出の面で生前のように勇ましく、そして鵺と頼政をはっきりと演じ分けながらも表裏一体のよう。鵺の悔恨の思いと敗者の悲哀、友枝さんの「気」に吸い込まれるように見入ってしまいました。
2012年7月16日 (月・祝) 座・SQUARE 第15回公演〜想い届け〜
会場:国立能楽堂 13:00開演

解説:高橋忍

『小袖曽我』
 シテ(曽我十郎祐成):井上貴覚
 ツレ(曽我五郎時致):山井綱雄
 ツレ(母):辻井八郎
 ツレ(太刀持):中村昌弘、大塚龍一郎
 間(春日局):竹山悠樹
   笛:一噌幸弘、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠
     後見:横山紳一、本田芳樹(?)
       地謡:後藤和也、中村一路、岩田幸雄、杉田浩庸
           ?、高橋汎、金春穂高、本田布由樹

「入間川」
 大名:野村萬斎、入間の某:石田幸雄、太郎冠者:月崎晴夫
                                     後見:竹山悠樹

『砧』
 シテ(芦屋の某の妻・妻の霊):高橋忍
 ツレ(侍女夕霧):辻井八郎
 ワキ(芦屋の某):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博
 間(下人):石田幸雄
   笛:一噌庸二、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:安福光雄、太鼓:吉谷潔
     後見:高橋汎、横山紳一
       地謡:萩野将盛、本田布由樹、中村昌弘、後藤和也
           井上貴覚、本田光洋、山井綱雄、本田芳雄

附祝言

 プログラムでは『小袖曽我』のツレ(五郎)だった金春憲和さんが体調不良のため山井綱雄さんが代役になり、山井さんがやる予定だったツレ(母)に辻井八郎さん、地謡に高橋汎さんが入りました。貼りだしてあった出演者変更には、それしか書いてありませんでしたが、地頭のはずの金春安明宗家も出られなくなったようで、高橋汎さんが地頭に、地謡だった辻井さんの位置(後列一番奥)には他の方が入っていたようですが、どなたなのか確認できませんでした。後見の本田芳樹さんが入っていたのかもしれません。後見の一人は女性のように見えました。

 今回の解説は高橋忍さんでした。副題の「想い届け」の想いには様々な想いが込められていると思いますが、昨年の大地震があったことに対する想いが大きかったとのこと。今回の『小袖曽我』では親子兄弟の想い、『砧』では帰らない夫への妻の想いが、どうやって届くのかということを感じて欲しいとのこと。
 昨年、この会の狂言を萬斎さんにお願いしたところ、この日だけピンポイントで空いていたとのこと。前日が「薮原検校」の大千秋楽だったわけで、新潟からとんぼ返りでの出演、ハードな舞台が終わったばかりでも仕事を入れちゃうなんて、いつ休むんだと思っちゃいます。
 
『小袖曽我』
 曽我兄弟の十郎祐成と五郎時致は、頼朝の富士の裾野の巻狩に参加して父の仇の工藤祐経を討つ前に、出家せよとの母の命に背いて勘当を受けた五郎時致の許しを乞いに曽我の里に帰ってきます。まず十郎が五郎を待たせて母に対面し、狩場へ行く暇乞いを述べます。次に十郎に促されて五郎が母への対面を願って案内を頼みますが、重ねて勘当となり、五郎のことを取り持つならば十郎も勘当という母の意思をアイ(春日局)が伝えます。十郎は五郎を励まして共に母の前に出て、父の仇討の計画や勘当の無慈悲を語りますが、分かってもらえず、泣きながら去ろうとします。その姿に母は兄弟を呼びとめて勘当を解き、二人の門出を祝う酒宴となります。兄弟は晴れ晴れと相舞を舞い、仇討ちの成就を願い、勇んで旅立っていくのでした。
 思いがけなく山井さんが代役となって直面で登場。母役は面をかけていたので、はじめは誰か解らなかったのですが休憩時間に確認。辻井さん、声の良さと蔓桶に座って静止する姿が美しい。最後の井上さんと山井さんの相舞が若々しく颯爽として素晴らしかったです。しかし、急ごしらえとはいえ、いまいち地謡が重く弱い感じがしました。

「入間川」
 長らく在京していた東国の大名が訴訟に勝って、太郎冠者を連れて帰国する途中大きな川にさしかかります。対岸を通る男に川の名と渡れるところを尋ねると、男はここは入間川で上流に浅瀬があると答えました。ところが大名はその場所から川を渡ろうとして深みにはまってしまいます。
 助けられた大名は、このあたりの者が使う入間様(いるまよう)という逆さ言葉を使うはずだと言って怒り成敗しようとします。すると男は、これは入間様ならば成敗しないということだと喜び、大名はこれを面白がって、逆さ言葉のやり取りを楽しみます。大名は扇や太刀を男に与えてしまいますが、最後はうまく入間様を利用して品物を取り返して逃げていきます。

 「薮原検校」の舞台での五分刈り頭の萬斎さん、大名役で烏帽子をつけて登場。五分刈り頭も烏帽子をつけると襟足やモミアゲがすっきりしてかえって男っぷりが上がったみたいです。過酷な舞台の疲れも見えず、いつもの茶目っけたっぷりの大名を堪能できました。石田さんとのコンビでの逆さ言葉のやり取りも面白く、月崎さんの太郎冠者もいい味出してて鉄板トリオ健在です。

『砧』
 九州の芦屋の何某は、訴訟のため上京し、三年の月日が経とうとしていました。故郷に残した妻を思い、「今年の暮れには必ず帰る」という言伝てを侍女の夕霧に託して帰郷させますが、夫の帰りを待ちわびる妻は、三年もの間ひとり残し、何の便りもよこさなかった恨みを涙とともに夕霧に訴えます。
 夜がふけ、寂しさと行く末の不安に打ちひしがれてしまっている妻の耳にどこかで砧を打つ音が聞こえてきました。妻は、唐土の蘇武という人の妻が胡国に捕えられた夫に想いを届けるため、高楼に登り砧を打つと、異国の地にいた夫にその音が聞こえた、という故事を思いだし、自分も夫に届けとばかり、夕霧を促して砧を打ち始めます。晩秋の夜に響く砧を打つ音は、風の音、虫の音に混じり、もの悲しい雰囲気が漂います。しかし、妻の願いもむなしく、結局夫はその年も帰れないとの便りが届き、妻は夫の心変わりを恨み、病の床に伏して、命を落としてしまいます。
 妻の死の知らせを聞き帰郷した夫は、砧を手向けて弔おうと梓の弓をかけると、その調べに引かれるように妻の霊が現れます。妻は死してなお、夫への恋慕の情が執念となり地獄に落ちた恨みを夫に訴え続けのでしたが、最後は夫の唱える法華経の功徳によって成仏出来たのでした。

 忙しさに紛れて三年も残してきた妻に手紙もよこさない夫と夫恋しさと寂しさのあまり夫を恨み病気になって死んでしまう妻との心のすれ違い。『清経』でも戦に敗れ悲観して自殺した夫と自分を残して勝手に死んでしまった夫を恨む妻との心のすれ違いが描かれていましたが、この『砧』の場合は、もう少し夫が筆まめであったら起こらなかった悲劇ですよね、後悔先に立たず。ワキの森さんの夫は優しい面立ちで妻へのすまなさと後悔から、せめて妻の想いを聞いて成仏して欲しいという想い。
 高橋さんの前シテの妻は清楚で、感情を内に秘めて耐えている感じ。後シテの亡魂は陰々滅々として恋慕の執念のあまり地獄に落ちた苦しみと恨みを訴え、ちゃんとこの想いを聞いて受け止めて欲しかった妻の気持ちというのが解る気がしました。