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能楽鑑賞日記

2012年10月27日 (土) 第15回記念 長島茂の会
会場:喜多六平太記念能楽堂 14:00開演

仕舞「松風」 友枝昭世
      地謡:友枝雄人、狩野了一、粟谷明生、金子敬一郎

「舟ふな」
 太郎冠者:野村萬斎、主:高野和憲

『道成寺』
 シテ(白拍子・蛇体):長島茂
 ワキ(道成寺の住職):森常好
 ワキツレ(従僧):舘田善博、森常太郎
 アイ(道成寺の能力):深田博治、竹山悠樹
    大鼓:國川純、小鼓:成田達志、太鼓:観世元伯、笛:一噌隆之
       後見:友枝昭世、内田安信、友枝雄人
          地謡:粟谷充雄、粟谷浩之、内田成信、友枝真也
              中村邦生、出雲康雅、粟谷能夫、粟谷明生
          鐘後見:狩野了一、金子敬一郎、佐々木多門、大島輝久、佐藤寛泰

 番組の順番が一部変更になりました。狂言が一番最初で次に仕舞、それから20分の休憩の予定でしたが、仕舞が最初でその後30分の休憩、そして狂言と能は休憩なしで続けて上演。どうやら、万作家は今日はかけもちだったようで、前の会が長引いたのか交通事情によるものか、到着が遅れていたようです。

仕舞「松風」
 久しぶりに友枝さんの仕舞を観ました。行平の中納言の面影を慕って舞う松風の霊の中ノ舞です。少しもブレることなく、流れるように美しい動きの中にキッと顔を上げる所作が入ったり、観ているうちに直面に袴姿の友枝さんが女性のように見えてきました。

「舟ふな」
 主人が太郎冠者を連れて西宮見物に行く途中、神崎の渡しに着きます。太郎冠者は渡しの舟に向かって「フナやーい」と呼ぶので、主人は「フネ」と呼ぶようにたしなめると、冠者は「フナ競う堀江の川の水際に・・・」という古歌を引き合いに出して「フナ」が正しいのだと言い張ります。主人も「・・・島がくれ行くフネをしぞ思ふ」という古歌で応酬しますが、冠者は納得せずに次々と別の古歌を引き合いに出してきます。主人は同じ古歌しか思い浮かばず、苦戦を強いられているところに、謡いの一節を思いつき、「山田矢橋の渡しぶねの夜は通ふ人なくとも、月の誘はばおのずからフネもこがれいづらん」と謡いますが、次の「ふ」で詰まってしまいます。冠者が続きを「フナ人もこがれいづらん」と謡って、「たまには主に負けていろ」と主人に叱られてしまいます。

 間違っているのに賢そうな太郎冠者と、正しいはずなのにとぼけた主人の応酬が面白い曲です。小賢しい太郎冠者が、主人を言い負かしていい気になって叱られちゃうわけです。
 今回は萬斎さんが主人で高野さんが太郎冠者という組み合わせ。まあ、この演目では万作主人に萬斎太郎冠者の組み合わせにはちょっと及ばないですが、太郎冠者に負けじと、同じ古歌を早口で言ったりして誤魔化すところはとぼけてて面白いです。高野太郎冠者は小賢しさよりちょっと真面目そうな感じに見えました。

『道成寺』
 道成寺の住僧が従僧たちとともに登場し、鐘を再興したことを述べて能力に女人禁制のことを触れるように命じます。そこへ一人の白拍子が現れ、参詣を強く望み、能力は一度は断るものの、白拍子のたっての頼みに、一存で境内へ入ることを許してしまいます。能力が舞を所望すると、白拍子は、松のほかには一面の桜の中で舞い始めます。舞ううちに白拍子は、思えばこの鐘が恨めしいと、鐘の内に飛び入り、鐘を落としてしまいます。
 能力から報告を受けた住僧は、一同にこの鐘にまつわる話をします。それは、昔、一人の山伏をこの寺の鐘の内に隠したのですが、彼を追ってきた娘が蛇体となって鐘を取り巻き、山伏をとり殺してしまったというものでした。僧たちが祈り始めると、やがて鐘はもとどおりに上り、その下に蛇体の女が現れます。僧たちがなお一心に祈り続けると、ついに蛇体の女は日高川に飛び込んでしまいます。

 鐘吊りが、最初に行われるのではなくて、住僧が能力に鐘吊りを命じてから演技が進む中での鐘吊りで、これは、あまりぐずぐず時間を取られると話の流れを阻害することになるのでハラハラしますが、深田、高野コンビで今回はスムーズに吊れました。
 やっぱり見どころは乱拍子でのシテと小鼓との対峙、成田さんの気合いの入った小鼓の鋭い掛け声に呼応するシテの足の動き。動かない時間が長く、じりじりとした緊張感が続き、突如として急の舞となって鐘の下に走り跳び上がると同時に鐘が落ちる鐘入り。鐘の中に走り入ったままの後ろ向きで鐘の内側下の方に片手をついて跳び上がると同時に鐘が落ちました。シテがかなり高く跳び上がったように見えたので、頭が当たったのではないかとちょっと心配しました。
 鐘落ちで、ごろごろ転がったアイの能力二人、深田、高野コンビのなすり合いですが、ちょっと硬い感じだったかな、いつも萬斎さんの能力がつーっと押し出されてそのまま住僧の前にちょこんと座り、「落ちてござる」というタイニングが絶妙なので、ちょっとそれは無理だったか。
 後場で、鐘の中から蛇体となって現れた後シテ、後シテの装束や出方には色々あるのですが、赤頭で鱗模様の摺箔に縫箔を腰巻にして鐘の中から胡坐をかいて座った状態で登場しました。
 祈る僧との攻防、橋掛りまで追いやられ、また押し返す、柱に巻きつきながら鐘への執心を見せ、また押しつ押し返しつ、とうとう祈り伏せられて川に飛び込む、大蛇となった女の執心の哀しさが感じられて、やっぱり、『道成寺』は面白いなあ。
2012年10月24日 (水) 狂言ござる乃座47th
会場:国立能楽堂 19:00開演

舞囃子「斑女」 宝生和英
        大鼓:亀井広忠、小鼓:鵜澤洋太郎、笛:松田弘之
        地謡:和久荘太郎、辰巳満次郎、佐野登、辰巳大二郎

「花子」行ノ形
 夫:野村萬斎、妻:野村万作、太郎冠者:三宅右近    後見:石田幸雄、深田博治

「茸」
 山伏:野村遼太
 何某:石田幸雄
 茸:中村修一、内藤連、宇貫貴雄、岡聡史、竹山悠樹、月崎晴夫、高野和憲
 姫茸:野村裕基
 鬼茸:深田博治
    後見:野村萬斎

 今回は、萬斎さんの「花子」がメイン。野村家の伝書に「花子」の小書として「真・行・草」の形があり、それを名古屋、東京、京都の「ござる乃座」各舞台で行うという趣向のようです。

舞囃子「斑女」
 狂言の「花子」は能『班女』の後日譚と見なされているので、今回選ばれたものと思われます。花子が吉田少将を慕う中之舞を舞います。
 若い宝生宗家、張りのある声で美しい舞でした。

「花子」行ノ形
 洛外に住む男が東国に下る際に寄った野上の宿で知り合った花子が都に出てきて、北白川の宿から度々手紙をよこすので、男は妻を騙して花子に逢いに行こうとします。妻に後生を願って諸国の寺を参詣する旅に出たいと嘘をいいますが、夫と離れるのは嫌だと聞き入れてくれません。それではと、持仏堂に籠って一夜の座禅をすることをなんとか承知させ、太郎冠者を身代りにして花子の元に急ぎます。修行の妨げになるから覗いてはならぬと言われたのに、やはり気になって覗いてしまった妻は、座禅衾を被った姿があまりに窮屈そうなので、我慢できずに中に入って座禅衾を取ってしまいます。中から出てきたのは太郎冠者。騙されたと知った妻は自分が座禅衾を被り夫の帰りを待ちます。そうとは知らぬ夫は、花子との再会に夢うつつで帰ってくると、その夜の一部始終を太郎冠者だと思いこんで語って聞かせ、座禅衾を取ると、妻が現れてびっくり仰天。怒り狂う妻に追いかけられて逃げ惑います。
 行ノ形では、夫が翁烏帽子に狩衣、指貫姿の格の高い出立ちで、狂言では名前の出ない吉田少将に近い印象になります。
 萬斎さんは翁烏帽子にオレンジの狩衣、渋い薄紫の指貫で登場。万作さんの妻も小袖の二枚重ね、紺地の小袖を着た上に白地の小袖を壷折に着ていました。花子の元から帰ってくる後場では、烏帽子はそのまま、狩衣を脱いで白綾に白の指貫、狂い笹を持って登場します。
 常の「花子」より格が高くなっているためか様式性が強くなっている感じで、特に前場での妻とのやりとりが台詞は同じなのに、能のような雰囲気でした。
 太郎冠者の右近さんと妻の万作さんとのやりとりは写実的な表現で面白く、謡いが中心の後場では萬斎さんの謡の声の良さに酔いました。最後に座禅衾を取って夫を睨みつける万作妻の顔が恐〜い、それを見てフリーズの萬斎夫には、やっぱり笑える。
 装束の美しさと謡いは素敵でしたが、格が高すぎて、笑える台詞でなんか笑えない感じ(特に前場)。個人的には常の「花子」の方がやっぱり好きかな。

「茸」
 屋敷に茸が生え、取っても取っても生えてくるので、困った男は懇意にしている山伏に祈祷を頼みます。屋敷に着いて茸を目にした山伏はその大きさに驚きつつも祈り始めますが、茸はますます増え、山伏や男に悪戯をします。疲れ果てた山伏が最後の気力を振り絞って祈ると、鬼茸が現れ襲いかかってくるので、山伏はほうほうの体で逃げ出します。
 山伏を遼太くん、男(何某)が石田さん。他、若手での「茸」で、萬斎さんが後見でした。甥の遼太くんが山伏役なので、萬斎さんは初めからずっと厳しい表情。石田さんは安心して観ていられますが、姫茸で出てきた裕基くんが茸歩きをしているうちに裾がはだけてきて、後見の萬斎さんが裾を直しに出てきて2回ほど直していきました。後見の萬斎さんはずーっと厳しい表情、怖い顔がつい目に入るとちょっと引いちゃいそう。茸たちの悪戯もちょっとおとなしめな感じでした。
2012年10月16日 (火) 萬歳楽座 第6回公演
会場:国立能楽堂 18:30開演

一管「平調音取(ひょうぢょうのねとり)」    笛:藤田六郎兵衛

「神楽式三番叟」双之舞
 三番叟:野村万作
 三番叟:野村萬斎
 千歳:野村裕基
    大鼓:亀井広忠
    小鼓頭取:大倉源次郎
    脇鼓:飯富孔明、田邊恭資
    笛:藤田六郎兵衛
       後見:月崎晴夫、竹山悠樹
          地謡:中村修一、内藤連、深田博治、高野和憲、村井一之

『乱(みだれ)』置壷・双之舞
 シテ(猩々):観世清和
 ツレ(猩々):片山九郎右衛門
 ワキ(高風):宝生閑
    大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田六郎兵衛
       後見:片山幽雪、上田公威、武田宗和
          地謡:観世淳夫、坂口貴信、木月宣行、角幸二郎
              観世喜正、観世銕之丞、梅若玄祥、大槻文藏

 最初に主宰者の六郎兵衛さんが登場してお話。笛を吹いている時の強面のお顔とは打って変って、にこやかに優しいお声での解説でした。また、今回は高円宮妃がご臨席とのことでした。

一調「平調音取」
 笛を吹く時は、いつもの厳しいお顔に戻りました。平調は笛の五調子の中で一番低い調子で秋の調子だそうです。なんとなく、ちょっと物悲しい秋の風情を感じる音色でした。

「三番叟」双之舞
 六郎兵衛さんの家に残されている上演控えを元に万作さんにお願いして双の舞を復活させたそうで、先日、宮島で演じられたものと同じでした。今回は、裕基くんが千歳で親子三代の共演となりました。六郎兵衛さんが解説の時、裕基くんのことを「小さい、小さい」と強調されてましたが、裕基くんも中学生、ずいぶん背も高くなって「小さい、小さい」というほど、小さい子どもじゃないですよ。大柄な六郎兵衛さんから見れば小さいでしょうが(笑)。裕くんの、露払いの千歳の舞、声変わりの苦しそうな感じもなく、よく声も出ていて颯爽と初々しく、なかなか良かったです。
 さて、いよいよ三番叟双之舞、やっぱりぴったり息が合って親子だなあと感じます。年齢の違いによる見え方の違いはあっても美しさ、キレの良さ、流麗さ、それが二人揃う舞台はやっぱり素晴らしい。「揉ノ段」が終わると、万作さんは流石に息が荒くなっていましたが、黒式尉の面をかけて「鈴ノ段」が始まると、まったく疲れた様子が見えない。段々クライマックスに向かって高揚して神がかってくる。萬斎さんの躍動感、キレの良さと万作さんの抑制された内に秘めた気迫と型の美しさが絶品。宮島ではロケーションの素晴らしさもありましたが、能楽堂では、より近くで感じることができて満足でした。

『乱』置壷・双之舞
 金山の麓、揚子江のほとりに住む高風は、親孝行の徳で、市に出て酒を売れば富貴になるとの不思議な夢を見て、そのとおりにすると、しだいに富貴になりました。もう一つ不思議なことに、市ごとに来て酒を飲むものがいるが、いくら盃を重ねても顔色が変わらず、不審に思って名を尋ねると、海中に住む猩々(酒を好み舞い戯れる少年の姿をした妖精)と言います。高風は、潯陽(しんよう)の江に行って猩々を待とうと、月の美しい夜、菊花の酒を壷にたたえて待つことにします。やがて御酒を慕い、猩々が海中より浮かび出て酒を酌み交わし、舞を舞い、汲めども尽きぬ酒壷を与えて消えていきます。
 『猩々』の特別バージョンが『乱』といって、普通「中ノ舞」を舞うところを「乱」という特別な舞となり、飛ぶような足、波頭を蹴るような足、爪先立って横移動するような足、青海波を描く足使いや右足を高く上げ、右手の扇を頭上から伏せて壷をのぞく型など、特別な型があり、お囃子も一拍子の中に緩急がある、複雑なテンポ、リズム、メロディーになるそうです。また、「乱」とは、酒に酔って足が乱れるという意味もあるそうで、昔は、貴人が観覧している時に演者を呼んで酒を飲ませ、演者が戻って囃子方に「乱」と言って変えることがあったらしいです。
 置壷の小書で、舞台上正先に壷が置かれ、ワキの高風が壷の上に柄杓を置いていきます。シテとツレの猩々は赤頭に赤地の唐織、赤地摺箔、半切と朱を帯びた猩々の面で全体的に赤づくし。最初に出てきたのがツレで後から登場したのがシテと思われましたが、足捌きもキレが良く、謡いの発声も良い九郎右衛門さんのツレに対して、シテの宗家がいつもよりちょっと精彩に欠ける感じがして、どちらがシテでどちらがツレか、最後までよく分かりませんでした。
 舞は、同じ所作の相舞だけでなく、それぞれ違う所作や別々に舞ったりと変化に富んで面白く飽きることなく観ることができました。
2012年10月11日 (木) 東京茂山狂言会 第18回 三世千作真一・二十七回忌追善
会場:国立能楽堂 19:00開演

「右近左近(おこさこ)」
 右近:茂山あきら、妻:茂山逸平     後見:丸石やすし

「寝音曲」
 主人:茂山茂、太郎冠者:茂山童司    後見:松本薫

「武悪」
 主人:茂山千五郎、太郎冠者:茂山正邦、武悪:茂山七五三    後見:茂山千三郎

「右近左近」
 左近の牛に田を荒らされて腹を立てた右近は、地頭に訴えようと思い立ち、妻を相手に裁判の稽古をするうちに、厳しく問い詰められてしどろもどろ、ついに失神してしまいます。正気に戻った右近は、妻と左近の仲があやしいとなじり、棒で打ちかかりますが、逆に妻に棒を奪われ、打ち倒されてしまいます。怒って行ってしまう妻に、左近との関係を言い放って、右近は笑い泣きして去っていきます。
 和泉流では、右近は、左近の牛が自分の田を食べたので弁償にその牛をもらって、伊勢参宮に行こうと妻に言うのですが、大藏流では、シンプルに左近の牛が田を食べたので、訴えると言います。裁判の稽古をする時も、準備をする時に妻がこっそり「わらわは仔細あって左近殿の贔屓をしなければなりません」と見所に向かって言うのもちょっと笑えました。また、和泉流だと最初に左近の立場で稽古し、次に自分の立場で稽古するわけですが、大藏流では、左近の立場での稽古はありません。正直言って、左近の真似ではすらすら上手く対応できるものが、自分になると急におどおどしてしまうのに、ちょっと違和感を感じていたので、これは大藏流のシンプルな設定のほうが納得できるし、それで充分に面白いと思いました。
 練習でも、屋敷に入る時からおどおどしてしまう口下手なあきら右近の小心ぶりが笑えます。それに対して地頭になりすました逸平妻が容赦なく次から次と恐ろしげに責め立てる様子は右近でなくてもビビっちゃう(笑)。ビビりまくりで、しどろもどろのあげく失神してしまう右近ですが、正気に戻ると、妻と左近の浮気を責め、開き直った妻は怒り、とうとう喧嘩になって妻に負けてしまいます。最後に「おまえと左近は夫婦(めおと)じゃわいやい」と、妻の背中に言い放ち(この夫婦とは、夫婦のような関係、つまり浮気してると言う意味と思われます。)大笑いしてみせますが、やがて泣き顔になってしょんぼり肩を落として帰っていきます。このへんの表現は茂山家らしく、写実的で分かりやすいですね。

「寝音曲」
 太郎冠者が謡上手と知った主人は、なんとか太郎冠者に謡わせようとしますが、冠者は度々謡わされることになってはかなわぬと、酒を飲まなければ謡えないだの、女房の膝枕でなければ謡えないだのと、言います。しかし、主人は酒を振る舞い、自分の膝を貸してやると言うので、しかたなく冠者は謡い始めますが、寝ているときは謡えるのに起きると声が出なくなる振りをします。そのうち取り違えて反対になってしまい、挙句の果ては調子に乗って謡いながら舞いだし、すっかり嘘がバレてしまいますが、逃げる冠者を主人は許し、もう一曲謡うよう声をかけながら追っていきます。
 若手二人による「寝音曲」は、どんなものかと思っていたけれど、太郎冠者の童司くんが謡いも舞いも面白く、酔ってご機嫌な太郎冠者が調子に乗って舞いだしちゃった感じが自然によく出ていて、なかなか巧いのにびっくり。最後は、主人に指摘されて「忘れました」「許させられい」と千鳥足で逃げていくのに、茂さんの主人が「苦しゅうない、もっと聴かせろ」とにこにこしながら追っていくのが、ほのぼのして、こういう終わり方のほうがいいなと思いました。とっても面白かった。

「武悪」
 召し使う武悪の不奉公を怒った主人は、太郎冠者に成敗するよう命じます。同僚の武悪を庇う太郎冠者ですが、主人に諸共斬ると言われて、しかたなく主人の太刀を借り受けて武悪の家を訪ねます。武悪は腕がたつので、太郎冠者は武悪が生け簀の魚を獲るところを騙し打ちにしようとしますが、気付かれてしまいます。事情を聞いて恨み嘆きながらも覚悟を決める様子を見て、太郎冠者はどうしても武悪を討つことができず、遠国へ出奔することを条件に見逃し、主人にはみごと討ち取ったと報告します。喜んだ主人は太郎冠者を連れて東山に遊山に出掛けますが、出奔する前に清水の観世音にお礼参りに行く武悪と鳥辺野のあたりでばったり出くわしてしまいます。逃げ出す武悪に不審に思う主人ですが、太郎冠者は武悪に幽霊になって出てくるよう入れ知恵し、主人に武悪の幽霊が出たのではと言います。気味悪がる主人の前に幽霊の姿をした武悪が現れ、冥途で主人の父親に会ったと言い、その注文だと言って、太刀、小刀、扇などを受け取り、さらに冥途に広い屋敷があるからお供をしようと、主人を脅して追っていきます。
 最初は、怒り心頭の千五郎主人、ぶち切れ!という感じ。武悪に幽霊になって出てこいと入れ知恵した正邦太郎冠者が「はて、合点のゆかぬ」と小芝居をしながら戻ってくるあたりもちょっと面白い。後半は前半と打って変って幽霊と言われてビビる千五郎主人。悪乗りの七五三武悪にいいようにいたぶられ(笑)。
 七五三さん、前回は、退院後ちょっとふっくらしたような感じだったのが、少し痩せてすっかり元通りになったようで、元気そうでした。
2012年10月8日 (月) 萬狂言 秋公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:小笠原匡

「萩大名」 
 大名:野村万蔵、太郎冠者:野村太一郎、茶屋:野村祐丞

「栗焼」 太郎冠者:野村萬、主:野村扇丞

素囃子「男舞」
 大鼓:佃良太郎、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之

「業平餅」
 在原業平:野村万禄
 餅屋:小笠原匡
 太夫:野村万蔵
 稚児:野村眞之介
 随身:野村虎之介、泉愼也
 沓持:炭光太郎
 傘持:炭哲男
 娘:吉住講

 今日の解説は、小笠原匡さん。慣れた感じの解説でした。「萩大名」の大名は愚かなのではなく、「緊張して頭が真っ白になっちゃうことありますよね」と話していました。

「萩大名」
 田舎の大名が、長く都に滞在して訴訟が無事に済み、国もとへ帰る前に遊山をすることにします。太郎冠者の勧めにより、清水寺の坂にある茶屋の庭で、盛りを迎えた萩の花を見物することにしますが、その庭に腰を掛けた者は、茶屋の亭主に必ず当座(和歌をすぐその場で詠むこと)を所望されます。教養の無い大名は、太郎冠者に和歌を教えてもらいさっそく二人で出かけます。茶屋につくと、大名は亭主の前で庭を褒めるどころか、無風流なことを言って太郎冠者を慌てさせ、せっかく覚えた和歌もまともに詠めないので、冠者はあきれて帰ってしまいます。最後まで和歌を詠まなければ帰してもらえないので、やっと太郎冠者のサインを思い出した大名ですが、「萩の花かな」を「脛はぎ」に喩えていたのを「太郎冠者の向う脛」と答えて、茶屋の亭主に呆れられ、大恥をかいてしまいます。
 都の風流には疎い田舎者の大名が、とんだ失敗をしてしまう話ですが、万蔵さんがおおらかな田舎大名の雰囲気を出していてハマリ役。都の風流にも通じてちょっと小賢しい太一郎くんの太郎冠者、主人に呆れるのも解るけれど、見捨てていくなんて、ちょっと意地悪って思っちゃいます。

「栗焼」
 主人は、丹波に住む伯父から栗を40個もらい、太郎冠者になぜ40個なのか考えさせます。冠者が、始終(40)末代まで仲良くということだろうと答えるので、主人は喜び、この栗を一族に振る舞うことにし、焼き栗にするよう冠者に命じます。太郎冠者は台所ではじける栗と格闘しながら焼きあげると、良い匂いにそそられてつい一つ食べてしまいます。すると、その美味しさにとまらなくなり、すっかり全部食べてしまいました。そこで主人を納得させるうまい言い訳を考え、36人の竈の神の話を始め、栗を進上してしまったと言いますが、主人にあとの4つを出せと詰め寄られると、一つは虫喰い、あとの3つは「逃げ栗、追い栗、灰紛れ」というとおりで、どこかへいってしまったとごまかすので、主人に叱られてしまいます。
 さすが萬さん、栗を焼く太郎冠者が、焼けて跳ねる栗に驚いたり、焦げた栗をあわてて火中から拾い上げたり、息を吹きかけて冷ましながら皮をむいたりとリアルな描写の一人芝居は見どころ。いかにも美味しそうに全部食べちゃう太郎冠者ですが、主人に竈の神にあげてしまったと言い訳。それじゃあしかたないなと納得しちゃう扇丞主人のおおらかさも当時の人の信心深さからか、でもちゃんと数えてるところが侮れない。

「業平餅」
 在原業平の一行が玉津島明神へ参詣する途中で休息することにします。餅屋が名物の餅を売ろうとしますが、身分の高い業平は金銭など持ち歩いておらず、代わりに餅が「かちん(歌賃)」と言われる物語や餅づくしの謡を謡って舞ますが、餅を食べさせてはもらえません。すっかり落胆した業平に、亭主が名を尋ねると、高貴な在原業平だと解り、自分の娘の宮仕えを頼みます。快く引き受けた業平は娘の被衣を取って対面すると、あまりの醜女だったため寝ていた傘持に押しつけようとしますが、傘持にも断られ、業平は、しがみつく娘を振り切って逃げていきます。
 初冠にオレンジの狩衣、浅黄色の指貫姿の万禄業平さん、稚児姿の眞之介くんも可愛らしい。
 身分が高くて下々の生活に疎い業平が「御あし(お金)」と言われて足を出したりするやりとりがコミカルですが、餅づくしの歌で、最後にはひもじさを見せる業平が滑稽でちょっと可哀そう。餅屋の亭主に娘を都に連れて行ってくれと頼まれ、娘と聞いたとたんに好色な業平さんニンマリして鼻の下が伸びてますよ〜(笑)。でも、あんまりの醜女にフリーズ!押しつけられた傘持の炭哲男さんもちょっとゆるいイイキャラですが、娘役の吉住さんも高野さん並みのホラ〜な雰囲気でした〜(笑)。