戻る 

能楽鑑賞日記

2012年11月29日 (木) 第60回 野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

解説:高野和憲

「柿山伏」 山伏:野村裕基、畑主:野村万作

「箕被(みかずき)」
 夫:石田幸雄、妻:野村萬斎

「不腹立(はらたてず)」
 僧:三宅右近、施主:三宅右矩、三宅近成

素囃子「神楽」
 大鼓:柿原光博、小鼓:森澤勇司、太鼓:桜井均、笛:一噌隆之

「木実争」台本改作:堂本正樹、台本補綴・演出:野村萬斎
 茄子の精:野村萬斎
 桃の精:高野和憲
 梅の精:石田幸雄
 橘の精:深田博治
 柿の精:竹山悠樹
 葡萄の精:野村遼太
 栗の精:月崎晴夫
 胡瓜の精:中村修一
 西瓜の精:内藤連
 南瓜の精:岡聡史
 風小僧:野村裕基
      地謡:三宅近成、三宅右矩、高澤裕介、破石晋照、野村万作、加藤聡

 今回は、高野さんの解説。大分解説にも慣れてきたとは思うものの、やはり真面目さが出てます。きちんと演目の解説をしてました。「不腹立」の解説で、似たような言葉を使う言葉遊びについて、高野さんも似てると思った言葉を披露していましたが、「しゅうまい」と「新米」とか、どこぞの笛吹きおぢさんの駄洒落よりはマシかな(笑)な例の連発。それもプログラムの中にメモを挟んでたのが見えちゃった。相変わらずな生真面目さが高野さんらしくて可愛い(^^)。

「柿山伏」
 大峰・葛城での修行を終え、帰国する途中の山伏が、のどの渇きを覚え、たまたま見つけた柿の木に登って勝手に実を取っていくつも食べてしまいます。ちょうどそこへ柿の木の持ち主が現れて、木の上の山伏をを見つけますが、山伏が慌てて隠れたので、その姿を見た畑主はからかってやろうと考えます。「木の上にいるのは犬だ」「猿だ」などと言って「鳴くはずだ」という畑主に、山伏は逃れたい一心で必死に鳴き真似をして誤魔化そうとしますが、最後に「鳶だから飛ぶだろう」と言われ、困った山伏はとうとう飛び降りて腰を打ってしまいます。怒った山伏は家まで背負って行って治療しろと言いますが、畑主は無視して帰ろうとします。すると山伏の祈りによって引き寄せられてしまい、やむなく山伏を背負うもののすぐに振り落として逃げて行ってしまいます。
 裕くんが、なんかまた大きくなった感じ、成長期ですね。山伏姿もそれなりに似合ってきました。万作さんの畑主にからかわれて、動物の真似をするあたりの絡みは元気で可愛らしく、楽しい雰囲気でした。

「箕被」
 日頃から連歌に熱中して家を顧みない夫が、自慢の発句を披露するために連歌の会を開くので、その用意をするようにと妻に命じます。妻は、毎日の生活にも困っているのに連歌の会などとんでもない、どうしてもやるなら離縁してくれと言うので、夫は暇の印に妻の使い慣れた箕を渡しますが、それを被った妻の後ろ姿にむかって「三日月の出づるも惜しき名残かな」と詠みかけます。すると、妻が「秋の形見に暮れて行く空」と巧みに脇を付けたので、驚いた夫は、これからは夫婦で連歌を詠みあって仲良く暮らそうと、妻を呼び戻し、復縁の舞を舞うのでした。
 萬斎さんの妻は上品で貧乏という感じはあまりしないんですが、家庭を顧みずに連歌の会を披くお金がなければ着物でも売ったらどうだ、などと言うどうしようもない身勝手な夫に疲れ果てた妻という雰囲気が漂っていました。
 夫の石田さんが復縁の舞を謡い舞うのは能『芦刈』の一節だそうですが、風流好きな夫も、もう奥さんを泣かせないでねと思ってしまいました。

「不腹立」
 在所に建立した御堂に、まだ定まった住持がいないので、住持にふさわしい出家を探しに二人の施主が上下の街道へやってきて、通りかかった僧を呼びとめて御堂の住持になるよう頼みます。僧は最近出家したばかりで、経一つ読めない俄坊主でしたが、これ幸いと承知して、子どもたちの手習いを教えることもできるし、あらゆる経も覚えている、と自信たっぷりに答えます。しかし、名前を問われて答えに窮した僧は正直者で腹を立てたことがないから「不腹立の正直坊」と適当に答えると、腹を立てたことがないなどありえないと考えた施主たちは、僧を怒らせようと、でたらめな名前を言ってからかい、とうとう僧はこらえきれずに腹を立ててしまいます。
 この曲は初見です。右近さんの俄坊主が、気が良さそうで、ちょっと見栄を張っちゃったという感じで可愛らしさもあり、二人にいたぶられてちょっと可哀そう。息の合った親子共演で面白い曲でした。

 ここで、なぜか予定外の20分休憩。何か不測の事態でもあったのか、素囃子の前だったので、最初の「柿山伏」の囃子に出ていなかった太鼓方が遅れているのか、とか、「木実争」の小道具が足らないか不具合でもあったかとか、いろいろ勘ぐってしまいましたが、何の説明もなく、20分後に普通に始まりました。

「木実争」
 山へ花見にやってきた、内裏の上臈の桃の精と梅の精。そこへ内裏を守護する侍の茄子の精が現れ、花見をしている二人に気付いて、上臈からお盃をいただきたいと押しかけてきます。三人は酒を酌み交わし、花見の宴を楽しみますが、茄子の振る舞いに腹を立てた梅が、茄子をののしったことから喧嘩になり、打ちすえられた茄子は、栗の精や胡瓜の精ら侍仲間とともに仕返しにやってきます。迎え撃つのは、橘の精や柿の精などの公家たち。両者は激しく闘いますが、風小僧が起こした嵐に耐えかねて、それぞれ引き上げて行くのでした。
 だいぶ前に、たしか茂山家と山本家でそれぞれ観た覚えがあるんですが、大藏流で観たのは元々の台本、今回は和泉流の台本をさらに改作したものなのでかなり違う感じになってます。万作家では12年前にアートスフィアで演じられて以来の上演とのことです。
 元は、廃曲になった能『花軍(はないくさ)』の替間だったものだそうです。大藏流では、橘の精が一族とともに花見の宴をしているところに、この山に住む栗の精が断りも無く山へ入ったと怒ってきたことから一族あげての争いとなるのですが、和泉流では、栗が茄子になって、一緒に花見をしているうちに争いとなるのが元の話だそうです。
 桃の精は桃尻乙女と言い、梅の精は梅干尼と言う名が付いてます。最初に女役一番の高野さんが桃尻乙女役、老婆役一番の石田さんが梅干尼役で出てきます。二人で花見の宴を楽しんでいるところに萬斎茄子の精が現れて上臈の桃尻乙女に盃をいただきたいと押しかけてくるわけですが、対応にでた梅干尼は、口の上手い茄子の精のお世辞に乗せられて承知しちゃうわけです。この梅干尼さん、お世辞に弱い。茄子は酒に茄子の汁を絞って桃に飲ませちゃったり、そこで梅が「茄子はあくが強い」なんて(爆笑)。梅と桃の謡い舞いにも褒め称える調子のいい茄子の精、梅も桃も舞いにお尻振り振りが入って色っぽい(笑)。桃尻乙女を褒めれば梅干尼が、さっきは自分を褒めたのにどっちが上かと茄子に迫り、茄子が、そりゃあ桃の方と(当たり前じゃ)、言ったので、怒った梅干しが茄子に打ちかかり、桃にも勧めると、桃も面白がって梅に加勢する。梅も梅なら桃も桃、茄子もとんだ災難だ。
 怒った茄子が仲間を連れて仕返しにやってくるという。それを聞きつけた橘の精、柿の精、葡萄の精の公家の果物グループが桃と梅の加勢にやってきます。白い長い髪でどうみても年寄りの公家連中みたいですけど、それに対して茄子は栗、胡瓜、西瓜、南瓜の侍の野菜グループを引き連れて登場。それぞれ頭に野村良乍さんが造った芸術作品ともいえる木の実の冠を被って面をかけてます。公家と侍の闘いってちょっと「平清盛」を思い出したりして(^^;)。
 戦の場面では謡がかりになって、それぞれの名乗りで「茄子の与市」「栗の伊賀者」「柿の本の人麻呂」「葡萄は武闘派」などと駄洒落やどっかで聞いたような名前にかけて謡ったり、順番に一騎打ちになりますが、梅は一番前にぶら下がっている赤い梅干しをマジックハンドのような物で取られちゃったり、西瓜は打たれてパカっと割れたり、大人数がひしめき合っての大立ち回りは賑やかで面白い。
 最後は裕くんの風小僧がピューっと現れて嵐を巻き起こして、皆、飛ばされて逃げかえってしまいます。
 笑いどころ満載で、文句なく面白かったです。また再演して欲しいですね。
2012年11月25日 (日) 第5回善竹兄弟狂言会
第5回 善竹兄弟狂言会 東京公演

2012年11月25日(日)

会場:セルリアンタワー能楽堂 14:00開演

解説:善竹隆平

「昆布売」 大名:善竹隆司、昆布売:山本泰太郎

「仏師」 すっぱ:大藏千太郎、田舎人:大藏基誠

「禰宜山伏」
 禰宜:善竹隆司、山伏:善竹隆平、茶屋:善竹富太郎、大黒:上吉川徹

附祝言

 関西が拠点の善竹忠一郎家の兄弟の狂言会、東京公演も5年目を迎えました。まだ東京での知名度は低いようですが、結構、この兄弟は好きです。
 今回は弟の隆平さんが演目の解説をされました。隆平さんは謡も上手いし、とても声がいいです。『仏師』に出てくる「すっぱ」について、詐欺師のことですが、「すっぱ」には「すっぱ抜く」などと言う、情報を収集する者という意味があるそうで、間者(かんじゃ)、スパイ(忍者)のこと。元々は野武士や野盗であった者を取り立てて使ったそうです。

「昆布売」
 一人で都へ上る大名は、通りすがりの者に自分の太刀を持たせようと考えます。そこへ若狭小浜の昆布売が通りかかったので、都まで同行するよう強要します。やがて横柄な大名に怒った昆布売りは、太刀を振り上げ大名を脅して昆布を売らせ、平家節や小唄節、踊り節といろんな節の売り声で売らせて懲らしめ、太刀を持ったまま逃げてしまいます。
 山本家の泰太郎さんとの共演は初めて観ますが、独特な台詞回しの山本家ともあまり違和感は感じませんでした。最後に逃げて行く泰太郎さんの山本家独特の速いハコビが脱兎のごとく逃げていくという感じで面白かったです。隆司さんの大名、初めは脅されながらイヤイヤやっていた昆布の売り声もだんだん乗ってきて、踊り節では、これは面白いとノリノリになってしまうところが良いですね。

「仏師」
 信心深い田舎人が持仏堂を建立したので、安置する仏像を造ってもらおうと都へ上ります。しかし肝心の仏師の居所を聞き忘れ困っていると、スッパが現れ、仏師だと名乗って言葉巧みに仏像造りを引き受けます。約束の引き渡しの時、スッパは面をかけて自ら仏像に成りすまし、田舎人を騙そうとしますが、印相が気に入らないので手直ししてもらおうと仏師を呼ぶと、あわてて現れたスッパ。印相を手直しするたびに、仏師と仏像とに早替わりし、めまぐるしく交替するうちに、最後は見破られてしまいます。
 印相を替えるたびに、だんだん変になっていくのが可笑しくて、最後は面も慌てて横にかけ、なんか踊ってるような印相に大笑い。大藏兄弟の息の合ったコンビが最高でした。

「禰宜山伏」
 旦那廻りへ向かう禰宜(神職)が、茶屋で一服していると山伏がやってきます。山伏は茶屋に我が儘を言い、また禰宜に傍若無人に振る舞います。見かねた茶屋は仲裁に入り、二人に大黒へ御祈祷勝負をさせて、負けた者は勝った者の言うことを聞くことを提案します。禰宜と山伏は承諾し、二人が大黒に向かって一心に祈ると、大黒は禰宜の祈祷に喜び、山伏にはそっぽを向きます。山伏がなおも祈ると、大黒は小槌を振り上げてくるので、とうとう山伏は逃げていきます。
 隆司さんの禰宜は、そんなに気弱という感じではなく、ただ山伏の傍若無人ぶりに困っている結構冷静で穏やかな人という感じ。それに対して隆平さんの山伏は、空威張りな山伏。
 今までは、大黒が子どもだったので、その可愛さに目がいってしまうところもありましたが、今回は大人だったので、気がついたことがあります。禰宜は大黒を讃えて祈るのに対し、山伏は調伏させようと祈っているので、大黒は禰宜の祈りに喜び、山伏の祈りに怒っているわけです。だから、山伏の行力にかかわらず、初めから勝敗は分かっていたんですね。
2012年11月24日 (土) 第十二回 雙ノ会
会場:宝生能楽堂 13:00開演

「内沙汰」 夫:石田幸雄、妻:野村萬斎

仕舞「加茂」 田崎甫   地謡:當山淳司、宝生和英、武田孝史、金森良充

『葛城』
 シテ(里女・葛城の神):田崎隆三
 ワキ(山伏):宝生欣哉
 ワキツレ(山伏):大日方寛、野口能弘
 アイ(里人):石田幸雄
    大鼓:国川純、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:観世元伯、笛:一噌幸弘
       後見:宝生和英、中村孝太郎
          地謡:木谷哲也、今井基、金野泰大、金森良充
              大坪喜美雄、近藤乾之助、小倉敏克、武田孝史

「内沙汰」
 百姓の右近は伊勢講の仲間と伊勢参宮をすることとなり、妻を誘います。最初は喜んで同行すると言った妻ですが、左近も参加すると聞いた途端、態度を豹変させます。その理由は、馬で行く左近たちに対して、徒歩の自分たちは従者のように見えると言うのでした。右近は、左近の牛に乗って行けばよいと言い、左近の牛が自分の田の稲を食べたので、年貢を左近に肩代わりさせ、牛も自分の物になると言うのでした。しかし、左近に掛け合っても相手にされず、地頭に訴え出ると言います。妻は左近と懇意の地頭が公平な裁定を下すはずはないと言って止めますが、右近の意思が固いのを知って、訴訟の稽古を提案し地頭役を買って出ます。右近はまず左近役を堂々と演じてみせますが、自分の番になるとしどろもどろになって気を失ってしまいます。
 正気に戻った右近は、妻に左近の言い分に理があると言われ、妻と左近の仲があやしいとなじって、怒った妻に突き倒されてしまいます。妻が行ってしまうと右近はその背中に「そなたと左近は夫婦じゃわいやい」と言い放ちます。
 大藏流では「右近左近(おこさこ)」で、伊勢講へ行く話はなく、左近の牛が田を食べたので訴えるという話から始まり、訴訟の稽古でも左近の役をやる場面はありません。それに妻の台詞に「仔細あって左近殿に味方せねばなりません」と、左近との浮気を認めるような独り言がありますが、和泉流では、それらしい言葉はなく、「妻の恥は夫の恥」という言葉で認めていると想像するのか、はっきりさせないまま終わります。
 今回は石田夫に萬斎妻の組み合わせで、反対の配役では観たことがありますが、「雙ノ会」ならではの石田シテです。
 右近(おこ)という名には烏滸(おこ)、「愚か者」に通じているとも言われていますが、石田さんは「おこ」ではなく「うこ」と名乗っていました。
 先日観た茂山家の「右近左近」とは大分雰囲気が違いました。大藏流の方がシンプルな構成ですが、ビビってしどろもどろの右近が牛と人をとっ違えて言ったりするのまで畳み掛けるように責め立てる様が可笑しくて大笑いでしたが、和泉流では、地頭役の妻はあくまで理詰めで追及するという感じで、確かに妻の言うことの方が理があるように思えます。萬斎夫だともっと大げさにビビる感じで、それも可愛いんですが、妻役になるとあくまで落ち着いて賢そうで、いかにも夫をやりこめてしまう感じ、石田夫は愚かだけれど、弁の立つ妻になかなか浮気のことも問い詰められずにきた鬱屈したところも感じさせ、最後はちょっと切ない。でもこっちの配役の方が何となく合ってるような気がしました。

仕舞「加茂」
 賀茂神社を訪れた播磨国室の明神の神職の前に、賀茂神社の祭神・御祖の神が現れ神社の由緒を説き、別雷(わけいかずち)の神が稲光を放ち雷鳴をとどろかせ五穀豊穣と国土守護を約束するというもの。後半の雷神の舞を田崎隆三さんの甥・甫さんが若々しく勢いのある舞で見せてくれました。

『葛城』大和舞
 出羽国羽黒山の山伏たちが大和国葛城山を訪れ吹雪に見舞われます。すると里女が現れ、一夜を明かすようにと自身の庵まで案内します。そこで女が、しもと(小枝)を焚いてもてなしてくれるので、山伏がその由緒を問うと、女は、しもとを結う葛が葛城山の名に織り込まれたことや「大和舞」に謡われる古歌「しもと結ふ葛城山に降る雪は間なく時なく思はゆるかな」のことを語ります。やがて夜の勤行を準備する山伏たちに、女は加持祈祷を頼み三熱の苦しみから救われることを願います。神が患うはずの三熱の苦しみを口にするのを不審に思う山伏に、女は岩橋を架けなかった罪に蔦葛で身を縛られ苦しむ様子を訴え、姿を隠すのでした。女が葛城山の神と知った山伏たちが勤行を始めると、女神が山陰から現れ、山伏たちに感謝を捧げ、雪明りのもと「大和舞」を舞うと、醜い顔を恥じて夜の明ける前に岩戸の内に姿を消していきます。
 前シテの里女は白い水衣、雪の被った傘を被り、雪の被った薪の小枝を背負っています。山伏たちを庵に案内し、祈祷を願って消えた後、アイの里人(石田さん)がやってきて、山伏に問われるまま、葛城山の伝説を語ります。葛城山に住む一言主(ひとことぬし)の神は役の行者から吉野山までの架橋を命ぜられますが、容姿の醜さゆえ夜しか働かなかったため、行者の怒りを買って葛で呪縛されたという話をして帰っていきます。
 後シテは、白地の長絹に朱の大口、天冠に緑の葛の葉(でしょうか)が付いています。小書の「大和舞」は後シテの序之舞が立回リに替わるとのことで、シテが葛桶に座って達拝を捧げる所作を重ねたりして、女神の神楽舞が荘重な雰囲気を醸し出していました。女神は容姿が醜いことを恥じて岩戸の内に消えてしまうわけですが、決して醜くは見えませんでしたよ。
2012年11月14日 (水) 万作を観る会
会場:国立能楽堂 19:00開演

連吟「御田」
 内藤連、竹山悠樹、高野和憲、深田博治、岡聡史

「附子」 太郎冠者:野村遼太、主:石田幸雄、次郎冠者:中村修一  後見:月崎晴夫

「月見座頭」 座頭:野村万作、上京の者:野村萬斎         後見:竹山悠樹

新作「食道楽」  北大路魯山人著「春夏秋冬料理王国」所収 狂言「食道楽」より
 脚色・演出:野村万作
 大名:野村万作
 目:石田幸雄、鼻:深田博治、口:中村修一、耳:高野和憲
 胃:月崎晴夫、手:岡聡史、心:野村萬斎
   笛:槻宅聡、太鼓:桜井均
     後見:竹山悠樹、内藤連

連吟「御田」
 能『賀茂』の替間(かえあい)で賀茂明神の神主と御田の田植えをする早乙女たちとの掛け合いで田植え神事歌を謡うもの。謡だけを連吟で、今回は万作家ではニューフェイスの内藤さんが中心となって神主を担当、先輩たちを従えての謡となり、緊張気味でしたが、いい声で明瞭な謡、連吟も合っていて、心地よかったです。

「附子」
 主人が大事な砂糖を太郎冠者、次郎冠者に食べさせないために附子という猛毒だと偽って外出します。はじめは怯えながら附子の番をしていた二人ですが、附子を見たい、ついには食べてみたいと、扇であおぎながら近づき、味見をすれば砂糖だとわかって、結局みんな食べてしまいます。太郎冠者の案で、秘蔵の掛軸を破り、天目茶碗を割って、主人が帰ってくると二人は大泣きします。主人が尋ねると、眠くならないように二人で相撲を取っていたら、あやまって掛軸と天目茶碗を壊してしまったので、附子を食べて死のうと思ったがまだ死ねないと言い訳します。しかし、さすがに怒った主人に追われて逃げていきます。
 遼太くんと中村くんの若手コンビでの大定番曲。ベテランと違って味わいがどうとか言う問題ではなく、フレッシュな感じが良かったですね。遼太くんは堂々と、そして、このお茶目な太郎冠者を楽しげにやっていたのが成長を感じさせ、中村くんも太郎冠者に引きずられながらもつい乗ってしまう次郎冠者でナイスコンビ。主人役の石田さんの存在が舞台を引き締めていました。

「月見座頭」
 下京に住む座頭が中秋の名月の夜に野辺に出て虫の音を聞いていると、上京の男がやってきて意気投合し、共に月見を楽しもうということになります。二人は酒を酌み交わし、和歌を詠み、謡い、舞って秋の夜の風雅を楽しみます。やがて二人は別れますが、上京の男はふと気が変わり、立ち戻ると、座頭にぶつかって、声を荒げて突き倒して去って行きます。座頭は「今の奴は最前の人とひっちがえ情もない奴でござる」とつぶやき、盲目の身の哀れさ、人の世のせつなさを嘆いて、大きなクシャミをして帰って行きます。

 万作さんの代表曲の一つとも言える「月見座頭」。海外公演でも好評だったそうで、さすがの安定感です。しっとりとした風情を感じさせる万作さんの座頭。杖の使い方、虫の音や月見をする人たちのざわめきも楽しむ風流な座頭が美しいです。上京の男との酒宴の和やかさに対し、別れた後に急に豹変する男。萬斎さんの上京の男は、今までのようなぞっとする冷たさではなく、ちょっとした悪心、座頭のくせに風雅を楽しむということに対する嫉妬かもしれない。
 全体的に重々しくならず、サラッと演じていて、最後の座頭の大きなくしゃみで、今までも理不尽なめには何度もあってきたであろう座頭が、それもまた受け入れて淡々と生きて行くであろうことが感じられ、何かホッとさせられます。

「食道楽」
 新作狂言として北大路魯山人の「春夏秋冬料理王国」に掲載されていたものを万作さんが脚色・演出されたものだそうです。作者は魯山人の一ファンとのこと。万作さんはプログラムの中で「『食道楽』あれこれ」と題して書かれ、その作者に心当たりがあるようでした。

 まず、切戸口から黒紋付に袴姿のメンバーが出てきて笛柱前に目付柱に向いて二列に並び、その前に二段に重ねられた一畳台が置かれます。一畳台の上には何か布を掛けた物が置かれているようでした。
 地謡でもあるまいに出演者が黒紋付に袴姿とは珍しいと思っていると、橋掛りを金色の烏帽子に長い白髭の万作さんが登場。「百歳になってもピンピン」とご機嫌で、なんとも可愛らしい(笑)。「健康には腹八分目が一番」と言いながら食べすぎたので眠くなったと、二段重ねの一畳台の上に寝てしまいます。
 一畳台の後ろで布を広げて顔まで隠していた面々が先端にそれぞれの部位をかたどったオブジェが付いた長い棒を持って出てきます。胃と心だけは扇に字が書いてあります(胃は胃の形に似せて書いてあるみたいでした)。口は開いたり閉じたりする作りで開けると歯や舌も見える仕組み。手は片方は指を真っすぐ揃えて、片方は握った形。それぞれ二つあるものは二本、一つのものは一本持って一畳台を挟んで一列に座り、大名がこの歳まで元気でいられるのは誰のおかげか自慢合戦が始まります。
 口や胃はもちろん、それぞれがもっともらしい主張を展開、最後に出てきた「心」が「皆が協力してこそ大名の健康長寿が保たれる」とまとめます。
 そこで、「なにやらうるさいなあ」と大名がお目覚めです。すると、それぞれのパーツが大名の後ろで顔を作り福笑いみたいになって(心と胃は、横からはみ出してます)、万作大名のめでたい謡いにノリノリでぞろぞろと橋掛りから退場していきます。

 なんか、小道具の作り物のパーツで笑ってしまった。反則ものって感じ(笑)。「人間の絆の大切さ」を謡った最後の「食道楽」の謡いのめでたさと楽しさは良かったです。全体的にはもう少し工夫洗錬させるともっと良くなりそうなので、また再演して欲しいです。
2012年11月4日 (日) 友枝喜久夫十七回忌追善 友枝会
会場:国立能楽堂 12:00開演

『経政』
 シテ(経政の霊):友枝真也
 ワキ(行慶):工藤和哉
      大鼓:柿原光博、小鼓:森澤勇司、笛:槻宅聡
         後見:塩津哲生、友枝雄太郎
            地謡:佐藤陽、塩津圭介、佐々木多門、佐藤寛泰
                金子敬一郎、長島茂、中村邦生、狩野了一

「入間川」
 大名:野村萬、太郎冠者:野村扇丞、入間の何某:野村万蔵

『羽衣』霞留
 シテ(天女):友枝雄人
 ワキ(白龍):森常好
 ワキツレ(漁夫):舘田善博、森常太郎
      大鼓:亀井広忠、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:小寺真佐人、笛:一噌隆之
         後見:粟谷辰三、内田安信
            地謡:佐藤陽、内田成信、粟谷浩之、粟谷充雄
                谷大作、大村定、出雲康雅、長島茂

仕舞「殺生石」 友枝雄太郎
            地謡:佐藤寛泰、佐々木多門、内田成信、大島輝久

『海人』
 シテ(海人・龍女):友枝昭世
 子方(房前の大臣):友枝大風
 ワキ(従者):宝生閑
 ワキツレ(従者):御厨誠吾、梅村昌功
 アイ(所の者):野村太一郎
      大鼓:柿原弘和、小鼓:曽和正博、太鼓:観世元伯、笛:一噌仙幸
         後見:中村邦生、狩野了一
            地謡:塩津圭介、大島輝久、金子敬一郎、友枝真也
                佐藤章雄、粟谷能夫、香川靖嗣、粟谷明生

 友枝昭世さんのお父様友枝喜久夫師の17回忌ということで、ロビーに写真とお花が飾られていました。

『経政』
 仁和寺の僧都・行慶は、守覚法親王の命を受けて、西海の合戦で討死した平経政の霊を管弦講を催し、青山(せいざん)という銘の琵琶を手向けて回向をします。経政は、幼少のころより法親王に仕え、琵琶の名手として知られ、青山は、法親王より経政に下賜されていた琵琶でした。法事を行っていると、そこへ、弔いを感謝した経政の霊が現れ、懐かしげに琵琶を弾き、舞を舞います。しかし、心楽しんでいる経政に突然、修羅の苦しみが襲い、経政は身を焼く苦患を恥じて消えていきます。
 一場物の修羅能で短い作品でした。真也さんは声が良く、キリリとした舞や所作が美しく平家の貴公子という感じが出ていました。

「入間川」
 7月の「萬狂言夏公演」では、祐丞さんと扇丞さんの親子共演で、今回は萬さんと万蔵さん親子共演でした。主人は訴訟で上京した時は、たくさん家来が着いてきたものの、駆け落ちする者もあり、一人減り2人減り、今は太郎冠者一人になってしまい、よく仕えてくれたので、国に帰ったら取り立ててやろうと、萬さんと扇丞さんの主従はほんわかとした雰囲気。萬さんは川向こうに呼び掛ける時も大きな声で、80歳を過ぎても益々お元気そう、万蔵さんとのやりとりやちょっとした表情の変化も面白かった。

『羽衣』霞留
 春の朝、漁夫の白龍が漁夫たちと三保松原に釣りに出ると、空から花が降り、音楽が聞こえ、なんともいえない良い香りが漂う中で、松の枝に美しい衣がかかっているのを見つけ、家の家宝に持ち帰ろうとします。そこに天人が現れ、衣を返して欲しいと頼みます。白龍が拒むと、天人は天上世界をなつかしんで嘆き悲しみ、その様子を見て心を動かされた白龍は、天人の舞歌を見せてくれるなら衣を返そうと言います。天人は喜び、羽衣を着て、月の世界のことや地上の三保の松原をともに讃えつつ「駿河舞」を舞います。天人の舞によって、地上の世界はあたかも極楽世界になったかのように見えます。やがて、天人は三保の松原から浮島へ、富士の高根へと舞い上り、大空の霞にまぎれて消えていきます。
 天人はピンクの牡丹がついた天冠に白の摺箔、腰に金の市松に花を刺繍した縫箔を巻いて登場。羽衣の長絹は渋い紫に金糸で花と鳳凰の模様。立ち姿や舞はさすがに優雅で美しい。霞留というのは、最後の「霞に紛れて、失せにけり」の「失せにけり」を謡わない演出らしいのですが、す〜っと消えていく感じで余韻が残ります。

仕舞「殺生石」
 声変わりも済んだようで、久しぶりに雄太郎くんを観る感じ。すっかり声も落ち着いて、若々しい舞も力強く、勢いがあって気持ち良かった。

『海人』
 自分の母が讃岐の志度の浦の海人で、その浦の房前という所で死んだという出生の秘密を聞いた房前の大臣は、母の追善のたねに従者を伴ってその地につき、一人の海人から昔語りを聞きます。その昔、藤原不比等(ふじわらのふひと)の妹が唐の高宗の后となり、氏寺の興福寺へ贈った三種の宝のうち、面向不背の珠がこの浦の沖で龍宮に奪われたので、それを取り戻そうと不比等は身をやつしてこの地に至り、一人の海人との間に房前をもうけたのでした。
 母の海人は、その珠を龍宮から取り返してきたら、我が子を藤家の世継にするとの約束を不比等と交して千尋の縄を腰につけ、宝珠を奪い取ってきます。その次第を目の前の海人が再現し、死人を忌むという龍宮の慣習を逆手にとって、乳の下をかき切って珠をこめ、流れ出る血に戸惑う海龍たちの追求をかわして逃げきるくだりを語った海人は、自分こそあなたの母の幽霊だと、房前の前に一枚の書きつけを残して波の底に消えてしまいます。
 そこへ通りかかった土地の者に従者が海中より珠を取ってきた海人のことを聞き、土地の者は海人の謂れを語ります。
 房前が追善供養していると、龍女となった海人が経巻を手に現れ、法華経の功徳を謝し、早舞を舞って成仏の喜びを表し、志度寺建立の因縁を語って爽やかに納めます。

 後シテは、普通は龍の天冠に橋姫か泥眼の面だそうですが、今回は白蓮の天冠で、たぶん増の面、天女のような出で立ちでした。喜久夫師が後シテの龍女の姿を好まなかったのではないかということで、観世流の『海士』で追善能などにある演出の形を用いられたようです。橋姫や泥眼の面というと怨念がこもっているみたいでちょっと怖いですからね。
 前場では、やはり「玉の段」の迫力、凄み、そこには、子どものためには死をもいとわない母の強さ、愛情の深さ、そしていざという時の思い切りのよさ、女の強さがしっかり表わされていて、素晴らしかった。
2012年11月2日 (金) 四世茂山忠三郎一周忌追善公演 忠三郎狂言会
会場:国立能楽堂 18:45開演

「禰宜山伏」
 山伏:茂山良暢、禰宜:大藏教義、茶屋:善竹十郎、大黒:大藏彩乃
                                    後見:吉田信海

「文荷」
 太郎冠者:大藏千太郎、次郎冠者:善竹大二郎、主:大藏基誠   後見:安藤愼平

「泣尼」
 僧:大藏彌太郎、尼:茂山良暢、施主:善竹富太郎        後見:石倉昭二

 忠三郎さんの一周忌で、ロビーに写真とお花が飾られていました。プログラムには「忠三郎さんの思い出」と題して千作さんからの言葉も載っていました。戦後に千五郎家と忠三郎家で京都の狂言を復興させたことや忠三郎狂言会に一回目から千之丞さんと一緒に舞台を勤めたこと、これからも忠三郎家のおおらかな芸風を良暢さんに継承してもらって、両家が力を合せて、京都の狂言のいいところを伝えていってもらいたいことなどが京都弁で載っていました。
 厳島神社の宮司さんからの言葉も載っていて、そういえば、厳島神社に行ったとき、千畳閣に飾られていた奉納の翁の三番叟などの演目に忠三郎さんの名前がよく出てきてました。忠三郎家との御縁も深かったようです。

「禰宜山伏」
 伊勢の禰宜(神職)が旦那廻りをして、馴染みの茶屋で一息入れていると、そこへ修行を終えて山から下りてきた気の荒そうな山伏がやってきます。山伏は亭主の出した茶が熱いの、ぬるいのと文句を言い、床几に掛けている禰宜を突きのけて自分が掛けて茶を飲むと、帰りがけに禰宜に自分の肩箱を宿まで持っていけと言います。見かねた亭主は一計を案じ、店にある大黒天に祈って、大黒天が感応して心を向けたほうが勝ちにしようと言い、負けた方が相手の荷物を持つことにします。禰宜が祈ると大黒は機嫌よく向いてくれますが、山伏が祈ると大黒はそっぽを向きます。腹を立てた山伏が禰宜と一緒に祈ると、大黒は禰宜の祈りに浮かれだして立ち上がります。山伏はなんとか大黒を引きつけようとしますが、大黒が槌で打とうとするので、驚いて逃げ去って行きます。
 良暢さんがいかにも横柄な山伏で、教義さんが気弱な禰宜。十郎さんの亭主は威張った山伏にわざと熱いお茶やぬるいお茶を出してるみたいなとぼけた感じがして、なんか面白い。大黒が拍子に乗ったように祈る禰宜に浮かれだすのに対し、無理やり向かせようと力を入れて祈る山伏。これも「北風と太陽」みたいな話(笑)。

「文荷」
 主から想い人への文使いを言いつけられた太郎冠者と次郎冠者は、お互いにお前持てと、押し付け合いながら届けに行きます。途中二人で持つことにして、一本の竹に結び文を通して運びますが、能『恋重荷』の謡を謡いながら運んでいると、文がやけに重い。とうとう文を開けて読むと「恋が積りて海山海山。これは重いはずじゃ」とか「恋し、恋し、」で「小石だくさんでは、重いはずじゃ」と大笑い。ついに文の奪い合いをして引き裂いてしまいます。困った二人ですが、「風の便りと言うこともある」と、破れた文を扇で扇いでいるところへ、心配した主人がやってきて見つけ、文でたわむれる二人を見つけて追いかけます。
 和泉流ではよく観ていますが、大藏流では初めてかもしれない。話の展開は同じですが、台詞や設定が大分違います。和泉流では主人の恋の相手は「千満」という稚児さんで若い男の子ですが、大藏流では古い天正本では「花子」、虎明本から「かの方」といずれも女性。山本東本では「左近の三郎」と男名だそうです。「花子」も「左近の三郎」もこんなところに出てくるとは思わなかった(笑)。ここでは「かの方」と呼んでいて、二人はお使いを嫌がっている風ではなく、使いにいくと「かの方」が食事を振る舞ってくれたり何かと良くしてくれるので、喜んで行く感じです。文を読む時も和泉流のように主人の文字の下手さを笑う台詞はありませんでした。破いちゃった文を扇いで遊んでいるところはやっぱり可笑しい。主人に怒られる場面ではやはり次郎冠者が先にすぐ逃げて、太郎冠者が「お返事です」と破けた文をたたんで渡そうとするオチで笑わせます。太郎冠者の千太郎さんと次郎冠者の大二郎さんも息が合っていて、主人の基誠さんはまだ若い独身の主人が恋人に文を送るという感じがして、和泉流とはまた違う新鮮さを感じました。

「泣尼」
 施主が隣在所に出向いて、庵を結ぶ僧に説法を頼みます。ところがこの僧は説法などしたことがなく、にわか説法がありがたく聞えるように、門前に住むよく泣く尼に布施の半分を渡す約束で、同行させることにします。施主の案内で一座に着いた僧はもっともらしく説法を始めますが、尼は泣くどころか、ほどなく居眠りを始めてしまいます。僧が咳払いをしたり、「泣く涙、泣く涙」と尼にサインを送っても尼はすっかり横になって寝入ってしまいます。さて、説法が終わり、施主が立つと、まったくトンチンカンなタイミングで思い出したように尼が泣くので、いらだった僧は叱りつけて帰ろうとします。すると、尼が約束のお布施を渡せと言いだし、僧は居眠りしていた者に渡せるかと、尼を突き倒して逃げて行きます。
 鷹揚な感じの富太郎施主。彌太郎さんの僧は一見、物知りそうで、見かけ倒しな僧。良暢さんの身体を半分くらいに折り曲げた尼さんが、大きく威張った山伏から一転小さくなって可愛らしい。初めはちょっと居眠りがついには横になっちゃって、でも、しっかりお布施の半分を要求するところなんか、かなり欲深な尼さんです。
 忠三郎家の跡を継ぐ良暢さん、大藏流の各家の協力に支えられて、きっといい狂言師になられると思います。これからも頑張って欲しいものです。