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能楽鑑賞日記

2012年12月26日 (水) 宝生流祖神祭乱能 感想
舞囃子「高砂」「小袖曽我」
 トップバッターの「高砂」、舞はまずまずでしたが、お囃子は悪戦苦闘。その中でワキ方御厨さんの太鼓はお見事。囃子には本職のサポートが後ろについて、小鼓、大鼓には肩を叩いてリズムをとったり、声をかけたりしていました。笛は殆ど音が出てなかったなあ、ご本人はすごく真剣に吹いてらっしゃるんですが、吹くたびに思わずずっこける、見所も笑いが起こって如何にも乱能らしく楽しませていただきました。
 「小袖曽我」は女性軍団。笛方の八反田さんの舞は凛々しくて綺麗。大山さんはちょっとぎこちなさが残りますが、舞はまずまず。笛もトップバッターのずっこけぶりを見ていたので、ちゃんと音が出ていたのでホっとしましたが、小鼓、大鼓はサポートが必要。

仕舞「鶴亀」「清経」「鵜飼」
 舞は、ちょっとぎこちない。次はどうするんだっけ?という感じ(笑)。でも、「鵜飼」の住駒さんは終始ニコニコで楽しそうでしたw。

『夜討曽我』
 シテ、ツレの曽我兄弟を大鼓方の柿原兄弟が熱演。謡の声も良く、なかなかカッコ良い!
大鼓を打つ万蔵さんも最初、國川純さんが後ろについてサポートしてましたが、國川さんは、すぐ地謡に戻って、あとは、なかなか堂に入った大鼓で、小鼓を打つシテ方の渡邊さんとも息の合った囃子。一ケ所合わないところがあったようで、二人で顔を見合わせる場面があったのもご愛嬌(笑)。
 しかし、何と言っても面白かったのは、ワキの殿田さんのアイ・大藤内です。後でご本人のブログを見たら、大蔵流山本家の東次郎さんに稽古をつけてもらって、いたって真面目にやろうとしたのに、大蔵流は和泉流より前半の台詞が圧倒的に多くて、台詞がなかなか入らなかったもよう。何度も台詞につまってプロンプ付きまくりでしたが、つい「・・・じゃねえや」なんて言っちゃったり、オチャメで大うけ。おまけに揚幕に入ろうとしたら揚幕が上がらない。ちょと慌てて揚幕の前で行ったり来たり、最後は横から入って行きました(大笑)。アドの大日方さんは、落ち着いたもの、殿田さんが台詞につまるとプロンプつけてました。

 休憩、鏡開きがロビーで行われ、辰巳満次郎さんが司会で、野村萬さん、亀井忠雄さんの人間国宝二人に近藤乾之助さん、宝生和英宗家ほか、そうそうたる面々が樽を割って、清酒が振舞われました。夫は萬さんからついでもらったと大喜び。飲めない私も少しお裾分けしてもらいました。萬さん、終始にこやかでした。

舞囃子「八島」「船弁慶」
 「八島」は小鼓方のイケメン大倉源次郎さんの舞。長身で品よく丁寧に舞っていらっしゃいましたが、ちょっとミスって、ニッコリはにかんでいたのがまた素敵。笛の野村太一郎くんが上手くてびっくり!
 「船弁慶」徳田さんの舞は、大きな声で豪快な足拍子、長刀をメチャメチャ振り回してちょっと歌舞伎調(笑)。万作家の深田さんと高野さんがお囃子でサポートに支えられながら健闘してました。笛の大日方さん、太鼓の梅村さん(共にワキ方)はお見事!地謡も森さんの美声が生きて心地よかったです。

「棒縛」
 これはもう、本職顔負けの上手さ。オチャメな雄資冠者、おっとりな由於冠者、なんかとぼけた雰囲気の亘主人。それぞれのキャラが生きてしっかり狂言として成り立ってる。終わりに後見(佐野さんのご子息)が盃代わりの葛桶の蓋をかたずけに出てきたと思ったら、お酒を飲むふりをして「まいう〜」。最後まで笑わしてくれました。

『鞍馬天狗』
 前シテの善竹十郎さんも後シテの幸清次郎さんの重厚で風格のあるシテぶり、でも台詞は時々、子方牛若役の亀井広忠さんのプロンプに助けられていました。広忠さんは見事な牛若丸、葛桶に座っている時もピシっとして、謡や所作も完璧。それにシテの台詞も覚えているなんて凄すぎる!
 しかし、やっぱり一番受けたのは、ずらりと登場した花見の稚児さんならぬおっさん達(^^;)。それぞれ桜の枝を持ったり、酒瓶やピコピコハンマーを持ってる人も。山本則俊さんが襟に桜の枝を挿しているのが、頭に桜みたいで、そのお顔とのギャップに思わず吹きそうになったり、一際目立つ巨体の鵜澤洋太郎さんは、赤い着物で胸を反り返らせて立っているだけで笑える。鵜澤さんは本舞台に移動中に持ってる刀で太鼓の小倉さんを斬っちゃうし、斬られて倒れる小倉さんにも大笑い。富太郎稚児は客僧の十郎さんを帰り際にピコピコハンマーで叩いて「お父ちゃんごめんね」(大笑)。
 他には、アイ能力の曽和さんがいい味出してて笑えました。アイ木葉天の野口能弘さんのアイ語りは見事。地謡と囃子は良かったけれど、全員が山伏姿で出てきたのには笑った。舞台上が山伏だらけでした。その中でも笛の山本則秀さんは本職顔負けの音色で上手すぎる。

「仁王」
 宝生宗家が仁王です。もう、台詞まわしが、山本家とハッキリ分かるくらい成りきってる。装束、小道具も山本家より拝借してるらしく、偽仁王に願掛けした人たちからせしめた供物を杉並の山本家に持っていくように、なんて台詞があって笑えました。
 願掛けに来る立衆は、それぞれがアドリブの願掛けに「弟子が高齢者ばかりなので、もっと弟子が増えるように」とか「嫁さんが欲しい」とか「狭い賃貸から一軒家に住みたい」「髪の毛が寂しくなったので良いカツラが欲しい」とか、来年の演能の宣伝まで(笑)。
 再び、足の悪い男を連れて現れた時は、カツラが欲しいと行った御仁は茶髪のカツラを被っていました(爆)。足の悪い男は、大きな草履を供えて、仁王の足を擦りながら「ここになにやらモッコリしたものが・・・」おいおい、宗家を相手にまさかの下ネタですかww。
 こちらの狂言もなかなか堂に入ってて、狂言方顔負けでした。

仕舞「安宅」「胡蝶」「橋弁慶」
 「安宅」は山伏姿で登場。でも、「安宅」も「胡蝶」も所作うろ覚え?謡は、柿原兄弟がよい声で良かったですよ。「橋弁慶」は体型がどう見ても弁慶と牛若が反対。元伯さんが洋太郎さんに「上、下」と長刀捌きを指示されて、それでも巨体の洋太郎さん、足元を掃う長刀が飛び越せなくて大笑い。

舞囃子「西王母」「融」
 「西王母」の舞はグダグダだったかも。太鼓と地謡はなかなか良かったですよ。
 「融」の亀井忠雄さんの舞は、本職顔負けの端正で美しい舞。亀井親子は素晴らしい!!太鼓、笛もお上手。小鼓の福王さんの後ろには源次郎さんがついて、福王さんの小鼓はちょっとおぼつかないところがあったけど、イケメン二人が揃って目福でした。

狂言小舞「七つ子」
 最年長の近藤乾之助さんが狂言小舞の「七つ子」をなんともキュートに舞われました。おまけに「うさぎ」まで舞うサービス、もうキュートでたまらんです。地謡連は、扇をひろげて堂々とあんちょこですか(笑)。

半能『石橋』連獅子
 本日の〆は万作・萬斎親子の連獅子です!!赤牡丹、白牡丹にピンク牡丹まで、一畳台が三枚も正面と中正面に向けて置かれます。まず登場の山本則俊寂昭法師がいかにも法師らしくきっちり名乗り、ワキ座に控えます。囃子も皆さんお上手。やっぱり「獅子」は難しいから上手どころを集めてきたのか、神風の鉢巻まで締めて気合十分。
 先に登場の萬斎さんの赤獅子はキレキレで動きが俊敏すぎるくらい、いかにも若くて元気のいい赤獅子。一畳台の上もあちらへこちらへと飛び回る。白獅子の万作さんは、親獅子らしく、重厚で気品を感じる獅子。そしてキレのいい動きが美しい、さすがですねぇ。おまけに赤獅子が正面舞台下に白い花びらを散らしたり。地謡もパワー全開で、興奮の素晴らしい舞台でした!最後に、太鼓の朝倉さんが「これにて打留め!」と宣言。赤獅子の萬斎さんが、退き際に揚幕の前で見所に向かってお辞儀をしました。これも珍しい。
 皆、退いてから、正面最前列の女性陣が撒かれた花びら拾いに集まる光景も、萬斎人気衰えず。
 予定通りの時間で終了。プログラムにあった最後の附祝言は省略されたようです。
 

 やっぱり「乱能」は面白かった♪また、何処かでやらないかなあ。
2012年12月26日 (水) 宝生流祖神祭乱能 番組表
会場:宝生能楽堂 11:00開演

午前11時から午後5時半までの長丁場でしたが、シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方の各役が、それぞれ専門外の役を演じる会で、たまにしか行われない会です。かくし芸大会みたいで、本職顔負けの人もいれば、思わぬ失敗やユーモアで楽しませてくれたり、ちょっとお祭り気分の楽しい会です。
 今回は、シテ方宝生流の宝生流乱能実行委員会が主催ということで、シテ方はすべて宝生流の方々です。また、乱能に先立って宝生流が祖神として奉祀する芸能の祖神、猿田彦命(さるたひこのみこと)と雨鈿女命(あめのうずめのみこと)の両像の祭壇を設けて、祖神祭式典が行われました。
 番組表を上げるだけでも、かなりの量になるので、感想と分けて載せます。

祖神祭   金比羅宮東京分社

舞囃子
「高砂」 幸信吾(幸流小鼓方)
   大鼓:藪克徳(シテ方)、小鼓:則久英志(下掛宝生流ワキ方)
   太鼓:御厨誠吾(下掛宝生流ワキ方)、笛:今井奉行(シテ方)
   地謡:吉谷潔(金春流太鼓方)、徳田宗久(観世流太鼓方)、林雄一郎(同左)

「小袖曽我」 八反田智子(一噌流笛方)、大山容子(大倉流小鼓方)
   大鼓:内田芳子(シテ方)、小鼓:土田周子(同左)、笛:柏山聡子(同左)
   地謡:梶谷英樹(金春流太鼓方)、桜井均(同左)、大川典良(同左)

仕舞
「鶴亀」 小野寺竜一(一噌流笛方)
「清経」キリ 大倉栄太郎(大倉流小鼓方)
「鵜飼」 住駒充彦(幸流小鼓方)
   地謡:工藤和哉(下掛宝生流ワキ方)、野口敦弘(同左)、野口能弘(同左)

『夜討曽我』大藤内
 シテ(曽我五郎時致):柿原光博(高安流大鼓方)
 ツレ(曽我十郎祐成):柿原弘和(同上)
 〃 (団十郎):大蔵千太郎(大蔵流狂言方)
 〃 (鬼王):大蔵教義(同上)
 〃 (古屋):内田輝幸(葛野流大鼓方)
 〃 (五郎丸):杉信太朗(森田流笛方)
 〃 (立衆):佃良太郎(高安流大鼓方)
 〃 (立衆):亀井洋佑(葛野流大鼓方)
 アイ(大藤内):殿田謙吉(下掛宝生流ワキ方)
 アイ(狩場の男):大日方寛(同上)
   大鼓:野村万蔵(和泉流狂言方)、小鼓:渡邊茂人(シテ方)、笛:山内崇生(同左)
   後見:善竹十郎(大蔵流狂言方)、桜井均(金春流太鼓方)
   地謡:森貴史(幸流小鼓方)、栗林祐輔(森田流笛方)、藤田貴寛(一噌流笛方)
       大倉慶乃助(大倉流大鼓方)、大倉源次郎(大倉流小鼓方)
       國川純(金春流太鼓方)、藤田次郎(一噌流笛方)、幸信吾(幸流小鼓方)

―鏡開き― ロビー

舞囃子
「八島」 大倉源次郎(大倉流小鼓方)
  大鼓:野月聡(シテ方)、小鼓:舘田善博(下掛宝生流ワキ方)
  笛:野村太一郎(和泉流狂言方)
  地謡:福王和幸(福王流ワキ方)、宝生欣也(下掛宝生流ワキ方)
      藤田貴寛(一噌流笛方)
「船弁慶」 徳田宗久(観世流太鼓方)
  大鼓:深田博治(和泉流狂言方)、小鼓:高野和憲(同左)
  太鼓:梅村昌功(下掛宝生流ワキ方)、笛:大日方寛(同左)
  地謡:吉谷潔(金春流太鼓方)、森常好(下掛宝生流ワキ方)、森貴史(幸流小鼓方)

狂言「棒縛」
 太郎冠者:金井雄資(シテ方)、次郎冠者:佐野由於(同左)、主:?橋亘(同左)

『鞍馬天狗』白頭
 前シテ(客僧):善竹十郎(大蔵流狂言方)
 後シテ(大天狗):幸清次郎(幸清流小鼓方)
 子方(牛若):亀井広忠(葛野流大鼓方)
 ツレ(花見):山本則俊(大蔵流狂言方)、観世元伯(観世流太鼓方)
        鵜澤洋太郎(大倉流小鼓方)、桜井均(金春流太鼓方)
        吉谷潔(金春流太鼓方)、梶谷英樹(同左)、大川典良(同左)
        林雄一郎(観世流太鼓方)、善竹大二郎(大蔵流狂言方)善竹富太郎(同左)
 ワキ(東谷の僧):古賀裕己
 ワキツレ(従僧):田邊恭資(大倉流小鼓方)、飯富孔明(同左)
 アイ(能力):曽和正博(幸流小鼓方)
 アイ(木葉天):野口敦弘(下掛宝生流ワキ方)、工藤和哉(同左)、野口能弘(同左)
  大鼓:和久壮太郎(シテ方)、小鼓:水上優(同左)、太鼓:小倉健太郎(同左)
  笛:山本則秀(大蔵流狂言方)
  後見:則久英志(下掛宝生流ワキ方)、御厨誠吾(同左)
  地謡:小野寺竜一(一噌流笛方)、大倉栄太郎(大倉流大鼓方)
      住駒充彦(幸流小鼓方)、福王和幸(福王流ワキ方)、大倉三忠(大倉流大鼓方)
      野村萬(和泉流狂言方)、亀井忠雄(葛野流大鼓方)、内田輝幸(同左)

狂言「仁王」
 ばくち打甲:宝生和英(シテ方宗家)
 ばくち打乙:武田孝史(シテ方)
 立衆:小林晋也(シテ方)、?橋憲正(同左)、澤田宏司(同左)、亀井雄二(同左)
     森貴史(幸流小鼓方)、栗林祐輔(森田流笛方)、藤田貴寛(一噌流笛方)
     大倉慶乃助(大倉流大鼓方)、小倉伸二郎(シテ方)

―休憩―

仕舞
「安宅」 鳥山直也(観世流小鼓方)
「胡蝶」 成田寛人(一噌流笛方)
「橋弁慶」 弁慶:観世元伯(観世流太鼓方)、牛若:鵜澤洋太郎(大倉流小鼓方)
  地謡:柿原光博(高安流大鼓方)、柿原弘和(同左)、佃良太郎(同左)

舞囃子
「西王母」 藤田次郎(一噌流笛方)
  大鼓:東川光夫(シテ方)、小鼓:金森秀祥(同左)、太鼓:佐野登(同左)
  笛:東川尚史(同上)
  地謡:舘田善博(下掛宝生流ワキ方)、殿田謙吉(同左)、野口能弘(同左)

「融」 亀井忠雄(葛野流大鼓方)
  大鼓:野村扇丞(和泉流狂言方)、小鼓:福王和幸(福王流ワキ方)
  太鼓:武田孝史(シテ方)、笛:大友順(シテ方)
  地謡:亀井広忠(葛野流大鼓方)、曽和正博(幸流小鼓方)
      亀井洋佑(同上)

狂言小舞
「七つ子」 近藤乾之助(シテ方)
  地謡:中村孝太郎(シテ方)、小林与志郎(同左)、當山孝道(同左)、水上輝和(同左)

半能『石橋』連獅子
 シテ(白獅子):野村万作(和泉流狂言方)
 ツレ(赤獅子):野村萬斎(同上)
 ワキ(寂昭法師):山本則俊(大蔵流狂言方)
  大鼓:森常好(下掛宝生流ワキ方)、小鼓:辰巳満次郎(シテ方)
  太鼓:朝倉俊樹(シテ方)、笛:宝生欣也(下掛宝生流ワキ方)
  後見:徳田宗久(観世流太鼓方)、桜井均(金春流太鼓方)
  地謡:林雄一郎(観世流太鼓方)、杉信太朗(森田流笛方)
      亀井洋佑(葛野流大鼓方)、佃良太郎(高安流大鼓方)
      小寺佐七(観世流太鼓方)、一噌庸二(一噌流笛方)、亀井俊一(幸流小鼓方)
      山本則重(大蔵流狂言方)
2012年12月25日 (火) 至高の華「鷹姫」
会場:国立能楽堂 18:00開演

『鷹姫』原作:W.B.イエーツ、作:横道萬里雄、演出:横道萬里雄、梅若玄祥

 鷹姫:友枝昭世
 空賦麟:山本東次郎
 老人:梅若玄祥
 岩:観世喜正、山崎正道、角当直隆、坂真太郎、古川充、川口晃平
    山本則重、山本則秀
      笛:松田弘之、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:林雄一郎
        後見:小田切康陽、松山隆之

 珍しい『鷹姫』のみの公演です。
あらすじ
 絶海の孤島、楱の木立に包まれた今はもう涸れた古い泉「鷹の泉」をじっと見つめる老人がいます。老人は昔、泉の水を求めてここへ来たのでした。波斯国(はしこく)の若き王子空賦麟(クーフリン)が老人と同じように泉の水を求めにやってきます。空賦麟は必ずその目で泉の湧くのを見ようと言います。そこへ天空から裂くような鷹の声。老人は空賦麟に、呪いがかからぬうちに島を去れと叫びます。姿を現す鷹姫。老人は眠りに落ち、空賦麟は剣を抜いて立ち向かうものの、ついに力つきて眠りに落ちてしまいます。その時、忽然と泉に水が湧き、鷹姫はそれを汲んで舞い、姿を消していきます。眠り続ける空賦麟のそばに、今は山の幽鬼となった老人の霊が、泉の水を求めても得られない人間の苦悩を嘆き謡います。

 舞台正面大小前にすでに幕を張った作り物が置かれていて、舞台が暗転して切戸口から囃子方や岩のコロスが作り物の後ろに登場。舞台が明るくなって岩のコロスが四隅に白い木の枝が上から突き出ている作り物の両脇に控えて謡いだします。
 以前、初めて『鷹姫』を観たときは、幕を張った作り物はなくて、友枝さんの鷹姫は橋掛かりから現れ、ずっと大小前の葛桶に身じろぎもせずに座っていたように思う。橋掛かりをスルスルと出てきた時から美しさに心を持ってかれた記憶が鮮明に残ってます。
 岩のコロスは鼻から上半分だけの面をかけて、灰色の旅僧のような装束。揚幕から登場する玄祥さんの老人は灰色の長い髪に水色の水衣。岩のコロスが若者が来ると謡うと揚幕から東次郎さんの空賦麟が現れます。う〜ん、若者というにはちょっと年取りすぎてるけど、さすが東次郎さん動きは颯爽として若々しい。若い男の能面でもかけたら全然違和感ないと思いました。
 コロスは普通の地謡とは違って、一人ずつ謡ったり、立ったり位置を変えたりします。
 作り物の幕が外されると葛桶に座った鷹姫が現れます。作り物は4本の白い枯れた木のようなものが四隅に立っているだけで、屋根はありません。鷹姫は黒地の舞衣に下も黒地の縫箔を壺折にして、髪は両脇を細く垂らしていて、この髪形は以前友枝さんの鷹姫を観たときと同じ。あの時は渋い緑地の長絹だったと記憶しています。面はたぶん泥眼、とても品がよく美しく冷たい妖気を漂わせているような白い面、まさに鷹姫にぴったり。う〜ん、この段階でもう美しさに見とれてしまいました。
 老人と空賦麟とのやり取りの間、まったく微動だにしないで、真っ直ぐ前を向いて座っています。鷹の鳴く声が聞こえる場面で初めて動くと、一瞬にその場を支配してしまうように目が引き付けられてしまいます。
 老人が眠りについていなくなり、鷹姫と空賦麟の戦い、東次郎さんの空賦麟もなかなかカッコよいです。鷹姫の友枝さんが翼を羽ばたかせるように袖を翻して戦う姿も素晴らしい。
 空賦麟が眠りについてしまうと、コロスの謡とお囃子が高まって泉の水が湧き出てくるような躍動感。泉の水を汲んで舞う鷹姫(この舞も友枝さんらしい美しさです)はやがて去って行ってしまい、一人残った空賦麟の元に山の幽鬼となった老人が現れ、嘆き謡い、そのまま二人は岩になってしまったごとく、その場に残されます。空賦麟も老人のように求めても得られない泉の水を待ち続けて、やがて幽鬼となってしまうのでしょうか。

 久々に観た友枝さんの『鷹姫』はやっぱりいいです。空賦麟は萬斎さんがやっぱりいいけど・・・、ともかく、今回はまた友枝さんの鷹姫が観られたので満足です。
2012年12月24日 (月) 第五回広忠の会 第一部 亀井広忠舞台生活三十周年記念
会場:国立能楽堂 11:00開演

一調「金札」 金剛龍謹  太鼓:観世元伯

一調一声「小督」 櫻間右陣  小鼓:曽和尚靖

舞囃子「安宅/延年之舞」 宝生和英
         大鼓:亀井忠雄、小鼓:幸正昭、笛:一噌幸弘
            地謡:和久壮太郎、辰巳満次郎、武田孝史、高橋章、朝倉俊樹

「末広かり」
 果報者:野村萬斎、太郎冠者:茂山逸平、すっぱ:野村又三郎    後見:中村修一
         大鼓:亀井広忠、小鼓:曽和尚靖、太鼓:観世元伯、笛:一噌幸弘

仕舞「熊坂」長裃 友枝昭世
         地謡:大島輝久、友枝雄人、粟谷能夫、狩野了一、佐々木多門

『鸚鵡小町』杖三段之舞
 シテ(小野小町):観世清和
 ワキ(新大納言行家):福王和幸
     大鼓:亀井広忠、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之
        後見:観世銕之丞、清水寛二、木月孚行
           地謡:林宗一郎、坂口貴信、谷本健吾、浦田保親
               山崎正道、岡久広、梅若玄祥、観世喜正

 各流儀を代表する演者を迎え、なんとも豪華な会です。
 金剛流の宗家の息子の龍謹さんの一調、なかなかのイケメンで声も良いです。
 一調一声「小督」は金春流の櫻間右陣さん。優しい感じの謡。曽和尚靖さんの小鼓も良かったです。
 宝生宗家の舞囃子「安宅」延年之舞。これはシテ方五流の中でも宝生流が一番難しいそうで、亀井さんの葛野流大鼓では一子相伝の秘伝曲とのこと。広忠さんがお父様の忠雄さんにお願いしたところ、「一噌幸弘の笛ならば」という条件つきで引き受けてくれたそうです。人間国宝の亀井忠雄さんのご指名とは、やっぱり幸弘さんの笛は凄いってことです。笛吹きダジャレおじさんなんて言っちゃ失礼ですかね。でも、親しみと愛情を込めて言っているので、決して馬鹿にしているわけではありませんから、お許しください。囃子方、地謡の面々とも素晴らしく、宝生宗家の謡い舞いも良い声と気迫のこもった舞で素敵でした。

「末広かり」
 果報者が客を集めて宴を開くのに、贈り物として末広がりを太郎冠者に買ってくるよう命じます。都に行った太郎冠者は末広がりが何か知らず、「末広がり買おう」と言ってまわると、すっぱ(詐欺師)が近寄ってきて末広がりなら自分が商っていると言い、古傘を売りつけます。太郎冠者が主人から聞いてきた特徴にことごとく合う説明にすっかり騙された太郎冠者は喜んで買い求めますが、別れ際にすっぱは、主人の機嫌を直す囃子物まで教えてくれます。太郎冠者は急いで戻り、主人に見せると、主人は末広がりとは扇のこと、これは古傘ではないかと叱ります。扇なら扇と、初めから言えばいいものをと、むくれる太郎冠者ですが、怒った主人に追い出され、よく考えてみれば、これは台所にいくらでもある唐傘だと反省し、都で教えられた囃子物を思い出して謡ってみます。すると主人は囃子物に浮かれ出してすっかり機嫌を直し、太郎冠者を再び家に招き入れるのでした。
 お目出度い時の定番曲ですが、今回は萬斎さん(和泉流三宅派)、逸平さん(大蔵流)、又三郎さん(和泉流野村派)という異流異家、それぞれ台本が違う家の珍しい共演です。
 品のいいお金持ちの萬斎主人におっちょこちょいな逸平太郎冠者、都人にしては泥臭い又三郎すっぱという感じ。
 三人とも声が大きいけど、特に逸平さんと又三郎さんは声が大きい(笑)。
 型の違いでは、茂山家は傘を横に持ったまま普通に放り出すのに、万作家は傘を縦にして倒したり、又三郎さんが太郎冠者に機嫌を直す囃子物を教えるときに声を出さず、太郎冠者の耳元で囁くような仕草をするのは珍しく、初めて観ました。
 太郎冠者の囃子物に主人が浮かれ出してピョコピョコ動いたりする仕草や顔つきがやっぱり可笑しくて可愛いです。

仕舞「熊坂」長裃
 喜多流の友枝昭世さんの仕舞。長裃という小書付で、長裃で舞うというのは初めてみました。長刀捌きが見事で、切れ味鋭い舞はさすがでした。好みとしては友枝さんは、貴公子や乙女の方が好きなんですが、「石橋」の獅子も好きです。

『鸚鵡小町』杖三段之舞
 陽成院に仕える新大納言行家が、百歳の老婆となって関寺辺りに住む小野小町のもとに帝の御製を携えて行きます。関寺で小町が老いのつらさ侘しさを嘆きながら現れると、行家が帝の歌「雲の上はありし昔に変わらねど 見し玉だれの内やゆかしき」の歌を伝えると、小町は自分の返歌「ぞ」の一字だと言います。行家が訝しむと、「内やゆかしき」を「内ぞゆかしき」と替える、鸚鵡返しという返歌の方法だと教え、再び往時を回想し老いを嘆きます。行家が小町の心を引き立てようと、業平の玉津島明神での法楽の舞をまねて舞うことを勧めると、小町は舞を舞いますが、さらに旧懐の涙にくれてしまいます。やがて日が暮れ、行家は都へ、小町は柴の庵へと帰って行きます。
 小野小町を題材とした能はいくつかありますが、若い姿の幽霊としてツレで出てくる「通小町」以外は、「卒都婆小町」も「関寺小町」も「鸚鵡小町」も百歳の老婆となった小町がシテで、「檜垣」「姨捨」を加えた五曲を老女物と言う重い習いの曲、特に「関寺小町」「檜垣」「姨捨」は三老女と言って、特に重い秘曲という扱いになっています。
 「鸚鵡小町」は初めて観ましたが、さすがにちょっと私も疲れ気味、休憩時間に食事をしたせいもあって、ついつい意識が飛んでしまいました。でも、ふと気付いても場面が少しも変っていない・・・。
 それでも観世宗家の老婆は気品があり、杖をつきながら歩く姿も舞う姿も本当に老人のように見えました。ワキ方一番のイケメン福王和幸さんがワキ座にじっと座っている姿が美しくてついつい目がいってしまいました(^^;)。
2012年12月23日 (日) 第七回山井綱雄之會
会場:宝生能楽堂 14:00開演

ご挨拶:山井綱雄

仕舞「淡路」 井上貴覚
   「二人静」キリ 高橋忍、辻井八郎
       地謡:中村昌弘、本田芳樹、金春憲和、中村一路

「棒縛」
 太郎冠者:野村万作、次郎冠者:深田博治、主人:高野和憲    後見:内藤連

仕舞「野宮」 富山禮子
   「通小町」 高橋汎
   「山姥」キリ 金春安明
       地謡:中村昌弘、高橋忍、辻井八郎、中村一路

『角田川』
 シテ(梅若丸の母):山井綱雄
 子方(梅若丸):山井綱大
 ワキ(渡し守):宝生閑
 ワキツレ(旅の男):大日方寛
      笛:松田弘之、小鼓:幸清次郎、大鼓:亀井忠雄
        後見:本田光洋、横山紳一
           地謡:金春憲和、井上貴覚、本田芳樹、本田布由樹
               高橋忍、金春安明、吉場廣明、辻井八郎

附祝言

 いつもの山井さんのご挨拶と演目解説の後、スクエアメンバーの井上さん、高橋さん、辻井さんの仕舞がありました。井上さんは「淡路」でイザナギの尊で力強い舞、それとは対照的に高橋さん、辻井さんは「二人静」で静御前と静御前の霊がとりついた菜摘女の優雅な合舞でした。

「棒縛」
 いつも留守中に太郎冠者が酒を飲んでしまうので、主人は次郎冠者を呼び出し、太郎冠者を縛り付けるので手伝えと言います。次郎冠者は太郎冠者が近頃棒術を稽古しているので、その型をやらせている時に縛ろうと提案して太郎冠者を呼び出します。呼び出された太郎冠者が棒術を披露していると、示し合わせた二人がまんまと太郎冠者の手首を棒に縛り付けてしまいます。ところが、それを笑っていた次郎冠者も主人に後ろ手に縛られてしまい。主人はそのまま二人をおいて出かけてしまいます。残された二人は、それでもなんとか酒を飲みたいと、二人協力して縛られたまま、まんまと酒を飲むことに成功。すっかり酒盛りになって、縛られたまま謡い舞いに興じていると、帰ってきた主人は驚き、二人を打ちつけます。先に逃げた次郎冠者、残された太郎冠者は棒で主人に抵抗するものの追われて逃げて行きます。
 縛られたまま謡い舞う太郎冠者の万作さんが、80過ぎとは思えない軽妙な身のこなしでさすがです。次郎冠者の深田さんとの酒宴も楽しそうで可愛い。

『角田川』
 隅田川で、渡し守が旅人を待っていると、都の旅人がやってきて、そのすぐ後から物に憑かれたような女が来て渡し守に乗船を頼みます。女は都の北白河に住んでいたが、我が子が人商人にさらわれて東国に下ったと聞き、心乱れつつここまで尋ねてきたと言います。渡し守は、面白く狂ってみせよ、さもなくば乗せないと言いますが、女は「伊勢物語」九段の詞章をひいて渡し守をやりこめ、古歌をひいて嘆きます。哀れに思った渡し守は女を乗せ、船を出します。やがて旅人に問われるまま、川岸で行われている大念仏について、1年前に人商人に連れられてきた子供がここで病死したので、その子の一周忌の回向をしていると説明します。そして都北白河の吉田の何某の子であったと言い、女は、それこそ我が子梅若丸と知って泣き伏します。渡し守は女に同情して、その子を埋葬した塚に導き、母は我が子の墓を見て、泣く泣く人々とともに念仏を唱えます。すると、一同の念仏の声の中に、母の耳には我が子の念仏の声が聞こえ、母の眼には我が子の姿が幻のように現れます。母が我が子を抱きしめようとしますが、するりと手を抜け、やがて白みゆく空とともに子の姿は消え去ってしまいます。
 シテの山井さんとワキの閑さんはさすがに素晴らしく、我が子が死んだことを悟った母の心境が痛々しく胸に迫りました。しかし、ちょっと寝不足ぎみで時々意識が飛んでたので、子方がいつの間にか出てきたとか、いつの間にか隠れたとか、山井さんの息子の綱大(こうた)くんをよく見れなかった。ごめんなさいm(_ _)m。

 最後に休憩の後、宗家を囲んで質疑応答があったんですが、時間も遅くなるので、それは遠慮して帰りました。
2012年12月15日 (土) ユネスコによる「無形文化遺産 能楽」第五回公演
会場:国立能楽堂 13:30開演

『恋重荷』(金春流)
 シテ(山科荘司・山科荘司の怨霊):金春安明
 ツレ(白河院の女御):辻井八郎
 ワキ(臣下):殿田謙吉
 アイ(下人):石田幸雄
   大鼓:安福建雄、小鼓:幸清次郎、太鼓:助川治、笛:藤田朝太郎
      後見:守屋泰利、横山紳一
         地謡:本田芳樹、金春康之、山井綱雄、金春憲和
             ?橋忍、本田光洋、吉場廣明、金春穂高

「隠狸」(和泉流) シテ(太郎冠者):三宅右近、主:野村万作   後見:三宅右矩

『安宅』延年之舞・貝立貝付(喜多流)
 シテ(武蔵坊弁慶):粟谷能夫
 子方(源義経):金子天晟
 シテツレ(立衆)狩野了一、友枝雄人、金子敬一郎、内田成信、粟谷浩之
          佐々木多門、大島輝久、谷大作
 アイ(強力):山本東次郎
 アイ(太刀持):山本則俊
     大鼓:國川純、小鼓:曽和正博、笛:杉市和
        後見:内田安信、塩津哲生、中村邦生
           地謡:友枝真也、長島茂、粟谷明生、粟谷充雄
               大村定、香川靖嗣、友枝昭世、出雲康雅
附祝言

『恋重荷』
 白河院の庭で菊の下葉を摂る山科荘司という老人は、美しい女御の姿に一目惚れしてしまい、その噂が女御の耳にも届くところとなります。下賤な男の高貴な女御への恋心など7かなうはずもありません。白河院の臣下は下人に荘司を呼び出させ、錦で包んだ荷を見せて、これを持って庭を百度、千度と廻ったならば、今一度女御の姿を見せようと約束します。
 この荷は重い巌でできていて、荘司がいくら持ち上げようとしても動かすことができず、ついに力尽き、自分が弄ばれたことを恨みながら死んでしまいます。それを下人から聞いた女御は、荘司の恋心を諦めさせるためにしたことで、荘司が死んでしまったことを憐れんで「恋よ恋わが中空になすな恋、恋には人の死なぬものかは」と詠みますが、盤石に押されたように身動きがとれなくなってしまいます。
 荘司の怨霊が現れ、激しく責め立てますが、女御の見せた涙に恨みも晴れ、葉守の神となって守り続けようと言って消え去っていきます。

 『恋重荷』より古い『綾鼓』では、怨霊となった老人が女御を笞を振って責め立て、怨みを残しながら消えていくのですが、『恋重荷』では、女御を許し、守神になろうと言って消えていきます。以前喜多流で見た『綾鼓』では怨霊の凄まじい迫力を感じましたが、それほどの迫力は感じませんでした。最後は、女御を許して、かえって守りとなろうというのですから、もっと穏やかで静かな感じ。女御役の辻井さんが良い声で美しい女御でした。

「隠狸」
 太郎冠者が狸を釣ったと人づてに聞いた主人は、狸汁を客人に振舞うことを思いつきます。しかし、太郎冠者は、狸など釣ったきとがないと言い張るので、主人は、狸を求めに市場へ行けと命じます。実は既に狸を釣っていた太郎冠者は、嘘がばれる前に、狸を売り払ってしまおうと市場へ向かったところ、先回りしていた主人と鉢合わせしてしまいます。主人は何を思ったか、往来で太郎冠者に酒を飲ませ、舞を舞わせるうちに腰に隠した狸を見つけて取り上げてしまいます。
 可愛い狸のぬいぐるみが萌えです。持ち味の違う右近さんと万作さんのコンビは初めて観ますが、ちょっと豪放な感じの太郎冠者にしたたかな主人、舞にもそれぞれの持ち味が出てて面白かったです。

『安宅』延年之舞・貝立貝付
 平家討伐で武勇を立てながら兄・頼朝に厭われた義経一行は、偽山伏に姿を変えて奥州の藤原氏を頼りますが、途中、頼朝が新設した安宅の関で富樫に疑われます。そこで、弁慶が山伏を殺すと天罰が下ると威嚇し、偽りの勧進帳を読んで、一度は通過を許されます。しかし、すぐに強力姿の義経が見咎められ、足止めされます。すると、弁慶は義経を金剛杖で打ち据え、早く通れと言いますが、富樫は許さず、偽山伏たちは色めき、太刀に手をかけて富樫に詰め寄ります。弁慶は金剛杖で懸命におさえ、さすがの富樫もその勢いに負けて一同の通過を認めます。関所を離れた一行が休息し、弁慶が今しがたの折檻を詫び、義経が身の不運を嘆じていると、富樫が酒を持たせて追いつき、関所での無礼を詫びて酒宴となります。酒盃を重ねてから弁慶は延年之舞を豪快に舞い、舞い終わるや一同を急き立てて、奥州へ下って行きます。
 「延年之舞」の小書では、通常の男舞にはない「えい!」という掛け声で飛び跳ねる型が入ります。「貝立貝付」の小書はアイの強力が法螺貝を吹き、弁慶の腰に付ける仕草をします。山本東次郎さんが扇を法螺貝に見立ててやっていました。
 富樫役の閑さんはさすがに重厚でキリっとしてます。8人の山伏たちが太刀に手をかけて富樫に詰め寄るのを金剛杖で抑える弁慶の場面はやっぱり迫力があります。でも、粟谷さんの弁慶は豪快というより品が良く静かな気迫という感じでした。
2012年12月6日 (木) 萬斎 イン セルリアンタワー12
会場:セルリアンタワー能楽堂 19:00開演

解説:野村萬斎

「磁石」
 すっぱ:石田幸雄、田舎者:中村修一、宿屋:内藤連        後見:高野和憲

「鈍太郎」
 鈍太郎;野村萬斎、下京の妻:深田博治、上京の女:高野和憲  後見:内藤連

 いつものように萬斎さんが切戸口から出てきて、演目の解説、トークと質問コーナーがありました。
 前日にマレーシア・クアラルンプールの公演から1泊4日の弾丸ツアーで帰ってきたばかりとのこと。1泊4日って??
 演目解説はさっさとやりましょうってことで、まず演目解説「磁石」の解説の中で、市場で「もてあそび」と言う言葉が出てきますが、子供のおもちゃのことです。とのこと、でも「もてあそぶ・・・いやらしいですね」と、いつもの脱線(笑)。「男が女をもてあそぶとはいいますが、女が男にするときはなんて言うんでしょうね」「かどわかすって言いませんか?」って、それは誘拐するってことじゃない。見所から「たぶらかすじゃない?」「もてあそぶでいいんじゃない」と言う声がチラホラ聞こえてましたが、なんかハッキリさせないままスルー(笑)。本人分かってないのかな。
 「鈍太郎」と「縄綯」は、お母様が大嫌いな演目だそうで、でも、最近の女性は強くなったから、笑い飛ばして観てくれます。と言ってました。一か月の半分を妻と妾の家に分ける場面で、前の15日と後ではどちらが得かが分かるよう、旧暦では大の月は30日、小の月は29日以下になるという話がありました。
 今年をやってきたことや、「のぼうの城」の公開で、あちこちに引っ張り出されて大変だったことなどの話もありました。
 さて、質問コーナーでは、最初に、今年やった「花子」の3パターンについて、演じてみてどうだったか。今年を振り返ってでは、「花子」のことが抜けてたんですよね。御本人いろいろありすぎて忘れちゃったのか(^^;)。
 「真の形」と「行の形」では、能『班女』に出てくる吉田少将に似せた装束で、心身ともにかなり制約を受けたとのこと。「行の形」では翁烏帽子に狩衣で格調高く、後半では全身白の装束で純度を増したけれども「『いつもの花柄の着物の方がよかった』と、言われちゃいました」ですって。私も「行の形」を観て、通常の「花子」の方がいいと書いたくちですが、翁烏帽子に狩衣、指貫姿や後半の白い装束は似合ってて素敵なんですけど、全体的に格調が高すぎて、硬い感じがしちゃいました。だから、いつもの方が面白かったなと。ところで、「草の形」についての話はなかったな。
 次の質問は、狂言を若い層に対してどうアピールしているか、というような質問。すぐに「にほんごであそぼ」について答えてましたが、子供は親ぐらいの歳が教えるのが良いが、若者向けには歳が近い方が良いので、若手の成長が望まれるというような話もありました。そして、マレーシア公演で、日本のイメージを聞いた時、昔ながらの「サムライ」や「フジヤマ」ではなく、今はアニメやゲームが主流になっていて、その時代やその場に合った感覚を持つことも大切というような話もしてました。
 最後の質問は、「のぼうの城」の田楽舞でお尻を出したのは、自ら進んでなのか、また、普段着用の下着の種類は、という質問。御本人「パンツの質問はしないでと言っておけばよかった」と苦笑い。田楽舞のシーンについては、ト書きに書いてあるので、自分から進んで出してるわけではありません」と、また、狂言師は基本的に肌は見せませんと、袴の裾をちょっとあげて、パッチをちらっと見せたり(笑)。パンツの種類は「ご想像におまかせします」と、かわしました。
 最後に、パンツの話でしめるのも何なので、と来年の予定について、そこで、9月にお芝居に出る予定があることを発表しました。でも、まだ詳細はシークレットだそうです。

「磁石」
 遠江の国の田舎者が上京する途中、近江の国の大津松本の市を見物していると、すっぱが言葉巧みに近付いてきて、田舎者を定宿に連れ込みます。実はこの宿の主人は人買いで、すっぱから田舎者を買う約束をしますが、この話を盗み聞きした田舎者は、先回りしてお金を受け取り逃げてしまいます。あわてて追いかけたすっぱが太刀を抜いて振り上げると、田舎者は機転を利かせて、自分は磁石の精だと名乗り、大口を開けて飲み込もうとします。驚いたすっぱが太刀を鞘におさめれば田舎者は力を失い、死んだふりをします。すっぱは太刀を供え呪文で生き返らせようとすると、田舎者は起きだして太刀を奪って、すっぱを追いかけていきます。
 若手の中村さんと内藤さんがしっかり丁寧に演じて、すっぱのベテラン石田さんが要となって〆てるという感じ。若手の二人は、まだ硬さはあるものの好感の持てる演技でこれからが楽しみです。

「鈍太郎」
 三年ぶりに西国から戻った鈍太郎は、早速妻と女のもとを訪ねますが、久しく音信すらなかったため、二人とも本物の鈍太郎とは信じず、別の男と結婚したと嘘を言って追い返してしまいます。落胆した鈍太郎は、出家して一人修行の旅に出ることを決心します。ところが、後から本当に鈍太郎が帰ってきたことを知った妻と女が、あわてて鈍太郎に出家を思いとどまるよう頼むと、鈍太郎は二人が自分を大事にしてくれれば思いとどまると言います。そして、一か月の半分ずつをそれぞれの家で過ごすことに決め、二人の手車に乗って意気揚々と引きあげていきます。
 本妻の深田さんとお妾の高野さんといういつもの配役で、古女房と若くて可愛いお妾さんというイメージが自然と湧いてきちゃうから不思議。萬斎鈍太郎も最初は見捨てられたと悲観したくせに、二人が止めにくると、いい気になって言いたい放題。出家を止めたいばかりに要求を飲んじゃう二人の女、大藏流だと妻はもっと反発するんですが、和泉流の方が、すぐ言うこと聞いちゃう感じ。鈍太郎の妻と妾に対するえこ贔屓っぷりが、何かやっぱり笑っちゃいます。いい気になっちゃってるけど、おバカそのもの(笑)。萬斎さんお得意の可愛らしいダメ男ですね。