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能楽鑑賞日記

2013年9月22日 (日) 喜多流職分会九月自主公演能
会場:十四世喜多六平太記念能楽堂 正午開演

『養老』
 シテ(老翁・山神):大島輝久
 シテツレ(男):友枝真也
 ワキ(勅使):御厨誠吾
 ワキツレ(従者):梅村昌功、野口琢弘
 アイ(山の神):野村太一郎
     大鼓:大倉慶乃助、小鼓:森貴史、太鼓:桜井均、笛:杉信太朗
        後見:高林白牛口二、金子匡一
           地謡:粟谷充雄、高林呻二、佐藤章雄、友枝雄人
               谷大作、大村定、出雲康雅、長島茂

「成上り」
 太郎冠者:野村万蔵、主:河野佑紀、すっぱ:野村太一郎

仕舞
「天鼓」 内田成信
     地謡:松井彬、大島政允、粟谷幸雄、笠井陸

「玉葛」 香川靖嗣
     地謡:佐藤寛泰、内田安信、塩津哲生、塩津圭介

『三井寺』
 シテ(千満の母):友枝昭世
 子方(千満):友枝大風
 ワキ(園城寺の住僧):宝生閑
 ワキツレ(従僧):工藤和哉、則久英志
 アイ(清水寺門前の者):野村萬
 アイ(三井寺の能力):野村万蔵
     後見:佐々木宗生、中村邦生
        地謡:佐藤陽、粟谷浩之、内田成信、佐々木多門
            金子敬一郎、粟谷明生、粟谷能夫、狩野了一

附祝言

 いつものように、自由席なので整理券を取るために並んで、配布の時間までには、能楽堂の前に3重の列ができてました。入場して席を確保してから食事をとってましたが、いつ頃からなのか、始まる前に解説が付くようになったようで、食事後に入ると解説途中でした。よく見るとプログラムにも15分から解説となってました。『養老』のシテの大島輝久さんが解説をされていましたが、開演30分前くらいに終わったし、解説を聞くと見どころなど勉強になるので、今度からは解説を聞いてから食事しようかと思いました。

『養老』
 美濃国の本巣郡にある、養老の滝付近に霊泉が湧き出たというので、勅使が確かめに向かいます。滝近くで、老翁親子に出会い、養老の謂れを問うと、若者がある時に、泉の水を飲んだところ、あまりに爽やかだったので、汲んで持ち帰り両親に飲ませたところ見違えるように元気になったと語り、勅使に泉の湧き出ている所を教え、薬の水の徳を讃えます。勅使は感激し、都に持ち帰り天皇に奏聞しようとすると、天空より音楽が聞こえ、花も降り養老の山神が現れます。そして、神も仏も名はかわっても、水と波の違いのように形が変わっているだけで、神仏同体であると述べて舞を舞うのでした。

 前場の老翁と勅使とのやり取りは、あまり動きがないので、時々意識が飛んでしまいました。すいません。アイの太一郎くんも神様で、養老の謂れを語りますが、面を掛けていて、声が伯父さんの万蔵さんにソックリでビックリしました。後場の山神様は若くて勢いがある山神様という感じで素敵でした。

「成上り」
 太郎冠者は、初寅で鞍馬参りをする主人の太刀を持って供をしますが、籠り眠っている間にすっぱが近づき、太刀を青竹にすり替えてしまいます。翌朝、太刀が無いことに気付いた太郎冠者は、主人に様々な物が成上る話をして、また熊野の別当の蛇太刀(くちなわだち)(別当が忘れ置いた太刀が余所者の目には蛇に見えて太刀だと気付かれずに済んだという)の話を引いてごまかそうとしますが、叱られてしまいます。二人は太刀を盗んだすっぱを捕えようと待ち伏せていると、そこにすっぱが現れ、捕えますが、太郎冠者はすっぱを縛る縄をおもむろに綯いはじめ、最後はすっぱを羽交い絞めにしている主人を間違えて縛ってしまい、すっぱに逃げられてしまいます。

 万蔵さんが、とぼけた太郎冠者の役がすごく似合っていて大笑いでした。主人に、太刀が青竹に成上ったと、とぼけた言い訳をしたり、早く縄を持ってこいと言われれば、おもむろに縄を綯い始めるし、綯っている途中ですっぱに蹴られてコロコロ転がるし(笑)。後ろから縛れと言われれば、主人を縛っちゃうし、まあ、そのとぼけっぷりといったら大笑いです。
 主人役の河野佑紀さんは、今まで立衆とかでは観たことがありますが、重要なアド役は初めて観ました。なかなか堂に入った主人役で良かったです。今後も楽しみ。

『三井寺』
 人買いにさらわれた子供を探して母親が京都の清水の観音に籠って祈念すると、三井寺(園城寺)へ行けという夢のお告げを受けます。夢占いの男の判断も吉だったので母親は喜んで近江の三井寺に向かいます。
 三井寺では、住職たちが稚児を連れて十五夜の月見をして、興に乗って能力が小舞など舞っていると、女物狂いがやってきます。母親は我が子を思うあまり狂乱して三井寺に着き、能力の撞く鐘の音に引かれて鐘楼に近づき、咎められると古詩を引いて許しを求め、自ら鐘を撞いて戯れます。また興奮がおさまると、静かに澄み渡る琵琶湖の夜景を心行くまで眺めて時を過ごします。そのうち月見の席の稚児が、この狂女が自分の母親であると気付き、住僧の引き合わせで親子は再会し、狂気も直って連れ立って郷里へ帰って行きます。

 地謡と囃子方が位置につくと、すぐにシテの友枝さんが現れます。囃子はなく、静寂の中、静々と愁いを帯びた様子で橋掛かりを歩き、正面に座って手を合わせ清水の観世音に祈るまで静寂が続き、やっと囃子が穏やかに入ります。このシテの出は珍しく(三井寺はいつもそうなのかもしれませんが、他の曲ではあまり見ません)、静寂が印象的でした。三井寺に行くように霊夢があったと、萬さんの門前の男を呼んで夢占いをしてもらうと、吉と出たので、母親は我が子に会える希望を持って旅立ちます。萬さんの門前の男も穏やかな落ち着いた雰囲気で良いです。

 中入り後、鐘楼の作り物が目付柱そばに置かれます。高い櫓に可愛らしい鐘が下がっていて撞木(鐘つき棒)に細長い布が付いています。三井寺専用の作り物のようです。
 三井寺の僧たちを従えて現れる稚児さんは、友枝大風くん。子供の成長は早い、前に見た時より大きくなって、演技もしっかりしてきた感じがしました。

 万蔵さんの三井寺の能力は、ちょっととぼけた雰囲気で月見の余興に小舞など舞ってみせたり、鐘つきの鐘の音は狂言の「鐘の音」みたいに声で表現。物狂いが来たというので、呼び入れようと言うと僧たちに断られ、それでも結局自分が見たいからと、道をあけて狂女を通すように言ってしまったり(笑)。

 後場の物狂いになった母親は、笹を持って橋掛かりをスススっと一の松あたりまで、前場とは違って滑るような速足で出て来ました。物狂いで、どこか心ここにあらずという感じに見えます。鐘を撞く時に撞木についた長い布を引くことで鐘つきを表現します。

 母親だと気付いた大風くんの稚児のしっかりした台詞の謡い。再会を果たした母が子の背に優しく手を添える姿、母の思いがじんわりと伝わってきました。
2013年9月20日 (金) 国立能楽堂開場30周年記念公演[四日目]狂言の会
会場:国立能楽堂 13:00開演

「夷大黒」
 大黒:三宅右矩、長者:三宅右近、夷:三宅近成
    笛:栗林祐輔、小鼓:森貴史、大鼓:佃良太郎、太鼓:大川典良

「通円」
 通円の霊:茂山正邦、旅僧:茂山千五郎、所の者:茂山逸平
    笛:成田寛人、小鼓:田邊恭資、大鼓:大倉栄太郎
      地謡:丸山やすし、茂山七五三、茂山茂、島田洋海

「八尾」
 閻魔大王:野村又三郎、罪人:井上松次郎
    笛:栗林祐輔、小鼓:森貴史、大鼓:佃良太郎、太鼓:大川典良
      地謡:大塚出、三宅右矩、三宅右近、三宅近成

「祐善」古式
 祐善の霊:大藏千太郎
 旅僧:善竹十郎
 従僧:善竹富太郎、善竹大二郎
 所の者:大藏基誠
    笛:成田寛人、小鼓:田邊恭資、大鼓:大倉栄太郎
      地謡:榎本元、大藏教義、大藏吉次郎、宮本昇

「老武者」
 祖父:野村萬斎
 三位:石田幸雄
 稚児:金澤桂舟
 宿屋:深田博治
 若衆:中村修一、内藤連、岡聡史
 祖父:月崎晴夫、高野和憲、竹山悠樹、破石晋照
    笛:栗林祐輔、小鼓:森貴史、大鼓:佃良太郎、太鼓:大川典良
      地謡:奥津健太郎、佐藤融、野村又三郎、井上松次郎、野口隆行

 30周年記念公演ということで、狂言の会もシテが面をかけ、囃子が入るという珍しい演目の5番立でした。

「夷大黒」
 河内の国交野(かたの)の郡に住む長者が比叡山の三面の大黒天にお参りに行き、西宮の夷三郎殿へ参詣しなさいという霊夢を見ました。そこで西宮に詣でると、家に夷を勧請するようにというさらなる告げを得ます。そこで長者は急ぎ家に帰り、注連縄を張って神々を勧請します。すると大黒と夷が姿を現し、神の由来を語り、めでたく舞を舞って長者に宝を授けたのでした。
 祝儀物のおめでたい演目。夷と大黒がめでたく舞を舞って長者に宝を授けて帰っていくという話。シテ柱と目付柱に端を縛って注連縄を張ります。夷と大黒の三宅兄弟が現れますが、面をかけていてもよく通るいい声、右矩さんは、いつもは声がちょっと割れたような感じで聞きづらかったりするのだけれど、面をかけてるとかえってそんな感じが無くていいみたい。大黒のハコビは歩く時も舞う時もチョコチョコ歩きのような細かい足捌きだったのがちょっと面白かった。

「通円」
 旅の僧が宇治の平等院を訪れ、宇治橋そばの茶屋の仏前にお茶が供えられているのを見かけた僧は、不思議に思って宇治の里に住む男に謂れを尋ねます。男の話では、その昔、通円という茶屋坊主が宇治橋が完成した時の供養の際に、大勢のお客にお茶を点てすぎて、ついに死んでしまったというのです。そして、今日がその通円の命日と聞いた僧が弔いをすると、通円の亡霊が現れて、お茶を点てすぎて命を落とした有様を語り、さらに弔いを頼んで消え失せていきます。
 能『頼政』のパロディ、能の様式に則った「能がかり」の曲ですが、謡も『頼政』の謡をパロディにしてるので、三百騎の敵が攻めてきたのを、三百人の客が押し寄せてきたことに変えて茶を点てて奮闘する様子を、茶碗や柄杓を太刀に見立てて、仕方語りにするのが笑えます。それにしても茂山家の人たちは声が大きくてよく通る。

「八尾」
 亡者があの世の入口、六道の辻にやってくると、地獄の閻魔大王が、近頃人々が賢くなって仏を信心するようになり地獄が飢餓になってしまったと言い、六道の辻で罪人が通ったら地獄へ連れて行こうとやってきます。人臭いと言って亡者を見つけた閻魔は、亡者を地獄へ落そうと責めるのですが、亡者は八尾の地蔵から閻魔へ宛てた文を差し出します。地蔵の文には、この男は八尾の地蔵の檀那又五郎の小舅で、又五郎は地蔵に多くの寄付をしたり、月詣をしてくれる檀那なので、その小舅を極楽浄土へ送って欲しいと書かれていました。閻魔の告白では、昔、閻魔は美貌の地蔵と恋愛関係にあったらしく、結局、地蔵の要望に応えて亡者を極楽浄土へ送り届け、自分は一人で地獄へ戻るのでした。
 亡者も空吹の面をかけて登場、井上松次郎さんの亡者はずいぶんと恰幅がいい。ここでも情けない閻魔大王の登場。狂言では、いつも閻魔大王は亡者にやられっぱなしですが、なんと、ここでは閻魔が八尾の地蔵と恋仲だったと衝撃の告白(笑)。地蔵は女だったのかと思いきや、「文荷」にもある中世にはよくあった美しい少年との恋愛だったみたいです。
 又三郎さんの閻魔は声はドスが聞いてて迫力があるのに、段々情けなくなってくるのが面白い。亡者に服装がショボイのをつっ込まれたり、床几から突き落とされたり、恋人のお願いを無碍にも出来ず、最後はため息ついてトボトボと一人で地獄へご帰還。閻魔さんもお気の毒。今日は、この演目が一番笑えましたね。

「祐善」古式
 若狭の国轆轤谷(ろくろだに)の僧が都を一見しようと、都五条の油小路に着きます。時雨にあってそばの庵で雨宿りをしていると、老人が現れ、ここは祐善が建てた庵で、雨が溜まらない場所だと不思議なことを言います。僧が名を尋ねると、弔いをしてほしいと言って、消え失せてしまいます。僧があたりの男に尋ねると、祐善は傘張りの仕事をしていたけれど、あまりに傘張りが下手で、ついに傘を張り死にしてしまったということでした。今日が祐善の命日だというので僧が供養していると、祐善の亡霊が傘を肩にして現れ、傘を張り死にした最期の有様を語り、僧の弔いで成仏したと謡い舞って消えていきます。
 古式ということで、ワキツレの従僧が二人ついて、さらに「能がかり」になります。大真面目にやればやるほど馬鹿げた内容ですが、内容が分からないと難しいかも。

「老武者」
 曽我の里に住む稚児とその三位が鎌倉見物の途中、相模の国藤沢の宿に泊まります。すると若者たちが美しい稚児の宿泊を聞きつけ、お盃をいただきたいと宿を訪れ、宿の主人に取次を頼みます。しかし、三位に断られてしまったので、若者たちは稚児の座敷に押しかけて、宴会を催します。そこへ、一人の祖父(おおじ)が自分も加わりたいとやってきますが、宿の主人や若者に追い返されてしまいます。舞ったり謡ったり宴会は盛り上がりますが、先ほどの老人が仲間を率いて長道具を持って押し寄せ、それを知って用意をして待ち構えた若者たちと合戦になります。しかし、最後は三位にいなされて若者は勢を引き、稚児を手車に乗せて、老人たちも帰っていきます。
 若手も世代交代で、竹山さんや破石さんも老人グループになっちゃったんですね。子方も裕基くんはちょっと大きくなっちゃったから、金澤桂舟くんという小学生くらいの子が稚児役です。
 ダメだと言うのに座敷に押しかける若者グループも強引ですが、断られた腹いせに武器を持って仲間と押しかける老人もどうかと思います(笑)。争うものの、結局、老人は労わらなくてはと、若者が引いて仲良く去っていくのが、狂言らしいです。
 後場で長刀に武者装束で出て来る萬斎さんは「我が魂・・・」の老武者役を彷彿とさせますが、前場での老人は頭巾から出ている黒々とした髪がちょっと違和感でした。

 この日も山本東次郎さんが観にいらしてました。東次郎さんは開場30周年記念の特別企画で12月に「釣狐」をされるようです。
2013年9月17日 (火) 国立能楽堂開場三十周年記念公演[三日目]
会場:国立能楽堂 13:00開演

『鶴亀』曲入(宝生流)
 シテ(皇帝):近藤幹之助
 子方(鶴):?橋希
 子方(亀):和久凛太郎
 ワキ(臣下):福王茂十郎
 ワキツレ(臣下):福王和幸
 ワキツレ(臣下):福王知登
 ワキツレ(臣下):村瀬提
 ワキツレ(臣下):村瀬慧
 アイ(官人):野村又三郎
      笛:一噌庸二、小鼓:大倉源次郎、大鼓:山本哲也、太鼓:三島元太郎
        後見:宝生和英、金井雄資、東川光夫
          地謡:和久壮太郎、小倉伸二郎、大友順、?橋亘
              佐野由於、?橋章、大坪喜美雄、朝倉俊樹

『羽衣』舞込(喜多流)
 シテ(天人):友枝昭世
 ワキ(漁夫白龍):宝生欣也
 ワキツレ(漁夫):大日方寛
 ワキツレ(漁夫):御厨誠吾
     笛:一噌仙幸、小鼓:林吉兵衛、大鼓:亀井忠雄、太鼓:観世元伯
       後見:香川靖嗣、塩津哲生、中村邦生
         地謡:内田成信、友枝雄人、狩野了一、金子敬一郎
             長島茂、出雲康雅、粟谷能夫、粟谷明生

「庵の梅」
 老女:野村萬
 里の女:野村万蔵
 里の女:野村万禄
 里の女:小笠原匡
 里の女:炭光太郎
 里の女:野村太一郎
     笛:一噌仙幸、小鼓:林吉兵衛、大鼓:亀井忠雄、太鼓:観世元伯
       後見:佐藤友彦、佐藤融
         地謡:野口隆行、野村又三郎、井上松次郎、奥津健太郎

半能『石橋』大獅子(観世流)
 シテ(白獅子):観世銕之丞
 ツレ(白獅子):片山九郎右衛門
 ツレ(赤獅子):観世喜正
 ツレ(赤獅子):梅若猶義
 ワキ(寂昭法師):宝生閑
     笛:松田弘之、小鼓:幸清次郎、大鼓:柿原崇志、太鼓:小寺佐七
       後見:梅若玄祥、清水寛二、浅見慈一
         地謡:長山桂三、野村昌司、馬野正基、柴田稔
             西村高夫、浅見真州、野村四郎、浅井文義

『鶴亀』曲入
 玄宗皇帝に仕える官人が、皇帝の月宮殿行幸(げっきゅうでんぎょうこう)のことを一同に触れます。荘重な囃子が演奏され、皇帝が大臣たちを従えて登場し、一年の節会の事始めとして、日月を拝礼します。臣下一同は皇帝を拝礼して、その宮殿をたたえます。つづいて毎年の例となっている鶴と亀の相舞が舞われ、皇帝の長寿がたたえられ、皇帝は大いに喜んで自らも舞を舞ったのち、長生殿へ還御します。

 長寿の象徴、鶴と亀の舞で、新年を寿ぐめでたい能です。大小前に引立大宮(屋根のついた一畳台)が皇帝の玉座として置かれます。
 アイの官人、又三郎さんが登場して一同に皇帝の行幸を触れると、宝生流の重鎮近藤幹之助さんがシテの皇帝で登場します。さすが皇帝、従う臣下の数が多い。福王流のワキ方がこんなに舞台に並んだのは初めて観ました。ワキ方の臣下が堂々としているのに対してシテの皇帝は、細くて小柄、品格はあるけれど、お歳を召してらっしゃるので、ちょっと猫背ぎみで足元が不安定なのが気になりました。
 鶴亀は亀さんが小さい子方コンビで一生懸命舞って可愛らしかったですが、相舞はちょっとドキドキ。
 小書の曲入(くせいり)は宝生流にだけある小書だそうで、<クリ・サシ・クセ>が付き、シテが地謡に合わせて舞を舞います。

『羽衣』舞込
 漁師の白龍が三保の松原に他の漁師たちと釣りに出て、春霞のたなびく朝の景色を愛でていると、空から花が降り、音楽が聞こえ、芳しい香りが漂ってきます。その時、白龍は松の枝にかかっている美しい衣を見つけ、家に持ち帰ろうとしますが、そこへ美しい天人が現れます。天人は「それは天人の羽衣で、それがないと天上へ帰れないので、どうか返してほしい」と嘆き悲しみます。
 その姿をいたわしく思った白龍は、羽衣を返す代わりに天人の舞楽を舞ってほしいと願います。天人は承諾しますが、白龍は「羽衣返したら、舞わずに天へ帰ってしまうのではないか」と疑い、それを聞いた天人は「疑う心は人間にだけあるもの。天に偽りはないのです」と答えます。
 天人は羽衣を身にまとうと、優美な舞を舞い、宝を降らしながら国土円満を言祝いで、富士の高嶺へと舞い上がると、やがて春霞にまぎれて消えて行くのでした。

 正先の松の立木に掛けられた羽衣はクリーム色っぽい舞衣で、腰巻にした縫箔もクリーム色で合わせていました。友枝さんは天女にピッタリ。今日の舞もうっとりするほど美しかった〜。舞込の小書で最後に天に上る時も橋掛かりで衣の袖を被き、くるくると回って後ろ向きに幕入りする姿は本当に優雅で美しい。

「庵の梅」
 早春の梅花咲くころ、住吉の里の女たちが、老尼・お寮の庵の庭に咲いた梅を愛でるため、訪ねてきます。大勢の来訪者に喜ぶお寮は、女たちとともに、見事な梅の花見を始め、女たちが和歌を記した短冊を梅の枝に結ぶと、酒宴となります。女たちが舞を舞うと、お寮も昔を懐かしみながら舞を舞い、やがて日が暮れると、女たちは名残を惜しみながら暇を乞います。お寮は土産に梅を一枝ずつ贈り、彼女たちを一人見送るのでした。

 梅の立木の作り物が目付柱近くに置かれ、藁屋根の庵が大小前に置かれます。藁屋根にも梅の枝が挿してありました。里の女たちが訪れて庵の中から萬さんの老尼・お寮が現れますが、引廻しを下していくのに、なかなか姿が現れないくらい小さい老尼。可愛らしいけれど、教養があって品のいい老尼という感じが萬さんらしい。春の梅見の様子を抒情的に味わい深く演じてとても素敵でした。
 今日は、山本東次郎さんが、萬さんの「庵の梅」を観にいらしてました。

半能『石橋』大獅子
 寂昭法師が唐・天竺に渡って、仏寺や霊地を回り、中国の清涼山に着き有名な石橋を渡ろうとします。その石橋は、幅1尺(約30cm)足らず、長さは3尺(約9m)あまり、苔で覆われ滑りやすく、谷底までは千丈(約3千m)もあります。
 そこに霊獣・獅子4頭が現れ、山一面に芳香をはなって咲く牡丹に戯れ、豪壮な舞を舞って、千秋万歳を言祝ぎます。

 白獅子が2頭に赤獅子が2頭登場する珍しい演出で、白牡丹の立った一畳台と赤牡丹の立った一畳台が正先に並べて置かれ、大小前に紅白の牡丹が乗った山が置かれます。
 獅子は初めに1頭の白獅子と2頭の赤獅子が登場して豪壮に舞を舞い、後から山の中からもう1頭の白獅子が現れます。体格の違いで、後から出てきたのがシテの銕之丞さんの白獅子だと、すぐ分かりますww。九郎右衛門さんの白獅子は親獅子でも身軽でキレの良い動き、銕之丞さんの白獅子は貫禄と重量級の迫力で迫ってきます。
 舞台と橋掛かり、一畳台の上と4頭の獅子が所狭しと勇壮に舞う姿は迫力もの!なんとも賑やかで、かっこよく楽しかった。
2013年9月11日 (水) 東京能楽囃子科協議会9月夜能
会場:国立能楽堂 17:30開演

舞囃子
「放生川」(観世流)谷村一太郎
      笛:藤田朝太郎、小鼓:住駒充彦、大鼓:國川純、太鼓:観世元伯
        地謡:坂口貴信、清水義也、藤波重彦、岡久広、浅見重好

「源氏供養」(喜多流)粟谷明生
      笛:栗林祐輔、小鼓:住駒匡彦、大鼓:亀井忠雄
        地謡:塩津圭介、大島輝久、内田成信、長島茂、狩野了一

「現在七面」(観世流)観世芳伸
      笛:寺井宏明、小鼓:鳥山直也、大鼓:高野彰、太鼓:三島元太郎
        地謡:坂口貴信、清水義也、藤波重彦、岡久広、浅見重好

一調「松虫」(観世流)岡久広
      小鼓:鵜澤洋太郎

「萩大名」
 大名:大藏彌太郎、亭主:大藏千太郎、太郎冠者:大藏基誠

『枕慈童』
 シテ(童子):友枝昭世
 ワキ(帝臣):殿田謙吉
 ワキツレ(従臣):大日方寛、御厨誠吾
      後見:中村邦生、友枝雄人
         笛:一噌庸二、小鼓:幸正昭、大鼓:柿原崇志、太鼓:小寺佐七
           地謡:佐々木多門、粟谷浩之、内田成信、大島輝久
               金子敬一郎、長島茂、粟谷明生、狩野了一

 休憩前に舞囃子3番と一調。能では観たことのない曲でしたが、「放生川」ではシテがちょっと謡いに詰まって地謡からプロンプが入るという珍しいことがありました。舞囃子では「源氏供養」の粟谷明生さんの舞が優雅で美しく、また、一調「松虫」の岡さんの声がとても良くて、鵜澤さんの小鼓の音も良かったです。

「萩大名」
 長らく在京している田舎の大名が、太郎冠者の勧めで下京にある宮城野の萩が盛りの庭を見に行くことにしますが、庭の亭主は風流者で必ず和歌を所望するので、和歌のたしなみのない無骨な大名は、太郎冠者が聞き覚えの「七重八重九重とこそ思ひしに 十重咲きいづる萩の花かな」という歌を教えてもらいます。しかし、これも覚えられない大名のために扇の骨の数で「七重八重」、萩は脚の脛(はぎ)によそえてカンニングのサインを決めて出かけます。大名は庭に着くと梅の古木や庭石などをみて失言を重ね、歌を詠むことになると、太郎冠者のせっかくのサインもなかなか通じず、あきれた太郎冠者は途中で姿を隠してしまいます。あわてた大名に、亭主が末句を催促しますが、どうしても出ず「太郎冠者の向う脛」と付けて亭主に叱られ、面目を失ってしまいます。

 如何にも田舎大名風の彌太郎さんがいい味を出していて、利発そうな基誠さんの太郎冠者、風流者風な千太郎さんの亭主と、それぞれの持ち味に合った配役で面白かったです。

『枕慈童』
 漢の皇帝の臣下が南陽のてつ県山から流れ出る薬の水の源を見てくるよう命を受け、山に入って、岸に沿って水上を尋ねるうち、庵の中に美しい童子を見つけます。素性を問うと、名を慈童といい、ある日誤って皇帝の枕の上を越えた罪によってここに流され、その時、帝に賜った枕に記された妙文を菊の葉に写して水に浮かべると、それがたちまち薬の水となって八百歳の齢を保ったと語り、その枕を示します。そして、舞楽を奏して勅使を慰め、玉の水瓶に薬の水を汲んで奉るのでした。

 正先に出された一畳台には前方左右の角に色とりどりの菊の花束が立ててあり、大小前に藁屋根の庵の作り物が置かれます。
 慈童は白地に菊の花の縫箔に肩脱ぎにした鮮やかなオレンジの袷法被、金の細かい亀甲柄の大口。
 友枝さんの慈童は、若く美しく清雅な少年。一畳台の上に置かれた枕を恭しく抱えて拝み、菊の花を取って舞う姿は本当に気品があって美しく、ずっと見ていたい気持ちでした。深山に一人、八百年の孤独を生きながら、帝の枕を崇める慈童は幸せなのかもしれない。