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能楽鑑賞日記

2013年10月27日 (日) 萬狂言秋公演
会場:国立能楽堂 14:30開演

解説:小笠原匡

「長光」
 いたずら者:野村万蔵、田舎者:野村虎之介、目代:野村萬

「狐塚」
 太郎冠者:野村万禄、主:野村祐丞、次郎冠者:小笠原匡

「二人袴」
 聟:野村拳之介、舅:野村萬、太郎冠者:野村太一郎、親:野村万蔵

「長光」
 初めて上方見物に行く坂東方に住む男が、上方に届けてくれと頼まれた太刀(長光)を持って向かい、途中で名古屋の熱田神宮を過ぎ、琵琶湖までやってきます。そして琵琶湖の大津松本の賑やかな市に興味をひかれ見物することにします。そこへ、市の人出を狙って盗みを働こうといたずら者がやってきて、この田舎者が持っている太刀を巧みに自分の物にしようとします。それに気づいた田舎者と争いになり、所の目代が仲裁に入って、太刀の国や作者、特徴を聞くと、いたずら者も盗み聞きして同じように答えるので、田舎者は自分の声が大きいので、聞かれているらしいと気付き、目代に囁いて聞こえないように答えます。すると、さすがに答えに窮し、二人がいたずら者の着ているものを剥ぎ取ると、背中には盗品の数々が括り付けてあり、逃げだす盗人を追いかけます。
 まず、田舎者で登場した万蔵さんの長男虎之介くん。今年17歳ですが、暫く見ていない間に随分背が高くなって、髪も短く、すっかり青年という感じになっていたので、びっくりしました。親子三代共演ですが、虎之介くんは若いので、硬さはあるものの今後の成長が楽しみです。萬さんの貫禄の目代と、いかにもいたずら者風の万蔵さんがしっかりサポートしてました。

「狐塚」
 主人は太郎冠者に、狐塚にある田に行って群鳥を追い払うように言います。太郎冠者は、狐塚には狐がいて化かすので嫌だと断りますが、狐などいないと主人にたしなめられ、しぶしぶ田へ行きます。鳴子で鳥を追い払い、日が暮れた頃になると、次郎冠者と主人が次々に見舞いにやってきますが、太郎冠者は狐が化けていると思い、二人を縄で縛ってしまいます。太郎冠者は、狐の嫌がる松葉をたいても正体を現さないと、鎌で皮を剥いでやると脅すので、隙をみて縄を解いた次郎冠者と主人は、太郎冠者を驚かし、やっと狐ではないと気付いた太郎冠者は許してくれと言いながら逃げていきます。
 どうしても、狐塚には狐が出て化かすと信じているビビリな太郎冠者が、騙されまいと反撃に出て大失敗な話。暗くなったので、お酒を持って見舞いに来た次郎冠者と主人は縛られておまけに皮を剥がされちゃ大変。おっとりとした祐丞主人と気が利く小笠原次郎冠者にちょっとおマヌケな万禄太郎冠者でした。

「二人袴」
 先日、大蔵流の「二人袴」を観たばかりなので、違いが分かりやすかったです。万蔵さんの次男拳之介くん(14歳)が聟役で、こちらも親子3代に従妹の太一郎くんも入って万蔵一家揃っての出演。拳之介くんは裕基くんと同い年だと思うけれど、声変わりが済んだのか少し太い声に落ち着いたような感じがしました。若々しく、まだ幼さが残る聟さんということで、昔は実際も10代の聟さんの聟入を描いたのかなと思いますが、やっぱり大蔵流の方がより子供っぽい。和泉流では、最初に近所の子供たちと遊んでたり、人形や犬が欲しいとねだる場面は無いし、大蔵流では、聟が夫婦仲が良い証拠に「最近、おごう(妻)は青梅を好きます」という台詞はありません。一枚の袴を二枚に裂くのも、大蔵流では二人で取り合って裂けてしまうのに、和泉流では親が裂くことを思いついて裂きます。他にも動きや台詞に違うところが色々ありますが、私は、どちらかというと、和泉流の方が好きですね、大蔵流の聟さんは子供っぽすぎるというより、まだ子供って感じがしますから。
 拳之介くんの聟さん、可愛かったです。今年23歳の太一郎くんは、落ち着きが出てきて太郎冠者役も板についてきました。親の万蔵さん、舅の萬さんとも可愛い聟さんを気遣う優しさが滑稽でもあり、またほのぼのとあったかくて良かったです。
2013年10月25日 (金) 四世忠三郎三回忌追善公演「忠三郎狂言会」
会場:国立能楽堂 18:45開演

「二人袴」
 聟:茂山良暢
 兄:大藏千太郎
 舅:大藏吉次郎
 太郎冠者:大藏教義
   後見:大藏彌太郎、安藤慎平

「盆山」
 男:善竹富太郎、有徳人:大藏基誠      後見:吉田信海

「素襖落」
 太郎冠者:茂山良暢
 主:善竹大二郎
 伯父:善竹十郎
   後見:石倉昭二、山口耕道

追加

 忠三郎さんが亡くなって三回忌になるんですね。今春、良暢さんはご結婚されたそうです。忠三郎狂言会に毎回出ていた千作・千之丞さん、そして忠三郎さんも次々と亡くなって、もう、あの御三方の共演が観られないと思うと寂しいかぎりです。忠三郎家もまだ若い良暢さんが後を継ぐことになって、大変でしょうが、成長著しく、大蔵流各家の協力も得て盛り立てていってくれることと期待しています。

「二人袴」
 婿入りをする弟が一人で行くのは恥ずかしいからと、兄についてきてくれるように頼み、舅の家に着くと、袴をはかせてもらい、門前で待っていてくれるよう兄に念を押して、舅と対面します。太郎冠者が兄に気付き、外に兄がいることを知った舅は太郎冠者に呼びにいかせようとしますが、それを制して弟が呼びに行きます。しかし、袴が1枚しかないので、兄はしかたがないので弟の袴をはいて舅に挨拶します。すると弟の姿が見えないと舅が言い出すので、兄は慌てて弟に袴をはかせて入れると、今度は二人揃って来て欲しいと言われ、二人で袴を取り合ううちに袴が裂けてしまいます。そこで各々裂けた袴を前だけにあててごまかし、中に入ります。二人は後ろを見られないよう注意していますが、酒宴となり舞を所望されて、舅と太郎冠者の目をなんとか逸らしながら舞いますが、舅とともに三人で舞ううちに、太郎冠者に見つかって、二人は恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいます。
 和泉流では、いつも親子でしか観たことがありませんが、大蔵流では配役によって親子ではなく兄弟というのもよく観ます。それに聟さんが和泉流より子供っぽい感じで、最初に兄に呼ばれて登場すると、近所の子供たちと遊んでいたと言ったり、欲しい物を買ってくれたら婿入りをすると言ったり、それも人形だとか犬だとか(笑)。幼い聟さんが強調されます。
 良暢さんの聟さんがなんとも大らかで可愛いです。千太郎さんの兄も優しそう。ずっと長袴でチョコチョコ歩きの聟さん。兄弟で前だけの袴をはいて舅の前に出る時に後ろを見られないよう横歩きして出て来るところも笑えます。和泉流とは台詞も仕草も色々違うところがあって、それはそれで、また違う面白さがあって、楽しかったです。

「盆山」
 盆山をたくさん持つ人に、いくら頼んでも一つもくれないので、男はこっそり盗みにやってきます。垣根を破って侵入し、盆山を物色しているところを主人に見つかった男は、盆山の陰に隠れますが、盗人が顔見知りだと気付いた主人は、なぶってやろうと、猿だ、犬だと言い、盗人はそのつど鳴きまねをしますが、次に鯛だと言われて、開いた扇を背中に立てて鯛のヒレの真似をし、「タイタイ」と鳴きながら逃げて行きます。
 盆山というのは盆栽のことかと思っていたのですが、もっと大がかりで、盆の上に石や砂などで風景をかたどった置物で箱庭のようなものなのだそうです。でも人が隠れられるようなものではなくて、丸見えなのに一生懸命誤魔化そうとするのが、なんとも間が抜けててバカらしいし、そこがオーソドックスな狂言らしい曲です。でも、最近あんまり観てなかったなあと久々に観たような気がします。
 富太郎さんがまん丸な目を見開いて、なんともトボけた雰囲気、物知りげで、ちょっと意地悪な基誠さんの主人と良いコンビでした。鯛が「タイタイ」と鳴くか(笑)。

「素襖落」
 急に伊勢参りに行くことにした主人は、前からの約束があったので、一応伯父を誘っておこうと太郎冠者を使いにやることにします。そして、餞別でももらうと土産物がたいへんだから、伯父に聞かれてもまだ供は決まっていないというようにと命じます。しかし、太郎冠者は伯父の家で酒を振る舞われ、餞別に素襖までもらって、上機嫌で帰路に着きます。迎えに出ていた主人の前で、酔った太郎冠者は調子に乗って謡を謡い、動き回るうちに、隠していた素襖を落としてしまいます。それを拾った主人はあたりを探し回る太郎冠者をからかい、その目の前に素襖を突き付けます。慌てて主人から素襖を取り戻した太郎冠者は、主人に叱られて逃げて行きます。
 和泉流だと、最後は素襖を持ち去る主人を太郎冠者が追いかけていきます。
 良暢さんが、幼い聟さんとはガラッと変わって、ノンベエな太郎冠者。酔っ払いぶりがなかなか堂に入ってました(笑)。大二郎さんもまだ若いのにちょっと主人らしい貫禄が出てたし、十郎さんの伯父はさすがに巧い。

 今回は、どれも狂言らしい軽妙で楽しい曲ばかりでした。良暢さんも大蔵流各家の先輩たちに温かく支えられ、さらに精進されることと思われ、これからが楽しみです。
2013年10月19日 (土) 狂言ござる乃座48th
会場:国立能楽堂 13:00開演

「入間川」
 大名:石田幸雄、太郎冠者:内藤連、入間の何某:竹山悠樹    後見:中村修一

「隠狸」 太郎冠者:野村萬斎、主:野村万作      後見:飯田豪

素囃子「安宅」瀧流
   大鼓:大倉栄太郎、小鼓:曽和正博、笛:藤田六郎兵衛

「石神」
 夫:野村萬斎、妻:高野和憲、仲裁人:深田博治    後見:岡聡史

「入間川」
 長く在京した遠国の大名が訴訟に勝って、太郎冠者とともに帰国の途につきます。途中大きな川に出たので、対岸の男に川の名を聞くと入間川、在所も男の苗字も入間であると言われ、さらに渡り瀬を尋ねると、上流にあり、ここは水深が深いと教えられます。すると大名は突然に川を渡り、深みにはまって、ずぶ濡れになって引き上げられます。立腹した大名は、入間には昔から入間様と言って、逆言葉を用いる習慣があり、深いというのは浅いことと思って渡ったと言って成敗しようとします。すると男は「あら心安や」と入間様を使って喜ぶので、大名も面白がって逆言葉のやりとりを楽しみ、扇や太刀、素襖袴も与えてしまいますが、最後にはうまく入間様を利用して品物を取り返し逃げてしまいます。
 石田さんの大名はやっぱり安定していて安心。竹山さんの入間の何某役は初めて観る気がするけれど、竹山さんも貫禄が出てきて、石田さんとのやりとりもちょっと曲者感があって面白い。内藤さんの太郎冠者も初めて、台詞の時にちょっと持っている太刀が揺れたのが気になったけれど、台詞も堂々と声も良いのが気持ちいい。石田さんの大名が逆言葉を無邪気に楽しんでいるように見えて、最後はしっかり取り返すところなど、してやったりという感じ、役者が一枚上手(笑)。

「隠狸」
 太郎冠者が狸を釣っているという情報を得た主人は、呼び出して問いただしますが、太郎冠者が強く否定するので、狸汁を馳走しようと客人たちを呼んでいると言って、市に行って大狸を求めてくるよう命じます。実は太郎冠者は昨晩も大狸を釣っており、迷ったものの狸を売りに市まで行くことにします。一方の主人も、太郎冠者に酒を飲ませて真相を白状させようと酒を持って市に出かけます。やがて太郎冠者が現れ、大声をあげて大狸を売り始めますが、主人に声をかけられ、狸を隠して、売るのではなく買いに来たのだと苦しい言い逃れをします。続いて酒を振る舞われ、最初は困惑する太郎冠者ですが、興に載って舞を舞ううち主人に狸を見つけられ取り上げられてしまいます。目の前に狸をつきつけられた太郎冠者は、もはや言い逃れできなくなって逃げ出してしまいます。
 脱力系の万作家の狸のぬいぐるみが相変わらず可愛い(^^)。チラシやプログラムのデザインになっていた48人の萬斎さん、(AKB48ならぬGZR48)よく見ると腰にこの狸さんがぶら下がっていました(笑)。
 狸を見られまいと慌てて隠す太郎冠者と白状させようとする主人の攻防は、お酒の誘惑に弱い太郎冠者があえなく主人の策にはまってしまいます。
 元気な萬斎太郎冠者ですが、お酒を飲んで酔っ払ってても舞は美しく、万作主人の舞は「兎」も格調高く感じられました。

「石神」
 大酒飲みの夫に愛想をつかした妻が離縁して親里に戻ると言い出したので、困惑した夫は仲人に仲裁を懇願して、禁酒を誓います。やがて仲人のところに妻が訪ねてきたので、仲人は離縁を思い留まるよう諭しますが、妻は我慢の限界と答えます。そこで仲人は、霊験あらたかな出雲路の夜叉神に参詣して石神に占ってもらうよう勧め、人目を避けて日が暮れてから行くように話します。やっと得心した妻が帰ると、仲人は夫に目論見を話して後を追わせ、先回りして石神に化けた夫が待っていると、妻がやってきます。夫は石神になりすまして妻を思い留まらせますが、妻の奉納する神楽に浮かれて自分も踊りだし、正体がバレてしまいます。
 今度は大酒飲みで妻に愛想をつかされちゃう夫、狂言にはお酒好きで失敗しちゃう人がよく出てきます(笑)。
 最後の神楽は、「三番叟」の鈴ノ段と同じ舞で、たしか、高野さんが「三番叟」を披く前にこの役を演じてたと思います。
 よく人間が地蔵や仁王など神仏に化けて騙す話も狂言には多いですが、これも結局神楽に浮かれて、神楽見たさに面をずらしたり、挙句の果ては一緒に踊り出しちゃったりと、お調子者の夫がお似合いです(笑)。
 ノンベエ夫の萬斎さんと高野さんの妻役は鉄板コンビ、結局バレてキツ〜いお仕置きを受けることになるんでしょうが、それでもまた、よりを戻してやっていくのかなと思っちゃいます。
2013年10月18日 (金) 第十一回飛鳥山薪能
会場:飛鳥山公園内野外舞台 18:30開演

解説:横浜能楽堂館長 中村雅之
お祓い:王子神社神主 八木光重
火入れ式:北区長 花川與惣太、北区教育委員会教育長 内田隆
北区謡曲連合会長 吉村春雄、飛鳥山薪能実行委員会会長 尾崎眞一

素囃子「獅子」
 大鼓:柿原弘和、小鼓:鳥山直也、太鼓:観世元伯、笛:小野寺竜一

「附子」
 太郎冠者:野村万作、主:石田幸雄、次郎冠者:野村萬斎    後見:中村修一

『土蜘蛛』さゝ蟹
 シテ(怪僧・土蜘蛛):観世喜正
 シテツレ(源頼光):角当直隆
 シテツレ(胡蝶):坂真太郎
 シテツレ(従者):桑田貴志
 ワキ(独武者):森常好
 ワキツレ(従者):舘田善博、森常太郎
 アイ(蟹ノ精):深田博治、高野和憲
    大鼓:柿原弘和、小鼓:鳥山直也、太鼓:観世元伯、笛:小野寺竜一
       後見:山中迓晶、弘田裕一
         地謡:池上彰悟、中森健之介、長山桂三、佐久間二郎、馬野正基、古川充

 横浜能楽堂館長の今日の演目の解説、お祓い、火入れ式が行われて薪能が始まります。ここの舞台の後ろには、ちょうど鏡板と同じくらいの本物の松が植えられています。実家の近くなので、中学時代からの友達と時々観に来ます。

「附子」
 外出する主人が、太郎冠者と次郎冠者に留守を言いつけ、居間に置いてある桶の中には附子という猛毒が入っていて、近寄っても、その方から吹いてくる風に当たっても死んでしまうから、絶対に近寄らないよう言い残して行きます。怖いもの見たさの二人は、代わる代わる扇であおぎ、桶に近づいていき、太郎冠者が紐を解き、蓋を開けてみると、美味しそうな黒い塊があります。太郎冠者が食べてみると砂糖だと分かり、二人は我先に食べつくしてしまいます。太郎冠者は一計を案じ、主人が大切にしている掛け軸を破り、天目茶碗を割って、主人が帰宅すると、二人は大声で泣いてみせます。主人が何事かと尋ねると、眠気覚ましに相撲を取っていたら、大切な掛け軸と天目茶碗を壊してしまったので、死んでお詫びしようと、猛毒の附子をすべて食べてたのに、未だ死ねませんと言い訳して逃げて行きます。
 万作・萬斎親子に石田さんの主人という鉄板トリオ。悪戯好きそうな太郎冠者、次郎冠者にちょっとお気の毒な石田主人の息の合った演技は申し分ない面白さでした。

『土蜘蛛』さゝ蟹
 原因不明の病に伏せる源頼光のもとに、侍女の胡蝶が薬を持って見舞いに訪れます。病に苦しみ死を待つのみだと落胆している頼光を胡蝶は励まして帰って行きます。やがて夜が更けた頃、いつ現れたのか頼光の枕元に怪しげな僧形が現れ、「心地はどうだ」と声をかけ、「苦しむのは私のせいだ」などと言って、頼光に蜘蛛の糸を投げかけ、大蜘蛛の姿になって迫ってきます。頼光は枕元にあった太刀「宝刀膝丸」を抜き、糸を切り払って応戦すると、僧は姿を消してしまいます。物音に驚き駆けつけた警護の独武者に、頼光は事の一部始終を語り、命拾いしたのは太刀の威徳と思い、今日より膝丸を「蜘蛛切」と名付けようと言います。
 独武者は、頼光の太刀で負傷した化生の者の血の跡をたどり、家来を従えて退治に向かいます。血の跡をつけて葛城山の奥深い古塚の前にたどり着き、塚を突き崩し、石を掘り起こすと、中から土蜘蛛の精が現れ、千筋の糸を投げかけ襲いかかってきます。独武者たちは土蜘蛛の精と死闘を繰り広げ、ついに討ち取って、都へ帰って行きます。

 「さゝ蟹」の小書は間狂言の小書で、昔、蜘蛛の事をささやかな蟹、“さゝ蟹”と言ったことから、蟹の精が現れて、自分たちが退治されてしまうのではないかと心配し、そうではなく蜘蛛のことだと気付いて、それなら自分たちも加勢しようと言って去っていきます。堅徳の面を掛け、手でチョキをつくりながらチョキチョキと手を振って横歩きで出て来る深田さんと高野さんのやり取りが愉快でした。深田さんは何をやっても真面目そうで、それがまた可笑しい。
 土蜘蛛は、源頼光やその家来たちによる怪物退治のスペクタクルでもありますが、神話伝説では土蜘蛛とは、大和朝廷に服従しなかった辺境の民のことでもあり、その霊を慰める意味もあるのではないかということです。能では退治する側の勇ましさと共に、退治される側の哀しさも感じられるのは、そういうところにあるのかもしれません。
 観世喜正さんの放つ蜘蛛の糸が見事に放たれて華々しく美しい弧を何度も描き、見ているだけで飽きない。友達も感心して、とても楽しんだようでした。
2013年10月16日 (水) 第八回萬歳楽座
会場:国立能楽堂 18:30開演

解説:藤田六郎兵衛、観世清和

一調一管「小原木」 謡:野村萬斎  小鼓:大倉源次郎、笛:藤田六郎兵衛

『高砂』翁なし・八段之舞・流シ之伝・八頭之伝・大極之伝
 シテ(尉・住吉明神):観世清和
 ツレ(姥):観世喜正
 ワキ(阿蘇の神主友成):宝生閑
 ワキツレ(従者):殿田謙吉、御厨誠吾
 アイ(高砂の浦人):野村万作
    大鼓:亀井忠雄、小鼓:大倉源次郎、太鼓:観世元伯、笛:藤田六郎兵衛
       後見:片山幽雪、木月孚行、坂口貴信
          地謡:武田友志、野村昌司、馬野正基、山崎正道
              片山九郎右衛門、観世銕之丞、梅若玄祥、大槻文藏

 最初に、六郎兵衛さんが登場して、いつものようににこやかに今日の演目についての解説がありました。六郎兵衛さんは、今月19日で還暦を迎えるとのことです。
 一調一管の「小原木」は、藤田流に伝わる珍しい狂言方の謡と笛、小鼓による一調一管だそうで、数百年ぶりの復活上演とのこと、小鼓は源次郎さんが作曲され、萬斎さんが謡の詞章を吟味して一部改められたので、本邦初公開だそうです。
 続いて『高砂』の解説では、5つの小書が付くもので、それについて、観世宗家が登場されて、お話をされました。今回の『高砂』は六郎兵衛さんの還暦のお祝いだから小書を全部つけちゃいましょうということでした。
 「翁なし」は、シテに代わって、ワキが『翁』の作法を勤めるもので、幕が上がるとワキを先頭に、ワキツレ二人に続き、烏帽子・素襖を付けた笛、小鼓、大鼓、太鼓、地謡が橋掛かりから登場し、ワキが正先でシテの翁太夫と同じように正面に深々と頭を下げて、笛座前の太夫の席に座ります。
 これは、江戸城において、正式の能上演の際、シテの太夫が不在のために上演不可能な場合に能『翁』をワキの家元が演じたということですが、観世宗家が調べたところでは、それより260年前(今から約500年前)の七世の観世宗家の時に六世が早く亡くなって、七世が元服前で若かったため、翁を勤めるのがはばかられたので、ワキの家元が勤めたという伝書が出てきたそうです。
 また、演能前に面箱に翁面と鈴を入れ、シテの葛桶とともにワキの家元の楽屋で申し送る儀式があり、鏡の間では翁飾りと似た物が飾られるそうです。
 「流シ之伝」「八頭(やつがしら)之伝」は、シテの登場楽で、小鼓・大鼓が特殊な打ち方をするもので、小鼓と大鼓の掛け合いになります。
 「大極(タイギョク)之伝」は、後シテ・住吉明神登場の「出端」の小書で、太鼓が何度も「イヤー」の掛け声とともに頭を打ち重ねるもの。
 「八段之舞」は、常の五段の神舞を舞うところを小節数をほぼ変えずに、段を増やして舞うもの。家元は四段までは、各段の中間に極端な緩急をつけて舞い、千歳の型と翁の型も入ります。

一調一管「小原木」
 萬斎さんは、前髪長めのトリゴーリンヘアのまま、相変わらずお忙しいようで、「かもめ」の舞台後も髪を切る暇もなさそうです。
 萬斎さんの謡いに源次郎さんの小鼓と六郎兵衛さんの笛は聴きごたえのある一品。軽い狂言小謡というより気迫に満ちた舞台でした。

『高砂』翁なし・八段之舞・流シ之伝・八頭之伝・大極之伝
 肥後国阿蘇神社の神主友成が従者二人と都へ行く途中、播磨国高砂の浦に立ち寄ると老翁と老婆が松の木を掃き清めるので、高砂の松はどの木か尋ね、高砂・住ノ江の松は国を隔てた土地であるのに、なぜ相生の松というのかと問います。老翁は、今木陰を清めているのが高砂の松で、たとえ山川万里を隔てても夫婦の愛は通い合うものと言い、高砂・相生の謂れを述べ、さらに松についてめでたい故事をあげて、自分たちは高砂・住ノ江の相生の松の精が夫婦として現れた姿で、住吉で待つと言って、舟で沖へ消えていきます。友成も「高砂や、この浦舟に帆をあげて・・・」と浦人の舟で住ノ江に着くと、住吉明神が現れ、春景色を賞し、御代を祝って舞を舞い、民の安全と君の長寿を念願し、松吹く風の音に平和な響きを楽しみます。

 まず、「翁なし」の小書に則ってワキ、ワキツレ、囃子方、地謡が登場してワキが翁の作法を勤めて全員が位置につくと、笛が「翁なし」の笛を吹き、小鼓が打ち出して、笛のヒシギによりワキの登場楽につながります。囃子方の後ろに座していた地謡も常の地謡座に移動して、『高砂』が始まります。
 いつものワキとワキツレの連吟が珍しく合っていない感じがしましたが、それ以外は、小書付のお囃子が激しくて面白く、住吉明神の舞も緩急が大きく躍動感があり、千歳、翁の型も分かって、すごく楽しめました。特に太鼓の力強さが大いに気に入りました。